ハリー・ポッターと玄武(ガメラ)の少女   作:フォレス・ノースウッド

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プレッシャーたっぷりなスネイプ先生の初回授業実践編。

ちなみに私のスネイプ先生評は
『愛に殉じた嫌なヤツ』
――です。
アラン・リックマン補正でもフォローし切れない大人げないムーブかましまくりですからね原作の先生(^^;)

例のドラマ版では『嫌なヤツ』ムーブをどこまでやるのやら。


一年生編――魔法薬の先生 後編

・最初の一瓶

 

「これより二人一組、材料の確認から始めろ」

 

 スネイプが告げた。しかし、誰と誰が組むのかまでは指定しなかった。

 一瞬の静寂から、教室中の椅子が一斉に床を擦った。

 

「ハリー、僕と!」

「ああ!」

 

 ハリーとロンは、ほとんど考える間もなく同じ大釜へ向かう。

 ドラコはクラッブとゴイルを見比べた。

 二人とも当然のように自分と組むつもりで待っている。

 

「二人一組だぞ」

「三人じゃ駄目なのか?」

「先生の話を聞いていなかったのか、クラッブ」

 

 ドラコは額を押さえ、どちらを選ぶべきか迷った。

 一方、ハーマイオニーはすぐに組める相手を探して周囲を見回したその時。

 

「朱音!」

 

 教室の反対側から、ネビルが駆け寄ってきた。勢い余って椅子へ足を引っかけそうになるも、どうにか踏み止まり、盛大に転ぶ事態は回避し、スネイプからのの視線が確認してから、声を落とした。

 

「僕と組んでくれない?」

「もちろん、いいよ」

「ありがとう!」

 

 ネビルの顔に、安堵が広がる。だがすぐに、自分ばかりが助けてもらうのではないかと思ったらしい。喜びが申し訳なさそうな表情へ変わった。

 

「でも、あの……僕、なるべく自分でやるから。全部、朱音に任せたりしない」

「うん、だから君と組もうと思ったんだよ」

「え?」

「失敗するのが怖くても、自分でやろうとしている君となら、一緒にできる」

 

 ネビルは目を瞬いた。薬草学では、土や植物を扱う彼の手に迷いはなかった。

 しかし、魔法薬となれば話は別だ。

 少しの分量違い。

 数秒の加熱時間の差。

 材料を入れる順番。

 それらが完成品の効能を変え、時には大釜を爆発させる。まして教壇には、失敗を見逃さないスネイプがいるので、ネビルが緊張するのも無理はない。

 それでも彼は、朱音の後ろへ隠れるのではなく、自分も調合に参加すると先に告げた。

 朱音が見ていたのは、その意志だった。

 

「よろしくネビル」

「う、うん。よろしく!」

 

 調合する魔法薬は、昨日の予習で使った組み合わせと幸いにも同じだった。

 ネビルが大釜の前へ移動したところで、朱音はハーマイオニーへ目を向けた。

 

「ごめん、先に決まってしまって」

「気にしないで、私はパーバティと組むわ」

 

 ハーマイオニーの隣では、パーバティ・パチルが快く席を空けていた。

 

「それよりネビル、昨日確認したことを思い出して。落ち着けば大丈夫よ」

「ありがとう、ハーマイオニー」

 

 離れた席から、ドラコがその様子を横目で見ていた。

 朱音がネビルと組んだことに、わずかに不満そうな顔をしたものの、口には出さない。

 散々迷った末にゴイルを選び、クラッブにはブレーズ・ザビニと組むよう促した。

 

「いいか、ゴイル。僕が材料を確認する。君は指示するまで大釜へ何も入れるな」

「分かった」

「本当に分かったんだろうな?」

「何も入れない」

「よし」

 

 そのやり取りを聞いた朱音の口元が、僅かに緩んだ。

 ドラコもドラコなりに、事故を防ごうとしているらしい。

 

     ◇

 

 黒板に記された手順は、簡潔だった。

 一、乾燥イラクサを規定量計る。

 二、蛇の牙を細かな粉末にする。

 三、両者を大釜へ投入し、一定時間加熱する。

 四、角ナメクジを加える。

 五、大釜を火から下ろす。

 六、山嵐の針を加える。

 七、規定された回数だけ、時計回りに撹拌する。

 文字だけを追えば難しくない。

 だが魔法薬調剤では、記されていない部分にこそ失敗の種が潜んでいる。

 材料をどの程度まで細かくするか。

 投入時の水温。

 火力の維持。

 混ぜる速度。

 火から下ろすべきタイミング。

 何より、スネイプは教室内をゆっくり歩いていた。黒いローブが生徒たちの背後を通るたび、空気まで一段冷たくなったように感じられる。

 

