Fate/Zero ゼロに向かう物語   作:俊海

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バーサーカーは困惑する。

「おぉい、騎士王! わざわざ出向いてやったぞぉ。さっさと顔を出さぬか、あん?」

 

 

 バーサーカーは、ライダーのことを今回ほど馬鹿な奴だと思ったことはなかった。

 同盟を組んでから――いや同盟を組む直前から何かとおかしな行動をとる人間だと認識はしていたが、一体どこの世界に戦争の真っただ中であるにもかかわらず、大本命の敵と酒盛りをしようなどと言う王がいただろうか。

 いや、多分いるのではあろうが、自ら押し掛けておいて押しつけがましく誘う奴はそうそう居ないと信じたかった。

 しかもただ押し掛けるのではなく、セイバーの陣営が苦労して再構築したであろう結界を破壊し、無断でホールに乗り込むなんて、もはや襲撃と何が違うのか分からない振る舞いにはただただ辟易するばかりである。

 

 

「……カリヤ、サクラ大丈夫か? もう遠慮なしでライダーに文句を言ってもいいぞ」

 

「あ、あはは……俺は何とか大丈夫だ。それよりも桜ちゃんは平気かい?」

 

「うん、何ともないよ」

 

 

 今回の御者台は過去最大級で満員だった。

 ウェイバーとバーサーカーが乗っているだけで結構な人口密度であったのに、その上で雁夜と桜まで乗っているのだ。

 

 これに関しては、バーサーカーも渋々ながら納得した結果ではある。

 連日でサーヴァントの守りがない間桐家に彼らを放置していては、キャスターやアサシンらに誘拐ないしは殺害されてしまう危険性が上がる。

 昨日ならキャスターがこのセイバーの陣地に襲撃していて、アサシンが脱落していないと確信できなかったこともあって、家に引きこもっていた方が安全だと判断したからだが、今晩はキャスターがどこにいるのか分からず、アサシンがライダーらの前に姿を現したこともあって、いっそのことこうして固まっていた方がいざと言うときに助けやすい。

 そうライダーに説得されて、否定する材料もなかったバーサーカーは、こうして同行することを許可したという次第だ。

 ……ただ、この状況を見るに、単にライダーが酒飲み仲間を増やしたかっただけのような気がして仕方ないが。

 

 

「……」

 

「いよぉ、セイバー。昨日来た時から思っておったんだが、何ともシケたところに城を構えておるのぅ」

 

 

 テラスから向けられるセイバーとアイリスフィールの何とも言えない視線をものともせずに、相も変わらず快活にライダーは失礼なセリフと共に呼びかける。

 なんというか一緒に居るだけで恥ずかしい。噂とかになったら恥ずかしいとかそういうレベルではないだろう。

 バーサーカーもライダー同様にセイバーらを見上げるが、その目の中にはありありと『本当に僕の連れがどうしようもない奴で申し訳ない』と書かれていた。

 

 

「……バーサーカー、あの、これはいったいどういうことなんでしょうか? ラフな服装にワイン樽を持っていて、ライダーの出で立ちがまるで酒盛りでもしに来たかのようなのですが……」

 

「……誠に遺憾ながら、それで正解なんだ。信じてくれとは言えないけど、襲撃とかじゃあ断じてないってことだけは言っておくよ」

 

「……貴方も苦労しているのですね。分かりました、その言葉を信じましょう」

 

 

 ライダーに直接聞くよりは、バーサーカーに聞いた方がマシだと判断したセイバーは、自分と同様にうんざりとした表情をしている彼に問いかける。

 そしてバーサーカーの返答を聞いた彼女は、あまりに雑すぎる訪問にライダーが戦いを挑みに来たと勘違いし、体中にみなぎらせていた戦意が急速にしぼんでいくのが感じられた。

 一瞬ライダーの蛮行に怒髪天を突きそうになったが、その当の本人の毒気のない笑顔と、それに振り回されているバーサーカーのやるせない顔を見ていると、感情を爆発させるのもばからしくなってくる。

 

 

「アイリスフィール、どうしましょう?」

 

「罠とか、そういうタイプじゃないものね。……本当に酒盛りがしたいだけ?」

 

「いやー、こんな夜分遅くにすみませんアイリスフィールさん。お詫びと言っては何ですが、どうぞ」

 

「あ、これはどうもご丁寧に……」

 

