ハリー・ポッターと玄武(ガメラ)の少女 作:フォレス・ノースウッド
しかしTSマルフォイちゃん的ツンデレムーブする予定なのでお楽しみに( ̄▽ ̄)
一九九一年七月三一日の深夜/ロンドンからははるか遠くの海上の小屋
そこは先程まで嵐が吹き荒れていた。
今は一転して夜空が見えているものの、嵐の残滓で荒れ狂う波が岩礁へ打ちつけられ、海の上にぽつんと建つ小屋を激しく揺さぶっている。
その小屋へ向かう小舟には、二人の人影があった。
一人は、熊のように大きな体躯と髪も髭ももじゃもじゃとたっぷり蓄えた、いかにも豪快さが板についた大男。
もう一人は、葡萄色がかった長い黒髪と翡翠色の瞳を持ち、まだあどけなさの残る見た目からは年相応以上の落ち着きと凛然さを有した少女――六月に十一歳になったばかりで、九月には『ホグワーツ魔法魔術学校』へ入学する予定。
「ルビおじさん」
「何だ、朱音?」
少女は大男を『ルビおじさん』とあだ名で尋ね、男は少女の名を口にして応じる。
「魔法使いの卵くんの一人に入学案内を渡すだけで、何も私まで連れていかなくても……」
「いやな……正直、あのマグル一家はいけ好かん」
大男はたっぷり生やした癖のあるあの髭を撫で、不機嫌そうに髭を揺らした。
「頭に血が上って、うっかり魔法を使うかもしれねえ」
「……なるほど」
少女は、男はの手元にある古びた桃色の傘を見た。
「じゃあ、傘に偽装してる杖は……置いていけないか……魔法使いにとって杖は身体の一部だし」
「そういうこった」
少し寂しそうな色合いも籠った自虐的な笑みを浮かべる大男。
「退学にはなっちまったが、ダンブルドアから受けた恩義の分だけでも、誇りは捨てたくねえ」
「うん」
「それに、俺が持ってると、せっかく朱音が作ってくれたバースデーケーキもお釈迦になりそうで怖い」
腕に抱えた箱を見下ろす少女、その中には十一歳になるある少年のために焼いたチョコレートケーキが入っている。
「……それは確かに勘弁」
「はっはっは!」
「笑い事じゃないよルビおじさん、ちゃんと形を整えるのに苦労したんだから、嵐もどうにか止んでほっとしてるんだよ」
「お前さんの晴れ女はイギリスでも通用しちょるな」
少女は箱を丁重に抱え直した。
「だってせっかくなら、お祝いくらい気持ちよくしてあげたいじゃない、ハリーくんには」
その言葉に、大男は目を細めた。
「……お前さんのじいさんも、似たようなことを言いそうだな」
「だってそのグランパ譲りですから♪」
◇
第一幕――嵐の夜の訪問者
今例の小屋では、ある事情で半ば隠れ潜む形で寝泊まりしている一家がいる。
その家族の苗字は『ダーズリー』。
小屋の扉が、突然激しく叩かれた。
「だ、誰だ!?」
夫バーノン・ダーズリーが飛び起き、ベッドの傍に置いておいた猟銃を手に取った。
妻のペチュニアは実の息子ダドリーを抱き寄せ、彼女の甥の子に当たるくしゃくしゃな黒色の天然の癖っ髪と緑色の瞳の上に丸眼鏡をかけた少年は、床に敷かれた寝床から身を起こした。
さらに大きなノック音。
そして――扉があっけなく内側へ倒れ込んだ。
「……おっと。少し力が入りすぎた」
巨大な男が、申し訳なさそうに呟く。
その後ろから、少女がひょいと顔を出した。
「……ルビおじさん」
「ん?」
「後で扉ちゃんと直そうね、校長もそれぐらいなら魔法使っても大目に見てくれるよ」
「お、おう」
少女には頭が下がらない様子な大男だが――
「いますぐここから出ていけ!」
「黙れダーズリー、お前はすっこんどれ」
バーノンが持つ猟銃の銃身を、片手の握力と腕力でひん曲げて使い物にならなくさせた。
大男が怪力でダーズリー家を威圧している間に少女は室内を見回した。
怯えるダドリー。
青ざめたペチュニア。
顔を真っ赤にしたバーノン。
このダーズリー一家のことぶ関して少女は、大男からの口頭の説明の他に、できるだけ情報が偏重しない様にホグワーツから資料を届けてもらって読み通していたが………確かに『普通の家庭』とは幼い彼女の目線からでも言い難い。
