「模型を使って」
「模型を使って!」
「……その模型、ほんまにある?」
調子が良いので本日2回目投稿です
「肩板の留め具を交換して、動作確認が済むまで、装甲の起動は待ってください」
「分かりました。今日は通信席で、昨日の映像を見てます」
「録画なら何回再生してもいいですよ」
「じゃあ、映像の俺だけ先に働かせておきます」
整備室の技術者さんが、それは働いてるとは言わないと思います、という顔をした。俺もそう思う。
身体はどこも痛くないが、閉じきらない肩板のまま現場に出ていい理由にはならない。昨日、そこを狙われたばかりだ。
技術室に入る前に、左手首に話しかけた。
「お前も、今日は見学な」
返事はない。温かいのはいつも通りだった。
*
作業台には、回収した機械の胸板が置かれていた。四角い窓の縁は焼けて黒く、その下に細い刻印がある。技術者さんが拡大鏡で覗いては、画面と見比べていた。
「ようやく、彼らの名札が読めたところだ」
レイマさんが胸板の前に立ち、傍らの箱に片手を置いて、もう片方の手を大きく広げた。
「この模型を見ろ!その巧妙かつ陰湿な構造が一目で」
「主任、それ廃材の回収箱です。模型はこっちです」
技術者さんの冷静な指摘に、レイマさんが手元を見下ろした。箱の中には、曲がったボルトと、半分に折れた掃除用ブラシが入っていた。
「概念としては近いです。何でも持って帰るところが」
「その補足は必要だったか、ブルー!」
俺は耐えきれずに、横を向いて笑った。
別の台から、本物の模型が運ばれてきた。細い人型の背中から何本もの線が伸びていて、その先に小さな箱がいくつもついている。
「管理名は『ノット』。刻印だけだと読みが曖昧でしたが、内部に残っていた起動音声と一致しました」
技術者さんが録音を流した。雑音の底から、意味の取れない金属的な発声が聞こえてくる。画面に翻訳が添えられた。
回収。分類。保管。
「怪人を新しく作っているわけではない。オメガの側が残していった、自律回収の仕組みだ。戦場に残った装備や動力を拾い集める。主がいなくなった今も、それが止まっていない」
「命令した側がいなくなっても?」
「命令を出した者と、やめさせる者が同じとは限らんのだよ。やめろと言える者が消えれば、機械は仕事を続ける」
模型の線を目で追った。たくさんの箱が、ひとつの背中に繋がっている。一体倒しても次が動く理由が、そこにあった。
「真ん中にいるのは、どこですか」
「まだ分かりません。回収した端末には、帰る先の位置が残っていませんでした」
技術者さんが首を振った。代わりに、と画面が切り替わる。昨日の二体目の胸の中から取り出された、部品の一覧だった。
「拾った物を、種類ごとに分けて保管していた形跡があります。棚みたいなものですね。それで、ひとつ気になるのが」
一覧のいちばん下に、空欄があった。ほかの欄は全部、拾った部品の名前で埋まっている。そこだけが空いていた。
「分類名は『動力の核』。一体目にも、二体目にも、この欄がありました。どっちも空っぽです」
拾っても拾っても、そこだけ埋まらない棚。
俺は、自分の左手首を見下ろしかけて、やめた。
「持っていった物だけじゃなくて、残していった物も調べる?」
「うん。手当たり次第に見えて、足りない物を選んでるなら」
葵が記録の欄を増やした。朱音ときららも画面を覗き込む。装置は整備中でも、次の現場に持っていけるものはある。
「それと、これです。昨日の現場の、塀の下に落ちていました」
技術者さんが、透明な袋をつまみ上げた。白い紙片だった。逃げた一体が、抱えた部材に一枚ずつ貼っていたやつだ。
表面に細かい記号が並んでいて、翻訳が添えてあった。
外装片。銀白。分類済み。
「……俺の肩のですか」
「昨日削れた肩板の欠片と、形が一致しました」
拾われていた。俺が柱の間で斬り合っている間に、横から。しかも、ちゃんと名札まで付けて。
「几帳面」
「褒めるなよ」