「切断と粉砕を混同するな」

 

 一つの卓で足を止める。

 

「蛇の牙を刻んだだけで粉末と呼ぶつもりか、ミスター・フィネガン。粒が残れば溶解速度に差が出る。最初からやり直せ」

「はい、先生……」

 

 別の卓へ進む。

 

「ミス・ブラウン。目盛りは飾りではない。計量器具を正面から見たまえ。斜めから液面を読めば、誤差が出る」

「すみません」

「謝罪を大釜へ入れても、薬効は得られん」

 

 ラベンダーが慌てて計量し直す。

 スネイプは誰の失敗も見落とさなかった。

 教室中の生徒が肩へ力を入れる中、朱音は黒板から大釜へ目を戻した。

 

「まず材料の確認からだね」

「乾燥イラクサ、蛇の牙、角ナメクジ、山嵐の針」

 

 ネビルが材料を一つずつ指差す。

 

「量も見よう」

「うん」

 

 二人は計量器具の破損がないことを確認し、材料の状態を観察した。

 乾燥イラクサに湿気はない。

 蛇の牙にも変色は見られない。

 角ナメクジは、瓶の中でゆっくり身を縮めている。

 

「……これ、生きてるよね」

「生きているねぇ」

「入れるの?」

「入れるんだろうねぇ」

 

 二人は顔を見合わせた。

 昨日、手順は確認した。

 しかし、瓶越しではなく実物を前にすると、やはり少しばかり抵抗がある。

 

「僕がやるよ」

「大丈夫?」

「薬草学でも、動く根や虫は扱うから。得意ではないけど、触れないわけじゃない」

「では、お願いしようかな」

 

 朱音は無理に役目を奪わなかった。

 

「私は蛇の牙を砕くよ。粒の状態を確認してもらえる?」

「分かった」

 

 二人は作業を分担した。

 朱音は乳鉢へ蛇の牙を入れる。

 乳棒を立て、最初は力を加えず、小さな円を描くように押し潰した。

 硬い牙が、乾いた音を立てて砕ける。

 

「随分丁寧だね」

「いきなり強く叩くと欠片が飛び散ってしまうし、材料を失ったら分量も変わってしまう」

「そっか」

 

 粗い破片になったところで、今度は乳棒へ少しずつ力を加える。

 白い欠片が細かな粉へ変わっていく。

 

「どうかな?」

 

 朱音が乳鉢を傾ける。

 ネビルは中身を覗き込んだ。

 

「まだ端の方に、一つだけ大きな粒がある」

「本当だ、よく見つけたね」

「光の反射が、そこだけ違ったから」

「ナイス慧眼」

 

 ネビルは照れたように俯いた。

 朱音は残った粒を砕き、もう一度見せる。

 

「今度は?」

「大丈夫だと思う」

「じゃあ次へ進もう」

 

 材料を用意する朱音の手つきにも迷いは少なかった。

 日本の小学校で花壇や畑を手入れしてきた経験がある。

 魔法植物ではなくても、土に触れ、種を蒔き、水分量を確かめ、葉の色から状態を判断したことは、材料を粗雑に扱わない姿勢へ繋がっていた。

 ただし魔法薬については、ネビルと同じ一年生である。

 知ったつもりにならず、二人で教科書と手順を確かめる。

 

「乾燥イラクサ、規定量」

「確認したよ」

「蛇の牙、粉末化済み」

「粒も残っていない」

「大釜の温度は?」

 

 朱音が水面へ温度計を差し込む。

 

「指定範囲の中央。投入して大丈夫だ」

 

 ネビルは小さく息を吸い、平静さを整い直す。

 ここから先は、失敗すれば材料を無駄にする。

 背後にスネイプがいると思うだけで、手が震えそうになるが……昨日、何度も手順を読み返した。ハーマイオニーと朱音が質問を出し、ネビルが答えた。

 火にかける前。

 角ナメクジを入れた後。

 山嵐の針を加える前。

 緊張そのものは消えなくとも、調合の工程でどこで何を確認すべきかはちゃんと覚えている。

 

「ネビル、ここは君が入れてみるかい?」

 

 任せきりにさせないためでも、試すためでもない。

 できると判断した上で、朱音は選択を渡している。

 ネビルは粉末の入った容器を見つめ……それから頷く。

 

