バーサーカーがアーチャーに挑む。というのは、はたから見れば自殺行為だ。
しかし、バーサーカーが聖杯を手にするには、そうするしか道がないというのが事実になりつつある。
というのも、ギルガメッシュを倒せるサーヴァントが昨夜の時点でいなくなってしまったというのが原因だ。
ギルガメッシュを倒すのに必要な条件はいくつかある。
一つに、ギルガメッシュの宝具に対応ができる力を持っていること。
一つに、ギルガメッシュが本気を出さないであろうサーヴァントであること。
一つに、ギルガメッシュを一撃で倒せる火力の出る宝具を持っていること。
ジョニィは聖杯問答に至るまで、二つ目の条件は問題視していなかった。
元より、あのサーヴァントが本気を出す可能性がある英霊なんて、倉庫街からの因縁がある自分くらいしかいなかったから。
なので、それ以外の二つに当てはまるセイバーなら倒せると踏んでいた。
自分はアーチャーの怒りを買っているために、姿を現しただけでぶち殺される。
キャスターは勝負にすらならずに殲滅される。
ランサーも武人としては一流だが、宝具が対人であり、その効果もアーチャーと相性がいいとは到底言えない。
ライダーならばいい勝負ができるかもしれないが、あの絨毯爆撃を回避しつつ突撃するのは至難の業。
その点セイバーなら、あの有名なアーサー王だ。
剣の英雄と問われればまず名前が挙がるほどに有名な騎士で、誰もが知っていると言っても過言ではないくらいに知れ渡っている
彼女ならば、あの宝具をしのぎつつ、致命的な一撃を加えられるだろう。
だが、それはあくまで黄金のサーヴァントが、
本気を出していないからこそ、そこに付け入る隙があったというのに、聖杯問答の末にセイバーはアーチャーに執着されるようになってしまった。
となれば、ギルガメッシュと言えど、セイバーを手に入れるために多少は気を抜かずに戦おうとするだろう。
この多少、というだけで大きな違いになってしまうほど、アーチャーは強いのだ。
そのせいで、セイバーにアーチャーを倒してもらうのは現実的でなくなってしまった。
ならば、いっそアーチャー相手に同盟を組むことも考えたが、あの聖杯問答の後でセイバーがライダーと手を組むだろうか?
そもそもギルガメッシュとイスカンダルに、どこか相手を認め合っている節すらあるのに、セイバーの助力をライダーが許すだろうか?
それにもし、この二人が息を合わせて戦いを挑んでも、それはますますあの英雄王の本気を引き出すだけの話になるのではないだろうか?
その結論に至ったバーサーカーは悩んだ。
どうにかしてアーチャーを倒さなければ聖杯は手に入らないのに、それを倒す手段がないことに。
そして、倒すための条件を再確認しているときに気づいた。
この条件に、今では自分も当てはまっていると。
何の因果か、最古の王の憤怒は収まっていたし、それでもなお自分は甘く見られている。
他のサーヴァントほどではないとはいえ、ある程度ならあの攻撃にも持ちこたえられる。
そして――自分の
キャスターのように軽装であれば、
その鎧の上から弾痕を確認するのは難しいし、とっさにどこかに押し付けるのも手間がかかる。
唯一露出している顔に撃ち込むことができれば、それで勝てる、勝ててしまう。
これらのことを踏まえた結果、今この段階においては、アーチャーへの勝率が一番高いのは己自身であるという結論が出た。
……そう出てしまったのだ。
そうなってしまっては、もはやバーサーカーを止めることができる者は誰もいない。
自分自身ですらも、その衝動を止めることができないのだから。
――――…………
「ぐッ……! 攻め込む隙が……!」
投げる。ただひたすらに無心で投げる。
友から受け継いだ『技術』でもって、友から受け継いだ『鉄球』を絶え間なく投げ続ける。
しかしその標的は決して黄金のサーヴァントではなく、彼が操る命無き無限の軍勢だ。
初日に倉庫街で味わった程度しか射出できないのであれば、その時と同じようにギルガメッシュに『
だが、それが今の戦闘にいて一刻の猶予もない。むしろ、それらも防御に専念するために使われるほどだ。
『鉄球』と『鉄球』の合間に時折生じる隙を埋めるために、攻撃手段を使わされることにバーサーカーは歯がゆさを感じる。
憎々し気に、バーサーカーは右手の人差し指に唯一残った『爪』を睨みつける。
