Fate/Zero ゼロに向かう物語   作:俊海

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ちょっとショックなことがあって遅れてしまいました。
次はなるべく早いうちに投稿したいと思います。


王達は譲らない

「駆け出しからなかなかの大望が飛び出たなぁ。王としての道とは毛色の異なった望みではあるが、さりとて見くびれるものでもない。こやつには負けてはおれん。今度は我らが望みを示そうではないか」

 

 

 予想外に王達の感心を得られたことに凄まじい居心地の悪さをバーサーカーは感じる。

 何か特別なことを言ったつもりはない。というか、大いなる野望を持っていない人間ならば、聖杯にかける願いなんてこんな程度のものだと思っていた。

 英霊は死んだ人間だ。この時代の人間ではない。であれば、世界をどうこうする願いはまずはありえないし、だったら自分に何かしら還元する願いになってしかるべきだろう。

 じゃあ、どうしてこんなに感心されるのか。

 ライダーが話を進めている間も、バーサーカーはそのことを考え続ける。

 

 

「アーチャーよ、貴様の先ほどの酒は至宝の杯に注ぐのにふさわしいが、聖杯は酒器ではない。貴様はひとかどの王として、我らを魅せるほどの大言が吐けるか?」

 

「仕切るな雑種。そもそも前提からして理を外しているのだぞ」

 

「ん?」

 

「聖杯は(オレ)の所有物だ。時が経ちすぎて散逸したきらいはあるが、世界中の宝物はその起源は我が蔵にさかのぼるのだからな」

 

 

 呆れたようにアーチャーは言い放つが、それを聞いてバーサーカーの方が嘆息したくなった。

 この黄金のサーヴァントは傍若無人な奴だとは理解していたが、ここまでのものとはバーサーカーには予想だに出来なかった。

 

 

「じゃあ何か? 聖杯っていうのはアーチャーの失くし物であって、たまたま回収する機会があるから戦ってると、そう言いたいわけか?」

 

「訂正するほど間違ってはおらぬな。『宝』というだけで我が財であることは明白だ。それを勝手に持ち去ろうなど、盗人猛々しいにもほどがある」

 

 

 本格的にバーサーカーはアーチャーが正気なのかを疑い始める。

 宝と言うだけでアーチャーのものになるというなんて、そんな常識の埒外なこと――

 

 

「っ!?」

 

 

 いや待て、だとしたら説明がつくではないか。

 あの規格外の宝具も、今しがた飲んだ酒も、まさにこれらは『宝』そのものだ。

 アーチャーがもしも、古今東西の財宝を集めた(・・・・・・・・・・・)という謂れがあるなら、それらに何ら不自然なことはない。

 だとするなら――

 

 

「……アーチャー、お前もしかして」

 

「何を世迷いごとを。キャスターばかりかと思っていたが、錯乱しているサーヴァントがここにもいたとはな」

 

 

 ふと思いついた疑問を聞こうとした瞬間、セイバーがあきれ果てた様子で言い捨てる。

 でもそれも無理はない。というより、そんなことを臆面もなく言い放てる人間なんか、そのように言われたって仕方がない。

 むしろバーサーカーの方が異質だ。アーチャーのとても信じることができない言い分を、『信じることができる』ことがおかしいはずなのだ。

 

 

「それはどうだかな。何となくだが余はこの金ぴかの正体に心当たりがあるぞ」

 

 

 バーサーカー同様、アーチャーの真名を暴いたらしいライダーは、そのまま素知らぬ顔をして続ける。

 

 

「貴様の言い分からすると、貴様は別に聖杯なんぞ欲していないということではないか。だったらあれだけある財のうちの一つくらい、くれたってええじゃないか」

 

「たわけが。(オレ)の恩情を賜うことができるのは我が配下のみ。貴様にやる道理なぞない。筋道を違えて聖杯を奪うというのであれば、(オレ)が直々に裁きを下すまでよ」

 

「それにはどんな道理がある? 何をもってお前は裁きを下す?」

 

「法だ。(オレ)が王として敷いた、(オレ)の法だ」

 

 

 ライダーの問いかけの全てに、間髪入れず返答するアーチャー。

 よほど自分の中にあるルールに自信があるようで、その様子にぶれはない。

 それもあってか、ライダーは観念したようにため息をついた。

 

