追加戦士だと思われている銀騎士くん   作:シラヌイ321

6 / 8
「お待たせした。今回は、変身する」
「社長が言うんや」
「変身音も、全部鳴る」
「音量に注意」


第5話 銀の鎧は、勝手に動く

「右肩の治療は、今日で終了です」

 

 帰りの廊下で、医師の言葉を三回くらい頭の中で再生した。

 可動域も筋力も戻って、実戦復帰の許可が出た。腕を上げても、拳を握っても、もう痛まない。鎧のおかげじゃない。七十五日かけて、自分の足でここまで戻ってきた。

 痛みは。しびれは。翌日に残っていないか。今日までに何回同じ質問に答えたか分からない。俺を引き止めるための質問だと思っていた時期もある。違った。あれは、戻るための道だった。

 

 その日の午後、俺は沿岸の待機車両にいた。海底から戻ってきたマグマ怪人を、黒騎士と三人が沖の船の上で迎え撃つ。俺の受け持ちは、陸側の避難路だ。

 

「こっちは配置についたよ。カツミ君も一緒。陸側、お願いね」

 

 通信越しのレッドは、いつもより少し息が速かった。

 

「任せて。配送路は俺が持つ。海側には人を戻さない」

「助かる! 終わったら合流しよ」

 

 職員さんが、車内の画面をこっちに向けてくれた。沖で浮上した決戦用の潜水艦、その甲板を映す閉じた回線の監視映像だ。海水の流れ落ちる甲板に、赤熱した人型の怪人が立っていた。胸に、黒いものが突き刺さったままになっている。前の戦いで、黒騎士がねじ込んだ怪人自身の腕だと聞いた。

 次の瞬間、黒い影が動いた。黒騎士の跳び膝が怪人の顔に入り、赤い身体が一回転して甲板に叩きつけられる。転がった先には、もうイエローが回り込んでいた。電撃をまとった大斧が胴を打ち、怪人をこちら側へ打ち返す。そこへレッドの剣が走って外殻を斬り飛ばし、返す刃が背中に突き立った。

 熱を上げた怪人が、腕を振り回してレッドを追い払う。入れ替わりに、ブルーが足元へ滑り込んだ。水色の弾が、胸の傷に続けざまに叩き込まれる。熱い脚がブルーへ振られた瞬間、黒騎士がそれを横に蹴り逸らして、そのまま懐に潜り込んだ。

 敵が向き直る前に、もう次の攻撃が届いている。

 

 思わず拳を握っていた。

 強い。画面越しでも、それだけは誤魔化しようがなかった。

 

「俺なら、一回受け流してから隙を作るな……」

 

 独り言が出た。

 あいつは受け流した瞬間に、もう拳を打ち込んでいる。同じことを剣でやったら、引く前に囲まれる。持っている武器も、得意な距離も違うのだ。

 

 画面の上から、溶岩の塊が降ってきた。レッドが跳び上がって、縦の一太刀で二つに割る。

 

「銀騎士さん。配送路の封鎖班から応援要請です」

「行きます」

 

 画面の中で、熱が空気を白く揺らし始めた。三人が甲板の端まで下がり、黒騎士だけがその中へ踏み込んでいく。

 直後、甲板を白い煙が覆った。見えないものを見たつもりにはなれない。画面を返して、俺は車を降りた。

 あの四人が海で戦っている間、陸を空けるわけにはいかない。

 

     *

 

 配送路の入口で、荷台を上げたトラックが立ち往生していた。

 倒れた仮設柵が車道を塞ぎ、出ようとする車と逃げようとする作業員が、同じ角に団子になっている。沖から鈍い音が届くたびに、全員が同じ方を見て、足が止まる。

 

 建物の陰に入った。

 ダイヤルを基本位置に戻し、右肘を身体に寄せて、左手首を低く出す。この二か月で覚えた、肩に負担をかけない構えだ。

 右の指で、中央を押した。

 

 カチッ。

 

 指先に小さな手応え。左手首に、青緑の光が灯った。

 

『UNIVERSE!!』

 

 ピッ、ピピッ!

