追加戦士だと思われている銀騎士くん   作:シラヌイ321

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「今回は、灰瑠と先輩のお買い物回です」
「『挑戦』と書いてある煎餅が出ます」
「それ、先に言うてええの?」


第9話 返事は、二回

 腕時計の件は、時間を見ることが増えたから、と返しておいた。

 嘘ではない。時刻は表示されないけど。

 

 翌日の商店街で、灰瑠は二つの袋を見比べていた。片方は普通の煎餅。もう片方は、普通じゃない色をした煎餅だった。袋に大きく書かれた『挑戦』の二文字が、食べ物の説明としてはまったく信用できない。

 

「兄ちゃん、どっち?」

「普通の方」

「迷わないんだ」

「食べ物に挑まれたくない」

 

 妹は声を立てて笑って、普通の方を籠に入れた。

 その下には、すでに挑戦の方が入っていた。

 

「聞いた意味ある?」

「両方って言わなかったから、今日はちゃんと相談になったね」

 

 支払いは折半だった。財布扱いを免れたのか、半分だけされたのかは、考えないことにした。

 

 アーケードの天井には、早い冬の飾りが下がっていた。総菜屋から湯気が白く流れてくる。入院してから本部と学校の往復ばかりで、見慣れていたはずの道が、少し知らない場所に見えた。

 

「挑戦の方、兄ちゃんの袋ね」

「重さは同じだろ」

「持つ時の顔が違う」

 

 灰瑠は、俺の顔を見るのがうまい。

 だからこそ、話していないことが、袋の中身よりずっと重かった。

 

     *

 

 警報は、アーケードの端から広がった。店内放送が途中で切り替わって、人の足が止まる。次の瞬間、通りの先で金属が擦れる音がした。白い配送箱が横倒しになって、その陰から細い腕が伸びる。

 ノットの端末だ。

 電器店の店先で、回収用にまとめてあった古い機器を引きずっている。背中のケーブルが束に絡みつき、首が、まだ電気の通っている展示台の方を向いた。

 

「灰瑠、こっち」

 

 妹の肘に軽く触れて、人の流れの外側へ寄せる。交差路から誘導員さんが駆けてきた。黄色い腕章に、避難先を示す札。

 

「この子もお願いします。俺は、店の奥に人が残ってないか伝えてきます」

「兄ちゃんも一緒に」

 

 灰瑠の指が、俺の袖を掴んだ。

 その力に、胸が詰まった。

 

「危ないところに生身では行かない。ここで止まってる方が危ないから、先に行って」

 

 嘘を小さくしても、嘘は嘘だ。灰瑠は、俺の顔を見て、誘導員さんの顔を見て、それから袖を放した。

 

「電話して。絶対」

「分かった」

 

 妹が安全線の方へ歩いていくのを見届けて、俺は電器店とは反対の角へ走った。閉店した店の裏、外から見えない搬入口。人が残っていないのを見てから、本部に位置を送る。

 左手首を低く出して、中央を押した。

 

「変身!」

 

『PROTO JUSTICE!』

『SILVER RISE!』

 

 硬い電子音と一緒に、炭色の下地が制服を包む。銀白の装甲が手足に沿い、胸の板が中央で閉じた。仮面の内側が一瞬暗くなって、青緑の視界が通りの明るさを拾い直す。

 

 装甲越しに、左手首を右の指で二回叩いた。

 

「動けるなら、二回。無理なら一回。……分かるか?」

 

 思いつきだった。

 温かさだけで返事を判断するのはやめよう、と昨日思った。だったら、こっちから分かりやすい合図を出してみたらどうだろう。

 

 何も起こらない。

 通りの金属音が大きくなる。焦ってもう一回言いかけた時、表示が、二回、短く光った。

 

「今の、二回でいいんだな」

 

 確かめるつもりで、自分でも二回叩いた。

 光は、一回だけ返ってきた。

 

「……まだ、分からないか」

 

 勝手に「はい」と思い込むのは、やめておく。装置の状態は表示で見る。周りの危険は俺が判断する。今はそれしかない。

 

「ありがとう。試してくれて」

 

