Fate/Zero ゼロに向かう物語   作:俊海

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二本足の獣は気高きモノにすがる。

 バーサーカーとキャスター以外が存在しない森の中で両者は互いににらみ合う。

 先ほどまでは、バーサーカーの『爪』が面白いほどに――決して愉快な状況ではないのだが、キャスターの腕に突き刺さっていた。

 しかし、ある拍子に狙って撃ってもなぜかキャスターの腕がそれを避ける(・・・)ようになったのだ。

 ならば胴体を、と標的を変えてもキャスターには一発も当たらない。

 バーサーカーの『爪』は同じ才能を持つ人間にしか見ることはできない。それはサーヴァントであろうと例外ではない。

 だというのに、なぜキャスターは避けることができたのか。

 

 

「おやおや、どうして私がその攻撃を躱しているのか分からない、と言った表情をしてますねぇ」

 

「……ああ、その通りだよ」

 

 

 したり顔で自分の疑問を指摘するキャスターにいら立ちが募るが、そう答えるしかない。

 否定したところで意味がないし、調子に乗らせるとうっかりその秘密をばらしてくれるかもしれない。

 

 

「簡単なことです。貴方の攻撃は見えないですが、指先から発射しているのでしょう?何かにつけて指をこちらに向けていますからね。だとすれば、その指先に入らないようにすれば避けられるというだけですよ」

 

「…………なるほど……納得」

 

「もし『穴』になったとしても、そうなったら私でもその軌道を見ることができます。『穴』の追跡はせいぜい十数秒、そうすればほらこの通り、私にも腕の応急処置ができるほどの時間があるというわけですよ」

 

 

 さすがは救国の英雄、戦術眼はいまだ健在だ。

 この何回かの攻撃でバーサーカーの対処法を考え付いたらしい。

 しかも、その隙にキャスターは『螺湮城教本(プレラーティーズ・スペルブック)』を使って自らの負傷を癒してしまった。

 

 

「しかも!その射撃には制限回数があるんでしょう?そうでなかったらもっと撃ち込んできているはずですからねえ?」

 

「…………」

 

 

 何から何までキャスターの言う通りだ。

 一つ訂正するなら『爪』の制限回数の問題は時間が経てば解消されるということだ。

 その上カモミールを摂取すれば『爪』の回復する速度は上がり、おおよそ一分くらいで元には戻る。

 が、この目の前の光景を考えると、そうやって回復させている暇すらないのだろう。

 

 バーサーカーとキャスターの間に、いつの間にか遮蔽物が生まれていた。

 キャスターの血から生み出された烏賊のような生物の触手が、夥しい数で蠢いている。

 それらの単体は、オニヒトデのような姿をしているが、あくまで『ような』姿であり、こんな生物は地球上のどこにも存在しない。

 

 

「……趣味の悪い造形だな。まるで僕と同郷の作家が書いた神話に出てくる怪物とそっくりじゃあないか」

 

 

 奇しくもバーサーカーの参加していたレースの開催された年にその作家は生を得ている。

 しかも、ほぼ一ヶ月違い。なのでバーサーカーの亡くなったころにはその作家はまだ10歳ほどだ。

 明確な面識はないが、どこか奇妙な縁を感じずにはいられない。

 

 

「そいつは確か、ナポレオンが持っているはずじゃあないのか?」

 

「何を言いますか、これは我が盟友により託された私の宝具。プレラーティの遺したこの魔道書により、私はこのように悪魔の軍団を従えることができるようになったのです。――(あなた)を滅ぼすにはお似合いの軍団と思いませんか?」

 

 

 そういう間にも、人間の腕ほどの太さのそれが、バーサーカーを拘束しようと襲い掛かる。

 こういう手合いはまともに相手をする方が無駄だと判断したバーサーカーは、再び自分の体に『爪』を撃って『穴』の中へと退避し、異形の怪物達に『爪』を放つ。

 今の攻撃で数匹は倒せたが、倒された先からそれ以上の数の海魔が召喚されていく。

 

