*シスイが遅い。*
うちはイタチは森の縁に目を凝らし、友の姿を探した。何も見えない。木々の間に動くものも、覚えのある気配もなく、遅れている理由をうかがわせるものは何一つなかった。シスイらしくない。ここで落ち合うはずの時刻から、もう三十分以上が過ぎていた。何かあったのか。緊急任務に呼び出されたのだろうか。
視線を移すと、崖の向こう、森の奥から煙が一本、立ち上っていた。五分近く前、不意に現れたものだ。濃い灰白色の煙が木々より高く上り、今は散り始めている。シスイはあれを調べに行ったのか。それで遅れているのだろうか。
眼下を流れる南賀ノ川から風が吹き上がり、イタチの黒髪を揺らした。そのうち数筋が顔にかかった。髪を払いのけても、視線は静まり返った森へ向けたままだった。腹の底にかすかな不安を覚えた。
「兄さん、ちゃんと見てよ!」
弟のサスケが言い、かわいらしく唇を尖らせて腕を組んだ。その三メートルほど後ろ、崖際には一本の木が立ち、幹に丸い的が取りつけられている。外側の二つの輪には手裏剣が三枚刺さり、その周りの地面には、さらに何枚かが散らばっていた。
ほんの数か月前まで、サスケは的に当てることすらできなかった。それを思うと、愛おしさが込み上げた。今日は手裏剣術を教え、そのあとシスイとの組手を見せる約束をしていた。だが、シスイが遅れているせいで、そう簡単にはいかなくなった。
イタチが手招きすると、サスケは満面の笑みを浮かべて駆け寄ってきた。イタチは二本の指を立て、その額をそっと小突いた。
「痛っ!」
サスケは声を上げ、赤くなったところをさすりながら頬を膨らませた。
「許せ、サスケ。もう一度見せてくれ」
サスケの顔がぱっと輝いた。
「見てて!」
的へ向き直りながら、両手に一枚ずつ手裏剣を抜く。投げる構えで、両腕を後ろへ引いた。
ドカーン!
崖の向こうの森で、何かが爆発した。イタチは即座に戦闘態勢へ移り、片手を忍具袋へ伸ばすと同時に、爆発の方角へ目を走らせた。背後では、手裏剣を投げようとしていたサスケが体勢を崩した。二枚の手裏剣はどちらも木の脇を抜け、崖の下へ消えていった。
「もう!」
サスケが悔しそうな声を上げたが、イタチの耳にはほとんど入っていなかった。
爆発が起きたのは、初めてシスイと出会ったあの空き地だ。
「誰かが起爆札を使ってるだけだよ、きっと」
兄に感心してもらおうと、サスケは得意げに少し胸を張った。だが、イタチは答えなかった。
あの爆発だけなら、起爆札で十分説明がつく。だが、なぜあそこなのか。あの空き地は人目につかず、里からも遠いため、偶然入り込む者などほとんどいない。イタチは梢の向こうに立ち上る二筋目の煙へ目を細めたが、遠すぎて何が起きているのかまでは分からなかった。
シスイが遅れている。そこへ、この爆発。何かがおかしい。
サスケを見ると、さきほどまでの笑顔が消えかけていた。イタチと森とを交互に見つめ、眉間に小さなしわを寄せている。サスケを置いていくわけにはいかない。何か起きているのなら、里の外に一人で残すなど論外だった。
イタチは身をかがめ、肩越しに振り返った。
「確かめに行くぞ」
サスケは一瞬ためらってから、うなずいた。
「うん」
そう答えて、イタチの背に乗った。
イタチはサスケの脚を両腕で抱え、木から木へと駆けた。写輪眼を開き、チャクラの痕跡を探った。周囲は不自然なほど静まり返っていた。まるで動物たちが危険を察し、逃げ去ったかのようだった。やがて南から吹いた風が、血と焼けた肉の臭いを運んできた。その臭いを嗅ぎ間違えるはずはなかった。
そのとき、消えかけたチャクラの気配を捉えた。最初の煙が上がった場所の近くだ。サスケを支える腕に力を込め、進路を変える。さらに速度を上げた。
「兄さん……この臭い」
サスケが小声で言った。
イタチは何も答えなかった。木々の間を抜けた瞬間、目の前の惨状がすべてを物語った。
黒装束の忍が四人、血だまりの中に倒れていた。それぞれ色違いの印が描かれた動物の面で顔を隠し、右腕には赤い渦巻きの刺青がある。暗部だ。
三人はすでに死んでいた。感じ取ったチャクラは四人目のものだった。鷹の面をつけた忍が木の根元に横たわり、紫色の防護ベストを切り裂いてできた深い傷に片腕を押し当てている。だが、血は止まっていなかった。
地面は水浸しで、焼け焦げた土と黒くなった草の間に水たまりができていた。近くの木々は幹の片側が焼け、濡れた樹皮からは今もかすかな煙が上がっている。倒れた暗部たちの制服や露出した肌にも、同じような火傷の痕があった。ここで火が使われたのだ。その火は、燃え広がって里の注意を引く前に消し止められていた。だが、水を浴びせたことで、煙はかえって高く立ち上った。雑なやり方だ。一歩間違えば、何が起きてもおかしくなかった。これをやった者は急いでいた。
