僕のヒーローアカデミア:妖精の参謀   作:並行世界とかという概念最高

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合格通知と、21人目の生徒

 

 

 結果が届いたのは、実技試験から数日後のことだった。

 

 チセ・トオノは、警察が用意した部屋で、端末に表示された通知を見つめていた。

 

 雄英高校からの連絡。

 

 指定された時刻に、雄英高校を訪問すること。

 

 合否については、当日、直接説明する。

 

「……わざわざ呼び出すのね」

 

 通常の合格発表とは違う。

 

 警察と公安が関わっている以上、事情があるのだろう。チセはそう判断し、指定された時刻を確認した。

 

 その日の午後。

 

 雄英高校の応接室に通されたチセを待っていたのは、校長の根津と、オールマイトだった。

 

「やあ、トオノさん。来てくれてありがとう」

 

 根津は小さな身体で椅子に座り、紅茶のカップを傾けた。

 

 隣では、オールマイトが普段の堂々とした姿勢で立っている。

 

「まずは、実技試験お疲れさま!」

 

 よく通る声が響いた。

 

「……ありがとう。それで、結果は?」

 

 チセが尋ねると、オールマイトは一瞬だけ目を丸くした。

 

 根津は楽しそうに目を細める。

 

「単刀直入だね。では、結論から伝えよう」

 

 根津は手元の書類を机に置いた。

 

「君は、雄英高校ヒーロー科への入学を認められた。おめでとう」

 

「……合格?」

 

「そうだよ」

 

 チセは、ほんの数秒だけ黙った。

 

 それから、ゆっくりと息を吐く。

 

「そう。よかった」

 

 それだけだった。

 

 飛び上がって喜ぶことも、涙を流すこともない。

 

 ただ、張り詰めていたものが少し緩んだように、肩の力が抜けた。

 

「もっと喜んでもいいんだぞ!」

 

 オールマイトが言った。

 

「喜んでいるわよ。ただ、これで終わりじゃないもの」

 

 チセは椅子に座り直した。

 

「入学したら、この世界の常識を学んで、身体を鍛え直して、魔法の使い方も調整する。やることは山積みでしょう?」

 

「ははっ! 確かに、そのとおりだ!」

 

 オールマイトは豪快に笑った。

 

 根津は、チセの反応を静かに観察していた。

 

「君の実技試験は、教員たちの間でも話題になったよ。ロボットを破壊した数だけでは測れない判断力が見られた。ほかの受験生を誘導し、危険な位置にいる人を助け、状況に応じて自分の能力を使い分けていたね」

 

「でも、私が倒したロボットの数は多くなかったはずよ」

 

「それは把握しているよ。だが、君の能力を評価するうえで、破壊数だけを見るのは適切ではないと判断した」

 

 根津は資料を一枚めくった。

 

「君は、自分が直接攻撃することより、全体の状況を改善することを優先していた。これは、ヒーロー活動においても重要な資質だ」

 

「……なるほど」

 

「もちろん、課題もある。身体能力の不安定さ、魔法を使った際の負担、こちらの社会制度に関する知識。入学後も、継続して確認する必要があるだろう」

 

「そこは自覚しているわ」

 

 チセは即答した。

 

「今の身体は、以前の身体とは違う。頭で分かっていても、動きが追いつかないことがある。魔法も、以前と同じようには使えない。そこを無視して無理をするつもりはないわ」

 

「その認識があるのは心強いね」

 

 根津は頷いた。

 

「それから、もうひとつ。君の入学については、通常の受験生とは異なる扱いになる」

 

 チセの視線が、書類へ向いた。

 

「特例入学?」

 

「そうだ。君は、こちらの世界の通常の個性を持つ受験生ではない。魔法という、既存の制度では分類できない能力を持っている。君の事情を踏まえ、教育上の必要性と受け入れ体制を検討した結果、特別枠での入学を認めることになった」

 

「つまり、私のために席をひとつ増やす?」

 

「その理解で構わないよ」

 

 根津は、はっきりと答えた。

 

「1年A組は、君を加えて21人編成とする」

 

 チセは、少しだけ眉を上げた。

 

「既存の生徒を外す案もあったんじゃない?」

 

「検討はしたよ。しかし、君の入学は、ほかの生徒が入学できなかったことにする理由にはならない。彼らには彼らの試験結果があり、君には君の事情がある。教育機関として、そこを安易に置き換えるべきではないと判断した」

 

「……合理的ね」

 

「ありがとう」

 

「褒めているのよ」

 

