貞操観念逆転異世界で勇者パーティの性処理係やってるんだけど、仕事してたらみんな勝手に拗らせる 作:ベリーナイスメル/靴下香
魔法使いという存在は酷く浅ましい種である。
魔力を有する生命体はそれなりに貴重だと言うにもかかわらず、浅ましいなどと蔑まれている理由は、その魔力自体にあった。
「――なんだと」
「聞こえませんでしたの? わたくし、エリアナ・ティアランドに下賤な男娼など必要ないと言ったのです。それが、何か?」
体内で魔力は生成されるが、その自然回復には時間がかかり、回復力を高めるためには男の精が必要であるからだ。
魔法使いの真実、その浅ましく生きざるを得ない事実を逆手に何を要求してくるか想像がつかなかったから。
あるいは、エリアナが自身の美貌を正しく認識していたからこそであるとも言えるだろう。
艶があり癖がなく、黒色にもかかわらず日光を纏い輝く長い髪に、理想的な身体つき。
彼女の持つ警戒心の高さ故に、やや表情こそ常に厳しいものに見えてしまうが、異性へ積極的になれない男であっても、思わず声をかけてしまうだろう容姿だと理解していたから。
「てめぇがバカみたいな魔力お化けだってのは聞いてる。カイトが……いや、男娼が必要ねぇってのも、羨ましく思うべきことなのかもしれないが理解できる……そんなてめぇだ、掲げてる信念もやり遂げられるのかもしんねぇ」
「あら、よくご存じ頂けているようで。紅姫サマにまでわたくしの事が伝わっているなど、光栄の極みですわ」
カイトとの初夜を済ませたアリーシャの前でエリアナが皮肉混じりに笑った。
エリアナは言外に言っているのだ。
高名な紅姫と言えど、男を求める心を偽れず肉欲に溺れてしまうのですね、自分と違って、と。
「……あぁ、認める。オレは、まだまだ弱えぇ。それこそカイトに縋らなきゃ自分を保てない弱者だ」
「あら?」
アリーシャが俯き拳を震わせながらそう告げた時だった、エリアナが己の発言を失言だったかもしれないと思ったのは。
「っ……」
だが、訂正はしなかった、謝罪もしなかった。
できなかったのだ。
エリアナはその莫大な魔力を有していることから、男の精による魔力の回復などにも頼らず任を達成することで、魔法使いという存在そのものの名誉回復を志しているが故に。
だからこそ、世界初なのかもしれない、男を抱えた勇者パーティへと参加したのだ。
居るにもかかわらず、まったく必要としなかった気高く高潔な魔法使いであると世に名を打ち立てられると期待して。
「いいよ、訂正も謝罪もいらねぇ。だがな、だが……」
「ですが? どうされましたの?」
続きを促しながらエリアナはゆっくりと腰を落とし、杖を構えた。
目の前にいるアリーシャの姿が、噴火前の火山かのように思えたのだ。
周りにはこの場を執り成してくれるシアも、万が一何かあったとしても治療してくれるリリアもいない。
自分だけが、目の前の爆弾を処理しなければならないのだ。
「オレは、カイトを守るって、誓ったんだよ――おうアバズレ、てめぇどこの誰の尊厳を傷つけようとした?」
「っ!?」
アリーシャの手が背負っていたツーハンデッドソードにかかった瞬間、エリアナは魔力による障壁を展開した。
「正気、ですのっ!?」
「正気だよ。オレはな……カイトの全てを守る。その身も、心もだ。カイトを害そうとするヤツ、全てを塵殺するって決めてんだ」
バチバチィッ! とエリアナが展開した魔力障壁が音を立ててひび割れる。
(冗談じゃ、ありませんわっ!? なんて、バカ力っ! なんて魔法抵抗力っ! 虎の尾を踏んだから? 逆鱗? い、今からでも謝罪を――)
――するのか? 男を、魔法使いと見るだけで知るだけで自分の精を大上段に構え、まるで奴隷か何かのように見下す男を貶して申し訳ないと、謝罪するのか?
(するわけ、ありませんわ! していいはずもないっ!!)
