本編24話+掲示板の幕間4話+目覚める前の幕間1話で第一篇が完結します。毎日朝8時に更新します。
「黒騎士、後ろ!」
叫んだ時には、もう走っていた。
オメガとの戦いが終わりへ向かう、瓦礫だらけの街。
黒い背中の向こうには、崩れた歩道橋の下を逃げる人たちがいた。黒騎士はその前に立っている。正面から迫る敵を殴り飛ばし、逃げ道を塞ぐ瓦礫を蹴り砕いていた。
だから、横倒しの車の陰で光が膨らんだ瞬間、俺の目には間に合わないように見えた。
左手首へ、右手を伸ばす。
丸い装置のダイヤルを紫の印まで回し、中央のボタンを叩き込んだ。
キィン、と高い音が抜けた。
銀白色の装甲の隙間を、紫の光が走る。肩から腰、そして、ふくらはぎへ。
炭色の下地が膝裏でしなり、脚が深く沈んだ。
見た目は金属の鎧なのに、曲げたいところだけはちゃんと曲がる。今ばかりは、そのありがたさに全力で甘えた。
行け。
足裏でアスファルトが爆ぜた。
車の残骸が、視界の後ろへ飛ぶ。
速く。あと少し。
右手の中に、短い刃が組み上がる。そいつを前へ出し、銀白色の腕を黒い装甲の背中へ伸ばした。
間に入れた。
そう思った直後、右肩が跳ねた。
衝撃が肩口から胸を突き抜け、息が全部押し出される。受け流そうと出した刃が弾かれ、視界いっぱいに白い火花が散った。
足が地面に触れない。
まずい。受け身。頭だけは。
考えたところで、身体はちっとも動かなかった。
「おい!」
黒い腕が俺を掴んだ。
背中が地面に叩きつけられる寸前、ぐっと引き寄せられる。耳の奥で鳴り続ける警告音に、誰かの声が重なった。
無事か、と聞かれた気がする。
答えようとした。
大丈夫、なんて言える状態ではなかったけれど、そっちは、と。
銀白色の装甲がほどけていく。
左手首の奥で、小さな熱が一度だけ脈打った。
その感触を最後に、何も分からなくなった。
*
目を覚ますと、白い天井があった。
最初に思ったのは、生きてる、だった。
次に思ったのは、身体ってこんなに重かったっけ、だった。
そして右肩を動かしかけた瞬間、そんな感想はどうでもよくなった。
「いっ……!」
「動かさないでください」
すぐ横から声がした。
白衣の人が、起こしかけた俺をベッドへ戻す。
「右肩と、腕の上の方を怪我しています。スーツで衝撃は抑えられたようですが、しばらく安静にしていてください」
右腕は固定されていた。胸にも包帯。息を深く吸うと、その下でじわりと痛む。
左手首には、見慣れた丸い装置が残っていた。
縁に傷が入っている。いつもなら光る中央部も、今は暗かった。
お前も、無事だったか。
傷の入った外縁へ、目を落とす。
手首に、かすかな温かさが伝わってきた気がした。
「ここは……」
「ジャスティスクルセイダーの本部です。医療室へ搬送されてから、丸一日近く眠っていました」
知らない病院ではないらしい。
いや、知らない場所なのは同じだが。
それより。
「黒騎士は? 俺と一緒にいた、黒いスーツの人は」
医師が扉へ目を向けた。
その先に、三人の人影があった。
「先生、少しだけ話しても大丈夫?」
「短時間なら。興奮させないように」
その声で、誰が来たのか分かった。
「……レッド?」
「うん。起きたんだね。よかった」
赤い髪を結んだ子が、ベッドの脇でほっと息をついた。
あとから入ってきた二人も、今はスーツ姿ではない。
「こっちまで心配させて。ほんと、よかった」
「……顔、見られるくらいには元気そう」
イエローとブルーだ。
素顔で話すのは、これが初めてだ。それでも、声には覚えがある。怪人相手に何度か背中を預けた相手を、そう簡単に忘れたりしない。
俺は高校三年生で、レッドより一つ上。年の話だけは、前に現場でしたことがある。
だからといって、先輩らしいことを言った覚えはあまりない。
むしろ、余計なことを言った覚えならある。
*
あれは、倉庫街で合流した時だ。
物音を追って倉庫の陰を回り込むと、三人とも既に変身を終えていた。仮面をつけた三人が、揃って最後のポーズを決めるところだった。
