What Makes You Beautiful! 作:立川南
「あの、江島さん、だよね?」
最初は、そうだ、別に気まぐれという程でもないけれど、それがこんな所まで行き着くだなんて思ってもなかった。
「あ、うん、えっと....」
私は彼女を知っていて、彼女は私を知らなかった。
別に違和感のない話で、部活もクラスも一緒になったことの無い女子の名前を、覚えるような娘にも見えなかったから。
「私、飯田莉緒、山中だよ、私も。」
「え?」
「ほら、えーっと、吉澤陽奈とかと仲良かったけど、知ってる?」
「あー、あの辺。」
別に、過剰にドロドロとした人間関係があった訳じゃないけど、だからこそそこまで仲の良くない人間に対しての関心は薄い、女子なんてのはそんなものだ。
「知り合い、1人も居ないと思ってたから、嬉しいな。」
「別に私たちもギリギリ知り合いじゃなくない?」
そうだ、今にして思えば、この頃からずっとこういう事を言うのに、不思議と怒れないし嫌いになれない娘だった。
「同中ってだけでデカイよ!ね、友達1号としてさ、仲良くしよ?」
少し不自然なほど、あの時の自分は積極的だった。
「あー、うん、よろしく。」
仰々しく私が差し出していた手を、彼女は、沙也加は苦笑いしながら握った。
ああ、これが私の回想だからだろうか、それとも、昔からそうだっただろうか、私は彼女を、綺麗だと思った。
♢♢♢♢
結局、私たちが仲良くなるのに、そこまで時間は要らなかった、というか初日にはもう仲良くなっていたと思う。
それで、彼女を部活に誘ってみた。
中学の頃、彼女が何かの部活に所属していた記憶は無くて、いつも数人の友達と帰っていた。
たまにのテスト期間、全員の下校タイミングが一緒の時、家に荷物を置いて友人と歩く彼女の姿を覚えていた。
仲良くなる過程で、彼女が音楽を好きだと知って、チャンスだと思った。
後で聞けば、本当に入りたかったのは軽音だったらしい。
とにかく、私の押しと先輩の勧誘で彼女は吹奏楽部に入ってくれた。
彼女は、「トランペットが入ったロックは熱いから」なんてよく分からないことを言って、トランペットを希望して、ジャンケンに勝って勝ち取った。
それから、行きも帰りも、席替えで離れても、部活のパートが違くても、私たちはずっと一緒だった。
他愛もない話をして、たまに別の友達も混ざって、とにかく楽しかった。
私と彼女は一点だけ、すれ違っていた。
私はよく、中学に戻りたいと言った。
彼女は、中学の思い出話には乗ってくれるし、私の話も聞いてくれたけど、それだけは肯定しなかった。
彼女がオススメしてきた映画に二人で行って、彼女が申し訳なさそうな顔をするくらいつまらなかった。
彼女がおすすめしてくる音楽を、5回に1回くらいしか聴かなかったら薄情だと言われた。
よく、ファストフード店によって適当な事をだべっていた。
一年の文化祭、ミスで材料が足りなくなって二人で買い出しに志願した時に発見した商店街で、後日コロッケを買い食いした。
買いしないのに、わざわざギターを見に行くのに付き合った。
雑な言い方をすれば、彼女は私によく懐いていて、私は、それが愛おしかった。
そんな日常が、ずっと続けばいいと思っていた。
♢♢♢♢
その日は、先生の用事があるとかで、短いミーティングだけを行って部活が終わった。
上の代が引退して、部内で言うなら最上級生になって、士気が上がっているのか下がっているのか分からない時期で、いつもなら沙也加と一緒に帰るけれど、その日は別の友達と用事があったから、だから別々に帰った。
「沙也加ちゃん、誘わなくて良かったの?」
館山光、吹奏楽部でパートが同じでクラスメイト、沙也加とを除けば、吹奏楽部では1番仲の良い友達だった。
「いや、今日は誕プレ買いに行くんだから、良いって。」
「ほーん、プレゼントって、何を?」
「まだ決めて無いんだよねぇ。」
「てきとーで良いんじゃない?」
「いや、ダメでしょ。」
「適当も悪いことじゃないよ?ほら、お菓子パーティー、楽しいじゃん、重くないし。」
「重いって....」
「重いっていうと言い方悪いけど、ほら、お返しとか迷うじゃん?」
「いやぁ、それもそうかなぁ。」
なんてどうでも言いことを話して、学校から行ける商業施設に行って、買い物をした。
沙也加の誕生日は10月の1日で、別に急ぎで買わなきゃいけない訳じゃなかったけど、こういうのは行ける時に行った方がいい気がした。
その後光とフードコートで無駄話をして、その日は家に帰った。
次の日、朝練へ向かう電車に、沙也加は来なかった。
連絡しても返事は無くて、それでも、たまには寝坊もするかと心を入れ替えて、学校へ向かった。
学校へ着いて音楽室の扉を開くと、先に着いていた人たちが一斉に私の方を向いた。
「莉緒、あの、大丈夫?」
「大丈夫って、何が?」
