第4スタジオ『グランドステージ』の上手側舞台袖は、先ほどまでのライブの熱狂とは別種のどよめきに包まれていた。
『今日この瞬間から――あなたが、私・花海咲季の専属プロデューサーになりなさい!!』
真紅と白のステージ衣装をまとった新入生首席・花海咲季が、床に座り込んで息を切らす一条護の目の前に立ち、耳まで赤く染めながら右手をビシッと差し伸べている。
しかし、その逆指名の余韻に浸る間もなく、すぐ隣から赤みのある茶髪をふんわりと弾ませた少女――妹の花海佑芽が、全力疾走で二人の間へと滑り込んできた。
「ちょ、ちょっと待ってお姉ちゃん! お姉ちゃんばっかりズルいよぉぉーーっ!!」
「なっ……佑芽!? あなたいきなり何よ、人がせっかくカッコよく決めたところに割り込んでこないでちょうだい!」
咲季が目を丸くして抗議するのも構わず、佑芽は床にぺたんと膝をつくと、座り込んでいる護の右腕に両手でガシッと抱きついた。
元アスリートならではのしなやかな腕の力に、護は「うわっ!? う、佑芽さん!?」と目を白黒させて体勢を崩しそうになる。
「ダメダメ、お姉ちゃんだけにいい格好はさせないんだから! ねえ聞いてください、一条さん! 一条さんの凄さに最初に気づいて、一週間も前からずーっと見てたのは、お姉ちゃんじゃなくてあたしなんですよぉ!?」
「えっ……? い、一週間前からって……佑芽さんが、俺をですか?」
「そうですっ! 購買部の裏で荷物を拾ってた時も、毎朝早くにこのホールでスタッフさんたちと汗だくで働いてた時も、誰も見てない廊下で清掃員さんに頭を下げてた時も……あたし、全部見てたんですから!」
佑芽は大きな瞳をキラキラと輝かせ、護の顔を至近距離から覗き込むようにして熱弁を振るう。
ふんわりとした茶髪の毛先が護の肩先で弾むように揺れ、全力疾走してきたばかりの熱気が伝わってきた。
「あたし、補欠入学でずっと専属のプロデューサーさんが決まらなくて、本当はすっごく焦ってたんです。でも、靴底がすり減るまで誰かのために走ってる一条さんを見て、あたしの直感がビビッと来たんですっ! あたしとお姉ちゃんを一番輝かせてくれるのは、世界中で一条さんしかいないって! だから……あたしの専属プロデューサーにもなってください、お願いしますっ!!」
「なっ……ちょ、ちょっと待ちなさい、佑芽!!」
護の右腕にしがみつく妹を見て、咲季が焦ったように声を上げる。
咲季は慌てて護の反対側――左隣へとしゃがみ込むと、負けじと護の左腕を両手でギュッと掴み取った。
「佑芽がいつから見てたかなんて知らないわよ! 今日、私のためにピアニストの先生や職人さんたちに頭を下げて、有線マイクを握らせて『120%の気合で会場を殴り倒してこい』って背中を押してくれたのはこの人なの! この人は、私のプロデューサーになるって今決まったのよ!」
「むーっ、だからお姉ちゃんだけ独り占めはズルいって言ってるじゃん! 中野Pや佐藤Pだって二人同時に担当してるんだから、一条さんがあたしとお姉ちゃんの二人を担当してくれたっていいでしょーっ!?」
「なっ……わ、私と佑芽を同時に!? そんなの、この人の体がいくつあっても足りないじゃない!」
「大丈夫だよ、あたしたちが二倍支えればいいんだもん! ねえ、いいですよね、一条さんっ!?」
「いいわけないでしょ! あなたは私のプロデューサーになるのよね!?」
左右から花海姉妹に腕を引っ張られ、護は「あ、いや、その……腕が、腕が引っ張られて……お二人とも落ち着いてください……っ!」と慌てて声を上げた。
新入生首席の姉と、天性のバネを持つ補欠入学の妹。アイドル科一年生の中でも特にエネルギッシュな姉妹による、前代未聞の「プロデューサー争奪戦」である。
少し離れた舞台袖や通路からその光景を目撃していた同期たちは、言葉を失って固まっていた。
「……えーっと、手毬。あたしの目が悪くなったのかな? あの咲季と佑芽ちゃんが、今まで担当ゼロで裏方の手伝いをしてた一条さんを巡って、左右から取り合いしてるように見えるんだけど……」