 

「だから僕は神じゃないって……ああもう、このやりとりにも飽きてきたッ!本っ当に面倒くさい奴だなお前ッ!」

 

 

 あの宝具がバーサーカーの予想している効果と同じであったなら、この異形の怪物の群れはあの本がある限り無限に湧き続けることだろう。

 あの神話では魔術書自体が怪物だったりする。しかもキャスターの持っているものはそれらの中でも相当高位に存在する代物。

 だとすれば、魔術師でもないはずのキャスターが魔術を行使しているところを見るとあの書物そのものが魔力炉としての機能を持っていると考えた方が自然だ。

 

 ……それはつまり、キャスターには魔力切れと言うものが存在しないということを意味する。

 あの怪物を殺したとしてもその残骸から援軍をすぐさま呼び出すだろう。

 残弾数が限られるバーサーカーでは、真正面からの勝負は避ける方がいい。

 そういう意味でも、キャスターはバーサーカーにとって『面倒くさい奴』ともいえる。

 

 

「それと、貴方の逃げ道はありませんよ。森の外側への道は我が軍勢が配置されています。逃げようなどとゆめゆめ思わないことです」

 

「……『森の外側』……?『逃げる』…………」

 

 

 見てみると、確かにキャスターの後ろには数を増した魍魎達であふれかえっている。

 如何に『ACT3』を使ったとしても、あの防壁を突破することはできない。

 

 自分のステータスはあの異形の化け物たちを無理やり突破できるほどのものではない。

 倒せば倒すほど増えていく敵、誰の目から見ても圧倒的不利なこの状況。

 だというのにバーサーカーはどこか落ち着いていた。

 

 普通の人間は倒すことのできない相手が立ちはだかり包囲されている時、どうやってその包囲網を抜け出し逃げ出そうとばかり考える

 だが、バーサーカーは違った。彼は何と逆に――

 

 

「それはちょっと違うな……『逃げる』のは合ってる……だが合っているのはそこだけだ」

 

「何を……」

 

「僕が逃げる道はそっちじゃあなくて……こっちだよ」

 

「な――――ぁっ!?」

 

 

 言うと、バーサーカーは『森の中』へと指をさす。

 バーサーカーのその行動の意図に気づいたキャスターは慌てて海魔達を襲い掛からせるが、もう遅い。

 

 

「追いつけるもんなら追いついてみせろ!今の僕はちょっとばかり速いぞッ!」

 

 

 キャスターに背を向け、全力で『森の内側』へと駆け出していく。

 もうバーサーカーの令呪の効果は切れている。しかし、改めて自分のステータスを確認したら、何故か『敏捷』と『耐久』のステータスが上がっている(・・・・・・)

 Dランク相当の『狂化』があるのと同じだけの上昇効果、それでもバーサーカーの理性には何ら影響はない。

 かすかに読み取れたバーサーカーの『宝具』の効果らしいが……

 

 

(……おかしい……僕は『宝具』を持っていないはずなのに、なんで今更出てくるんだ……?それに、なんでこんなにも分からないんだ……僕の宝具なのに……?)

 

 

 バーサーカー自身も、その宝具の存在に今の今まで『気づかなかった』。

 確かに召喚されたときは『宝具』をもっていないはずだった。だが今確認すると無かったはずの宝具がそこにある。

 最後に自分で確認したのは二日前だが、その時は最初と同じステータスだったのに。

 

 まだ出現しただけならいいが、ところどころノイズがかかっていて情報を読み取ることができない。

 使おうと思ってもどういう効果なのか分からないし、どう使えばいいのかさえバーサーカーには理解できない。

 身体強化の効果は得ているから認識しなくてもいいのかもしれないが、どこかじれったい。

 

 

「……まさか、戦えば戦うほど強くなるとかそういう『RPG』みたいな宝具じゃあないだろうな?」

 

 

 聖杯戦争が始まって上がっているのだからそう考えるのが自然だが、どこか腑に落ちない。

 『聖人の遺体』を集めているならともかく、今はただ戦っているだけだ。

 『爪』も戦いの中で成長したとも言えなくはないが、もう今はすでに完成している。

 だとしたらなぜ、こうして能力が上がっているのか?