「それでなんですが、あの森の惨劇は聖杯戦争中の破壊活動と思って諦めてもらえないでしょうか? その代わりこちらもバーサーカーの真名をお教えいたしますので」

 

「……ええ、構わないわ」

 

「寛大な処置に感謝いたします、アイリスフィールさん」

 

 

 二人で相談していると、これまた純朴そうな笑顔をしながら雁夜が何か小さな包みをテラスに向かって差し出してくる。

 こちらの品、急に押し掛けるのも相手に悪いと思ってライダーが酒を選んでいる間に雁夜が買っておいた、高級菓子の詰め合わせである。

 しかし、まさか破壊活動を行いながらの訪問とは露ほどにも思っていなかった彼の背中は、少しばかり冷や汗で湿っていた。

 それでも、ライダーの行動の報復に来られることを恐れた雁夜は、こちらにとってはそれほどの痛手ではないが、相手からするとどうしても手に入れたい情報を取引材料に使って沈静化を試みる。

 相手に動揺を悟られず、最善の行動をとる。雁夜はできた社会人であった。

 

 

「バーサーカーさん、私達これから何をするの?」

 

「ちょっと遅めの夕食かな? 僕達はお酒も飲むけど、サクラはカリヤ達と一緒に晩飯を食べておくといい」

 

 

 キャスターの工房に突撃した時間も結構早かったからか、こうして誘いを掛けに来られた時間もそう遅いものではない。

 それならどうせウェイバーも雁夜もお酒が飲めないのであるなら、一緒に夕飯にしようということだ。

 ……残念ながら、この中で温かい手作り料理を一番美味く作れるのが、野営料理ができるだけのバーサーカーというのがなんとも言えないが。

 

 

「分かった、じゃあ大人しくしておくね」

 

「眠たかったら寝てもいいぞ。子供が無理しちゃあいけない」

 

「大丈夫、おじさんがついてるから。その時はよろしくね、おじさん」

 

「ああ、もちろんさ。おじさんでよければいくらでも頼ってくれていいからね」

 

 

 この二人、互いの呼び方さえ変えてしまえば、もはやどこにでもいるような親子にしか見えなくなっていた。

 それぞれが相手を信頼しているのが一目で分かるほど和気藹々している様は、元は縁もゆかりもないただの他人だと言われても信じることができないほどに。

 あの忌まわしい蟲蔵から数日経った今、この二人は失ったはずの日常を取り戻しつつある。

 こうしていられるのも、自分がわずかながらも力になれたと思うとバーサーカーはどこか嬉しいと感じる。

 

 

「おいバーサーカー、早くこっちに来んか。こっちの庭園で宴をするぞ」

 

「ああ、分かったよ。……そもそも、僕がそこに参加してもいいのかい? なんだかよく分からないけど、杯を交えて王としての格を競うとか言ってなかったか」

 

 

 本気なのか余興なのかは判別ができないが、ライダーはセイバーと酒を飲みつつ問答をもって勝負すると言っていた。

 その内容は、『王としてどちらが優れているか』と言うものであるが、その中に王様とは程遠い存在のバーサーカーが近くにいてもいいものなのか。

 その上、形式の上ではバーサーカーはライダーの配下になっているのだから、明らかに場違いである。

 

 

「何、宴の客を遇する態度でも王としての格は問われるというもの。何より、お前さんの聖杯への望みと言うものを、余は聞いておらなんだ。これもいい機会と思って共に語り合おうではないか」

 

 

 そういえば、バーサーカーは自らの望みを雁夜以外に喋ったことがない。

 聖杯を使わせてもらうという契約でライダーの下についたのだから、その内容も伝えておいてしかるべきだろう。

 とはいえ、これだけの人数がいる中で自分のささやかだが絶対に譲れない願いを暴露するのはどこか気恥ずかしいものがあるが。

 

 

「そして騎士王よ、今宵は貴様の王の器を問いただしてやるから覚悟しろ」

 

「面白い。受けて立つ」

 

 

 さきほどまでライダーの襲撃に眉をひそめていたセイバーが、毅然とした面持ちで応じている。

 王としての戦いを全くバーサーカーは知らないが、そこから漂う雰囲気から『ふざけではなくマジなのか』とようやく受け入れることができたことは口にしなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いささか珍妙な形だが、これがこの国の由緒正しい酒器だそうだ」

 

 

