「あれは……セイバー!?」
確かにあれは、先ほど別れたばかりのセイバーだった。
それに引き続きセイバーのマスターと思われる女性も降車する。
よく見ると、セイバーたちが乗っていた車の前に人影がある。
黒いローブを着こみ、目が魚のようにぎょろぎょろしていて、異様に白い肌の男。
その容貌全てがバーサーカーに生理的嫌悪を催させる。
「絶対なんか変だ……放っておきたいけど、この距離じゃばれてるし……」
こちらから視認できるということは、向こうも気づいてはいるはず。
しかも彼女は最上級の英霊だ。気配を察知していてもおかしくない。
それにしても帰り際にたまたま同じ道を通り、こんな場面で再会するとは奇妙な縁である。
これも『スタンド使い』のスキルによる『奇妙な縁や数奇的な運命に巻き込まれやすくなる』効果の一部だろうか。
「……こうなったら、変にこそこそするより堂々と話しかけてしまおう」
バーサーカーに戦う意思はないし、変に姿を隠そうとしたらいらぬ勘違いを生んでしまう可能性がある。
例えば、セイバーを影から奇襲をかけようとしているのではと思われでもしたらこちらに斬りかかって来るやも知れない。
そうなったらバーサーカーにとっては絶体絶命。ほぼ勝ち目はない。
だったらわざと姿を現して、敵対するつもりはないとアピールした方が幾分生存率が上がる。
「セイバーも困惑しているみたいだし、敵意はこっちには向かないだろう……多分」
それに、一見するとセイバーたちは酔っ払いに絡まれて困ってる女生徒に見えなくもない。
見た目が少女である分、いくらバーサーカーでも精神衛生上よろしくない。
いくら敵とはいえ、ちょっと手を貸してやっても罰は当たらないだろう。
そう判断したバーサーカーは、構うことなく現場に近づいた。
――――…………
「お迎えにあがりました聖処女よ」
「なっ!?」
いきなり恭しく頭を下げられ、セイバーが戸惑う。
目の前の人物に、生前でも聖杯戦争でも面識が彼女にはない。
そもそもセイバーはブリテンの王であるアーサー・ペンドラゴンであり、聖処女たるジャンヌ・ダルクなんかではない。
むしろ、彼女の国とセイバーの国は歴史上何度も争ってすらいる。
とどのつまり、セイバーはジャンヌ・ダルクとは全く関係がない。
(これはどうしたものでしょうか……っ!?)
目の前の男をどう対処しようかと困惑したと同時に背後からサーヴァントが近づいてくるのを感じ取った。
しかも、接近してくる速度が速い。エンジン音もしてきたことから、相手も自分たちと同じように車かバイクに乗っているのだろう。
何にせよ、このままではすぐに自分たちの背面を取られる。その状況に、焦りからセイバーが一筋の冷や汗を垂らした。
(背後からもサーヴァントがっ!?まさか、はさみうちの形になっているのではッ!?)
だとしたらまずい。右は壁で左は崖、アイリスフィールの逃げ場がない。圧倒的不利な立場に立たされる。
そうやって焦燥しているうちに、セイバー達を追跡してきたサーヴァントが彼女たちのすぐ後ろで立ち止まり、バイクのエンジンを切る。
せめても、いったい誰が追跡してきたのかを知るために、振り返ろうと瞬間――
コンコンッ
「ノックしてもしも~し」
ノックの音と共に、やたらと気が抜けて、棒読みな声が聞こえてきた。
セイバーが振り向いた目の前に、けだるげな表情のバーサーカーが自身の物であろうバイクを指でたたきながら立っていた。
「ちょっと道路をふさぐのはやめてくれないかなァ?他の人に迷惑だぞ」
「バーサーカーっ!?ついて来ていたのは貴方だったんですか!?」
バーサーカーが堂々とそこにいたという事実が、セイバーを安心させた。
なぜならバーサーカーはセイバーに声をかけてきたからだ。
相手に自分の存在を明らかにするということは、つまりバーサーカーは不意打ちをするつもりはなかったということ。
このことから、バーサーカー達が挟み撃ちを企てていたという線は薄くなった。
その上で、バーサーカーはセイバーから見てかなりの常識人である。
色んなところで予想外なことをするが、話は通じる類の人間だ。
破天荒にもほどがあるライダーや、傲岸不遜が極まりすぎているアーチャーに比べると、どれほどまっとうな人間性をしているか。
むしろ、彼女の味方であるはずのマスターよりも意思疎通がやりやすい。
そんなサーヴァントが、この目の前に狂言を吐き続けている男がいる中やってきたのだ。
多少は心にゆとりが持てるというものであろう。
(……やっぱり気づいてたか)