見事に揃っていた。
揃っていたから、つい聞いてしまった。
「それ、毎回やるの? 恥ずかしくない?」
「今、それ聞く!?」
「見ないでくれると、助かる」
「言うてる暇あったら、先に出とき!」
俺は素直に先へ出た。
倉庫の戸を破ってきた怪人が、右腕を大きく引く。拳より先に、踏み込む足を見る。
その足が着く場所へ半歩だけ入り、長剣の腹で手首を外へ流した。空いた胴へ柄頭を打ち込み、よろけた足の外側を払う。倒れかけた敵の刃が床へ刺さるより早く、俺の切先が胸の装甲の継ぎ目を抜いた。
背後で、もう一体が荷棚を押し倒した。
「レッド、右は通れる。こっちへ!」
俺は倒した敵を背に、落ちてきた支柱を斬り落とした。赤い影がその下を抜ける。レッドが正面を押さえ、ブルーとイエローが左右から逃げ道を潰した。
俺は残った一体を引き離し、積荷のない側で仕留めた。
三人に任せた方からも、すぐに決着の音がした。
背中を任せられる。その安心感と、さっきのツッコミの圧は、また別のものだった。
銀白色のスーツだから、銀騎士。
現場でそう呼ばれて振り向くうちに、すっかり自分の呼び名になっていた。
黒騎士が世間を騒がせ始めて、少し経った頃。俺もこの装置を手に入れ、別の街で戦い始めた。
それから二年近く、逃げ道を探して、目の前の攻撃を避けて、帰れば学校の課題を片づけて寝る。自分がどう見られているかまで、考える余裕はなかった。
ネットも掲示板も見ていない。撮られていることには気づいても、帰ってその映像を探したことはない。
三人と並んだ時も、俺まであのポーズを揃えるべきか考えるより先に、怪人が突っ込んできた。
別々の地区で同時に怪人が出た時は、黒騎士がいる方をあいつに任せ、俺はもう一方へ向かった。
あいつのいる現場に駆けつけるより、まだ誰も来ていない場所へ行く方がいい。
だからといって、ずっと別々に戦っていたわけじゃない。
同じ現場へ出れば、たびたび肩を並べた。黒い拳が正面を割る間に、俺は横へ抜ける敵を斬る。俺が剣を返す前に、あいつが次の一体を引き受ける。長い打合せをしなくても、互いが空ける場所は分かっていた。
本名も素顔も知らない。それでも、二年近く何度も背中を預けてきた、戦友と呼べる相手だ。
オメガ戦も、そうして一緒に立った戦場の一つだった。ただ、あの日はいつも通りには帰れなかった。
*
そんな三人が、今はベッドの横にいる。
レッドは俺が見上げようとするのに気づくと、すぐ椅子を引き寄せて座った。
ブルーの目は、固定された右腕へ落ちている。
冗談を言う顔ではなかった。
俺も、さっきから気になっていることを先に聞いた。
「黒騎士は……」
「生きてるよ。ちゃんと、ここにいる」
「よかった……」
「ただ、その。オメガたちとの戦いが終わったあと、私たちと戦って」
レッドが一度、言葉を切る。
「私たちが勝ったんだ。それで、今はこの本部に捕まってる」
抜けた力が、変な場所で固まった。
「……捕まった?」
「うん」
「三人に?」
「うん。……いきなり言われても、困るよね」
俺は三人を順番に見た。
右肩を見た。
もう一度、三人を見た。
待て。
俺は黒騎士を庇って倒れた。
そこまでは覚えている。
そのあと、俺が眠っている間に黒騎士は三人と戦って、負けて捕まった。
俺は何も知らず、その三人の本部で治療されていた。
寝ている間に話が何段も進んでいる。
せめて一段ずつにしてくれ。
「……俺も捕まってる?」
「今は怪我人。勝手に起きたら、先生に怒られるほう」
ブルーが、俺の背中からずれかけた枕を指した。
起き上がろうとしていたのが、ばれていたらしい。
「でも、聞きたいことはある」
視線が俺の左手首へ落ちる。
「搬送された時に、その装置の番号を照合した。行方不明になってる試作機と一致したの」
ブルーが、ベッド脇の端末を指す。
「戦場じゃ、ここまで確かめられなかった。……プロトジャスティスチェンジャー。どこで手に入れたの?」
俺は手首を見た。
