追加戦士だと思われている銀騎士くん   作:シラヌイ321

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第2話 拾った社長と、拾われた俺

恩人の悲鳴は、廊下にまで届いたらしい。

 通りかかった医師が司令室を覗き、俺の顔とレイマの顔を見比べた。

 

「今日は、この辺りにしましょう」

「そうだな! 怪我人を長く拘束するのは感心しない!」

「此花さんのお話です。あなたにはあとでお願いします」

 

 レイマの勢いが、扉に挟まったみたいに止まった。

 俺は笑いかけて、胸の奥に痛みが走り、途中でやめた。笑うのにも身体を使う。当たり前のことを、ここへ来てから一つずつ思い知らされている。

 

「ほら、戻ろう。続きは私たちが聞いておくから」

「いや、俺の話なのに」

「当事者が寝ても、社長は消えない。逃げ道がないともいう」

「逃げる前提で話をしないでもらえるかね!」

 

 車椅子が回る。事務員の人が扉を押さえてくれた。

 通り過ぎる時、目が合ったので頭を下げる。

 

「お仕事、増やしてしまって」

「あなたが謝ることではありません」

 

 即答だった。

 後ろで、紙を揃える音が妙にはっきり聞こえた。

 

     *

 

 翌朝、ベッドの横に小さな机が運び込まれた。

 昨日、医師に言われた通りに寝て、その合間に家へ電話をした。母さんは俺の声を聞くと一度黙り、それから、よかった、と何度も言った。

 灰瑠には、帰ったら話がある、とだけ言われた。

 声はいつも通りだった。それが一番、こたえた。

 

 その机に置かれたのは、書類の山ではない。

 丸い台座と、薄い端末だった。

 

「先に言っておく。昨日は悪かった」

 

 レイマは、椅子へ座る前にそう言った。

 後ろでレッドが何か言いかけ、やめる。ブルーは壁際に立ち、イエローは飲み物を置く場所を空けてくれた。

 

「君が盗んだと決めつける言い方をした。あれは、私が確認を怠った結果だ」

「思い出したんですか?」

「それが、まったく」

 

 胸を張って答えられても困る。

 

「そこはもう少し小さい声で言いません?」

「ただし、思い出せないことと、なかったことにするのは別だ」

 

 端末がこちらへ向けられた。

 表示されているのは、日付と、短い記号の列だった。俺があの夜を思い出しながら伝えた時刻の近くに、印がついている。

 

「保管庫から出した記録は私のものだった。持ち出し時の点検記録もある。君がそこへ入った形跡はない。そして、装置に残っていた最初の装着時刻が、君の話と合う」

「それだけで、大丈夫なんですか」

「それだけではない。君が話した外装の傷と、渡した時の状態は、公開したことがない。持ち出す前の点検記録にある傷まで一致している」

 

 あの夜、縁にあった小さな擦れ。

 足元のふらついたレイマが落としかけ、俺が両手で受け止めた時、親指に引っかかったところだ。

 

「関係する記録を確かめた。少なくとも、君を窃盗犯として扱う理由はない。私が引き渡した事実と、経緯を思い出せないことを分けて、管理記録を訂正する」

「お酒のせいじゃ、なかったんですか」

「その日は飲んでいない。体調を崩したのか、別の原因か。そこは、まだ決めつけないで調べる」

 酔っていたから忘れた。俺は、そういう話だと思っていた。

 あの夜に見たふらつきまで、説明がつかなくなった。

「この試作機は、私が保護管理を任されたものを安定させるために作った。持ち出したのは私だ。管理元へも現状を報告し、引き続き私が責任を持つことを確認した。君が勝手に盗んだ、という処理にはしない」

 

 レッドが、俺の顔を覗いた。

 

「もう、そのことで心配しなくていいって」

 

 息が出た。

 胸の傷が痛むほど深くではなかった。それでも、昨日から腹の底に残っていた硬いものが、少しだけほどけた。

 

「よかった。……正直、返せって言われるのかと思ってました」

「返せと言われたら、どうするつもりだった?」

 

 左手首を見る。

 薄い傷の入った、丸い装置。

 これがなければ助けられなかった人の顔を、全員分覚えているわけではない。暗かった時も、煙が濃かった時もある。助けたあと、走って別の場所へ向かったこともあった。

 それでも、手を離した時の感触はいくつか残っている。

 小さな手。冷えた手。俺の手首を握ったまま離れなかった手。

 