 

 

「だけど、僕にとっては好都合だってことに変わりはない。問題なく逃げられる」

 

 

 今はそんなことを考えていられるほど暇じゃない。

 背後からの攻撃に細心の注意を払いながら逃げなくてはいけないのに、考え事をしていては集中できない。

 幸い宝具の効果でバーサーカーはキャスターと敏捷は同じだ。

 -がついてはいるものの、それだけでは速度が下がることはない。

 背後からバーサーカーを捕らえようとしてくる海魔達を『鉄球の回転』や『爪』で倒しながらさらに奥へと侵入していく。

 

 

「森の反対側から逃げ出そうとしても、我が軍勢はこうしている間に数を増やして森の周りを取り囲んでいっている!奥に行けば行くほど貴方は追い詰められているですぞ!何が狙いなのですか貴方は!」

 

追い詰められている(・・・・・・・・・)?ああ、確かに海魔は遠くの方まで増殖していってるみたいだな」

 

 

 キャスターの言う通り、すでに化け物たちはその数をどんどん増やしていっている。

 まさに多勢に無勢、しかも中心に行くほどバーサーカーを包囲する数は少なく済む。

 だというのに、窮地に立たされていくにも拘らず、バーサーカーはなおも森の奥へと駆け抜けていく。

 

 

それがいいんだよ(・・・・・・・・)……。僕を包囲させるために(・・・・・・・・)奥に向かってるんだよ……あえてだ(・・・・)。追いついて来いッ!」

 

「何を小癪な……もうよろしい、魍魎達よ、あの神を地の底へと引き釣り降ろせ!」

 

 

 異形の怪物たちの攻撃を必死に躱しながらバーサーカーは奥へ奥へと進んでいく。

 このままいけば、バーサーカーを数の暴力で押しつぶせるキャスターの方が有利だというのに、どうしてバーサーカーは愚直にも奥の方へと駆け抜けていくのか。

 

 

「ハァッ……ハァッ……ハァッ……か、壁……?」

 

 

 その逃走劇も終結を迎える。

 森を駆け抜けていたはずのバーサーカーの目の前に突如として巨大な壁が立ちふさがったのだ。

 それ以上先へと進むことのできないバーサーカーは立ち止まる。立ち止まるしかなくなる。

 ようやくバーサーカーを追い詰められたキャスターは、その姿を見て余裕綽綽と嘲りをかける。

 

 

「さあ、どうしますか?これで正真正銘『袋の鼠』と言うやつです。私の軍勢が包囲するまでもなく、このような障害物に退路を阻まれるとは運がないですねぇ」

 

「…………ハァッハァッ……『壁』に……退路を阻まれる……」

 

 

 呼吸の乱れるバーサーカーを海魔達が襲い掛かる。

 今度こそ、我が宿敵を葬ることができる。その事実にキャスターは破顔する。

 この神を倒せるのなら、聖女のための生贄を奪われたことも、ここまで手間取らされたことも、中へと侵入するごとに激しさを増した妨害も、全て忘れられる。

 もうすでに、キャスターはバーサーカーに勝った気になっていた。

 

 

「……キャスター…………」

 

「どうしました?末期の祈りでもしたいのですかな?」

 

 

 それがいけなかった。忘れてはいけなかったのに、勝った気になって忘れてしまった(・・・・・・・)

 キャスターは何のためにこの森に来たのかを、どうして森の中心に行けば行くほど妨害の威力が増していったのかを、キャスターは忘れてしまった。

 

 

壁に退路を阻まれる(・・・・・・・・・)から…………いいんじゃあないか……」

 