 

「完璧だな。自らの法を貫いてこその王。だが、余は聖杯がほしくて仕方がない。そう言われても奪わずにはおれんのだ」

 

「それになんの問題がある。お前が犯し、(オレ)が裁く。ただそれだけよ」

 

「うむ、そうなるとあとは剣を交えるのみだ」

 

 

 明らかに会話の内容は敵対することを明言しているのだが、その雰囲気はどこか親交を深めたようなものがある。

 そんな二人を憮然と眺めていたセイバーだが、そこでようやくライダーに問いかけた。

 

 

「征服王よ。聖杯がアーチャーの所有物であると認めてもなお、それを力で奪うというのか?」

 

「そりゃそうだろう。余の王道は『征服』なのだからな」

 

「そこまでして聖杯に何を求める?」

 

 

 バーサーカーには分かってしまった。セイバーが怒りをこらえていることに。セイバーの言葉の端々に怒気が込められていることを感づいてしまった。

 清廉潔白な騎士王と、踏破蹂躙の征服王では無理もないことか。と納得はするものの、なるべくならこれ以上刺激しないでほしいというのがバーサーカーの願望だ。

 今でこそ酒を飲んで言い合ってるだけだが、この聖杯問答に集まっているのはデタラメ英霊の万国ビックリショーだ。誰かが武力に訴えて、それに巻き込まれたらバーサーカーの命はまずないだろう。

 特にライダーなんか酒に酔って部下の一人を殺した経歴さえある。さっきから気が気じゃない。

 

 そんなバーサーカーの心配もよそに、軽く照れ笑いをしながら、ライダーは答えた。

 

 

「受肉、だ」

 

 

 その答えを聞いて、一人以外は騒然とした。

 ウェイバーなんかは、それまで口出ししなかったのに、妙な声を上げてライダーに詰め寄る始末。

 

 

「お、お前っ!? 世界征服を望むんじゃ――ぎゃわぶっ!」

 

 

 まぁ、毎度おなじみのデコピンで黙らされたが。

 

 

「聖杯なんぞに世界をとらせても意味がないだろう。征服と言うのは己自身に課すものであって、断じて聖杯ではない」

 

「雑種……よもやそのような瑣事のために、この(オレ)に挑もうというのか?」

 

 

 アーチャーさえ呆れ顔にするあたり、ライダーはある意味とんでもない存在なのだろうが、一人だけ何の変哲もなく酒を飲んでいる者がいる。

 

 

「バーサーカー、貴方は何も思わないのですか? 仮にも貴方はライダーの配下なのでしょう?」

 

 

 その人物――バーサーカーにセイバーは呆れた表情もそのままに問いかける。

 セイバーは別にライダーを貶めようというわけではなく、ただ単に全員驚いている中、一人だけ黙々と酒を飲んでいたから声を掛けただけだ。

 セイバーに話しかけられ、一瞬で全員の視線が集まったが、バーサーカーは杯を傾けながら、何でもないように返事する。

 

 

「いや、僕はそうだろうと思っていたよ? 確信はしてなかったけど、近いものではあるだろうなァってくらいには、予想はできてた」

 

 

 バーサーカーの言葉に、再び全員が驚いた。

 ライダーだけは、自分の考えが理解してもらえて嬉しそうに破顔しているのだが。

 

 

「……そうなのですか?」

 

「そりゃあそうだろ。もしも聖杯に世界征服を望むんだったら、腕っぷし自慢の英霊を配下に集めたりしないじゃあないか。それに、世界征服した後も霊体でいるって、僕ならまだしもイスカンダル大王であるライダーじゃあ無理があるだろ」

 

 

 キャスターのようなクラスならまだしも、征服した世界にセイバーやランサーと言った武官を集めてもそれほど役には立たない。

 なんせ世界征服をしたら敵がいない――すなわち戦う必要がないということなのだから。

 聖杯に世界征服を望むのなら、文官の方がライダーにとって必要な人材になるわけだ。

 

 それに、ライダーのもともとの予定ではバーサーカーを受肉させる気でもあったのだから、ライダー自身が望まないわけがない。

 

 

「それは……そうですが……」

 

「だから、望みの中には絶対に受肉とかは入ってるって思ってた。それに……普段のライダーを見ていれば、自分で世界征服する気だろうって感じはしてたし、今更驚くことでもないよ」

