追加戦士だと思われている銀騎士くん   作:シラヌイ321

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本作はクロカタ様『追加戦士になりたくない黒騎士くん』の二次創作です。灰瑠の兄となるオリジナル主人公、試作変身装置と独立したコアを追加したIF設定を含みます。
本編24話+掲示板の幕間4話+目覚める前の幕間1話で第一篇が完結します。毎日朝8時に更新します。


第1話 共闘した相手が、捕まっていた

「黒騎士、後ろ!」

 

 叫んだ時には、もう走っていた。

 

 オメガとの戦いが終わりへ向かう、瓦礫だらけの街。

 黒い背中の向こうには、崩れた歩道橋の下を逃げる人たちがいた。黒騎士はその前に立っている。正面から迫る敵を殴り飛ばし、逃げ道を塞ぐ瓦礫を蹴り砕いていた。

 

 だから、横倒しの車の陰で光が膨らんだ瞬間、俺の目には間に合わないように見えた。

 

 左手首へ、右手を伸ばす。

 丸い装置のダイヤルを紫の印まで回し、中央のボタンを叩き込んだ。

 

『TYPE CHANGE!』

『SHIFT!』

 

 キィン、と高い音が抜けた。

 銀白色の装甲の隙間を、紫の光が走る。肩から腰、そして、ふくらはぎへ。

 炭色の下地が膝裏でしなり、脚が深く沈んだ。

 見た目は金属の鎧なのに、曲げたいところだけはちゃんと曲がる。今ばかりは、そのありがたさに全力で甘えた。

 

 行け。

 

 足裏でアスファルトが爆ぜた。

 車の残骸が、視界の後ろへ飛ぶ。

 速く。あと少し。

 右手の中に、短い刃が組み上がる。そいつを前へ出し、銀白色の腕を黒い装甲の背中へ伸ばした。

 

 間に入れた。

 

 そう思った直後、右肩が跳ねた。

 

 衝撃が肩口から胸を突き抜け、息が全部押し出される。受け流そうと出した刃が弾かれ、視界いっぱいに白い火花が散った。

 足が地面に触れない。

 まずい。受け身。頭だけは。

 

 考えたところで、身体はちっとも動かなかった。

 

「おい!」

 

 黒い腕が俺を掴んだ。

 背中が地面に叩きつけられる寸前、ぐっと引き寄せられる。耳の奥で鳴り続ける警告音に、誰かの声が重なった。

 

 無事か、と聞かれた気がする。

 

 答えようとした。

 大丈夫、なんて言える状態ではなかったけれど、そっちは、と。

 

 銀白色の装甲がほどけていく。

 左手首の奥で、小さな熱が一度だけ脈打った。

 

 その感触を最後に、何も分からなくなった。

 

     *

 

 目を覚ますと、白い天井があった。

 

 最初に思ったのは、生きてる、だった。

 次に思ったのは、身体ってこんなに重かったっけ、だった。

 そして右肩を動かしかけた瞬間、そんな感想はどうでもよくなった。

 

「いっ……!」

「動かさないでください」

 

 すぐ横から声がした。

 白衣の人が、起こしかけた俺をベッドへ戻す。

 

「右肩と、腕の上の方を怪我しています。スーツで衝撃は抑えられたようですが、しばらく安静にしていてください」

 

 右腕は固定されていた。胸にも包帯。息を深く吸うと、その下でじわりと痛む。

 左手首には、見慣れた丸い装置が残っていた。

 縁に傷が入っている。いつもなら光る中央部も、今は暗かった。

 

 お前も、無事だったか。

 

 傷の入った外縁へ、目を落とす。

 手首に、かすかな温かさが伝わってきた気がした。

 

「ここは……」

「ジャスティスクルセイダーの本部です。医療室へ搬送されてから、丸一日近く眠っていました」

 

 知らない病院ではないらしい。

 いや、知らない場所なのは同じだが。

 

 それより。

 

