追加戦士だと思われている銀騎士くん   作:シラヌイ321

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「今回は試験回だ。装置の性格を調べる」
「装置に性格ってあるんですか」
「それを調べる!」


第8話 好かれすぎる試作機

 技術室の机の上に、俺の左手首が置いてあった。

 もちろん本物じゃない。肌色の樹脂で作った、測定用の腕だ。指の節まで妙に丁寧に作り込んであるのに、爪だけがつるんと平らで、見るたびに目が引っかかる。

 

「俺の手より、ちゃんとしてる」

「宿題もしないし、消しゴムで擦らないからね」

「宿題はしてる」

「知ってる。昨日、本部の休憩室で、私の消しゴムを半分くらい使った人でしょ」

「半分は使ってない」

「三分の一」

「……それくらいかもしれない」

 

 葵は口元だけで笑って、測定用の手首にチェンジャーを留めた。外して十分も経っていないのに、左の袖が軽すぎる。窓に映った自分を見ると、制服の片袖だけ借り物みたいだった。

 

 前の出動から三日。肩板の留め具の交換は終わっている。今日は、勝手に動く装甲そのものを調べる日だった。

 

「では見てもらおう。この極めて優秀な試作機が示した、極めて興味深い反応を」

 

 技術者さんが、樹脂の手首の中央ボタンを押した。診断灯が短く光った。それだけだった。装甲は出ない。机は机のまま、手は気味の悪い手のままだった。

 

「嫌がってるんですか」

「言葉を選ぼう。認証が通っていないだけでも、同じことは起こる」

 

 次にレイマさんが出したのは、回収機のケーブルが俺に迫った時の記録だった。ケーブルが当たる前に、もう手首の中で出力が左に偏っている。敵がいない動作確認では、同じ腕の動きでもここまでは動かない。

 

「君の動きだけでなく、君にかかる負担の兆しを拾っているらしい。守る対象を選んでいる、とも読める」

「俺を?」

「少なくとも、今は君を最優先にしている。愛着、と呼びたくなる挙動ではあるな」

 

 愛着。

 机の上の小さな装置に、目を落とした。

 朝、これを腕に留める。歯を磨く時は水がかからないように袖をまくる。授業中は机にぶつけないように気をつける。夜は外装を拭いて、寝る前に状態表示を見る。

 こっちから慣れていったのは分かる。

 向こうからも、ってことなのか。

 

「無論、感情を読めたわけではない。この天才である私の設計が生み出した、極めて高度な適応の結果が」

「でも、懐かれてるのは奏斗先輩ですよね。そこは社長の手柄じゃないですよね」

「私は育ての親に近い立場では?」

「その言い方やと、預けた晩のこと忘れてるのが余計まずなるで」

 

 椅子に腰かけながらきららが言った。レイマさんの手が、演説の途中の高さで止まった。

 なんだか気の毒になって、俺は装置に顔を寄せた。

 

「……社長のことも、ちょっとは好きでいてやれよ」

「その慰め方は、私の尊厳に甚大な被害を与える!」

 

 装置は光らなかった。

 

「知ってた」

 

 空気を読めないのか、読んだ上でなのか。分からないうちは、俺のせいにしないでほしい。

 

     *

 

 試験場には、吊り下げた重りと、柔らかい素材を巻いた押し板が用意されていた。胸の前にゆっくり板を近づけて、どこに負担が集まるかを見るだけの場所だ。

 チェンジャーを左手首に戻すと、裏側が少し温かかった。

 

「今日は測るだけだからな。頑張りすぎるなよ」

 

 右肘を脇に寄せ、左手首を低く出して、中央を押す。

 

「変身!」

 

『PROTO JUSTICE!』

『SILVER RISE!』

 

 銀白の装甲が脚から順に噛み合っていく。最後に仮面が閉じて、青緑の光が視界の縁を走った。

 監視窓の脇に、朱音が立っていた。

 

「準備いい?」

「いつでも」

「何か変わったら言ってね」

 

 左前腕を押し板に添えた。板が、ゆっくり近づいてくる。肘を曲げ、身体全体で重さを受ける。圧力が上がった瞬間、左腕の表面が、ぞわりと動いた。

 銀白の縁が一枚ずつずれて、前腕の外側に重なっていく。板の硬さが遠のいて、肘に響く振動が弱まった。正直、ちょっと心強い。

 

「出た。前と同じ」

「そのまま保持してください」

 

 五秒。十秒。

 背中が、蒸れて熱くなってきた。視界の右端に、小さな黄色い警告。

 

「熱い。背中の右側」

「記録しました。荷重を戻します」

 

 板が離れる。装甲が元に戻っていくにつれて、背中に空気が通る感じがした。塞がっていた熱の出口が、開いただけだ。それだけで呼吸が深くなる。

 

「守りたい場所に、他所から持ってきている。材料も、熱の逃げ道も、勝手には増えん。前の現場で君が左腕を差し出したのを見て、そこを最優先だと覚えたのだろう」

 