「褒めてない。ネットでもう、あだ名がついてる。胸の刻印の角が欠けてるから、『角欠け』」
「敵に、あだ名」
「掲示板のテンプレにも入ってる。見かけても近づくな、って。……公式も、さっき乗った」
俺の知らないところで、敵まで名前をもらっていた。公式のお墨付きまで付いている。
俺の名前は、まだ訂正もできていないのに。
*
警報が鳴ったのは、胸板を裏返したところだった。学校の近くの搬送路で、部品を運ぶ車が襲われた。運転手は車外に逃げたが、荷台の固定具が歪んで、道路を半分塞いでいるという。
「行こう」
短い一言で、部屋の空気が変わった。
俺は左手で端末を取って、地図を開いた。
「そこ、道分かる。学校に行く時に通るから。通信に入ります」
「では通信席だ。君の知っている道を、全部持ってこい」
「全部は、ちょっと頭に入りきらないです」
「地図に書け!」
言い直しの勢いに背中を押されて、司令室へ向かった。走らずに地図を見て、出動する三人より先に、抜け道と行き止まりを通信卓へ送る。
現場の映像は、揺れる灰色の地面から始まった。
近くの安全線まで下がった職員さんが、携帯端末を固定する。画面の右に搬送車。左に、塀に沿って逃げる二人。細い腕が荷台に突き刺さって、鉄板を内側からめくっていた。
「北の路地は行き止まりです。倉庫の裏門、普段は閉まってる。運転手さんは南へ。青い屋根の駐輪場を抜ければ、広い道に出られます」
職員さんの復唱が返ってきた。画面の二人が、俺の言った角を曲がる。
そこで初めて、息が吸えた。
黒いケーブルが荷台から引き抜かれた。先端に、梱包材ごと裂かれた金属の筒が絡んでいる。機械の胸の窓が開いて、奥で白っぽい光が横に走った。
『動力反応、照合』
雑音まじりの声だった。
『優先回収対象、銀白戦闘外装。内部生体コア。適合体、分離可能』
気づいたら、左手首を右手で握り込んでいた。装置の上からじゃ、脈なんか取れない。分かっているのに、指が離れなかった。
「分離、って」
「聞こえている。記録を続ける」
レイマさんの声が、低かった。
動力の核。
空いたままの棚。
あいつが探していたのは、これか。
俺はまだ、こいつのことを何も分かっていない。温かい理由も、勝手に増えた装甲の理由も。それでも、部品みたいに引き剥がしていいものじゃない。それだけは分かる。
握っていた指を、無理やり手首から引き剥がした。画面を拡大する。俺が今やれるのは、こっちだ。
「レッド、荷台から腕を抜く時に右の膝が伸びる。そこを押せば、荷物ごと倒さずに引き剥がせる」
「見えた! そこから崩すね!」
次の瞬間、赤い姿が画面の上から跳び込んで、落ちる勢いのまま、機械の腕を荷台から斬り離した。甲高い衝突音。金属の筒が道路を転がる。
「腕、離れた! 次の道お願い!」
閉じた回線の向こうで、朱音はもう次の一手に移っていた。俺も地図に指を戻す。
「レッド、車の右前、縁石が割れてる。踏み込むなら左に半歩」
「ありがと!」
赤い足が、割れた縁石を避けた。
長い腕が空を切る。レッドは内側に入って肘を押し、荷台と反対の方へ機械を向けた。ブルーが車の屋根越しに射線を取る。イエローは転がった筒を蹴り退けて、運転席に残っていた鞄を安全線の内側へ放り投げた。
一体なら、囲める。
そう思った時、画面の端で排水溝の蓋が持ち上がった。
「右下! 小さいのがいる!」
掌くらいの、脚がたくさんある機械が、道路を這い出してきた。荷台の陰に潜り込んで、黒い線を引いていく。別の一体が塀を登る。二体、三体。
人型の腕が振られるたびに、小さい機械の向きまで一斉に変わった。
「先輩、その塀の向こうは?」
「資材置き場。今は閉鎖中。人がいないか、職員さんに確認してもらう」
返事を待つ数秒が、やけに長かった。俺の知っている道と、今日の道が同じとは限らない。確認が返ってきた。無人。北の門は施錠。南の通用口だけ開けられる。
「空だ。南の通用口から押し込める」