お前、そんな立派な名前だったのか。
俺が勝手に変身するやつと呼んでいた間、ずっと。
「……もらったんだけど」
三人の顔が、微妙に変わった。
驚いた、というより、聞いていた話と違う時の顔だ。
「もらった? 誰に?」
レッドが少し身を乗り出した。
「名前までは、聞いてなくて」
「え、知り合いからもらったんじゃないの?」
今度はイエローだった。
「駅の近くで、道端に寝そうになってた人。夜だったし、放っておくのも危ないかなって」
沈黙。
待ってくれ。
自分で聞いても怪しい。
でも本当にそれだけなんだ。
「水を買って、落ち着くまで付き添って。それで、お礼だって」
「水のお礼に変身装置? ……お礼のほう、ずいぶん大きくない?」
イエローの目が、俺の手首で止まる。
無理もない。俺も受け取った時は、まさか本当に変身するとは思わなかった。
「……話が違う」
ブルーがぽつりと言った。
「作った人は、誰にもあげてないって言ってた。だから、盗まれたんじゃないかって」
なるほど。
立派な名前があっただけではなかった。
俺の知らないところで、盗難品の疑いまでついていたらしい。
「盗んでない」
さっきより、はっきり言った。
「勝手に持っていったんじゃない。本当に、使っていいって」
「うん。君の話も、ちゃんと聞くよ」
レッドは俺の目を見て、そう言った。
「一緒に戦った時も、逃げ遅れた人を助けに行ってくれたでしょ。あの時、すごく助かったんだよ」
けれど、と続ける声だけは、少し真剣になる。
「それとこれは、別に確かめないとね。くれた人の顔、覚えてる?」
「会えば分かる」
あの時は、酔っているのだと思った。
足元がふらつき、呼びかけても、目が合うまで少し間があった。倒れそうになった肩を支え、水を渡した。具合の悪い人を、そのままにはしておけなかった。
抱えていたケースから、丸い装置が覗いていた。何に使うものかも、まだ知らなかった。
男の手がその装置を掴み、俺の方へ伸びた。途中で一度、手首が止まる。本人も自分の指を見たが、すぐに俺の両手へ押し渡してきた。
助けてもらった礼だと、俺は受け取った。渡す時だけは、妙にほっとしたような顔をしていた。
大事に使いたまえ。
そう言われたことは、よく覚えている。
「じゃあ、作った人にも会ってもらおう。……あ、今すぐじゃないからね」
レッドが、俺と医師の顔を順番に見た。
医師が頷くより先に、イエローがベッドへ向けて手のひらを下げる。
「せっかく助かったんだから、続きは寝てから。話なら逃げないって」
俺は逆らわずに枕へ頭を戻した。
「此花さん。ご家族には容体をお伝えしています。あとで、短い電話ならできますよ」
医師の言葉に、ようやく家のことが頭へ戻ってきた。
父さん。母さん。それに、妹の灰瑠。
連絡もせず一晩帰らなかった兄が、怪我をして眠ったままだと聞かされたのだ。心配しないはずがない。
「……起きたって、自分で伝えたいです」
「あの、此花って……もしかして、灰瑠のお兄さんですか?」
イエローが、俺の顔を確かめるように覗き込んだ。
「そうだけど。灰瑠を知ってるの?」
「学校の友達です。まさか、お兄さんだったとは思わなくて」
「そっか。妹が、いつもお世話になってます」
「いえ、こちらこそ……って、頭は下げなくていいから!」
つい身体を起こしかけ、肩が痛んで止まった。伸びてきた手に押し戻され、枕へ沈む。
妹の友達に、包帯だらけで挨拶してしまった。
「灰瑠のお兄さんが銀騎士だったなんて。全然知らなかった」
「銀騎士のことは、灰瑠にもまだ話してないんだ」
イエローの手が止まった。
「隠したままでいいとは思ってない。でも、どう話せばいいか分からなくて。……ちゃんと、自分で言いたい」
「うん。私から勝手には言いません。でも、まずは起きたって声を聞かせてあげて。きっと、心配してるから」
「ありがとう。挨拶のほうも、もう少しまともにできる時にやり直すよ」
「それは、元気になってからね」
小さく笑い合って、俺は枕の上で頷いた。
