ダウナー系ギャルはVTuberになるらしい。   作:ババヤダ

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読み返してみると少し読みづらかったので、文章をまとめてみました。それに伴い、第1話〜第3話についても、今後加筆・修正するかもしれません。

お気に入り登録や感想、ありがとうございます!


第4話 お返事、まだですか。

「前髪決まんないんだけど」

 

 六月の朝。教室の自分の席で手鏡を覗き込みながら、私は指先で前髪を整えていた。

 

 家を出るときはいい感じだったのに、学校に着く頃には微妙に崩れていた。何度か直してみたものの、どうにも気に入らない。

 

「だる」

 

「澪、おはよ! って、また前髪いじってんの?」

 

「おはよ。今日マジで決まんなくて」

 

「え、普通にかわいいけど?」

 

「私が気に入んないの」

 

「出た、こだわり」

 

 友達が笑いながら隣にやってきた。私はもう一度前髪を整えてから、手鏡を机に置く。

 

「もういいや」

 

「諦めるの早っ!」

 

「疲れた」

 

「朝から!?」

 

「今日の私、閉店かも」

 

「開店すらしてないじゃん!」

 

 笑いながら友達が近くの席に腰を下ろすと、ふと私の耳元に視線を向けた。

 

「あれ、澪。またピアス開けた?」

 

「開けたよ」

 

「やっぱり! 増えてると思った!」

 

「かわいいっしょ」

 

「かわいい! てか、痛くないの?」

 

「そりゃ痛いよ」

 

「よく開けるよね」

 

「好きだしね」

 

 すると、もう一人の友達が私の手元を覗き込んだ。

 

「あ、ネイルも変えた?」

 

「変えた」

 

「めっちゃいいじゃん! その黒かわいい!」

 

「でしょ。今回わりと気に入ってんの」

 

「自分でやったの?」

 

「そだよ」

 

「器用すぎない?」

 

「いや、昨日やらかしたけどね」

 

「何したの?」

 

「乾いたと思ってスマホ触ったら、一本だけヨレた」

 

「あー! あるある!」

 

「マジ萎えた。結局そこだけ塗り直したし」

 

「分かる! あとちょっとで終わるってときにやるんだよね!」

 

「そうそう。しかも、そういうときに限って綺麗に塗れてんの」

 

「それな!」

 

 思わず笑いながら、私は自分の爪を眺めた。昨日は面倒だったけど、塗り直した甲斐はあったと思う。

 

「てか澪、前髪もネイルもめっちゃこだわりあるよね」

 

「そりゃ、かわいくしたいじゃん」

 

「それはそう!」

 

 そんな他愛のない話をしているうちに、話題は放課後の予定へと移っていった。

 

「澪、今日のカラオケどうする?」

 

「帰る」

 

「また? 最近すぐ帰るじゃん」

 

「なんかダルくて」

 

「いつもじゃん」

 

「それはそう」

 

「否定しろよ!」

 

 思わず笑うと、友達もつられて笑い出した。

 

 そのとき、机の上に置いていたスマホが震えた。画面を見るとメールの通知が届いていたけれど、差出人は通販サイトだった。

 

「あー、はいはい」

 

「なに? なんか来た?」

 

「広告」

 

「なんだー」

 

 スマホを裏返して机に置き、頬杖をつく。

 

 オーディションに応募してから、もう二か月近くが経っていた。

 

 受け付け完了のメールは届いたけれど、それっきり。最初の頃はちょくちょく確認していたものの、最近はもう期待する方が難しい。

 

 まあ、落ちたんだろうな。

 

 別に、絶対に受かると思っていたわけじゃない。そもそもアルバイトを探していたところから始まった話だし、落ちたら別の仕事を探せばいい。

 

 ただ、今になって少しだけ気になることがあった。

 

 あの自己PR動画だ。

 

 自由に話していいと書かれていたから、本当に好きなことを喋った。社会心理学について、特にネットで誰かが批判されることについて。

 

 自分としては、別に変なことを言ったつもりはない。聞かれたら今でも同じようなことを話すと思う。

 

 ただ、オーディションの自己PRとしてどうだったかと言われると。

 

「初っ端からあの話は攻めすぎたかもな」

 

「ん? なんか言った?」

 

「いや、こっちの話」

 

 机に突っ伏しながら、あの日のことを思い返す。

 

 普通にゲームの話とか、好きなものの話とかにしておけばよかったのでは。なんでよりによって、あの話を選んだんだろう。

 

 いや、好きだからなんだけど。

 

「うあー」

 

「澪、どうしたの?」

 

「んー……ちょっとぺしょぺしょ」

 

「何それ?」

 

「なんか、しおれた感じ」

 

「大丈夫? 水いる?」

 

「いる」

 

 差し出されたペットボトルを受け取り、一口飲む。

 

「やっぱダメかも」

 

「えっ、何が!?」

 

「いろいろ」

 

「ちょ、何があったの!?」

 