金髪のおさげ髪を揺らした藤田ことねが、頬を引きつらせながら隣の月村手毬を肘でつつく。
手毬も長い黒髪を揺らし、信じられないものを見るような目で護と花海姉妹を交互に見つめた。
「……バカじゃないの。桐生Pみたいな三年生のエリートを蹴り飛ばして、実績ゼロの一年生を逆指名するなんて……。でも、さっきの咲季の歌声を引き出したのがあの一条Pだっていうなら……」
手毬の隣では、プロデューサー科一年生の佐藤健太や中野仁、鈴原良治、木下誠二たちも、驚きつつも納得したような笑顔を浮かべている。
「ははっ、すげえな一条さん! 担当ゼロから一気に、新入生首席と妹さんの二人同時担当かよ!」
「いや、当然の結果かもしれませんよ、佐藤。さっきの機材トラブルの中、たった十数分で白川先生と現場の職人さんたちを動かしてあのステージを作り上げたんです。一条さんの執念と誠実さが、花海さんたちの心を動かしたんですよ」
「そうだねぇ〜。一条君、いつも靴底を減らして頑張ってたから、僕もなんだか嬉しいよぉ」
同期たちが温かな視線を送る中、客席後方のオペレーションブースから駆けつけてきたPAチーフの轟源治と、照明チーフの灯里照美が、搬入通路の入り口で腕を組んで笑っていた。
「おやまあ、護くんったら、いつの間にあんな可愛い姉妹を両方とも夢中にさせるなんて、隅に置けないじゃないさ!」
「ハッ、誰よりも泥くさく現場を走ってきた男だ、あれくらいのご褒美があって然るべきだろうが。……おい護! 嬢ちゃん二人にそこまで頼まれて、男がウジウジ迷ってんじゃねぇぞ!」
源さんの豪快な声が舞台袖に響き渡り、護はハッと顔を上げた。
右腕には、真っすぐな信頼と期待を込めてしがみつく佑芽の温もり。
左腕には、強がりながらも絶対に離さないように指先に力を込める咲季の熱量。
護の視線が、作業着のポケットから覗く、角のすり減った『観察ノート』へと落ちる。
あのノートの中には、咲季の記録と同じくらい分厚く、花海佑芽という少女についての観察メモも書き込まれていた。補欠合格という結果に悔しさを滲ませながらも、誰よりも早く個人練習室に来て基礎ステップを反復し、姉の背中に追いつこうと跳び続けていた彼女の姿を、護もまたずっと見てきたのだ。
(俺に、この二人の夢を背負う資格があるのか……? いや、違う。資格があるかどうかじゃない。こんなに真っすぐな目で俺を信じて、手を伸ばしてくれた二人の気持ちから、逃げるわけにはいかない!)
護は深く息を吸い込むと、床に手をついてゆっくりと立ち上がった。
そして、左右に並ぶ咲季と佑芽の顔を交互に見つめ、すり減った靴のかかとを揃えて、二人の前で深々と頭を下げる。
「……俺には、まだ何の実績もありません。他のプロデューサーみたいに、スマートに二人を導くこともできないかもしれません。……ですが、咲季さんと佑芽さんが一番輝けるステージを作るためなら、俺は誰にでも頭を下げますし、どこまでだって走ります!」
護は顔を上げ、目の下の隈も忘れた真っすぐな笑顔で言い切った。
「俺なんかでよろしければ……咲季さん、佑芽さん。今日から二人の専属プロデューサーとして、全力で支えさせてください! よろしくお願いします!」
その言葉が落ちた瞬間、咲季と佑芽の瞳がぱっと明るく輝く。
「やったぁぁーーっ!! お姉ちゃん、聞いた!? 一条さんが、あたしたち二人のプロデューサーさんになってくれるってーっ!!」
「ふ、ふふん! 当然よ、私の見込んだ男が、妹一人の追加くらいで音を上げるわけないもの! いいこと、護……ううん、プロデューサー! 今日から覚悟しなさいよ!」
大喜びで飛び跳ねる佑芽と、誇らしげに胸を張りながらも嬉しさを隠しきれない咲季。
こうして五月の『フレッシュアイドル公演』の舞台裏で、誰もが予想しなかった「担当ゼロの新米プロデューサーと花海姉妹」のタッグが誕生した。
---
それから一時間後。
