僕のヒーローアカデミア:妖精の参謀 作:並行世界とかという概念最高
1.事情聴取――身元不明の魔導士
警察署の一室。
チセ・トオノは、机の向かいに座る男を観察していた。
塚内直正。警察官。
服装、姿勢、視線の動き、質問の順序。どれも職務に慣れた人間のものだ。相手を威圧するより、情報を集め、矛盾を確認することを優先している。
少なくとも、話の通じない相手ではなさそうだった。
「では、改めて確認する。君の名前はチセ・トオノ。フィオーレ王国出身で、魔導士ギルド『FAIRY TAIL』に所属している」
「そう」
「昨日のヘドロヴィラン事件の現場に、突然現れた。君の説明では、古代の空間移転装置を解析していた際、別の装置と共鳴して転移した……ということだね?」
「正確には、そう考えている、という段階ね。転移先の装置を確認できていない以上、断定はできないわ」
塚内のペンが止まった。
「自分の仮説と、確認できた事実を分けているのか」
「当然でしょ。仮説を事実として扱ったら、調査を間違えるもの」
チセは椅子の背にもたれた。
この程度の事情聴取なら、慣れたものだった。
未知の遺跡を調査するときも、ギルドの依頼で事件を解決するときも、必要なのは情報の整理だ。わかっていること、わからないこと、可能性が高いこと。それらを混同すれば、判断を誤る。
まして、今は自分の命がかかっている。
「ひとつ聞きたいんだけど」
「何だ?」
「私の話を、どこまで信じているの?」
塚内はすぐには答えなかった。
「現時点では、君が通常の身元確認では説明できない人物であることは確かだ。ただ、異世界から来たという話については、確認が必要だ」
「正直でいいわね」
「警察官だからな」
「なら、こちらも正直に話すわ。私には、この世界に来た理由も、帰る方法もわからない。わかっているのは、転移装置が異常を起こしたことと、こちらの世界ではマナがほとんど感じられないこと。それから……」
チセは、ふと自分の手を見た。
「どうも、身体の調子がおかしい」
「身体の調子?」
「ええ。昨日から、少し違和感があるの」
昨日、路地裏に落下した直後は、転移による衝撃のせいだと思っていた。
だが、一晩休んでも、妙な感覚は残っていた。
身体が軽い。
それ自体は悪いことではない。しかし、軽さの質が違う。
長年の鍛錬で身につけた身体の重心。筋肉の使い方。踏み込みの強さ。そうした感覚が、頭の中に残っているのに、実際の身体が微妙に一致しない。
まるで、使い慣れた武器を、見た目だけ同じ別の武器に取り替えられたような感覚だった。
「……まあ、今はいいわ。それより、確認したいことがあるの」
「何かな?」
「この世界について、できるだけ詳しく教えてほしい。法律、通貨、交通、通信。それから、個性と呼ばれる能力について」
「かなり多いな」
「帰る方法が見つかるまで、ここで生活する可能性もあるんでしょ。なら、最低限の知識は必要よ」
塚内は彼女の顔を見た。
見た目は、どう見ても十代の少女だ。
しかし、言葉の選び方や物事の整理の仕方には、年齢にそぐわない落ち着きがある。
それに、昨日の現場で見せた戦術判断。
あれは単なる頭の回転の速さでは説明しきれない。実戦経験に裏打ちされた判断だった。
「……君は、いくつなんだ?」
唐突な質問だった。
チセは瞬きをした。
「年齢?」
「そうだ。身元を確認するうえでも必要になる」
「そうね……」
彼女は少し考えた。
「転移前の年齢なら、23歳は超えているわ」
塚内のペンが止まった。
「……23歳以上?」
「ええ」
「失礼だが、見た目とはかなり差があるように思える」
「私も、そこが気になっているのよ」
チセは自分の手をもう一度見た。
「転移する前は、こんな感覚じゃなかった」
塚内は、すぐには返答しなかった。
異世界からの転移。
身元を証明する書類はない。
そして、本人の申告する年齢と外見が一致しない。
普通の事情聴取では済まないことが、またひとつ増えた。
◇
2.魔法と個性――異なる世界の法則
塚内が用意した資料は、予想以上に多かった。