むしろ『普通』に固執し過ぎて逆に『マグル』からある意味ではみ出過ぎている『俗』の匂いが濃過ぎる一家に見えた。
そして、驚きに目を見開いている痩躯で辛うじて自分と同じくらいの背丈な小柄さで、薄闇でも肌の色の悪さが分かる少年……日照時間に恵まれないイギリスの環境だけではこうはならないだろう。
大男からは少年がこの一家の下で『暮らさなければならない理由』はあらかた聞いているが、そんな事情が無ければ即座に児童社会福祉部門(Children's Social Care / 略称CSC)に対処してもらいたいくらいだった。
少女は内心ダーズリー家の普通と程遠い実態の巻き添えをくらっている少年の境遇に切なさと怒りを内に秘めつつも、その炎は微塵も表に出さず、むしろ彼には穏やかに微笑んだ。
「こんばんは、ハリー・ポッター君、だよね?」
「……う、うん」
「それと――」
少女は腕時計の針の位置を確認した。
「七月三十一日になったばかりだから……」
箱をそっと掲げる。
「十一歳のお誕生日、おめでとう♪」
「…………え?」
ハリーと呼ばれた少年は呆然とした。
彼にとって誕生日を祝われたこと自体、ほとんど記憶にない。
しかも、自分とそう年齢の変わらない少女が、わざわざケーキまで持ってきてくれた。
「……僕に?」
「もちろん♪」
こころからの祝福だと表明して顔いっぱいに微笑む朱音、薄闇でも彼女の笑顔はハリーにとって眩く見えた。
「君以外に、今日十一歳になるハリー・ポッター君はいないでしょう?」
ハグリッドが豪快に笑った。
「そういうこった! 誕生日おめでとう、ハリー!」
◇
第二幕――ホグワーツからの手紙
「あの……お二人って?」
内心喜びで口元が綻びつつも、ハリーがおずおずと尋ねた。
「俺はルビウス・ハグリッド、ホグワーツ魔法学校の鍵と領地の番人さ」
名を述べた大男――ハグリッドは胸を張った。
「んで、この子は俺の友達のお孫さんで――」
「草凪朱音――アヤネ・クサナギ」
少女――朱音は軽く会釈した。
「グランパと父はイギリス生まれの日本人だよ、私は日本育ちだけどね」
「……日本?え~と世界地図で右端の島国の?」
「うん♪ 私も今年からホグワーツに入学する予定なの」
「ホグワーツ?学校なのそれ?」
「そう、もうすぐ君と同級生、これがその証拠」
朱音は、本来ハグリッド渡す予定の封筒を懐から出して、暗闇かつ眼鏡が必須なハリーにも『ハリー・ポッター宛』であると名前を指差し。
「今日は君宛ての手紙の中身をちゃんと読んでほしくてね。叔父さん一家が受け取り拒否を連発するものだから」
バーノンが怒鳴った。
「余計なお世話だ!!」
朱音は振り返った。
「おやこんばんは、バーノンおじさま」
「おじさまと呼ぶな!」
「では、ミスター・バーノン・ダーズリー、まず確認させてください。ハリー君宛ての手紙が何度も届いていたことは、ご存じですよね?」
「……そ、それがどうした!」
「本人に渡さなかった理由を伺ってもよろしいですか?」
「我が家の方針だ!」
「……なるほど」
横暴としか言いようのないバーノンの発言だが、朱音は涼しい顔で頷いた。
「でも宛名はハリー君ですよね?」
「だから何だ!」
「ハリー君に届いた手紙を読むかどうかは、まずハリー君自身が決めることだと思うんです」
顔面と首の境目が分からないバーノンの面持ちが引きつった。
「子どもに何が分かる!!」
「では子どもにも分かように説明をお願いします、大人として」
朱音からの問いに、バーノンは沈黙を返した。
「だんまりですか、仕方ありません……手紙の送り主が誰かは私たちが説明します、その為にここまではるばる来たんですから♪」
ハグリッドは、髭の下でにやりと笑い。
「暖も取ってくれ、ハリーが寒そうだ」
「うん」
朱音は掌を上向きにすると、火の玉が突如出現し、暖炉に向けて放り投げると、一瞬で焚火が程よく点いて、夏でも冷えるボロい屋内に温かい空気が入り込む。
「あの、ホグワーツとかいう学校とか、今君がやったこととか、色々聞きたいんだけど……」