幸いにもまだ左手の分が残っているが、このまま長丁場になれば同じように減っていくだけだろう。
それほどまでに、英雄王は休む間もなく、潜り抜ける隙間もなく、『
「どうした狂犬。貴様の
もちろんそんなことはない。バーサーカーは必死に最強のサーヴァントに追いすがろうとしているのだ。
ただ、そうだとしても、アーチャーにはそんなバーサーカーの懸命さなど評価するに値しない。
先ほどから何ら変わらぬ千日手を繰り広げているだけでは、ギルガメッシュがこの戦いに飽きてしまう。
このサーヴァントが飽きるということは、それすなわち即座にこの戦いを終わらせるために、遠慮なしの一撃を放ってくる――すなわち、ジョニィの死が確定することと同義だ。
「そう言っていられるのも今の内だ! せいぜい見くびっていろ!」
吠えつつ、バーサーカーは自らに向かってくる死の雨に、もうすでに何度投げたのか分からない鉄球を繰り返し投げつける。
「なッ!?」
だが、あろうことかジョニィの放った鉄球は、明後日の方向に山なりの放物線を描くだけ。
緊張の連続でミスを犯したのか、バーサーカーの鉄球には『黄金の回転』がかかっていなかったのだ。
迎え撃つつもりが、見当違いの方へと飛んでいく鉄球を見て、我に返ったバーサーカーの顔から血の気が引いた。
すぐそこまで迫っている宝具の雨から逃れるために、咄嗟に回避行動をとった。
「あがッ!」
何とか直撃は避けたものの、それでも無傷でとはいかなかったようで、バーサーカーの右脚が吹き飛んでいた。
たまらずジョニィは地面に転がってしまう。
「やはり凡夫の最期というのは呆気ないものよな。
嘲りと怒りが混ざったような表情をしながら、ギルガメッシュは宝具の射出を止めた。
そして軽く右腕を掲げ、防御の役割を果たすことのできなかった鉄球をその手中に収める。
黄金の回転がかかっているのなら、このような真似は例え慢心しているアーチャーであってもやりはしないが、誰の目から見てもその鉄球には何の回転もかかっていないのが明らかだった。
「しかし、その脆弱な身で宝具を使わずに我が
まただ。なぜかアーチャーはバーサーカーに甘い態度をとり続ける。
他のサーヴァントであるなら、このような慈悲を見せることはないだろうに、
その原因はバーサーカーには分からない。
自分に対して明確に反発することが面白いのか、聖杯への願いがそれほどに染み渡ったのか、それとも――ジョニィがそれらを投げ捨ててでも生き残りたいと醜く喘ぐ様を見たいだけなのか、どれもが正解で、どれもが間違っているような回答しか出てこない。
だが、回答が出ないこと自体は問題ではない。
どれほど甘く誘惑しようが、バーサーカーには関係がない。
「嫌だね」
聖杯が取れないのなら、押し並べて万物無意味なのだから。
「お前を倒すことができるチャンスは、現状じゃあこの場面以外ありえない。それをみすみす自分から投げ捨てるなんて御免だ」
「ほう……この状況でもそのような大言壮語を宣うか。全く利口な言葉とは思えんぞ?」
「僕は何度だって言ってやる。どれほど僕が弱かろうが、どれだけ勝ち目が薄かろうが、例え足をもがれようが、それは僕が聖杯を諦める理由なんかになりはしない! だから――」
右脚の切断面を抑えながら、それでも闘志は――漆黒の意志は燃やし続けてバーサーカーは言い切る。
「――絶対にあんたには屈服しない! もう二度と、友を見捨てたりはしたくないッ!」
「そうか――ならば、ここまでだ」
憐れみからか、それともまた別の感情なのか、アーチャーは目を細めて再び宝具を展開する。
その死刑宣告を受けて、バーサーカーのマスターの雁夜は悔しそうに歯を食いしばる。令呪で避けるように指示しようが、いずれはその効果は薄れていく。かといって撤退しようにも、あのようなことを口走ったバーサーカー相手に命令できやしない。なんとか切り抜けられる指示を考えようにも、焦れば焦るほど考えがまとまらない。
今度こそ、バーサーカーはこの攻撃に耐えることはできないだろう。鉄球は一つしかなく、『爪』も左手の五発だけ。避けることもままならないジョニィでは、このまま攻撃されればあっさりと殺されるだろう。
「雑種にしては楽しめたぞ。この
「………………したな」
「……何だ? よく聞こえんぞ」
