Fate/Zero ゼロに向かう物語   作:俊海

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人間は英雄になれない。

「獲ったり、キャスターっ!抉れ、『破魔の紅薔薇(ゲイ・ジャルグ)』!」

 

「ひいぃっ!?」

 

 

 キャスターとの戦いは呆気なく終わった。

 セイバーの宝具である『風王鉄槌(ストライク・エア)』により放たれた超高圧の疾風で怪魔の軍勢を着散らしながら『スリップストリーム』なる現象でランサーをキャスターの間合いまで送り、ディルムッドがあらゆる魔力の顕現を断ち切る『破魔の紅薔薇(ゲイ・ジャルグ)』で『螺湮城教本(プレラーティーズ・スペルブック)』からの魔力供給を絶つことにより、召喚された異形の化け物達を元の血肉へと戻したのだ。

 

 

(……セイバー達とマジに敵対しなくてよかった……僕だったら一瞬で倒されてた……)

 

 

 セイバーの『風王鉄槌(ストライク・エア)』は、威力などを考えれば明らかにバーサーカーの『爪』の上位互換であるし、その上、風に乗って移動するというランサーの超人的な運動能力をまざまざと見せつけられては、一対一で戦うことは絶対に避けたいと思ってしまう。

 パラメーターもバーサーカーとさほど変わらず、むしろ宝具の強さで言えば向こうの方が明らかに上であるキャスターが、苦戦させたとはいえ一瞬で形勢を逆転されている。

 やはりこの二人は、バーサーカーにとって天敵だ。

 

 

「貴様ッ!キサマ貴様キサマ貴様キサマキサマキサマァァァァッ!!」

 

「……覚悟はいいな、外道」

 

 

 最後のあがきなのか、ただ逆上するだけのキャスターにセイバーは冷たい眼差しで返す。

 黄金に輝く聖剣を振りかざし、いままさにキャスターを討たんとしたその時――

 

 

「――ランサー!ランサーはどこにいるッ!?」

 

「な――――っ!?」

 

 

 アインツベルンの城から、必死の形相でランサーのマスターであるケイネスが飛び出してきたのだ。

 突然呼びかけられたランサーは、ケイネスの方に気をとられ、キャスターから目を離してしまう。

 そのランサーの隙を狙って、キャスターは『螺湮城教本(プレラーティーズ・スペルブック)』に魔力を込め始めた。

 

 

「無駄な足掻きをっ!」

 

 

 キャスターが何かする前に斬り伏せようと一瞬で間合いを詰めようと駆ける。

 が、幾ばくかキャスターの方が早かった。彼は召喚魔術では間に合わないと理解しているがゆえに。魔術を完成させる前にわざと失敗させることで辺りの血肉を煙幕代わりに拡散させた。

 こうされてはうかつな行動がとれず、三人のサーヴァントは立ち止まるしかなくなる。

 

 

「……霊体化して逃げた……か……」

 

 

 バーサーカーの言葉の通り、霧が収まるころにはキャスターの姿が消え、追跡が不可能なほどに遠くまで逃げてしまっていた。

 こうなってしまったら、どうすることもできない。

 何としても倒したいという気持ちもあるが、それよりもようやくこの戦いが終わったという安堵感にバーサーカーは浸っていた。

 

 

(……こうなると本格的にまずいんじゃあないか?僕が単体で勝負して勝てる相手が見当たらないぞ)

 

 

 最弱と呼ばれるキャスターでさえこのありさまなのだ。二人の手を借りてようやく追い詰めることができたキャスターと対等とは思えない。

 むしろ、今の交戦ではバーサーカーはほとんど役には立っていない。邪魔にはなっていないだけで、勝利に貢献したとは思えない。

 もしもライダーと組んでいなかったら、真っ先に脱落してもおかしくなかった。ということにバーサーカーは身震いした。

 

 

「ケイネス殿、一体どうしたというのですか?セイバーのマスターとの決着は……」

 

「どうしたもこうしたもない!我が工房が何者かによって半ばまで突破されかけている(・・・・・・・・・)のだっ!」

 

「そんな……っ!?」

 

「こうしていられる場合ではない!今すぐホテルに戻るぞ!」

 

 