まず、生きている声を聞かせよう。
何があったかを話すのは、そのあとだ。銀騎士なんて呼ばれていても、家では灰瑠の兄貴なのだから。
黒騎士は捕まっている。
俺は窃盗を疑われている。
戦いが終わったら、もう少し平和になると思っていたんだけどな。
*
翌日、医師から短時間だけ許可が出た。
車椅子に座り、固定された右腕を抱える格好で、本部の廊下を進む。
ブルーが後ろから押してくれている。レッドは前を歩き、イエローは横で俺の顔色を見ていた。
「顔色が悪くなったら引き返すからね。大丈夫って言っても、顔のほうを信じるから」
「ありがとう。無理そうなら、ちゃんと言う」
「そういえば、先輩ってどこの高校?」
学校名を答えると、レッドが目を丸くした。
「えっ、私たちと同じなんだけど」
同じ学校だったのか。
学校では顔を合わせたこともないし、現場ではお互い仮面の向こう。同じ制服を着ているなんて、分かるわけがなかった。
丁寧に扱われている。
それがかえって、申し訳ない。
顔見知りだから、だけではないのだろう。三人とも、怪人に襲われた知らない人にだって、同じように手を伸ばしていた。
それでも、黒騎士を捕まえたと聞いたばかりだ。あいつもひどい扱いにはなっていないと思いたい。あとで、ちゃんと確かめよう。
着いたのは、本部の司令室だった。
壁一面の画面には街の様子が映っている。緊急の出動要請は入っていないらしく、事務員たちは通信記録や報告書を整理していた。端の打ち合わせ用の机には、試作機の写真を載せた資料が積まれている。
写真の装置。
俺の左手首。
うん。そっくりだ。
というか、本人だ。
「こちらで試作機を捜していました。作った方から、誰にも譲っていないと聞きまして。今は保管記録と各地の映像を見比べているところです」
机のそばの事務員が、俺へ頭を下げた。
「本日は、入手時の経緯を改めて伺えればと」
「椅子、ここでいい?」
ブルーは俺に確かめてから、車椅子を机の横で止めた。
積まれた資料に一度目をやって、小さく息をつく。
「……話だけで終わるといいけど」
大事になっている。
俺が人を助けて、そのまま買い物に行って、帰って寝ていた間に。
扉が開いた。
「ようやく話ができる状態になったそうだね」
聞き覚えのある声だった。
入ってきた人物を見た瞬間、俺の口が半分開いた。
足取りはしっかりしている。
顔色も、あの夜よりずっといい。
けれど、間違いなかった。
あの時の人だ。
「社長、こっちです」
レッドが呼んでから、俺へ顔を向ける。
「この装置を作った人。レイマ社長だよ」
レイマ。
ようやく名前が分かった。
向こうは俺の手首を見て、深く息をついた。
「間違いない。私の試作機だ。映像では装甲の形が変わるので断定できなかったが、番号も一致した。……こうして実物を見ると、傷がひどいな」
眉が寄る。
責められた気がして、俺は反射的に背筋を伸ばしかけた。右肩が痛み、すぐやめる。
「すみません。大事に使ってたんですけど」
「大事に、の前に確認すべきことがあるだろう」
レイマが俺を見る。
「私はそれを他人に譲渡した覚えはない。どうやって持ち出したのか、説明してもらえるかね」
あれ。
俺は顔を見た。
もう一度、ちゃんと見た。
同じ人だ。
あの夜、俺の買った水の蓋を開けようとして、なぜか逆に締めていた人だ。
そうか。
暗かったし、今は俺も包帯だらけだ。
向こうが覚えていなくても、おかしくない。
「あの、駅前で」
「駅前?」
「介抱した者です。水をお渡しした」
レイマの眉が、ぴくりと動いた。
「……水?」
声を張った。
前は街の騒音に何度も聞き返されたから、今度は一度で届くように。
右肩をかばい、座ったまま、精いっぱい頭を下げる。
張り上げた声が、高い天井へ抜けた。
司令室の端まで響き渡り、壁に跳ね返った自分の声が、一拍遅れて耳へ戻ってくる。
キーボードの音が、ぴたりと止まった。
「おかげで、俺にも人を助けられました! ちゃんとお礼を言いたかったんです!」
言えた。