 

 

 この辺りは共に生活していないと分かりづらいところではある。

 ウェイバーも、そういえばと思い当たるところがあったのか、はっとした表情を浮かべている。

 

 

「征服するには、このイスカンダルただ一人の肉体がなければいかん。身体一つの我を張って、世界に向き合う。それが征服という行いの総て――我が覇道だ」

 

 

 ライダーのその答えに、アーチャーとセイバーは真逆の表情を浮かべていた。

 これまで笑みと言えば嘲笑しか浮かべていなかったアーチャーが、それとは異なる笑みを浮かべている。

 いや、むしろこれは笑みと言うべきなのか。形こそそれに近くはあるが、それはあまりにも陰惨で、見ている者に不安を呼び起こすものだ。

 

 

「決めたぞ。――ライダー、貴様はこの(オレ)が手ずから殺す」

 

「そちらこそ覚悟しておけ。貴様の宝物庫とやらを奪いつくすつもりでいるからな」

 

 

 勘弁してくれ。

 バーサーカーの脳内はそれで埋め尽くされていた。

 アーチャーがライダーを標的にしたということは、仲間であるバーサーカーも狙われるということだ。

 ある程度は防ぐことはできるが、もしもアーチャーの真名がバーサーカーの想像しているものと一致するなら、絶対に戦いたくはなかった。

 

 こいつらをなんとかしてくれと、バーサーカーは不意にセイバーの方に視線を移した。

 だがそこにいたのは敵意をむき出しにして二人を睨んでいるセイバーの姿。

 もしや今の会話でセイバーまでもがライダーを敵と認めたのかとバーサーカーが危惧しはじめたと同時にライダーがセイバーに声をかける。

 

 

「ところでセイバー。貴様の懐の内を聞かせてもらっていないが」

 

 

 待ってましたと言わんばかりに、セイバーは毅然とした態度で二人の王達を見据えて、自らの望みを打ち明けた。

 

 

「私は、我が故郷の救済を願う。聖杯をもってして、ブリテンの滅びの運命を変える」

 

 

 

 

 

 ――場が静まり返った。

 先ほどのバーサーカーの感じ入る静寂とは明らかに違う。

 この静まりは、白けている(・・・・・)と言うのが正しいものだ。

 

 それに戸惑いを覚えたのはセイバーだ。

 同意や反論があるものと身構えていたというのに、まるで理解できない言葉で語られたかのように二人の反応がない。

 

 

「……すまん、余の聞き間違いかもしれんのだが、今運命を変える(・・・・・・)と貴様は言ったのか? 過去に起きたことを覆すと?」

 

 

 ようやく口を開いたライダーも、困惑した顔で尋ねている。

 

 

「そうだ。例え奇跡をもってしても叶わない願いでも、聖杯が万能であれば必ず――」

 

「確かめておくが……ブリテンと言う国が滅んだのは貴様の治世だったのだろう?」

 

「そうだ! だからこそ悔やむのだ。あの結末を変えたいのだ! 私自らの責を果たすために!」

 

 

 不意に、哄笑が轟いた。

 まるで、サーカスのピエロがお道化ているのをみて楽しむ子供のような笑い。

 それを、さきほどまで表情をさほど変えてこなかったアーチャーが発している。

 

 

「何がおかしい!?」

 

 

 自分の切なる祈りを足蹴にされ、セイバーは怒気に染まった。

 しかしアーチャーはその剣幕を意に介さず、ただただ笑い転げ、息切れまじりに言葉を漏らす。

 

 

「自ら王を名乗り! 皆から王と称えられて! そんな輩が悔やむだと!? これが笑わずにいられるか! お前は最高の道化だな!」

 

 

 そうやって笑い続けるアーチャーの横で、あからさまに不機嫌そうな様子のライダーがセイバーを見据えている。

 

 

「貴様、自らが歴史に刻んだ行為を否定するというのか?」

 

「そうとも。なぜ訝る? なぜ笑う? 王として身命を捧げた故国が滅んだのだ。その結末を変えたいと思うことの何がおかしい? 王たるものなら我が身を賭して、その国の繁栄を願うはずだ!」

 

「いいや違う」

 

 

 断固としてライダーはセイバーを否定する。

 