一方でバーサーカーはバーサーカーでほっとしていた。
ありえないとは思うが、万が一気づかれていなかったら自ら敵地に乗り込んだバカになっていたのだから。
そして、今の安堵の表情から、やはりセイバーは挟み撃ちなどの可能性を考慮していたらしいとバーサーカーは判断した。
ならば、ここで姿を現して正解だった。バーサーカーの考えは間違ってはいなかったのだ。
(こいつもサーヴァント……か。ついでだし鎌をかけてやろう)
ついでにと、バーサーカーはとぼけたふりをしてセイバーに話を振る。
「……あれ?もしかしてこいつセイバーの知り合い?……お前、よくこんな奴と関われるな。僕だったら一秒でも一緒に居たくないぞ……」
「いえ……私にも見覚えはありませんが……。バーサーカーこそ、面識は?」
「あるわけないよ。こんなやつ初めて見た」
これで、セイバーは『バーサーカーと目の前にいるサーヴァントは無関係である』という認識になった。
セイバーに敵視されたくないバーサーカーにとって、この立ち位置は重要だった。
これならば、セイバーが『正体不明で妄言を吐いてくるサーヴァント』よりも『敵とはいえ意思疎通が可能なバーサーカー』を優先して狙ってくることはない。
「おおぉ、御無体な!この顔をお忘れになったと仰せですか!?」
セイバーの『見覚えがない』という発言に反応して、男は本気で狼狽している。
しかし、その男の困惑がどれだけのものであろうと、セイバーには本当に身に覚えがない。
このままでは話は平行線だと判断したセイバーはありのままの事実を伝える。
「知るも何も貴公とは初対面だ。……何を勘違いしているのか知らぬが、人違いではないのか?」
「おお、おおお……っ!」
その言葉がとどめになったのか、絶望した表情とともに頭を掻きむしり始めた男の顔は、まさに狂っていた。
セイバーと対面したときは、あれほど歓喜の表情を湛えていたのに、今は深い落胆に彩られている。
躁鬱の激しさが、常人のそれではなかった。
「私です!貴女の忠実なる永遠の僕、ジル・ド・レェにてございます!あなたの復活だけを祈願し、今一度貴女とめぐり合う奇跡だけを待ち望み、こうして時の果てまでも馳せ参じてきたのですぞ。ジャンヌ!!」
「ジル・ド・レェ……!?」
セイバーには馴染みはないが、バーサーカーは童話の中で知っている。
『青髭』という童話に出てくる、残虐極まりない金持ちの男のモデルになったともいわれる人物だ。
そして、それゆえにバーサーカーは目の前の男の危険性に気づいてしまう。
ジル・ド・レェという人物は、百年戦争においてジャンヌ・ダルクと共に戦争の終結に貢献し、その当時は『救国の英雄』とも呼ばれるほどの英雄であった。
しかし、それとは裏腹に、ジャンヌが処刑されたことから精神を病み、何百人ともいわれる幼い少年たちを拉致、虐殺した『反英霊』という一側面も持っている。
おそらく、今回は後者の一面が色濃く出てしまっているのだろう。
「私は貴殿の名を知らぬし、そのジャンヌなどと言う名前にも心当たりが無い」
「そんな……お忘れなのか!?生前のご自身を!?」
そう、ジル・ド・レェは『精神を病んでいる』のだ。
精神を病んでいる人間に、まともな受け答えができるわけがない。
自らに都合のいい事実しか認識することができない。それでも本人にとってはそれが真実だ。
自分の中の真実との食い違いにジル・ド・レェはさらに取り乱すが、セイバーは冷徹な瞳で見返した。
「貴公が自ら名乗りをあげた以上は、私もまた騎士の礼に則って真名を告げよう。我が名はアルトリア。ウーサー・ペンドラゴンの嫡子たるブリテンの王だ」
「おおぉ!オオオオォ!!」
セイバーが自らの真名を明かすと、ジル・ド・レェは、悲痛な慟哭とともに地面を拳で叩き始めた。
自身の手を傷つけながらも、ジル・ド・レェは地面を殴るのをやめない。
「何と痛ましい。何と嘆かわしい。記憶を失うのみならず、そこまで錯乱してしまうとは……おのれ……おのれぇッ!我が麗しの乙女に、神は何処まで残酷な仕打ちを!!」
「お前はいったい何を言っている。そもそも私は……」
「ジャンヌ、貴女が認められないのも無理は無い。かって誰よりも激しく、誰よりも敬虔に神を信じていた貴女だ。それが神に見捨てられ、何の加護も救済も無いまま魔女として処刑されたのだ。己を見失うのも無理は無い」
これは会話ではない。
その事実に、ようやくセイバーは気づいた。
目の前の男は、『セイバーがジャンヌだと認める』以外の返答を聞く気はないのだろう。
繰り返し言う。これは会話ではない。