「いやー、大したことじゃないんだけどさ」

 

 机に頬をくっつけたまま、ペットボトルを返す。

 

「……あー、やらかしたかも」

 

「え、何? またネイルの話?」

 

「いや、そっちじゃない」

 

「じゃあ何やらかしたの?」

 

「ちょっとね」

 

「めっちゃ気になるんだけど!」

 

 友達が心配そうにこちらを覗き込む。

 

「ほんとに大丈夫?」

 

「んー、大丈夫。たぶん」

 

「たぶんって!」

 

 友達の反応がおかしくて、少しだけ笑ってしまった。

 

 まあ、結果が来ないものは仕方ない。そろそろ別のアルバイトでも探そうかな。

 

 そんなことを考えていると、予鈴が鳴った。

 

「あー、もう始まるじゃん」

 

「ほら澪、準備しなって」

 

「分かってる」

 

「絶対寝るでしょ」

 

「寝ないし」

 

「ほんとに?」

 

「たぶん」

 

「そこは言い切ろうよ!」

 

 友達のツッコミを聞き流しながら、教科書を取り出す。

 

 あー、帰りたい。

 

 まだ一時間目も始まってないけど。

 

     ◇

 

 一方、その頃。

 

 とあるVTuber事務所では、二人の女性スタッフが大量の応募データと格闘していた。

 

「……終わらない」

 

 若い女性スタッフが、机に突っ伏した。

 

 目の前のモニターには応募者の一覧が表示されている。書類選考はひとまず終わっており、現在は候補者たちが提出した自己PR動画を確認して、次の審査へ進める人材を絞り込んでいるところだった。

 

 しかし、その数が問題だった。

 

「なんなんですか、この応募数!」

 

「人気があるってことでしょうね」

 

 隣の席から、先輩スタッフが淡々と答える。

 

「いや、そうですけど! うち、そんな大手じゃないですよね!?」

 

「そうね。良くて中堅といったところかしら」

 

「ですよね!? なのに、なんでこんなに応募来てるんですか!?」

 

「募集したからでしょう」

 

「そういうこと聞いてるんじゃないんですよ!」

 

 先輩は涼しい顔でマウスを操作している。こちらはもう何本動画を見たかも分からないというのに、相変わらず落ち着いた様子だった。

 

「そもそも、こんなに応募が来るなんて聞いてないんですけど!」

 

「私も聞いてないわ」

 

「先輩も!?」

 

「予想を超えたのは確かね」

 

「なんでそんな落ち着いてるんですか?」

 

「慌てても減らないもの」

 

「正論やめてください」

 

 後輩は力なく椅子の背もたれに寄りかかった。

 

 VTuber。まだ生まれて間もない、新しいエンターテインメントの形。

 

 少し前まで聞き慣れなかったその言葉は、今やインターネット上で急速に広まりつつある。先駆者たちの活躍によって注目が集まり、企業や個人を問わず、新たな活動者が次々と現れていた。

 

 その勢いは、彼女たちの予想を大きく上回っていたらしい。

 

「三期生の募集でこれですよ? 次とかどうなるんですかね」

 

「次があれば、今回の経験を活かせるでしょうね」

 

「次も私達が見るんですか?」

 

「さあ?」

 

「そこは否定してくださいよぉ」

 

 先輩は小さく笑った。

 

「ほら、手を動かして。まだまだあるわよ」

 

「分かってますって」

 

 後輩は渋々モニターに向き直り、応募書類を確認して動画を再生する。一本見終われば評価を記入し、次の応募者へ。そんな作業を何度も繰り返していた。

 

 そして、ふとある応募者の情報が目に留まった。

 

「……ん?」

 

 黒瀬澪。十六歳、高校一年生。配信経験なし。

 

 未経験者の応募自体は珍しくない。ただ、添付されていた自己PR動画のサムネイルが少し気になった。

 

 長い黒髪に強めのメイクをした少女が、カメラの前に座っている。

 

「うわ、ギャル! こういう子も応募するんだ」

 

 何気なく再生ボタンを押した。

 

『どうもー、黒瀬澪です。十六歳、高校一年生です』

 

 ゆったりとした声が流れる。

 

『んー、何話そっかな。あ、そうだ。今日はちょっと社会心理学の話でもしようかなーって思います』

 

「社会心理学?」

 

 思わず首を傾げた。

 

 自己PR動画で社会心理学。それも十六歳の高校生が話すというのだから、なかなか珍しい。

 

 最初は少し変わった子だな、という程度の感想だった。

 

 けれど、聞き進めるうちに、その印象は少しずつ変わっていった。

 

『例えばさ、ネットで誰かが炎上してるのを見たことってない?』

 

 少女は、まるで友達と雑談でもするような調子で話を続けた。

 

 誰かが批判されること。それを見た人たちが次々と批判に加わっていくこと。一人ひとりは正しいことを言っているつもりでも、その言葉が大勢から向けられたとき、受け取る側には何が起こるのか。

