高校に入学してから、およそ二週間が経った。
慣れない制服に袖を通し、初めての教室で自己紹介をしたのが、ついこの間のことのように思える。
もっとも、二週間しか経っていないのだから、実際についこの間なのだけれど。
新しい生活にもそれなりに慣れ、友達も何人かできた。
そのほとんどが、いわゆるギャルと呼ばれる子たちである。
別に意識して集まったわけではないのだが、気づけば自然と仲良くなっていた。
類は友を呼ぶ、というやつだろうか。
……いや、私自身はそこまで騒がしくないと思うんだけど。
「てかさてかさ、うちらのクラス会いつする?」
昼休み。
机をくっつけてお弁当を食べていると、向かいに座っていた友達がそんなことを言い出した。
「それなー。やろうって言ってから全然決まってなくね?」
隣の友達が、スマホから顔を上げる。
「じゃあカラオケとかどうよ? 駅前のとこ!」
「いいじゃん。澪も来るっしょ?」
「んー、いいよ。いつ?」
「今週の土曜とか?」
「あー、ごめん。うちその日撮影入ってるわ」
最初に話を切り出した友達が、申し訳なさそうに両手を合わせた。
「撮影?」
「そそ。バイトのやつ」
「え、バイトしてんの?」
「してるよー。言ってなかったっけ?」
「初耳なんだけど」
「マジ? うち読モやってんだよね」
「えっ、すごくない?」
隣の友達が身を乗り出した。
「いやー、それほどでも? 街歩いてたらスカウトされちってさー」
彼女は得意げに髪をかき上げる。
「まあ、この美貌を前にしたら仕方ないよね!」
「よく言うわ!」
「ちょっと! そこは褒めるとこでしょ!」
「はいはい、可愛い可愛い」
「雑っ!」
思わず笑ってしまった。
実際、彼女はかなり可愛い。
明るい茶髪を綺麗に巻いていて、メイクも上手い。背も高い方だし、読者モデルをしていると言われても納得できる。
まあ、本人が自分で言ってしまうと、こうして茶化されるわけだけど。
「でも、読モってお金もらえるんだ?」
「もらえるよー。撮影によるけどね。あ、そうだ!」
彼女がこちらを向いた。
「澪もやってみない? 絶対向いてるって!」
「私?」
「そうそう! 背高いし、スタイルいいし、顔もいいじゃん!」
「んー、私は普通のバイトでいいかな」
「えー、もったいな!」
「てか、澪が普通のバイトって何すんの?」
隣の友達が首を傾げる。
「まだ決めてないけど。コンビニとか?」
「いや、あんた接客できんの?」
「できるっしょ、たぶん」
「えー、無理じゃね? 澪が愛想よくしてるとこ想像できないんだけど!」
「……失礼すぎん?」
「じゃあさ、ちょっと営業スマイルしてみてよ」
「え、今?」
「今今!」
仕方がないので、背筋を伸ばして口角を持ち上げてみる。
「いらっしゃいませー。こちら温めますかー?」
「ぶはっ!」
「ちょ、なんで笑うん!」
「いや、顔はいいのに声にやる気なさすぎ!」
「ちゃんとやったじゃん」
「それでちゃんとやったつもりなのがウケる!」
まったく、失礼な友人たちである。
とはいえ、自分が接客業に向いているかと聞かれれば、少々怪しいところではある。
人と話すのが嫌いなわけではない。
ただ、知らない人にずっと愛想よく振る舞うというのは、なかなか大変そうだ。
世の中の接客業の人たちは偉いと思う。
「じゃ、クラス会は来週にしよっか!」
「それなら行ける!」
「おっけー。あとでグループに流しとくわ」
そんな具合に話がまとまったところで、少し離れた席から男子たちの声が聞こえてきた。
「いや、昨日の配信マジで面白かったって!」
「分かる! あそこであれ言うの反則だろ!」
「お前、最近そのVTuberの話ばっかじゃん!」
「うっせ! お前だって見てんだろ!」
男子が数人、机を囲んで盛り上がっている。
何やら楽しそうである。
しかし、随分と盛り上がっていたせいだろうか。
「ちょ、お前やめろって!」
「おっと、悪い悪い!」
「うおっ!?」
ふざけて肩を押された男子の一人が、こちらへよろけてきた。
その拍子に手からスマホが滑り落ちる。
床に落ちたそれは、私の足元まで転がってきた。
「あっ、やべ!」
「ん、これ?」
椅子から腰を上げ、スマホを拾う。
幸い、画面は割れていないようだった。
そこには、見覚えのない女の子のイラストが映っている。
綺麗な髪に、大きな瞳。
アニメのキャラクターだろうか。
「え、なになに?」
隣の友達が覗き込んできた。
「うわ、何これ。アニメ?」
「あー、なんかオタクが見るやつじゃね?」
「え、あんたらこういうの見てんの?」
「あ、いや、その……」
スマホの持ち主らしい男子が、困ったように口ごもった。
先ほどまであれほど騒いでいたのに、今はすっかり縮こまっている。
「うわー、マジ? キモっ、ないわー」
「えー、こういうの好きなんだ?」
