「装置に性格ってあるんですか」
「それを調べる!」
技術室の机の上に、俺の左手首が置いてあった。
もちろん本物じゃない。肌色の樹脂で作った、測定用の腕だ。指の節まで妙に丁寧に作り込んであるのに、爪だけがつるんと平らで、見るたびに目が引っかかる。
「俺の手より、ちゃんとしてる」
「宿題もしないし、消しゴムで擦らないからね」
「宿題はしてる」
「知ってる。昨日、本部の休憩室で、私の消しゴムを半分くらい使った人でしょ」
「半分は使ってない」
「三分の一」
「……それくらいかもしれない」
葵は口元だけで笑って、測定用の手首にチェンジャーを留めた。外して十分も経っていないのに、左の袖が軽すぎる。窓に映った自分を見ると、制服の片袖だけ借り物みたいだった。
前の出動から三日。肩板の留め具の交換は終わっている。今日は、勝手に動く装甲そのものを調べる日だった。
「では見てもらおう。この極めて優秀な試作機が示した、極めて興味深い反応を」
技術者さんが、樹脂の手首の中央ボタンを押した。診断灯が短く光った。それだけだった。装甲は出ない。机は机のまま、手は気味の悪い手のままだった。
「嫌がってるんですか」
「言葉を選ぼう。認証が通っていないだけでも、同じことは起こる」
次にレイマさんが出したのは、回収機のケーブルが俺に迫った時の記録だった。ケーブルが当たる前に、もう手首の中で出力が左に偏っている。敵がいない動作確認では、同じ腕の動きでもここまでは動かない。
「君の動きだけでなく、君にかかる負担の兆しを拾っているらしい。守る対象を選んでいる、とも読める」
「俺を?」
「少なくとも、今は君を最優先にしている。愛着、と呼びたくなる挙動ではあるな」
愛着。
机の上の小さな装置に、目を落とした。
朝、これを腕に留める。歯を磨く時は水がかからないように袖をまくる。授業中は机にぶつけないように気をつける。夜は外装を拭いて、寝る前に状態表示を見る。
こっちから慣れていったのは分かる。
向こうからも、ってことなのか。
「無論、感情を読めたわけではない。この天才である私の設計が生み出した、極めて高度な適応の結果が」
「でも、懐かれてるのは奏斗先輩ですよね。そこは社長の手柄じゃないですよね」
「私は育ての親に近い立場では?」
「その言い方やと、預けた晩のこと忘れてるのが余計まずなるで」
椅子に腰かけながらきららが言った。レイマさんの手が、演説の途中の高さで止まった。
なんだか気の毒になって、俺は装置に顔を寄せた。
「……社長のことも、ちょっとは好きでいてやれよ」
「その慰め方は、私の尊厳に甚大な被害を与える!」
装置は光らなかった。
「知ってた」
空気を読めないのか、読んだ上でなのか。分からないうちは、俺のせいにしないでほしい。
*
試験場には、吊り下げた重りと、柔らかい素材を巻いた押し板が用意されていた。胸の前にゆっくり板を近づけて、どこに負担が集まるかを見るだけの場所だ。
チェンジャーを左手首に戻すと、裏側が少し温かかった。
「今日は測るだけだからな。頑張りすぎるなよ」
右肘を脇に寄せ、左手首を低く出して、中央を押す。
「変身!」
銀白の装甲が脚から順に噛み合っていく。最後に仮面が閉じて、青緑の光が視界の縁を走った。
監視窓の脇に、朱音が立っていた。
「準備いい?」
「いつでも」
「何か変わったら言ってね」
左前腕を押し板に添えた。板が、ゆっくり近づいてくる。肘を曲げ、身体全体で重さを受ける。圧力が上がった瞬間、左腕の表面が、ぞわりと動いた。
銀白の縁が一枚ずつずれて、前腕の外側に重なっていく。板の硬さが遠のいて、肘に響く振動が弱まった。正直、ちょっと心強い。
「出た。前と同じ」
「そのまま保持してください」
五秒。十秒。
背中が、蒸れて熱くなってきた。視界の右端に、小さな黄色い警告。
「熱い。背中の右側」
「記録しました。荷重を戻します」
板が離れる。装甲が元に戻っていくにつれて、背中に空気が通る感じがした。塞がっていた熱の出口が、開いただけだ。それだけで呼吸が深くなる。
「守りたい場所に、他所から持ってきている。材料も、熱の逃げ道も、勝手には増えん。前の現場で君が左腕を差し出したのを見て、そこを最優先だと覚えたのだろう」