「はっ!ついに狂いましたかっ!バーサーカーらしい最期ですねっ!さあ、恐怖なさい!絶望なさい!それこそが私の糧となるのです!」

 

 

 キャスターは、この森の中心には一体誰がいるのかと言うことを忘れてしまった。

 

 だから、この結末は当然のものだったのだろう。

 二人を取り囲んでいた海魔達が、一瞬で切り倒されてしまったという結末は。

 

 

「………………えっ?」

 

「よく出てきた……お前も……自分の陣地(・・・・・)を海魔で包囲されちゃあ、打って出るしかなくなるだろう?たとえ、マスターに制止されても……マスター自身に被害が行くなら、出てこざるを得なくなるからな……!」

 

 

 海魔の吹き飛んだ跡に、一人の少女が立っていた。

 この凄惨で醜悪な場にはふさわしくないほどの神々しさをもって、その少女は目には見えざる剣を構える。

 視線はキャスターからそらさずに、少女はため息をついてバーサーカーに話しかける。

 

 

「……あの無垢なる子供たちを救ってくれたことには感謝しますが、貴方の手のひらで踊らされていると思うと釈然としませんね」

 

「そんなものお互い様だろ?そっちのマスターだって、『僕が消耗してくれれば』とでも思ってたんじゃあないのか?」

 

「否定はしませんよ。それに、ある意味で私は貴方に感謝しなくてはならない」

 

「そりゃあ、また何でだい?」

 

「キャスターのような、戦いの意義を汚すようなものを私は捨て置くことはできないからです。あいにくとマスターはその意図を理解してはくれませんでしたが」

 

「……さすがは騎士様ってところだね、騎士王(セイバー)

 

 

 魍魎達をその一太刀で屠ったのは、目の前の壁――正確にはアインツベルンの城から飛び出してきたセイバーだった。

 あのまま城から離れた場所で戦っていても、セイバーは恐らく助けに来なかっただろう。

 いや、セイバーならば助けに来てくれたかもしれないが、マスターもセイバーのような高潔な精神をしているとは限らない。

 マスターからすれば、面倒な陣営が勝手につぶれ合ってくれているのだ。共倒れを待つに違いない。

 

 しかし、その脅威が我が身の傍で起こったらどうなるか。

 キャスターは見てのとおり、本があれば無限に異形の怪物を呼び出せる。

 セイバーならば敵ではないだろうが、マスターはあくまで人間だ。この数の暴力には勝てるわけがない。

 いまやキャスターは、この城を中心に海魔で包囲網を作っている。白兵戦に優れたセイバーと言えど、片手だけでマスターをかばいながら戦うのは不可能だ。

 

 だから、このタイミングならば、セイバーはバーサーカーの援軍として来てくれる。

 セイバーのマスターにとっても、キャスターをこのままのさばらせるわけにはいかないのだから。

 

 

「おおおジャンヌ!なんと気高い……なんと雄々しい……聖処女よ、貴方の前では神すら霞む!我が愛にて穢れよっ!我が愛にて堕ちよっ!聖なる乙女よっ!」

 

 

 セイバーの威圧にあてられたキャスターは、恐怖も動揺もなく、ただひたすら恍惚の笑みを浮かべて涙を流す。

 相も変わらず躁と鬱の差が激しいサーヴァントだ。……この場合は常に躁だというべきだろうか?

 

 それに呼応してか海魔達がセイバーらに殺到する。

 しかしそこは最優のサーヴァント、バーサーカーがあれほど苦戦した異形の怪物を次々にへと蹴散らしていき、それを援護するようにバーサーカーも『爪』で斬り漏らした敵の軍勢を貫き穿つ。

 セイバーの力を借りることができるというのは、まさに百人力と言ったところか。

 

 

「く……分かってはいたのですが、なんとも不毛な戦いですね……!」

 

 

 それでも倒しても倒してもキリはない。

 いくら百人力になろうが、相手の兵力は桁が違う。

 千でも万でも召喚できる無限の軍勢では、いずれはこちら側が飲まれてしまう。

 