 今度は間を置かずに、二回光った。

 

「お礼だけ、分かるの早いな」

 

 緊張の真ん中で、ふっと息が抜けた。

 

     *

 

 通りに出ると、端末は店先の看板を引き倒していた。電気の通っている物を、片っ端から引っかけていくらしい。巻き込まれた照明の枠が軋んで、屋根の端から斜めにぶら下がった。

 その真下に、男の人がしゃがみ込んでいた。転んだ拍子に靴の先が陳列台に挟まっている。引き抜こうとしても台ごと動く。上の枠は、細い線二本だけで繋がっていた。

 

 距離は、通りの幅二つ分。

 走るだけじゃ、枠の方が早い。

 

 柱の陰に半身を隠して、ダイヤルを紫へ。

 

『TYPE CHANGE!』

『SHIFT!』

 

 銀白の板の間を紫の線が通り、ふくらはぎの機構が開く。左手に、短い刃が形を取った。視界に加速できる時間が出る。八秒。

 でも、使い切るための数字じゃない。

 

 枠の真下に入って受け止めるのはやめた。男の人を通りの手前側へ引き出す。短刃で陳列台の歪んだ連結を切れば、挟まった足が抜ける。

 

「銀騎士です! 足、引く準備して!」

 

 紫の光が、靴底から伸びた。床の模様が後ろへ流れる。一歩踏むごとに、膝に強い衝撃が返ってくる。二秒で台の前に着いて、短刃を連結に差し込み、軽く捻った。細い金具が弾けた。

 

「今!」

 

 男の人が足を抜く。短刃を外に向けたまま右手を背中に添えて、倒れ込む方向だけを変える。男の人が自分の足で一歩出たところを、左の前腕で脇から受けて、二人まとめて柱の陰へ滑り込んだ。

 五秒ちょっとで加速を切る。止まりきるまで、さらに二歩。

 背後で枠が落ちて、タイルを砕いた。

 

「大丈夫、ゆっくりでいい。一緒に向こうまで行こう」

 

 男の人の歩幅に合わせて、誘導員さんのいる方へ進んだ。向こうからも誘導員さんが寄ってきて、俺の差し出した腕を受け取ってくれた。

 

「お願いします。足を挟まれてました」

 

 男の人が安全線の内側に入ったのを見て、手を離した。

 

 そのすぐ向こうに、灰瑠がいた。

 

 妹は安全線の内側。俺は外側。手を伸ばせば届きそうな距離で、灰瑠が、俺の顔をまっすぐ見ていた。向こうから俺の目は見えない。それでも、目が合った。

 顔は仮面の中だ。声だって、装置を通して少し変わっている。なのに俺は、無意識に首を傾けていた。話がちゃんと届いたか確かめる時の、いつもの癖だった。

 

 灰瑠も、同じ方へ首を傾けた。

 

 ……バレてる。

 

 同じ仕草が返ってきた瞬間、確信した。

 呼びかけそうになった口を、閉じる。

 

 背後で、ケーブルが路面を擦った。

 俺は妹から目を外して、柱の方へ戻った。

 

     *

 

 端末のケーブルが、柱に巻きついていた。表面が削られて粉が落ちる。狙いは柱の方だ。柱ごと倒して、俺の隠れる場所をなくすつもりらしい。

 人の流れは南へ抜けている。その背中に向けて撃つことだけは、絶対にできない。

 

 北側の閉まった店の方へ回り込んで、端末をこっちへ向かせる。伸びてきたケーブルに短刃を斜めに添えて、引かれる直前に手首を返した。ケーブルは刃の上を滑って、看板の支柱に巻きつく。

 背中を引かれた端末の動きが、半拍遅れた。その間に、俺は次の物陰に入った。

 シャッター前の出っ張りに身を寄せて、ダイヤルを青へ。

 

『TYPE CHANGE!』

『SCOPE!』

 

 短刃が細かな光にほどけて、手の中に銃の重さが生まれた。青い線が前腕を走り、背中の放熱板からさっきの熱が抜けていく。

 出っ張りの角を、爪が削った。切り替えを狙ってくるのは、予想していた。だから、ここで変えた。

 

 低く構えて、通常弾を膝に二発。右脚が沈む。倒れる前に伸びてきたケーブルを、もう一発で床に弾いた。

 こっちの背後は閉じたシャッター。端末の向こうは無人の配送区画。誘導員さんの合図と、本部の確認が揃った。

 

「高出力、一発で止める」

 

 中央を、長く押した。

 

『FINISH READY!』
 ピッ、ピッ、ピピピピッ――
『SCOPE ENERGY――LOCK ON!』
 キィィィィィン――!

