イタチは森の中に立ち、両手の指の間にクナイを八本ずつ、計十六本挟んだまま、目を閉じて深く呼吸していた。だが、跳べない。かつては心を落ち着かせてくれた修業も、今は乱れた思考に阻まれ、始めることすらできなかった。
一族は落ち着きを失い、南賀ノ神社での集会も頻繁になっていた。だが、イタチには彼らの知らないことが分かっていた。監視されている。一族の居住区の周囲にはカメラが設置され、暗部が絶えず動向を見張っている。伝えるわけにはいかなかった。火に油を注ぐだけだ。
シスイの言うとおりだ。この不満は、いずれ爆発する。クーデター……。急進派の中には、すでにそれを考え始めている者もいた。止める方法を見つけなければならない。
空気がかすかに動いた。葉の擦れる音。小枝の折れる音。そして、間違いようのない温かな気配。ツユだ。
あの事件の日以来、会うのはおよそ半年ぶりだった。
イタチは深く息を吸い、クナイを挟んだ手から余分な力を抜いた。一気に息を吐くと、その場から姿を消し、宙高く現れる。両腕を胸へ寄せ、脚を前へ突き出して体を反転させた。逆さになったその両目に、写輪眼が光る。
頭の中で標的の位置を描き出す。二つは遮られていた。一つは岩の陰、もう一つは太い幹の向こう。残りは高い枝に吊られ、風にゆっくり揺れている。角度を調整し、空中で体をひねって回転に入った。
まず、左右の手から四本ずつ、一度に放つ。狙うのは最も容易な標的だ。梢の標的が狙いの位置へ揺れた瞬間を捉え、右手から二本を送る。続いて、左手からさらに四本。
右手に残った二本のうち、一本を左手へ移した。両手に一本ずつ。大きく腕を開いて放つと、二本のクナイが鋭い金属音を立ててぶつかり、互いの軌道を変えた。
クナイが木へ突き立つ音が、森に響く。イタチは体を起こして着地した。確かめるまでもない。すべて狙った標的に当たっていた。
視界の端で、ツユが茂みから顔を出した。口をぽかんと開け、赤い髪には小枝や葉が絡まっている。そちらを向こうとすると、また茂みへ潜ってしまった。イタチの表情がわずかに和らぐ。
「もう見つけたぞ。出てこい」
ツユがにこにこしながら茂みからゆっくり顔を出した。次の瞬間、イタチへ駆け寄ってきた。
「僕を見つけるなんて、イタチってすげーんだな!」
イタチは微笑んだ。これでは叱りにくい。
「一人で里を出るなと、シスイに言われなかったか?」
「だって、シスイを捜してたんだもん!」
「巡回任務に出ている。戻るのは一週間後だ。もう聞いていたんだろう?」ツユの顔に驚きはなかった。むしろ、がっかりしているように見えた。「予定が変わったかもしれないと思ったのか?」
だが、その顔はすぐに明るくなり、またイタチを見上げた。イズミと同じだ。気持ちがあまりにも目まぐるしく変わるので、ついていけない。
「じゃあ、代わりにイタチが教えてよ!」
イタチは目を瞬いた。いつから自分がシスイの代わりになったのだろう。断るべきだ。任務と修業と一族のことで、最近はサスケと過ごす時間さえほとんど取れない。だが、ツユはあの大きな青い目で、じっと見つめ続けている。
昇任できたのは、いくらかはこの子のおかげでもあるのだろう。さらわれていなければ、上層部へ力量を示す機会はなかった。以前の担当上忍が中忍試験への推薦を決めるまで、あとどれほど待たされたかも分からない。
「……分かった」とようやく答えると、ツユはすぐに地面へぺたんと座った。両手はもう未の印を結んでいた。
イタチも向かいであぐらをかき、待った。だが、ツユはじっとしていられないらしい。脚をもぞもぞ動かし、少し経つたびに座り直す。五分ほど経つと、ツユはとうとう仰向けに倒れ、頭の上へ両腕を伸ばした。
「シスイに手伝ってもらわないと、全然できないんだよ!」
そういえば、シスイがうまくいかないと言っていた。何と言っていただろう。集中力がまるでなく、チャクラの制御もひどい、というようなことだった。ちょうど暗部へ入ったころで、ほかのことに気を取られていたが、今見る限り、その見立ては正しそうだった。
「シスイには、瞑想の前に走れと言われるか?」
「うん!」
「それで?」
「おんなじー」と、ツユは歌うように答えた。
イタチは身振りで起きるよう促し、もう一度やらせた。今度はツユが目を閉じると、イタチは写輪眼を開いた。驚いたことに、チャクラの量は自分の倍ほどあった。だが、それ以外に変わったところは見当たらない。
一番単純に考えれば、才能がない。だが、半年も経てば、どれほど覚えの悪い子供でも少しは進歩するはずだ。血筋の問題も考えられる。しかし、イタチはこの子の両親を知らない。かつて、うずまきという一族が第二次忍界大戦で滅ぼされたことは知っていた。父の執務室には、その一族について記された巻物もあった……。
