ハリー・ポッターと玄武(ガメラ)の少女   作:フォレス・ノースウッド

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いよいよホグワーツ出発の回。


一年生編――『出発の日、ホグワーツ特急』

 一九九一年、九月一日。

 

 ロンドン郊外、サレー州リトル・ウィンジング。

 プリベット通り四番地。

 ダイアゴン横丁での買い物から、およそ一か月が過ぎていた。

 ハリー・ポッターの生活は、あの日を境に大きく変わっていた。

 もっとも、ダーズリー一家が突然優しくなったわけではない。

 相変わらず、バーノン叔父さんはハリーの姿を見ると不機嫌そうに新聞を広げ、ペチュニア叔母さんは必要最低限のことしか口にしない。ダドリーに至っては、ハリーが魔法使いだと知って以来、以前ほど積極的に近寄ってこなくなっていた。

 それでもハリーにとっては良い方面な変化は他にもあった。

 階段下の物置ではなく、二階に自分の部屋を与えられたことだ。

 以前はダドリーの使わない玩具が押し込まれていた部屋だったが、今はハリーの教科書や制服、魔法薬の材料、そして新しい杖が置かれている。

 窓辺には、真っ白なフクロウの――ヘドウィグ。

 ダイアゴン横丁でハグリッドが誕生日祝いに買ってくれた、大切な友達だった。

 

「おはよう、ヘドウィグ」

 

 ハリーからの挨拶にヘドウィグが小さく鳴き、彼は笑顔で餌を与え、机の上に置かれた羊皮紙へ目を向ける。

 そこには、ここ一か月で届いた何通もの手紙が、丁寧に束ねられていた。

 差出人は草凪朱音、十一歳の日本人の少女。

 ハリーにとって、魔法界で初めてできた同い年の友達だった。

 

     ◇

 

一、フクロウが運んでくれた世界

 

 朱音との文通は、ハリーにとって毎日の楽しみになっていた。

 最初は、ホグワーツで使う教科書についての質問だった。

 しかし、やり取りを重ねるうちに、話題はどんどん広がっていった。

 魔法界の暮らし。

 魔法生物の種類。

 日本とイギリスの学校生活の違い。

 さらには、マグルの映画やテレビ番組の話まで。

 特にハリーが驚いたのは、朱音の祖父についての話だった。

 彼女の祖父はホグワーツの教科書にも採用されている『幻の動物とその生息地』の著者でもある魔法動物学者ニュート・スキャマンダーとホグワーツ時代の同級生だったという。

 現在は日本で暮らしているものの、若い頃には世界各地を旅しており、ニュートが別の仕事で手を離せない時には、代理で魔法動物の調査を引き受けたこともあったらしい。

 朱音からの手紙には、こんなことが書かれていた。

 

『お祖父ちゃん曰く、ニュートさんは昔から魔法動物のことになると本当に熱心だったんだって。今もご健在だから、いつかお話を聞ける機会があるといいね。

でも、魔法動物の調査って、可愛い生き物を眺めるだけじゃ済まないから、そこは気をつけないとね♪』

 

 ハリーは思わず笑ってしまった。

 朱音の手紙には、いつもそんな調子の親しみやすさがあった。

 さらに、マグルの日本の小学校について尋ねた時には、こんな返事が届いた。

 

『日本の小学校は、給食を教室で食べたり、生徒自身で教室を掃除したりするところが多いんだよ。それと、日本のテレビでは外国の映画やドラマを日本語に吹き替えて放送することがあるの。声優さんっていう、声で演技をする役者さんたちが担当するんだけど、昔は外国の俳優さんが本当に日本語を話してると思った視聴者もいたくらい、上手なんだって。ハリーも機会があったら観てみると面白いかもね♪』

「……外国の人が日本の言葉を話してるみたいに聞こえるんだ」

 

 ハリーは不思議そうに呟く……ダーズリー家では、テレビを自由に観られる機会などほとんどなかった。

 まして、日本の番組がどんなものかなど想像もつかない。

 けれど、朱音の手紙を読む度に世界には自分の知らないことが山ほどあるのだと実感できた。

 そして、それを知ることが楽しかった。

 ただ、一つだけ。

 ハリーには、どうしても気になっていることがあった。

 

     ◇

 

二、稲妻の傷痕

 

 机の引き出しから、ハリーは杖の箱を取り出した。

 十一インチ、柊の木、不死鳥の尾羽根。

 オリバンダー老人によれば、ハリーの杖と、ある恐ろしい魔法使いの杖には、同じ不死鳥から採られた尾羽根が使われていたという。

 兄弟杖……その事実を知った時、ハリーは少なからず動揺した。

 だが、朱音からの助言のおかげで、今は杖そのものを怖いとは思っていない。

 杖が自分を選んだこと。

 そして、杖で何をするかは自分が決めること、そう考えられるようになったからだ。

 その上で――

 

「……あの人は、どうして僕を……?」

 

 ハリーは額の、稲妻の形をした傷痕に手を当てる。

 物心ついた頃から、ずっとそこにあったもの。

 ダーズリー夫妻は、両親が交通事故で死んだと言っていた。

 だが、それが嘘だったことは、ハグリッドと朱音に出会った夜に知っている。

 ならば、本当は何があったのか。

 どうして両親は死んだのか。

 どうして自分だけが生き残ったのか。

 ハリーは長い時間、羊皮紙を前に考え込んだ末、思い切って朱音へ手紙を書いた――もし知っているなら、教えてほしい。

 自分の両親と、あの魔法使いの間に何があったのか。

 その返事が届いたのは、数日後のことだった。

 

『ハリーへ。

君が知りたいと思うのは当然だよ。

ただ、この話は魔法界では今でも大っぴらに口にしにくい事情があるんだ。

私が今知っている範囲なら、ちゃんと伝えられるよ。でも、私も全部を知っているわけじゃないから、その点だけは覚えておいてね。

九月一日、キングス・クロス駅へ行く前に、君の家の近くの公園で待ち合わせしない?

