Fate/Zero ゼロに向かう物語   作:俊海

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お久しぶりです。
多分次は早くなるので、お付き合いいただければ嬉しいです……。


醜悪な創造は破壊される。

「ふむ……大体は事前に話に聞いておったのと同じじゃのう」

 

「悪いな、そっちの力になれなくて」

 

 

 ジョースター同士の会話は、互いに聖杯戦争に関してはあまり情報が増えたとは言い難い結果に終わった。

 ジョセフ達からすると、バーサーカーに話してもらったことは聖杯戦争について聞き出した相手から得た情報と何ら遜色はなく、バーサーカーからしても、この二人はただこの連続誘拐事件について調べまわっている聖杯戦争の部外者と言うことしかわからなかった。

 ただ、聖杯戦争について以外(・・)のことで共通点があった。

 

 

「……それにしても、バーサーカーもスタンド使い(・・・・・・)とはな。過去の英霊のなかにはお前みたいなやつがいるってことか?」

 

「僕からすると、君らがスタンド使い(・・・・・・)ってことの方が驚きだよ」

 

 

 スタンド使いはたがいに引かれ合う。

 まるで運命の赤い糸で結ばれた恋人たちのように、互いに正体を知らなくてもいつかどこかで遭遇してしまう。

 むしろ、こうしてバーサーカーが召喚されてから数日の間にスタンド使いと出会わなかったことが不自然だと思えるほどに、その引き合う力は強いものだ。

 とはいえ、互いにスタンド使いであり、名前が似通っていることと言い、とてつもない因縁を感じてしまう。

 

 

「そういえばジョータロー、少しばかり口調が柔らかくなってないか? ずいぶん落ち着いた感じじゃあないか」

 

「……あれに関しちゃあ悪いと思ってる。ちと聖杯戦争の関係者に対していいイメージがないんでな……」

 

「お前、何かあったのか?」

 

「……俺達が泊まってるホテルを爆破しようとするわ、子供たちを誘拐しては快楽のために殺害するわ、どうしようもねー奴らばっかだってのに、警戒せずにいられるのかお前は?」

 

「……ちょっと待て、ホテルを爆破しようとした奴がいたって言ったか? なんだその非常識な奴は? 魔術がどうこうとかじゃあなくて、普通にやばいだろそれ」

 

「まぁな……だが実際にいるんだ。なんとかジジイのスタンド能力で爆破される前に発見できたが……あのままだとハイアットホテルは瓦礫の山に早変わりと言う奴だったぜ」

 

「……なんというか、申し訳ない」

 

 

 ほとんど関係ないはずのバーサーカーだが、自分たちの勝手な都合でテロリストまがいな人間をこの街に解き放ってしまっていることに罪悪感を覚えてしまった。

 昨日から本当にずいぶん甘くなったものだとバーサーカーは自嘲しながらも、今までに出会った人間の中でそんな外道な手段に訴える奴がいたかどうかを思い出す。

 ……そんな奴いただろうか? 少なくとも、バーサーカー自身はそういう風な凶行に出そうな人間に出会ったことはないが。

 

 

「いや、別にお前らのせいじゃあねえ。こっちこそ聖杯戦争参加者だからって同一視してしまって悪かったな」

 

「全く、昨日訪ねた奴はずいぶんと礼儀正しい奴だったというのに、疑いすぎなんじゃよ承太郎は」

 

「礼儀正しい……? 誰に会ったんだ?」

 

「えーっと、たしかケイネスと言ったか。同じホテルに泊まっておっての、昨晩ちょいと会いに行ったんじゃよ」

 

 

 ジョセフの言葉を聞き、吹き出しそうになったのをすんでで堪える。

 もしかしなくても、昨日のケイネスの工房への侵入者はこいつらに違いない。

 話を聞く限り、ジョセフのスタンドは探索や調査する能力に優れている。それを駆使してケイネスの魔術工房の数々の罠を潜り抜けてきたのだろう。

 そもそも、こうしてこの二人がバーサーカーに会いに来たのも、ケイネスの口からバーサーカーの名前が出たからと言う可能性すらある。

 

 

「なにせホテルに爆弾があったもんだから、屋上を陣取ってるやつが企んだものかと思ってのう。しかも部屋にたどり着くまでに仕掛けられたトラップの数と言ったら疑ってくれと言ってるようなもんじゃわい」

 

「……実際には、奴も被害者だったわけだがな」

 

「それを言うなそれを! あんなもん誰だって勘違いするじゃろうが! 訳の分からん世界に繋がってる扉だったり、奇怪なモンスターがうろついておったり、何の前触れもなく爆発したり、あの数々の罠と言ったら、まるでインディ・ジョーンズになったような気分だったんじゃぞ!」