 ライダーが拳で樽を叩き割ると、そう言いながら竹製の柄杓で中に詰まっているワインを掬い取り、一息に飲み干す。

 柄杓を酒器扱いすることについて、日本に移り住んでいたバーサーカーや生粋の日本人である雁夜は、一言モノ申したくはなったが、こういう使い方もしなくはないし、それでいちいち突っ込んでいたら場の空気がしらけるだろうと何も言わずに見守ることにした。

 

 

「聖杯は、この冬木による闘争によって見定められ、それにふさわしき者の手に渡る定めにあるという。そうであるなら、何も血を流す必要はない。英霊同士、お互いの()に納得がいったのなら、それでおのずと答えは出る」

 

 

 そのまま差し出された柄杓を、セイバーは毅然と受け取り、ライダーと同様に樽の中身を掬い取る。

 見た目が見た目なので、セイバーと酒と言うのがどうもちぐはぐなものに見えるのだが、そんな違和感など知ったことかと言わんばかりに騎士王はライダーと遜色がない飲みっぷりを披露した。

 それを見てライダーは楽しげに軽く笑む。

 

 

「それで、まずは私と()を競い合おうというわけか?」

 

「その通り。いわばこれは『聖杯戦争』ならぬ『聖杯問答』……はたして騎士王と征服王、どちらが聖杯の王(・・・・)にふさわしいか、酒杯に問えば明らかになるというもの」

 

 

 そこまでを厳かに言うと、不意に悪戯っぽいいつもの表情を浮かべると、どこかすっとぼけた様子で言い捨てる。

 

 

「ああ、そういえば我らの他にも一人ばかり()だと言い張る輩がいたな」

 

 

 

「――戯れはそこまでにしておけよ、雑種」

 

 

 苛立ちまじりに響く声、それを聞いてバーサーカーは苦虫をつぶしたような顔をした。

 ライダーのことだから、どこかでこいつを見かけたら間違いなくこの宴に誘うとは思っていたが、バーサーカーからしたらたまったものじゃない。

 最初の邂逅の時点でそうとう相手にいい印象は持たれていないだろうし、こっちとしてもあんな癇癪もちな人間の相手なんかしたくない。

 下手するとこの場で殺しにかかってくるかもしれない相手と酒を飲めだなんて、無茶ぶりにもほどがある。

 

 

「アーチャー、何故ここに……」

 

「余が誘ったのだよ、街の方でこいつを見かけたものだからな」

 

「よもやこんな鬱陶しい場所を『王の宴』に選ぶとは。それだけで王の器が知れるというものだ。(オレ)にわざわざ足を運ばせた非礼をどう詫びる?」

 

 

 セイバーが呆然とつぶやく中、傲岸不遜ここに極まれりといった態度でアーチャーがライダーを睨む。

 どうでもいいことなのだが、王と言うものは、招かれた宴の場所――正確には押しかけて、無理やり開かせたも同然だが――に対して文句を言わずにはいられない性質なのだろうか。そう本気で考え始めるほどにバーサーカーは王に対する評価が変化していきそうになる。

 全くの一般人からの視点でライダーの配下であるということを抜きにすれば、王としての器はよく分からないにしても人間としての器が一番大きいのは、これほど好き放題されても無礼討ちにしていないセイバーなのではなかろうかとも思ってしまう。

 

 

「まあ固いことを言うでない。ほれ、駆けつけ一杯」

 

 

 普通の人間なら怯え竦むほどの剣幕のアーチャーに対し、ライダーは朗らかな笑みを浮かべながらワインを汲んだ柄杓を渡す。

 この雰囲気ではそのまま渡された柄杓を地面に叩きつけて、例の宝具でも展開するのではとバーサーカーは警戒したが、意外にもアーチャーは素直にそれを飲み干した。

 酒による王の勝負と言うものは、時代や場所が違っていても共通なのだろうか。

 

 

「なんだこの安酒は。こんなもので王としての器を量れると思っていたのか?」

 

「そうか? この土地で仕入れたものの中ではなかなかの逸品だぞ」

 

「そう思うのは、お前が本当の酒を知らぬからだ」

 

 

 ライダーの言っていることは間違いではない。

 この冬木で手に入れられるワインの中では大分上等なものであるのは間違いないし、バーサーカー自身も試飲したときにはかなり美味いものだと感じた。

 だが、この金色の王様の口には合わなかったらしく、眉をひそめて言い捨てる。

 