 どうやら、ケイネスが慌てて飛び出してきたのは、彼の陣地が第三者の手によって踏破されかけているからのようだ。

 それはすなわち、このままではケイネスの婚約者であるソラウの身に何があるか分からないということ。

 それを容赦出来るケイネスではない。自分の命よりも大事な婚約者を見捨てることはできない。

 たとえ、見捨てた方が聖杯戦争において自分が有利になると分かっていても、ケイネスには戻らないという選択肢をとることができない。

 

 

「し、しかし、拠点まで戻るにはどう見積もっても私の足でも30分はかかってしまいます!それまで間に合うかどうか……」

 

「構わん!どれほど優秀な人間であろうと、あの地点から15分はかかる!口を動かす前に足を動かせ!それとも貴様は私の妻を見殺しにするつもりかね!?」

 

「そ、そのようなことは決してっ!申し訳ございませんケイネス殿!」

 

 

 おおよそこの地点からホテルまでの距離はおおよそ『一般的な自動車の速度』で小一時間かかる距離だ。

 地形を無視して一直線で駆け抜けられるサーヴァントと言えど時間はかかってしまう。

 セイバーでさえ2.5kmほど離れているアインツベルンの結界の外輪まで到達するのに数分は必要となる以上、基本の敏捷が同じであるランサーでも即座に帰還するのは不可能だ。

 たとえ全力で戻っても15分はソラウを危険な目に合わせてしまう、という事実に焦りながらもランサーに叱責するケイネスに、背後から何者かが手を置いた。

 

 

「……なあ、15分でそこに着けばいいんだな?」

 

「ああそうだ!だから私の邪魔を――」

 

「分かった。じゃあセイバー、車を貸してくれ。こいつらを送ってくる」

 

「……何?」

 

 

 背後からかけられたバーサーカーの言葉に、ケイネスは訝しんだ。

 このサーヴァントは何を言っているのか理解ができない。そう言った顔をしている。

 

 

「『全速力を出した車』ならホテルまでそんなに時間はかからないだろう?現代の馬と言っても良いくらいのスピードを出せるあれなら間に合うんじゃあないか?」

 

「それは……そうだが……」

 

「安心しろ、僕には『騎乗』スキルがある。ミスって事故ったりはしないと約束するよ」

 

「ちょっと待ってくださいバーサーカー!そう簡単に車を貸せと言われても……」

 

 

 話の流れにようやく追いついたセイバーが抗議する。

 何か自分が了承しないうちに車を貸し出すことが決定しているような流れにストップをかけた。

 

 

「……君は僕らの危機に駆けつけてくれたランサー達の頼みが聞けないのかい?いくら僕でも恩を仇で返す様なことはしたくないんだけど」

 

「それは、そうなんですが……」

 

 

 ランサーは自分たちがキャスターを相手に手間取っていた時に助けてくれたのに、それを踏みにじろうなどとはセイバーも思っていない。

 それでも他人のものを勝手に取引の材料にするのは躊躇われる。

 かといってマスターである切嗣に聞いたとしても、まともな返事が返ってくるわけがないし、万が一返ってきたとしてもランサー達を足止めするように指示するだろう。

 どうやっても切嗣たちを納得させることができないと、簡単に貸し出すわけにはいかない。

 

 

「……それとも、『脅されて無理やり車を強奪された』の方が都合がいいのか?だったらランサーと僕を同時に相手するのと、車一台の損失、どっちか選ぶんだな」

 

「…………そういうことなら、仕方がありませんね。分かりました、車ならあそこにあります。ご自由にどうぞ」

 

 

 その逡巡を見破ったのか、セイバーに指を突き付けながらバーサーカーは問い詰める。

 向こうから大義名分を作ってくれるのなら、セイバーもためらう必要はない。あっさりと前言を翻し、車のある方向に指を向けた。

 三人は一斉にセイバーに背を向けて、その方向に駆け出していく。

 

 彼らの頭には、すでにホテルに戻ることしかなく、こちらを警戒している様子もない。

 今なら、不意打ちででもこの二組を落とすことがセイバーにはできる。

 

 

(……できますが、それは騎士として以前に、人間として犯してはいけない領分ですね)

 

 

 本来ならマスターがすぐそばにいるランサーと、単純な地力の勝負では圧倒出来るバーサーカーが二人でかかってきてもセイバーなら高確率で勝てるだろうが、この二組を相手に卑劣な戦いはしたくなかった。