公演のすべてのプログラムが無事に幕を閉じ、護は源さんや照美姐さんたちと約束していた撤収作業まで手伝い終えてから、制服へと着替えた咲季と佑芽を連れて、アイドル科本棟一階の職員室へとやってきていた。
時刻は午後六時を回り、窓の外は茜色の夕焼けに染まっている。
職員室の中では、定期公演の集計や後片付けを終えた講師陣と、報告書を提出しに来たプロデューサー科の学生たちがまだ何人も残っていた。
「失礼します。亜紗里先生はいらっしゃいますでしょうか」
「あれ……一条君。それに咲季さんと佑芽さんまで一緒なんて、どうしたんですか?」
デスクのパソコンでデータを整理していた二十四歳の若い女性教師――根緒亜紗里が、柔和な笑顔を浮かべて振り返った。真面目で生徒思いな先生である。
護は緊張した面持ちで亜紗里先生のデスクの前まで歩み寄ると、先ほど運営本部から受け取って三人で署名したばかりの書類を、両手で丁寧に差し出した。
「亜紗里先生。遅くなってしまいましたが、『ペア制度』に基づく専属プロデュース契約の申請書を提出しに参りました。ご確認をお願いいたします」
「おぉ〜、一条君がついに担当契約をですか? よかったですね、拝見します……んんっ??」
亜紗里先生は微笑みながら書類を受け取り、記された文字へと視線を落とした。
そして――一秒、二秒と固まった後、目を大きく見開いた。
「な、なるほど、専属契約を……ってえええええっ!? ちょ、ちょっと待ってください、一条君! これ、提出書類が二枚重なっていますよ!? 担当プロデューサー:一条護。担当アイドル:花海咲季……そして、花海佑芽……ですかぁ!?」
亜紗里先生の驚きの声に、職員室内にいた他のプロデューサー科の上級生や講師たちが「えっ!?」と一斉にこちらを振り返る。
「おい、今なんて言った? あの担当ゼロで雑用ばかりしていた一年生の一条が、新入生首席の花海咲季と契約だと!?」
「バ、バカな! 花海咲季は三年生の桐生と組んでいたはずじゃないか! しかも妹の花海佑芽まで二人同時に担当するなんて、実績ゼロの新米にそんな無茶が許されるのか!?」
たちまち職員室中がざわめきに包まれた。
これまで企画書を出しても見向きもされなかった無名の学生が、学園中が注目する首席アイドルとその妹を同時に担当することになったのだ。周囲が驚くのも無理はない。
すると、護の隣に立っていた咲季が、周囲の雑音を吹き飛ばすように胸を張って一歩前に出た。
「無茶なんかじゃありません、亜紗里先生! 桐生Pは今日の本番直前、機材トラブルが起きた途端に私のステージを放り出して逃げたんです。そんな状況で、最後まで諦めずに走り回って私の初陣を守り抜いてくれたのが、このプロデューサーです! 私が自分の意志で、彼を指名しました!」
「あたしもです、亜紗里先生っ! 一条さんは誰よりもあたしたちアイドルのことを真剣に見てくれている、すっごく頼りになるプロデューサーさんです! あたしとお姉ちゃん、二人とも一条さんじゃなきゃ絶対に嫌なんですっ!」
花海姉妹が左右から力強く断言する姿に、周囲の上級生たちが気圧されたように口をつぐむ。
亜紗里先生は、真っすぐな瞳で立つ咲季と佑芽、そして少し照れくさそうに、けれど揺るぎない覚悟を秘めた目で背筋を伸ばす護の姿を、ゆっくりと見比べた。
亜紗里先生の耳にも、先ほどのグランドステージでの出来事はすでに届いている。
伴奏を務めた白川先生からは『あの一条という学生の情熱と観察眼は本物だ』と連絡が入り、音響の源さんや照明の照美からも『桐生のミスをカバーして最高の本番を作ったのは一条の功績だ』という報告が上がっていたのだ。
何より亜紗里先生自身、この一ヶ月間、護が誰に断られても腐ることなく企画書を書き続け、毎朝早くから現場のために汗を流していた姿を見守ってきた。
「……ふふっ、そうでしょうね。周囲がどれだけ驚こうと、アイドル本人がここまで強い信頼を寄せているなら、先生が異論を挟む余地なんてありませんよ」
