来週こそは、なるべく早く投稿します。
ケイネス・エルメロイ・アーチボルトは、セイバーに見送られながらもアインツベルンの城へと乗り込んだ。
その彼の足元に、球状になった水銀の塊が転がってついていく。
この水銀こそがケイネスの魔術礼装――『
ケイネスが持つ数多の礼装の中でも最強の一品で、水銀をその性質と質量を生かした武器兼防具として自由自在に扱うことができ、攻撃・防御・索敵の三つの要素を兼ね備えた万能武器である。
「アーチボルト家九代目当主、ケイネス・エルメロイがここに推参仕った。求める聖杯に命と誇りを賭して、尋常に勝負願いたい」
ケイネスの挑発に応じる者は皆無だった。
そう単純に応じてくるとは端から思っていなかったケイネスは軽く嘆息すると、ホールの中央へと足を運んでいく。
そして、まさに中央に到達した瞬間、ホールの四隅に配置されていた花瓶が爆発音とともに破裂した。
だがそれで終わらない。衛宮切嗣という人間は、そんな子供だましのような罠を設置したりはしない。
その証拠に、花瓶の破片だけでなく、無数の小さな金属のつぶてが銃弾と見間違うほどの速力をもってケイネスの元へと殺到したのだ。
この場に切嗣が用意した罠はクレイモア対人地雷。爆発ではなく、その中に仕込まれている微細な鉄球でもって人間を殺傷する兵器。
そんなものを四方に置かれては逃げ場などない。特殊な装備でもしていない限り、人間の肉体は原形を留めることができないだろう。
――だが、ケイネスはその『特殊な装備』をしている側の人間だ。
数多の鉄球がケイネスの体に到達しようというその刹那、ケイネスの足元に転がっていた水銀がドーム状に広がり、その全ての攻撃をはじき返したのだ。
ケイネスの礼装である『
防御膜が解かれた後、周りを眺めたケイネスは、今の攻撃が魔術的なものではなく、科学によって生み出された兵器によるものだと理解する。
「……ほう、これが『地雷』とやらの威力か。実物を拝んだことはなかったが、なかなかの破壊力だ」
彼は自らの道である『魔術』に誇りを持っている。
彼はこの戦争で魔術だけで戦い抜くつもりであったし、少なくとも兵器に頼るなどということは彼の誇りが許さない。
そんな彼が、まさにその兵器を用いた敵の罠に、ただただ感心していた。
本来の彼なら、このような下劣な手段に訴える人間に対し憤りを通り越して落胆していたことだろう。
だが、今のケイネスは他の道を歩むものの誇りと言うものを認めている。魔術だろうが、科学だろうが、その道を究めようとしているものへの敬意を払っている。
だからケイネスは、この光景を冷静に分析するほどの余裕を持つことができたのだ。
「なるほど、『充分に発達した科学技術は、魔法と見分けが付かない』と言う言葉があったが、これを見ると納得せざるを得んな。これならば、一般的な魔術師による攻撃よりもなお、誰でも簡単に効率よく敵を殺すことができるだろう」
自分の分析を口にしているケイネスの言葉には、怒りや嘆きなどはなく、どこか期待に満ちているものがあった。
(……そういえば、魔術の道には『壁』はなかったが、『科学の世界』を覗いたことがなかったではないか。これは面白い、私の『魔術』が勝つのか敵の『科学』が勝つのか勝負と言うところかね?)