 

「見るがいい。そして思い知れ。これが『王の酒』というものだ」

 

 

 アーチャーの傍らの空間がゆがむ。

 それがあの倉庫街でアーチャーが見せた超ド級の宝具の前兆だと知っているバーサーカーは身構えたが、そこから現れたのは無数の宝具ではなく、一揃いの酒器だった。

 その瓶の中には、澄んだ液体がなみなみと注がれている。

 どうも、これがアーチャーの言う『王の酒』らしい。

 そんなアーチャーの言葉も気にかけず、ライダーは嬉々としてその酒を四つの杯に酌み分けようとする。

 

 

「ああ、待ったライダー。僕はそのお酒は断っておくよ」

 

「なんだバーサーカー。一人だけ別の酒を飲むなどと言う水を差すようなことをするでないわ」

 

「僕は王じゃあない。だったら別に王の酒とやらを味わう必要もないだろう? 僕はこっちのワインで十分さ」

 

 

 別にそんなこと心からそう思って言ってるわけではない。

 単に『自分のことを嫌っている相手が出す酒なんか危なくて飲めるか』と言うだけだ。

 あの時の戦いでそれはもう憎々しげに自分を睨んできたアーチャーが、自分がその酒を飲むことを許すはずがない。

 もしかしたら、この酒を飲んだことにアーチャーが激怒して自分を始末してくるかもしれないし、瓶から注がれてはいるが、自分だけに何か影響を及ぼすものを混ぜているという可能性が否定できない。

 

 そうやって警戒するのは、アーチャーが汚い真似をするサーヴァントだからではない。

 アーチャーが何かの戯れでバーサーカーに何をしてもおかしくないような捉えどころのないサーヴァントだからだ。

 だからこうしてなるべく不興を買わないセリフを選んで断っているのだが、そう言われたアーチャーには面白くなかったようで、先ほどのライダーへの剣幕をそのままバーサーカーに向けてきた。

 

 

「おい、そこの狂犬。よもや貴様、(オレ)の出す酒が飲めぬと抜かすつもりか?」

 

「……何酔っぱらった上司みたいなことを言ってるんだお前は」

 

(オレ)が寛大な慈悲の心で、万死に値する咎を背負った貴様に酒を下賜してやったというのに、それを断るとは何たる不敬か!」

 

「ああ~~!! 分かった! OK! 飲んでやるからその宝具をしまってくれッ! 飲めばいいんだろ、飲めばッ!」

 

 

 まさか『気に食わないやつに飲まれるのは癪だろうから断ろう』としたというのに、そのことに憤怒してあの規格外の宝具を出そうとするとは予想もできなかった。

 というより、このサーヴァントの行動を徹頭徹尾予測出来る奴なんかいるのだろうか。

 目の前のアーチャーに押し出された黄金の杯を渋々受け取りながら心の中で愚痴を言う。

 

 

「むほォ、美味いっ!!」

 

 

 先に呷ったライダーが、目を丸くして喝采する。

 確かに注がれた酒からはとても芳醇な香りが漂ってくる。それでもバーサーカーは依然として警戒している。

 結局飲まないとアーチャーの逆鱗に触れることになるのは分かるが、なるべくなら後回しにしたい。

 そうこう悩んでいるうちに、好奇心の方が勝ったのかセイバーまでも酒を呷ってしまい、もう飲んでいないサーヴァントはバーサーカーだけになっていた。

 

 

「……アーチャー、これを飲む前に確認しておきたいんだが……。本当に僕はこれを飲んでいいんだな(・・・・・・・・・・・・・・・・)? この酒を心の底から味わってもいいんだよな(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)?」

 

 

 言外に『この酒を飲んでもなにか支障をきたしたりはしないよな?』と尋ねるが、それを理解しているのかいないのかアーチャーは鼻で笑いながら続ける。

 

 

「貴様……自らの分を弁えているのは良いが、度が過ぎると醜悪だぞ。この(オレ)が飲めと言ったのだから、素直に享受されておくのが礼儀であろうが」

 

「……すまないアーチャー。確かにくどかったよ。それじゃあ――」

 

 