「黒騎士は? 俺と一緒にいた、黒いスーツの人は」

 

 医師が扉へ目を向けた。

 その先に、三人の人影があった。

 

「先生、少しだけ話しても大丈夫?」

「短時間なら。興奮させないように」

 

 その声で、誰が来たのか分かった。

 

「……レッド?」

「うん。起きたんだね。よかった」

 

 赤い髪を結んだ子が、ベッドの脇でほっと息をついた。

 あとから入ってきた二人も、今はスーツ姿ではない。

 

「こっちまで心配させて。ほんと、よかった」

「……顔、見られるくらいには元気そう」

 

 イエローとブルーだ。

 素顔で話すのは、これが初めてだ。それでも、声には覚えがある。怪人相手に何度か背中を預けた相手を、そう簡単に忘れたりしない。

 

 俺は高校三年生で、レッドより一つ上。年の話だけは、前に現場でしたことがある。

 

 だからといって、先輩らしいことを言った覚えはあまりない。

 

 むしろ、余計なことを言った覚えならある。

 

     *

 

 あれは、倉庫街で合流した時だ。

 物音を追って倉庫の陰を回り込むと、三人とも既に変身を終えていた。仮面をつけた三人が、揃って最後のポーズを決めるところだった。

 

 見事に揃っていた。

 揃っていたから、つい聞いてしまった。

 

「それ、毎回やるの? 恥ずかしくない?」

「今、それ聞く!?」

「見ないでくれると、助かる」

「言うてる暇あったら、先に出とき!」

 

 俺は素直に先へ出た。

 倉庫の戸を破ってきた怪人が、右腕を大きく引く。拳より先に、踏み込む足を見る。

 その足が着く場所へ半歩だけ入り、長剣の腹で手首を外へ流した。空いた胴へ柄頭を打ち込み、よろけた足の外側を払う。倒れかけた敵の刃が床へ刺さるより早く、俺の切先が胸の装甲の継ぎ目を抜いた。

 背後で、もう一体が荷棚を押し倒した。

「レッド、右は通れる。こっちへ!」

 俺は倒した敵を背に、落ちてきた支柱を斬り落とした。赤い影がその下を抜ける。レッドが正面を押さえ、ブルーとイエローが左右から逃げ道を潰した。

 俺は残った一体を引き離し、積荷のない側で仕留めた。

 三人に任せた方からも、すぐに決着の音がした。

 背中を任せられる。その安心感と、さっきのツッコミの圧は、また別のものだった。

 

 銀白色のスーツだから、銀騎士。

 現場でそう呼ばれて振り向くうちに、すっかり自分の呼び名になっていた。

 黒騎士が世間を騒がせ始めて、少し経った頃。俺もこの装置を手に入れ、別の街で戦い始めた。

 それから二年近く、逃げ道を探して、目の前の攻撃を避けて、帰れば学校の課題を片づけて寝る。自分がどう見られているかまで、考える余裕はなかった。

 ネットも掲示板も見ていない。撮られていることには気づいても、帰ってその映像を探したことはない。

 三人と並んだ時も、俺まであのポーズを揃えるべきか考えるより先に、怪人が突っ込んできた。

 

 別々の地区で同時に怪人が出た時は、黒騎士がいる方をあいつに任せ、俺はもう一方へ向かった。

 あいつのいる現場に駆けつけるより、まだ誰も来ていない場所へ行く方がいい。

 だからといって、ずっと別々に戦っていたわけじゃない。

 同じ現場へ出れば、たびたび肩を並べた。黒い拳が正面を割る間に、俺は横へ抜ける敵を斬る。俺が剣を返す前に、あいつが次の一体を引き受ける。長い打合せをしなくても、互いが空ける場所は分かっていた。

 本名も素顔も知らない。それでも、二年近く何度も背中を預けてきた、戦友と呼べる相手だ。

 オメガ戦も、そうして一緒に立った戦場の一つだった。ただ、あの日はいつも通りには帰れなかった。

 

     *

 