 

 ランサーのマスターは、正々堂々たる戦いで切嗣に挑み、そのためにセイバーらの戦いに令呪を切ってサポートしてくれた。

 その上、そこまでして挑んだ戦いを投げ捨ててでもケイネスはソラウのもとに一刻でも戻りたかったから、彼は外聞も何もなく飛び出してきた。

 ランサーもまた、騎士であらんとするその姿勢はセイバーも共感できたし、何よりも自らの主のためにその心血を捧げるさまは尊く映る。

 自分たちの窮地の場面に颯爽と援軍として駆け付け、短い会話ながらも互いに確かな信頼関係を結んでいるこの陣営を卑怯な手でけりをつけたくはない。

 

 バーサーカーも、確かにその性格や行動は騎士とはかけ離れているものだろう。

 言ってしまえば『どこにでもいるような人間』だ。自分の都合を優先し、目的を達成させるためなら他人だって利用するし、誰の下につくことも躊躇わない普通の人間だ。

 戦闘能力も他のサーヴァントに比べると見劣りするし、宝具らしきものも持っていない。はっきり言って全サーヴァントで一番弱い可能性すらある。

 

 だが、その『人間らしい性格』だからこそバーサーカーに敬意を払える。

 バーサーカーは人間らしく(・・・・・)キャスターの魔の手にかかった子供たちを助けたし、人間らしく(・・・・・)今もランサー達の手助けをしようとしている。

 前者は『殺されそうな人間を助けたい』という人間なら当たり前の感情を元に動いているだけ。

 後者は『助けられたから手助けする』という人間として当たり前の倫理を元に動いているだけ。

 しかし、その当たり前をできる人間が、どれほどこの世にいるだろうか。

 

 その強さは『英雄』とは程遠い。彼は『英雄』とは縁のない人間だろう。

 そしてそれは同時に、彼は『英雄』を必要としていない(・・・・・・・・)ことを意味しているのかもしれない。

 きっと彼は、どんな目的でも決してあきらめることはない強い人間だ。

 

 『英雄』として尊敬しているランサー達と、『ただの人間』として尊敬しているバーサーカーに、卑劣な方法で勝利したならば、かの『勝利すべき黄金の剣(カリバーン)』と同じように、この聖剣も折れてしまうだろう。

 

 

「それでは月並みな言葉ですが、お気をつけて行ってください」

 

「ああ、ありがとうセイバー。この車、すぐに返すよ」

 

 

 そう言い残して去っていくバーサーカーの運転する車の後姿を、見えなくなるまでセイバーは見送った。

 この選択に対して、後悔などあるはずもない。例え切嗣にどのようになじられ、非難されようと、この行動には誇りを持てる。

 

 

「……さて、切嗣の元に戻りますか。もしかしたらいくらか負傷しているかもしれませんからね」

 

 

 少し沈む気もしたが、それでもセイバーは悪い気分ではなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ランサーのマスター、しっかり認識疎外の魔術はかけてるなッ?少し飛ばすからどこかにしがみついておけッ!」

 

 

 セイバーから借りたメルセデス・ベンツ300SLクーペのハンドルを握り、バーサーカーは深夜の国道を駆け抜けていく。

 バーサーカーの知るところではないが、同じ道を昨晩アイリスフィールがこの車で運転していたが、彼女の荒々しい運転とは対照的にスマートな走りを見せていた。

 しかも今のバーサーカーの方が260km/hというこの車の最高速度を出しているにもかかわらずである。

 

 

「むう……まさか私がバーサーカーの運転する車に乗る羽目になるとはな……」

 

「せめて俺に『騎乗』スキルがあったなら……!」

 

「それ以上芸達者になるなら、ランサーとは別のクラスにでもなった方が早いんじゃあないか?」

 

「こう助けてもらっておいてなんだが、妙な回転をかけた鉄球を投げたり、今のように車を運転している狂戦士(バーサーカー)には言われたくなかったな……」

 

 

 ランサーの言う通りである。

 かつて、ここまで多芸なバーサーカーが他にいただろうか?