同封したシールを服か鞄に貼っておいて。マグルから必要以上に注目されなくなる魔法がかけてあるから。

それじゃ、またね。

朱音より』

 

 封筒の中には、小さなシールが数枚入っていた。

 ハリーはそれを指先で摘まみ、窓から差し込む光に翳した。

 見た目は、どこにでもありそうな小さな紙片だった。

 

「……本当に、魔法って何でもできるんだな」

 

 そう呟きながらも、ハリーは少しだけ安心していた。

 朱音は、知っていることを教えてくれると言った。

 それだけで十分だった。

 

     ◇

三、出発の朝

 

 九月一日の朝。

 ハリーはいつもより早く目を覚ました。

 ホグワーツの制服。

 教科書。

 魔法薬の材料。

 杖。

 そして、ヘドウィグの鳥籠。

 忘れ物がないか、何度も確認する。

「今日から、ホグワーツなんだ」

「ホゥ」

「君も楽しみ?」

 

 ヘドウィグが翼を小さく広げた。

 笑みを送るハリーには、気がかりもあった。

 ホグワーツ特急が出発するのは、キングス・クロス駅の九と四分の三番線。

 しかし、そんなホームがどこにあるのか、ハリーには見当もつかなかった。

 朱音と待ち合わせることになっているとはいえ、彼女がその疑問を解決してくれるかどうかまでは分からない。

 荷物を持って階下へ降りると、バーノン叔父さんが新聞を読んでいた。

 

「……行ってきます」

 

 返事はなかった。

 ペチュニア叔母さんも、ハリーを見ようとしない。

 ダドリーは朝食を食べながら、ちらりと視線を向けただけだった。

 ハリーは少しだけ立ち止まった。

 以前なら、何か言われるのではないかと身構えていただろう。

 だが、今は違う。

 自分には、行きたい場所がある。

 会いたい友達がいる。

 そして、これから始まる自分だけの、自分が選んだ新しい生活がある。

 

「……じゃあ」

 

 ハリーは小さく呟き、玄関の扉を開けた。

 九月の朝の空気が、頬を撫でた。

 

     ◇

 

四、公園に現れた不思議なバス

 指定された公園へ到着したハリーは、時計を確認した。

 約束の時間まであと数分、鞄には、朱音から送られてきたシールが貼ってある。

 通りを歩くマグルたちは、ハリーの大きな荷物や鳥籠を見ても、不思議そうな顔一つしなかった。

 

「……本当に効いてる」

 

 ハリーが感心していると、急にどこからともなく、エンジン音が聞こえてきた。

 

「……え?」

 

 音のなる方へ目を向けた瞬間。

 公園の前に、一台のバスが現れた。

 古風な二階建ての車体、深い赤色を基調とした塗装、側面には金色の文字で校章と行き先が記されている。

 ――HOGWARTS SCHOOL TRANSPORT SERVICE.

 

「……ホグワーツ?」

 

 ハリーが呆然としていると、扉が開いた。

 

「おはようございます!」

 

 車掌らしい魔法使いが、にこやかに顔を出した。

 

「ホグワーツ行きの生徒さんですね?」

「え、ええ……でも、これは?」

「ああ、最近始まったばかりのスクールバスですよ」

「スクールバス?」

「はい、家庭の事情で保護者が駅まで送れない生徒さんや、一人で長距離を移動するのが難しい生徒さんのために用意されたんです」

 

 得意げにバスの概要を語って胸を張る車掌。

 

「もちろん、普通のマグルには気づかれないようになっています。安全第一、時間厳守、快適な通学をお約束!」

 

「……そんなものがあるんですね」

「便利な時代になったでしょう?」

 

 目を丸くしてるハリーに車掌は笑い、手を差し出した。

 

「それでは乗車確認を。九と四分の三番線の案内が記された乗車券、またはホグワーツからの案内状と、杖を見せていただけますか?」

「はい!」

 

 ハリーは慌てて鞄を開けた。

 ホグワーツから届いた案内状。

 そして、オリバンダーの店で購入した杖。

 車掌はそれらを確認し、満足そうに頷いた。

 

「結構です。ようこそ、ホグワーツ・スクールバスへ!」

 

 ハリーはほっと息を吐いた。

 

「大きな荷物はこちらへどうぞ。鳥籠と手荷物は車内にお持ちください」

 

 車掌が示したのは、車体下部の荷物収納スペースだった。

 見た目は普通のバスと大差ない。

 だが、扉を開けた瞬間、ハリーは目を見張った。

 

「……広い!」

 

 中には、バスの車体からは想像できないほど広大な空間が広がっていた。

 既に何人もの生徒のトランクが、整然と並べられている。

 

「『検知不可能拡大呪文』ですよ。外からは普通の荷物室にしか見えません」

「すごい……!」

 

 ハリーは感心しながら、トランクを預けた。

 そして、ヘドウィグの鳥籠と鞄を持ち、バスの階段を上がると。

 

「――ハリー!」

 

 聞き覚えのある声。

 ハリーが顔を上げると、窓際の席から一人の少女が立ち上がった。

 葡萄色がかった艶やかな黒髪。

 澄んだ翡翠色の瞳。

 あの見る人を釘付けにする穏やかな微笑み。

 

