貞操観念逆転異世界で勇者パーティの性処理係やってるんだけど、仕事してたらみんな勝手に拗らせる 作:ベリーナイスメル/靴下香
偽ることが罪だとするのなら、勇者シア・ハートネットは紛れもない罪人である。
彼女は自身の力を才能を偽った。
勇者とは言葉のまま勇気あるものだと認められた者に対して与えられる称号でしかなかったが、シアは己さえも偽り、自分は勇者であると固く思い込むようにしていた。
何故か?
それは単純に幸せになりたかったからである。
「大丈夫?」
「あ、あぁ……いや、大丈夫、です。おかげさまで、助かりました」
何処にでもいる村娘シアの時間が終わり、勇者シアとしての時間が動き始めたのは裏路地で今まさに女に襲われる寸前だったカイト・リザレクティスという男を助けた時からだった。
黒、というよりは深い茶色の髪。汎用な顔立ち、そこらのなよなよした男よりは多少引き締まっている身体をしているか。
(え……?)
結論、何処にでも居そうな男は、あり得ないことに何の怯えも遠慮もなく差し出されたシアの手を取り立ち上がった。
「改めて、ありがとうございます。助かりました」
「い、いいよ、そんなの、気にしないで? わ、私はただ、ずるいぞって思って、反射的に……」
「ずるい?」
「あぁ、いや、うん。何でも、無いよ」
女に怯える男も、女の立場を利用して成り上がろうとする男もシアは見てきた。
だが、女を前に自然体でいる男とは初めて出会った。
「そう、ですか? っと、そうだ。良ければお礼に食事でも如何ですか?」
「食事? えぇ、っと」
さて、自然体とは言ったが何処までが自然体なのか。
シアはこれが初めてだったが、女を食事に誘うシーンは意外にもありふれた光景だ。
もっとも、それは女にメシをたかると言った意味合いが多く含まれているものだから、カイトの誘いを素直にお礼だとシアには受け入れられない。
「あぁ、もちろん奢ります。多少、手加減してくれたら嬉しいですけど……恥ずかしながらあまりこの辺りの地理に明るくないもので、よければ色んな意味でオススメの場所を教えて頂けると――」
「ぷっ……」
「え、えぇと?」
そんな疑念はすぐさまカイトの言葉で掻き消えた。
男を武器にしない、女を利用としない、あまつさえ食事代を奢ると宣うなどと。
シアという女は特筆した何かを持っているわけではなかった。
容姿にしても、明るい栗色のくせっ毛で、巷で憧れられるようなきれいな物でもなければスタイルも普通だ。
目も眩むような財があるわけでもない、正真正銘どこにでもいる村娘でしかない。
だから、初めて。
男に誘われるなんて夢物語に近いものだし、妄想でなんどもしたこと。
にもかかわらず。
「ごめんごめん。うん、それじゃあお言葉に甘えようかな? オススメの店、教えてあげるね」
「ありがとうございます」
確認がてら、もう一度自然を意識してシアはカイトの手を取った、手を取れた。
妄想すらできなかったことが、今現実として起きている。
(もしかしなくても、運が回ってきたかもしれない……!)
この男は、使えると、そう思った。
女を怖く思わないのかというシアの質問にカイトが首を傾げたことで、最終確認は終わった。
同時に、シアは覚悟を持って決意する。
「ねぇ、カイト? キミは、仕事で女を抱けるかな?」
「え……?」
詐称の始まりだ。
シアは言った、自分は勇者になりたいと、強く勇気ある自分に相応しい人材を求めていると。
しかしながら強い人材は要求するものも大きい、そこでカイトのような人間にパーティの性処理係をお願いしたいと。
「性処理、係……」
「抵抗が、あるよね? だから報酬は弾むよ、名声も約束する。勇者だけならず冒険者パーティと言った荒事請負人の中に今まで男が居たって前例はないもの。約束するまでもなく、私が、私達が魔王を討伐でもすれば名声なんて勝手についてくるだろうけど」
破格、と言って良いだろう。
国で認められている、保護されているとも言える男娼を一晩買う金が金貨一枚と、一般人の給料三か月分に相当するのだ、ただパーティに参加するだけで男が抱き放題になるなんて、投げ捨て売りの出血大サービスといっても良い。
(このチャンス、逃すものか! 私は幸せになりたい、私だって幸せになっていいはずだ! 美男子を捕まえて侍らせて、左手うちわで暮らしたいんだ!)
シアが抱く願いは低俗なものと言える。
言えるが、同じ願いを持つ女はそれこそ星の数ほどいるし、チャンスがあればと構えている女も同じく。
だからこそ、小さな偽りを重ねた。
必死だったとも言えるだろう、目先のカイトという男を手放さないためにを理由に嘘のコーティングはどんどんと大きくなった。
しかし、その甲斐あってか。
「シアさんの、そしていずれ集うだろう皆さんの役に、立てるなら」
シアにとっては健気に聞こえるカイトの言葉を引き出せた。
「ありがとうね! よぉし早速契約しよう! あ、安心して? 私、婚約者の幼馴染がいるからさ、私はキミに絶対手を出さないから!」
「あ、安心したような惜しいような」
「うん?」
「い、いえ。わかりました、それではよろしくお願いします」
女の処女などこの世界でははした金にもならない価値しかないが、それでもいずれこの人だと思える人間に、初めてを奪って欲しいと思うのは女として当然だから。
(にひひ。いける、いけるぞぉ! これでつよぉいパーティを作って、適当に成果を挙げて! 目指せ幸せ生活だー!)