「ほな、そっちへお引っ越し願おか!」
イエローが、電撃をまとった大斧を低く振って、機械の足を払った。長い腕が振り下ろされても下がらず、柄で受け上げて押し返す。
倒し切るんじゃなく、敵が足を踏み直せる場所をどんどん削っていく。レッドが正面から押し、ブルーの牽制が逃げ道を狭め、細い人型が通用口の中へ追い込まれていった。
画面越しに見ると、三人の連携は隣で戦った時よりずっと細かく見えた。
レッドが攻め立て、ブルーが逃げ道を一か所だけわざと残し、最後にイエローがそこを塞ぐ。俺が一人なら一体ずつ崩すところを、三人は同時に動いて追い詰めていく。
だったら俺の役目は、三人の目が届いていない画面の端だ。
塀の上で、小さい機械が跳んだ。その下、黒い線がレッドの踵の方へ、地面をこっそり滑っていた。上のは囮だ。
「ブルー、下の線! レッド、左足引いて!」
赤い靴が上がるのと、ブルーの一撃が壁際の黒い線を断つのが、同時だった。張りかけた輪が、誰もいない場所で空振りして閉じる。
小さい機械の脚が、二歩分、空回りした。
「小さいのだけ遅れた。レッド、そのまま押して! イエロー、今なら裏に回れる!」
「線を切ってから、連動が鈍ってる。まだ動くから油断しないで」
「うん! イエロー、奥は任せた!」
「そっち終わるまでに片づけとくで!」
画面の隅で、イエローの斧が小さい機械を地面に叩き落とした。返した柄で次の一体を弾いて、奥の通路には一匹も通さない。ブルーは二丁の銃を別々の角へ向け、回り込みを止める。
そして赤が、逃げ場を失った人型を、正面から押し切った。
「見ててね、先輩!」
弾んだ声と一緒に、レッドが踏み込んだ。赤熱した刃が胸の外殻を斬り、返す刃で背中の線を断ち、最後に四角い窓の真ん中へ突き刺さる。火花が窓を埋め、細い膝が折れる。継ぎ接ぎの身体が地面に崩れる音が、遅れてスピーカーを震わせた。
俺は、左手首から指を外した。いつの間にか、また握っていたらしい。手のひらに、爪の跡がくっきり残っていた。
*
帰ってきた三人は、まず手を洗った。戦いのあとの、すごく普通の動作だった。俺は飲み物の箱を運んで、一本ずつ配った。
「冷たいの、まだある?」
「ある。社長の分まで飲まなければ」
「じゃ、そこは残しとこ」
葵は飲み物を受け取る前に、携帯をこっちへ向けた。今日の現場の映像に、もう書き込みがついている。
「『銀騎士いない』『追加戦士は毎週は出ないから』『出番の調整』」
「俺、通信席にいたんだけど」
「画面に映らないと、いないことになる」
「番組みたいに言わんといて」
出番を調整された覚えはない。肩板の留め具を待っていただけだ。
冷えた一本を、朱音に渡した。
「ありがとう。止めてくれて」
「道、助かったよ。出口まで分かってたから一気に押せた。最後の線もね。前向いたまま踏み込めた」
「そっちが前を空けてくれたから、俺は横を見てられただけだよ」
朱音は缶を受け取りながら、俺の左手首をちらりと見た。
「……あれ、聞こえてたよね。分離、って」
「聞こえてた」
「渡さないよ。そんなの」
まだ蓋も開けていない缶を、朱音はぎゅっと握っていた。敵に怒ってくれているのが分かって、なんだか胸のあたりが落ち着かなくなった。
技術室では、切れたケーブルの回収が進んでいた。端末同士は中継を通して動きを共有しているんじゃないか。今はまだ仮説だと、レイマさんは言った。
本体の居場所は分からない。俺の相棒を部品として数える機械は、まだどこかで仕事を続けている。
帰り際、左手首に小さく言った。
「次も、勝手には行かない」
袖の下で、温かさがわずかに増した気がした。
「ただし、お前を渡す気もないからな」
「先に言っておくが、あれは模型と箱を取り違えただけだ」
「掃除用ブラシ、半分に折れてましたね」
「半分に折れていようと、私の説明の価値は」
「社長。その箱、まだ持ってます」
「……」
「後書きでまで回収せんといてください」