「久しぶりだね♪」

「……朱音!」

 

 ハリーの顔が、一瞬で明るくなった。

 

     ◇

 

五、再会

「元気にしてた?」

「うん! 朱音も?」

「もちろん♪」

 

 朱音は隣の席を示した。

 

「どうぞ。席取っておいたよ」

「ありがとう!」

 

 ハリーは鞄と鳥籠を置き、腰を下ろした。

 バスの窓からは、リトル・ウィンジングの街並みが見えている。

 しかし、車内には不思議なほど落ち着いた空気が漂っていた。

 

「ヘドウィグも久しぶりだね」

 

 朱音が優しく声をかけると、ヘドウィグは嬉しそうに鳴いて、やぁと言いたげに片腕(はね)を挙げた。

 

「手紙、ありがとう。すごく楽しかったよ」

「こちらこそ。ハリーの質問、面白かったよ」

「本当?」

「うん。日本の学校について聞かれるとは思ってなかったからね」

 

 二人は顔を見合わせて笑った。

 しばらく、ダイアゴン横丁で買ったものや、これから始まる学校生活について話した。

 だが、やがてハリーは少しだけ表情を曇らせた。

 

「……朱音、手紙で聞いたことなんだけど……」

「あっ……」

 

 朱音は静かに頷いた。

 

「覚えてるよ」

 

 そして、鞄から一枚の折り畳まれた羊皮紙を取り出した。

 

「……これって?」

「君が知りたがっていたこと。今の私が知っている範囲で、書いておいたんだ」

 

 朱音は声を囁く段階まで落とす……できるだけハリー以外の周囲の子どもたちには聞き取らない様に。

 

「ただ、この話は大っぴらに口に出さない方がいい。だから、できれば声に出さずに読んでほしい」

「……分かった」

「それと、もう一つ」

 

 朱音とハリーの、緑系に彩られた瞳が合わさる。

 

「私は、ここに書いたこと以上の詳しい事情は知らない。だから、君が自分から聞かない限り、私の方からこの話を持ち出すこともしないよ、知りたいことを知る権利は、君にある。でも、いつ、どこまで知るかを決めるのも、君自身だからね」

 

 ハリーも小声でゆっくりと頷いた。

 

「……ありがとう、朱音」

「どういたしまして」

 

 ハリーはそっと羊皮紙を開いた。

 そこには丁寧な文字で、まさに『衝撃の事実』と表する他ない彼の出自が記されていた。 

     ◇

 

六、知らなかった真実

 

 十年以上前……魔法界は、ある恐ろしい魔法使いと、その配下の者たちによって戦争状態に陥っていた。

 その魔法使いの名は――ヴォルデモート。

 今でもその名を口にすることを恐れる人々は多く、『例のあの人』『名前を言ってはいけないあの人』、あるいは「闇の帝王」と呼ばれている。

 ハリーの両親、ジェームズ・ポッターとリリー・ポッターは、その闇の魔法使いに抵抗する組織の一員だった。

 しかし、ハリーがまだ一歳だった頃。

 ヴォルデモートは、ポッター一家が身を隠していた家を襲撃した。

 ジェームズとリリーは無慈悲に殺された。

 だが、ハリーだけは生き残った――額の稲妻形の傷痕は、その時にヴォルデモートが放った呪いによってできたものだという。

 本来なら命を奪われるはずだった呪い。

 しかし、なぜかハリーには傷痕以外の効果を及ぼさず、逆にヴォルデモート自身へ跳ね返ったらしい。

 その出来事を境に『闇の帝王』は姿を消した。

 魔法界の大半の人々は、彼が死んだと考えている。

 しかし、完全に滅びたわけではなく、力を失って潜んでいるだけだと考える者もいる。

 そして――。

 ハリー・ポッター、以来彼は魔法界で『生き残った男の子』として知られている。

 多くの魔法使いたちは、彼を闇の帝王を打ち倒した英雄として扱っている。

 

     ◇

 

 ハリーは、羊皮紙を見つめたまま動かなかった。

 バスのエンジン音が、遠くに聞こえる。

 窓の外では、街並みがゆっくりと流れていた。

 けれど、ハリーの意識は、そこにはなかった。

 自分の父と母の二人は、交通事故で死んだのではなかった。

 自分を襲い、額の傷を付けた魔法使いからの呪いで殺されたのだ。

 そして、自分だけが生き残った。

 

「…………」

 

 ハリーは、額の傷痕にそっと触れた。

 今まで不思議な形をしているだけの、ただの傷だと思っていたものに……こんな意味があったなんて。

「……朱音」

「うん」

「……僕はほとんど何も覚えてないんだ……思い出せるのは、緑色の光のイメージくらいで」

 

 朱音は黙って聞いていた。

 

「パパことも、ママのことも、ここに書いてるあの夜のことも……」

「……うん」

「なのに、みんなは僕を英雄だって思ってるんだね」

 

 ハリーは小さく笑おうとした。

 しかしうまく笑えない……この一か月、心から笑える瞬間に恵まれていたのに。

 

「……僕は、何もしてないのに」

 

 口を固く結ぶ朱音は横顔を見せたまま、すぐには答えなかった。

 少しだけ間を置いてから、静かに口を開く。

 

「ハリー」

「……何?」

「君があの夜、何をしたのか。どうして生き残ったのか。それは私にも分からない」

「でもね、君が生き残ったことと、君がどんな人間なのかは、別の話だよ」

 

 文面に刻まれた出自に目を落としていたハリーは顔を上げた。

 

