少々、覗いてみようではないか。
誤字脱字等あれば報告してもらえると助かります!
朝5時。普通の人々は早いと言うだろうが、私達異端狩りの朝は早い。
修道服を着て、その中に投擲用の短剣を仕込む。
両腰に近接格闘用の剣まで装備したなら、これで準備は終わりだ。
ロザリオを首に掛けたら、仕事内容を確認する。
私は女性だが、ウィンプルはしない。
最近はしない人も多いが、それより前にしない派だった。
信仰で言えばどうかとは自分でも思うが、吸血鬼やエルフ、幽霊どもと戦うのであれば、視界が遮られて動き辛いあれをする必要はないと判断した。
まあ、たまに怒られるときはあるので、戦闘の依頼以外ではするようにした。
ここまで言うと、かなり失礼な信徒だと思われるかもしれないが――いや、実際そうかもしれないが――私は、神を信じている。
この命があるのは我が神の遣わした天使のおかげだと、天の者たちが私のような矮小な人間を救ってくれたのだと思っている。
さて、与太話も終わらせながら、依頼場所へと行く。
今日はドイツ連邦共和国領オーストリアの、オーバーザルツベルクという場所だ。
今日の依頼は、狩人との協力体制らしい。
私も一度狩人と一緒に戦ったことはあるが、正直、彼は強過ぎた。
つまるところ、彼以上の者はいないし、おそらくだが彼以下しかこの世には居ないんだろう。
イタリア共和国のロンバルディア州から、少しして列車を降りれば、そこに狩人が立っていた。
身長は私より少し高い170ほどで、背中には大きな斧を背負っている。
着ているコートは少し古めで、白髪の髪が風に靡いていた。
「よ、お嬢さん。今回の依頼の…協力者っていうか、そんな感じのやつ…だよな?」
彼は流暢なイタリア語で話すと、近づいてきて手を取られる。
「オレはアルト。アルト・ベールだ。
アルトでもベールでも、お好きにどうぞ。お嬢さんは?」
粗雑な言葉遣いとは裏腹に、彼は紳士のように私をエスコートする。
人は見た目ではないとは言うが、これほどか?
「私は松永柚子。アルトさん、どうぞよろしくお願いします。」
「ユズ、ね。いい名前だな。日本人か。」
「ええ。日本人の知り合いは居ないのですか?」
「居るさ。今、ここに。」
そう言って、彼は傷だらけの手をこちらに向ける。
ああ、なるほど…
「…ジョークも程々に、私達は遊びに来たわけではありませんよ。」
「はいはい。っぱ日本人ってのは真面目だねぇ。」
そう言いながら、身体はそこまでうんざりではなさそうに、こちらについてくる。
「にしても、デケェ剣が2本…重くねぇのか?」
「それを言うなら、あなたのその斧も言えることでは?」
「おお、そりゃその通りだ。なら、オレから答えよう。
オレのこれは、魔力の殆ど無いオレでも狩人ができるよう、最高の火力が出せるように作ってもらったもんでな。
あのおっちゃんは死んじまったが、その精神はこの中にある。
だから、オレは死ぬまでこれを使い続けるし、死ぬつもりはねぇ。
オレが死んじまったら、誰があの人の意思を、あのクソどもに振り下ろすんだよ?」
彼は、そう話す。彼のその熱弁っぷりに、少し言葉が出なかった。
彼は、大切にしている。その斧を、斧を作ってくれたその人を、そして、命と意思を。
それはきっと、誰もが持てるようなものではない。
私も、言われればそうだと思うが、いつもそれを考えてるかと言われればそうではないからだ。
「…なるほど。素晴らしいと思います。
馬鹿にしているわけではなく、本気で、心の底から。」
「そりゃ嬉しいな。んで、お嬢さんのそれは?」
問われた物を引き抜き、彼の前で構える。
引き抜かれたそれは、全てがその前では斬られてしまうと思えるほどに研がれ、何もかもを反射していた。
「これは、私の父の形見なんです。
昔、父も狩人でした。私には…才能は無かったので、こちらに入りましたが。
だから、彼のものを役立てたい、そう思って…ずっと、ずっとずっとこれを構えて、振り続けた。
それで、これを使っています。」
私の話を聞いた彼は、目を閉じて何かを考えながら、言った。
「…父、か。それ、大切にしろ。」
私達は、目的地まで歩いた。
少し歩いた場所、木は少し生えているが、それ以外はあまり特色の無い場所だ。
背後に少し高い山があるが、ただそれだけだ。
だが、そんな開けた場所に、場違いなモノが一つ。
背中には大きな蝙蝠の翼が生えており、辺りには多くの蝙蝠が飛んでいる。
私達のことをその蝙蝠の中の一つが観測したか、蝙蝠は主人であるそれに帰っていく。
「壮観だねぇ、驚きだ。久々に面白そうな狩りができそうだな。」