差し迫った危険がないことを確かめると、イタチはサスケを背負ったまま、生存者の前にしゃがみ込んだ。胸がゆっくり上下するたび、ごろごろと湿った呼吸音が漏れている。肺に血がたまっている。もう長くはない。不意に、鷹面の丸い穴の奥で淡い藤色の両目が見開かれ、イタチを捉えた。男は思いがけない力でさっと手を伸ばし、イタチの服をつかんだ。背中でサスケが身をすくませる。
「奴らが……四代目の遺したものを……持っている……火影に……」
激しく咳き込み、面の下から血が伝った。それでも男は無理に言葉を続けた。
「知らせなければ」
「ここから里までの間に、まだ敵はいるのか」
「いや……奴らは南へ向かった」
侵入を確認次第、報告するのが規則だ。だが、今報告に戻れば貴重な時間を失う。木ノ葉は九尾を失うわけにはいかない。イタチは振り返った。幼い弟が、恐怖に目を見開き、死にかけた暗部を見つめている。ためらいはあった。だが、ほかに手はない。
「サスケ」
呼びかけると、弟ははっとイタチへ目を戻した。
「お前に任務を頼む。里へ走って戻り、父さんを捜せ。今から言うとおり、一字一句違えず伝えるんだ。敵の忍が第十区域へ侵入。四代目火影の遺したものを持ち、南へ移動中。区域内に負傷した忍がいる。繰り返してみろ」
「えっと……」
イタチが背中から下ろすと、サスケは口ごもりながら復唱した。
「敵の忍が第十区域へ侵入。四代目火影の遺したものを持ち、南へ移動中。区域内に負傷した忍がいる。でも……兄さんはどうするの?」
「足止めする」
「でも……」
サスケが言い募ろうとした。
「行け」
サスケはごくりと唾をのみ込み、うなずくと、里へ向かって走り出した。
イタチは立ち上がろうとしたが、暗部の手はまだ服を固く握っていた。
「もう一人……別の忍もそこにいた。まだ生きている」
「分かった」
暗部の手が離れると同時に、イタチの姿がかき消えた。木々の間を駆け抜ける足元で、枝が折れていく。
敵は九尾を狙ってきた。少女を守る暗部を殺し、彼女を連れ去ろうと動いたのだ。たまたま別の誰かが居合わせ、止めようとした。それが、あの空き地で起きた爆発に違いない。敵はその者を無力化し、南へ進んだ。
運がよければ、その人物は……。
シスイだ。高い木の枝の上で、見つけやすいよう自らのチャクラを強めている。だが、どういうことだ。友の姿が目に入ると、イタチは驚きに目を見開いた。シスイは幹に背をつけて座っていた。黄色い帯状のものが胸と幹に巻きつき、シスイをその場に縛りつけている。その物質には大量のチャクラが込められており、イタチがこれまで見たどんなものとも違っていた。イタチは枝に強く着地すると、瞬時にシスイのそばへ移った。
「よかった。お前に来てほしかったんだ」
シスイは目を開いた。
「オレの刀を取ってくれないか。下に落ちてる。あの辺りだ」
擦り傷と打ち身がいくつかあるほかは、無事に見えた。左腕は顔の横で固定され、右腕は脇腹に押しつけられている。これでは抜け出せないはずだ。印を結ぶことさえできない。
「これは何だ?」
眼下の地面に突き刺さった刀を見つけると、イタチはそう尋ねながら瞬身で降りた。
「熔遁だ。雲隠れの忍が使う、ゴム状の物質を操る術だ」
「雲隠れだと? 間違いないのか」
刀の柄へ手を伸ばしながら、イタチは上にいるシスイへ声をかけた。そのとき、刀のそばに落ちているものが目に留まった。カップラーメンの容器を切り抜いたような手裏剣だ。
*何だ、これは?*
「ああ。奴らの一人に見覚えがあった」
上からシスイの声が返ってきた。
「状況は分かってるか?」
今はそんなことを考えている暇はない。イタチは刀を地面から引き抜き、瞬身でシスイのもとへ戻った。
「おおよそは」
「悪いが、ここから抜け出すにはお前の手を借りないとな」
真剣な表情のまま、シスイはばつが悪そうに笑った。
さすがはシスイだ。すでに敵の術を破る方法を見つけている。
イタチはシスイの片手に自らの手を合わせ、二人で印を結んだ。続けて刀を鋭く振るうと、黄色いゴムはきれいに断ち切られ、枝の間を落ちていった。シスイは一刻も無駄にせず立ち上がると、イタチから刀を受け取り、鞘へ納めた。
「分身を出して里に知らせる」
「すでにサスケを向かわせた」
「本当に大丈夫か……?」
イタチはためらった。サスケはまだ五歳だ。これほど重大な役目を、本当に任せてよかったのか。だが、チャクラは温存しなければならない。敵の足止めに失敗すれば、あの少女を取り戻せなくなるかもしれない。
「ほかに手はない」
「なら、行こう。情報は移動しながら……」
遠くで三度、立て続けに爆発が起きた。里の方角だ。偶然ではない。援軍を当てにはできない。二人は互いにうなずき、瞬身でその場を離れた。