 杯を口に傾けた瞬間、味覚以外の感覚が消えうせた。

 バーサーカーの舌が、この酒を味わおうとすべての神経を集中させているのだ。

 まるで麻薬のような多幸感が体中にみなぎってくるが、それが過ぎた後の余韻すらも快感に思えるほどの味わい深さ。

 あれほど暴れまわった味覚も、酒が喉を過ぎると非常に清らかな気分になれる。

 このような代物は人間が作り出せるものではない。もっと上位の存在が作り出した、酒の形をしたナニカ(・・・)だ。

 

 

「なんだこれっ!? 脳を直接ぶん殴られたかのような衝撃があるのに、体中に穏やかに染み渡っていく! この酒が舌や喉に触れるたびに幸せを感じてしまうっ! こんな酒がこの世にあったなんてっ!?」

 

「凄ぇなおい! こりゃあ人間による醸造じゃあるまい。神代の代物じゃないか?」

 

 

 最初に抱いていた警戒心はどこへやら、軽く飲むふりをしてやめておこうとしていたバーサーカーは、その酒を飲むことがやめられなくなっていた。

 飲みながら惜しみなく絶賛するライダー組へ、アーチャーはその反応に満足したのか微笑を浮かべる。

 

 

「当然であろう。酒も剣も、我が宝物庫には至高の財しかありえない。これで王としての格付けは決まったようなものだろう」

 

「ふざけるなアーチャー、酒造自慢で語る王道なぞ聞いてあきれる。戯言は王ではなく道化の役割だ」

 

 

 どこか男同士のなれ合いのような宴にへと変化しつつある空気を一喝したのはセイバーだった。

 根から真面目なセイバーには、この浮ついた状況で聖杯問答をするのは許しがたいことらしい。

 そんなセイバーを、先ほどのバーサーカーへのものとは違うものを孕んだ嘲りと共にアーチャーは鼻で笑う。

 

 

「はっ。宴席に酒も供せぬ輩こそ、王には程遠いではないか」

 

「こらこら。双方とも言い分がつまらんぞ」

 

 

 何やらヒートアップしそうな二人を、ライダーが間に割って入り止めた。

 酒がどうのこうので王としての格が決まるわけもないのだから、実際に正論ではある。

 

 

「聖杯が誰にふさわしいかを競い合う聖杯問答ではあるが、まずは王以外の人間の望みを聞くというのはどうだろうか? いきなり我らが話し始めるとこやつも喋り辛かろうからな」

 

 

 ライダーはそう言って、遠慮もなしにバーサーカーの背中を平手で叩く。

 その衝撃と言ったら、一瞬呼吸することが困難になり、前のめりになって転倒するのをかろうじて堪えられるほどのものだった。

 そんなものを不意打ちも同然で背後から食らわせられたバーサーカーは目を白黒しながら辺りを見回す。

 

 

「ライダー、いきなり何をするんだっ! ちょっとは手加減っていうものをしろっ! ……ああ、いい、そうだったな、お前の場合は手加減をしてそれだったな!」

 

「お前さん、本当に軟弱よな。狂戦士(バーサーカー)だというのにこれほどひ弱とは、今までの聖杯戦争でも前例があるのか?」

 

 

 ライダーの呆れた声に少しばかりむっとしたのか、バーサーカーは反論する。

 

 

「バーサーカーは、弱いサーヴァントを無理やり『狂化』で底上げするのが普通だから、どっちかと言うと僕の方が正常だよ。強い英霊だってのに、魔力の燃費の悪い上、宝具もまともに使えないバーサーカーで召喚する奴なんか馬鹿か、それこそ狂人かのどっちかだ」

 

「まあそれも一理あるか。……いや待て、お前さんを正常なバーサーカーだっていうのはちと無理がある気がするぞ。どこの世界にペラペラしゃべるバーサーカーがいるというのだ」

 

「案外いるかもよ。喋れはするけどマスターとの話がかみ合ってなかったり、思考がある一点にしか向かっていかないから会話自体が意味のない奴だったりな」

 

 

 なにやら具体的な例を挙げている気がするが、なぜかそんな奴がいると錯覚してしまう。今までにあったこともないのに、なぜだろうか。

 自分の中から生まれた疑問だが、それの明確な回答を得ることはできなかった。

 いつまでたっても話が進まないことに苛立ち始めたアーチャーが、思考の渦に飲まれかけたバーサーカーに促したからだ。

 

 