ケイネスの聖杯戦争の目的は『自分の障害となる物を見つけ出し、それをのりこえること』だ。
あのまま時計塔にこもっていては、このような体験をすることもできなかったに違いない。
やはり、聖杯戦争に参加してよかった。そうケイネスは心の底から歓喜した。
世界にはまだまだ未知なるものが存在する。まだ自分の希望は失われてはいない。そのことを体で感じることができた。それだけでもケイネスには時計塔で貰える幾万の称号よりも価値があるものだったのだ。
そして、生まれて初めて味わった悦びの次にケイネスの心に浮かんだ感情もまた初めて覚えるものだった。
魔術師である自分に最初に立ちはだかるものが『科学』とはなんという皮肉だろうか。
それだけ科学と言うものはバカにしておけるほどのものではない。
……確かに科学の力はすさまじい。だが、だからと言って魔術が劣るとは限らない。
そのようなことはケイネスの誇りが許さない。魔術に誇りを見出しているケイネスには容赦することができない。
今ケイネスの心にある感情は『闘志』。ケイネスは科学に対して『闘志』を燃やしている。
『闘志』と言う感情も、ケイネスにはなかったものだ。なぜなら、彼にとって対等以上の敵などケイネスの前に現れたことがないのだから。
「――宜しい。ならばこれは『決闘』ではなく『試練』だと私は受け取った!」
闘志を燃え上がらせながら、ケイネスは敵陣の奥深くへと踏み込んでいった。
――――…………
「……本当に奴は魔術師なのか?」
ホールに隠してあったカメラからの映像を見て、衛宮切嗣は困惑していた。
本来の魔術師ならば、あのような迎撃をされれば『魔術の道を汚す不届き者』だと激怒してもおかしくないはずなのに、ケイネスは穏やかな表情を浮かべていたのだ。
訳が分からない。なぜそのような表情ができる?無感情ならまだしも、攻撃されておいて微笑むなど常人ではない。
「今思えば、あちこちで予想外のことが起こりすぎる。バーサーカーとライダーが組んだことといい、キャスターが召喚される英霊としておかしかったことといい、ハイアットホテルの爆破が
自分の不運さを軽く呪うが、そうしている暇はない。
ケイネスは切嗣にとって面倒な相手になっている。
魔術師としての腕は一流、科学に対して忌避感もない、なにより油断しない。
銃弾が通用しない礼装を持ち、挑発するのも難しく、こちらにスキを見せないなど、切嗣にはやりにくいことこの上ない。
それでも、今即座に動けば迎撃しやすい場所を確保するのも可能だ。
頭に叩き込んである地図を思い出しつつ自分のいる部屋から出ようとドアに向かい――そこで立ち止まる。
向かおうとしていた扉のカギ穴から、銀色の筋が垂れている。
それが何を意味するのかを切嗣が理解したと同時に、部屋の中央を銀色の刃が貫いた。
「……自動索敵か」
「ご名答だ」
切嗣が苦々しく吐いた呟きに、『
その姿を視認すると、切嗣はとっさにホルスターからキャレコを引き抜いて発砲する。
切嗣によって広範囲に弾幕が張られるが、ケイネスの足元の水銀が地雷を防いだ時のように防御膜を展開しすべての弾丸を防ぎきる。
だがもちろん、切嗣は何の考えもなしに効き目のないと分かっている攻撃をしたわけではない。
あくまでもこれは時間稼ぎ、本命は別にある。
「
ケイネスが自身の礼装で攻撃する直前に切嗣が詠唱を完成させると、ケイネスの視界から切嗣の姿が消えた。
だからと言って瞬間移動をしたわけではない。切嗣はただ単にとんでもないスピードで動いただけだ。
そのスピードが、魔術師であることを考慮したとしても明らかに常軌を逸しているということを除けば。の話ではあるが。
「む!?」
不意を突かれたケイネスは、そのまま切嗣が今しがたできた開口部へと逃走することを許してしまう。
ケイネスは、今切嗣が何をしたのかは分かっている。事前の調査で得た情報が正しければ、今の超強化は体内時間の流れを操作する『固有時制御』によるものだと同定できた。
だからといって、いざ目の前で行使されては対処するのは難しい。ケイネスは魔術師ではあるのだが、決して戦士ではないのだから。
もしもケイネスが実戦慣れした人間ならそのような隙を見せることはなかっただろうが、今この場面では切嗣の実戦経験の豊富さに軍配が上がった。
「…………取り逃がしてしまったか」
切嗣の逃げ出した穴を見つめながら、ケイネスは薄く笑った。
稀代の天才と言われる魔術師にとって切嗣の魔術の扱い方にはいくらか小言を言いたくもなったが、こと戦闘にかけては利用できるものは何でも使うその姿勢には素直に感服する。
それと同時に、彼は自分の失態に内心で舌打ちをする。『魔術師殺し』に礼装を見せて考察する時間を与えてしまったのは大きな痛手となることは容易に想像できる。
体内の時間経過を操作できるということは、逆に遅くすることもできるということ。そうなると熱源や空気の振動で相手を捕捉する『
あれでは自らの自動探索ももう役に立たないだろうと割り切ったケイネスは、いつどこから攻撃されても対処できるように水銀を自分の周りに集中させる。
(相手は魔術師殺し……その上ランサーによるセイバーの負傷のことを考えると、自らの陣地に潜り込んだ私を前に逃げ出すとは考えにくい。こちらから出向かずとも向こうから奇襲を仕掛けてくるだろう。今は自分への攻撃だけに意識を集中させればいい)
切嗣からすれば、ケイネスは自分の領域に入り込んだネズミも同然。
この絶好の機会に『魔術師殺し』が逃げ出すという選択肢をとることはまずありえない。
キャスターが城の外で暴れているが、必ずケイネスの命を狙ってくるに違いない。と断定したケイネスはわざと靴音を大きく鳴らしながら城内を駆け始める。
(さあ、どこから仕掛けてくる?生半可な銃では私の防壁は突破できない。となれば――)
「
水銀の探知から逃れるためか、『固有時制御』を解除する宣言と共にケイネスの背後に切嗣が躍り出てきた。
攻撃されると覚悟していたケイネスは驚くことはなく切嗣を視界にとらえるが、数瞬後には、『
先ほど逃げた時と同様に機関銃を発砲しているのだろう。無駄だと分かっているはずなのになぜそのような攻撃をするのか?