「そうだよね、まずは『百聞は一見に如かず』でお手紙の中身を読んでみてくれるかな?」
「うん……」
ハリーは朱音から言われた通り、まず封筒を開けて手紙を広げてみた。
『ミスター・ポッターへ、ホグワーツ魔法魔術学校の入学が許可されたことをお報せします』
——内容を要約すると、こういうことだった。
「魔法、僕が……魔法使い!?」
「そう、君のパパとママも魔法使いで、親譲りの魔法の才能がある証拠の一つがその手紙」
「それも訓練さえ積めばすんごい魔法使いになれるぞ、俺が保障する」
◇
第三幕――バーノン・ダーズリー、経済的抵抗を試みる
「そんなバカげたとこに小僧は行かせんぞ!!」
ハリーが魔法使いの家系の出であることを朱音とハグリッドが説明しようとした矢先、バーノンが怒鳴り散らして割って入ってきた。
「赤ん坊の時引き取ったその日から誓ったんだ!」
「知ってたの……パパとママが魔法使いだと知っててずっと黙ってたの!?」
さすがに自身の両親のことをずっと黙っていたダーズリー夫妻に、ハリーは語気は今までに無いほど声を荒げていた。
「知ってたわ、ご立派な妹――お前の母さんがそうだったもの、昔その手紙が来た時、うちの親はどっちも大喜び~~我が家に魔女が授かったってね~~私からしたらその瞬間から妹はバケモノよ、そして父親のポッター、あいつと妹が結婚してあんたが生まれた、あんたもあんたでまともじゃない……」
(どっちだか……)
ハリーには温和に接してる朱音も、ダーズリー夫妻の態度には冷ややかな目を向きたくもなり………ある意味その証明も同然にダドリーが朱音が持つケーキの入った箱を奪おうとするも。
(失せろ……お前のものじゃない)
翡翠の瞳から、まさに蛇の一睨みで男子かつ遥かに大柄な彼を睨まれた蛙同然に、下手の角にまで引き下がらせてしまった。
「挙句の果てに、あいつも妹も吹っ飛んでしまい、赤子のアンタがうちに放り込まれて来た」
「吹っ飛んだ?交通事故で死んだって言ったじゃないか!?」
「交通事故?そんな嘘までこの子についたのかお前ら!なんたる侮辱!!」
「そうでも言わなきゃ……」
「絶対に行かせんぞ!」
「お前ら程度のマグルに止められはせん!」
ハグリッドも負けじと声を張り上げる。
「ハリーの入学は生まれた時から決まっとるんだぞ! 世界一の魔法学校ホグワーツで、それも、歴代校長で最も偉大なアルバス・ダンブルドアの元でな!」
「そんなイカれたジジイなんかに、金なんかびた一文払わんぞ!!」
その瞬間、一番踏んではいけない地雷を足蹴にされて熱くなりかけたハグリッドを朱音が小さな片腕一本で。
「学費の件でしたら、タダですよ、ミスターバーノン」
「…………は?」
バーノンの怒声が止まった。
「ホグワーツでは授業料は徴収されません。教科書や制服、杖などの教材にはお金がかかりますけど、経済的に困難な生徒のための支援制度も充実しております、つまり、おたくらにびた一文払う必要も義務もないし、おたくにかかる負担はせいぜい後七年の内の夏休みの間だけ、全寮制なのでハリー君が魔法学校入れば、この先ご夫婦が頭を悩ませていた教育費用も、全て息子さんの為に使えます」
理路整然とした朱音の説明にバーノンの口が、ぱくぱくと動いた。
「な……な……」
「ですから、金銭面のご心配は無用です♪」
「金の心配をしているんじゃない!!」
「あれ? 今お金を払わないと仰ったので、その点について心配はないとお答えしたんですが、どうしてもハリーくんをホグワーツに行かせたくない理由を述べてもらえますか?魔法使いをバケモノ扱いしてるのはもう聞いたので、それ以外を具体的かつ納得できる説明で」
「ぐ……!!」
きょとんと首を傾げる朱音と、苛立ちばかり募るバーノンに、ハグリッドが盛大に吹き出した。
「ルビおじさん、笑っちゃ駄目だよ、ダーズリーの皆さんの血がまた昇るじゃない」
「い、いや、すまん! だが~こりゃ傑作だ!」
ハリーはも釣られて思わず口元を押さえた。
こんなにあっさりとバーノン叔父さんが言い返せなくなる光景を、初めて見たからだ。