亜紗里先生は優しい笑みを浮かべると、引き出しから承認印を取り出し、二枚の契約申請書にポン、ポンと小気味よい音を立てて朱肉の印を押した。
「契約成立です、一条君、咲季さん、佑芽さん。本当におめでとうございます」
「あ、ありがとうございます、亜紗里先生!」
「実績がないなら、これから三人で一緒に作っていけばいいんですよ。きみの誠実さなら、きっと二人の素晴らしい才能を誰よりも大きく咲かせてくれると、先生は信じています」
そう言って亜紗里先生は立ち上がると、壁際の鍵保管庫から金属製のプレートがついた一本の鍵を取り出し、護の手のひらへとそっと乗せた。
プレートには、『304』という数字が刻印されている。
「これはアイドル科本棟の三階、廊下の突き当たりにある専用事務所――『プロデュースオフィス 304号室』の鍵です。今日からそこが、きみたち三人の活動拠点になりますよ。鍵の管理と事務所の運用、しっかりお願いしますね、一条君」
担任の先生から初めて正式にプロデューサーとして認められた瞬間、護の胸に熱い感情がこみ上げてきた。
手の中の小さな鍵が、どんな機材よりもずっしりと重く感じられる。
「……はい! 大切に使わせていただきます!」
護が力強く頷いて頭を下げると、咲季と佑芽も顔を見合わせ、弾けるような笑顔で「ありがとうございます、亜紗里先生っ!!」と声を揃えた。
---
職員室を出た三人は、夕暮れの光が差し込むアイドル科本棟の階段を、三階へと並んで上っていく。
本棟の三階には、ペア契約を結んだアイドルとプロデューサーに貸与される専用事務所『プロデュースオフィス』が並んでいた。
長い廊下の一番奥、突き当たりに位置する扉の前に、三人は立ち止まる。
扉の横には、真新しいプレートで『プロデュースオフィス 304号室』と掲げられていた。
「……ここが、俺たちの事務所だ」
「ほらプロデューサー、何を緊張してるのよ。早く鍵を開けなさい!」
「わくわくするね、お姉ちゃん、プロデューサーさんっ!」
咲季と佑芽に背中を押されるようにして、護は鍵穴にキーを差し込み、ゆっくりと回した。
カチャリ、と解錠音が響き、ドアノブをひねって扉を押し開ける。
部屋の奥の窓から、オレンジ色の夕陽が真っすぐに差し込んでいた。
広さは二十五平方メートルほど。まだ誰も使っていない真新しい空間には、プロデューサー用のデスクとパソコン、中央の打ち合わせ用テーブル、壁掛けの大きなホワイトボードやスケジュール管理用モニター、そして資料用キャビネットと収納棚が整然と並んでいる。
「わあぁぁぁーーっ!! すごい、すっごく綺麗なお部屋だよ、お姉ちゃん!」
佑芽が歓声を上げて部屋の中へと駆け込み、打ち合わせ用のテーブルや白いキャビネットをキラキラした目で見て回る。
咲季も中へと足を踏み入れ、腕を組んで部屋全体を見渡すと、満足そうに頷いた。
「ふふん、悪くないじゃない! 窓からの日当たりも最高だし、ホワイトボードも大きくて作戦が立てやすそうだわ。いいこと、今日からこの304号室が、私たちが初星学園の頂点を獲るための作戦基地よ!」
「はいっ! あたし、棚の一番下にトレーニング用のストレッチマットとプロテインシェイカーを置いてもいいですか、プロデューサーさん!?」
「あはは、もちろん構わないよ。ここは俺たち三人の部屋なんだから、二人が一番過ごしやすいように使っていこう」
声を弾ませる姉妹の姿を見つめながら、護は自分のカバンをデスクの横に置き、その中から一冊の分厚い『観察ノート』を取り出した。
表紙の角がすり減り、無数の付箋が貼られたノート。
誰にも相手にされなかった四月の夜、寮の机で一人きりになりながら、それでもいつか誰かの力になるためにと書き続けてきた記録だ。
護は打ち合わせ用のテーブルの前に立ち、咲季と佑芽の二人に向き直る。
この304号室には今、自分と、自分を信じてくれた二人のアイドルだけがいる。
「……咲季さん、佑芽さん。改まって言うのも少し照れくさいんだけど、最初に一つだけ、俺の気持ちを聞いてほしくて」