 そんな三人が、今はベッドの横にいる。

 レッドは俺が見上げようとするのに気づくと、すぐ椅子を引き寄せて座った。

 ブルーの目は、固定された右腕へ落ちている。

 

 冗談を言う顔ではなかった。

 俺も、さっきから気になっていることを先に聞いた。

 

「黒騎士は……」

「生きてるよ。ちゃんと、ここにいる」

「よかった……」

「ただ、その。オメガたちとの戦いが終わったあと、私たちと戦って」

 

 レッドが一度、言葉を切る。

 

「私たちが勝ったんだ。それで、今はこの本部に捕まってる」

 

 抜けた力が、変な場所で固まった。

 

「……捕まった?」

「うん」

「三人に?」

「うん。……いきなり言われても、困るよね」

 

 俺は三人を順番に見た。

 右肩を見た。

 もう一度、三人を見た。

 

 待て。

 俺は黒騎士を庇って倒れた。

 そこまでは覚えている。

 そのあと、俺が眠っている間に黒騎士は三人と戦って、負けて捕まった。

 俺は何も知らず、その三人の本部で治療されていた。

 

 寝ている間に話が何段も進んでいる。

 せめて一段ずつにしてくれ。

 

「……俺も捕まってる?」

「今は怪我人。勝手に起きたら、先生に怒られるほう」

 

 ブルーが、俺の背中からずれかけた枕を指した。

 起き上がろうとしていたのが、ばれていたらしい。

 

「でも、聞きたいことはある」

 

 視線が俺の左手首へ落ちる。

 

「搬送された時に、その装置の番号を照合した。行方不明になってる試作機と一致したの」

 

 ブルーが、ベッド脇の端末を指す。

 

「戦場じゃ、ここまで確かめられなかった。……プロトジャスティスチェンジャー。どこで手に入れたの?」

 

 俺は手首を見た。

 

 お前、そんな立派な名前だったのか。

 俺が勝手に変身するやつと呼んでいた間、ずっと。

 

「……もらったんだけど」

 

 三人の顔が、微妙に変わった。

 驚いた、というより、聞いていた話と違う時の顔だ。

 

「もらった? 誰に?」

 

 レッドが少し身を乗り出した。

 

「名前までは、聞いてなくて」

「え、知り合いからもらったんじゃないの?」

 

 今度はイエローだった。

 

「駅の近くで、道端に寝そうになってた人。夜だったし、放っておくのも危ないかなって」

 

 沈黙。

 

 待ってくれ。

 自分で聞いても怪しい。

 でも本当にそれだけなんだ。

 

「水を買って、落ち着くまで付き添って。それで、お礼だって」

「水のお礼に変身装置? ……お礼のほう、ずいぶん大きくない?」

 

 イエローの目が、俺の手首で止まる。

 無理もない。俺も受け取った時は、まさか本当に変身するとは思わなかった。

 

「……話が違う」

 

 ブルーがぽつりと言った。

 

「作った人は、誰にもあげてないって言ってた。だから、盗まれたんじゃないかって」

 

 なるほど。

 立派な名前があっただけではなかった。

 俺の知らないところで、盗難品の疑いまでついていたらしい。

 

「盗んでない」

 

 さっきより、はっきり言った。

 

「勝手に持っていったんじゃない。本当に、使っていいって」

「うん。君の話も、ちゃんと聞くよ」

 

 レッドは俺の目を見て、そう言った。

 

「一緒に戦った時も、逃げ遅れた人を助けに行ってくれたでしょ。あの時、すごく助かったんだよ」

 

 けれど、と続ける声だけは、少し真剣になる。

 

「それとこれは、別に確かめないとね。くれた人の顔、覚えてる?」

「会えば分かる」

 

