「ふ~。ま、一通りは終わったな」
俺は、片付いた部屋を見渡しながらつぶやく。杜王町にやってきてから6日。飛行機での長旅や、日本とイタリアとの時差などでなんとなくだるかった俺は、当初早めにやっておこうと思っていた生活必需品を買うことや、部屋の片づけなどの準備をかなりの期間サボっていたのだ。
その結果待っていたのは、過ぎ去ってしまった時間に対する後悔と、夏休み最終日に、必死で宿題を終わらせる学生の様な焦りだ。
そんな気持ちで昨日やっと行動を起こした俺は、たった今、ついにそれらの準備を終わらせたのだった。
「(ご近所さんへのあいさつも終わった。ノートも買った。これでこっちの方の準備は終わったなぁ)」
良し、行こう。俺は、そう心の中で言ってから、立ち上がる。
*
「かぁ~ッ!やっぱし、見知らぬ土地は、いまいち場所が理解できない!」
俺は、今、ここ杜王町を地図を片手にさまよっていた。
ここに来る前から俺は、杜王町にある物や建物の場所をしっかりと把握しておくことに決めていた。それは別に、早くここに慣れたいとかそんな理由ではない。ここ杜王町はこれから能力者が大量に生まれ、そして戦いを起こす場所だ。さらに、俺はその戦いに参加するつもりでいる。その上で、土地勘がないというのは、かなり痛いところだろう。もしも、どこどこに行ってくれと誰かに頼まれて、1人で行ったのはいいが迷子になりましたなんて、戦いの中では笑い事では済まされない。そんなことが起きないために、俺はこうしていろいろ歩き回っているのである。しかし、
「だめだ!なーんもみつかんない!」
あまりうまくいっていなかった。
俺は当初、この杜王町での戦いの主人公となる男が、その年上の甥と初めて出会った、亀のいる池と、超能力者の兄弟が異形となった父と住んでいる、不気味な家を最低でも探し当てようと行動していた。しかし、漫画で見る街の景色と実際に自分の目で見る町の景色は当然違う上に、俺は、どんな名前の場所にそれらがあるのか全く知らないのだ。よって、そう簡単にお目当てのものを見つけられるはずもなく。ぶっちゃけ俺は、今日の捜索を断念することすら考えていた。
俺は、近くにあったベンチに腰掛ける。あと、少し探して何も見つからなかったら、今日は帰ろうと決め、辺りを見渡した。特に変わったものは見つからない。せいぜいハトがたくさんいるくらいだ。しかし、一つだけさっきとは違う点に気が付いた。
俺のそばに、男が立っていたのだ。
男は学生服を着ており、なんとなく怪しい雰囲気を持っている。
「(なんだこいつ?)」
最初に思ったことはそれだった。そして次に、いつからいたんだ?と思った。
男の手には、弓と矢が握られている。男は、無言のまま、あろうことか、俺に向かって弓を、引き始めたのだった。
俺は体中から一気に血の気が引いていくのを感じる。その場から急いで逃げようとしたが、すでに手遅れだった。
男が弓を放つ。そして、
「がッ!!!」
放たれた弓は俺の胸を貫通する。力を失った俺の体は足から崩れ落ち、地面に横たわった。
*
「失敗…か」
男は胸から血を流して、ぴくぴくと痙攣をしている。なんとなく他の奴とは違うような気がしていたのだが、とんだ期待外れだったようだ。
俺はゆっくりと、男に近づく。矢を抜いて回収してさっさとここから立ち去ろう。
俺は矢を握り、勢いよくそれを引き抜いた。
*
くそッ!めちゃくちゃびっくりしたじゃねぇかコノヤロ~ッ!!いきなり無言で弓打ってくるとか、正気の沙汰とは思えんぞッ!!
だけどまあ、何かと手間が省けた。俺の予定では主人公と一緒にこの男の家に乗り込んで、矢に刺さるつもりだったのだが。正直、成功確率が低くて困っていたのだ。第一、俺が主人公と仲良くなれる保証がない上に、矢で刺される確証もない。だからこの襲撃に関しては、サプライズでプレゼントを買ってもらった子供のように喜んでいる。
でもよ、こんなことされたんだ。一発殴ったって、だれも文句はいわないよな?