これは『ジル・ド・レェにとっての事実を確認するためだけの儀式』にすぎないのだ。
「目覚めるのですジャンヌッ!!これ以上、神ごときに惑わされてはならない!貴女はオルレアンの聖処女、フランスの救世主たるジャンヌ・ダルクその人なのだっ!!」
「いい加減にしろ、見苦しい!!」
如何にセイバーと言えど、この男の妄言には付き合っていられない。
目の前の狂人の言葉に激しい怒りを覚えたセイバーは、叫ぶように叱責した。
「わが身はセイバー!貴公もサーヴァントならば聖杯を求めて現界したのであろう!!ここでめぐり合った縁などそれ以上でも以下でもない!!」
「セイバー、言っても無駄よ」
アイリスフィールがセイバーを制止する。
この手の者は相手にするだけ無駄だ。それゆえの制止であり、ジル・ド・レェに情けを掛けたわけではない。
自分の中の現実しか目に入らないものに、何を言っても意味がない。
それがアイリスフィールの感想であり――
「ジャンヌ、もはや御自身をセイバーと御名乗りめさるな、我らはすでにサーヴァントなどという頚木に繋がれてはい――」
「オラアッ!」
――バーサーカーの感想でもあった。
もはや話を聞く気すらないと言わんばかりに、バーサーカーは『鉄球』をジル・ド・レェに投擲した。
「ぬうっ!?……いきなり何をなさるおつもりですかな、貴方は?」
しかし、倉庫街での戦いをのぞき見していた彼は、『鉄球』に触れるとマズイということに狂った頭でも理解していた。
それが分かっているなら、元は軍人のジル・ド・レェには躱すことも可能だ。
なにせ『鉄球』の速度はそれほど速くはないのだから。
「お前と会話をしても無駄だってわかったからな……それならここで終わらせた方がいいだろう?」
「無駄とは何ですかっ!私はただ神の呪いに縛られているジャンヌを救おうと……っ!」
バーサーカーの物言いにジル・ド・レェが反論しようとした。
が、その言葉は最後まで発せられることはなかった。
彼が、自身の腕に違和感を覚えたからだ。
「こ、これは……『穴』ッ!?」
いや、もはやその『穴』は腕ではなく、ジル・ド・レェの心臓部に向かっている。
何かとんでもないことが起きようとしていると感づいたジル・ド・レェはとっさにその『穴』を左手で覆った。
「ひきゃあああっ!?」
そして『穴』が左手に移った瞬間、『穴』が消え、同時にジル・ド・レェの左手が破壊された。
その痛みにジル・ド・レェは悲鳴を上げ、慌てて負傷した左手を右手で押さえる。
あまりの衝撃に、呼吸を荒げながら、バーサーカーに呪い殺すかのような視線を向ける。
「き、貴様っ!!よくもやってくれたなっ!」
「『よくもやってくれたな』……だって?そんな言葉が出てくるなんて……お前はバカなのか?」
「何を抜かすか、この匹夫がっ!!」
「おいおいおいおい、これは聖杯戦争だぜ?他のサーヴァントを蹴散らし、最後に残ったものが聖杯を手に入れるんだろう?だったら、倒せる奴は倒せるときに始末しておくってのが定石ってやつじゃあないか」
そのジル・ド・レェの憤怒もどこ吹く風と、バーサーカーは冷ややかな視線を返していた。
セイバーがジル・ド・レェに苛立っていても斬りかからなかったのは、立っていない者に斬りかかるのが彼女の主義に反するからで、サーヴァントのスタンスとしてはバーサーカーの方が正しい。
中でも、騎士道も何もない、目的のためなら人間性を捨てられるバーサーカーにとって、ジル・ド・レェの言葉はいちゃもんをつけられているのとさして変わらない。
「ふはははは!戯言を!!万能の釜たる願望器は、すでに我が手に収まっている!なぜならば我が唯一の願望、聖処女ジャンヌ・ダルクの復活がまぎれもなくここに果たされているのだから!貴様が聖杯を手にすることなどありえんことだ!!」
「……って言ってるけど、セイバーはどう思う?」
「…………」
話を振られたセイバーは、何も言葉は返さなかった。
が、唐突にジル・ド・レェの目の前の道路に斬撃が刻まれる。
そのたった一発の斬撃が幾万の言葉よりも雄弁にセイバーの心情を物語っていた。
「……次は手加減抜きで斬るぞ『キャスター』」
絞り出したようなセイバーの言葉に、ジル・ド・レィは荒れ狂うような感情を鎮め、ただただセイバーを無表情に見つめた。
そして、キャスターが心底悲しそうに、ポツリとつぶやいた。
「もはや言葉だけでは足りぬほど……そこまで心を閉ざしておいでかジャンヌ?」
分かり切っていたことだが、キャスターにセイバーの言葉は通じない。
いや、通じてはいるが都合のいいようにしかとられていない。