日本の地図。社会制度の概要。個性に関する基礎知識。ヒーロー制度の説明書。
さらに、タブレット端末まで用意されている。
チセは資料をひと通り眺めると、端末を手に取った。
「これが通信機器?」
「タブレット端末だ。インターネットを使えば、さまざまな情報を調べられる」
「インターネット……。遠距離通信と情報保管を兼ねた仕組み、という理解でいいのかしら」
「大まかには、そうだな」
チセは画面を操作した。
表示された検索結果を読み、関連する情報を開き、必要な項目をメモしていく。
その速度が、妙に速かった。
「……へえ。これは便利ね」
「気に入ったか?」
「情報を探す手段としては優秀。情報の信頼性を確認する必要はあるけど、使わない理由がないわ」
彼女は日本の地理、通貨、交通網、行政機関を順番に調べていった。
単に知識を詰め込んでいるわけではない。
ひとつの制度を知れば、その目的を考える。目的がわかれば、どのような場面で必要になるかを整理する。そして、自分が使うときの手順まで組み立てる。
「緊急通報は110番が警察、119番が消防と救急……。公共交通機関は路線と時刻を確認して使う。支払いは現金と電子決済がある」
「そのとおりだ」
「身分証がないと困る手続きも多い。こちらの身分を証明する方法も、早めに考える必要があるわね」
「それについては、こちらでも対応を検討している」
「よろしく」
チセは画面を切り替えた。
「次は、個性について教えて」
塚内は資料を開いた。
「この世界では、人口の大半が何らかの個性を持っている。身体の一部が変形したり、炎を出したり、物を浮かせたりと、能力の種類はさまざまだ」
「生まれつきの身体的な能力、ということね」
「基本的にはそうだ。遺伝的な要素も強い」
「なら、魔法とは根本的に違うわね」
チセは、資料の余白に書き込んだ。
個性=生体機能。魔法=外部エネルギーと術式を用いる技術。
「魔法は、大気中のマナと知識、術式を使って成立する。正しい知識と訓練があれば、基本的には誰でも学べる。でも、個性は身体に備わった機能なんでしょう?」
「概ね、その理解でいい」
「じゃあ、こちらの世界で魔法を使おうとした場合、マナ不足が問題になるわけね」
「君の話では、そうなる」
「実際に昨日、問題になったわ」
チセは指先を机に置いた。
ヘドロヴィランを拘束しようとしたとき、術式の維持に必要なエネルギーが足りなかった。
あの程度の補助術式なら、以前はもっと安定して扱えたはずだ。
それなのに、今は出力が落ちている。
原因は、マナ不足だけなのか。
それとも、ほかにも何かあるのか。
「……検証が必要ね」
「何をだ?」
「魔法の出力。身体能力。それから、転移前と今の自分の違い」
チセは資料を閉じた。
「原因をひとつに決めつけるのは危険だわ」
塚内は、彼女の様子を見つめた。
自分の能力に絶対の自信を持っている人間なら、出力の低下を環境のせいにして終わらせることもあるだろう。
だが、チセは違った。
自分の仮説すら疑い、実際に確認しようとしている。
その姿勢は、研究者のものでもあり、戦術家のものでもあった。
◇
3.身体の違和感――頭は覚えている
午後。
警察署の訓練用スペースを借り、チセは身体の状態を確認することになった。
もちろん、危険な魔法の使用は許可されていない。
塚内が用意したのは、簡単な運動能力の確認だった。
「まずは、無理のない範囲で動いてみてくれ」
「わかったわ」
チセは床に立った。
足幅を調整し、重心を下げる。
身体の動かし方は覚えている。
どの筋肉を使い、どこに力を入れれば、最も効率よく動けるのか。何度も繰り返してきた動作だ。
まずは、軽い踏み込み。
――遅い。
チセは目を細めた。
頭の中では、以前と同じタイミングで動いたつもりだった。
だが、実際の身体はわずかに遅れている。
もう一度。
今度は、上半身の動きに合わせて重心を移す。
――浅い。
踏み込みの距離が足りない。
以前なら、もっと深く踏み込めた。身体を支える筋力も、動作を支える持久力も、今より高かったはずだ。
チセは、ゆっくりと立ち直った。