「やる」

「では、私は大釜を見ている。ゆっくりでいいよ」

 

 ネビルは容器を傾けた。

 乾燥イラクサと蛇の牙の粉末が、温められた液体へ落ちていく。

 大釜の表面に、小さな泡が浮かんだ。

 じゅっ、と音が鳴り、ネビルの肩が跳ねた。

 

「大丈夫。想定した反応だよ」

「う、うん」

 

 昨日読んだ説明どおり、液体は薄い褐色へ変わり、やがて泡の数が落ち着いていく。

 朱音が砂時計を返した。

 

「加熱開始」

「僕が火を見るよ」

「頼むね」

 

 ネビルは炎の高さへ目を凝らす。

 青い舌が大釜の底を均等に舐めているか。

 片側だけが強くなっていないか。

 温度が急激に上がっていないか。

 昨夜の彼は、数字を覚えるのに苦労していた。

 しかし、実際の大釜を前にすると、炎や液体の変化を驚くほどよく捉えられた。

 

「朱音」

「うん?」

「泡が少し大きくなってる。火を弱めた方がいいと思う」

 

 朱音も液面を確認する。

 

「そうだね。指定温度の上限へ近づいている」

 

 ネビルが火力を落とす。

 泡が小さくなり、液体の揺れが穏やかになった。

 

「……戻った」

「見事だよ」

「本当に?」

「私より先に気づいたじゃないか」

 

 ネビルの表情が、ほんの少し明るくなった直後。

 

「調合中に歓談する余裕があるとは、随分と自信があるらしいな」

 

 背後から、冷たい声が落ちた。

 二人の背筋が同時に伸びる。

 スネイプが立っていた。

 漆黒の瞳が、大釜の液面から材料の容器、乳鉢、砂時計へ順番に動く。

 

「すみませんスネイプ先生」

 

 ネビルが震えながら答える。

 

「火力の変化について確認していました」

「ほう」

 

 スネイプは大釜を覗き込んだ。

 

「誰の判断だ?」

「ぼ、僕です」

「理由は?」

「泡が指定された状態より大きくなっていました。温度計も上限に近づいていたので、火力を下げました」

 

 言い終えたネビルは、叱責を待つように身を固くした。

 スネイプは数秒、彼を見下ろした。

 

「……少なくとも、大釜を呆けた目で眺めているだけではなかったようだな」

「はい、先生」

「しかし泡の大きさだけで判断するな。材料の質によっては、同じ温度でも反応が異なる」

「はい」

「温度と色、それに匂いの変化を併せて確認しろ」

「分かりました」

 

 ネビルは急いでメモを取る。

 スネイプの視線が朱音へ移った。

 

「ミス・クサナギ。貴女は何をしていた?」

「次に投入する角ナメクジの状態と数を確認していました」

 

 朱音は瓶と教科書を示した。

 

「ミスター・ロングボトムが火力を調節した後、私も温度を再確認しています」

「他人の判断へ追従しただけではないと?」

「はい。ただし、最初に変化へ気づいたのはネビルです」

 

 功績を自分へ寄せない。

 同時に、責任をネビル一人へ押しつけることもしない。

 スネイプは二人を見比べた。

 

「調合は連帯責任だ。片方の観察が正しくとも、もう片方が誤れば薬は失敗する」

「承知しました」

「ならばそのまま続けろ。失敗した時に、予習不足という言い訳は聞かんぞ」

「はい先生」

「はい!」

 

 スネイプは黒いローブを翻し、次の卓へ向かった。

 その背中が十分に離れてから、ネビルが止めていた息を吐く。

 

「……今の、怒られたのかな」

「注意はされたね」

「減点は?」

「されていない」

「じゃあ……」

「このまま続けられる作業工程だったみたいだね」

 

 朱音は小さく微笑んだ。

 

「ただし、ここから失敗したら何を言われるか分からない。集中しよう」

「うん」

 

 声を弾ませかけたネビルも、慌てて表情を引き締めた。

 

     ◇

 

 砂時計の最後の一粒が落ちた。

 

「時間だ」

「角ナメクジを入れるよ」

 

 ネビルは真鍮の鋏を使い、瓶から必要な数だけ取り出し、数を確認する。

 

「三匹。間違いないね」

「うん」

 

 大釜へ投入すると、液体の色が褐色から深い青へ変わった。

 湯気に、湿った土と金属を混ぜたような匂いが加わる。

 顔を近づけすぎないよう注意しながらも、朱音は色の変化を観察した。

 