最後に残るのは、九尾だ。何を考えて、あの獣を生まれたばかりの子供へ封じたのだろう。そう思うのは初めてではなかった。もしかすると、封印した者はそこまで――
ツユが目を開けていた。気づけば、その顔が目の前まで迫っている。イタチは上体を引き、間に距離を作った。
「目、赤いね。どうしてときどき赤くなるの?」ツユが体を起こし、イタチはほっとした。それからツユは首を傾げた。「シスイもそうだよね……」
「写輪眼だ。オレの一族の瞳術だ」写輪眼を解きながら答える。「シスイとオレは、いとこみたいなものだ」
「どうじゅつ? それ、何?」
「そうだな……」難しい言葉を避けながら、イタチは説明した。「親から子へ受け継がれる、目の術だ」
ツユは神妙な顔で地面を見つめていた。何を考えているのかは、容易に察しがつく。親の話を出して説明するのは、よくなかったかもしれない。何か言おうかと考えたが、役に立ちそうな言葉は浮かばなかった。
太陽はすでに真上を過ぎていた。そろそろ帰る時間だ。午後はサスケと過ごす約束をしている。立ち上がると、ツユはさっと顔を上げ、目を瞬かせて見上げた。
「どこ行くの?」
「家だ」
「でも、教えてくれるって約束したじゃん!」
また返す言葉に困った。そんな約束をした覚えはない。イタチは小さく微笑み、瞬身で里へ向かった。
「えっ!?」
すぐに、背後から小枝の折れる音と葉の擦れる音が追ってきた。ツユがついてきている。速度を上げれば、簡単に振り切れる。だが、それではツユを里の外に一人で残すことになる。イタチはツユがついてこられる程度の速さで進んだ。里へ着いたら、家へ帰らせればいい。ほどなく、木ノ葉の脇門が見えてきた。
「見つけたぞ、このクソガキ!」
怒鳴り声に、イタチは里を囲む塀の上で足を止め、見下ろした。声の主は、門番の一人だった。
「避けられないのが悪いんだろ、へなちょこ!」ツユも怒鳴り返す。「どいてよ! 僕、忙しいんだから!」
「その口の利き方、叩き直してやる、このガキ!」もう一人の門番が、拳を握りしめて唸った。「来い。火影様のところへ連れていく」
「忙しいって言ってるだろ! 放せよ!」
「あっ!」
イタチはため息をついた。間に入ったほうがよさそうだ。瞬身で下りると、意外な光景が待っていた。大の男二人が、ツユを押さえ込むのに手こずっている。一人が腰を抱え、もう一人が振り回される腕を押さえようとしていた。だが、蹴ってひねって暴れるため、どちらも地面へ組み伏せられない。
「何があった?」三人とも、イタチへ顔を向けた。
ツユはすかさず、その隙を突いた。腕を押さえていた男の顔を蹴り、もう一人へ肘を叩き込む。そしてイタチの後ろへ駆け込み、腰の脇から顔を出して舌を突き出した。
「このガキ、今朝、俺たちに卵を投げつけたんだ!」顔を蹴られた男が言った。
「今度は噛みつきやがった!」肘を叩き込まれた男が、血の出ている腕の噛み跡を指さす。
ツユは何もかも面白くて仕方がない様子だった。イタチの目を見るまでは。
「謝れ」首の後ろへ手を置き、頭を下げさせた。
抵抗する力が、手に伝わる。だが、逃げられないと分かると、ツユは体から力を抜いた。
「……ごめんなさい」目を合わせようともせず、不承不承に呟く。
二人の門番は、納得していないようだった。蹴られた男は顎をさすり、もう一人は腕の噛み跡を見下ろす。それでも、火影の前まで話を持っていく気には、どちらもなれないらしい。しばらくして、二人は顔を見合わせた。
「もういい」と、最初の男が言った。「こいつをここへ近づけるな」
「うちはと九尾のガキか。お似合いだな」もう一人がぼそりと呟いた。
イタチは目を細めた。自分への侮辱は構わない。だが、ツユと九尾のつながりを口にすることは、固く禁じられている。とはいえ、門番の男は通行人には聞こえないほど小さな声で呟いており、ツユ自身もすでに通りかかった蝶に気を取られていた。結局、見逃すことにした。
イタチはツユに目を落とした。ツユはつかまれたまま身をよじり、蝶へ手を伸ばしている。このまま一人にすれば、今日のうちにまた厄介事に首を突っ込みそうだ。そう考え、ツユを引っ張って里の中へ連れていった。
「なぜ卵を投げた?」しばらく無言で歩いたあと、イタチが尋ねた。イタチは少し前にツユの手を離していたが、ツユはそのまま後をついてきていた。今はイタチの右手にある手すりの上で、両腕を左右に伸ばしてバランスを取っていた。
仕事を終える時刻が近づき、通りは人で混み合っていた。青果店の前では、買い物かごをいっぱいにした主婦たちが集まっている。イタチとツユが通りかかると、女たちは二人を避けるように道をあけ、声をひそめた。ツユは横目でそちらを見て、わずかにふらついたが、バランスを取り直した。
「シスイに教わったんだ」
イタチはツユに目をやった。シスイがそんなことを教えるはずがない。「どういうことだ?」
「ようどう、って言ってた……」