部長の弥生が、心底心配そうに、それでいて心の底の遠慮を隠しきれない顔で何かを尋ねてきた。
「え、もしかして、聞いてない?」
「だから何が?」
遠慮と心配を、一切の心当たりもないのにこうも向けられるのは、少し居心地が悪くて、語気が荒くなった。
「江島、事故にあったって。」
「え?」
「江島、江島沙也加、あいつ、車に轢かれたって。」
「は?」
「昨日の帰り道、家の近くの交差点でって、高田先生が言ってたんだけど、聞いてなかった?」
「え、いや、聞いてない、え、」
「あー、いや、先生のとこ行ってきた方がいいよ。」
思考がぼやけている、とは思えないくらいにとにかく走り出して、職員室へ向かった。
今にして思うと少し変だけれど、どんなに緊急事態でも、職員室の扉には3回ノックをしてから手をかけた。
「高田先生!先生いますか!?」
「飯田さん、こっち。」
先生は、いつもとは少し違う場所に腰掛けていて、机の上には書類が散らばっていて、そして少し隈が出来ていた。
私は、いつもはもっと綺麗なのにと、一瞬だけ場違いな思考をして、それでも直ぐに尋ねた。
「あの、沙也加が事故にあったって、」
「ああ、うん、聞いて、無かったか。」
「はい、あの、本当なんですか?」
「ああ、昨日の夜、先生出張帰りだったんだけど、急に学校から電話来て、江島さん轢かれたって言われて、それから今まで、ほんと、目も、まだ覚めてないって。」
「え?」
「全身包帯でグルグル巻きなんだって、はあ、いやあ、はあ、いやあ。」
先生は、どうしようも無いという風で、頭を抱えて言葉でもない音を繰り返し発していた。
「あ、あのさ、先生も後で会いに行くんだけど、今度、部長と2人で会いに行ってくれない?正直、大人には、その、仕事以上の事は出来ないっていうかさ、いや、ごめん、生徒に何言ってんだろ、ほんとごめん、飯田さんの方だよね、困ってるの、あー、もうほんと....」
先生は一人でどんどん話を進めていって、それが今にして思えば先生なりの現実の受け止め方だったのだろうけど、私は全く着いていけなくて、気づいたら廊下に座り込んでいた。
沙也加は、市内の大きな病院に入院しているらしかった。
いつもなら土曜には練習があるけど、その日は無かった、というよりは、なんと言うべきだろうか、今でも分からないくらい、あの時の部活の空気は微妙だった。
それでも、私と弥生が合流したのは夕方だった。
「莉緒、ほんとに大丈夫?」
「何が?」
「いや、なんか、」
気を使われているのは明らかだった、それでも、じゃあここで喚き散らかせるほど思考は回っていない訳でもなくて、むしろ当時の私はこの状況を、彼女ならどう考えるかなどと考えていた。
「C級映画」だとか、「ガチでつまんない小説」だとか、彼女が言いそうなことが一通り浮かんで、それとは別に反射で言葉を返していたら、直ぐに病院に着いた。
部長が、病室にノックをする。
「どうぞー」
少し、間の抜けた声だった。
筋肉の緊張が緩和していく。
弥生も、少しだけ顔が緩んでいたと思う、とにかく、その手はドアをスライドして、開いてしまった。
「江島、ぐあいは....」
弥生が言葉を途中で失ったように、私も言葉が出なかった。
手足を固定されて、全身に、顔までも包帯を巻かれて、ただ、目だけは、どこまでもこちらを見ていた。
沙也加の事が、少し怖かった。
「いらっしゃい、莉緒と弥生ちゃんも、ほら、その辺に椅子あるよ。」
沙也加が、まるで手が動いているかのように、声はどこかを指差して、身体はどこまでも吊るされているだけで、私は、その異常性に耐えられる気がしなかった。
荷物を置く、椅子は確かに、すぐ側にあった。
弥生は、気を使っているのかとあの時は思ったけど、今思えば動けなかったんだろう。
とにかく、私は沙也加の傍によって、手を握ろうかと、それは空を切ることすら許されず、思考に止められてしまったけれど、沙也加は、ただ話し始めた。
「3日間もこんなんだと、流石にちょっとメンタル来るから、来てくれて助かったよ。」
弥生は、未だに話せていない。
「え、っと、あの、大丈夫?」
「んー、まあ、生きてるし、痛いって感覚、まだ無くってさ、なんか、後から来るかもみたいに言われて、今はそれが怖いかなぁ。」
「そう、なんだ。」
「あと、震え、残るんだって。」
沙也加の声は、微かに震えた気がして、それも気のせいだったのだろうか、あっけらかんと言った。
「手の震え、楽器、多分もう無理だって、言われた。」
「え、」
「ちょっと、泣かないでよ、別にほら、」
「いや、いやだ。」
私は、目から溢れ出る涙を止めることは出来なくて、きっと彼女は、私のこの涙を冷めた目で見てるんだろうなと、少し冷静な私もいた。
「別にほら、いや、迷ってるんだけど、部活辞めるってなっても、いやー、ムズいな、あ、私、留年するかもらしいよ。」