「……困ります。でも、あなたが作ったものだから」

 

 レイマはすぐには返事をしなかった。

 俺の手首から右肩へ、視線が移る。

 

「無茶をするな、と言ったそうだね。私は」

「はい」

「その説明で済ませた私が、君の使い方だけを責めるわけにもいかない。今回は点検のため、一時的に預かりたい。君から取り上げるためではない」

 

 取り上げるのではなく、預かる。

 その違いをわざわざ言ってくれたことが、ありがたかった。

 

 右手を動かしかけて、止めた。

 装置の留め具は左手首の内側にある。いつもなら何も考えず外せるのに、今は右腕の固定が邪魔をする。

 レイマが手を差し出し、途中で止めた。

 

「触っても?」

「お願いします」

 

 留め具が外れた。

 手首が軽くなる。こんなに軽かったか、と一瞬だけ落ち着かなくなった。

 台座へ置かれた中央部に、淡い光が灯る。

 俺の指が離れる間際、縁がほんの少し温かかった。

 

「……寂しそう」

「俺が?」

「どっちも」

 

 ブルーは装置を見ていた。

 俺も見たけれど、もう光は小さくなっていた。

 

「反応の理由は、今の段階では断言できない。勝手な解釈で操作を増やさないように」

「分かりました」

「社長にも、そう言ってくれる人が必要だったんじゃない?」

「今後は持ち出しの確認を必ず入れる!」

 

 今後。

 俺のところへ来た経緯はひどいものだったけれど、誰かに同じ思いをさせずに済むなら、その言葉にも意味がある。

 

「それで、その……俺はジャスティスクルセイダーの人間になるんですか」

 

 三人が、揃って俺を見た。

 

「ここで治療も整備もしてもらってるので。入隊したら、あの変身ポーズも必須なのかなって」

「心配してたの、そっち!?」

 

 レッドの声が裏返った。

 イエローは笑顔のまま固まり、ブルーは静かに目を伏せた。

 

「この前は言い方が悪かったです。皆さんがやるのはいいんです。ただ、俺が隣で同じことをするのは、ちょっと……」

「謝るついでに、もう一発入れんといて」

「好きでやってるんじゃないからね! あの口上、言わないとマスクの中で警報が鳴るの!」

「……ますます参加したくない」

「せやから、こっちも好きで言うてるんちゃうって!」

 

 ポーズを揃える話だと思っていたら、台詞の方には装置からの催促まであるらしい。

 俺は台座の腕輪を見た。今まで、そんなことを要求された覚えはない。

 そこは、本当に助かった。

 

 ブルーが小さく息を吐いた。

 

「追撃はもう十分。私たちのライフはもうゼロよ。……少しは回復するまで待って」

 

 怪我人は俺のはずなのに、三人とも何かを耐える顔になっている。

 

「……治療のお礼に入隊しなくていいし、私たちのポーズを君にもやって、なんて頼まないから」

「よかった」

「そこ、今日いちばん安心した顔せんでもええやん」

 

「整備を受けることと、組織へ入ることは別の話だ。まずは君の怪我を治す。その後、どう関わるかを考えればいい」

 

 レイマが台座を持ち上げる。

 その手つきは、あの夜に見たものより、ずっと丁寧だった。

 

     *

 

 午後、家族が来た。

 父さんが一番先に部屋へ入り、母さん、灰瑠と続く。

 俺は、いつもの調子で片手を上げようとした。

 上がったのは左手だけだった。

 

「よう」

「よう、じゃないよ」

 

 灰瑠がベッドの横まで来て、俺の顔をじっと見た。

 笑っていない妹は、少しだけ他人みたいに見えた。俺と似ていると言われる目元も、今は違っていた。

 

「電話、短すぎ」

「長く話すなって言われてたから」

「うん。知ってる。でも、短かった」

 

 言い返せなかった。

 正しい理由があれば、心配させた時間まで消えるわけじゃない。

 

 母さんが左手を取った。

 いつもなら、いい年なんだから、と引っ込めるところだ。今日は動かせなかった。

 

「……あったかい」

 

 母さんが言った。

 俺の手が温かいことなんて、これまで何度も確かめてきたはずなのに。

 

「ごめん」

「うん。帰ってから、もう一回聞く」

 

 怒鳴られた方が楽だった、とは思わなかった。

 どんな言い方をされても、たぶん、同じように胸が詰まった。

 