◇
第四幕――交渉人、問題の本質を確認する
「……いいか、小娘!」
バーノンは顔を真っ赤にして叫んだ。
「我が家では、あんな異常な連中の話など認めん!!」
朱音の笑顔が、少しだけ静かなものになり、鋭さが増した。
「……なるほど、お二人が魔法界を嫌っていることは分かりました。そこを今すぐ好きになってくださいとは言いません」
「…………」
「でも、ハリー君が自分の生まれや進路について知ることまで、妨げる理由にはならないと思います」
バーノンが鼻を鳴らした。
「子どもの進路は保護者が決める!」
「その保護者には、子どもの利益を考える責任もありますからね、あなたの言う進路も含めて」
「……何だと?」
「ハリー君はもう十一歳です、全部を一人で決められる年齢ではないかもしれませんが、次の学校をどこにするかぐらいの自分の将来について意見を聞いてもらうには、十分な年齢でしょう?」
応答できそうにないバーノンをよそに、朱音はハリーへ向き直った。
二人の微妙に色合いは異なるが、同じ緑がかった瞳が合わさる。
「ハリーくん、今まで変なことが起こった経験はない?」
「……変なこと?」
「例えば、自分でも説明できないことがいきなり起きたり、思いがけず何かが変わったり、とか」
ハリーは、物心ついてから今日まで起きた不思議な出来事の数々を思い出した。
動物園で、蛇と会話できた上に展示ケースのガラスが消えたこと。
切られたはずの髪が一晩で伸びた、刈り上げにされた時は一週間で元の長さに戻ったこと。
ダドリーと取り巻きに追いかけられて、必死に逃げている内に、いつの間にか学校の屋根とか煙突の頂上へ上がっていたこと。
「……あるよ」
「そっか」
朱音は頷いた。
「じゃあ君にも魔法の力がある決定的証拠だね」
「……僕にも?」
「うん、だからホグワーツから手紙が届いたんだよ」
「そうさ、さっきも言っただろう?お前さんも魔法使いだって」
ハグリッドも力強く頷いた。
ハリーは、手紙を見つめた。
自分が魔法使い。
そんなこと、考えたこともなかった。
でも――今までの不可解な出来事の数々に、初めて納得できる理由がついた実感が伴ってきた。
◇
第五幕――君はどうしたい?
「……でも」
ハリーは小さく呟いた。
「僕が行きたいって言っても、叔父さんたちは許してくれないと思う」
朱音は少し考えた。
「……ハリー君」
「何?」
「じゃあ君は、どうしたい?魔法学校へ行きたい? それとも、もう少し考えたい?」
ハリーは、封筒を握り締めた。
「……行ってみたい」
「うん」
「僕にも魔法が使えるなら……ちゃんと勉強してみたい」
はっきり意志を示してくれたハリーに、朱音は自分のことのように喜んで笑う。
「じゃあ、まずはそこからだね♪」
彼女はバーノンへ向き直った。
「ダーズリー一家の皆さん、ハリー君はホグワーツへ行きたいそうです」
「そんなもの認めん!!」
「おやそうですか」
朱音は、あっさり頷いた、しかし退く気は一切無かった。
「では、認められない理由を一つずつ確認しましょう」
「…………は?」
「学費の問題はありません、教材費についても手段があります、通学については、学校側が案内します、ご家庭の方針については伺いましたが、それだけではハリー君自身が学ぶ機会を失う理由として、十分ではないと思います」
またしてもハリーと同い年とは思えぬ理性的で論理的な朱音からの説明と真逆に、バーノンの額に青筋が浮かんだ。
「……小娘が、大人に説教する気か!?」
「いえ」
朱音は、凛々しさとあどけなさが併存する顔をにっこりとさせる。
「ただ話し合いをしているだけですよ、そこは大人も子どもも関係なく人間同士ができることですよ」
「ぐぬぬぬ……!!」
ハグリッドは、必死に笑いを堪えていた。
(……こりゃ、連れてきて正解だったな)
バーノンは、朱音を睨みつける。
だが少女は一切怯えない、声を荒らげることもない。
ただ、相手が持ち出した論点へ、一つずつ答えていく。