「あら、なによ改まって」
「なんでも言ってください、プロデューサーさん!」
二人が足を止め、赤い瞳と茶色の瞳で、護の顔を真っすぐに見上げた。
他の生徒や教師の目がない三人だけの空間で、護は観察ノートを手に持ち、かしこまった敬語ではない等身大の率直な声で語り始める。
「俺に曲は作れない。君たちみたいに歌うことも、踊ることもできない。他の優秀なプロデューサーと比べたら、俺にできることなんて本当にちっぽけだ」
自分の限界と弱点を、護は隠そうとしなかった。見栄を張って完璧なプロデューサーを演じることなど、この二人の前ではしたくなかったからだ。
「だけど、君たちが一番輝ける場所を探すことなら、誰にも負けたくないんだ」
護はテーブルの上に観察ノートを置き、ページを開いた。
そこには『花海咲季』と『花海佑芽』、二人の名前が並んだ見開きのページがあり、呼吸の癖、ステップの重心、笑顔が弾ける瞬間、そして今日までの成長の軌跡がびっしりと書き込まれている。
「わぁ……っ! これ、あたしとお姉ちゃんのこと、こんなにいっぱい……!」
「……あなた、いつの間にここまで細かく見てたのよ……」
驚いてページを覗き込む二人に、護は力強く頷いた。
「俺にできないことは、学園の先生や、現場の源さん、照美姐さん、それに外部のクリエイターの人たちに頭を下げて頼る。靴底が何足すり減ったって構わない。必ず二人に最高の楽曲と、最高のステージを用意してみせる! ……だから、俺と一緒に、一番高い場所を目指してくれないか」
静かな部屋に響いた、不器用で誠実な誓いの言葉。
咲季と佑芽はしばらくの間、ノートに綴られた文字と護の真っすぐな瞳を交互に見つめていたが――やがて、同時に顔を見合わせ、眩しい笑顔を咲かせた。
「――ふふっ! 当たり前でしょ、今さら何を言ってるのよ!」
咲季がテーブルの向こうから身を乗り出し、護の胸元を人差し指でツンと突く。
「私は勝負が好き! 勝つのが好き! 負けるのがだ~いッキラい!! だから、私のプロデューサーになったあなたにも、絶対に負けなんて許さないわよ。あなたが頭を下げて取ってきたステージで、私が120%の勝利を叩き出して、あなたを学園一……いいえ、世界一のプロデューサーにしてあげるわ!」
「あたしもです、プロデューサーさんっ! お姉ちゃんにも他の子にも負けないくらい、あたしの全開パワーで走りますから、これからずーっとあたしたちの隣で見ててくださいね!」
二人の力強い言葉に、護の胸は勇気と温もりで満たされた。
「ありがとう、二人とも! ……よし、じゃあ早速だけど、俺たちの最初の大きな目標をホワイトボードに書こう!」
護はホワイトボードの前に立ち、黒のマーカーペンを握って、真っ白なボードの中央に大きく文字を書き込んだ。
『6月下旬・実力発表ライブ(第1学期成績判定)』
「初星学園の制度では、各学期の終わりに定期公演の実績と日頃の成長度を合わせた『学期成績判定』が行われる。その最大の評価の場になるのが、来月六月下旬に開催される『実力発表ライブ』だ」
「ええ、分かっているわ。五月の今日が初陣なら、六月は一学期のナンバーワンを決める本戦ね!」
「そして、今日まだステージに立っていない佑芽さんにとっても、一学期の出演義務を果たして一気にトップ層へ躍り出るための、絶対に負けられない舞台になる」
護はマーカーを握り直し、振り返って二人の瞳を見据えた。
「来月の『実力発表ライブ』では、既存の課題曲じゃない。咲季さんにも、佑芽さんにも、二人の個性を120%爆発させる『完全オリジナルの新曲』を用意して、ソロでワンツーフィニッシュを獲る! それが、この304号室の最初の目標だ!」
「「おぉぉーーっ!!」」
真新しい304号室に、三人の熱い声が重なって響き渡った。
新米プロデューサー・一条護と、花海咲季・花海佑芽の姉妹。
六月の決戦に向け、初星学園で最も騒がしく、そして最も熱い三人四脚の物語が、今ここに幕を開けた。