ずっと引っかかっていたものが、胸から少し下りた。
痛む胸とは別の、もう少し奥の辺りが軽くなる。
顔を上げる。
誰も、喜んでいなかった。
レッドも。
ブルーも。
イエローも。
資料を持った事務員も、その向こうで端末に向かっていた事務員も。
司令室にいる全員の視線が、俺から離れた。
行き先は、ひとつだった。
レッドたちの低い声に、通信卓の事務員たちの声まで、ぴったり重なった。
たった二文字。なのに、司令室の空気が一斉にレイマへ押し寄せたようだった。
俺に向けられた声じゃない。それでも、思わず背筋が伸びた。
レイマが半歩下がる。
「待ちたまえ。何か誤解が」
「社長。誰にもあげてないって、言ってましたよね?」
レッドが、俺とレイマの間へ半歩出た。
さっきまで俺と話していた時の笑顔が、きれいになくなっている。
「そのせいで私たち、この人に盗んだのかって聞いちゃったんですけど」
「いや、だから私は」
「自分であげて、自分で捜してたの?」
ブルーが首を傾げた。
積まれた資料とレイマを見比べて、もう一度傾げる。
「……どうしてこうなった」
ブルーが、すっと遠くを見る。声も顔も妙に落ち着いている。
目の前の本人に聞けばいいのに、なぜか世界へ問いかけているみたいだった。
「まだそうと決まったわけでは」
「ほな、さっきのお礼は何やったんですか。あんな嬉しそうに」
イエローの口調が切り替わった。廊下では普通だったのに、今は戦場でも聞いた、あの調子のいい言い方になっている。
ポーズをからかった時の俺も、こんな目で見られていた気がする。
そのまま俺を振り返った。
「会うたら言おうって、ずっと思ってたんやろ?」
「はい。あの時は、俺なんかにも使えるのかって、そっちに気を取られてしまって」
レイマの目が、こちらへ向いた。
なぜか今だけ、黙っていてほしそうだった。
しかし、ここはきちんと説明しなければならない。
「大事に使いたまえって、三回言ってくれたのも覚えてます」
「三回も念押ししといて、忘れたんですか、社長」
イエローが額に手を当てた。
「同じ話をするたびに、水も飲んでもらいました」
事務員の一人が、ゆっくり書類を持ち上げた。
「では、この所在不明装備の調査報告は、贈与経緯の確認に変更する必要がありますね」
別の事務員が続いた。
「再調査を指示された保管記録も、こちらにあります」
通信卓の奥からも声がした。
「関係部署への照会を急がせた件も、説明をお願いします」
どこを見ても、白い目だった。
誰も怒鳴っていないのに、逃げ道がひとつずつ塞がっていく。
さっきまで俺の前にあったはずの取り調べ用の空気が、そっくり隣へ移動していた。
「それと」
レッドが言った。
「まず、この人に謝りましょうよ。助けてくれた相手を、泥棒かもしれないって。さっきまで心細そうにしてたんですよ」
俺を振り返ったレッドが、眉を下げる。
「疑ってごめんね。ちゃんと話してくれて、ありがとう」
「レッドが先に謝ってる。……これはひどい」
ブルーが、涼しい顔でレイマを見た。
短い一言なのに、順番待ちの札を置かれたみたいだった。
「渡したと決めつけるのは早いのではないかね!? 安全の説明もせずに、そんなものを渡すはずがないだろう!」
俺は慌てて首を振った。
「あ、安全のことは言われました! 無茶はするなって!」
助け舟のつもりだった。
「無茶な配り方したんは、社長やないですか」
イエローの一言と一緒に、全員の目がさらに冷たくなった。
どうやら、船底に穴が開いていたらしい。
レイマが口を開き、閉じ、もう一度開いた。
左手首の奥が、ほんの少し温かくなる。
俺がようやく再会できたことを、一緒に喜んでくれているようだった。
目の前の恩人は、少しも嬉しそうではなかったけれど。
レイマが、逃げ場を探すように全員を見回した。
白い目。白い目。どこを向いても、白い目。
ついに耐えきれなくなったらしい。
息を大きく吸い込む。その唇は、もう震えていた。
次の瞬間、裏返った大声が司令室いっぱいに響いた。