 腕を出した瞬間だけを見て、守り方を決めているのか。受け流したあとの一歩まで伝えないと、俺の戦い方には合わせてもらえない。

 

 二回目は、動かしていい装甲の量に上限をつけた。また左腕が厚くなろうとして、途中で止まった。背中の熱は、さっきほど上がらない。代わりに、肘に重さが戻ってくる。

 

「こっちの方が、力は要る」

「上限の範囲内です。姿勢は保てますか」

「保てます。実戦なら、ここで角度を変えて逃がします。その時にも装甲がちゃんと戻るか、次に見てもらえますか」

 

「受け流したあとの一歩まで、合わせたいね」

「うん。そこが揃えば、俺の後ろも通れる」

 

 次の試験で確かめることが、ひとつ増えた。

 

     *

 

 変身を解くと、試験場の空気は思ったより冷たかった。

 汗を拭いて椅子に座ると、きららが紙コップを差し出してくれた。

 

「現場の注文が増えると、社長の宿題も増えるね」

「俺の宿題にも、そのくらい人手が欲しいな」

「人手より自力でしょ。出すたびスタンプでも貯める?」

「景品次第では頑張る」

「十個貯まった人には、次の十個に挑戦する権利をあげよう」

「終わらせる気のない制度だな、それ」

 

 笑うと、さっきまでの緊張が少しほどけた。

 レイマさんが記録を閉じた。

 

「上限は当面このまま。診断は続ける。……愛着があるという解釈が当たっていたとしても、愛着があるから安全だ、とは言えん。それだけは覚えておいてくれ」

 

 机に置いた左腕に、目をやった。守ろうとしてくれているなら、嬉しい。

 守ろうとして、ほかのところを危なくするなら、一緒に直したい。

 

「ありがとうな」

 

 装置に、小さく声をかける。

 

「次は、右と背中も忘れずにな」

 

 言ってから、ずいぶん無茶な注文だと気づいた。右という言葉が通じているのかどうかすら、まだ分からないのに。

 表示の光が、ふっと強くなった。技術者さんが照度計を覗いて、さっきより何十ルクスか明るいです、と記録に書き足した。

 さっきより、ほんのり暖かい気がした。それ以上のことは、まだ言えない。

 

     *

 

【黒と銀】公開映像だけで話すスレ・その次【三人も】

 

181:名無しの観測者

銀の腕、途中で厚くなってない?

配送路の最初のやつ

 

182:名無しの観測者

画角だろ。煙もすごいし

 

183:装甲閉じる音派

いや、閉じる音が一回多い

俺の耳は誤魔化せない

 

184:名無しの観測者

お前の耳はこの前、自販機の取り出し口の音を装甲の音だと言い張った

 

185:装甲閉じる音派

あれは似てた

 

186:名無しの観測者

黒はライダー系、三人は戦隊、銀はメタルヒーローで住み分けできたな

 

187:追加戦士審議会

追加戦士では?

 

188:名無しの観測者

帰れ

 

189:名無しの観測者

金属の鎧に電子音、武器換装

銀だけ玩具屋の棚が違うのは分かる

 

190:名無しの観測者

棚で分類するな

 

191:名無しの観測者

ニュースの遠景、今回銀映ってないけど休み?

 

192:名無しの観測者

追加戦士は毎週は出ないのがお約束だろ

三人で止められてよかった

 

193:名無しの観測者

休めるなら休んでくれ

棚は逃げない

 

194:名無しの観測者

だから棚から離れろ

 

195:名無しの観測者

あと角欠け、今回の現場では目撃なし

 

196:名無しの観測者

出てないのか、映ってないだけなのか

 

197:名無しの観測者

どっちにしても近づくなよ

あいつ、拾った物に一個ずつ札貼ってくらしい

几帳面な泥棒が一番怖い

 

     *

 

 帰り道、灰瑠から連絡が来た。明日、商店街に付き合ってほしいという。荷物持ちだけじゃないよ、と先に書いてある。ほかに何の用途があるんだろう。

 

『店を決める時の相談相手』

 

 すぐに続きが来た。

 

『迷ったら両方って言う人は、相談相手じゃなくて財布だよ』

 

 なかなか厳しい。笑いながら、行く、と返した。

 

 既読がついてから、しばらく間があった。

 それから、もう一通だけ届いた。

 

『兄ちゃんさ。最近ずっと腕時計してるよね。前はしてなかったのに』

 

 俺は、袖の上から左手首を押さえた。

 装置が、何も知らないような温かさで、そこにいた。




「改めて聞くが。……私のことは、好きか?」
(装置は光らない)
「沈黙も、ひとつの答えだと理解している」
「理解したんやったら、泣かんといてくださいね」
「泣いていない! これは試験場の湿度だ!」
「スタンプ、一個押しておきます。好感度の」
「十個貯まったら?」
「次の十個に挑戦する権利」
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