「……なるほど」
「何かわかったのか?」
「まだ仮説だけど、身体そのものが以前と違う」
彼女は手を握り、開いた。
「頭では、以前と同じ動きを再現できる。でも、実際の身体がその動きについてこない。筋力も持久力も、感覚的に落ちているわね」
「転移の影響か?」
「それだけとは限らない。昨日の装置の異常が原因なのか、マナ不足が関係しているのか、それとも別の要因なのか。今は判断できない」
チセは、もう一度だけ踏み込んだ。
今度は、以前の動きを再現しようとするのをやめた。
重心を少し高く保ち、歩幅を狭める。力を入れるタイミングを変え、今の身体に合う動作を探る。
先ほどより、動きが安定した。
「……やっぱり」
チセは小さく息を吐いた。
必要なのは、以前の身体を無理に再現することではない。
今の身体で、何ができるのかを把握することだ。
「以前と同じように動こうとするのは、いったんやめるわ。今の身体に合わせて、動きを組み直す必要がある」
塚内は腕を組んだ。
「それは、すぐにできるものなのか?」
「基礎的な調整ならできる。でも、失われた筋力や持久力まで、知識だけで補えるわけじゃない」
チセは自分の手を見つめた。
頭の中には、長年の鍛錬で身につけた技術が残っている。
敵の攻撃をどう受け流すか。
どの角度から踏み込めば、最小の動作で最大の効果を得られるか。
どの瞬間に力を抜き、どの瞬間に力を集中させるか。
それらは失われていない。
しかし、それを実行するための身体は、以前と同じではなかった。
熟練した技術を持つ人間が、使い慣れた道具を失ったようなものだ。
「……面倒なことになったわね」
「無理はしないほうがいい」
「わかってる。無理をしても、身体が壊れるだけだもの」
チセはあっさりと答えた。
自分の限界を無視して突っ込むことに、価値はない。
それは彼女が仲間たちに何度も言い聞かせてきたことでもある。
勝利だけでは足りない。
生きて帰ることまで含めて、戦術だ。
ならば、自分自身にも同じ原則を適用するだけだった。
◇
4.古代装置の痕跡――若返りの可能性
検証を終えたチセは、転移直前の記憶をもう一度整理していた。
古代装置。
共鳴した別の座標。
転移の瞬間に割り込んできた、未知の術式。
そして、今の身体。
「……ひとつ、気になることがあるの」
チセは塚内に向き直った。
「転移前の私は、少なくとも23歳を超えていた。長年の鍛錬も積んでいたし、身体の使い方にも慣れていた。でも、今の身体は明らかに若い」
「見た目だけではなく、身体能力も変わっているということか」
「そう。単に疲労しているだけなら、休息である程度は回復するはず。でも、今感じている違和感は、それとは違う」
チセは、転移の瞬間を思い返した。
あのとき、装置の術式は崩壊していたわけではない。
未知の座標情報が割り込み、何か別の処理が行われたように見えた。
「可能性のひとつとして、古代装置が転移者の身体を再構成したのかもしれない」
「身体を再構成?」
「ええ。転移先の世界に適合させるためか、装置そのものの仕様なのかはわからない。でも、もしそうなら……」
チセは自分の腕を見下ろした。
「身体が若い状態に戻されたことも、説明できる」
塚内は慎重に言葉を選んだ。
「つまり、君は若返った可能性があると?」
「可能性の話よ。まだ証拠はない。でも、記憶も知識も残っているのに、身体だけが若い状態に変わっているなら、辻褄は合う」
彼女は少し考えた。
「ただし、若返りと身体能力の低下が、完全に同じ原因なのかはわからない。そこも切り分ける必要があるわね」
「……君は、自分の身体についても研究対象として扱うんだな」
「他にどうしろっていうの?」
チセは首を傾げた。
「原因がわからないなら調べる。問題があるなら対策を考える。それだけでしょ」
塚内は苦笑した。
自分の身体が変わってしまったかもしれないというのに、彼女は取り乱していない。
もちろん、不安がないわけではないだろう。
それでも、感情に流されるより先に、状況を分析しようとしている。
「……わかった。君の仮説として記録しておこう」