 もう彼以上に器用なバーサーカーとなると、敵の宝具を奪って自分のものとし、十全に使いこなすくらいはしないといけないだろう。

 

 

「この速度なら15分までには着けるはずだ。深夜だし人であふれかえってる歩道を走る必要もないくらい車道はガラガラだから、まあ間違いないかな」

 

「……忝いバーサーカー。お前には関係ないはずなのに、ここまでしてくれたことに感謝する」

 

「気にしないでくれ。お前のマスターの嫁がどうなろうが僕達にはほとんど影響がないから助けるだけだ。むしろ、その侵入者をお前らで倒してくれた方が僕にとって都合がいい」

 

「打算があるとしても、助かることには変わりない。素直に受け取ってくれ」

 

「……本当に騎士道って面倒くさいな」

 

 

 セイバーもランサーも硬すぎる。

 そう思うと、騎士道というのはやはり自分の性格にはあっていないんだろう。

 少なくとも、騎士然とする自分の姿は想像できない。

 

 

「……なぜ貴様は私の手助けをする?」

 

 

 そんな中、ケイネスが訝し気にバーサーカーに問う。

 はっきりいってこの質問をされることは、バーサーカーにとって非常に居心地が悪いものだったので、若干うんざりしつつも、律儀に先ほどと同じ回答を口にしようとする。

 

 

「……言っただろう?侵入者を倒してくれた方が僕にとって――」

 

「ならば正直に打ち明けよう。私の妻であるソラウはランサーの魔力供給源になっている。彼女を見殺しにすると、私達は大いに優位性を失うぞ」

 

「ケイネス殿っ!?」

 

「ランサー、貴様は黙っていろ」

 

 

 そんなバーサーカーに、自らケイネスは自分たちの弱点を晒した。

 本来なら、魔力供給のパスと令呪のパスを別々にすることなど不可能に近いのだが、ケイネスはそれを実現できるだけの才能があった。

 このことは他のどの陣営にも知られていないし、暴露させる気も全くなかった。

 だというのに、その突飛な行動をしたケイネスにランサーは驚愕の声を出すが、ケイネスは手を突き出し制止させる。

 

 

「……それでどうかね。貴様はまだ私をソラウの元に送り届ける(・・・・・・・・・・・・・)のか?さっさとこの車から私達を突き落とした方が、貴様の優勝が近づいてくると思うが?」

 

「……いくら何でも僕をそこまで人でなしにするのは止めてくれ。お前らには助けてもらったっていう恩がある。さすがにそこまで落ちぶれたくないよ」

 

「何を言っている。この聖杯戦争においては弱みを見せるほうが悪い。そこに付け込まずにどうするつもりだ?」

 

「それじゃあ何か?お前らをここから突き落としても、僕に報復しないって約束でもできるのか?ランサーを敵に回すなんて僕は嫌だぞッ!」

 

「そうでなくとも、貴様の攻撃なら私を抹殺することぐらいはできるはずだ。なぜそれをしない?なぜそこまでして私の助けになろうとする?」

 

「……どうかしてるぞッ!なんでそこまで自分を追い詰めるような言い方をするッ!?く……くそっ!どういう性格なんだ……お前は!」

 

 

 ケイネスの質問の意味が分からなくなってきた。

 どうしてバーサーカーに『自分たちを殺した方が楽だ』というような質問をするのかが分からない。

 自分の命が惜しくないのか。何が聞きたい。ケイネスは自分に何を聞き出したいのかバーサーカーには理解できない。

 

 ――いや、実は気づいているのかもしれない。『漆黒の意志』だのと言っておきながら、こんな理由でケイネスを助けているという事実に気づきたくなかっただけかもしれない。

 こんな理由なんてバーサーカーにしては『甘すぎる』。そこを自覚したくないから、この質問をされることに居心地の悪さを感じるのだ。

 

 

「……だから先ほどから聞いているではないか。『どうしてあらゆるメリットを差し置いて、私達を助けるのか?』と言っているのだよ。そもそもが車を使うように言ったのも貴様ではないか。なぜそこまで――」

 

「くっ、くぅ~~~!!ああ~~!!言ってやるとも!!言ってやるともよオオオーーッ!本っ当にしつこいなお前はッ!」

 

 