 

 難しい話をしているはずなのに、不思議と聞きづらくない。言葉を選びながら、例え話を交えて、ゆっくりと話を進めていく。

 

『君は、それを正しい行いだと思う?』

 

『その人が仕事を失って、居場所までなくしたとして。それって、本当に受けて当然の罰だと思う?』

 

 後輩は、いつの間にか手を止めていた。

 

『ただ、正しいことを言ってるのと、何を言ってもいいのは別じゃん?』

 

『正論って、正しいからこそ強いんだよね。だから、使い方くらいは考えたいなーって』

 

 動画が終わっても、しばらく画面を見つめていた。

 

 それから、勢いよく隣を振り向く。

 

「先輩!」

 

「何かしら」

 

「面白い子見つけました!」

 

「そう」

 

「いや、ほんとに! ちょっと見てくださいって!」

 

 先輩は作業の手を止め、後輩が差し出したモニターに目を向けた。

 

「黒瀬澪……十六歳、配信経験なし?」

 

「そうなんですよ! なのに、これなんです!」

 

「見てみましょうか」

 

 動画が再生される。

 

 先輩は時折わずかに目を細めながら、黙って画面を眺めていた。途中で口を挟むこともなく、最後まで見終えると静かに頷く。

 

「なるほどね」

 

「どうです? 逸材だと思いません?」

 

「そうね。たしかに目を見張るものはあるわ」

 

「ですよね!」

 

「話し方は自然だし、難しい内容を自分の言葉で説明できている。少なくとも、話すこと自体には向いていると思う」

 

「先輩もそう思います!?」

 

「けどね。この業界自体、まだまだ新参なのよ。何が視聴者に受けるのかなんて、私たちだって分からないことだらけだわ」

 

「だったら、なおさら試してみる価値があるんじゃないですか?」

 

「だからこそなのよ」

 

 先輩は静かに首を振った。

 

「私たちは、先を歩いてくれた人たちの後ろをついて歩いているだけなの。今はそれでもいいかもしれない。でも、同じことを続けているだけじゃ、きっといつかは飽きられるわ」

 

「はい」

 

「だから、新しいものを探さなきゃいけない。けれど、まだ新しいこの業界で、何が次の当たり前になるのかなんて、誰にも分からないでしょう?」

 

 先輩はモニターに映る少女へ視線を戻した。

 

「この子の話を聞いて、考えさせられる人はいると思うわ。でも、それがどれだけの人に届くのかは分からない」

 

「……」

 

「社会もろくに知らない小娘が偉そうに語るな。そう思って、真面目に聞こうとすらしない人もいるでしょうね」

 

 後輩は少し考え込んだあと、もう一度画面に目を向けた。

 

「でも、私はもっとこの子の話を聞いてみたいです」

 

 先輩が後輩を見る。

 

「そう?」

 

「はい。なんていうか、聞いてて飽きないんですよね。難しい話をしてるはずなのに、妙にすんなり入ってくるっていうか」

 

「少なくとも、あなたの興味を引くことには成功したみたいね」

 

「ですよね!」

 

「けれど、あなたがそう感じたからといって、ほかの人も同じとは限らないでしょう?」

 

「それは、まあ、そうですけど」

 

「もちろん、だから駄目だと言っているわけじゃないわ。むしろ、こういう子が新しい可能性を見せてくれるのかもしれない。けど、それを今ここで断言することもできないでしょう?」

 

 後輩はしばらく黙っていたが、やがてモニターを見つめながら口を開いた。

 

「いやー、でも、やっぱり私、この子を推したいです」

 

「ふふ。譲らないわね」

 

「だって、配信経験ゼロでこれですよ? これだけ自然に喋れて、しかも自分の考えをちゃんと言葉にできるんです。ほかの話も聞いてみたいじゃないですか」

 

「そうね」

 

「だから、一度会ってみません?」

 

 先輩は少し考えたあと、評価シートを開いた。

 

「次の審査候補には入れておきましょう」

 

「やった!」

 

「まだ決定じゃないわよ。ほかの応募者も見ないといけないんだから」

 

「分かってますって!」

 

 嬉しそうな後輩を横目に、先輩はもう一度動画を再生した。

 

『ネットって相手の顔が見えないじゃん。でも、見えないだけで、いないわけじゃないんだよね』

 

「まあ、確かに。少し話してみたい子ではあるわね」

 

 後輩は満足そうに頷いたものの、ふと応募者一覧に目を戻して表情を曇らせた。

 

「あ」

 

「どうしたの?」

 

「まだ、こんなに残ってる……」

 

「そうね」

 

「先輩」

 

「何かしら」

 

「今日、帰れますかね……?」

 

 先輩は時計を確認すると、穏やかに微笑んだ。

 

「頑張りましょうね」

 

「答えになってないですよぉ……!」

 

 後輩の悲鳴が、事務所に響いた。

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