 

 

 それを魔術の知識など皆無の人間が難なく突破したとは、ジョセフのスタンド能力がすごいのだろうか。それともこのジョセフ自体が人知を超えた存在であるからなのか、どちらか判断するのが難しい。

 もしもそのスタンドがあれば『聖人の遺体』を集めるのも少しは楽なものになったのかもしれない。

 

 

「とにかく、わしらはこれで一旦引き上げるが、何か変化があったら教えてくれ。一刻も早くこの事件を解決せねばならんからの」

 

「……了解。ホテル辺りにでも連絡すりゃあいいのかい?」

 

「そうしてくれると助かる。じゃあな」

 

 

 バーサーカーが思っていたよりもあっさり二人は引き下がった。

 もう少し踏み込んで聞かれるものかと構えていたが、良い意味で拍子抜けだ。

 離れていく二人の後ろ影を見送りながら、バーサーカーは口端をゆがませた。

 

 

(……ああ、よかったキャスターの根城について喋らずに済んで)

 

 

 実はキャスターの陣地のことについて、バーサーカーは二人に何も喋っていなかったのだ。

 喋っていないのだから嘘はついていない。でもバーサーカーは意図的に承太郎達に伝えるべき情報を隠した。

 

 

(一般人にキャスターを討伐されてしまっては僕らが報酬の令呪を手に入れられなくなる。それは何としても避けなくっちゃあならないんだ。悪く思うなよ)

 

 

 自分らのあずかり知らぬところでキャスターがやられれば、嬉々として監督役は令呪の配布を無効にするだろう。

 言峰神父にとって、一番いいのはアーチャーが令呪を手に入れることだが、次善としては悪くない結果だ。

 それをされるとバーサーカーの旗色が一気に悪くなる。ただでさえ勝利にはあまり影響のない令呪の使い方をしてしまったのだから、そう考えてしまうのは仕方がない。

 

 

(それに……まぁいいや、さっさとライダー達の元に急ごう。なんだかんだで15分は過ぎてる)

 

 

 ふと公園にある時計を見ると、結構な時間が経っていた。

 まだ誤差の範囲内ではあるが、あまり待たせすぎるのもよくない。

 今度こそバーサーカーは公園の壁に立てかけたバイクに跨り、目的地へと走らせ始める。

 こうやって、あくどいことを考えていると、いつの日にか天罰が下ってしまうんだろうなと自虐しながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、その天罰は意外なほど早くに下ってしまった。

 

 

 

「AAAALaLaLaLaLaie!!」

 

「本当にいい加減にしろよライダーーーーーーーッ!!」

 

 

 キャスターの工房への下水道をいざゆかんとしたとき、バーサーカーは再び『神威の車輪(ゴルディアス・ホイール)』に投げ込まれた。

 昨日も体験したのだから多少は耐性ができているだろう、と少しばかり楽観的ではあったが、その希望はことごとく打ち砕かれた。

 轢殺されていく怪魔達の絶叫が狭い下水道に響き渡り、それらの飛び出してくる臓物や体液が目の前に広がっているうえに、散乱する化け物共の内容物から漂ってくる腐敗したような悪臭。

 ウェイバーは自身の魔術で事なきを得ているが、バーサーカーにできることと言ったら鼻と口を押えるくらい。

 バーサーカーは殺人鬼とは違った意味で人殺しに抵抗はないが、何も好き好んで殺人を犯すような神経を持ち合わせてはいない。こんなグロテスクな光景を間近で見せられても、ただひたすら気持ち悪くなるだけだ。

 『神威の車輪(ゴルディアス・ホイール)』の御者台が防護力場の覆われていなければ、辺りに肉片が襲い掛かり、バーサーカーがこうして怒鳴ることもできなかっただろう。

 

 

「なんだ騒々しい。この見事な蹂躙劇を前に何が不服なことがある?」

 

「ああ確かに効率的だろうさ! 時間をかけずに確実な方法で工房に行くには間違いない手法だろうよ! でもだからと言ってこんなむちゃくちゃな作戦があるかっ!」

 

「だったら、お前さんは何か別の方法でも考え付いたとでも言うのか?」

 

「考え付いたとかそれ以前に、魔術師の拠点だってのに無策に突撃するバカがどこにいるってんだよっ!? こうして結果的に良かったものの、とんでもないトラップが仕掛けられていたら……」

 

「そうさな、そこが余も気になっておったところなのだがな、こんなにも魔術師の工房攻めっていうのは他愛もないものだったのか?」

 

 

