僕のヒーローアカデミア:妖精の参謀   作:並行世界とかという概念最高

2 / 7
記憶は大人、身体は子供

1.事情聴取――身元不明の魔導士

 警察署の一室。

 チセ・トオノは、机の向かいに座る男を観察していた。

 塚内直正。警察官。

 服装、姿勢、視線の動き、質問の順序。どれも職務に慣れた人間のものだ。相手を威圧するより、情報を集め、矛盾を確認することを優先している。

 少なくとも、話の通じない相手ではなさそうだった。

「では、改めて確認する。君の名前はチセ・トオノ。フィオーレ王国出身で、魔導士ギルド『FAIRY TAIL』に所属している」

「そう」

「昨日のヘドロヴィラン事件の現場に、突然現れた。君の説明では、古代の空間移転装置を解析していた際、別の装置と共鳴して転移した……ということだね?」

「正確には、そう考えている、という段階ね。転移先の装置を確認できていない以上、断定はできないわ」

 塚内のペンが止まった。

「自分の仮説と、確認できた事実を分けているのか」

「当然でしょ。仮説を事実として扱ったら、調査を間違えるもの」

 チセは椅子の背にもたれた。

 この程度の事情聴取なら、慣れたものだった。

 未知の遺跡を調査するときも、ギルドの依頼で事件を解決するときも、必要なのは情報の整理だ。わかっていること、わからないこと、可能性が高いこと。それらを混同すれば、判断を誤る。

 まして、今は自分の命がかかっている。

「ひとつ聞きたいんだけど」

「何だ?」

「私の話を、どこまで信じているの?」

 塚内はすぐには答えなかった。

「現時点では、君が通常の身元確認では説明できない人物であることは確かだ。ただ、異世界から来たという話については、確認が必要だ」

「正直でいいわね」

「警察官だからな」

「なら、こちらも正直に話すわ。私には、この世界に来た理由も、帰る方法もわからない。わかっているのは、転移装置が異常を起こしたことと、こちらの世界ではマナがほとんど感じられないこと。それから……」

