「物理的に?」
「呼び方的に!」
昨日の機械は、技術室の棚の上で黙っていた。
動かなくなったレンズを覗き込んでも、何を考えていたのかは分からない。そもそも考えるものなのかどうかも。
「外部とやり取りしていた形跡はある。だが、これだけでは送信先までは辿れん」
俺の左手首の装置も、昨夜から何度も検査を受けていた。勝手に厚くなった左腕の件は、無理に再現しようとはせず、記録を読むところで止めている。
「俺は、見張りに戻っていいんですよね」
「配置通りにな。昨日のように人のすぐそばに出た時以外、一人で追いかけないように」
「分かりました」
出る前に、廊下で三人とすれ違った。少し後ろから黒騎士、もとい克己もついてくる。
昨日は海と陸で別々の持ち場だった。こうして顔が揃うと、ようやく肩の力が抜けた。
「みんな、昨日はご苦労様。マグマ怪人、大変だっただろ」
「何その上司みたいな言い方」
「いや、そういうつもりじゃなくて。無事に会えてほっとしたんだよ」
レッドが笑う。俺は克己の方を向いた。
「途中まで本部の回線で見てた。ブルーに脚が来た時、横から弾いてそのまま懐に入っただろ。見てるこっちが息止めた」
「止まってたら次を食らうだけだ」
「私は助かった。危うく甲板で寝るところだった」
「寝心地悪そうだったな、あの甲板」
「床暖房が強すぎる」
「寝る前提で話を進めんといて」
克己が、三人を一度だけ見た。
「こいつらも手を止めなかった。それだけだ」
「止めたら、全部持ってかれそうだったしね。……あ、今の、私たちのこと褒めてくれた?」
「手を止めなかったって言っただけだ」
「うん、そこを見ててくれたんだね」
「都合よく聞くな」
レッドは全然困っていない顔で笑った。
「奏斗先輩の方も、何か出たんやろ?」
「うん。変身した瞬間に、トラックの誘導を頼まれた」
「え、変身してすぐ?」
「変身音が鳴り終わる前に、バックしますって」
「銀騎士、復帰後の初仕事は駐車アシスト」
「そこ、記録に残すなら交通整理って書いてくれ」
三人が笑った。俺も笑って左手首を上げると、克己の目がそこに落ちた。
「そのあと、部材を拾う機械が出た。避難してる人にケーブルを伸ばしてきてさ。割って入ったら、左腕の装甲が勝手に厚くなった」
「勝手に?」
「何も押してない。ケーブルは落とせたけど、腕は重いし背中は熱いし。助かった、で済ませていいのか分からなくて、さっきまで調べてた」
「で、そいつは」
「止めた。避難路は最後まで通せた」
克己は短く息を吐いた。
「なら、こっちに戻ってくる手間が省けたな」
「沖から戻ってもう一戦は、さすがに勘弁だろ」
「うん。陸のこと気にしないで戦えたよ。ありがと」
そこで俺は、レッド、と呼びかけた。
レッドが軽く手を上げて、遮った。
「ここでは朱音でいいよ。先輩のことは奏斗先輩って呼んでるのに、私だけずっと色なのも変だし」
「私は葵。名札はないけど、覚えてもらえると助かる。ここ、テストに出ます」
「きらら。ほら、私だけ色じゃなくて、光ってる感じでしょ」
「そこ、張り合うところ?」
素顔で話すようになっても、呼び方を変えるきっかけを逃していたらしい。
朱音、葵、きらら。一人ずつ呼んでみてから、外では今まで通り色で呼ぶことを確認した。動画を撮っている人たちに、顔も名前も知られるわけにはいかない。
克己は、そのやり取りの間ずっと、興味なさそうな顔で壁を見ていた。
たぶん、興味がないふりをしているだけだと思う。
*
午後は、閉鎖した配送路の見張りだった。
昨日の残りの部材があって、作業員さんたちの確認が終わるまで、人が入り込まないように立っている。
銀騎士の仕事には、目立たず立っているだけの時間もある。二年やっても、そこだけは上達しない。
何しろ全身銀色なのだ。目立たない競技には、とことん向いていない。
案の定、安全線の外から携帯をこっちに向けている人がいた。道路の向こうへ手を振って、それ以上来ないように合図する。相手が片手を上げた。分かってくれたらしい。
通報が入ったのは、配送路の奥を見回っている時だった。
閉鎖区間の端で、鉄板がひとりでに動いている。