このまま攻撃されればあっさりと殺されるだろう。
ならば――
「
「がっ!? なぁッ!?」
――アーチャーに
ギルガメッシュが一瞬右腕に重みを感じると同時に、よく聞こえないと言ったアーチャーへの意趣返しか、バーサーカーは彼の
先ほどまでに英雄王の眼前で蹲っていたジョニィは、いつの間にかギルガメッシュの背後から羽交い絞めにしている。
「き、貴様! いつの間にそこに――!」
「何を言ってるんだ。さっきからあんたが僕の右脚を掴んでいたのに、今更その話をするのか?」
「右脚を……――!」
そこまで言われてようやくアーチャーは気が付いた。なぜ右脚を失ったというのに、バーサーカーが勝ち誇っていたのか。
だが、『爪』をアーチャーに撃った様子はなかった。なにせ、その時バーサーカーはただひたすらに鉄球を投げ続け――
「ぐっ……あれは失投ではなかったということか……!」
「その通りだ。こいつは返してもらうぞ」
思い起こすは『黄金の回転』がかかっていなかった、今はバーサーカーの手の内にある『鉄球』。
あれはあえてギルガメッシュに取らせるがために、放り投げたフェイクだったのだ。
全ては、右手に残された『爪』による『ACT3』の回転を乗せた『鉄球』をアーチャーに近づけるための――
「やっぱり僕相手には本気を出せないみたいだな。あの時鉄球を宝具で撃ち抜いていれば、問答無用で僕を殺していれば、――不用意に敵の武器を掴みなんてしなければ、こんなことにはならなかったって言うのに」
ジョニィ自身、ここまで事が運ぶとは思っていなかった。
『鉄球』がギルガメッシュの近くに落ちればラッキーだ、と位にしか考えていなかったのに、丁寧に相手の方から近づいてくれた。
こんな好機、後にも先にもありえないだろう。
「サーヴァントが背後をとられることの意味、知らないあんたじゃあないだろう?」
英霊同士の戦いにおいて、敵が後ろに回ることほど恐ろしいものはない。
背後をとられると致命傷と言われると、有名な英雄にジークフリートなどが挙げられるが、そもそもがサーヴァントの戦闘というものは、隙を見せれば一瞬で勝敗が決まると言われるほどにハイレベルなのだ。
故に、かの竜殺しの剣士でなくとも、このような状況に陥ることは、相手に生殺与奪を握られているも同然ということだ。
「ここまで張り付けば、『
ギルガメッシュの宝具は強力無比だ。しかしそれは、自分に跳ね返ってきたときにも致命傷になることを示す。
今ここで、バーサーカーに宝具の雨を降らせようものなら、アーチャーとて無事ではいられない。
まさにこの時、ジョニィは確実に勝っていた。
「――そうさな、確かに
「な――がッ!?」
だが、そのチャンスは即座に潰された。
バーサーカーの腹部に何かが巻き付いて、その体を後方へ弾き飛ばされたからだ。
……完全にバーサーカーは見誤っていた。
いや、むしろアーチャーに少し本気を出させてしまったことが原因と言えるだろう。
なにせ今までギルガメッシュは、『宝具を射出する』という形でしか攻撃してこなかったのだ。故に、ジョニィは黄金のサーヴァントは直線的な攻撃しかできないものと思い込んでしまった。
だからこそ、よもや、『鎖を巻き付ける』などという攻撃など、バーサーカーの想像の埒外であった。
「
「……嘘だろ」
バーサーカーは愕然としていた。
たった今チャンスを潰されたことにではない。
そんなもの、また別の手段を講じればいいだけだ。
思いもよらない攻撃手段に驚いたわけでもない。
そんなこと、生前での戦いから身に染みている。
ましてや、今まさに自分の命を握られているこの状況に対してでは断じてない。
いざとなれば、令呪で回避できる。
――目の前のギルガメッシュから、慢心している気配が消えてしまったことに、ジョニィは愕然としていた。
「喜べバーサーカー、ただの人間の身でこの英雄王の本気を見られたのだ。凡百の雑種より格上であると認めてやろう」
『そんなものに認められたくなかった』
今バーサーカーの心境は、この一文で埋め尽くされていた。
ジョニィがギルガメッシュに対して勝機があったのは、相手が油断してくれていることに尽きる。
それが今、消え去った。万に一つの勝ち目が無くなってしまった。
わざわざ背後に回らず、腕だけを移動させるべきだったか?