「茶番はいい。そこな狂犬よ、貴様は聖杯に何を望む? 条理を捻じ曲げ、奇跡に縋ってまで成し遂げたい願望とは何だ?」

 

「……言っておくけど、君らのものとは比較できないほど普通の願いだろうから、そんなに期待しても無駄だと思うよ」

 

「構わぬ、話せ。人の業こそ(オレ)の愛でるものよ。多少はこの酒の肴程度にはなるだろう」

 

 

 アーチャーに妙な期待をされているような気がして仕方がないが、言ったところで減るものではないし、この世に災厄をもたらすものでもないのだから、堂々と言ってしまおう。

 そう結論付けたバーサーカーは、杯に残った酒を飲み干して自らの願望(のぞみ)を語る。

 

 

「――死んだ友人に会いたい」

 

 

 それを聞いた途端、微笑を浮かべていたアーチャーはそれを消した。

 つまらぬ願いだと呆れ、興味を失ってしまったのか、このような些事で聖杯を使うのかと憤怒し、それを抑えているのかはバーサーカーには分からないが、そのまま続ける。

 

 

「ほんの数分だけでもいいから、話がしたい。謝って、感謝して……今度こそ、ちゃんと別れの言葉を伝えたい。ただそれだけだよ」

 

 

 これでこの話は終わりだということか、バーサーカーは三人から顔を背け、空になった杯に新たな酒を注ぎ始める。

 王様達からしたら、自分のこんな望みなんか歯牙にかけるわけがない。せいぜい笑われるくらいが関の山。

 そう思って、少しばかりやけ酒気味になっているのかもしれない。笑われたくらいで怒りはしないが、気分が悪いのは確かなのだから。

 

 そうやって覚悟を決めていたのに、再び杯を呷ろうとする段階に至っても何も聞こえない。

 セイバーはまだしも、ライダーやアーチャー辺りには反応があってもおかしくはないのにと、違和感を覚えたバーサーカーは少しばかり緊張して三人の顔を見やる。

 

 そこに、バーサーカーが予期していた嘲笑や非難の表情はなかった。

 セイバーも、ライダーも、アーチャーまでもが、真剣な面持ちでバーサーカーの顔を見ている。

 何も言わず、感じ入るかのように、宴の場は静寂に包まれていた。

 

 

「……なるほどなぁ。分からんでもないぞ、その望み」

 

 

 その静寂を破ったのはライダーだった。

 腕を組み、しきりに首を振って、バーサーカーの望みに共感する。

 

 

「お前さんとその友人の間には、確かな『絆』と言うものが存在するのだろう。そういうものは余は好ましく映る。何事にも代えがたい友というものは、一つの財産よりも尊いものだからな」

 

「その望みは間違っているものではありません。もっと胸を張ってしかるべきです」

 

 

 それに同調するかのように、セイバーが口を開く。

 彼らの反応が、バーサーカーには理解できなかった。

 なぜ、こんな普通の願いで、これほどまでに二人が感心しきっているのか。

 だが、彼の混乱はさらに深まることになる。

 

 

「おい狂犬、この酒も飲め」

 

「え……いや待て、まだこっちの酒が……」

 

「飲めと言うのが分からんのか。中々に面白味のある余興を演じた褒美だ。今宵ばかりはあの無礼を許す。存分に我が財を楽しめ」

 

 

 中でも、アーチャーの態度がおかしい。

 何が気に入ったのか分からないが、わざわざ新しい酒を出してバーサーカーに渡してくる。

 しかもあれほど憤怒していた事実を一時とはいえ忘れてくれるというサービス付きだ。

 いよいよバーサーカーには王と言うものが理解できなくなってきた。

 

 

(……何が彼らの琴線に触れたんだろう)

 

 

 ただバーサーカーは困惑するだけだった。




Q

なんでライダーは共感してるの?

A

宝具からして、友人との絆を笑うことはしないだろうと思ったからです。
でもおそらくジョニィが『ジャイロが死ぬ運命を変えたい』と言っていたら、そこまで反応はしませんでした。




Q

セイバーは?

A

自分の過去の禍根をどうにかしようとしているところが自分と似通っているからです。
ただ、王としての格を問う内容であったなら譲りはしなかったと思います。


Q

アーチャーは?

A

だってアーチャーは親友が大好きですし。
この宴ではジョニィを許していますが、翌日には普通に殺しにかかってきます。
……とはいってもこの人、気まぐれだからなぁ。

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