 あの時は、酔っているのだと思った。

 足元がふらつき、呼びかけても、目が合うまで少し間があった。倒れそうになった肩を支え、水を渡した。具合の悪い人を、そのままにはしておけなかった。

 抱えていたケースから、丸い装置が覗いていた。何に使うものかも、まだ知らなかった。

 男の手がその装置を掴み、俺の方へ伸びた。途中で一度、手首が止まる。本人も自分の指を見たが、すぐに俺の両手へ押し渡してきた。

 助けてもらった礼だと、俺は受け取った。渡す時だけは、妙にほっとしたような顔をしていた。

 

 大事に使いたまえ。

 

 そう言われたことは、よく覚えている。

 

「じゃあ、作った人にも会ってもらおう。……あ、今すぐじゃないからね」

 

 レッドが、俺と医師の顔を順番に見た。

 医師が頷くより先に、イエローがベッドへ向けて手のひらを下げる。

 

「せっかく助かったんだから、続きは寝てから。話なら逃げないって」

 

 俺は逆らわずに枕へ頭を戻した。

 

「此花さん。ご家族には容体をお伝えしています。あとで、短い電話ならできますよ」

 

 医師の言葉に、ようやく家のことが頭へ戻ってきた。

 父さん。母さん。それに、妹の灰瑠。

 連絡もせず一晩帰らなかった兄が、怪我をして眠ったままだと聞かされたのだ。心配しないはずがない。

 

「……起きたって、自分で伝えたいです」

 

「あの、此花って……もしかして、灰瑠のお兄さんですか?」

 

 イエローが、俺の顔を確かめるように覗き込んだ。

 

「そうだけど。灰瑠を知ってるの?」

「学校の友達です。まさか、お兄さんだったとは思わなくて」

「そっか。妹が、いつもお世話になってます」

「いえ、こちらこそ……って、頭は下げなくていいから!」

 

 つい身体を起こしかけ、肩が痛んで止まった。伸びてきた手に押し戻され、枕へ沈む。

 妹の友達に、包帯だらけで挨拶してしまった。

 

「灰瑠のお兄さんが銀騎士だったなんて。全然知らなかった」

「銀騎士のことは、灰瑠にもまだ話してないんだ」

 

 イエローの手が止まった。

 

「隠したままでいいとは思ってない。でも、どう話せばいいか分からなくて。……ちゃんと、自分で言いたい」

「うん。私から勝手には言いません。でも、まずは起きたって声を聞かせてあげて。きっと、心配してるから」

「ありがとう。挨拶のほうも、もう少しまともにできる時にやり直すよ」

「それは、元気になってからね」

 

 小さく笑い合って、俺は枕の上で頷いた。

 

 まず、生きている声を聞かせよう。

 何があったかを話すのは、そのあとだ。銀騎士なんて呼ばれていても、家では灰瑠の兄貴なのだから。

 

 黒騎士は捕まっている。

 俺は窃盗を疑われている。

 

 戦いが終わったら、もう少し平和になると思っていたんだけどな。

 

     *

 

 翌日、医師から短時間だけ許可が出た。

 

 車椅子に座り、固定された右腕を抱える格好で、本部の廊下を進む。

 ブルーが後ろから押してくれている。レッドは前を歩き、イエローは横で俺の顔色を見ていた。

 

「顔色が悪くなったら引き返すからね。大丈夫って言っても、顔のほうを信じるから」

「ありがとう。無理そうなら、ちゃんと言う」

 

「そういえば、先輩ってどこの高校?」

 

 学校名を答えると、レッドが目を丸くした。

 

「えっ、私たちと同じなんだけど」

 

 同じ学校だったのか。

 学校では顔を合わせたこともないし、現場ではお互い仮面の向こう。同じ制服を着ているなんて、分かるわけがなかった。

 

 丁寧に扱われている。

 それがかえって、申し訳ない。

 顔見知りだから、だけではないのだろう。三人とも、怪人に襲われた知らない人にだって、同じように手を伸ばしていた。

 それでも、黒騎士を捕まえたと聞いたばかりだ。あいつもひどい扱いにはなっていないと思いたい。あとで、ちゃんと確かめよう。

 

