「言うなよ」
「でも、ちゃんと見せ場はあります」
「それはもっと言うなよ」
撃てば、たぶん勝てた。撃たなかったから、二人が助かった。
これは、そういう日の話だ。
川沿いの倉庫を、七日間見張った。
正確には、張り付いていたのは本部の調査員さんたちだ。俺が学校に行き、装置の点検に付き合い、課題に負けかけている間も、人と車の出入りをずっと見ていてくれた。
発信片は三日目に反応が消えた。電池は残ってた。倉庫から地下へ入ったところで、信号が壁に吸われたんだ。
それだけを頼りに突っ込むわけにはいかない。誰の建物なのか。今も使っている人がいるのか。避難させる人はいるのか。
敵の巣を探す仕事は、変身してドアを蹴破るまでの方がずっと長い。
「管理者の話では、今日は無人だ。作業も止めている」
出発前のレイマさんは珍しく模型を持っていなかった。机の上には古い見取り図と、新しい航空写真が重ねてある。
「南側の壁、図面と形が違います。増設した区画の資料がない。そこは何があるか分からないものとして扱いましょう」
「南は未確認。壁を背にされたら、撃つのはやめる。中は俺が見るから、外の出口を頼む」
「了解。増設部の熱は私が見てる」
図面の上に、ペンで撃っていい方向と撃っちゃいけない方向を分けて書き込んだ。戦い始めてから迷わないように。
*
川の風は冷たかった。救護車の陰で変身する。
西の扉は内側から押し出されてた。扉の周りに薄い金属片が散らばっている。端末が何度も出入りしたんだろう。
破片を踏まないように中へ入って、足音を殺した。
暗い倉庫の真ん中に、細い人型が立っていた。四角い胸の窓。背中のケーブル。今まで見てきたやつと同じなのに、腕だけが違う。肘の下から、細い筒が二本、針みたいに突き出している。
「本部、端末一。北側は空。南に金属の間仕切り、奥は見えない」
「東の出口は押さえたよ。中は任せる!」
「南の外に回ってる。中の壁、勝手に吹っ飛ばさんといてな」
返事の途中で、端末が動いた。正面からは来ない。空の台座をひとつ挟んで、俺の右へ回り込む。距離は七、八メートル。剣を伸ばしても届かないし、走って詰めれば向こうも下がれる。
柱の陰でダイヤルを赤へ。
長剣の柄が掌に収まる、その前に。
細い針が柱の縁を撃ち抜いた。
パァン、と乾いた音。欠けたコンクリートが仮面に散る。その時には、もう柱の反対側に足を置いていた。装甲が閉じる。針は、さっきまで顔があった場所を抜けていった。
「切り替えが終わる前に撃ってきた。映像、押さえて」
「記録した。半秒の方に合わせ直してきたね」
「なら、同じところから出なきゃいい」
柱から顔を出す。端末はまた八メートル先まで下がっていた。小さく踏み込むと、同じ分だけ後ろへ滑る。……逃げ足、速いな。二回目は踵を浮かせるだけにした。端末だけが下がった。
見ているのは距離より、俺の踏み込む前の動きだ。そこを見て、もう下がり始めてる。
追いかけると、南の間仕切りに近づいてしまう。
……そっちに寄せられてる。
踏み込みを途中で止めた。止まらなかった場合に右足があったはずの場所へ、針が飛んでくる。踵の手前で、ばちっと火花が跳ねた。あっぶな。
考えて撃つより早い。前に俺が同じ距離で踏み込んだ時の動きから、次の一歩を予測して撃っている。
俺の癖が、俺を狙ってくる。気味が悪いなんてもんじゃない。
長剣で針を受け流して、柱に戻った。距離を取られるなら、こっちの方が遠くまで届く。ダイヤルを青へ。
長剣がほどけて、金属の粒が銃身に並ぶ。青い照準枠が胸の窓を囲んだ。ただし、背後は図面にない間仕切りだ。引き金には指をかけず、横に射線をずらせる位置を探した。
端末は逃げなかった。
背中のケーブルを、後ろの間仕切りにぶつけた。
ガン、ガン。
二回、金属が鳴った。
その奥から、咳が聞こえた。