(決まっている。さらに高威力の銃でこの防御を貫くためだ。そのためにこの防御膜を広げるように弾幕を張っているのであろう……)
そう分かっていても、ケイネスにはどうすることもできない。
自動防御で防いでいるのはいいが、そのせいで切嗣がどのような銃を使っているのか見えないため、いつその銃を使われるか分からないのだ。
防御する手段はあるにはあるが、この場面で使っていいものではない。あくまであれは衛宮切嗣の『切り札』を封じるためのものだ。ここで使うとすべてが水の泡になる。
「うぐっ!?」
不意にケイネスの右肩に激痛が走る。
防御膜を見ると、そこには鉄壁であったはずの守りに黒い大穴が空いている。
やはり、切嗣はこの『
が、この『痛み』だけは予想できなかった。
銃で撃たれる痛みなど、魔術師でも一般人でも想像できないものだが、ケイネスはこの形容しがたい痛みによって一瞬我を忘れた。
「
単純に殺意に満ちた攻撃が、切嗣に襲い掛かる。
だが、その水銀の鞭は切嗣には届かない。すべて見切られているうえで躱される。
なにせ攻撃は『鞭』なのだ。その軌道を読み切ることなど、切嗣には朝飯前と言うもの。
ケイネスの本格的な攻撃が始まる前に、切嗣は再び逃走に移る。
その姑息な行動をとる姿にプライドが刺激され、ケイネスは癇癪を起こしそうになった。
――そして、その内側の激情を隠そうともせず、ケイネスは絶叫する。
「こ、この鼠がァァァァァァアア!!絶対に殺してやるっ!この私を傷つけるとは、神をも恐れぬ行為だッ!!許しては置かぬぞっ!」
離れていく切嗣の背中に、ケイネスは罵声を投げるしかできなかった。
――――…………
「所詮はただの魔術師。化けの皮が外れればこの程度か」
三階の廊下に立ち、切嗣はごちる。
離脱するときの怨嗟のような叫び声、その後階下から聞こえてくる破壊音。どうやら挑発は上手くいっているらしい。と判断した切嗣は、コテンダーに『魔弾』を装填する。
想定通りのセッティングで、切嗣はケイネスとの最後の対峙を迎えることができた。
あとはここまでケイネスが踏み込んでくるのを待つだけだ。
「あの態度も、科学を見下していたことからくる余裕だったんだろう。あとは詰めるだけ――」
「……ようやく見つけたぞ、下衆めが」
そう言ってる間に、ケイネスが目の前に現れる。
落ち着いた様子を装っているが、その表情には切嗣への憎しみが見て取れる。
「もはや楽には殺さぬ……悔みながら、苦しみながら、絶望しながら死んでいくがいいッ!」
とたんに、ケイネスは切嗣へと走り出す。
その敵に向けて、先ほどのように切嗣はキャレコで弾幕を張る。
こちらが全く同じ攻撃をすると、そう思い込ませるためにわざと似たような攻撃を仕掛ける。
「先と同じ手が通用すると……思うなっ!
