俺は今、体中ボロボロで銃とナイフ(と言ってもスタンドだが)を持ち、あと腕に鉄パイプが刺さってる。
目の前の男はそんな俺をめちゃくちゃ怪しそうに見ている。当たり前だよこんなやつ街で見かけたら即通報だよ。
さてここで問題だ。目の前の男と戦闘を行わずにすむ方法を応えよ。
次の選択肢から一つだけ選べ。
①ー正直にくそバッタとの戦いのことを話して信じてもらう。
②ー適当にこの場をやり過ごす。
③ー何かハプニングが起こって、うやむやになる。
④ー全力で逃げる。
⑤ー不可能。こんな怪しい奴は殴られる。
「(④は今の体調だとスタンドを使って全力で攻撃されたらお陀仏だ。③が起こってくれたら一番いいんだが…現実的に可能そうなのは①か②だろうな。こいつスタンド使いだし、下手に嘘をつくより、正直に言った方がいいかもしれないな)」
とりあえず①を選んだ俺は男に事情の説明…という名の言い訳を始めた。
「あー、言っとくが俺は別に銃を乱射している不審者とかじゃない。ただちょっとこの世のものとは思えないビジョンに襲われただけだ」
俺は手を上げながらそう言った。スタンド使いであるなら今の説明でもなんとなく言いたいことは察してくれるであろう。
男は俺の言葉の真偽を確かめるように俺の瞳をまっすぐ見つめてくる。それに負けじと俺も男の目を見る。
数秒間、そんな状態が続いた後、男は俺から視線を外した。
「…とりあえずはお前の言葉を信じてやるよ」
「ずいぶんとあっさり信じるな」
「なんだ?嘘なのか?」
俺は「そうじゃねぇけど」と手を横に振りながら、思わず出てしまった言葉の否定する。
「なんかな、お前は嘘ついてねぇ。そう思えるような目をしてんだよ」
ずいぶんとロマンチストだなと思ったが、言うと状況が悪くなりそうなので、何も言わずにいることにしよう。
「それに」男は一度言葉を切ると、俺の方。正確には俺の後ろに視線をやった。「信用するに足る証拠も見つけたしな」
そう言った男はいきなり叫び声を発すると、突如として現れた三本目の腕で、いつの間にか持っていた石をぶん投げた。
後ろでアスファルトが砕ける音がして、俺は振り返る。そこには飛び散ったアスファルトによって行動不能になっている包丁が無残に転がっていた。後ろでは男が「外したか」とか言ってる。俺はさらに視線を地面からあげていく、そして
「気絶もしてなかったのか…くそバッタが」
くそバッタは先ほどの傷が痛むのか若干ふらふらとした足取りでこちらに近づいてくる。その様子に、俺は全身の筋肉を強張らせた。明らかに先ほどよりも強い。大方、俺への怒りで一時的にスタンドが成長しているのだろう。確か物語の中でもそういったことが起こっていたはずだ。
「にげられねぇぜぇぇぇ!!恨みや憎しみってのには引力があるんだよぉッ!!!どこまでも追いかけて俺はテメェをぶっ殺してやるぜッ!!!!!」
奇声を上げ、くそバッタは俺に襲いかかってきた。かなり早いがこれぐらいならば対処はできる。俺はくそバッタに銃口を向ける。しかし、
「(あ、やば。弾切れしてたんだった)」
銃とナイフを握ったまま、再装填の仕方もわからない俺は、攻撃することをあきらめ防御の姿勢を取り、衝撃に備えた。
だが俺の体に衝撃が走ることはなく、代わりに苦痛の叫び声と、吹っ飛ぶくそバッタの姿が目に飛び込んできた。
「確かに、あれはこの世のものとは思えんな」
俺のすぐそばに立つ男は真剣な表情をしながら、そうつぶやいた。隣には男のスタンドらしいものが佇んでいる。
「(こいつのスタンド…速いな。しかも力も強いな。くそバッタをあんなに軽々吹き飛ばすなんて)」
敵に回したくない。そう思いながら俺は男のスタンドを観察する。
黄色い体に人間に近いフォルム、そして兜をかぶったような頭はまるで古代の戦士のようだ。剣とかは持ってないけど。
「なんであれを殺そうとしなかった?」
「は?」
男の突然の問いに思わず聞き返してしまう。男はそれが気に入らなかったのか、少しイラついた表情を見せた。
「銃を向けたときに足を狙っていただろう。普通殺されそうになったら、殺してでも身を守ると思うんだが。なんでだ?」
「なぜって…いわれてもなぁ」
正直言われるまで気にしていなかった。俺はなんでくそバッタを殺さないようにしていたんだろう。あいつを生かしておくメリットなんてたぶん何にもないのに。少し考えるも一向に結論は出ず、俺は男に肩をすくめて見せた。
その様子に男は気に入らなそうに鼻を鳴らした後に、くそバッタの方に向き直った。
くそバッタはというと、どうやらまだこちらを攻撃するつもりらしく、ふらふらと立ち上がり、こちらに向かってきている。
そんなくそバッタを男のスタンドは頭を鷲掴みにして拘束した。相当な力でつかんでいるらしく、ギリギリと音が鳴っている。くそバッタの悲痛な叫びが響き渡る。
「お前はさっき、憎しみには引力があるといったな。俺と近い考えだ。だが真逆の考え。だからお前に見せてやるよ。俺の引力。愛の引力を」
男は深く息を吸って、一度吐く。そして静かに己のスタンドの名を呼んだ。
「『ラブ・ミー・ドゥ』」