もはや意地だった、意地で魔力障壁へと更なる魔力を込めた。
あり得ない魔力と、あり得ない物理的な力がぶつかり合い、周囲の景色が歪んでいく。
まさしく、勇者が求めた人材だ。こんな現象や光景、そうそう拝めない。
果たして覚悟と意地のぶつかり合いはどちらにどう転ぶのか。
「くっ……!」
「はっ! 偉そうなことを言っておいてよぉ……おらっ! 往生、しろやっ!!」
魔力ありったけを込めた障壁が、再度音を立ててひび割れ始めた。
びし、びし、と。
エリアナの目の前でゆっくりと割れていく。
(なんてこと、でしょう……こんな、こんなくだらない、ことで、わたくしは……)
死を、覚悟した。
そんな時。
「ちょっ――何やってるんですか!? アリーシャ! エリアナさんっ! やめてくださいっ!」
「っ!!」
泡を食ったように駆けつけてきたカイトが間に割って入って来て。
「カイトッ!? ぐっ、い、今はっ!!」
「も、もたな、いです、わっ――きゃあっ!?」
「うおっ!?」
障壁が割れた衝撃に、全員が吹き飛ばされた。
タイミングの妙を幸か不幸かは不明だったが、少なくともエリアナは。
「――この度は、申し訳ありません、でしたわ」
その場を不幸だと認識した。
「い、いや。こちらこそ、考えなしでしたから。どうか頭を上げてください、煌めきの魔女に頭を下げられちゃあ、落ち着くものも落ち着きませんよ」
ただ、都合が長引きシアとリリアが戻ってきていなかったのは幸運だと言えたのだろう。
周辺警護とカイトの介抱をアリーシャとエリアナの交代で行いつつ、エリアナが介抱している時にカイトは目を覚ました。
(無様、ですわね。男にこんなことで頭を下げることになるなんて……屈辱が、過ぎますわ)
我に返ったエリアナは理解している。
下げる必要がないはずの頭を、他ならぬ自分が原因で。
いや原因の一つを生み出してしまったが故に下げなければならないことを。
そう、男に謝罪している自分を嫌悪していた。
あるいは、恥ずかしいとも思っていた。こうしなくていいように在りたいからこそ、勇者パーティへ参加したと言うのにと。
「あー……エリアナ、さん?」
「はい」
上げてくれと言われた頭は持ち上がらず、下がったまま。
居心地の悪さを元に困惑しながらもカイトは言葉を紡いだ。
「やっぱり、凄いものですね」
「え?」
「さっきの魔法ですよ。何度か魔法使いの魔法を見たことがありますが、あんな凄いのは初めてです。むしろ模擬戦? 訓練? 邪魔をしてしまってこちらこそ申し訳なかったです」
「……な、ん」
エリアナが下げている頭より更に低くカイトは頭を下げた。
呆気にとられたのはエリアナだ。
本来、いやエリアナが想像している男ならここは強請るところ。
こんな危ない目に合わせたんだ、わかっているだろうなと言葉が続くことを予期していた。
「本来、そういう風に頑張っている人たちを支えるために俺がいるはずだってのに……本当に、申し訳ない」
「ち、ちがっ――あ、あれはっ! わ、わたくしがっ!」
「いいえ。そう言うことにしておきましょうよ、正直俺も何がどうあったのかなんてわかりませんけど、こういう時は
「あ……」
持ち上げられたカイトの顔には苦笑いが浮かんでいた。
(どう、して……どうして、そんなことが言えるんですの? わ、わたくしは……こ、これじゃあ、わたくしが……)
まるきり、欠片も。
エリアナの中にある男性像とは違っていた。
それどころか、多くの意味で恥じた。
(こんなことを仰れる方を、下賤? な、何を、わたくし、は)
なるほどアリーシャが守ると強い覚悟を持って決意したわけだと、エリアナは理解し納得した。
未だエリアナの中にある多くの男性像は否定できない。
だが、この人は、カイトという男は別だ。別でなければならない。
「カイト、様」
「はい……え? 様?」
エリアナの胸にある何かが弾けた。
弾けた何か、そのままにエリアナは。
「わたくし、エリアナ・ティアランドは……あなた様のご厚意に、賜った御恩に。必ず、報いますことを誓いますわ」
静かに、涙を流しながら宣誓した。