 その言葉を聞き、バーサーカーはつい先ほどジョセフから聞いたケイネスの工房について思い出す。

 昔の魔術よりも数段劣るであろう現代の魔術師であるケイネスのほうが、このキャスターのひたすらに怪魔を並べているだけの防備などよりも複雑な工房を作り出すことができている。

 こんな有象無象を並べたところで、対軍宝具を持ったライダーにとっては突破するのにさほど問題がない。

 昨日ライダーの姿を見ているキャスターが、ライダーのことを意識せずにこの布陣にしたとは思えない。

 ということはつまり、キャスターはあえてこのように単調な守りにしたわけではなく、ライダーに対する防備を『作りたくても作れない』ということなのだろう。

 

 

「単に、キャスターの力じゃあライダーの宝具を防ぐことができないって話だろう。ジル・ド・レェは正式な魔術師ではないから、大した魔術も使えないってことさ」

 

「なんだ、であれば余のこの方法は何ら間違ってはいなかったというわけではないか?」

 

「……本当に癪だが、その通りだな。心の底から癪に思うけど」

 

 

 ライダーは強い。

 遠距離攻撃ができるとか、厄介な魔術を使ってくるとか、嫌らしい戦法を使ってくるとかではなく、ただただ強い。

 小手先に頼るのは軟弱と言わんばかりに正面突破をしてくる。しかもそれでいて、目的を達成するだけの能力があるのだから手に負えない。

 こういう手合いが、あらゆる敵の中で最も厄介だということをバーサーカーは身に染みて理解している。

 彼の天敵である人物のうちの一人が発現したスタンド能力も、他の能力もあるとはいえ、言ってしまえば『極端に自身の身体能力を強化する』ようなものだ。

 まともに相対したことは少ないが、最初にその彼に襲われたとき、ただひたすら逃げることしかできなかった。

 

 それほどまでに、単純な能力ほど対処するのが難しい。

 『柔よく剛を制す』などと言う言葉はライダーには通用しないのではないのだろう。なんせライダーの戦い方自体が『剛よく柔を断つ』を体現しているようなものなのだから。

 

 

「おい、そろそろ終着点につくぞ。坊主もバーサーカーも構えよ」

 

 

 その言葉の通り、あれだけ通路に満ち溢れていた異形の生命体達の数が格段に減少し、今しがた通路のどこにも肉塊と思しきものも無くなっていた。

 もしも工房にキャスターが待ち構えているのなら、即座に戦闘に入ることになる。そのためにもバーサーカーは『神威の車輪(ゴルディアス・ホイール)』を牽引する牛を見ながら『(タスク)』を回転させる。

 やはりバーサーカーがライダーと組めたのは幸運だったのだろう。この自然の産物が少ない場所であっても、ライダーは宝具として生物を召喚してくれるから『黄金の回転』がやりやすい。

 

 

「――キャスターはいない……か……」

 

「ああ、そのようだな」

 

 

 だが、キャスターの拠点であろう開けた場所に出た時、キャスターが不在と言うことが確認できたため、その準備は無駄になった。

 サーヴァントになったことで、このような暗闇でも辺りを見渡すことができる視力になっているのか、何の支障もなくその場を平常時と変わらず視界は良好だ。

 そして目の前の暗闇に視線を向けてすぐにバーサーカーとライダーが両者ともに低い声音になったが、ウェイバーはそんなことには気づかない。

 

 

「貯水槽か何かか、ここ?」

 

「……あー、坊主。こりゃあ見ないでおいた方がいいと思うぞ?」

 

「何言ってんだ! キャスターがいないなら、せめて何か奴らについての手がかりでも探さなきゃいけないだろ!」

 

「ウェイバー、ここはライダーの言う通りだ。それに関しては僕らでやるから、君は御者台――いや、やっぱりライダーと一緒にそこで待っててくれ。僕一人でやる」

 

「うるさい!」

 

 

 この時ウェイバーは自分も何かしなくてはと言う強迫観念のようなものを心の内に抱いていた。

 彼のサーヴァントであるライダーはもちろんのこと、同盟相手であるバーサーカーさえも戦果を挙げてきたというのに、自分の名誉のために参戦したはずのウェイバー自身が何もできていないと思い込んでいる。

 実際にはこの工房の場所を探り当てたという功績があるのだが、ウェイバーは屈辱的なことと思っておりそういうものだと理解できていない。

 ムキになって、サーヴァント二人の制止の声も聞かずにウェイバーは暗視の術を発動させた。

 

 

「――な、ッ――」

 

 