 父さんは、右腕の固定をしばらく見ていた。

 仕事でこういう怪我を診る人だ。だからこそ、口を開くまでが長かった。

 

「痛みは」

「じっとしてれば。動かすと、まだ」

「息苦しさは?」

「今はない」

 

 父さんが頷く。

 それから、医療者ではなく、父親の顔になった。

 

「担当の先生の指示を守りなさい。自分で治ったと決めないこと」

「うん」

「私が医者だからって、担当の先生の話も聞かずに決めていいわけじゃない。詳しいことを聞く時は、お前にも確かめてからにする」

 

 俺はもう一度頷いた。

 父さんが医者でよかった、と子供の頃から何度も思った。今日はそれとは別に、父さんがここで勝手に全部を決めないでいてくれることに、ほっとした。

 

 家族には、戦闘に巻き込まれて負傷し、ここで救護されたと伝わっていた。

 それは嘘ではない。

 けれど、俺が何を着て、どこに立っていたのかは言っていない。

 

 言えないまま、母さんの手を握り返した。

 

 自分が銀騎士だと言えば、怪我をした理由は説明できる。

 その代わりに、これまで何度も帰りが遅くなった日の理由まで、一度に変わってしまう。

 今ここで、安心して、と言いながら全部を渡せる気がしなかった。

 

「学校のことは、連絡してあるから」

 

 母さんが、鞄からプリントの入った袋を出した。

 

「あと、着替え。食べ物は先生に聞いてからって言われたから、持ってこなかった」

「ありがと」

「兄ちゃんの充電器は、こっち」

 

 灰瑠が小さな袋を置いた。

 中には充電器と、イヤホンと、家の机に置きっぱなしだったしおりが入っていた。

 

「本は?」

「重いから、今日はなし。読めるようになったら持ってくる」

 

 しおりだけ先に来たのか。

 妙におかしくなった。笑うと胸に響くので、口元だけ動かす。

 それを見て、妹も少しだけ笑った。

 

「……やっと、いつもの顔になった」

 

 そう言ったのが俺だったのか灰瑠だったのか、少しの間、分からなかった。

 

     *

 

 面会が終わる頃、父さんと母さんが医師の説明を聞くために廊下へ出た。俺にも聞いてよい範囲を確かめてくれたうえで、今後の生活の相談をするらしい。

 灰瑠は少しだけ部屋に残った。

 

「兄ちゃんさ」

「うん」

「大丈夫って、言いすぎないでね」

 

 左手に持った携帯を、裏返したり表にしたりしている。

 

「大丈夫じゃない時も、そう言うじゃん」

 

 俺は返事を考えた。

 大丈夫、と言いかけて、飲み込んだ。

 

「……今、右肩は結構痛い」

「うん」

「起き上がるのも手伝ってもらってる。笑うと胸が痛いから、面白い動画は送らないでほしい」

「最後の、難しくない?」

「難しいなら、治ってからまとめて」

 

 灰瑠が、やっと携帯を鞄へしまった。

 

「分かった。ためとく」

 

 笑って帰った。

 扉が閉まってから、俺は枕へ頭を戻した。

 助けた人の手を、いくつか覚えている。

 今日、俺の手を握った母さんの手も、きっと忘れない。

 

 机の上には、まだ本のないしおりが残っていた。

 先に帰り道だけ置いていったみたいだ。

 

 夕方、レイマが装置を返しに来た。

 検査はひとまず終わり、これからは通院に合わせて記録も確かめるという。本人が預かり、使うのは医師の許可が出てから。その順番を二人で確かめた。

 

「ひとつ、混同しないでほしい。この中核は、既存の装置から抜き取って移したものではない」

 

 中央に、淡い光が灯った。

 

「黒騎士用のものとは別個に、後から別の経路で得た独立したコアだ。同じ性能ではない。黒騎士ができることを、そのまま君ができるとは思わないように」

「こいつは、こいつなんですね」

「そういうことだ」

 

 俺がそこにない力を当てにしないように、言ってくれたのだろう。

 どこから来たのかについては、話は続かなかった。俺も、今ある温かさを確かめるだけにした。

 

 左手首へ、重さが戻る。

 でも、これを外していた間に守るものが減ったわけではなかった。

 机の上のしおりを見て、俺はもう一度、家へ帰る順番を考えた。

 まず治す。隠れて出ていかない。

 面会の最後に父さんと交わした約束を、装置の戻った手でも守るつもりだった。

 




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