「お願い。それと、装置の調査についても進展があったら教えて」
「可能な範囲で協力する」
「助かるわ」
チセは、机の上に置かれた資料をまとめた。
この世界の制度は、まだ面倒なことばかりだ。
魔法は思うように使えない。
身体は以前のように動かない。
帰還手段も見つかっていない。
だが、状況を整理すれば、次に何をすべきかは見えてくる。
まずは、この世界の法則を理解する。
次に、自分の身体と魔法の制約を把握する。
そして、帰還の手がかりを探す。
順番を間違えなければ、進めるはずだ。
◇
5.真偽判定――証明された異世界人
その日の夕方。
チセは、別室で真偽判定の個性を持つ協力者と対面していた。
「あなたの証言が事実かどうか、私の個性で確認します。ただし、質問の意味が曖昧だと正確に判定できないこともあります」
「わかったわ。質問は具体的にお願い」
検証は、名前と出身地から始まった。
所属ギルド。
魔法の仕組み。
転移の経緯。
そして、転移前の年齢と、身体に起きた変化。
チセは、自分が知っていることを正確に答えた。
わからない部分は、わからないと答える。
推測は推測として説明する。
自分の仮説を、確定した事実のようには扱わない。
やがて、すべての質問が終わった。
「……少なくとも、本人は話した内容を真実として認識しています。虚偽の発言は確認できませんでした」
女性が告げた。
塚内は資料を閉じた。
これで、チセが意図的に嘘をついている可能性は大きく下がった。
しかし、問題がすべて解決したわけではない。
彼女の出身国は確認できない。
身分証もない。
本人が申告する年齢と、外見上の年齢も一致していない。
さらに、個性とは異なる仕組みの能力を持ち、古代装置による身体の再構成まで疑われている。
「……根津校長にも相談する必要がありそうだな」
塚内が呟いた。
「根津校長?」
「雄英高校の校長だ。特殊な事情を抱えた君の受け入れについて、相談できる人物のひとりだ」
「学校……ね」
チセは少し考えた。
この世界の教育制度も、まだ詳しくは知らない。
しかし、身分のない状態で生活するより、所属先を確保するほうが合理的だ。
知識を得る場所としても、興味はある。
「その学校で、私の魔法や身体について調べられる?」
「それは、向こうとの相談次第だ」
「なら、話を聞いてみる価値はありそうね」
チセは立ち上がった。
「ただし、ひとつだけ条件があるわ」
「条件?」
「私の魔法を、個性と同じものとして扱わないこと。仕組みが違う以上、検証方法も分ける必要がある。そこを混同されると、正しい結果が得られない」
「わかった。伝えておこう」
「お願い」
チセは、残っていたキャンディをひと粒、口に放り込んだ。
「……それと、甘いものを補給できる環境も必要ね」
「そちらが本題なのか?」
「両方よ」
彼女は真顔で答えた。
塚内は、思わず苦笑した。
異世界から来た魔導士。
23歳を超える経験を持ちながら、身体は雄英高校生相当まで若返った少女。
戦場を読み、仲間を導く知識は残っている。
しかし、その身体は、かつての自分と同じようには動かない。
魔法を支えるマナも、この世界にはほとんど存在しない。
それでも、チセは立ち止まらなかった。
自分に何が残っていて、何が失われたのか。
それを理解するところから、やり直せばいい。
今の身体に合った動き方を覚え直す。
今の世界に合った魔法の使い方を探す。
そして、必要な知識を集める。
彼女にとって、それは敗北ではなかった。
ただ、戦場が変わっただけだ。
「さて……」
チセは、会議室の扉へ向かった。
「次は、この世界の学校について教えてもらおうかしら」
塚内は彼女の背中を見送った。
この少女が、今後どのような存在になるのか。
まだ誰にもわからない。
ただひとつ確かなのは、彼女が自分の置かれた状況を受け入れたうえで、次の手を考え始めていることだった。
妖精の参謀は、未知の世界でも立ち止まらない。
ただし、今度の戦場では、頭の中にある最善手を実行できる身体を、もう一度作り直す必要がある