即座に水銀が密集した竹林のように逆棘を林立させる。
逆棘一本一本に銃弾をはじくほどの強度を持たせたこの防御形態。ケイネスの肩を穿った30-06スプリングフィールド弾とて突破することはできない。
完全なる防御だが、それを維持する魔力はそれに応じて莫大だ。ケイネスの魔力のほぼすべてを用いないとこれは成し遂げられない。
――
極限まで魔術回路を酷使して疲弊しているケイネスの顔をよそに、切嗣は右手のコテンダ―を鉄壁の防御をもつ剣山に照準を合わせる。
衛宮切嗣の切り札たる魔弾――『起源弾』は相手が魔術で干渉したときに真価を発揮する。
弾丸の効果は魔術回路にまで及び、魔術回路は出鱈目に『切断』『結合』される。
魔術回路に走っていた魔力は暴走し、術者自身を傷つける。その仕様上相手が強力な魔術を使っていればいるほど殺傷力が上がるのだ。
ケイネスを挑発して、相手に最大限の魔力で起源弾を防御させることが切嗣の狙い。
先の対峙でのダメージなど、これにつなぐための布石でしかない。
そして今、37人の魔術師を破壊してきた『起源弾』が、新たな犠牲者に襲い掛かる。
「――――っ!?」
ケイネスの喉は何かを発する前に血反吐を吐いていた。
『
妙な痙攣をおこしながら、水銀の海を全身から流れる血液で赤色に染めていく。
『起源弾』が炸裂した何よりの証拠がそこにあった。
おそらく、ケイネスの心肺機能や神経は彼自身の魔力によってズタズタに引き裂かれているだろう。
「…………」
そんな凄惨な状況を作り出した当の本人は、ただ無感情にケイネスを見やるだけ。
自らの策がうまくいったことについては切嗣は何の感慨もわかない。
今まで同じように計算通りの結果を生み出しただけの話。
ただそれだけのことだ。
こうなってしまえばケイネスは何の脅威にもならない。
捨て置いても直に死ぬだろうが、切嗣は敵には必ずとどめを刺す。
至近距離から頭に一発撃つという確実な方法で殺すため、キャレコを構えケイネスに近づいていく。
セミオートに切り替え、今度こそケイネスの命を奪う凶弾が発射された。
「……っ!」
そして
そこでようやく切嗣は表情をだした。『驚愕』と言う表情を。
「バカな……『起源弾』を食らったのに、なぜ水銀が動いた…………っ!?」
切嗣の銃弾を、ケイネスの体の下に広がる『
そんなはずがない。もはやケイネスは『起源弾』を受けて魔術師としての力を失ったはず。
だが、現実に水銀は主を守るために防御膜を張った。なぜ、そのようなことが――
「……『起源弾』か……これしか防御する『方法』がないとはな……しかし勝利には犠牲がつきものでもあるわけだ……」
口から血を吐きながら、動けないはずのケイネスが両手をついて起き上がろうとする。
そうはさせまいと切嗣はキャレコを撃つが、水銀の防御壁に阻まれて届かない。
そして、少しよろけながらもケイネスは再び立ち上がった。
「どうやって……おまえはもう魔術が……」
「貴様の『魔弾』が当たる直前に魔力を切った!……もっとも、魔術回路が数本使い物にならなくなったがな…………!!」
ケイネスは、切嗣がコテンダーを発砲したその瞬間に、『
わざわざ互いに顔が見えやすい防御膜を張って、そのタイミングを見計らってもいた。
少し反応が遅れて数本は持っていかれたが、多少不便さを感じはするものの魔術を行使する分には問題ない被害で済んだというわけだ。
「……『起源弾』のことを知っているのか?」
「……貴様に殺された魔術師は皆、魔術回路が暴走していたぞ。そこから割り出すのなら訳はないのだよ。私を誰だと思っている……私ほどになれば、その程度の情報を集めるのは簡単と言うものだ」
聖杯戦争が始まる前に、ケイネスは切嗣によって始末された魔術師について調べて回っていた。
その被害にあったものの特徴を並べると、全員に魔術回路の暴走があったということが判明している。
普通の魔術師ならばこのような情報を集めるには苦労するだろうが、ケイネスはそれを可能にするだけの力があった。
だから、切嗣への対処法を思いついていたということだ。
「あのように私を挑発して、全力で魔術を使ったところをその『起源弾』とやらで破壊する。その挑発に私も少しばかりつられてしまったものだ。だからそれに乗じて挑発に乗った演技をしてみたのだが……いかがだったかな?」
「…………」
ケイネスは、怒りや憎しみを表情に出す人間ではない。