いくら感情的に怒鳴っても、話を逸らしても、少女は元の問題へ戻してしまう。
――ハリー本人の意思を、どう扱うのか、その一点へ。
「我が家のことに口を出すな! 小娘が!」
それでも感情論で食い下がるバーノン。
「……そうですね。ご家庭には、それぞれの事情があるでしょう」
対する朱音は『大人の対応』で穏やかに頷いた。
「だったら――!」
「ですが、その事情がハリー君本人の権利や将来を損なっていい理由にはなりませんよね?」
「ぐっ……!」
にっこりと朱音は笑い続けていた。
実に穏やかに、実に礼儀正しく。
しかし、その実、内心のお気持ちはというと。
(…………いやはや、控えめに言って、いい加減にしろよ、この大人たち)
――激怒していた。
(自分たちの価値観に合わないものは全部異常扱い、リリーおばさんへの嫉妬や世間体への執着は勝手だけど、その鬱憤を十一歳の甥っ子にぶつけるなっての、おまけに、本人宛ての手紙を隠して、両親の死因まで偽って………ああ~駄目だ……考えるほど腹が立ってきた)
義憤の怒りを内に燃やしている朱音は、静かに息を整えた。
その様子を横目で見ていたハグリッドが、ふと気づく。
(……おや?)
表面上、朱音の声音は変わらないし、笑顔も崩れていない、なのに……。
(……朱音のやつ、相当怒っとるな)
ハグリッドは長い付き合いで知っていた。
この少女は、本当に怒った時ほど、むやみに声を荒らげないことがある。
それは怒りが小さいからではない。
怒りを相手にぶつけることと、問題を解決することは別問題だと、きっちりすみ分けできているからに他ならない。
「ダーズリー家の皆さん」
改めて朱音が口を開く。
「もう一度、確認させてください」
「何だ!」
「ハリー君がホグワーツへ通うことで、ご家庭に生じる具体的な不利益は何でしょう?」
「だから、あんな異常な学校など――!」
「それは学校への評価ですね。ご家庭への具体的な不利益について伺っています♪」
「…………!」
(……おっかねえ)
ハグリッドは内心で呟いた。
(俺ならとっくに怒鳴り返しとるし、あのドラ息子に豚の尻尾を生やしとるわ……)
朱音はなおも微笑んでいる………内なる怒りは巧妙に隠したまま。
「魔法界を嫌うことは、あなたがたの自由です」
「……ふん!」
「でも、その自由を守るために、ハリー君の自由を奪う必要はありませんよね?ご自身が魔法界と関わりたくないのであれば、その意向は尊重できます。だからこそ、ハリー君の進路については、学校側と本人で話を進める方法を考えましょう」
バーノンの口が、今のだけで何度も返す言葉がでずに引きつった。
朱音の方は一歩も断固して引かなかった。
しかし、一度も怒鳴らなかった。
終幕――十一歳の誕生日
「じゃあ私たちはハリーくんとお話とお祝いをしたいので――邪魔はしないで下さい」
ここにきて声色を一気に低くさせた朱音はダーズリー家を完全に黙らせ、小さなテーブルの上へケーキの箱を置いた。
「……さて」
蓋を開ける。
中には、チョコレートクリームで飾られたバースデーケーキ。
中央には、丁寧な文字でこう書かれていた。
《HAPPY 11TH BIRTHDAY, HARRY!》
「……わあ」
ハリーが息を呑んだ。
「朱音が作ってくれたんだぞ!」
ハグリッドが嬉しそうに言った。
「ハリー君のお口に合うといいんだけど♪」
朱音はナイフを取り出し、ケーキを切り分けた。
「……本当に、僕のために?」
「うん♪」
「……どうして?」
朱音は少し考えこんだ様子で窓に目を向け、ハリーの目に向き直して柔らかく微笑む。
「だって、今日は君が君のパパとママから愛されて生まれてきた日でしょう? お祝いする理由としては、それで十分だよ」
ハリーは、良い意味で言葉を失った。
自分が生まれたことを、こんなふうにここまで心より喜んでくれる人がいる。
それだけで、胸の奥が温かくなった。
「……ありがとう、朱音」
「どういたしまして♪」
ハグリッドは、目元を少し赤くしていた。
「……リリーとジェームズも、きっと喜んどるだろうな」