 着いたのは、本部の司令室だった。

 壁一面の画面には街の様子が映っている。緊急の出動要請は入っていないらしく、事務員たちは通信記録や報告書を整理していた。端の打ち合わせ用の机には、試作機の写真を載せた資料が積まれている。

 

 写真の装置。

 俺の左手首。

 

 うん。そっくりだ。

 というか、本人だ。

 

「こちらで試作機を捜していました。作った方から、誰にも譲っていないと聞きまして。今は保管記録と各地の映像を見比べているところです」

 

 机のそばの事務員が、俺へ頭を下げた。

 

「本日は、入手時の経緯を改めて伺えればと」

「椅子、ここでいい?」

 

 ブルーは俺に確かめてから、車椅子を机の横で止めた。

 積まれた資料に一度目をやって、小さく息をつく。

 

「……話だけで終わるといいけど」

 

 大事になっている。

 俺が人を助けて、そのまま買い物に行って、帰って寝ていた間に。

 

 扉が開いた。

 

「ようやく話ができる状態になったそうだね」

 

 聞き覚えのある声だった。

 

 入ってきた人物を見た瞬間、俺の口が半分開いた。

 足取りはしっかりしている。

 顔色も、あの夜よりずっといい。

 けれど、間違いなかった。

 

 あの時の人だ。

 

「社長、こっちです」

 

 レッドが呼んでから、俺へ顔を向ける。

 

「この装置を作った人。レイマ社長だよ」

 

 レイマ。

 ようやく名前が分かった。

 

 向こうは俺の手首を見て、深く息をついた。

 

「間違いない。私の試作機だ。映像では装甲の形が変わるので断定できなかったが、番号も一致した。……こうして実物を見ると、傷がひどいな」

 

 眉が寄る。

 責められた気がして、俺は反射的に背筋を伸ばしかけた。右肩が痛み、すぐやめる。

 

「すみません。大事に使ってたんですけど」

「大事に、の前に確認すべきことがあるだろう」

 

 レイマが俺を見る。

 

「私はそれを他人に譲渡した覚えはない。どうやって持ち出したのか、説明してもらえるかね」

 

 あれ。

 

 俺は顔を見た。

 もう一度、ちゃんと見た。

 

 同じ人だ。

 あの夜、俺の買った水の蓋を開けようとして、なぜか逆に締めていた人だ。

 

 そうか。

 暗かったし、今は俺も包帯だらけだ。

 向こうが覚えていなくても、おかしくない。

 

「あの、駅前で」

「駅前?」

「介抱した者です。水をお渡しした」

 

 レイマの眉が、ぴくりと動いた。

 

「……水?」

 

 声を張った。

 前は街の騒音に何度も聞き返されたから、今度は一度で届くように。

 右肩をかばい、座ったまま、精いっぱい頭を下げる。

 

「その節は、変身スーツを頂き、本当にありがとうございました!」

 

 張り上げた声が、高い天井へ抜けた。

 司令室の端まで響き渡り、壁に跳ね返った自分の声が、一拍遅れて耳へ戻ってくる。

 

 キーボードの音が、ぴたりと止まった。

 

「おかげで、俺にも人を助けられました! ちゃんとお礼を言いたかったんです!」

 

 言えた。

 

 ずっと引っかかっていたものが、胸から少し下りた。

 痛む胸とは別の、もう少し奥の辺りが軽くなる。

 

 顔を上げる。

 

 誰も、喜んでいなかった。

 

 レッドも。

 ブルーも。

 イエローも。

 

 資料を持った事務員も、その向こうで端末に向かっていた事務員も。

 司令室にいる全員の視線が、俺から離れた。

 

 行き先は、ひとつだった。

 

「はぁ?」「はぁ?」「はぁ?」

 

 レッドたちの低い声に、通信卓の事務員たちの声まで、ぴったり重なった。

 たった二文字。なのに、司令室の空気が一斉にレイマへ押し寄せたようだった。

 俺に向けられた声じゃない。それでも、思わず背筋が伸びた。

 