 

 銃身の内側を青い光が根元から銃口へ走る。先端で細く絞られて、音だけが高く残った。左足を半歩前に。銃を両腕と腰で支え、照準を胸の窓の下、脚へ続く接続部に重ねる。

 

「スコープブレイク!」

 

『SCOPE――BREAK!!』
 ズドォォォンッ!!

 

 収束した青が、一本の線になった。

 胸の窓の下に青い点が穿たれて、端末の伸ばした腕が一瞬止まる。次の瞬間、接続部が弾けて、細い身体が後ろへ折れた。黒いケーブルが宙で跳ねて、路面に力なく落ちた。

 

 銃を下げる前に、切れたケーブルと胸の窓を順に見る。どっちも止まっている。照準の補正を切った瞬間、視界がくらりと揺れた。額の奥に、重さが残る。壁に背中を寄せた。

 

「痛いなら一回。まだ大丈夫なら二回」

 

 左腕に、弱い振動が二回返ってきた。

 通じたのか、たまたま重なったのか。判断はあとでいい。

 

「俺は少し休む。お前もな」

 

 二回。

 到着した職員さんに現場を引き継いで、照準を切った時の眩暈のことも報告した。コアの返事のことは、成功じゃなく「試してみた」とだけ書いた。

 

     * 煎餅屋

 

 シャッターの内側で、店の婆さんは銀色の背中を見ていた。

 閉めたシャッターの、ちょうど真ん前だった。あの細い機械が柱を倒しにかかった時、銀色の人は、わざわざうちの前まで回り込んできた。そうして、うちのシャッターを背にして撃った。

 うちを守ったのだ。

 後ろに人がいない場所がそこしかなかっただけだよ、と孫には言われた。それでも婆さんは、その日のうちに手書きの札を一枚書いた。

 

 銀騎士が守った店 挑戦煎餅

 

 翌朝、挑戦煎餅は昼前に売り切れた。三十年、ほぼ売れ残り続けてきた味だった。

 ネットでは「追加戦士にはスポンサーがつくもの」と書かれていたらしい。孫が読んで聞かせてくれたが、婆さんにはよく分からなかった。

 分かったのは、ひとつだけだ。あの人がまた来たら、一袋おまけしてやろう。どっちの味にするかは、本人に選ばせる。

 

     *

 

 最初の搬入口に戻って変身を解き、灰瑠に電話した。

 呼び出し音は、一回で途切れた。

 

「どこ?」

「南の安全線の外。もう戻れる」

「そこにいて」

 

 妹は走ってきた。

 怒鳴られなかった。泣かれもしなかった。ただ、俺の顔と左の袖を順番に見て、買い物袋をひとつ差し出した。

 

「落とさないでね」

「うん」

 

 軽いはずの袋を、丁寧に受け取った。

 挑戦の煎餅が入っている方だった。

 

 帰り道、灰瑠はほとんど喋らなかった。

 商店街を抜けたところで、前を向いたまま、ぽつりと言った。

 

「助けてくれた銀色の人。兄ちゃんみたいなこと言ってた」

「……そうか」

「うん」

 

 灰瑠は、それ以上何も聞かなかった。

 俺から言うのを待っている。少なくとも、俺にはそう聞こえた。

 

 家の明かりが見えた時、俺は小さく息を吐いた。明日、父さんと母さんが揃ったら。

 今度は、自分との約束にした。




「先輩、結局あの挑戦の煎餅、食べたん?」
「まだ袋の中にいる」
「いる、って言い方」
「封印指定」
「開けたら何か出てきそうなんだよ」
「次の話で開けるかも?」
「開けない」
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