 チセは、ふと自分の手を見た。

「どうも、身体の調子がおかしい」

「身体の調子?」

「ええ。昨日から、少し違和感があるの」

 昨日、路地裏に落下した直後は、転移による衝撃のせいだと思っていた。

 だが、一晩休んでも、妙な感覚は残っていた。

 身体が軽い。

 それ自体は悪いことではない。しかし、軽さの質が違う。

 長年の鍛錬で身につけた身体の重心。筋肉の使い方。踏み込みの強さ。そうした感覚が、頭の中に残っているのに、実際の身体が微妙に一致しない。

 まるで、使い慣れた武器を、見た目だけ同じ別の武器に取り替えられたような感覚だった。

「……まあ、今はいいわ。それより、確認したいことがあるの」

「何かな?」

「この世界について、できるだけ詳しく教えてほしい。法律、通貨、交通、通信。それから、個性と呼ばれる能力について」

「かなり多いな」

「帰る方法が見つかるまで、ここで生活する可能性もあるんでしょ。なら、最低限の知識は必要よ」

 塚内は彼女の顔を見た。

 見た目は、どう見ても十代の少女だ。

 しかし、言葉の選び方や物事の整理の仕方には、年齢にそぐわない落ち着きがある。

 それに、昨日の現場で見せた戦術判断。

 あれは単なる頭の回転の速さでは説明しきれない。実戦経験に裏打ちされた判断だった。

「……君は、いくつなんだ?」

 唐突な質問だった。

 チセは瞬きをした。

「年齢?」

「そうだ。身元を確認するうえでも必要になる」

「そうね……」

 彼女は少し考えた。

「転移前の年齢なら、23歳は超えているわ」

 塚内のペンが止まった。

「……23歳以上?」

「ええ」

「失礼だが、見た目とはかなり差があるように思える」

「私も、そこが気になっているのよ」

 チセは自分の手をもう一度見た。

「転移する前は、こんな感覚じゃなかった」

 塚内は、すぐには返答しなかった。

 異世界からの転移。

 身元を証明する書類はない。

 そして、本人の申告する年齢と外見が一致しない。

 普通の事情聴取では済まないことが、またひとつ増えた。

     ◇

2.魔法と個性――異なる世界の法則

 塚内が用意した資料は、予想以上に多かった。

 日本の地図。社会制度の概要。個性に関する基礎知識。ヒーロー制度の説明書。

 さらに、タブレット端末まで用意されている。

 チセは資料をひと通り眺めると、端末を手に取った。

「これが通信機器?」

「タブレット端末だ。インターネットを使えば、さまざまな情報を調べられる」

「インターネット……。遠距離通信と情報保管を兼ねた仕組み、という理解でいいのかしら」

「大まかには、そうだな」

 チセは画面を操作した。

 表示された検索結果を読み、関連する情報を開き、必要な項目をメモしていく。

 その速度が、妙に速かった。

「……へえ。これは便利ね」

「気に入ったか?」

「情報を探す手段としては優秀。情報の信頼性を確認する必要はあるけど、使わない理由がないわ」

 彼女は日本の地理、通貨、交通網、行政機関を順番に調べていった。

 単に知識を詰め込んでいるわけではない。

 ひとつの制度を知れば、その目的を考える。目的がわかれば、どのような場面で必要になるかを整理する。そして、自分が使うときの手順まで組み立てる。

「緊急通報は110番が警察、119番が消防と救急……。公共交通機関は路線と時刻を確認して使う。支払いは現金と電子決済がある」

「そのとおりだ」

「身分証がないと困る手続きも多い。こちらの身分を証明する方法も、早めに考える必要があるわね」

「それについては、こちらでも対応を検討している」

「よろしく」

 チセは画面を切り替えた。

「次は、個性について教えて」

 塚内は資料を開いた。

「この世界では、人口の大半が何らかの個性を持っている。身体の一部が変形したり、炎を出したり、物を浮かせたりと、能力の種類はさまざまだ」

「生まれつきの身体的な能力、ということね」

「基本的にはそうだ。遺伝的な要素も強い」

「なら、魔法とは根本的に違うわね」

 チセは、資料の余白に書き込んだ。

 個性=生体機能。魔法=外部エネルギーと術式を用いる技術。

「魔法は、大気中のマナと知識、術式を使って成立する。正しい知識と訓練があれば、基本的には誰でも学べる。でも、個性は身体に備わった機能なんでしょう?」

「概ね、その理解でいい」

「じゃあ、こちらの世界で魔法を使おうとした場合、マナ不足が問題になるわけね」

「君の話では、そうなる」

「実際に昨日、問題になったわ」

 チセは指先を机に置いた。

 ヘドロヴィランを拘束しようとしたとき、術式の維持に必要なエネルギーが足りなかった。

 あの程度の補助術式なら、以前はもっと安定して扱えたはずだ。

 それなのに、今は出力が落ちている。

 原因は、マナ不足だけなのか。

 それとも、ほかにも何かあるのか。

「……検証が必要ね」

「何をだ?」

「魔法の出力。身体能力。それから、転移前と今の自分の違い」

 チセは資料を閉じた。