 レイマが半歩下がる。

 

「待ちたまえ。何か誤解が」

「社長。誰にもあげてないって、言ってましたよね?」

 

 レッドが、俺とレイマの間へ半歩出た。

 さっきまで俺と話していた時の笑顔が、きれいになくなっている。

 

「そのせいで私たち、この人に盗んだのかって聞いちゃったんですけど」

「いや、だから私は」

「自分であげて、自分で捜してたの?」

 

 ブルーが首を傾げた。

 積まれた資料とレイマを見比べて、もう一度傾げる。

 

「……どうしてこうなった」

 

 ブルーが、すっと遠くを見る。声も顔も妙に落ち着いている。

 目の前の本人に聞けばいいのに、なぜか世界へ問いかけているみたいだった。

 

「まだそうと決まったわけでは」

「ほな、さっきのお礼は何やったんですか。あんな嬉しそうに」

 

 イエローの口調が切り替わった。廊下では普通だったのに、今は戦場でも聞いた、あの調子のいい言い方になっている。

 ポーズをからかった時の俺も、こんな目で見られていた気がする。

 そのまま俺を振り返った。

 

「会うたら言おうって、ずっと思ってたんやろ?」

「はい。あの時は、俺なんかにも使えるのかって、そっちに気を取られてしまって」

 

 レイマの目が、こちらへ向いた。

 なぜか今だけ、黙っていてほしそうだった。

 

 しかし、ここはきちんと説明しなければならない。

 

「大事に使いたまえって、三回言ってくれたのも覚えてます」

「三回も念押ししといて、忘れたんですか、社長」

 

 イエローが額に手を当てた。

 

「同じ話をするたびに、水も飲んでもらいました」

 

 事務員の一人が、ゆっくり書類を持ち上げた。

 

「では、この所在不明装備の調査報告は、贈与経緯の確認に変更する必要がありますね」

 

 別の事務員が続いた。

 

「再調査を指示された保管記録も、こちらにあります」

 

 通信卓の奥からも声がした。

 

「関係部署への照会を急がせた件も、説明をお願いします」

 

 どこを見ても、白い目だった。

 誰も怒鳴っていないのに、逃げ道がひとつずつ塞がっていく。

 

 さっきまで俺の前にあったはずの取り調べ用の空気が、そっくり隣へ移動していた。

 

「それと」

 

 レッドが言った。

 

「まず、この人に謝りましょうよ。助けてくれた相手を、泥棒かもしれないって。さっきまで心細そうにしてたんですよ」

 

 俺を振り返ったレッドが、眉を下げる。

 

「疑ってごめんね。ちゃんと話してくれて、ありがとう」

「レッドが先に謝ってる。……これはひどい」

 

 ブルーが、涼しい顔でレイマを見た。

 短い一言なのに、順番待ちの札を置かれたみたいだった。

 

「渡したと決めつけるのは早いのではないかね!? 安全の説明もせずに、そんなものを渡すはずがないだろう!」

 

 俺は慌てて首を振った。

 

「あ、安全のことは言われました! 無茶はするなって!」

 

 助け舟のつもりだった。

 

「無茶な配り方したんは、社長やないですか」

 

 イエローの一言と一緒に、全員の目がさらに冷たくなった。

 

 どうやら、船底に穴が開いていたらしい。

 

 レイマが口を開き、閉じ、もう一度開いた。

 左手首の奥が、ほんの少し温かくなる。

 俺がようやく再会できたことを、一緒に喜んでくれているようだった。

 

 目の前の恩人は、少しも嬉しそうではなかったけれど。

 

 レイマが、逃げ場を探すように全員を見回した。

 白い目。白い目。どこを向いても、白い目。

 ついに耐えきれなくなったらしい。

 息を大きく吸い込む。その唇は、もう震えていた。

 次の瞬間、裏返った大声が司令室いっぱいに響いた。

 

「そんな記憶私にはないのだが!」

 

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