 ディン、ディン、ディディンッ!

 

 高い電子音の下に、低い音が重なっていく。音に合わせて、手首の光が明るくなる。

 

『Loading……N-N-Now Loading!』

『BUILD UP! B-B-BUILD UP!』

 

 久しぶりに聞く起動音だった。試験では何度も聞いた。外の空気の中で聞くのは、七十五日ぶりだ。

 

『PROTO JUSTICE!』

『SILVER ARMOR! STAND BY!』

 

 俺は右足を少し引いて、顔を上げた。

 

「変身!」

 

『CHANGE――UP!!』

 キィィィンッ!

 

『SILVER RISE!!』

 

 炭色の繊維が指先を包み、腕から胸へ、腰から脚へと広がる。その上を、銀白色の金属片が滑っていく。

 

 ガシュッ! ガシュンッ!

 

 前腕の板が重なり、脛の左右が閉じる。足首、膝、腰。足を踏み直すと、装甲の靴底がこつんと路面を叩いた。肩の縁で留め具が噛み合い、胸の板が中央で閉じる。

 

 ガキンッ――キィィィン!

 

 胸の中心から青緑の線が走り、最後の銀が顔の前を横切った。一瞬だけ暗くなって、すぐに目の前の壁と、その先の道路が見えた。

 

『SYSTEM OF――PROTO JUSTICE!』

『ARMOR COMPLETE!!』

 

 いくつも重なった音が、長い余韻を残して消えていく。銀の指を握って、開いた。肘を曲げても、膝を曲げても、装甲は引っかからずについてくる。

 おかえり、と言いたかった。俺にか、装置にかは、よく分からない。

 

 足を開いて、前に向き直る。

 その瞬間。

 

 ピーピーピー。バックします。

 

 トラックの警告音が、俺の変身音の余韻を全部持っていった。

 運転席の窓から、おじさんが顔を出す。

 

「銀騎士さん! 後ろ、見てもらえる!?」

「はい! 止まっててください!」

 

 七十五日ぶりの復帰戦、最初の仕事は交通整理だった。

 いいと思う。格好をつけに出てきたんじゃないんだから。

 

 トラックの後ろに回って、誘導役を一人だけ決めてもらう。複数で別々のことを叫ぶと、余計に危ない。倒れた柵の端に足をかけて、両手で起こし、人の通る側に倒れない角度で車道の外へ寄せた。

 

「こっち、歩いて通れます! 車はまだ止まったままで!」

 

 足元ばかり見ている男の子がいた。作業着の人に手を引かれて、背中には大きな鞄。迎えに来ていた家族らしい。

 

「大丈夫、順番に行こう。まずこの白い線まで」

 

 男の子が顔を上げた。銀の顔を見て、目を丸くする。

 

「追加の人?」

「交通整理の人です、今は」

 

 隣の作業員さんが、緊張した顔のまま吹き出した。男の子も、白線まで歩いた。一人動くと、その後ろも動き出す。病室で避難路の図面を眺めていた時間は、ちゃんとここに繋がっていた。

 

 追加の人、か。

 子どもまで知っているのか。採用手続きの進み具合が怖い。

 

     *

 

 金属を引きずる音がした。

 沖の戦闘音とは違う。もっと低くて、近い。

 

 倉庫の脇に積まれた破損部材が、塀の陰へずるずると動いていた。誰も持っていない。黒いケーブルが、銀色の破片に巻きついている。

 

「……止まって」

 

 後ろに左手を出した。避難の列が止まる。

 塀の陰から、細長いものが立ち上がった。

 

 人の形をしていた。

 ただ、肩が狭すぎる。肘の関節がむき出しで、しかも二つある。薄い金属板が骨組みに貼りついて、腹の下で二本の脚が折れ曲がっていた。胸には、四角い口みたいな穴が開いている。その奥へ、拾った破片を押し込んでいる。

 怪人というより、歩く回収機だ。

 あの時の映像の、細い腕。

 

 そいつが首を傾けた。頭の端に、小さなレンズが光る。

 レンズの光が、俺の胸から左手首へと動いて、そこで止まった。

 

「本部。配送路東側、倉庫脇に機械が一体。人型で、部材を持ち出してます。避難中の人が近い」

 

 報告した途端、ケーブルが跳ねた。

 

 ガァンッ!

