ちょいちょい変わってますけど…
師匠と出会ってから3か月が過ぎたが本格的な波紋の修業はまだ始まっていない。だが俺はこの3か月で様々な情報を手に入れた。
まず1つめは、ここが前世で俺が読んでいた物語の世界であるということ。なんて題名の物語かは忘れたし、何て名前のキャラクターが出てくるのかも覚えていないが、これはとても重要な情報だ。俺は名前を思い出すことはできないが、その物語の大体のストーリーや、キャラの容姿や能力、あとなぜか物語の舞台と名前を思い出すことができるのだ。これだけの前情報はこの世界の俺の行動に影響してくるだろうし、俺も利用するつもりだ。
2つめは、バスを襲った男のことだ。俺はバスが襲われた時の記憶を何回も思い出し何か男の特徴をつかもうとした。そして俺は、1つその男の特徴を思い出したのだ。男の手は逆だった。男の本来右手であるはずの手は左手で、左手であるはずの手が右手だったのだ。この情報だけで男を見つけ出すのは少しつらいものがあるだろうが、それでもかなり見つけやすくなった。両掌が反対の人間なんてそうそういないのだから。
最後に3つめ、これは手に入れた情報というよりも起こったことだが、家族が殺されて、親戚もいなかった俺は、師匠に引き取られて今はヴェネチアの城の様な所に住んでいる。師匠は俺が復讐だけで生きるのを良しとせず、この3か月は勉強と基礎的な波紋の呼吸を少しだけやっていただけだ。助けてもらった上にこんなに良くしてもらえるなんて感謝してもしきれないが、俺は早く力を手に入れなければならないんだ。
俺は手帳を閉じて、一息ついた。
師匠は今、街に買い物に行っている。俺はその間ずっと波紋の呼吸をしていた。やはり、そうそうなれるものではない、物語の主人公たちはこれを2週間や生まれつきで出来るようになっていたのだからその才能が感じられる。師匠曰く俺にも多少なりの才能はあるらしいが、こんな前例を知ってしまっているので、微妙な気持ちだ。
ごとっと何かが床に落ちる音が聞こえた。俺は気になってその音の発生源を探す。そして見つけた。
「このマスクは確か…」
そこには、あの物語の主人公の一人が使っていたマスクだった。このマスクは波紋の呼吸を強制するもので修行に使われていたはずだ。ごくりと俺は唾をのんだ。
この後、窒息寸前になった俺が師匠に助けられたことはまた別の話だ。
*
あのバスの事故からすでに2年が経過していた。俺はいつものように、波紋の修業にいそしんでいる。
「よし栄、次はこれをやってみろ」
「じいさん。なんだこの紙は?何をすればいいんだ?」
俺とメッシーナの関係は当然のごとく深まり、もはや家族同然に暮らしていた。いつからか俺は彼を師匠ではなくじいさんと呼ぶようになっていた。そんなじいさんが俺に渡したのはインクか何かで真っ黒に染まった紙だ。
「まあ、見とれ」
じいさんは黒く染まった紙に手をべったりと付ける。そして、力強く呼吸した。じいさんが手を離すと真っ黒だったはずの紙に白い丸ができていた。
「すげぇ!じいさん!どうやったんだ!?」
「ふふん。これはな、波紋でインクをはじいたんだ」
「でもきれいな丸だぜ?」
「いつもいっとるだろうが!一点集中!!その応用で丸を書くんだ!!」
そういわれて俺はとりあえず紙に手を置いた。波紋をコントロールして丸を作ろうとする。しかし出来ない。歪な変な形になってしまった。紙にインクをつけて再チャレンジする。失敗。再チャレンジ。失敗。再チャレンジ。失敗。これをしばらくくりかえした。
「なあ、栄」
「なに?じいさん」
「栄には今はわしが勉強を教えているが、来年には学校に通わんか?栄の学力なら編入は問題あるまいし、まあ、あくまで栄次第だがな」
じいさんの言葉を聞きながらも俺は修行の手を休めない。再チャレンジ。失敗。学校か、俺は前世では17まで生きている。それに加えてじいさんからヴェネチアで生活するために、イタリア語となぜか英語(じいさんはなぜか日本語が堪能だったため、わかりやすかった)を教わり、それらを習得していた。そのため、現在の10歳の体にしては不釣り合いに頭がよかった。なのであまり学校に関しては、必要性を感じなかったのだ。なぜ今更じいさんがおれを学校に行かせたがるのかはなんとなく予想がついた。
「学校に通えば、修行の時間は減るが今よりいい勉強もできるし、それに…ほら!友達とかもなあできると思うんだよ」
友達。そう友達だ。現在、俺には友達と呼べる友達がいない。街に顔見知りは何人かいるが友達と呼べる人間はいなかった。俺は特に気にしていないが、じいさんはそれが心配らしい。再チャレンジ。失敗。
「そうだね。俺学校に行くよ」
「おお!!そうかそうか!!それはいいことだ!!」
じいさんは心底安心したような声でそう言った。