 明らかに先ほどよりはこちらが優勢ではある。

 ただ、優勢と言うだけで相手を倒すには至らない。

 しかもその優劣も一時的なもの、時間が経つにつれてひっくり返されてしまうのは目に見えている。

 

 

「セイバー、あいつはあの本がある限りこの魍魎達を召喚し続けられる。このままではジリ貧だ」

 

「ええ、実際にその厄介さが身にしみて分かります。バーサーカー、貴方に勝算はありますか?」

 

「あったら君の手を借りずに倒してるよ。僕に妙な期待をしないでくれ、これでもただの人間だったんだから」

 

 

 バーサーカーの言うことに偽りはない。

 ちょっと特殊な力を使えるというだけで、バーサーカー自身は一般人と何ら変わりはしない。

 無双の力を持ってるわけではないし、魔術が得意と言うわけでもない。

 セイバーと戦ったら、万が一にも勝てやしないだろう。

 

 

「……貴方のような人が『ただの人間』であるなら、我々騎士は必要ないんでしょうけどね」

 

「……いきなり何を言ってるんだ……お前?」

 

「いえ、自分の身の危険も顧みず、子供たちを救うような人間が『ただの人間』だとは到底思えないと。ただそれだけです」

 

「はぁ……君まで僕のことをそういう風に扱うのはやめてくれよ。あれだって令呪のせいだからな?」

 

 

 聖杯戦争に参加してからと言うもののバーサーカーは調子が狂いっぱなしだ。

 さんざん生前はその人間性を否定され続けたのに、キャスター以外から人間性を否定された覚えがない。

 どうもやりづらくってしょうがない。

 

 

「だとしても、ですよ。……それはともかくキャスターまでの距離が遠い。どうにかならないものか……」

 

「手を貸した方がいいかね、高名な騎士王殿」

 

 

 何処からか声がしたかと思ったら、赤と黄の稲妻が閃き海魔の一部を薙ぎ払われた。

 あまりに突然の出来事に、セイバーとバーサーカーは呆気にとられる。

 

 

「……これも計算の内ですか、バーサーカー?」

 

「いやまさか……ある意味僕のせいかもしれないけど……」

 

 

 自分の奇運は、何を引き起こすか分からない。

 それは悪い方にも、良い方にも流されていく。

 だが、この巡りあわせは間違いなく『吉良』だ。

 

 

「無様だぞ、セイバーにバーサーカー。あの倉庫街での戦いぶりはどうしたというのだ?」

 

 

 戦場に乱入してきた美丈夫が、セイバーらに艶やかなウィンクを送る。

 よほどの美形でなければ似合わないであろう仕草は、かえって彼の魅力を引き立てるものになっていた。

 その余裕さえ感じられる微笑をもって、ディルムッド・オディナが二人の前に現れた。

 

 

「これはこれは、私に難癖をつけてくれた狂戦士までいるではないか。本来ならば誅伐をするところだが、私にも目的があるのでな。この場では大目に見てやろう」

 

 

 ――その背中に、彼のマスターであるケイネス・エルメロイ・アーチボルトを背負いながら。

 

 

「ランサー、お前はあの汚らわしい怪物共を処理しておけ。間違ってもこの城に指一本触れさせるな」

 

「了解しました。我が誇りにかけてその命令を全う致しましょう、我が主よ」

 

 

 地面に降り立つとケイネスはそのまま自分のサーヴァントに指示を出す。

 己がマスターの命を受け、ディルムッドは双槍を主に掲げ、不敵な笑みでもって返答する。

 それを見届けると、ケイネスはおもむろにキャスターらに背を向け、アインツベルンの城へと歩みを進めた。

 

 

「……ランサーのマスター、お前は何をするつもりだ?」

 

「決まっている。セイバーのマスターに決闘を挑みに来た。聖杯戦争なのだから当然だろう?」

 

「……私が、そのような真似を見逃すとでも?」

 