 

 半歩横にずれて、左腕で受けた。銀の前腕に金属の先端がめり込むような衝撃。

 重い。拾って帰るだけの機械じゃない。

 

「みんな、角の向こうへ! 運転手さんも降りて、一緒に!」

 

 さっき誘導を頼んだ作業員さんが頷いて、男の子の手を引いた。俺は列と一緒には下がらず、機械に一歩詰める。もう一回ケーブルを振らせたら、角までの道がなくなる。

 

 機械が、絡め取った長いパイプを横に振り回した。ちょうど人の頭の高さだ。

 そこへ入って、左腕でパイプを押し上げる。同時に右足を機械の膝に蹴り込んだ。膝の外装が割れて、片脚が斜めに沈む。パイプを荷台の端に押しつけて、作業員さんの頭より高い位置に引っかけた。機械が引けば、今度は自分の身体がトラックに寄せられる。

 

 トラックの荷台の陰に、一度下がった。機械から俺の手元が見えない位置だ。

 ダイヤルを赤へ。

 

『TYPE CHANGE!』

『EDGE!』

 

 胸の青緑が赤い線に変わり、肩と腰の板がずれる。右手に、長い刃が組み上がった。エッジブレード。その重さが掌に収まってから、一歩出る。

 振りかぶらない。肘を低く、刃先を前に。張ったケーブルに足を合わせて、身体ごと小さく回った。

 

 ギャリンッ!

 

 一本、切れた。パイプが落ちて路面を跳ねる。機械がこっちを向いた。レンズが、赤い腕と、まだ光の残る左手首をなぞる。

 観察されている。

 嫌な感じだった。

 

     *

 

 もう一本のケーブルが、荷台の下を走った。俺を狙っていない。トラックの横を抜けようとしていた作業員さんの足元へ向かっている。

 

「止まって!」

 

 一歩で間に入った。刃を寝かせる。ここで振れば、切った先が人に跳ねる。左前腕で巻き取って、足元に叩き落とす。そのつもりで腕を出した。

 

 その瞬間、銀の前腕が、勝手に厚くなった。

 

 ガガシュンッ!

 

 装甲の縁が一枚ずれ、もう一枚ずれ、手首から肘まで、見たことのない硬い面ができあがる。ケーブルが叩きつけられた。衝撃は左半身に流れて、狙い通り先端は路面に落ちた。

 腕に返ってくる重さだけが、いつもと違う。厚くなった分だけ左に引っ張られて、前足を踏み直した。

 

「今です! 角まで!」

 

 走る足音が遠ざかった。

 俺は自分の左腕を見下ろした。何も押していない。ダイヤルも赤のままだ。

 

「……お前が、やった?」

 

 返事はない。

 代わりに、背中が熱くなった。

 

 ピッ、ピッ、ピッ。視界の端に温度の警告が並ぶ。右脇の装甲が、いつもより薄い。左に集めた分、どこかが削られている。

 

「装甲配置が変わった! 背面の放熱経路が狭い、温度を見ろ!」

 

 通信のレイマさんの声が、いつになく鋭い。

 

「何も操作してません! 右が薄い。道の真ん中に出して、短く終わらせます」

「了解した。配置と温度は私が読む」

 

 機械が追ってくる。左腕は硬い。でも右脇を打たれたら、今までより痛いはずだ。無敵になったんじゃない。片側に荷物を詰め込みすぎた引っ越しの段ボール箱になっただけだ。

 段ボールなら、汗はかかないけど。

 

 倉庫の壁から離れて、道路の真ん中に出た。人がいた方じゃなく、もう空いた方へ。海からの風が、路面の紙くずを転がしている。身体を半分横に向けると、背中を撫でる空気が変わって、少しだけ息がしやすくなった。

 温度はまだ高い。今ここで必殺技なんか撃ったら、中身が蒸し上がる。

 

「冷やしたいなら、勝手に動く前に言ってくれよ!」

 

 返事みたいに、ケーブルが飛んできた。機械に言ったつもりはなかったが、聞く気がないのはどっちも同じらしい。

 

 左腕で払うふりをして、寸前で足を引いた。ケーブルの先が、道路脇の低い鉄柵に巻きつく。機械が引く。

 同じ瞬間に、俺は前に出た。長い刃を、下から斜めに押し通す。腰と足で、最後まで刃筋を運んだ。

 

 ザギィンッ!