全身の血が、一気に冷えた。
「……人、いる?」
反射で、銃口を床に落とした。危なかった。あと少しで、撃つところだった。
「聞こえたら、壁を一回だけ叩いてください!」
一拍遅れて、細い打音が返ってきた。端末の胸の窓が開いた。奥で小さな光が動いてる。こっちの照準を見てる。
当たるかどうかじゃない。当たったあとに、壁の向こうで何が起こるか、俺は知らない。
「南の区画、熱が二つ。人です!」
「二人、了解。射線は外してる。救出に行く」
「こっちで南の扉を開ける! 中から引っ張れる?」
「行く」
銃を下げた途端、端末が距離を詰めてきた。
知っているんだ。人がいれば、銀騎士は追うのをやめる。
……ああ、その通りだよ。悔しいけどな。
じゃあ、知っている通りにやろう。
ただ、そのあとまで一人でやるとは言っていない。
*
踏み込むふりを一回。端末が下がり始めたところへ、通常弾を二発続けた。一発目で膝の外側を砕いて、姿勢を支えようと伸びたケーブルを二発目で切る。相手が床に手をついた間に、空の台座を蹴り倒して、針の筒と南の通路の間を塞いだ。
ダイヤルを基本の位置に戻して、銃を消す。空いた両手で、南の狭い通路へ駆け込んだ。背後で、針が台座を叩いた。その音の間に、通路の角を曲がる。倒した向きは合ってた。
扉の前に、古い棚が倒れてた。隙間から、作業着の膝が見える。
「銀騎士です。二人で合ってますか」
「二人! 片方、足が……!」
「触る前に言います。棚を上げます。下の人は動かないで」
棚は軽かった。さっきまで頭の中で想像していた、倉庫ごと崩れるような重さとは比べものにならない。ただ、足を挟まれた人にとっては、これが世界の全部だ。
左手で角を持って、右手を低い位置に添える。真上に上げると傾く。手前に引きながら持ち上げて、壁に立てかけた。
「扉、開くで! 離れて!」
歪んだ扉が外へ外れて、冬に近い風が吹き込んできた。
足を挟まれていた作業員さんの背中を支える。もう一人が反対側に回った。歩けるかどうかを勝手に決めず、どこが痛いかを聞いてから、扉の手前まで運ぶ。
「すみません、道具を取りに来ただけで……元の業者から、今日は休みって連絡が、来てなくて」
「道具は置いていきましょう。あなたは、この人と外へ」
扉の向こうのイエローを示して、相手が顔を上げるまで待った。
「来てくれて……助かった」
「間に合って、よかったです。……本当に」
背中をきららに渡して、機械の方へ向き直った。
背後で、台座が倒れる音がした。端末が乗り越えてくる。
「出口は空けた。私も入れるよ」
「じゃあ西を頼む。レッドは東。逃がさないで、ここで終わらせる」
「残念。逃走ボタンは、もう押せません」
「そのボタン、俺の装置には付けないでくれよ」
返事の代わりに、西の扉の閉鎖表示が灯った。
*
端末は西へ向きを変えた。南から人を出せば、銀騎士は南に留まる。たぶん、そういう記録がある。
追わなかった。西の扉が外から閉まる。
「西、封鎖」
端末が東へ向き直る。その先から、レッドが現れた。逃げ込もうとする足より早く踏み込んで、剣の腹で針の腕を跳ね上げる。火花が散って、機械が倉庫の真ん中に押し戻された。
「やっとこっち来た! でも、通す気はないよ!」
柱で視線を切って、ダイヤルを赤へ。
柱の反対側から出た。半秒の間、俺の位置は見せてない。三人の封鎖で逃げ道もない。あとは、俺が詰めるだけだ。
端末は南に戻ろうとした。救助を終えたイエローが扉の前に立って、落ちていた棚の枠を片足で押し返す。ケーブルがそれに絡まった。
「お忘れ物や!」
機械の胸がこっちを向いた。三歩分。最初に後退を誘った時と同じだけ、肩を前に出す。端末が反射的に下がろうとした。撃ち抜いた膝が沈んで、針の狙いが浮く。
今度は見せかけじゃない。その三歩を、本当に詰めた。