「……別?」

「うん、魔法界の人たちが君を英雄だと思っているのは、過去に起きた出来事が理由でしょう?」

「……うん」

「でも、私が君と友達になったのは、そういう理由じゃないからね」

 

 朱音は、いつもの調子で続けた。

 

「ダイアゴン横丁で一緒に買い物をして、いろんな話をして、手紙をやり取りして……その中で、君と友達になれてよかったなって思ったんだ」

「朱音…………」

「だから、私にとって君は、まずハリー・ポッターという一人の男の子なんだよ」

 

 ハリーの目が、少しだけ大きくなった。

 そして、ゆっくりと俯いた。

 

「……ありがとう……朱音も、最初から僕のことを知ってたなんて、思わなかった」

「そうだね。最初に会った時から名前だけは知ってたよ」

「……でも、何も言わなかった……どうして?」

「どうしてって……」

 

 少し不思議そうに、朱音は首を傾げる。

 

「だってこんな話、君が自分から話してくれるまで、私が勝手に言いふらすことじゃないでしょう?」

「…………」

「それに、ハリー」

 

 朱音はにっこり笑った。

 

「私にとって友達になるのに、相手が有名人かどうかなんて、関係ないからさ」

 

 ハリーは、しばらく黙っていたが、やがて。

 

「……うん」

 

 小さく頷いた。

 

「……僕も、朱音と友達になれてよかった」

 

 朱音の笑みが、さらに柔らかく、眩くなった。

 

「こちらこそ♪」

 

    ◇

 

七、キングス・クロスへ

 

 バスは、ロンドンの街並みへ入っていた。

 窓の外には、次第に交通量の多い道路と、古い煉瓦造りの建物が増えていく。

 ハリーは羊皮紙を丁寧に折り畳み、鞄へしまった。

 まだ、知りたいことはたくさんあった。

 ヴォルデモートとは、どんな魔法使いだったのか。

 どうして両親は狙われたのか。

 なぜ、自分だけが生き残ったのか。

 そして、あの兄弟杖には、どんな意味があるのか。

 けれど、今すぐすべてを知る必要はないのかもしれない。

 少なくとも、そう思えるようになっていた。

 ハリーは窓の外へ目を向けた。

 ロンドンの空は今日も薄い雲に覆われていた。

 それでも、不思議と気持ちは澄んだ青空の如く晴れやかだった。

 自分の過去には、まだ分からないことが多い。

 けれど、これからの未来には、楽しみなことがたくさんある。

 ホグワーツ。

 魔法の授業。

 新しい友達。

 そして、隣には――。

 

「……朱音」

「なあに?」

「これからも、よろしくね」

 

 友達の朱音は、一瞬だけ目を丸くした。

 そして、満面の笑みを浮かべた。

 

「うん。こちらこそよろしくね、ハリー♪」

 

 バスは、キングス・クロス駅へ向かって走り続ける。

 やがて、二人の十一歳の魔法使いを乗せた車体は、ロンドンの喧騒の中へと溶け込んでいった。

 

   ◇

 

八、ホグワーツ特急、出発

 ロンドンのキングス・クロス駅前に到着した朱音とハリーは、他に乗車していた生徒たちと共にバスを降り、行き交う人々の足音、構内に響くアナウンス、そして列車の発着を知らせるベルと言った喧騒の中を並んで歩く。

 

「……ねえ、朱音」

「何だい?」

「『九と四分の三番線』って、どこにあるか分かる?」

 

 ハリーは不安そうに切符を見つめた。

 

「九番線と十番線はあるけど、その間にホームなんてないよね?おじいちゃんからなにか聞いてない?」

「実はね……なにも聞いてない」

「えっ?」

 

 知らないと言う割には言い方はやけに堂々としてる朱音に、唖然となるハリー。

 

「正確には、どうやって入るか自分で見つけてみなさいって、グランパから『クイズ』にされてね、でも――」

 

 朱音は駅の案内表示へ目を向け。

 

「九番線のあるホームなのは間違いないから、九番と十番の間にある柱の総数を四分割して、四分の三辺りの柱辺りに入り口がある――と見た」

 

 確信を以て九と十の札が掲げられたホームに入る朱音と、自分には皆目見当がつかないので半信半疑で着いてきてみると――。

 

「当たりだね、みなよ」

 

 朱音が指差した先には、バスに同乗していた子どもたち込みで似たような大きなトランクを積んだ台車(カーと)を押す少年少女たちが、彼女の推理した柱周辺に向かって歩いており。

 

「…………えっ!?」

 

 次々と躊躇うことなく柱へと突っ込み、レンガ状の壁面の中へと消えていく、まるで壁が水面になったかのように、何の抵抗もなくホグワーツの生徒らしい子どもたちが吸い込まれていった。

 

「……い、今の見た!?」

「どうやら正解みたいだね♪」

「……本当にあったんだ」

「魔法の世界だからねぇ~」

 

 もっとも、朱音自身も柱の数を数えて確信していたわけではなく、彼女なりの仮説を立てたところに、ちょうど答えが眼前に現れたのである。

 

「さあ、急いで! もう時間がないわよ!」

 

 少し離れた場所から、女性の声が聞こえてきた。

 赤毛の子どもたちを連れた、自身も燃えるような赤髪のふくよかな女性だった。

 その子どもたちも、朱音とハリーと同じようなトランクをカートに乗せて押している。

 

「さあフレッド、行きなさい」

「違うよママ、僕はジョージだって」

「分かんないの~それでも僕らの母親ぁ?」

「あら~ごめんねジョージちゃん」

「うっそ~僕がフレッド!じゃあ今年も行ってきま~す」

 