当然の帰結。
そして何気なく欲目を出して言った自分のセリフをシアは、遠くない未来で重く後悔することになる。
重ねて言おう、勇者とは勇気を示したものに贈られるただの称号に過ぎない。
その実力を評価された結果でもなければ、どれだけのモンスターを倒したとしても、多くの人間の窮地を救ったとしても関係が無いのだ。
勇者を詐称すると覚悟したシアの計画は順調だった。
紅姫と呼ばれる高名な戦士を引き入れ、煌めきの魔女と呼ばれる魔法使いを手に入れた。
その上、調子に乗って以前からいけ好かないと感じていただけの宗教団体にすらケチをつけた結果、今では金色の癒し手と呼ばれる治療魔法術師すらパーティにいる。
「……誤算、だったわね」
そうした今になって気づいたのだ。
自分は発起人でしかない状態にある、と。
近くのテントから聞こえる嬌声を背景に、シアは頭を抱えた。
「私……このままじゃ、ただの役立たずじゃない……!」
このパーティのリーダーは誰かと聞かれたのならそれはシアだろう。
だが、事実上このパーティを纏めているのはカイトになっているのだ。
誰がアリーシャという変わった癖を持つ女を受け入れた?
誰があの気難しくプライドが高いエリアナを心酔させた?
誰があの、今もテントで響く甘い声の持ち主リリアの……そもそも自分は救う側であり、救われる側ではないと言っていた神官の神となった?
「全部、カイトだ……っ!」
致命的だと気づけたのはまさしくリリアの様子が目に見えて変わったから。
彼女は事も無げにさらりと言った。
カイト様は救済そのものであるが故に、わたしの主、神であると。
「どうする、どうする……? こんなことになるなら調子に乗ってモンスターパレード処理の依頼なんて受けなきゃよかった! こんなことに、なるのなら……!」
嘘なんて、つかなければ良かった。
「う、ぅ……」
さっきから、あるいはずっと前から。
カイトが抱く女があげた快楽に塗れた声のせいで下腹部が熱い。
解消する術など簡単だ、それこそ今からでもカイトの下へと足を運べばいい。
わかっている、わかっているが、できない。
己が口にした、小さな嘘が大きな楔となってシアの足を縫い付ける。
「私は、わたし、はぁ……! なんでこんな時にも、即物的、なことっ……」
真っ先に感じるべき後悔が、肉欲よりも後に来たことへ、シアは絶望する。
嘘を罪と想うのなら別にもあるだろう。
勇者であるなどと言わず、カイトを利用するなどと思いつかず。
ただ、あの場でカイトの手を取ったとき、お礼に一晩抱いてとでも言って終わっておけばよかったのだ。
分不相応な願いを叶えられるチャンスと思った機会は、己を縛る呪いを刻む機会であった。
「は、はは。ぶん、ふそう、おう……なんてよく言ったもの、よね。私も、結局は……」
何処にでもいる、浅ましくはしたない女の一人だった。
パーティを解散する。
そう告げると決めて、シアはカイトの下へと足を運んだ。
しかし、だ。
「シアが弱い? あはは、なら俺なんてゴミかなんかですよ」
「そ、そんなこと、ないっ!」
自分の力が足りない、このままでは皆を致命的な何かに追い込んでしまう。
それを理由にパーティの解散を口にすれば、返って来たのはカイトの冗談はやめてくれと言った意味を含んだ笑い声だった。
「あー、うん。ゴミとまで言ったのは多方面に失礼ですね、すみません失言でした、以後気を付けます」
「だ、だから! そういうことでもなく! 次なんて、ない、からっ!」
こうして自分の過ちを認めて責任を取ろうとする姿こそ、あるいは勇者に相応しいものなのかもしれないが、シアは肝心な偽りを言えないままで。
だからこそ、なのかもしれない。
あと一歩の勇気が足りなくて、それを埋めるように。
「というか、です。仮にシアが自分で言うように、勇者に相応しくない人間だとして」
「仮に、じゃないよ! ほんとに、私は――」
「なればいいじゃないですか、今から」
「――」
カイトの言葉が、シアの胸にハマり込んだ。
「最初っから何かに相応しい人間なんていないと思いますよ。そうなろう、そうなりたいと思った時がスタートだと思います。シアは、今そうなりたいと思った。思ったけど自信が無くて、怖いと思ったから揺れてるだけです」
カイトの瞳は欠片もシアを疑っていなかった。
疑われていないと理解できた時、シアは。
「――ん。ありがとう」
「何かお礼を言われるようなことしましたっけ?」
「たった今、そう思えたから」
「うん?」
シアは、今この時、この瞬間。
(あなたに相応しい、あなたの信頼に応えられる、私になる)
本当の意味で、勇者になるという覚悟をすることができたのだから。
(だからいつか、私が真の勇者になった、あなたへの贖罪を終えた、その時は……カイト、あなたの手で私を裁いてね)