 そしてその網膜に飛び込んできた光景によって、なぜ二人が自分を止めたのかを嫌と言うほど理解した。

 ウェイバーは聖杯戦争に参加するにあたり、様々な覚悟をしていたつもりだった。

 その中でも、人間の生き死にはどうしても逃れることのできない現象として、まざまざとウェイバーの前に映し出されることは承知していたはずだ。

 だというのに、そんな少年の覚悟などただの強がりだと嘲笑するかの如く、目の前の惨劇がウェイバーにリアルな衝撃を与えてきたのだった。

 

 

「……こりゃあ、ひどいな。これを『作った』奴はマジにやばいぞ」

 

 

 『死体』と言うものは、本来ならば破壊(・・)された人体の成れの果てのことを指す。

 人を殺すのが趣味だという人間も、死んでいく様を眺めるのが好きだとか、生きている人間よりも死んだ人体に魅力を感じるだとか、人間を破壊することが目的であるはずなのだ。

 

 だが、これは違う。この薄暗く陰気な空間に鎮座しているこれらは明らかに毛色が違う。

 おそらくこのオブジェたちは、それぞれで様々な雑貨として丹念に構築されていったのだろう。

 これほどの情熱をかけて製作できるのであれば、この光景を作り出した人間は職人として大成すると感じさせるほどに、この空間には製作者の愛があふれていた。

 ――もちろんのことながら、その材料が『人間』であるという点に目をつむればの話ではあるが。

 ここには『壊された』人間などはいない。ただひたすら『作り変えられた』人間がいるだけだ。

 

 

「殺人鬼と言うよりも、死体愛好者(ネクロフィリア)ってやつの方が近いな。殺すことじゃあなく、『死』そのものが好きなんだろう」

 

「畜生! バカにしやがって、畜生ッ!」

 

 

 冷静に状況を分析するバーサーカーの横で、胃の内容物を逆流させ切ったウェイバーが叫ぶ。

 そんな彼を、ため息とともにライダーが諫めた。

 

 

「意地の張りどころが違うわ馬鹿者。こんなものを見せられて眉一つ動かないやつがいたら、余がぶん殴っておるわい」

 

「……功に逸る気持ちは分かるけど、もう少し落ち着いた方がいい。なにせここにはサーヴァントが二人もいるんだ。ウェイバーは僕達に頼ってくれないかな」

 

 

 ライダーとバーサーカーがともに諭すが、ライダーは普段の豪胆さが嘘かのように静かに呟き、バーサーカーはどこかウェイバーだけでなく周りに話すかのように落ち着いて語る。

 その様子がウェイバーには、自分だけこの状況に適応できていない未熟者だと言外に言われているような気がして腹立たしくなる。

 嘔吐し、自らの感情の激流に溺れそうになりながらも、なけなしのプライドを振り絞って少年はサーヴァントらにかみついた。

 

 

「そんなこと言って、お前らなんか平気そうじゃないかっ! ボクだけ無様じゃないかっ!」

 

「悪いんだけど、そうも言ってられないんだ。なぁライダー」

 

「そうさな。何せ、余のマスターが殺されるかもしれん瀬戸際にいるんだからな」

 

「――へ?」

 

 

 ライダーが何を言ったのか理解できないままでいるウェイバーをよそに、何かがこの空間から飛び出していくような気配がした。しかも一人ではなく、複数の。

 

 たった今逃げ出していったのは、キャスターの陣地を見張っていたアサシンたち。

 キャスターの工房と言うことで慎重に探りを入れている中、ライダー達が突入するのを見て追跡していたのだ。

 そして、ライダーが呆気ないにもほどがある蹂躙劇を披露し、それに便乗する形ではあるが易々と工房内に侵入を果たせたアサシンたちは、目の前にいる無防備なライダーのマスターを見て、さらなる成果を上げようかと手ぐすねを引いていたわけだ。

 

 だがしかし、いざ実行しようとしたところにバーサーカーの声が暗殺者たちの逸る心を一気に沈静化させてしまった。

 あのセリフは自分たちに向けられたものだと感づけないほど愚鈍な彼らではない。

 向こうは明らかにこちらに気づいていて、マスターの周りにはサーヴァントが二人。このような状況下で暗殺が成功できるとうぬぼれることはとても不可能だと判断したアサシンたちは、とっさに逃げるかの如くその場から脱出したのであった。

 

 

「ふむ……やはりアサシンの奴ら、生きておったか。バーサーカーの推理通りだの」

 

「そんなことは後回しにしろ。とにかくこの場から離れなくっちゃあマズイ」

 

「それもそうだ。おい、坊主、戦車に戻れ。退散するぞ」

 

 