何を言っているのか、全く分からなくて、涙が止まらない顔を上げたら、沙也加は困ったような顔で笑っていて、それは、自分が見たことのない顔だった。
涙が、どこまでも止まらなくなって、嗚咽になって、もうわからなくなった。
「ちょっと、泣きすぎじゃない?いやー、えっと、はは、困ったなあ、あれ、」
沙也加の声も、途中から震えてきて、言葉が途切れて、嗚咽になって、二人で暫く泣き続けた。
私の頭の冷静な私は、沙也加のいない吹奏楽部の生活を、導き出そうとしていた。
パートは違う、クラスも違う、最寄り駅は同じだけど、帰る時間が違う。
世界がセピア色に見えるとか、そんなことは無いのが、余計に残酷だと思った。
私は、彼女の笑顔も思い出していた。
私より、少し背が低くて、冷めた言葉を話す癖によく笑って、そして、言葉が近い、言葉で心の距離を表せるような、そんな娘だった。
だから、彼女との会話は楽しくて、私に親しみを持ってくれているんだと実感できて、そして顔を見れば、浮かんでいる笑顔が、とにかく好きだった。
「あの、さ。」
涙は、それ自体になにかある訳じゃないけど、流れを止めてしまう。
それが何故の涙だろうと、泣き止んだ後には不思議な気まずさがあって、私たちは誰も言葉を、発せずに居た。
「みんな、知ってる?部活とか、クラスとか。」
「うん、多分だけど、少なくとも事故にあった子がいるってのはみんな。」
「そっかぁ、いやぁ、まあそうだよねぇ。」
泣き止んで少しして、枯れた声の沙也加が少し嫌そうな声で言った。
「そういうの、嫌なんだけどなぁ。」
私は、言葉を見つけられなくて、また静寂が落ちた。
「江島、そろそろあたし達帰るわ、あんま、話せなくてごめん。」
「ううん。弥生ちゃん、来てくれて嬉しかった。」
沙也加は、優しく笑って、弥生の目には涙が浮かぶのが見えた。
「江島、部活、待ってるから。」
「なにそれ、王道だね。」
「あんた、そういう時にもそれ?」
「癖だよ、癖。」
「だったら、直した方が良いよ、お医者さん困っちゃうでしょ。」
「困らないでしょ、さすがに。」
不思議と、自分と沙也加の間には無い温度感の会話に居心地が悪いとまでは行かない、変な気持ちを感じた。
「じゃあ、ほんとに帰るわ、お大事に。」
「また来るね、沙也加。」
「ありがとねー。」
病室を出れば、病院の中では絶えずに音が鳴って、誰かが走りまわっている。
外に出て、まだ纏わりつくような暑さを感じて、不快感すら今の気持ちには追いついてこなくて、なんだか、空を見上げた。
「帰るか。」
「うん。」
その日は、それ以降の記憶が無い。
♢♢♢♢
"起承転結"という言葉がある。
物語で言うなら、きっとあの日私と莉緒が手を握りあったのは、良くって承ということになるだろう。
世界では、これから悪いことが起きますよと暗示するように、あの日の次の日からずっと、雨が降り続けている。
尤も、メカニズムは単純で、単に梅雨に入っただけなのだが。
「莉緒、もっとこう、なんか面白い話ないの?」
「え?なに?」
「ほら、半年も話して無かったんだしさ〜、面白い話溜まってないのって。」
あの日から、私には不思議な全能感があった。
莉緒の手を握って、それが不思議と冷たくて、暖かかった。
彼女は、私を受け入れてくれるだろうと思った。
だからだろうか、あの日々のことを話すことに、恐怖が無くなっていた。
「いや、部活してたし、」
「部活でなんか無かったの?ほら、弥生ちゃんと五十嵐、仲良かったじゃん。」
「あー、それ、あんま本人に言わない方がいいと思うよ?」
「別に弥生ちゃん、もうずっと話してないし。」
「弥生も多分話したがってるよ?ちゃんと話かけてあげなきゃ。」
「ういー。」
最近自分が感じている不安も、きっとこのせいだ。
自分が、あの頃の自分の気安さを演じようとして、それが空回っているのが自分でもわかる。
それでも、どうしようもなくて、だって、ずっと取り戻したかったものなのだ。
私が苦しさを増す度、胸の中で輝きを増してた思い出を、また取り戻すことが出来たのだ。
それが例え、今の自分には無理だとしても、だからって諦めることは出来ない。
私は、そうも変わってしまっただろうか。
「テスト、大丈夫?」
「いや、全然。」
「塾、探すって言ってたじゃん、あれどうなの?」
「あー、いやあ、今回の結果次第かなあ?」
「受験、関係ないでしょ。」
そして、莉緒も、きっと気づいているのだ。
私と莉緒の関係の不全に。
1度、道を別ったから、久しぶりだから、そういう理由で会話の気まずさを正当化していた私たちにとって、言葉を通わせた先にあった、この空気といのはどこまでも毒だった。
6月になった、進路は決めていない。
夏服はまだ着れていなくて、長袖を腕まくりして過ごしている。
少し、不愉快だった。