「教科書どおりの色だ」

「次は大釜を火から下ろす」

 

 二人は厚い手袋を着けた。

 左右から取っ手を持つ。

 

「せーの」

 

 大釜を火から外し、耐熱台の上へ置く。

 ここからが、昨夜二人で最も繰り返し確認した部分だった。

 山嵐の針は、必ず火から下ろした後に加える。

 加熱を続けた状態で入れれば、薬液が激しく反応し、噴き出す危険がある。

 

「火は消えている」

「大釜も外した」

「温度は低下中」

「山嵐の針を入れるよ」

「待って」

 

 針を持つ直前、ネビルが止めた。

 彼は大釜の底を覗き込むように身体を屈めた。

 

「どうしたんだい?」

「大釜の底にまだ炎の残りが当たってる」

 

 見ると、消したはずの火に小さな青い舌が残っていた。

 位置が僅かにずれており、大釜の縁を舐めている。

 大きな熱量ではない。

 しかし、完全に火から外したとは言い切れなかった。

「本当だ」

 

 朱音は大釜をもう一段奥へ移動させた。

 

「助かったよ。あのまま入れるところだった」

「昨日、絶対に確認しようって話したから」

「そのとおりだね」

 

 二人はもう一度、熱源から完全に離れていることを確認した。

 

「今度こそ」

「うん」

 

 山嵐の針が、一本ずつ薬液へ落ちる。

 大釜の中から、柔らかな金色の光が浮かび上がった。

 褐色でも青でもない。

 淡い桃色の液体が、内側から微かに発光している。

 予定された最後の回数だけ、時計回りに撹拌する。

 一回~二回~三回。

 泡が静まった。湯気も細く、真っ直ぐに立ち上る。

 朱音とネビルは、同時に手を止めた。

 

「……これ」

 

 ネビルが囁く。

 

「成功、かな?」

 

 朱音は教科書と大釜を見比べた。

 色も粘度、泡の状態も匂いも隅々まで。

 どれも教科書の記述と一致している。

 

「そうみたいだね」

 

 二人の顔に、笑みが広がった。

 ネビルは思わず声を上げかける。

 だが、教室の中を巡回する黒い影が視界の端へ入り、慌てて両手で口を塞いだ。

 

「……やった」

 

 代わりに、誰にも聞こえないほどの声で呟く。

 

「うん。やったね」

 

 朱音も声量を抑え、大釜の陰で二人は小さく拳を握った。

 揚げ足を取られる理由は、少ないに越したことはない。

 それでも、喜びまで消す必要はなかった。

 

「昨日、予習しておいてよかった」

「君が途中の変化へ気づいてくれたからだよ」

「でも、朱音が手順を整理してくれたから」

「一人では、どこかで見落としたかもしれない」

「じゃあ……二人で成功した?」

「もちろんさ」

 

 ネビルの笑みが、先ほどよりも深くなった。

 魔法薬を作れたことだけではない。失敗する前から無能と決めつけられず、自分が役に立ったと認められたことが嬉しかった。

 その時、二人の間へ黒い影が落ちた。

 

「随分と満足そうだな」

 

 ネビルの笑顔が一瞬で凍りつく。

 スネイプが大釜の前に立っていた。

 

「まだ成功と決まったわけではない。魔法薬は、作り手の願望で効能を発揮するのではないぞ」

「はい、先生」

 

 二人は揃って姿勢を正した。

 スネイプは柄杓を取り、薬液を僅かに掬う。

 光へ翳す。

 色を確かめ。

 粘度を見るために、白い陶器皿へ一滴落とした。

 淡い桃色の雫は広がりすぎず、丸みを保ったまま止まる。

 次に、湯気の流れを観察する。

 教室がやけに静かに感じられた。

 ネビルは自分の心臓の音まで聞こえるような気がした。

 

「ミスター・ロングボトム」

「は、はい!」

「火力の調整は?」

「僕が担当しました」

「角ナメクジの選別も?」

「はい」

「途中で手順を飛ばしたか?」

「いいえ、先生。山嵐の針を入れる前に、大釜が火から完全に離れていることも確認しました」

 

 スネイプの眉が、ほんの僅かに動いた。

 

「ミス・クサナギ」

「はい」

「蛇の牙の粉砕と、材料の計量は?」

「私が担当しました。投入前と投入後の確認は、二人で行っています」

「互いの作業を、ただ眺めていたのではないと?」

「はい。片方が作業し、もう片方が手順と状態を確認しました」

 