 子どもたちの内、鏡写しに瓜二つの双子が母親らしい女性にいたずらをかまして柱の中に消え、歳はおそらくハリーたちに近そうな子も女性から背中(エール)を押されて突入していった。

 一部始終を見ていた朱音とハリーは女性に向き直り。

 

「すみません」

「あら?」

 

 朱音が女性に声をかけ、丁寧に会釈する。

 

「私たち、今年の新入生なんですが、ホグワーツ特急はここの柱で合っていますよね?」

「ああ、もちろんよ!初めてなのね?」

「はい、念のため確認させていただきました」

「まあ~しっかりしたお嬢さんね!」

 

 女性は嬉しそうに頷いた。

 

「私はモリー・ウィーズリー、今入っていった子のロンも今年から一年生でね、もし汽車で見かけたらよろしくと言っておいて、名前は……」

 

「草凪朱音です、以後お見知りおきを」

「僕は、ハリー・ポッターです」

「……っ!」

 

 モリーは一瞬、驚きで目を見開いたが、すぐに優しい微笑みを浮かべた。

 

「そうなのね。二人とも、初めてのホグワーツが楽しみでしょう?」

「……はい!」

 

 ハリーは少し照れくさそうに答え、朱音も微笑む。

 

「とても楽しみにしています」

「それなら、まずは汽車に乗り遅れないことね!」

 

 モリーは柱を指差した。

 

「怖がらずに、まっすぐ歩いていけばいいの。心配なら少し勢いをつけても大丈夫よ」

「ありがとうございます」

 

 朱音は一礼した。

 

「さあ、ハリー。行こうか」

「……う、うん!」

 

 二人は台車を押し、柱へ向かった。

 近づくレンガの壁、朱音に続いてハリーは思わず目を瞑る。

 そして――何の衝撃もなかった。

 

「……あれ?」

 

 目を開くと、そこには、深紅の蒸気機関車が停車していた。

 白い蒸気がホームを包み、大勢の生徒たちが家族と別れの挨拶を交わしている。

 看板には、こう書かれていた。

 九と四分の三番線。

 

「……わあ」

 

 ハリーは感嘆の声を漏らした。

 

「本当に、魔法の駅なんだ……!」

 

 朱音も目を輝かせる。

 

「これは素敵だねぇ♪」

 

 ホグワーツ特急。

 魔法学校へ向かう、二人の最初の旅が始まろうとしていた。

 

     ◇

 

 午前十一時、深紅のホグワーツ行きの特急蒸気機関車が、汽笛を響かせてもうすぐ発進しようとしている。

 ハリーと朱音は荷物を積み込み、空いているコンパートメントへ腰を下ろした。

 

「……ふう」

 

 ハリーは窓の外を眺めた。

 ホームでは、家族に手を振る子どもたちの姿が見える……ハリーには、見送ってくれる家族はいない、けれど。

 

「ハリー、ちょっとこっち向いて」

「うん……」

 

 ハリーは向かいの席にいる朱音に目を向けると。

 

「レパロ(直れ)」

 

 呪文を発したらしい朱音の声に呼応して、翡翠の宝玉が柄頭に付いている彼女の杖の先端から発せられた小さな光が、眼鏡に当たる。

 するとレンズ越しで矯正されているハリーの視界が、さらにクリアになった気がした。

 丸眼鏡を外してみると、裸眼の視界は変わらず近視ならではのぼんやりとしたものな一方で、ダーズリー家の生活下でろくに修理もしてもらえずテープで付け焼刃の補修をするしかなかった彼の身体の一部同然な眼鏡が新品同然に様変わりしていた。

 

「ありがとう!」

「どういたしまして」

 

 ハリーは笑顔で感謝を送り、朱音の魔法で修理どころか今の自分の視力に合わせて調整された眼鏡を通じて、窓の外のロンドンの喧噪を眺める中、列車が走り出す。

 二人は暫く流れゆく車窓の風景を鑑賞していると、コンパートメントの扉からノック音が鳴る。

 

「……あの」

 

 扉の向こうから、先に『九と四分の三番線』のホームに入っていったあの赤毛の少年が顔を覗かせていた。

 

「ねえ、そこ座っていいかな? ほかに空いてなくて……」

「構わないよ、どうぞ」

「ほんと?ありがとう!」

 

 少年は嬉しそうに入ってきて、朱音の隣に腰掛ける

 

「僕、ロン。ロン・ウィーズリー」

「おや?ウィーズリーってことは、駅で会ったモリーさんの?」

「えっ! ママに会ったの?」

「うん、九と四分の三番線への入り方を教えてもらったんだ」

「そうだったんだ!」

 

 ロンは笑う中、朱音は片手を差し出した。

 

「草凪朱音だよ、よろしくね、ロン」

「うん、よろしく!」

 

 続いてハリーが名乗る。

 

「僕はハリー。ハリー・ポッター」

「……えっ」

 

 ロンの動きが止まった。

 

「……ハリー・ポッター?」

「……うん」

「……本物?じゃあ……本当にあるの?ここに……」

 

 目を丸くして、ロンは自分の額に手を当ててきたので、ハリーは少し困ったように前髪を上げ、例の稲妻形の傷痕を見せた。

 

「……これ?」

「すっげえ……!」

 

 ロンは感嘆の声を漏らした。

 

「……おやおや、ロン、ハリーが困っちゃうよ」

「……あっ!」

 

 朱音の発言に、ロンは慌てて姿勢を正した。

 