*
俺が矢を引き抜いた瞬間だった。ただぴくぴくと痙攣しているだけだった男の体に、力がこもったような気がした。そして、
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!!」
死んだと思っていた男の体が跳ね上がり、そのまま雄たけびをあげて、俺に殴り掛かってきたのだ。
「なにィィィ!??」
俺はその拳を何とか躱す。その勢いのまま、俺は数m後ろに跳んだ。俺は男と向き合う。
「…お前、生きていたのか」
俺は改めて目の前に立つ男を観察する。
男は、服の上からでもわかる程に鍛え抜かれた体をしていた。あの強靭な腕はあらゆるものをいとも簡単に破壊することができるだろう。普通の人間なら、あの体にビビるだろうが、俺はそうではない。俺には、相手がどんなに強い肉体を持っていようが関係ない能力があるのだから。しかし、俺の頭の中では、奴が警戒すべき人間であることを伝える警報が鳴りっぱなしだった。理由は簡単だ。目の前の男が持つ、ただものじゃない雰囲気と、胸を貫かれた直後だというのに息一つ乱さない精神力。そして、そんな男が生み出すであろう
目の前にいるこの男こそが、俺がずっと探し求めていた人間かもしれない。
そう考える俺は自分の口角が自然と上がっていくのを感じた。
*
目の前の男はむかつく笑みを浮かべながら俺を見ている。その笑みにイラつきながらも、考えを巡らせる。
「(よけられるとは想定外だった。意外といい勘してんじゃんか、ちくしょう。……正直な話。今、ここで、こいつと戦うメリットはないんだよな。ついかっとなって殴りかかっただけだし……あーあ、こんなことなら死んだふりしときゃよかった。こうなったらやっぱり
俺は、目の前の男に背中を向ける。そして、全速力で走りだした。
「なッ!!?お前!!待ちやがれ!!!」
俺は、一目散にその場から逃げだす。後ろから、男の怒りのこもった声が聞こえてくる。きっと、さっきまでの笑みは消えうせていることだろう。ざまーみろだ。男の声は、どんどん遠くなっていく。当たり前だが、波紋の修業を積んだ俺の足は、同年代の人間どころか、アスリートと比べても恐ろしく速い。さらに、100㎞もの距離を走っても息一つ乱れることはないのだ。そうやすやすと追いつかれるはずがない。あくまでも人間にはの話だが。
すぐそばで、何かが空気を裂く音が聞こえる。俺には、それが何なのかすぐに分かった。俺は速度を緩めずに、音が聞こえる方向に目線をやる。そこには、一機の小さな、まるでラジコンのような、ヘリコプターがいた。そして、ヘリコプターは容赦なく俺に向かってミサイルを発射してくる。男にしたら奇襲のつもりだったのだろう。しかし、この状況を想定していた俺の頭は、冷静に動いた。
「(この距離じゃあ、ミサイルを避けるのは…不可能。なら!!」
俺は、まるで、野球のボールをキャッチするかのように、ミサイルをその手で包み込む。そして、
「(当たる面積を最小にして、波紋でガード!!)」
ミサイルが、俺の手の中で爆発する。手に痛みが走るが、我慢できないほどではない。俺は、そのままこの能力の射程外まで、走って逃げるつもりだった。しかし、その作戦が成功することはなかった。突如、俺は足に鋭い痛みを感じる。その痛みがあまりに予想外だったので俺は、足がもつれて転んでしまう。どうやらヘリコプターの中に何体か人型のがいたらしい。そして、男が追いついてきた。
「バット・カンパニーの爆弾を、手でつかむとは…それが、お前のスタンドか?」
男は、興味深そうに俺を見ながらそう言った。
「(スタンドか。やっと能力の名前を知ることができたな。…て、そんな事どうでもいいか。それより今はこの状況をどうやって脱け出すかだ)」
男のそばには、すでにバット・カンパニーと呼ばれた兵隊と兵器が大量に展開されていた。さすがに、この状況で、また走り去ろうとすれば、ハチの巣にされかねないだろう。
「(どうにかして、隙を作らないと)」