 

 バーサーカーの問いに、ケイネスは振り返りもせず何のこともなげに言葉を返す。

 そんなことを目の前で言われてセイバーが黙っていられるはずがない。

 何かと気に食わないマスターではあるが、騎士としてセイバーは自らの主を見捨てるわけにはいかない。

 

 

「ふむ……ならば、これではどうかね?」

 

 

 だが、セイバーがそのように言うことも予想の範疇だったのだろう。

 ケイネスは令呪のある右手を掲げながら、厳かに声を発する。

 

 

「我が令呪を持って命ずる。『ランサーよ、セイバーとバーサーカーと協力し、キャスターの魔の手からこの城を守れ』」

 

『なっ!?』

 

 

 一瞬、二人にはランサーのマスターが何を言っているのか分からなかった。

 奇跡を三度起こせる『令呪』を、明確に他の陣営が得する形で使うなど、誰が予想できるだろうか。

 ――そのありえない命令を受けた当のランサーは、何故か納得したかのような表情でケイネスの背中を見つめている。

 

 

「忝い、我が主よ。貴方の決闘の邪魔をする者は、その全てを我が槍で屠って見せましょう」

 

「……悪いが、私は貴様の雄姿を見ることはできん。『守り通した』という、その結果を持ってこい」

 

「承知っ!」

 

 

 言い切るや否や、ランサーは海魔の群れへと一直線に突進する。

 なおもまだ城の入り口を見つめながら、ケイネスはセイバーに告げる。

 

 

「私は、このまま貴様たちが蹂躙されるのを見届けてもいいところを、貴重な令呪を使ってまで援護してやっているのだぞ。それに比べれば私一人が侵入するくらいわけはないだろう?」

 

「し、しかし……」

 

「どうしても貴様の主を助けたくば、あの見るに堪えない醜悪な光景を消し去ってから来るがいい。それともあれかね、高名な騎士王殿は助っ人に来た人間の頼み一つも聞けないほど心が狭いとでも?」

 

 

 確かにランサーの助太刀は非常に心強い。

 もしも彼らが静観していたなら、キャスターの手によってこの城は陥落していたのかもしれない。

 そう考えると、ここでケイネスの背を切るのはセイバーの主義に反するが……。

 

 

「それに、その方が都合が良いのだろう。『魔術師殺し』である貴様のマスターにはな」

 

「貴殿は私のマスターのことを知っているのか?」

 

「下調べをすれば分かることだ。私は貴様らが有利な条件で挑んでやると言っているのだ、黙って行かせたまえ」

 

「……良かろう。行くがいい、その後の責任は持たぬぞ」

 

 

 セイバーの了承を得たケイネスは、コツコツと靴を鳴らしながら進み、悠然と城内へと入っていった。

 それを見届けると、セイバーは再び異形の怪物たちへと向かい合い、傍らに立っているバーサーカーに声をかける。

 

 

「行きますよ、バーサーカー。早急にあの雑魚どもを始末しなくてはならない理由が増えましたから」

 

「……侮辱するようで悪いけど、騎士道って面倒なんだなぁ」

 

「いずれ貴方にも分かるようになりますよ」

 

 

 頭を掻きながら呟いたバーサーカーの言葉に、少しセイバーは笑みをこぼして返した。

 本人は気づいていないのだろうが、彼もまた正しい道を歩んでいるようにセイバーには見える。

 きっとバーサーカーも、輝かしい精神を秘めているに違いないと彼女は確信しているのだ。

 

 

「待たせたなランサー。詫びと言っては何だが、この有象無象を貴方の倍は屠って見せよう」

 

「左手が動かぬのに無理をするな。その分この俺が戦果を挙げてやる、存分に休んでおけ」

 

「……どーでもいいけどさァ。調子に乗って、倒されたりするなよ?」

 

 

 何やら対抗意識を燃やし始めた騎士二人に対し、冷静なツッコミを入れるバーサーカーであった。


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