 スネイプはもう一度、大釜を見た。

 

「色は許容範囲内。粘度にも問題はない。角ナメクジを入れた後の加熱が、僅かに短い」

 

 ネビルの肩が落ちかける。

 

「だが、効能を失うほどではない、初回としては――」

 

 スネイプは一拍置いた。

 教室の数人が、思わず耳を澄ませる。

 

「及第点だ」

 

 その言葉は、ほとんど称賛には聞こえなかった。

 しかしスネイプの授業で、初回から明確に失敗ではないと認められたのである。

 ネビルにとっては、満点に近い評価だった。

「ありがとうございます、先生!」

 

 少し大きくなったネビルの声に、スネイプの片眉が上がる。

 

「地下牢の反対側まで報告する必要はない、ミスター・ロングボトム」

「す、すみません!」

「それから次回は、角ナメクジを投入した後、薬液の色だけでなく湯気の濃度も確認しろ。予定より早く火から下ろしたのは、その見落としが原因だ」

 

「はい。覚えておきます」

 

 ネビルは急いで羊皮紙へ書き込んだ。

 スネイプは朱音へ目を向ける。

 

「ミス・クサナギ。予習によって事故を避けたことは認めよう」

「ありがとうございます」

「だが、予習した手順へ固執するな。材料の状態は毎回異なる。教科書に五分とあっても、実物が五分で同じ反応を示すとは限らん」

「現物を観察し、手順を調整する必要がある?」

「ようやく魔法薬学らしい答えが出たな」

 

 スネイプは二人の調合記録へ視線を落とす。

 

「グリフィンドールとスリザリンに、二点ずつ加点」

 

 思わぬ発言にネビルが息を呑み、メモしていた朱音も僅かに目を見開く。

 

「次回も同じ結果を出せて初めて理解したと言える、浮かれるでない」

「はい、先生」

「はい!」

 

 両方の寮に加点したスネイプは、ダメ押しの忠告を発しつつも、もう次の卓へ向かって他の生徒の進捗または結果に目を光らせていた。

 二人は今度こそ、声量を揃えて答えた。

 スネイプの背中が離れていくのに合わせて、朱音とネビルは顔を見合わせる。

 言葉は交わさない。ただ机の下で、それぞれの拳を小さく突き出した。

 こつんと拳と拳が、ほんの僅かに触れ合う。

 大声で喜べば、スネイプに何を言われるか分からない。

 だからこれは、二人だけの慎ましい祝杯だった。

 前日まで、ネビルは魔法薬学の授業を恐れていた。

 スネイプに叱られること。

 あわや大釜を爆発させて、怪我も込みで事故を招いてしまうこと。

 皆の前で失敗し、やはり自分には才能がないと思い知らされること。

 一連の恐れが、全て消えたわけではないし、次の授業でも成功する保証などない。

 それでも今日、自分は大釜から目を逸らさなかった。

 変化へ気づき。

 朱音を止め。

 必要な確認を行い。

 二人で一つの薬を完成させた――その事実は、誰にも取り上げられない。

 

「朱音」

「うん?」

 

 ネビルは、黒板にスネイプが記していた内容にも目に留め、メモ帳に書き込んで朱音に改めて――。

 

「次も……また一緒に予習していいかな?」

「もちろん、ただし次回は、君が今日気づいたことも教えておくれ」

「僕が?」

「湯気の見方や火力の変化は、実際に大釜を見ていた君の方が詳しい。私も覚えたいからね」

 

 教えてもらうだけではない。

 自分にも、誰かへ渡せるものがある。

 ネビルは完成した薬を見つめ、それから力強く頷いた。

 

「うん。僕もちゃんとメモしておく」

「頼りにしているよ、ネビル」

 

 淡い桃色の液体が、大釜の中で静かに揺れている。

 それは名声を瓶詰めにするような薬でも、栄光を醸造する秘薬でもない。

 ありふれた《おでき治しの薬》、一年生が最初に学ぶ基礎的な魔法薬の一つにすぎない。けれどネビルにとって、その大釜に満ちていたのは薬液だけではなかった。

 準備すれば、怖くても手を動かせる。

 自分の観察(のうりょく)が、誰かの役に立てる。

 失敗する前から、自分を諦めなくてもいい。

 そんな小さな自信が、最初の一瓶として確かに醸造されていたのだった。

 

つづく。

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