「原因をひとつに決めつけるのは危険だわ」

 塚内は、彼女の様子を見つめた。

 自分の能力に絶対の自信を持っている人間なら、出力の低下を環境のせいにして終わらせることもあるだろう。

 だが、チセは違った。

 自分の仮説すら疑い、実際に確認しようとしている。

 その姿勢は、研究者のものでもあり、戦術家のものでもあった。

     ◇

3.身体の違和感――頭は覚えている

 午後。

 警察署の訓練用スペースを借り、チセは身体の状態を確認することになった。

 もちろん、危険な魔法の使用は許可されていない。

 塚内が用意したのは、簡単な運動能力の確認だった。

「まずは、無理のない範囲で動いてみてくれ」

「わかったわ」

 チセは床に立った。

 足幅を調整し、重心を下げる。

 身体の動かし方は覚えている。

 どの筋肉を使い、どこに力を入れれば、最も効率よく動けるのか。何度も繰り返してきた動作だ。

 まずは、軽い踏み込み。

 ――遅い。

 チセは目を細めた。

 頭の中では、以前と同じタイミングで動いたつもりだった。

 だが、実際の身体はわずかに遅れている。

 もう一度。

 今度は、上半身の動きに合わせて重心を移す。

 ――浅い。

 踏み込みの距離が足りない。

 以前なら、もっと深く踏み込めた。身体を支える筋力も、動作を支える持久力も、今より高かったはずだ。

 チセは、ゆっくりと立ち直った。

「……なるほど」

「何かわかったのか?」

「まだ仮説だけど、身体そのものが以前と違う」

 彼女は手を握り、開いた。

「頭では、以前と同じ動きを再現できる。でも、実際の身体がその動きについてこない。筋力も持久力も、感覚的に落ちているわね」

「転移の影響か?」

「それだけとは限らない。昨日の装置の異常が原因なのか、マナ不足が関係しているのか、それとも別の要因なのか。今は判断できない」

 チセは、もう一度だけ踏み込んだ。

 今度は、以前の動きを再現しようとするのをやめた。

 重心を少し高く保ち、歩幅を狭める。力を入れるタイミングを変え、今の身体に合う動作を探る。

 先ほどより、動きが安定した。

「……やっぱり」

 チセは小さく息を吐いた。

 必要なのは、以前の身体を無理に再現することではない。

 今の身体で、何ができるのかを把握することだ。

「以前と同じように動こうとするのは、いったんやめるわ。今の身体に合わせて、動きを組み直す必要がある」

 塚内は腕を組んだ。

「それは、すぐにできるものなのか?」

「基礎的な調整ならできる。でも、失われた筋力や持久力まで、知識だけで補えるわけじゃない」

 チセは自分の手を見つめた。

 頭の中には、長年の鍛錬で身につけた技術が残っている。

 敵の攻撃をどう受け流すか。

 どの角度から踏み込めば、最小の動作で最大の効果を得られるか。

 どの瞬間に力を抜き、どの瞬間に力を集中させるか。

 それらは失われていない。

 しかし、それを実行するための身体は、以前と同じではなかった。

 熟練した技術を持つ人間が、使い慣れた道具を失ったようなものだ。

「……面倒なことになったわね」

「無理はしないほうがいい」

「わかってる。無理をしても、身体が壊れるだけだもの」

 チセはあっさりと答えた。

 自分の限界を無視して突っ込むことに、価値はない。

 それは彼女が仲間たちに何度も言い聞かせてきたことでもある。

 勝利だけでは足りない。

 生きて帰ることまで含めて、戦術だ。

 ならば、自分自身にも同じ原則を適用するだけだった。

     ◇

4.古代装置の痕跡――若返りの可能性

 検証を終えたチセは、転移直前の記憶をもう一度整理していた。

 古代装置。

 共鳴した別の座標。

 転移の瞬間に割り込んできた、未知の術式。

 そして、今の身体。

「……ひとつ、気になることがあるの」

 チセは塚内に向き直った。

「転移前の私は、少なくとも23歳を超えていた。長年の鍛錬も積んでいたし、身体の使い方にも慣れていた。でも、今の身体は明らかに若い」

「見た目だけではなく、身体能力も変わっているということか」

「そう。単に疲労しているだけなら、休息である程度は回復するはず。でも、今感じている違和感は、それとは違う」

 チセは、転移の瞬間を思い返した。

 あのとき、装置の術式は崩壊していたわけではない。

 未知の座標情報が割り込み、何か別の処理が行われたように見えた。

「可能性のひとつとして、古代装置が転移者の身体を再構成したのかもしれない」

「身体を再構成?」

「ええ。転移先の世界に適合させるためか、装置そのものの仕様なのかはわからない。でも、もしそうなら……」

 チセは自分の腕を見下ろした。

「身体が若い状態に戻されたことも、説明できる」

 塚内は慎重に言葉を選んだ。

「つまり、君は若返った可能性があると?」

「可能性の話よ。まだ証拠はない。でも、記憶も知識も残っているのに、身体だけが若い状態に変わっているなら、辻褄は合う」

 彼女は少し考えた。