俺は、目の前の男を倒すことではなく、男から逃げる方法を考えていた。それは、勝ち目がないからではなく、下手この男を倒してしまうと俺の知っている物語と起こる事柄を変えてしまうと思っているからだ。そうなれば、この杜王町に来た意味がなくなってしまう。それだけは何としてでも避けなくてはならない。
「ほら、出してみろよ。お前のスタンドを」
男は、せかすように俺にそう言ってくる。俺は少し考え、そして、男の言うとおりにしてやることにした。俺のスタンドが強力なものならば、それを使って逃げようと思ったからだ。しかし、そんな期待は、数秒後には消えてなくなることになった。
俺は、スタンドが出るように強く念じる。しかし、それらしきものは、一向に出なかった。何度念じても、なんどこの状況を切り抜けたいと思っても、うんともすんともいわない。俺の心に、焦りが生まれる。スタンドが使えない理由を必死で考えたが、全く浮かばない。そもそも、スタンドが使えるようになる条件すらまともに知らないのだから、考えたところで答えが出るはずもないのだ。額に汗が流れる。
「(どういうことなんだっ!!スタンドが使えないなんて、このままじゃあ杜王町での戦いはおろか、今、この戦いを生き抜くことさえできるかどうか……いや、まだ可能性はある。俺の目にはしっかりと奴のバット・カンパニーが見えている。ということは、何かの拍子にスタンドが使えるようになるかもしれない。今は、それにかけるしかない!!)」
そこからしばしの沈黙が続いた。俺と、男の視線がぶつかり合う。その沈黙の中で、先にしびれを切らしたのは男の方だった。
「…スタンドが出せないのかあ?だったら手伝ってやろう!!」
男は、俺に向かってスタンドで攻撃してくる。だがこれでいい。俺はピンチを待っていたのだから。
俺はバット・カンパニーの銃弾をあえて波紋でガードせずに腕で受ける。腕に燃えるような痛みが走った。
「ううッ!!」
一瞬、俺の体の内側から感じたことのないような感覚がする。だがそれ以上のことはなかった。未だに俺のスタンドは姿を見せない。
「まだかあ~?」
男の声には、怒りが含まれている。俺のスタンドが、見られないことがそんなに悔しいのだろうか。まあ、こいつの事情を考えれば仕方ないことかもしれないが、そのイライラを俺にぶつけるのは、やめてもらいたい。
そんなことを考えている間も、バット・カンパニーの攻撃は少ないながらに続けられている。銃弾が発射されるたびに、俺の体のどこかしらが出血していく。さすがに、このまま攻撃を受け続けるのは少しまずいだろう。
「(奴が攻撃をやめて見逃してくれるのに期待したいところだが…まあおそらく無理だろうな。…仕方ない、スタンドのことはいったんあきらめて逃げるか)」
幸運なことに奴は今、俺が攻撃できないと思っている。そんな奴に隙を作らせることなんぞ、修行でじいさんに一発攻撃を入れるために油断させようとしていたときに比べたら(結局隙らしい隙など作らせられなかったが)あまりにも簡単だ。
俺は、一度深く呼吸をする。油断しきった目の前の男がそれに気づく様子はない。
俺はすぐに立ち上がれるように準備をしながら、地面に向かって意識を集中させた。
「
地面を波紋が伝わっていく。この波紋が男に当たったところで、できることはせいぜい男の動きを数秒止める程度だろう。しかし、それで十分なのだ。あくまでこの波紋はスタートダッシュなのだから。
「なに!!くッ!!」
男に波紋が当たり、その動きは硬直した。それと同時に波紋によって俺の体は、男と反対方向にはじかれる。攻撃=逃走につながっている、我ながらナイスな作戦だ。
俺は再び全力で走りだした。波紋を食らっている男はおそらくスタンドで追撃することはできないだろう。もっとも、だからと言って速度を緩めることなどは絶対にしない。戦いにおいて油断は命取りとなるからだ。
後ろに警戒しつつ俺は、足を動かし続けるのであった。
*
栄。この後、念には念を入れて二時間ほど走った後に帰宅。家に帰った後、ずっとスタンドを出そうと頑張っていたが、結局なにも出なかった。