友達二人が顔を見合わせて笑う。
男子は何か言おうとしていたけれど、結局何も言わずに視線を落とした。
「……いや、でもさ」
私はスマホを差し出しながら、口を開いた。
「人の好きなもん馬鹿にすんのは違くない? そっちの方が感じ悪いし、私はないわー」
「えっ?」
「別に何見てたってよくね? てか、この子普通に可愛いじゃん」
そう言って画面を軽く示す。
男子は一瞬ぽかんとした顔になり、それから慌ててスマホを受け取った。
「あ、ありがとう……!」
「ん。落とさないようにね」
「う、うん!」
男子は何度か頭を下げると、自分の席へ戻っていった。
別に、そこまで恐縮しなくてもいいのに。
……まあ、私たちの見た目が少々怖かった可能性は否定できないけど。
「澪ってさー、たまに結構ズバッと言うよね」
「そう?」
「てか今の、オタクに優しいギャルってやつじゃん!」
「なにそれ」
「知らんの? ネットでよく見るやつ。澪、ああいう男子に好かれちゃうよー?」
「え、好かれたら困るような相手って決めつけてんの? 性格わるー」
「うっわ、辛辣!」
「いや、そっちが言い出したんじゃん」
「そうだけどさ! もうちょい言い方ない!?」
「んー、ないかな」
「ないんかい!」
友達が大げさに肩を落とす。
それがおかしくて、私もつい笑ってしまった。
まあ、少々言い方がきつかったのは認める。
けれど、人の趣味なんて人それぞれだ。
自分が興味を持てないからといって、それを好きな人まで馬鹿にする必要はないだろう。
もっとも、私自身、あの画面に映っていた女の子が何なのかはよく分かっていない。
さっき男子たちが話していた、ぶいちゅーばー、とかいうやつだろうか。
アニメのキャラクターが配信をする時代なのか。
いやはや、世の中は広いものである。
◇
「ただいまー」
「おかえりー」
学校から帰ると、リビングの方から母の声が聞こえてきた。
今日は珍しく早く帰れたらしい。
靴を脱いでリビングへ向かうと、母はソファに座ってスマホを眺めていた。
「ママ、今日早いじゃん」
「んー、今日は仕事が片付いたからね。澪は?」
「普通。あ、来週クラス会やるかも」
「へえ、いいじゃん。もう友達できたんだ?」
「できたよ。ママ、私のこと何だと思ってんの」
「あはは、ごめんごめん」
母は笑いながらスマホをテーブルに置いた。
私は鞄を自分の部屋に置いてから、再びリビングへ戻る。
冷蔵庫から麦茶を取り出してグラスに注ぎ、一口飲んだところで、ふと思い出した。
「ねーママー」
「ん?」
「私もバイトしてみたいんだけど、いい?」
「バイト?」
「そ。友達がやってるって聞いてさ。ちょっと興味湧いた」
「ふーん。別にいいんじゃない? 学校に支障が出なければ」
「マジ? ありがと」
「ただし、学校の決まりは確認しなさいよ。あと、働くところもちゃんと選ぶこと」
「はーい」
「で、何するつもりなの?」
「それがまだ決まってないんだよねー」
「決まってないのに聞いたの?」
「先に許可もらっとこうかなって」
「まあ、それはそうか」
母は小さく笑った。
「変な契約とかしないようにね。分かんないことあったら聞きなさい」
「ん、分かった」
こういうところは、さすが税理士というべきなのだろうか。
仕事柄、契約やお金のことには結構うるさい。
まあ、ありがたい話ではある。
何しろ、前世を含めても、私はまともなアルバイト経験がほとんどないのだから。
◇
夕食とお風呂を済ませ、自分の部屋へ戻った私は、ベッドに寝転がってスマホを開いた。
検索欄に入力するのは、至って単純な言葉。
『高校生 アルバイト 求人』
「さて、何があるかなー」
表示された求人を、上から順番に眺めていく。
コンビニスタッフ。
ファミレスのホール。
スーパーのレジ。
居酒屋のキッチン。
「んー、接客多いな」
まあ、当然といえば当然か。
高校生が応募できる仕事となれば、選択肢もそれほど多くない。
友達に言われたことを思い出す。
愛想よくしているところが想像できない、だったか。
「……そんなに無理かなー」
試しに、ベッドの上で営業スマイルを作ってみた。
「いらっしゃいませー」
誰もいない部屋に、気の抜けた声が響く。
うん。
我ながら、ちょっとやる気がなさそうだった。
「ま、慣れれば何とかなるっしょ」
そう呟いて、再び画面をスクロールする。
できれば接客が少なくて、学校とも両立できる仕事がいい。
そんな都合のいいものが、そう簡単に見つかるとは思わないけれど。
「お、これとかどうだろ」
気になった求人を一つ開いてみる。
仕事内容、勤務時間、応募条件。
知らない言葉もちらほらあった。
なるほど。仕事を探すだけでも、案外考えることが多いらしい。
私は枕を抱え直し、もう一度画面に目を落とした。
さてさて。
人生初のアルバイトは、一体どんな仕事になるのやら。