 

「王が捧げるのではない。国が、民草が、王に捧げるのだ。決してその逆ではない」

 

「何を……」

 

 

 怒りのあまり、セイバーの言葉が途切れた。

 

 

「それは暴君の治世ではないか! そんなもの、王として正しいわけがない!」

 

「そうだ。我らは暴君であるがゆえに英雄だ。だが、自らの行いを、その結末を悔やむ者はただの暗君だ。暴君よりもなお始末が悪い」

 

 

 そこまで言って、セイバーは一旦怒気をおさめた。

 笑い転げているアーチャーとは違って、ライダーは問答の形でセイバーを否定しようとしている。

 ならばそれに応じなければ、王として負けたも同然だ。

 

 

「……では貴様は全く悔やまなかったと言うのか? 貴様とて、世継ぎを葬られ、築き上げた帝国が三つに引き裂かれたではないか。今一度やり直せたらと、そうは思わないのか?」

 

「ない」

 

 

 即答だった。

 ライダーはセイバーの問いかけに堂々と切り返した。

 

 

「余の決断、余に従った臣下たちの夢の果てであるならば、その滅びは必定だ。悼みはしよう。涙も流そう。だが、その滅びは決して悔やみはしない」

 

「そんな――」

 

「ましてそれを覆すなど! そんな愚行は、余と共に時代を築いた者達に対する侮辱である!」

 

 

 ライダーに傲然と言い放たれたが、セイバーは押し黙るつもりはない。

 今度はこちらから問い詰める番だ。

 

 

「滅びを良しとするのは武人だけだ。民はそんなものを望まない。救済こそが彼らの望みだ」

 

「救済だと?」

 

「正しき統制、正しき治世こそ彼ら民が待ち望むものだ」

 

「で、貴様はその正しさ(・・・)の奴隷か?」

 

「それでいい。理想に殉じてこそ王だ。人は王を通して正しさを知る。国は王と共に滅ぶべきものではない。より不滅であるべきだ」

 

 

 今しがたのライダーと同様にセイバーは即座に答えた。

 しかしライダーはそんな彼女を憐れみを持ってただため息をつくだけ。

 

 

「そんな生き方はヒトではない」

 

「そうとも、王であるならばヒトとしての生き方は捨てなければいけない。貴様のような者には分かるまい。自らの欲望のためだけに覇王になった貴様には!」

 

 

 とどめとばかりに言い放ったセイバーの言葉を聞き、ライダーは形相を変えて怒声を放つ。

 

 

「無欲な王など飾り物にも劣るわい!」

 

「何を言うか!」

 

「貴様のそれは聖人としての生き方だ! 王の生き方では断じてない! 聖人では民草を慰撫することは出来ても、導くことなどできはしない! 王が確固たる欲望を示してこそ、民は導かれるのだ! 王と言うのはヒトとしての臨界を極めた者のことだ!」

 

「そんな治世の……いったいどこに正義がある?」

 

「王道に正義なぞ不要。だからこそ悔恨もない」

 

 

 あまりにきっぱり言われてセイバーは茫然とする。

 両者の認識にはズレがある。だからこそ互いの主張が認められないのだ。

 さらなる繁栄のために覇王になったか、平穏のために聖人になったかの違いが大きく出た。

 

 

「ただ救われただけの人間が、どういう末路を辿ったのか知らない貴様ではあるまい。貴様は民を救い(・・)はしたが導く(・・)ことをしなかった。導かれずに路頭に迷う民を顧みず、貴様は己の理想を追い求めていただけだ。故に貴様は生粋の『王』ではない。王と言う偶像に縛られていた小娘にすぎん」

 

「私は……そんな……」

 

 

 言い返したい言葉はいくらでもある。だがセイバーは句を継ぐことができなかった。

 反論しようとするたびに、セイバーの脳裏には血に染まる落日の丘が蘇る。

 カムランの丘に築かれた屍の山が、セイバーの気力を奪っていく。

 まるで、自分の選んだ道自体が間違っていたかのような錯覚にセイバーが陥りそうになった――

 

 

「いや、別にセイバーのやり方もそんなに悪くないんじゃあないかな」

 

 

 ――まさにその時、今の今まで介入してこなかったバーサーカーがポツリとつぶやいた。

 


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