刃を大きく振り上げない。針の筒の下に剣を添えて、外へ押して射線を逸らす。二本の針が誰もいない天井の梁に刺さった。そのまま半歩。肘の継ぎ目を斜めに斬る。
細い腕が床に落ちた。振り返ろうとする脚の外側に足を差し込み、転びかけた胴からケーブルの根元を切り離す。返す刃で胸の窓の蝶番を断って、剥き出しになった駆動部に切っ先を押し込んだ。
四角い光が、ちかちかっと明滅して、消えた。
朱音が飛びかけた破片を弾き、きららが救護班に安全を知らせる。葵は出口を押さえたまま、ほかに反応がないことを確かめた。
必殺技の音は一度も鳴らなかった。
派手さはゼロ。でも、四人で取った勝ちだ。
*
止まった端末の背中から、床下へケーブルが一本伸びていた。作業員さんたちが閉じ込められていた区画とは反対側。北の溝へ繋がってる。
溝の手前に、低い棚が並んでいた。拾い集めた部材が種類ごとに分けて置かれ、ひとつずつ白い札が貼ってある。角欠けの札だ。本人の姿はない。いちばん端の棚だけが空だった。
空なのに、札だけ先に貼ってあった。
動力の核。回収予定、銀白戦闘外装より。
そこに、俺の相棒を収めるつもりだったんだ。そう思った瞬間、胃のあたりがずしりと重くなった。
「先輩。予約済みになってる」
「予約した覚えはない」
「キャンセルって、どこに言うたらええんやろ」
冗談にしてくれて、正直助かった。空っぽの窪みは、ちょうど俺の手首の装置が収まるくらいの大きさだった。
「どこかの中継に続いている可能性がある。そのまま残しておけ。建物を壊さなかったのは大正解だ」
「中に人がいたからですよ」
「その判断も込みで、だよ」
帰りの車で、葵に言ってみた。
「さっきの逃走ボタンさ。俺のには要らないけど、敵のだけ無効にできるなら便利だよな」
「今その話?」
「思いついたから」
「返事が三十分遅れてる。そっちの回線、大丈夫?」
追撃が正確すぎて、窓の方へ顔を逸らした。
救護班から連絡が入った。二人とも病院に向かったけど、命に関わる怪我じゃないという。
よかった。シートに沈み込んだら、どっと疲れが来た。
窓に映った左手首が弱い光を保っていた。
「いたい?」
車の揺れる音に、小さな声が混ざった。
「痛くない。ちゃんと終わったよ」
* 克己
試験場の扉が閉まったのを確かめてから、克己は自分のプロトチェンジャーを見下ろした。銀の装置が喋った日のことが、妙に頭に残っていた。
あいつは最初、周りが驚いている理由すら分かっていなかった。喋る方がおかしいのだと説明されて、やっと首を傾げていた。
自分の装置は喋らない。
だからといって、何も返ってきていないのか。
「……聞こえてんのかよ」
声を落として、試しに言ってみる。答えはない。誰にも見られていなくてよかったと思うのと、もう一回だけ試したいと思うのが、同時に来た。
「別に、あいつの真似じゃねぇけど」
誰に言い訳しているのか、自分でも分からなかった。
変身して、試験用の標的の前に立つ。前の計測では、力を入れる瞬間と装置の出力が、わずかにずれていた。無理やり押し切れば標的は壊れるから、気にしたことはなかった。
今日はそこで拳を止めた。
「今から、前だ。……合わせろ」
力をいきなり引き出さずに、返ってくる感触を待つ。
足を踏み込んで、拳を出した。
標的の奥で、低い音が鳴った。いつもより短い動きなのに、金属板が深くへこんでいる。肩に返ってくる引っかかりも小さい。一回うまくいっただけかもしれない。
克己は構えを戻して、同じ呼吸で、もう一度構えた。
「今の、もう一回」
やっぱり、声は返ってこなかった。
それでも、なんでか口元が緩んでいた。
「葵。逃走ボタンの話の続きなんだけど」
「三十分前の話を、今しないで」
「敵のだけ無効にできたら便利だろ」
「だから、返事が遅れてるって……今ので四十分」
「記録更新してるやん」