 

 膝の連結が切れて、機械が片側に倒れた。胸の四角い口から、別のケーブルが出かかる。そこへ刃を横から差し込んだ。抜かず、捻らず、押す。

 鈍い破裂音。細い火花が路面にこぼれて、レンズの光が消えた。すぐに刃を抜いて、離れる。倒れたから安全とは限らない。ケーブルがもう一度だけ痙攣して、それきり動かなくなった。

 

     *

 

 左腕の装甲は、しばらくしてから元の厚さに戻った。

 戻る時も、俺は何も触っていなかった。

 

 角の先から、さっきの男の子が顔だけ出した。まだこっちに来なくていい、と手のひらを見せてから、銀の指で丸を作る。

 

「歩いてくれて、助かったよ」

「もう、来ない?」

「こいつは止めた。ほかにいないか、今調べてもらってる。その人と一緒に待ってて」

 

 男の子は作業員さんを見上げて、それから俺に頷いた。大声を出さなくても、今度はちゃんと届いた。

 

 人目のない車両の陰で装甲を解くと、風が汗に触れて寒かった。

 左手首の装置が、かすかに温かい。

 

「助かった。でも、次は……」

 

 次はどうしてほしいのか、言葉が続かなかった。

 あの腕のおかげでケーブルは落とせた。そのかわり、いきなり重さが変われば、次は足元を狂わされるかもしれない。もっとやれと言えば、俺は背中から焼けていたかもしれない。

 

「帰ってから、一緒に調べよう」

 

 装置を袖の下に隠した。

 沖の方から、勝利を告げる通信が入ってきた。四人とも無事だという。息を吐いた。

 

     * トラックの運転手

 

 夜、娘に動画を見せられた。沖の決戦の映像が何本も上がっている。その中に一本だけ、うちのトラックが映っているのがあった。題は「銀騎士、復帰戦で勝利より先に交通整理」。

 コメント欄には、余裕だの、貫禄だの、勝利ポーズを捨てた男だの、知らない言葉が並んでいた。

 

 余裕、だっただろうか。

 荷台の後ろで手を上げてくれた時、銀色の指先は細かく震えていた。「止まっててください」と言った声は、途中で一回裏返った。たぶん、本人も久しぶりだったのだ。

 それでも、おれは止まった。あの声だったから止まった。

 

「この人、すごく落ち着いてるね」

 

 娘が言った。

 そうだな、と答えておいた。訂正するのは、本人の仕事だろう。

 

     *

 

 本部に戻ると、レイマさんが回収された機械の前で腕を組んでいた。

 胸の四角い口が開かれ、中から同じ形の金属片が何枚も取り出されて並べてある。がらくたに見えて、全部同じ規格の部品だった。

 選んで、集めていたのだ。

 

「奏斗君。一つだけ、先に伝えておく」

 

 レイマさんは画面の記録を指した。

 

「この機械は、君に止められる直前に、一件だけ外へ信号を送っている。送信先はまだ分からん。中身は、ごく短い」

 

 表示された文字列の下に、技術班の翻訳が添えてあった。

 

 発見。

 

 左手首の内側で、小さな熱が、一度だけ跳ねた。




「左腕が勝手に厚くなったの、俺のせいじゃないですからね」
「分かっている。だから調べている」
「引っ越しの段ボール箱みたいでした。片側だけ詰めすぎたやつ」
「私の試作機を、引っ越し荷物に例えるんじゃない!」
「天地無用。取扱注意」
「中身が先輩やからな。割れ物注意も足しとこ」
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。