 そして、ついにバーサーカーが根負けした。

 こんな質問なんか聞き流せばいいのに、車の運転をしているのはバーサーカーなのだから立場は上のはずなのに、バーサーカーはケイネスの執拗な攻めに音を上げた。

 

 

「お前の妻が死にかかってるんだろッ!ああその苦しみは僕だって知ってるさ!助けるためならなんだってしてやるとさえ思ってしまうくらいの絶望感だって知っている!だから助けるんだよ!これで文句あるかッ!」

 

「……そうか、それが貴様の本音か。いや、すまなかった。失礼な詮索をしてしまった」

 

「全くだよっ!~~~~クソッ!なんだよ!何で僕はこんな人助けをしてんだッ!もう自分で自分が分からなくなってきたッ!」

 

 

 もしかしたら、ここまで感情をむき出しにしたのは現界してから初めてかもしれない。

 バーサーカーは確かに目的のためなら手段は選ばないという『漆黒の意志』がある。

 もしも自分の親友に再び会えるなら、他のことなんかどうでもいいはずなのだ。

 

 だというのに、この体たらくは何だ?

 桜や雁夜の体調を気遣ったり、無関係な子供を助けるために貴重な令呪を切ったり、挙句の果てにはランサーを始末する絶好の機会を不意にするだなんて、バーサーカーらしくない。

 『自分に不都合が起こらない範囲で可能だから』ではすまないレベルにまで達している。

 自分のようなクズが、今更『英雄』のような振る舞いをしようだなんて反吐が出る。

 聖杯にかける願いよりも、無関係な他人の方が大事だなんてそんなことはありえないはずなのに。

 

 

「ならば私からも、礼を言おう。――本当に助かった。貴様の協力には心から感謝する……っ!」

 

 

 自分の心の内に意識を向けていると、震えながら礼を言うケイネスの声が届いた。

 今バーサーカーは運転をしている真っ最中だ、振り返るわけにはいかない。だが、それでもその声だけでケイネスが涙ぐんでいるのが分かった。

 あのプライドの高いであろうケイネスが涙を流して感謝するとは、どれほど彼はソラウを大切に思っているのかがうかがえる。

 

 バーサーカーの本心を暴くためにその命を駆け引きに使ったが、本心ではそのようなことは言いたくはなかったのだろう。

 それでも彼は心からバーサーカーの行動に礼を言うために、その苦痛を飲み込んで問いただしていたと――

 

 

「……なんでそこまでして僕に質問なんか……」

 

「打算にまみれた人間に礼を言うのは、私の『誇り』が許さないからだ。まあおそらくは、貴様にも気高い『意思』があるのだろうと推測はしていたがね」

 

「……そりゃあ買いかぶりすぎってやつさ。……そろそろ着くぞ。仕度は十分かい?」

 

「ああ。……そうだ、失礼を承知で頼むが、もう一つ質問をしてもいいかね?」

 

「……この際だ、もう何でも聞いてくれ。なるべく答えるつもりではあるけどさ」

 

 

 さきほどまでの激情はどこに行ったのか、今のバーサーカーの心はどこか穏やかだ。

 ケイネスも、元と同じように仏頂面に戻っている。

 それでも、二人の間には険悪な雰囲気はない。最後の質問くらいは気軽に答えられそうだった。

 

 

「……貴様の真名――いや、貴様の名前を伺いたい。聖杯戦争とは関係なく、恩人の名前を知っておきたいのだ」

 

 

 本来なら、このような質問をサーヴァント相手に尋ねること自体が間違っている。

 真名を知られるということは、そのまま弱点を知られるようなもの。

 それでも、ケイネスは恩人の名前を知っておきたかった。バーサーカーに対して敬意を払っているから。

 

 

「……それくらいならお安い御用さ。知られて困るような名前でもないしね」

 

「それはありがたい。それで、名前は?」

 

「ああ、僕の名前は――」

 

 

 

 

 

 

――――…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ジョナサン・ジョースター……か。これまた奇妙な縁ではあるな」

 

「ケイネス殿がおっしゃっていた人物像とは離れますが、彼もまた気高い人間であると私は思います」

 

「貴様がそういうならそうなのだろう。……おおかた、可能性のうちの一つと言うものであろう」

 

「可能性の一つですか?」

 

「そうとも、奴もまた、根の部分は彼と同様に――」


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