そう言いながら、彼は背中の斧を引っ掴み、豪快に前へ振り下ろす。
それが彼の気合の入れ方なのだろう、振り下ろされた斧は少し硬い地面の土を抉り、網目状にヒビが入る。
こちらに振り向いたそれは、話しかけてくる。
「吾々はただ、生きていたいだけだというのに。
吾々はかつては同じ人間であったというのに。
何故ここまで変わってしまったのだろうな。」
そう言いながら、彼は赤き槍をどこからか――いや、赤き槍を自身の血で作り、構える。
「アンドレア・サルス。我が血族21代目にしてサルス家17代目。
吾に歯向かう愚か者を――鮮血に染めん。」
その瞬間、それ――サルスは、地面を蹴り、こちらへと超速度で迫る。
蹴られた地面は抉られるよりも先に地面が地中から破壊され、巨大な音と共に土の塊が中を舞う。
その翼が飛翔するように大きくはためき、サルスの姿を隠す。
すぐに右手で構えた剣で守りの姿勢を取りながら、相手の行動を観察する。
だが、その瞬間――
「がら空きだな、テメェってのは!」
そう言ったアルトは、まるでスケートリンクの上を滑るようにして回転したあと、巨大な斧を持って迫るサルスを斬り払った。
サルスは翼と持っていた槍で斧の回転刃を防ぎ、後方に跳躍する。
「くっ…ほう、吾の速度についてくるとは。
よくそこまで成り上がった。吾が褒め称えよう。
だが。」
そう言うと、槍を投げる構えに入ったと思った瞬間、槍が私の耳を掠める。
吹き飛ばなかったのが奇跡だろう。
「そちらの女は、まだ何もしないつもりか?」
「舐めるなよ、神に仇なす血族が。」
地面を蹴り、加速する。サルスの周りを回り、加速し、最高速に達した瞬間に、剣の先を正面に構え、サルスに突撃する。
音速をも超えたそれに、サルスは血を硬化させて防ごうとしたものの、その血の縦とも言えぬただの岩のようなものは、すぐに砕けた。
「ほう…貴様等、何という手練。
400年前に相見えたのなら、喜んで貴様と殺し合い、貴様に殺されたとて恨むことはしなかっただろうな!」
そう言うと、彼は剣を作り上げ、構える。
「正々堂々と行こう。さあ、来るがいい!修道女!」
「死ね、吸血鬼!」
剣と剣が擦れ合い、火花を散らす。
削られる赤い剣は、どんどん彼の血で増強される。
先に音を上げたのは――
「くっ…そ…」
私だった。
右腕に突き刺さった剣を見つめる。筋肉の真ん中を狙われたのか、何故か手の力が入らず、剣を落とす。
だが、この距離は、丁度いい。
「お嬢ちゃん!」
彼はかなりの速度でこちらに来る。
「ふむ…仲間意識、か。無駄なことだと思うがな。
自分自身が生きるために必死だと言うのに、他人を助けるほどの余裕があるように見せる。
なんと愚かか。」
サルスの目は迫るアルトを見ている。
そして、サルスは同じような斧を生成し、構える。
ならば、これには気づくわけもない。
空いていた片手を懐に突っ込み、投擲剣を取り出す。
異端狩りの戦闘訓練で一番に重視されるのは、この投擲の速さ、威力、そして――
「ぐっ…ああ…!」
正確さ。
投げられた刃は寸分違わずその胸を貫き、サルスの血はその傷を癒そうとする。
剣を作り上げていた血すらも動員し、その傷と刺さった剣を抜こうとする。
だが、無駄だ。その短剣には、吸血鬼の血に反応する聖言が込められている。
それは、吸血鬼の因子そのものを破壊していく。
「がァ…貴様、なるほど…っ…あの者たちの、跡継ぎか?」
「違うな。あの人らは、組織を作ったんだよ。ああ、万年一匹狼のお前らには…分からないか。」
突き刺された腕はもう動く。先程落とした剣を拾い上げ、その頭に突き刺す。
「ふっ…はは、やはり人間は…面白いではないか…」
それが、それの最後の言葉だった。
「本当に痛くねぇのか?それ。」
私の突き刺された腕の傷を見ながら、彼は話し続ける。
「いくら異端狩り?とか言うすごい人らでも、そんな傷じゃやべえだろ。
さっき血もダバダバ出てたし、早めに病院に――」
「うるさいですね、いいんです!もう、心配性ですね、一回黙っててください!」
性に合わず怒鳴ってしまったが、それに吃驚したのか黙り込んだ。
…なんだか、かわいそうな気がする。
「…私にも、隠したい秘密の一つや二つ、あるんです。」
「乙女の秘密か?」
やっぱり嘘。殺していいかも。
「突き刺してあげますね。」
「待て待て待て待て。分かった、馬鹿にした、分かったから。その怖い顔やめて。かわいい顔が台無しだ。」
何だこの人…
そう思いながら、再生していく腕を隠す。
…私には、一つだけ秘密がある。
私にも、吸血鬼の因子が入っているということだ。