何も起こらない。俺がそう思った次の瞬間、道の向こうから人影が一つ迫ってきた。人影は引っ張れるようにこちらに転がってくる。痛みと困惑で叫びを上げるその人影は必死に自分の体を静止させようともがくが、大した効果もなくどんどんこちらに近づいてきている。
「(なるほど、『引力』か)」
俺は異様なこの光景を見て、男の能力を理解した。スタンドが触れたものを自分に向かって引き寄せる能力。詳細はさすがに分からないが大まかに言えばこんなところだろう。
そしてついに、人影は俺たちの前まで転がってきた。
男が転がってきたおっさんを見つめる。
「お前がこいつの本体か」
「くそッ!!なんだってンだよテメェはよぉ!!!」
俺は転がってきたボロボロのおっさんを見る。声も似てるし、くそバッタに弾丸を撃ち込んだ場所と同じところに傷がある。こいつが本体で間違いなさそうだ。
「(しかし、どっかで見たことあるんだよなこのおっさん)」
俺は記憶を掘り返し、どこでこのおっさんを見たのかを探る。数秒考えてその答えは出た。
このおっさん、俺がチラシをもらったとこの通りにいた、俺のこと睨んだおっさんじゃねぇか。まさか、ちょっと叫んだだけで殺されかけるなんて。
杜王町コエーと俺は改めて思った。
「おい」
突然男に声をかけられ、俺の思考は現実に戻ってくる。物思いにふけっている間におっさんは気絶していた。体にはいくつものあざができている。犯人はおそらく目の前のこの男だろう。怖いなこいつ。
「多分もうあいつが襲ってくることはないだろうよ。ちと説得したからな」
「…そうかい。関係ないのに助けてくれてありがとな」
「いいや、気にしなくていい。だがちょっと付き合ってもらうぜ」
男は少し警戒しているような目で俺のことを見つめながらそう言った。
ここで誘いを断れば、何をされるかわかったもんじゃない。俺は静かにうなずいて、男と一緒に歩き出した。
*
俺は男と共にピザ屋に入り、机を挟んで向き合っている。
一応手当をして、波紋で痛みを和らげているものの、さすがに体がだるいので、とりあえず栄養を補給しようとここに入ったのだ。
「とりあえず、お互いに自己紹介でもしようじゃないか」
男はチラシ配りをしていた時のさわやかで礼儀正しい態度とは打って変わり、どちらかというと荒々しい感じでそう言った。
その言葉に俺は運ばれてきたピザを口に入れながら、うなずく。
「俺の名前はボストロ・ブラボー。アメリカ人で先月ここに越してきた」
「俺は吉崎 栄。日本人だが先月イタリアからここに来た。…で、なんでお前は俺を助けたんだ?」
俺は会話の主導権を得るために、男、ボストロが俺に何か質問するよりも前に質問した。
「困ってるやつは助けようと思うのがふつうだろ?それが人の愛ってもんだ。まあ、俺の場合それだけじゃないけどな」
ボストロは一枚の紙を取り出す。
「お前はこの男…ディオを知ってるな」
「…いいや、知らないな」
「嘘が下手だな、栄。目が一瞬泳いだぜ」
ボストロは殺気を出しながら俺を睨みつける。どうやら下手な嘘は逆効果のようだ。てゆうか、また目かよ。こいつは眼球フェチなのか?
「確かに俺はそいつのことを知っている。だが、風のうわさ程度だ。実際、俺はそいつの名前さえも知らなかったしな」
「…嘘は言ってないみたいだな」
確かに嘘じゃない。俺はディオの名前なんてボストロが配っていたチラシを見なければ、知ることになるのはもっと先のことだっただろう。
「じゃあ栄。ディオは今どこにいるか知っているか?」
「…確か、死んだと聞いているが」
「……そうか」
ボストロは一瞬悲しんだような表情をするが、すぐに先ほどまでの表情に戻る。
「予想は…していたが…やはり死んでいたか」
ボストロは「もうチラシを配る必要はないか」つぶやきながら視線を落とした。先ほどまでの殺気はもう感じられない。
どうやら俺の不安要素が一つ消えたようだ。そこで俺は敵意を感じられなくなったボストロに、質問を投げかける。
「なんでお前はディオを探しにここに来たんだ?聞いた話だとこいつはエジプト辺りにいたらしいが」
「…なんとなくだ。直感だがなぜかここにいるような気がした」
「なんとなくでかよ」
「そうだな…あえて言うならば、親子の絆を信じたのさ」
は?今、信じられない言葉を聞いたような。
「ま、待ってくれ、ボストロ・ブラボー。お前とディオはどういう関係なんだ」
「一言でいうならば、親子だな」
これは、完全に予定外の事態だ。明らかに、物語とは違う形で時が流れて行っている。おそらくは俺という存在が起こしたバタフライエフェクトというやつなんだろう。まさに蝶の羽ばたきが嵐を起こした並の作用だ。
だが親子か、ならばボストロがここに来た理由も何となくわかる。おそらくは物語の主人公たちの持つ、一族の運命が彼をここに呼び寄せたのだろう。
「(ん?てゆうか、なんか違和感が…)」
俺は、180㎝位で俺と同じか少し上くらいの年齢といった感じの青年、ボストロを見つめる。
「お前…今いくつ?」
「13歳だが。それがどうした?」
「いや…別に」
この夜、日記として使っている手帳に、外国人の遺伝子はすごいという一文が添えられることとなった。