「人は近くにいますか」
「いません。作業員は全員、集合場所に戻してあります」
曲がり角の先に、細い機械がいた。
昨日とよく似た金属の身体。胸の四角い穴に、折れた部品を押し込んでいる。頭がこっちを向いた。
昨日のやつと違って、見つかっても動きを止めなかった。
「いきなりか!」
足首を狙ったケーブルを、横に跳んでかわした。背後の標識にケーブルが巻きついて、支柱が鳴る。
そのまま前に出て、左拳を胸板に叩き込んだ。乾いた音。機械が下がる。
逃げたのではなく、距離を取った。
長い腕が、持っていた鉄板をこっちに投げてきた。
肩を引きながら、鉄板の端を左の手甲で下へ叩き落とす。鉄板は足元に突き刺さって横倒しになった。後ろの安全線までは飛ばさない。
でも、次を投げられる前に、向きを変えさせないといけない。今の角度だと、こいつが何か投げるたびに安全線の方へ飛ぶ。
「本部、撃ってくる向きを変えます」
俺は機械の横へ回り込みながら、わざと足音を大きくした。両腕を広げて、レンズに銀の身体を見せる。
「拾うものなら、こっちにもあるだろ!」
ある。
俺が。
言ってから、我ながらろくでもない誘い文句だと思った。
* 配信者
配信していた男は、歩道の黄色い線から靴を一歩も出さなかった。
画面の向こうで、コメントが流れていく。
名前も顔も知らない。知っているのは、銀色の人がこの街で何度か戦っていたことだけだ。
男は倍率を上げた。
銀騎士が、大げさに手を振っている。
挑発だろうか。派手に動くたびに、細い機械の頭がそっちを向く。銀騎士がさらに横へ動く。機械もついていく。
その背中の向こうにあった安全線が、機械の正面から、少しずつ外れていく。
「……違う。こっちに飛んでこないようにしてるんだ」
思わず声に出していた。
流れていたコメントが、一瞬止まった。それから、分かった、という書き込みがいくつか続いた。
追加戦士の販促撮影会かと思った。
撮ってる場合か。線から出るなよ。
「出ない。ここから撮る」
男はもう一度足元を見た。手が震えて、画面の中の銀色が小さく跳ねた。
* 奏斗
機械との距離が開いた。間に、傾いた鉄製の台車がある。後ろに人はいない。
まず、銃で脚を止める。
ダイヤルを青に回して、中央を一度。
青い線が走り、銀の板が開く。
その瞬間、機械が飛び込んできた。
速い。さっきまでの、拾っては投げる動きとはまるで違う。胸の口から出したケーブルで台車を掴み、身体ごと引き寄せるようにして跳んでくる。脚で走るより一段速い。
「っ!」
右手には、まだ銃ができていない。前腕の板も閉じきっていない。
左腕を出して、身体を捻った。
細い金属の腕が、右の肩板の縁をかすめた。閉じかけた板が弾かれて、視界に外装の警告が走る。
足だけは止めなかった。横にずれて体当たりを外し、通り過ぎる肘に左手を添えて押す。勢いのついた機械は、俺ではなくコンクリートの柱に肩からぶつかった。
スコープライフルが、やっと掌に収まった。
柱にぶつかった相手の手首を撃つ。台車を掴んでいたケーブルが、接続部ごと外れた。これで、同じ飛び込みはもう使えない。
その隙に、俺も別の柱の陰へ下がった。腕は動く。でも右の肩板が、噛み合いきっていない。
「切り替えを狙われました。外装をかすめただけで、腕は動きます。肩板が閉じきってない」
「浮いているのは確認した。手で押し込むな。再配置の記録を取る」
昨日のレンズを思い出した。あいつは、俺の左手首を見ていた。
あの映像が、こいつに届いているのか。
どっちにしても、今のは偶然じゃない。俺が手首に触れるまで、あの距離でじっと待っていた。
一秒。
画面を止めて見せてもらった、あの隙間。
そこに本当に、腕を突っ込まれた。
*
細い影が柱の右から覗いた。俺は左に抜けて、次の柱へ移る。機械が追ってくる。
浮いた肩板に銃を引っかけないよう、左手を銃身の前に添え、右肘を身体に付けたまま、照準より先に相手の腰を見た。
道路の端に、車止めがある。機械はそれを避けずに、長い脚でまたいだ。
片足が、上がった。
今。
短い射撃音が倉庫の壁に跳ねた。膝の継ぎ目で火花が散る。一発じゃ倒れない。同じ脚の付け根に、もう一発。