腕を出した瞬間だけを見て、守り方を決めているのか。受け流したあとの一歩まで伝えないと、俺の戦い方には合わせてもらえない。
二回目は、動かしていい装甲の量に上限をつけた。また左腕が厚くなろうとして、途中で止まった。背中の熱は、さっきほど上がらない。代わりに、肘に重さが戻ってくる。
「こっちの方が、力は要る」
「上限の範囲内です。姿勢は保てますか」
「保てます。実戦なら、ここで角度を変えて逃がします。その時にも装甲がちゃんと戻るか、次に見てもらえますか」
「受け流したあとの一歩まで、合わせたいね」
「うん。そこが揃えば、俺の後ろも通れる」
次の試験で確かめることが、ひとつ増えた。
*
変身を解くと、試験場の空気は思ったより冷たかった。
汗を拭いて椅子に座ると、きららが紙コップを差し出してくれた。
「現場の注文が増えると、社長の宿題も増えるね」
「俺の宿題にも、そのくらい人手が欲しいな」
「人手より自力でしょ。出すたびスタンプでも貯める?」
「景品次第では頑張る」
「十個貯まった人には、次の十個に挑戦する権利をあげよう」
「終わらせる気のない制度だな、それ」
笑うと、さっきまでの緊張が少しほどけた。
レイマさんが記録を閉じた。
「上限は当面このまま。診断は続ける。……愛着があるという解釈が当たっていたとしても、愛着があるから安全だ、とは言えん。それだけは覚えておいてくれ」
机に置いた左腕に、目をやった。守ろうとしてくれているなら、嬉しい。
守ろうとして、ほかのところを危なくするなら、一緒に直したい。
「ありがとうな」
装置に、小さく声をかける。
「次は、右と背中も忘れずにな」
言ってから、ずいぶん無茶な注文だと気づいた。右という言葉が通じているのかどうかすら、まだ分からないのに。
表示の光が、ふっと強くなった。技術者さんが照度計を覗いて、さっきより何十ルクスか明るいです、と記録に書き足した。
さっきより、ほんのり暖かい気がした。それ以上のことは、まだ言えない。
*
【黒と銀】公開映像だけで話すスレ・その次【三人も】
181:名無しの観測者
銀の腕、途中で厚くなってない?
配送路の最初のやつ
182:名無しの観測者
画角だろ。煙もすごいし
183:装甲閉じる音派
いや、閉じる音が一回多い
俺の耳は誤魔化せない
184:名無しの観測者
お前の耳はこの前、自販機の取り出し口の音を装甲の音だと言い張った
185:装甲閉じる音派
あれは似てた
186:名無しの観測者
黒はライダー系、三人は戦隊、銀はメタルヒーローで住み分けできたな
187:追加戦士審議会
追加戦士では?
188:名無しの観測者
帰れ
189:名無しの観測者
金属の鎧に電子音、武器換装
銀だけ玩具屋の棚が違うのは分かる
190:名無しの観測者
棚で分類するな
191:名無しの観測者
ニュースの遠景、今回銀映ってないけど休み?
192:名無しの観測者
追加戦士は毎週は出ないのがお約束だろ
三人で止められてよかった
193:名無しの観測者
休めるなら休んでくれ
棚は逃げない
194:名無しの観測者
だから棚から離れろ
195:名無しの観測者
あと角欠け、今回の現場では目撃なし
196:名無しの観測者
出てないのか、映ってないだけなのか
197:名無しの観測者
どっちにしても近づくなよ
あいつ、拾った物に一個ずつ札貼ってくらしい
几帳面な泥棒が一番怖い
*
帰り道、灰瑠から連絡が来た。明日、商店街に付き合ってほしいという。荷物持ちだけじゃないよ、と先に書いてある。ほかに何の用途があるんだろう。
『店を決める時の相談相手』
すぐに続きが来た。
『迷ったら両方って言う人は、相談相手じゃなくて財布だよ』
なかなか厳しい。笑いながら、行く、と返した。
既読がついてから、しばらく間があった。
それから、もう一通だけ届いた。
『兄ちゃんさ。最近ずっと腕時計してるよね。前はしてなかったのに』
俺は、袖の上から左手首を押さえた。
装置が、何も知らないような温かさで、そこにいた。
「改めて聞くが。……私のことは、好きか?」
(装置は光らない)
「沈黙も、ひとつの答えだと理解している」
「理解したんやったら、泣かんといてくださいね」
「泣いていない! これは試験場の湿度だ!」
「スタンプ、一個押しておきます。好感度の」
「十個貯まったら?」
「次の十個に挑戦する権利」