……だめだ、『爪』の射線に入らないようにするため、相手は腕に注視していた。
そうしたなら、すぐにばれてしまっていただろう。
ならば、『ACT3』ではなく『ACT2』を鉄球に乗せるべきだったか?
……それもだめだ。鎧を伝っているときに、それが露呈してしまう。
では、何も言わずに撃ち殺していればよかったのか?
……それこそ無意味だ。この鎖の巻き付く速度はすさまじいものだった。
おそらくアーチャーはいつでもバーサーカーを引きはがせたのだろう。
それをしなかったのは、自らが優位に立ったつもりでいるジョニィを見て『愉悦』を感じるためだったのか――
「……本気って言ったって、全力じゃあないんだろう?」
「当然のことよ。我が至宝を貴様に抜くなどありえん。二つの意味でな」
「僕ごときには勿体ないって理由以外にあるのか?」
「無論その言葉も正しいが、一方の意味の方が
ろくでもない理由に決まっている。
今までの戦いにおいて、ジョニィはギルガメッシュの悪趣味さを嫌というほど見せつけられているのだから。
「そんなことをすれば、せっかくの玩具を壊してしまうではないか――!」
そう言って、アーチャーは再び『
(――いや、これは明らかにさっきまでのものとは違う――!?)
精度が上がっている。量が増えている。武器が多彩になっている。
まるで先読みをしているかのように撃ちだされる宝具。
先ほどまでの宝具の雨が、小雨であったとさえ思えるほどの密度。
刃のついている武器はもちろんの事、矢や銃弾、はては先ほどの鎖やブーメランと言った武器さえも飛び出す始末。
それでも迎撃はまだ可能だ。
密集すればするほど蹴散らしやすくなるのは間違いない。
だが、このままでは『鉄球』がもたなくなる。
密度が増えたということは、単純に刃が増えたということに他ならない。
先ほどまでは柄を狙って撃ち落とすことができたが、それをするのに集中力が続かない。
しかも、武器の種類がバラバラすぎて、その軌道を読むことも多大な負荷になる。
自らの体を使って避けようにも、その先にもまた命無き軍勢が襲い掛かってくる。
「再び『穴』に隠れるか? ならば今度は地面ごとその『穴』を粉砕してくれるわ」
「――ッ!」
まさに万事休す。
慢心を捨てているアーチャーを相手に、今打てる手立てはない。
姑息な手段とは分かっていても、バーサーカーが令呪での撤退を雁夜に求めようとした――
「……?」
その瞬間、宝具の雨が突如として止まった。
……いや、止まったわけではない。依然としてギルガメッシュは『
正確に言えば、
ライダーは連れてきていない。
セイバーもランサーも仲間ではない。
アサシンは脱落しているし、キャスターがバーサーカーを守るとは思えない。
……では一体誰が?
ジョニィの目の前に立っているこのサーヴァントは一体誰だというのか?
この――
「■■■■■■■■■■■――!」
――あろうことか、