いまだにキャスターは、セイバーがジャンヌであると疑っていないのだから。
「致し方ありますまい。それなりの荒療治が必要、とあらば……次は相応の準備を整えてまいりましょう。誓いますぞジャンヌ、この次に会うときは必ずや……貴女の魂を、そこの神の呪いから解放して差し上げます」
最後まで勘違いしたまま、ジル・ド・レェは霊体化して夜の闇に消えていった。
消える間際に、バーサーカーを殺意のこもった眼差しで睨みつけながら。
その視線の意図を考えて、バーサーカーは気づく。
「……もしかして、これって僕がセイバーを呪った神だとか勘違いされてないか?」
「…………『そこの神』と言っていましたからね」
「そうか……そうだよなァ……なんだよこれ、とんだ厄介事じゃあないか……」
あそこでキャスターを攻撃しなかったならば、と考えるが、それでもあの狂った思考ではどういう扱いをされるかが分かったものじゃない。
下手をすると、セイバーのすぐ近くにいたというだけで恨みの対象にすらなる可能性がある。
あの場で姿を現して正解だった。バーサーカーの考えは間違ってはいなかったのだ。
ただ、どちらを選んでも正解ではあるが、どちらを選んでも間違いだった。
あの選択肢は、セイバーに狙われるか、キャスターに狙われるかの違いしかなかったというだけだ。
「……これでアーチャーに続いて、キャスターにまで狙われる羽目になってしまった……なんてこった……」
「そ、その……なんと声をかけて良いか……。巻き込んでしまって申し訳ないです……」
「……いや、セイバーたちは悪くないんだ。全部キャスター達が悪いんだ……」
こうやって敵からも心配されるのも、バーサーカーにとって珍しい体験だった。
そんな相手に八つ当たりができるような性格ではないバーサーカーは、自分の身に降りかかった理不尽を、キャスター達に対象を移すことで心の安定化を図る。
それに、キャスターに狙われようが、バーサーカーにとって周りがすべて敵だなんて状況いつものことだ。
これくらいではへこたれはしない。
……まぁ、少しは気分は沈みはするが。
(……まさか、
八つ当たりもせず、見て見ぬ振りができない性格と言い、倉庫街での対応の仕方と言い、『狂った戦士』のはずのバーサーカーが非常に常識的であることに、セイバーは憐れみを感じた。
いっそ狂えてしまった方が楽なのではないかと、とりとめのないことまで考えてしまう。
「じゃあね、セイバー達。今度こそお別れだ。先に行くよ」
「はい……それと、今回の手助け感謝しますバーサーカー。この礼は後日必ず」
「……期待せずに待ってるよ」
そのまま、バーサーカーはバイクにまたがり暗い夜道を走り去っていった。
狂った戦士のはずの彼が、危なげなくバイクを運転して……。
「……セイバー」
「どうしましたアイリスフィール?」
「キャスターがバーサーカーより狂ってるって……おかしな話よね」
「……バーサーカーを基準に考えてしまえば、この聖杯戦争に出ているサーヴァントの半分が狂っていることになりそうですね」
バーサーカーとはいったい何だったのか。
そんな哲学めいたことを考えてしまう二人であった。
Q
キャスターの『穴』っていつの間にできたの?
A
ジョニィが『鉄球』を投げて、それにキャスターが気を取られているうちに『爪』を撃ちました。
あの戦いを見ていれば、敵は間違いなく『鉄球』を警戒するので、それを囮にしました。
Q
ジョニィってこんなに落ち込みやすかったっけ?
A
別に彼は落ち込んではいません。
ただ単にオーバーリアクションしているだけです。
なので、割とキャスターに狙われてるということをあまり気にしていません。
そもそも最初はこっちが倒しかけたのだから、それくらいは想定の範囲内です。
Q
もしもセイバーのことシカトしてたらどうなってたノン?おせーて!おせーてくれよォ!
A
そうあわてるんじゃあない!
冬のナマズみたいにおとなしくするんだッ!
簡単なことだ……それで隠れでもしたらキャスターが消えた後、セイバーに斬りかかられていただけよッ!
……何?『だったら引き返せばいいじゃあないか』……だと?
おっと空気の読めないアホが一人登場~~。主人公が敵から逃げると面白くなくなるっていうの知ってたか?マヌケ。
真面目に言うと、残り一騎のサーヴァントの情報が手に入るので、ジョニィには『その場から離れる』という選択肢はありませんでした。
関わりたくないっていうのも、『遠くから観察したい』ってだけで、『逃げ出したい』ってわけではありません。