機械が沈んだ。ケーブルが路面を叩いて、身体を起こそうとする。
俺は撃ち続けずに、倉庫の角の向こうへ回り込んだ。
相手が見ているのは、今俺が消えた場所だ。そこへケーブルが飛ぶ音がして、壁に当たった。
壁の反対側で、ダイヤルを赤に回す。
銃がほどけて、長い刃になる。装甲が閉じる音を、最後まで聞いてから動いた。
一秒は消せない。
だったら、その一秒を見せなければいい。
角の向こうで、機械がケーブルを引いている。抜けない。倉庫の出入口の鉄枠に、がっちり巻きついていた。
俺は、さっきとは反対側から、ゆっくり出た。
「次の一秒は、こっちが使う」
機械は、俺が最後に肩を見せた場所を、まだ狙っていた。
折れた膝で、それでも安全線の方へ胸を向けようとする。その正面に踏み込んで、剣先で顔をこっちへ戻させた。鉄枠に張ったケーブルが、背中を引き留めている。
空いている倉庫の側へ、刃筋を決めた。
剣を左手で一度支えて、右手で中央を長く押す。
低い電子音がひとつの高い音に繋がって、刃の根元から切っ先まで、赤い光が溝を満たしていく。
肩は上げない。足を開く。柄を腰の脇に引いて、切っ先を低く外へ。
低い位置から走った赤い刃が、機械の胸を斜めに抜けた。
一瞬、四角い口も爪も止まる。胸に残った細い光が、遅れて太く開いた。
裂けた金属片が奥へ飛んで、壁の手前で散った。
右肩に反動が返ってきた。後ろ足を滑らせて受け止める。肩板は、閉じたままだった。
*
奥の塀で、金属の足が鳴った。
振り向くと、もう一体いた。同じ細い身体が、部材を抱えて塀を乗り越えようとしている。胸には四角い刻印。その右上の角だけが、斜めに欠けていた。
抱えた部材の一枚一枚に、白い紙片が貼りついている。こっちを向いた小さなレンズが、一度だけ光った。
追えるか。足は動く。紫にすれば届くかもしれない。
塀の向こうは、まだ車と人がいる通りだ。こっちには倒した機械と、そろそろ戻り始めそうな作業員さんたちがいる。
「一体、北へ逃走。部材を持ってます。北西の出口に回してください。俺はここを押さえます」
抱えていた部材の形と、塀を越えた脚の向きと、欠けた刻印のことを伝えた。
細い影が塀の向こうに消えた。
「銀騎士さーん!」
安全線の外から、声が飛んできた。さっきから携帯を向けていた男の人だ。足は、まだ黄色い線の内側にある。
「追加戦士って、本当ですかー!」
今か。
でも、今しかない。訂正は一回だけ、誤解のしようがない言い方で。そう決めていた。
「追加じゃ――」
「銀騎士さん! こっちの鉄板、もう動かしていいですか!」
後ろから作業員さんに呼ばれた。そっちは今すぐ答えないといけない。
「はい! 今行きます!」
振り返ると、男の人は満足そうに携帯を下ろしていた。
何かが伝わった顔だった。何が伝わったのかは、分からない。
「こっちは終わったよ。そっちは?」
「一体撃破、一体逃した。外装かすったから、点検に回る」
「了解。交代回すね。……うん。帰ってきて」
最後のひと言だけ、声が柔らかかった。
*
帰りの車の中で、レイマさんから通信が入った。
回収した機械の記録を、昨日の一体目と突き合わせたのだという。
「結論から言う。今日の機械は、君が切り替える瞬間を、最初から待っていた」
「偶然じゃないとは思ってました」
「問題はそこではない。今日の個体は、昨日の個体と一度も接触していない。にもかかわらず」
一拍、間があった。
「二体目は、一体目が見たものを知っていた」
窓の外で、街灯が一本ずつ後ろへ流れていく。
昨日、あいつは最後に「発見」と送った。
俺の何を見つけて、誰に知らせたのか。
携帯が震えた。灰瑠からだった。
夕飯いる?
いる、と返した。少し遅れる、とも。
左手首の装置は、今日は一度も勝手に厚くならなかった。
「先輩、今日の決め台詞かっこよかったよ。『次の一秒は、こっちが使う』」
「言ってから、ちょっと恥ずかしくなった」
「『拾うものなら、こっちにもあるだろ』の方が恥ずかしいで」
「あれは作戦だから」
「作戦名、自分を景品にする」
「名前をつけるな」