「分かっているとも」

 

 根津の目が、楽しげに細まった。

 

 オールマイトが一歩前に出る。

 

「トオノ少女。君がヒーローに憧れているわけではないことも聞いている。それでも、雄英で学ぶことを選んでくれた。その決断に、我々も応えたいと思っている」

 

「私が学びたいのは、この世界で生きるために必要なことと、自分の力を適切に使う方法よ。ヒーローになるかどうかは、その先で考える」

 

「それでいい!」

 

 オールマイトは力強く頷いた。

 

「まずは、目の前の課題に取り組めばいいのだ!」

 

「……声が大きいわね」

 

「なにっ!?」

 

 根津が小さく笑った。

 

 オールマイトは咳払いをひとつして、声の調子を落とした。

 

「と、とにかく! 入学手続きと、生活環境について説明しよう!」

 

     *

 

 合格が決まったからといって、翌日からすぐに学校生活が始まるわけではなかった。

 

 チセには、まず生活基盤を整える必要があった。

 

 身分に関する手続き。住居の確保。生活費の管理。通学経路の確認。

 

 異世界から来た彼女にとって、どれも当たり前にできることではない。

 

 警察と関係機関の支援を受けながら、チセは雄英高校へ通える範囲に住居を用意してもらうことになった。

 

 大きな部屋ではない。

 

 ひとりで生活するには十分な広さの、簡素な部屋だった。

 

 玄関を開けると、短い廊下の先に居室がある。小さなキッチン、浴室、トイレ。窓際には机を置けるだけのスペースもあった。

 

 チセは部屋の中央に立ち、ゆっくりと見回した。

 

「……ここが、私の家になるのね」

 

 フィオーレ王国で暮らしていた頃のことが、ふと頭をよぎった。

 

 ギルドの騒がしい声。

 

 ナツが椅子を蹴倒す音。

 

 グレイがいつの間にか服を脱いでいることに気づいて、誰かが怒鳴る声。

 

 ルーシィのため息。

 

 エルザの厳しい説教。

 

 ミラジェーンの穏やかな笑顔。

 

 思い出すと、胸の奥がわずかに痛んだ。

 

 もう、あの声は聞こえない。

 

 ここには、誰もいない。

 

「……感傷に浸るのは、荷物を片づけてからね」

 

 チセは小さく息を吐いた。

 

 支給された生活用品を確認し、必要なものを配置していく。

 

 寝具。衣類。洗面用具。調理器具。

 

 机の上には端末と、学習用の資料。

 

 そして、一番手に取りやすい場所には、甘いものを入れておくための箱を置いた。

 

 魔法を使ったときの補給用だ。

 

 生活費についても、簡単な表を作った。

 

 食費。光熱費。通信費。交通費。日用品。

 

 こちらの通貨にはまだ慣れていないが、数字を扱うこと自体に抵抗はない。

 

 必要なものと、そうでないものを分ける。

 

 使える金額を把握する。

 

 無駄な出費を避ける。

 

 戦術を組み立てるときと、考え方は大きく変わらなかった。

 

「よし。最低限は整ったわね」

 

 日が暮れる頃には、部屋はようやく生活できる状態になった。

 

 チセは窓の外を見た。

 

 知らない街。

 

 知らない社会。

 

 知らない世界。

 

 その中で、これから自分の生活を作っていく。

 

 不安がないわけではない。

 

 だが、何もできないわけでもない。

 

「まずは、明日から」

 

 彼女は机の上の学校案内を開いた。

 

 雄英高校。

 

 明日からは、ここが自分の学ぶ場所になる。

 

     *

 

 初登校の日。

 

 チセは、予定より少し早く家を出た。

 

 通学経路は前日に確認してある。それでも、実際に移動してみなければ分からないことはある。

 

 駅の構造。人の流れ。乗り換えの位置。改札の仕組み。

 

 ひとつずつ確認しながら、彼女は雄英高校へ向かった。

 

 校門をくぐったところで、足を止める。

 

 大きな校舎。

 

 整備された敷地。

 

 生徒たちの声。

 

 ここが、これから自分の通う学校だ。

 

「……さて」

 

 チセは制服の襟元を整えた。

 

 制服は、特例入学の手続きと並行して用意されたものだった。まだ着慣れないが、サイズに問題はない。

 

 彼女は案内に従い、1年A組の教室へ向かった。

 

 廊下を歩いていると、前方から眼鏡をかけた少年が、背筋を伸ばして歩いてくるのが見えた。

 