「ご、ごめん!」

「……ううん。大丈夫だよ、みんな、こういう反応をするのは知ってるから」

 

 ハリーは苦笑した。

 

「でも、せっかく同じコンパートメントに乗ったんだ。仲良くできたら嬉しいね」

「……うん!」

 

 ロンは大きく頷いた。

 

「もちろん!」

 

 こうして、三人の新入生は友達になった。

 

     ◇

 

九、魔法界のお菓子

 列車が走り出してしばらく経ち、廊下からワゴンを押す女性の声が聞こえてきた。

 

「お菓子はいかが?」

「……お菓子?」

 ロンは少し残念そうに肩をすくめた。

 

「僕はいいや、ママが作ってくれたサンドイッチがあるし」

 

 包みを開くと、少し乾いたパンが顔を出した。

 

「……あんまり好きじゃないんだけどね」

 

 ハリーはワゴンを覗き込んだ。

 そこには、彼にとって初めて見るものばかりの、魔法界ならではの不思議なお菓子たち。が整然とかつたっぷりと盛り込まれていた。

 

「……全部、魔法のお菓子なの?」

「そうよ、坊や」

 

 ハリーは少し考え。

 

「……じゃあ、いろいろください!」

 

 ポケットからガリオン金貨を複数、売り子の女性に見せた。

 

「えっ!?」

「みんなで食べようよ」

「……いいのか?」

「うん!」

 

 ロンはハリーの気前の良さに目を丸くし、朱音も少し驚いた様子で彼を見た。

 

「太っ腹だねぇ」

「だってみんなで食べた方が楽しいだろ?」

「――だね」

 

 朱音は嬉しそうに微笑んだ。

 

「それなら、お言葉に甘えようかな~ありがとうハリー」

 

 椅子は大人でもギリギリ三人分座れるスペースなのを活用して、ハリーとロンに挟まれる形で椅子いっぱいにお菓子が並べられる中、ロンは、すっかり目を輝かせていた。

 

「すごい! こんなに買ったの初めてだよ!」

 

「僕も!この百味ビーンズって?」

「名前の通り、一粒ごとに色んな味があるんだ」

「これはチョコ、こっちはペパーミントで、この色はマーマレードか」

「君も食べるの初めて?」

「話はグランパから聞いてたけど……美味しい」

 

 朱音が食べた分は、彼女が言い当てた通りの味でどれも美味しかった。

 

「でも中には頭のどっからそれも入れようと思いついたのか怪しいのもあるんだ、ほうれん草とかレバー味とか臓物味は……まだギリお遊びだけどさ、ジョージとか鼻くそ味を当てたとか言ってたっけ……」

 さすがに珍味の域も超えた味も出てくる可能性に、ハリーの顔はうげーとなる。

 

「ふ~ん、色んな味があるんだね、あ、これは抹茶か」

「『まっちゃ』?僕も今の色食べたことあったけどめっちゃ苦かったよ……なんの味なの!?」

「日本で飲まれてるお茶の一つ」

「お茶!?これが紅茶の仲間!?」

 

 イギリスでよく飲まれている茶と言えば、魔法界でも例外なく紅茶である。

「製法が違うだけで同じ茶葉から生まれた兄弟だからね、苦いのは分かるよ、元々日本の仏教のお坊さんがお薬として中国大陸から取り寄せたんだから」

「元がお薬の割には美味しそうに食べたね」

 

 まだ実際に味わえてないハリーも、ロンの感想から相当苦い代物だと想像がついた。

 

「私の舌は美味しいと感じたからね」

 

 ロンの方はまさか自分がよく食べるお菓子でカルチャーショックを受けると思わなかったのもあって、朱音の感想に一周回って感心させられていた。

 

「カエルチョコレート……これ本物入ってないよね?」

「ちゃんとチョコレートだよ、でも本物みたいに自分で動くから取り出したら早く食べないと――」

 

 朱音からの忠告虚しく、ハリーが開けた箱からチョコのカエルが開けた窓から飛び出てしまった。

 

「あ~ついてないね……」

「グランパが『チョコの方がおまけ、メインはカード』と言っただけのことはあるな」

「へぇ……この人がハグリットの言ってたダンブルドア校長か……」

 

 このチョコには魔法界の偉人たちの写真と簡単な経歴が掲載されたカードが付属しており、ハリーはハグリットが何度も口にしていた人物を初めて目にする。

 

「あれ?消えちゃった……」

 

 しかし、少し目を離してる間に、カードから立体的に表示されていたダンブルドアの姿が消えて黒一色の背景のみになっていた。

 

「そりゃずっとそこにいるわけないじゃん、あ、朱音は誰が出た?」

「ごくっ……マーリンだ」

 

 開けると同時に蛇ばりに口の放り入れた朱音が引き当てたのは、マグルの世界でもアーサー王伝説で著名な魔術師。

 

「いいな~マーリンなんてレア過ぎて滅多に出ないのに」

「それじゃあ、そのサンドイッチと交換しよう」

「え?これでいいの?ママの作ったなんのヘンテコもないコンビーフサンドだよ?苦手だっていつも言ってるのにすぐ忘れるんだ」

「なら私が食べるよ、ホームの入り方を教えてくれたお礼ってことで、はい」

「じゃあ、これもお言葉に甘えて、やった~~マーリンゲット!」

 

 ロンが欲しがってたレアカードと引き換えに、朱音はモリ―のサンドイッチを頬張った。

 彼と違い具材に苦手意識は無かったからとは言え……朱音にとっても『おふくろの味』ってこういう味なんだ~と実感させる素朴な美味しさだった。

 