 アサシンたちは逃げ出したように見えたが、もしかすると再び奇襲をかけてくるかもしれない。

 そのようなフィールドで調査なんかしていたら、サーヴァントであるバーサーカー達はともかく、ウェイバーの命が危ない。

 両者の意見は互いに一致し、一刻も早く離脱するように行動し始める。

 

 

「生き残りは……」

 

「……ああ、生きてはいる人間はいるよ……僕だったら殺してくれた方がマシだって思う状態で生きては(・・・・)ね」

 

「こうなったら殺してやった方が情けってもんだ。安心しろ、一瞬で楽にはしてやる」

 

 

 三人が戦車に乗り込み、ライダーが手綱を握ると、主の感情を代弁するかのようにけたたましく啼いて雷を辺りに散らし始める。

 

 

「念入りに頼むぞ、ゼウスの仔らよ。灰も残さず焼き尽くせ!」

 

 

 叱咤を受け、猛然と神牛たちは醜悪な工房の中を踏み散らかす。

 異形の化け物達でも一撃たりとて耐えられない破壊力でもって、悪魔のような工芸品たちを一掃していく。

 何度か戦車が踏みつぶしていった後には、そこに何かあったと判別できるものが鼻につく悪臭以外残されなかった。

 

 その光景を眺めるしかできないウェイバーは、やるせない気持ちでいっぱいになる。

 生きてはいた人間を助けられなかったという罪悪感と、ここを破壊しても結局はキャスター達を止めることはできないという無力感で、見えない鎖に縛られているかのように少年は体に力を入れることができないでいた。

 

 

「こうして根城をぶっ潰せば、キャスターらは隠れることもできん。あとはそれを追い詰めていけばいいだけの事よ。彼奴らに引導を渡す日もそう遠くはないさ」

 

「ちょ、判ったか――ら、離せバカ!」

 

 

 そんなウェイバーの憂いを吹っ飛ばすように、ライダーが彼の頭を乱暴に掴み撫でる。

 その屈辱的かつ結構物理的に痛い扱いに、ウェイバーの暗鬱とした感情よりも激昂が勝ったのか、元の調子に戻ってライダーを怒鳴り散らす。

 そしてふと気づく。御者台の後ろに座っているはずのバーサーカーがなぜか顔を背けていることに。

 

 

「おい、どうしたんだバーサーカー? アサシンに何かされたか?」

 

「いや……少し恥ずかしい話なんだけど、さっきのアレを思い出して、すごく気持ちが悪くなってきただけだよ……」

 

「……お前、平気だったんじゃないのか?」

 

「殺されるかもって思ってたら、そんなこと気にしてられないってだけで……あ、ダメだこれ、結構来てる」

 

 

 案外バーサーカーはメンタルが弱い。戦闘中ならば『漆黒の意志』のおかげで精神的動揺はカットされるが、それ以外では割と打たれ弱い。

 そもそもの彼の人格は一般人だ。追い詰められたり親友が殺されたりしたら号泣するし、美味しそうなものを見てよだれを出したりするほどに。

 感性自体はサーヴァントたちより、ウェイバーの方が近い節すらある。

 さっきも調査はしようとしていたが、あれは『調査対象』だから落ち着いて観察できたのであって、一度『人間の死体』と認識したら拒否反応だってしてしまう。

 

 しかもその直後にライダーの『神威の車輪(ゴルディアス・ホイール)』による激しい揺れ。

 ウェイバーが先ほどしたように、嘔吐しそうになっても不思議ではない。

 

 

「サーヴァントって吐いたりするのか? 食べ物だって全部魔力に変えてるとかじゃ……」

 

「……サーヴァントだって傷付いたら血が出たりするだろう? それと同じ……悪いライダー、もう少しゆっくり頼む……」

 

「なんだだらしない。……とはいえ、事実辛気臭いところだったわい。今夜は一つ盛大に飲み明かして鬱憤を晴らしたいのぅ」

 

「……言っとくけど、ボクはお前の酒には付き合わないからな」

 

「ライダーの飲む量による……けど、やるとしても時間をおいてくれ。今すぐだとキツイ……」

 

 

 ライダーの一人酒を見ているだけで気分が悪くなるウェイバーに、それなりには飲むがザルではないバーサーカーでは、ライダーの全力に付き合えるか非常に怪しい。

 それは分かっているが、どうしても酒で気分転換がしたいライダーはしばし思案顔になる。

 

 

「どこかに余を心地よく酔わせる河岸はおらんか……おお、そうだ!」

 

 

 そして一転、妙案を思いついたと誰が見ても分かる表情で手を打ち鳴らす。

 その笑顔を見て、二人はそろって嫌な予感に駆られた。


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