 少年はチセに気づくと、すぐに足を止めた。

 

「失礼。君は、新しく入学したというトオノさんだろうか?」

 

「そうだけど」

 

「私は飯田天哉。1年A組の生徒だ。よろしく頼む!」

 

 飯田は、腰を折るような勢いで頭を下げた。

 

「こちらこそ、よろしく」

 

 チセは普通に会釈した。

 

 飯田は姿勢を正すと、真剣な顔で続けた。

 

「君の事情について、詳しいことは聞いていない。ただ、特例で入学する生徒がいるとは聞いている。クラスの一員として、何か困ったことがあれば遠慮なく相談してほしい!」

 

「ありがとう。助かるわ」

 

「うむ! 学校生活には、慣れるまで分からないことも多いだろう。校内の規則や授業についても、必要であれば説明する!」

 

「そのときはお願いするわ」

 

 飯田は満足そうに頷いた。

 

 その隣から、緑色の髪の少年が顔を出した。

 

「あ、あの! トオノさん、ですよね? 僕、緑谷出久です!」

 

「緑谷くんね。よろしく」

 

「よろしくお願いします! えっと、その……」

 

 緑谷は何かを言いかけ、少し迷ったように口を閉じた。

 

 チセは彼の様子を観察した。

 

 人と話すことに慣れていないわけではない。ただ、質問したいことが多すぎて、どこから話せばいいのか迷っているようだった。

 

「聞きたいことがあるなら、順番に聞けばいいわ」

 

「えっ、あ、はい! その、トオノさんの能力は……」

 

「魔法よ」

 

「魔法?」

 

「個性とは違うもの。詳しい話は、先生たちから聞いている範囲で説明できるけど、今ここで全部話すのは難しいわね」

 

「そ、そうですよね! ごめんなさい、いきなり……!」

 

「謝らなくていいわ。興味があるのは悪いことじゃないもの。ただ、分からないことを勝手に決めつけないでくれればいいわ」

 

 緑谷は、真剣な顔で頷いた。

 

「はい。ちゃんと聞きます!」

 

 そのやり取りを聞いていた別の少年が、興味深そうに近づいてきた。

 

「へえ、魔法か。なんか、すごいな!」

 

 切島鋭児郎だった。

 

「俺、切島鋭児郎! よろしくな!」

 

「チセ・トオノよ。よろしく」

 

「困ったことがあったら、何でも言ってくれよ!」

 

「ありがとう」

 

 さらに、芦戸三奈が顔を出す。

 

「ねえねえ、トオノさんって、どこから来たの? 海外?」

 

「……少し説明が難しい場所ね」

 

「えー、気になる!」

 

「そのうち、話せる範囲でね」

 

 チセはそう答えた。

 

 異世界から来たことは、学校側には共有されている。だが、クラス全員にどこまで話すかは、まだ決めていなかった。

 

 何もかも最初から明かす必要はない。

 

 相手を知り、自分がどこまで話せるかを見極める。

 

 それは、フィオーレ王国でも変わらなかった。

 

「トオノさん、こちらが教室です!」

 

 飯田が、目の前の扉を示した。

 

 チセは頷き、扉に手をかけた。

 

     *

 

 1年A組の教室は、朝のざわめきに包まれていた。

 

 生徒たちは、それぞれの席で話をしている。

 

 扉が開くと、何人かが一斉にこちらを向いた。

 

「おっ、新しい人?」

 

 上鳴電気が声を上げた。

 

「え、女子? 転校生って聞いてたけど!」

 

 葉隠透の声も聞こえる。

 

「ちょっと、みんな。本人が困るでしょ」

 

 八百万百が、周囲をたしなめた。

 

 チセは教室に入ると、全員を一度見渡した。

 

 人数。

 

 座席。

 

 出入口。

 

 窓の位置。

 

 視線の向き。

 

 人間関係は、まだ分からない。

 

 だが、教室の雰囲気は思ったよりも騒がしい。

 

 フィオーレのギルドを思い出し、チセは心の中で小さく息を吐いた。

 

 ……静かな場所ではなさそうね。

 

「ええと、俺、上鳴電気! よろしく!」

 

「耳郎響香。よろしく」

 

「八百万百です。何かお困りのことがあれば、お声がけください」

 

「蛙吹梅雨よ。梅雨ちゃんって呼んでくれていいわ」

 

 次々と自己紹介が続く。

 

 チセは、それぞれに短く返事をした。

 

 その中で、爆豪勝己だけは、腕を組んだままこちらを見ていた。

 