「……おや?」

 コンビーフサンドイッチを食べ終えた朱音は、ふと目に入った一つのお菓子へ目を留めた。

 小さな袋には、色とりどりのグミが入っていた。

 袋の表面には、こう書かれている――『ボイチェングミ』

 

「……声が変わるグミ?」

 

 朱音は興味深そうに袋を持ち上げた。

 

「ああ、それ! 食べるといろんな生き物の鳴き声が出るんだよ」

「へえ」

 

 ロンからの説明で、より好奇心が刺激された。

 

「何の声になるかは、食べてみないと分からないんだ」

「……ふむふむ」

 

 朱音の翡翠色の瞳が輝いた。

 

「面白そうだねぇ♪」

 

 ハリーも身を乗り出した。

 

「じゃあ、食べてみようよ!」

「うん!」

 

 三人は、それぞれ一粒ずつ口へ運んでもぐもぐ、最初に声を上げたのは、ロンだった。

 

「……ゲコッ!」

「カエル?」

 

 ロンは口元を押さえた。

 

「……げ、ゲコッ!?」

 

 朱音が吹き出した。

 

「ふふっ。可愛いねぇ♪」

「……ゲコゲコッ!!」

 

 ロンは必死に何かを言おうとする。

 しかし、グミの効果で口から出るのはカエルの鳴き声ばかり、ハリーは腹を抱えて笑った。

 

「はははっ!」

 

 そして、自分も一粒。

 

「……ホーッ!」

 

 今度はフクロウの声だった。

 

「……ホーッ!?」

 

 ハリーは自分の喉を押さえた。

 朱音は楽しそうに笑う。

 

「ハリーはフクロウさんか」

 

 そして。

 

「それじゃあ、私も」

 

 朱音も一粒、口へ運んで、次の瞬間。

 

「――――ッ!!」

 

 低く、重厚な咆哮がコンパートメントに響き渡った。

 大気と大地を震撼させんとするような、凄まじい鳴き声。

 ロンとハリーが飛び上がる。

 

「うわあっ!?」

「な、何!?」

 

 鳴き声を発した当人はきょとんとしていた。

 

「な、何だよ今の鳴き声!?」

 

 ロンが目を白黒させる中、朱音は効力が消えるまで顎に指を添え、鳴き声の正体を明かす。

 

「……多分、ゴジラだね」

「……ゴジラ?」

「うん。日本の怪獣映画に登場する、大きな怪獣だよ」

 

 朱音は楽しそうに微笑んだ。

 

「日本の怪獣映画まで網羅しているなんて、なかなか凝ったお菓子だねぇ♪」

 

 対してロンもハリーも呆然としていた。

 

「……日本のマグルって、そんなものを想像するの?」

「うん、とても有名な作品なんだよ」

 

 もう一粒、朱音はグミを口へ運んと。

 

「――~~♪」

 

 今度は、どこか幻想的な、高く澄んだ鳴き声が響いた。

 

「……今のも、怪獣?」

「うん。これはモスラだね」

 

 ハリーからの質問に、朱音は今度も怪獣の鳴き声だと明かす。

 

「……モスラ?」

「蛾の怪獣だよ。双子の妖精さんと心を通わせていて、平和を愛する友好的な怪獣なんだ、人間を守るために戦ってくれることもあるんだよ」

 

 興味深そうに朱音の説明を聞き入る

 

「へえ~……怪獣なのに、優しいんだ」

「怪獣だからって、みんな怖いわけじゃないからね」

 

 穏やかながらも熱量たっぷりに語る朱音に、ロンは苦笑した。

 

「……日本のマグルって、想像力豊かだね」

「そうだねぇ♪」

 

 朱音は、また一粒手に取ろうとした。

 

「……待って、朱音」

 

 するとハリーが慌てて止めた。

 

「……今度は何が出るの?」

 

「食べてみないと分からないよ」

「……また、あんな大きな声が出たら?」

「それもお楽しみだね♪」

「……楽しみなの!?」

 

 朱音の肝の据わりように、またも思わず叫ぶロンだった。

 

     ◇

 

十、迷子のヒキガエル

 

 魔法のお菓子が齎す不思議に三人が心躍る最中――。

 

「……おや?」

 

 コンパートメントの入口から、一匹のヒキガエルがぴょこんと跳び込んできて、朱音は目を瞬かせた。

 ヒキガエルは、床の上をぴょこぴょこと進んでいく。

 

「可愛らしいお客さんだねぇ」

 

 しゃがみ込んだ朱音は、小さな訪問者を見つめる。

 

「君の相棒くんはどこ?」

 

 ヒキガエルの方も、じっと朱音を見つ返す。

 

「迷子になっちゃったのかな?」

 

 朱音はそっと手を差し出しと、ヒキガエルは、ぴょこんとその手へ乗った。

 

「……おお」

 

 感心の吐息を零すロン。

 

「すごいな~逃げないんだ」

「ふふっ。落ち着いている子みたいだね」

 

 朱音は、ヒキガエルを優しく持ち上げた。

 直後にこんこんと、コンパートメントの扉が叩かれた。

 

「……失礼するわ」

 

 現れたのは、ふさふさした栗色の髪の持ち主な、朱音とはまた別の意味でませている印象を与える少女だった。

 その隣には、少し困った顔をした丸顔の少年もいる。

 

「ヒキガエルを見なかった?」

 

 少女が尋ねる。

 

「この子――ネビルのなんだけど逃がしてしまったの」

「もしかして、この子かな?」

 

 手の中のヒキガエルを見せる。

 

「トレバー!」

 