朱音はハリーへ皿を差し出した。
「さあ、召し上がれ♪」
ハリーはフォークを手に取り一口、甘いチョコレートの味が、口いっぱいに広がる。
「……おいしい」
「本当?」
「うん。すごく」
朱音も、心から嬉しそうに笑った。
「よかった♪」
その夜。
ハリー・ポッターは、自分が魔法使いであることを知った。
ホグワーツという学校の存在を知った。
そして――自分と同じ年頃の、少し不思議な翡翠色の瞳の少女と出会った。
彼女は、魔法でダーズリー一家を脅かしたわけでもなければ、力ずくでハリーを連れ出したわけでもない。
ただ、事実を確かめ、言葉を尽くし、少年自身へ問いかけた。
「君は、どうしたい?」
それは、ハリーがこれまでほとんど尋ねられたことのない質問だった。
そして、これから始まる七年間の物語において、草凪朱音が幾度となく大切にする問いでもあった。
EX――ハグリッドの本音
「……朱音、お前さんを連れてって正解だったわ」
「そう? ケーキが無事だったから?」
「それもあるがな、あのダーズリーの野郎、お前さんの前では手も足も出ず、そのくせ喚けば追い払えるといわんばかりの体たらくだったからな」
「どっちが大人だが分からないよ、大人を目指すって難しいの、子どもでも分かるんだけどさ……でも、ルビおじさん」
「ん?」
「ハリー君、最初に私たちを見た時、すごく驚いてたでしょう?ほんとに魔法界のことはなんにも知らせてもらえず、グランパが私にしてくれたみたいに、自分でどっちの世界を選ぶかも許されていなかった……」
「……ああ」
「自分の誕生日を祝われることにも、慣れてないみたいだった……おまけに仮にも甥っ子をバケモノとかまともじゃないのとか………私もとっちめたくなりかけたよ」
「…………朱音、よく我慢できたな」
朱音は一瞬きょとんとした。
それから、困ったように笑った。
「……いやあ、実は結構危なかったよ」
「やっぱりか!」
本人に尋ねてみて、ハグリットは朱音も内心腸が煮えくり返りそうなくらい怒っていた事実を知る。
「だって、あれだけ自分たちの『普通』に固執しておいて、やってることはハリーくんに『自分で選ぶことを許さない』支配な体たらく……身内の子ども一人を『普通』に大切にすることすらできてないんだもん」
「……ああ」
「それで、ハリー君本人にまであんな罵詈雑言の数々……」
朱音の翡翠色の瞳が、すっと細くなる。
「……どの口が言うんだか、魔力が無い以外は闇塗れじゃん、純血主義過激派のスラングの方が、まだ大人しいかも」
ハグリッドは朱音の皮肉に思わず黙った。
一方朱音はふう、と息を吐く。
「でも私が怒鳴り散らしたら、あの人たちには『やっぱり魔法使いは乱暴だ、怪物なんだ』って言い訳を与えるだけでしょう?」
「……そうだな」
「それに、今日はハリー君の誕生日だよ?あの子の十一回目の誕生日を、私たちと叔父さん一家の喧嘩の思い出にしたくなかったんだ」
微笑む顔立ちからハリーをお祝いしたかった朱音の心遣いに、ハグリッドは目を丸くし、そして、ゆっくり彼女から貰い受ける形で笑い返す。
「……なるほどなあ」
「それに、怒ること自体は悪くないと思うんだ」
「ん?」
「怒りは、大切なものが傷つけられた時に生まれることもあるからね。でも、その怒りをどう使うかは、別の話でしょう?」
朱音は今度は、少し悪戯っぽく微笑んだ。
「腹が立ったからこそ、余計に頭を使わなきゃね♪」
「……ぶっはっはっは!!」
ハグリッドも腹を抱えて笑い飛ばす
「お前さん、ほんとに十一歳か!?」
「六月に誕生日迎えたばかりだよ?」
「そういう意味じゃなくてだな」
「私のことは置いておいて……これからのハリー君には、もっと楽しい誕生日を迎えられるといいね」
ハグリッドは、しばらく黙っていた。
そして、朱音の頭へ大きな手をそっと優しく置いた。
「……ああ。きっとそうなるさ」
「ふふっ♪」
――守護神の記憶を持つ魔法使いの卵の一人な草凪朱音は、未来の友人の十一歳の誕生日と、彼の笑顔そのものを守り抜いたのだった。
つづく。