「……チッ」

 

 露骨に機嫌が悪そうだ。

 

 チセは気にしなかった。

 

 初対面の相手が不機嫌だからといって、こちらまで態度を変える理由はない。

 

 緑谷が、爆豪の様子を気にしていることには気づいた。

 

 ただ、今は何も言わない。

 

 必要があれば、そのとき考えればいい。

 

「トオノさんの席は、こちらです」

 

 飯田が教室の中央付近を示した。

 

 チセは案内された席へ向かい、鞄を置いた。

 

「ありがとう」

 

「いえ! 当然のことだ!」

 

 飯田は、また背筋を伸ばした。

 

 チセは椅子に座り、教室を見渡した。

 

 新しい環境。

 

 新しい仲間。

 

 そして、まだ知らないことだらけの世界。

 

 少しずつ覚えていけばいい。

 

 そう考えた、そのときだった。

 

 廊下の向こうから、微かな足音が近づいてきた。

 

 ほかの生徒たちは、まだ話を続けている。

 

 誰も気づいていない。

 

 だが、チセは顔を上げた。

 

 足音の間隔。

 

 歩幅。

 

 床を踏む重さ。

 

 無駄のない歩き方。

 

 そして、教室の前で一瞬だけ止まる気配。

 

 チセの視線が、扉へ向いた。

 

「……来るわね」

 

「え?」

 

 隣の緑谷が振り返った。

 

 次の瞬間、教室の扉が開いた。

 

 そこに立っていたのは、寝癖のついた黒髪と、疲れ切ったような目をした男だった。

 

 首には捕縛布。

 

 無精ひげ。

 

 眠そうな顔。

 

 だが、その視線は教室全体を一瞬で捉えていた。

 

「席につけ」

 

 低い声が響いた。

 

 教室のざわめきが止まる。

 

「……担任の相澤消太だ」

 

 相澤は教卓へ向かいながら、教室を見渡した。

 

 そして、新しく加わった生徒に目を止める。

 

 チセは、すでに彼を見ていた。

 

 足音が聞こえた時点で、教室に入ってくる人物が誰なのか、ある程度予測していたのだ。

 

 相澤は、その視線に気づいた。

 

「……お前が、トオノか」

 

「ええ。チセ・トオノよ」

 

「そうか」

 

 短い返事。

 

 相澤は教卓の上に教材を置いた。

 

「話は聞いている。魔法を使うそうだな」

 

「そうよ。個性とは違うけれど」

 

「その説明は、後で聞く」

 

 相澤は淡々と言った。

 

「まずは、全員。着替えてグラウンドに出ろ」

 

「えっ、いきなりですか!?」

 

 上鳴が声を上げた。

 

「入学初日から、何をするんですか!?」

 

「個性把握テストだ」

 

 相澤は、面倒そうに答えた。

 

 教室が一気にざわつく。

 

 チセは、静かに立ち上がった。

 

「……なるほど。最初から実技なのね」

 

 相澤の視線が、彼女に向いた。

 

「何か問題があるか?」

 

「いいえ。むしろ、都合がいいわ」

 

「都合がいい?」

 

「今の身体で、何ができて何ができないのか。実際に試す必要があるもの」

 

 相澤は、しばらくチセを見つめた。

 

 彼女の言葉には、虚勢がない。

 

 自分の能力を誇示するわけでも、試験を嫌がるわけでもない。

 

 ただ、必要なこととして受け止めている。

 

「……そうか」

 

 相澤はそれ以上何も言わず、教室の生徒たちへ向き直った。

 

「時間がない。さっさと着替えろ」

 

 生徒たちが慌ただしく動き始める。

 

 チセは鞄を持ち上げ、立ち上がった。

 

 新しい学校生活は、どうやら静かには始まらないらしい。

 

 だが、望むところだった。

 

 自分の身体の状態を知ること。

 

 能力の限界を把握すること。

 

 そして、この世界で生きていくための基盤を作ること。

 

 そのすべてが、ここから始まる。

 

 チセは教室を出る前に、一度だけ相澤を振り返った。

 

 彼は、すでに次の行動を考えているようだった。

 

 その視線と動きから、チセはひとつのことを確信した。

 

 ――この教師は、口先だけで生徒を判断する人間ではない。

 

 ならば、自分も実際の行動で示すだけだ。

 

 チセは前を向き、ほかの生徒たちの後に続いた。

 

 雄英高校での最初の授業。

 

 個性把握テストが、始まろうとしていた。

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