本当に憤怒しているのなら、能面のように無表情になっていただろう。
実際、切嗣の挑発じみた行動に苛立ちはした。それでも、そこから先は全て激情にかられた『フリ』をしていただけに過ぎない。
そうすることで切嗣に『起源弾』を使わせるように仕向けるために。
しかし、こんなもの正気の沙汰ではない。『起源弾』の効果はもちろんのことながら、弾丸としての威力は先ほどのものと変わらない。
実際に『起源弾』による魔術回路の破壊は免れたものの、ケイネスの腹部には弾自身の単純な破壊力によってて大きな風穴があいている。
そのうえ、この防御膜を使えばいいのに二回目の対峙ではあえてスプリングフィールド弾を右肩で受けているのだ。
このような行動は、戦場を知らない人間が取れるようなものではない。
そこに切嗣は違和感を覚えた。
「……なぜ、おまえはそこまでできる?」
「聖杯戦争に参加しているのだ。それ相応の覚悟は必要だろう?貴様とて、何かしら『誇り』をもってここに立っているのだから聞くまでもないことだと思うが?」
「『誇り』……だと?」
「そうとも、『誇り』だ。貴様には魔術師としての誇りはかけらもないようだが、別の何かがあるのだろう。聖杯を手にして、達成しようとする願いを持っているならな」
ケイネスのその言葉に、切嗣は頭の中にある何かのスイッチが切り替わったような気がした。
気のせいだと頭の隅に押しのけ、言葉を返す。
「『誇り』だなんて高尚なものは持っていない。戦場で誇りを謳えるような英雄サマじゃないんでね」
「……誇りも持たぬつまらない人間であったか。ならば早く教会に行って保護でもしてもらうがいい。どうせ、その願いとやらもくだらないものに決まってる」
また、切嗣の頭の中で何かが切り替わる気がした。
最初のものよりも明確に、気のせいだと思えないような何かが。
「僕からすれば、お前みたいに戦場に誇りを持ち込む人間の方がくだらなく見えるぞ。……そういうお前こそ、どういう願いを持っているんだ?」
「聖杯にかける願いはない。どのような願いであろうと、私自身が達成させるからな。私が参加しているのも、私の障害となる壁を探しに来ただけに過ぎない。私のつまらない人生にあるはずの意味を探求している。いわば自分の『信念』を見つけるためか」
三度、切嗣の頭の中の何かが変わる。
普段の切嗣ならこのような行動に出ること自体がおかしかったのだ。
敵であるはずの人間と会話をしようとすることが、冷酷無比な『魔術師殺し』である彼には異常なことだ。
「お前は『信念』もないのに、この聖杯戦争に参加したってことか?それこそ笑い話だ。闘争なんていうバカげた悪性の中に『信念』なんかがあるわけがない。おまえこそさっさと退場したらどうだ?」
「人間を人間たらしめているものは『誇り』だ。それを捨てている貴様のような人間など、ただの畜生と変わりない。下等生物ごときが人間に命令するとは度し難い。もう少し身の程を知るがいい」
「どうだか。殺し合いの中でないと見つけ出せない『信念』なんて犬にでも食わせればいい。そのくらいにしか役に立たないさ」
言葉に、感情が乗ってしまう。
無感情の殺人機械であるはずの衛宮切嗣の言葉に、感情が出てきてしまう。
今の切嗣は『魔術師殺し』ではなく、『衛宮切嗣』として喋っている。
「『信念』無き自分の人生を『誇り』あるものにしたいという当然の感情までも愚弄する気か?貴様には分かるまい、どんなものにも手が届いてしまうくだらない世界を。目指そうと思った時には到達してしまうつまらない人生を。『信念』をもって成長することができない、演劇のような現実をっ!」
「『信念』もない人間が『誇り』を保つためだけに殺人を犯すつもりか!?『誇り』という幻想を盾に、血を流すという邪悪さから目を背けて、敗者を踏みにじっていく罪を背負うことに気づかず、殺人者を嬉々として持て囃す戦場と言う名の地獄に、軽々しく足を踏み入れるだなんて反吐が出るっ!」
この二人は互いに相いれない。
切嗣の『信念』は、戦いの中で『信念』を見出そうとするケイネスを認めることができない。
ケイネスの『誇り』は、戦いの中の『誇り』を無価値なものと断ずる切嗣を認めることができない。
致命的にこの二人は相性が悪すぎる。
「貴様のような『誇り』なき畜生がこの聖戦を汚すな!」
「お前みたいな『信念』のない殺人者が戦争を語るな!」
狭い廊下で、再び両者はぶつかり合う。