「ただし、若返りと身体能力の低下が、完全に同じ原因なのかはわからない。そこも切り分ける必要があるわね」

「……君は、自分の身体についても研究対象として扱うんだな」

「他にどうしろっていうの?」

 チセは首を傾げた。

「原因がわからないなら調べる。問題があるなら対策を考える。それだけでしょ」

 塚内は苦笑した。

 自分の身体が変わってしまったかもしれないというのに、彼女は取り乱していない。

 もちろん、不安がないわけではないだろう。

 それでも、感情に流されるより先に、状況を分析しようとしている。

「……わかった。君の仮説として記録しておこう」

「お願い。それと、装置の調査についても進展があったら教えて」

「可能な範囲で協力する」

「助かるわ」

 チセは、机の上に置かれた資料をまとめた。

 この世界の制度は、まだ面倒なことばかりだ。

 魔法は思うように使えない。

 身体は以前のように動かない。

 帰還手段も見つかっていない。

 だが、状況を整理すれば、次に何をすべきかは見えてくる。

 まずは、この世界の法則を理解する。

 次に、自分の身体と魔法の制約を把握する。

 そして、帰還の手がかりを探す。

 順番を間違えなければ、進めるはずだ。

     ◇

5.真偽判定――証明された異世界人

 その日の夕方。

 チセは、別室で真偽判定の個性を持つ協力者と対面していた。

「あなたの証言が事実かどうか、私の個性で確認します。ただし、質問の意味が曖昧だと正確に判定できないこともあります」

「わかったわ。質問は具体的にお願い」

 検証は、名前と出身地から始まった。

 所属ギルド。

 魔法の仕組み。

 転移の経緯。

 そして、転移前の年齢と、身体に起きた変化。

 チセは、自分が知っていることを正確に答えた。

 わからない部分は、わからないと答える。

 推測は推測として説明する。

 自分の仮説を、確定した事実のようには扱わない。

 やがて、すべての質問が終わった。

「……少なくとも、本人は話した内容を真実として認識しています。虚偽の発言は確認できませんでした」

 女性が告げた。

 塚内は資料を閉じた。

 これで、チセが意図的に嘘をついている可能性は大きく下がった。

 しかし、問題がすべて解決したわけではない。

 彼女の出身国は確認できない。

 身分証もない。

 本人が申告する年齢と、外見上の年齢も一致していない。

 さらに、個性とは異なる仕組みの能力を持ち、古代装置による身体の再構成まで疑われている。

「……根津校長にも相談する必要がありそうだな」

 塚内が呟いた。

「根津校長?」

「雄英高校の校長だ。特殊な事情を抱えた君の受け入れについて、相談できる人物のひとりだ」

「学校……ね」

 チセは少し考えた。

 この世界の教育制度も、まだ詳しくは知らない。

 しかし、身分のない状態で生活するより、所属先を確保するほうが合理的だ。

 知識を得る場所としても、興味はある。

「その学校で、私の魔法や身体について調べられる?」

「それは、向こうとの相談次第だ」

「なら、話を聞いてみる価値はありそうね」

 チセは立ち上がった。

「ただし、ひとつだけ条件があるわ」

「条件?」

「私の魔法を、個性と同じものとして扱わないこと。仕組みが違う以上、検証方法も分ける必要がある。そこを混同されると、正しい結果が得られない」

「わかった。伝えておこう」

「お願い」

 チセは、残っていたキャンディをひと粒、口に放り込んだ。

「……それと、甘いものを補給できる環境も必要ね」

「そちらが本題なのか?」

「両方よ」

 彼女は真顔で答えた。

 塚内は、思わず苦笑した。

 異世界から来た魔導士。

 23歳を超える経験を持ちながら、身体は雄英高校生相当まで若返った少女。

 戦場を読み、仲間を導く知識は残っている。

 しかし、その身体は、かつての自分と同じようには動かない。

 魔法を支えるマナも、この世界にはほとんど存在しない。

 それでも、チセは立ち止まらなかった。

 自分に何が残っていて、何が失われたのか。

 それを理解するところから、やり直せばいい。

 今の身体に合った動き方を覚え直す。

 今の世界に合った魔法の使い方を探す。

 そして、必要な知識を集める。

 彼女にとって、それは敗北ではなかった。

 ただ、戦場が変わっただけだ。

「さて……」

 チセは、会議室の扉へ向かった。

「次は、この世界の学校について教えてもらおうかしら」

 塚内は彼女の背中を見送った。

 この少女が、今後どのような存在になるのか。

 まだ誰にもわからない。

 ただひとつ確かなのは、彼女が自分の置かれた状況を受け入れたうえで、次の手を考え始めていることだった。

 妖精の参謀は、未知の世界でも立ち止まらない。

 ただし、今度の戦場では、頭の中にある最善手を実行できる身体を、もう一度作り直す必要がある

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。