なるほど。イタチはため息をこらえた。手すりが途切れると、ツユはぴょんと飛び下り、イタチの左側に回って歩き始めた。
「えっと、何て言ってたっけ……。別のものを見させれば、こっちを見てない間に、やりたいことができるんだって」ツユは指を立て、ひどく大切なことを講義するように言った。「……とか、そんな感じ」
「シスイに教わったことを、里の人間に使うな」
「なんで?」
「迷惑になる」
「迷惑かけなかったら、誰も僕なんか見てくれないよ」道の小石を蹴りながら、ツユは言った。「僕がベッドで死んでたって、何週間も誰も気づかないんだ!」
冗談のつもりなのだろう。だが、イタチには少しも笑えなかった。それに、暗部がそんなことを許すはずがない。彼女は里の安全に関わる、あまりにも重要な存在だった。そもそも、何週間どころか、数日もすれば臭いで見つかるだろう。どれもわざわざ指摘する必要はなかった。
「シスイは気づく」しばらくして、そう言った。
「そう思う?」ツユが笑顔で見上げた。
「ああ……」
「イタチも、だよね?」
「……ああ」少し間を置いて答えた。こちらのほうが、よほど約束らしい。「もう一人で里を出るな。いいな?」
「分かったよ……」不満そうな返事だった。だが、ツユも約束を守るだろうと、イタチには思えた。
「殴られることはあるか?」うちはの居住区へ入ったところで、イタチは尋ねた。
「誰に? 門のやつら?……ないよ。あんなへなちょこ、怒鳴って、火影のじいちゃんのところへ引っ張ってくだけだもん」
「火影様は何と言う?」
「そんなことするなって」
「それで?」
「またやる」ツユは肩をすくめた。だが、少しは気まずそうに見えるのが、イタチには嬉しかった。
「だが、もうしないな?」
「しないよ……」また不満そうに答える。だが、これも守ってくれるだろうと思った。
九尾の襲撃後に造られたうちはの居住区には、里の古い地区ほどの傷みはなかった。大通りには集合住宅が何棟か並び、一族が営む小さな店もある。看板や木造の店構えは、一族が好む伝統的な様式に沿っていた。父を亡くしたあと、シスイが母親と移り住んだ集合住宅の前を通る。シスイの留守中には、イタチの母がときどき訪ねていると聞いていた。
歩いていく二人へ、一族の者たちは冷たい目を向けた。その視線はツユへ注がれている。理由は分かる。九尾の事件は、里のほかの場所よりも、ここに深い傷を残した。うちは一族も、あの獣を解き放ったと疑われ、ツユと同じような偏見にさらされている。だが、獣を背負わされることで皆を守っているツユこそ、あの事件の最大の被害者だった。そのくらいは分かってくれると思っていた。一族に失望するのは、初めてではない。
「イタチ、見て」不意にツユが、店の青い暖簾を指さした。「シャツの絵と同じだ。ほら、あのランプにも!」
「そうなのか。今まで気づかなかった」
皮肉には気づかず、ツユはにっと笑った。鋭い発見をしたつもりらしく、満足そうに後をついてくる。
「なんで、ここの人はみんな服にあの印がついてるの?」
「それにも気づいたのか」わざと感心した声で言うと、ツユは満面の笑みを浮かべた。「うちは一族の家紋だ。一族の者は、昔から背中につけている」
「でも、いちぞくって何?」
イタチは前を歩く女の青いワンピースに刺繍された家紋へ目を向けた。思いのほか難しい問いだった。一番簡単に言えば、血のつながった者同士が、互いを守り合う集まりだ。だが、それでは、この言葉の意味も含みも伝えきれない。選ぶことのできない結びつきが課す責務の重さも、抗えない波となって皆をさらう感情も、個々の人間が全体という海の中へ埋もれていくことも。
幼い少女へどう伝えればよいか分からず、イタチは最初の説明だけを、淡々と口にした。
「じゃあ、家族みたいなもの?」
「そうだな……」
「イタチ?」
母の声に振り向くと、脇道に買い物袋を抱えた母が立っていた。その視線が、ゆっくりイタチからツユへ移り、また戻ってくる。
「どうしたの?」
イタチは返事をためらった。どう説明すればいいのだろう。
「イタチは家に帰るんだよ」返事を考えるより先に、ツユが言った。「僕も、どんな家か見たかったから、ついてきたんだ」
驚いたことに、母はツユと目の高さを合わせるようにしゃがみ、微笑んだ。
「はじめまして、ツユちゃん。イタチの母です。よかったら、うちへいらっしゃい」
前のコメントで、この作品の英語原作へのリンクを紹介しました。しかし残念ながら、投稿したその日にAO3(海外のファンフィクション投稿サイト)がメンテナンスに入り、復旧まで2〜4週間かかる予定だそうです。
FanFiction.netにも投稿していますが、こちらも以前から不具合が続いています。
ご不便をおかけして申し訳ありません! AO3が早く復旧して、興味のある方に英語原作を読んでいただけるようになればと思います。