たった一人しかいない家族なんだ。心配はかけたくない。
*
俺が学校に通い始めてから2年がたった。現在俺は13歳だ。通っている学校ではじいさん思惑どおりに友達を作ることができた。修行がしたいから部活動などはできないがそれでも充実した生活だ。
「なあ、サカエ?お前の家はなんであんなにでかいんだ?」
隣を歩くヴィクターにそう聞かれて、俺はじいさんがすごいんだよと答える。
「あ~あ~。もうこの学校で過ごす最後の夏休みだな~」
「そうだな」
「サカエは進路とかもう決めてんの?」
「ああ大体はな」
ヴィクターはマジかよ!!俺も決めなきゃなーと言っている。
「で!この夏休みはサカエはどう過ごすんだ?」
「家で過ごすかな」
「サカエは毎年そうだな~。もしかして進路はひきこもりか?」
なわけねーだろと俺たちは笑いあう。その後は2人で、同じ学校に入学してきたの日本人のことや、これからのことを話しながら帰った。
*
「はあ・・はあ・・」
俺の息は上がっていた。夏休み2日目。俺はじいさんに頼んである試練に挑んでいる。その名も『
「ぐっ!!」
一瞬波紋の力が弱まりわずかに体が下がる。
「(想像以上にきつい…だが!!)」
俺はすでに17m地点まで登ってきていた。残りはあと7m。オーバーハングがきついところだがこのままいけばきっとクリアできるだろう。俺は再び手を動かし始めたのだった。
さらに24時間が経過したところで、現在約20m地点。あの物語ではここら辺で、主人公がトラップを発動させてしまうのだが、俺はそんなにあほではない。奴とは違うのだよ奴とは。
「(あれ?これフラグじゃね?)」
そう思った瞬間、それは起きた。柱が老朽化していたのかくっついていたところが少しだけ崩れたのだ。本来、慌てるほどのことではないのだが何分俺はかなり疲れていた。そのため一瞬とは言え波紋が解けてしまったのだ。
「うわっ!!?」
俺はとっさに柱に手を伸ばし触ってしまった。そしてあろうことか触ってしまったのだ、あのヒビに。
「あ」
ガコンと手に感触がくる。瞬間!油が噴出された!!
「(……マジかよ……)」
目の前に広がる油のバリアーに俺は呆然とする。果たして俺はあのキャラのように2つの波紋を同時にコントロールすることができるのだろうか。そして出来たとしてもその後この柱を上る体力が残っているのだろうか。そんな考えがおれの頭によぎる。
「(やるしか…ないか)」
目の前にある油のバリアーに対する恐怖はもちろんあった。だがそれ以上に、俺の中では強くならなければいけないという思いの方が強い。両親や兄弟達の仇を取るために俺は強くならなければいけないのだ。俺は俺自身を納得させたい。
俺は足にくっつく波紋を集中させる。そして、油のバリアーに手を突っ込んだ。
「(よしいける!!)」
はじく波紋がしっかりと油を遮っている。体には傷一つついていない。俺はゆっくりと体を油のバリアーに通す。そして、柱に手が届くというその時だった。
「なっ!!!」
はじく波紋に集中するあまり、足のくっつく波紋がおろそかになってしまっていたのだ。
油のバリアーに押されて、俺の体が柱から離れていく。このまま壁に叩きつけられれば死んでしまうだろう。
この時、死にたくないという生物の本能がおれに一つのアイディアを与えた。
俺は素早く体すべてを油のバリアーの上に出した。そしてそのまま油のバリアーにむかってはじく波紋を全力で放ったのだ!!
「うおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
命がけの波紋は通常の何倍もの力で俺を飛ばしてくれた。雄たけびを上げながら俺の体は柱のてっぺんに向かって変な体勢で飛んでいく。その姿はまるで膝だけでものすごい跳躍をしたキャラと同じで、奇妙なものだろう。
「とどけぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」
その跳躍で届かなければ、もはや俺に柱を上る体力はない。これで俺の生き死にが決まるのだ。
俺は運良く柱のてっぺんにたどり着くことに成功する。俺は心の中でガッツポーズをした。
しかしそこから予想外の事態が起きる。うまくてっぺんに着く所までは良かったのだが、体力切れで力を失った俺の体は勢いを殺せずそのままゴロゴロと転がってしまった。床のないところまで。
「うわあああああああああああああ!!!」
俺は本気で2度目の死を覚悟する。しかし、それは幸運にも回避された。
「まったく、なんちゅーのぼり方だ」
「サ、サンキューじいさん。助かったよ」
てっぺんから落ちた俺をじいさんが足をつかんで引っ張り上げてくれたのだ。その顔はにかっと笑顔だった。俺もその笑顔に答えるように笑顔を返す。
「おかえり。栄」
「たたいま。じいさん」
栄、