 丸顔の少年が顔を輝かせて、カエルの名を呼び、少女も安心したように息を吐いた。

 朱音は、少年へヒキガエルを差し出した。

 

「はい。大切な相棒くんだね」

「……ありがとう!」

 

 ネビルは嬉しそうに受け取った。

 

「僕、ネビル・ロングボトム」

「草凪朱音だよ。よろしくね、ネビル」

「う、うん!」

 

 続いて、少女が名乗った。

 

「私はハーマイオニー・グレンジャー」

「よろしく、ハーマイオニー」

 

 ハーマイオニーは、朱音を少し興味深そうに見つめた。

 

「……あなた、魔法生物に詳しいの?」

「まだまだ勉強中だよ」

「でも、ヒキガエルの扱いが上手ね」

「ありがとう。小さな生き物と仲良くするのは好きなんだ」

 

 ハーマイオニーは微笑んだ。

 

「……そうなのね」

 

 そして、コンパートメントの中へ目を向けた。

 テーブルいっぱいのお菓子。

 ロンの手には、百味ビーンズ。

 ハリーの前には、蛙チョコレート。

 そして朱音の手元にも、開封されたグミの袋。

 

「……随分、楽しそうね」

「そうだね」

 

 ハリーが笑った。

 

「朱音が、さっきすごい声を出したんだ!」

「……すごい声って?」

 

 ハーマイオニーが首を傾げ、ロンが勢いよく頷いた。

 

「そうなんだよ! 怪獣の声だって!」

「……怪獣?」

「日本のマグルの映画に出てくるんだって!」

 

 ハーマイオニーは目を瞬かせた。

 

「もしかしてゴジラのこと?」

 

 朱音が嬉しそうに顔を上げた。

 

「君も知っているのかい?」

「名前くらいだけど、日本のマグルの映画でしょう?」

「そうそう♪」

 

 ロンは、二人を交互に見た。

 

「……えっ。知ってるの?」

「もちろんマグルの文化だもの」

 

 ハーマイオニーは、少し得意げに答えた。

 朱音は楽しそうに微笑んだ。

 

「それなら、今度ゆっくりお話ししたいね」

「……ええ、ぜひ!」

 

 こうしてホグワーツへ向かう列車の中で、五人の新入生が出会った。

 まだ誰も、自分がどの寮へ入るのか知らない。

 グリフィンドール。

 スリザリン。

 レイブンクロー。

 ハッフルパフ。

 その違いが、これからの学校生活にどんな意味を持つのかも。

 けれどこのときの彼らにとっては、そんなことよりも。

 お菓子を分け合い、笑い合い、迷子のヒキガエルを無事に返してあげたことの方が、ずっと大切だった。

 

     ◇

 

十一、どの寮へ行くか?

 

 ネビルとハーマイオニーが立ち去った後。

 ハリーは、ふと朱音へ尋ねた。

 

「……ねえ、朱音」

「おや?」

「僕たち、どの寮に入るんだろう?」

「ふむ。組分け帽子が決めるんだったね」

「……うん」

 

 ロンが口を挟んだ。

 

「僕の家族は、みんなグリフィンドールなんだ!」

「おお。それはすごいね」

「だから、僕もグリフィンドールに入りたいんだ」

 

 ハリーは少し考えた。

 

「……僕は、よく分からないな」

「ふふっ。まだ入学前だからね」

 

 朱音は穏やかに答えた。

 

「どの寮になっても、きっと新しい発見があると思うよ」

 

 ロンは少し顔をしかめた。

 

「……でも、スリザリンだけは嫌だな」

「……おや?」

「だって、闇の魔法使いは、みんなスリザリン出身だって聞いたことがあるし」

 

 朱音は少し考えた。

 

「それ本当に全員?」

「……え?」

「歴史を調べたら案外例外もいるんじゃないかな?」

 

「……そ、それは」

 

 ロンは言葉に詰まった。

 朱音は責めるでもなく、穏やかに続けた。

 

「まあまだ知らないことが多いんだ。入学してから確かめてみようよ」

 

 ハリーは、朱音を見つめた。

 

「……朱音は、そのスリザリンでもいいの?」

「もちろん、私を選んでくれる寮なら、まずはその理由を知ってみたいね」

 

 ロンは全く抵抗感を見せず寮の違いなど些末なことと発言する朱音に、少し驚いた様子で見る。

 

「……変わってるな、朱音」

「おやおや、よく言われるよ♪」

 

 どの寮だろうと自分は自分と言い切れる朱音に、ハリーはほくそ笑んだ。

 

「でも、朱音らしいと思う」

「どうもハリー、それに寮が違ったからって、友達じゃなくなるわけでもないだろう?」

「もちろん!」

 

 ハリーは大きく頷いた。

 ロンも、少し考えてから頷いた。

 

「……まあ、それはそうだね」

 

 朱音は満足そうに微笑んだ。

 

「それなら、何も心配することはないさ♪」

 

 列車は、スコットランドの大地へ向かって走り続ける。

 窓の外では、緑豊かな丘陵が広がっていた。

 そして彼らの知らないところで、運命の歯車が、少しずつ動き始めていた。

 

つづく。

 




イギリスはスクールバスを使うのは地域によってまばらとのことですが、魔法界にはナイトバスみたいなものもありますし、ヴォルデモートの件があるから、親御さんに駅まで連れて行ってもらえる術のない生徒用に専用バスを用意しててもおかしくないと思って盛り込んだ独自設定です。
食べると声が変わる『ボイチェングミ』も本作独自の魔法のお菓子、元は映画版アズカバンでハリーたちが食べてたキャンディから。
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