僕のヒーローアカデミア:妖精の参謀 作:並行世界とかという概念最高
雄英高校のグラウンドは、朝から妙な緊張感に包まれていた。
体操服に着替えた1年A組の生徒たちが、相澤消太の前に並んでいる。
その中で、チセ・トオノは周囲の様子を観察していた。
広いグラウンド。整備された設備。測定用の器具。
そして、目の前にいる担任教師。
「これから個性把握テストを行う」
相澤は、淡々と告げた。
「入学式もオリエンテーションもない。時間の無駄だからな」
「ええっ!? 入学式もないんですか!?」
緑谷出久が驚きの声を上げた。
「雄英は自由な校風が売りだ。学校のやり方に従えないなら、今のうちに帰ってもらっても構わない」
相澤は、表情ひとつ変えなかった。
チセは、その言葉を聞いて小さく首を傾げた。
自由な校風。
なるほど。規則に従うことを強制するより、結果を出せる人間を育てる方針なのだろうか。
ただし、今の説明だけでは判断できない。
「最初は50メートル走だ。個性を使って記録を測る。次は握力、立ち幅跳び、反復横跳び、ボール投げ……順番に行う」
相澤が説明を続ける。
チセは、頭の中で種目を整理した。
走力。筋力。跳躍力。敏捷性。投擲能力。
いずれも、身体能力を測定するための基礎的な項目だ。
問題は、個性の使用が許されていることだった。
「……確認していい?」
チセが手を挙げた。
「何だ」
「この試験は、身体能力を測るもの? それとも、個性を含めた総合的な能力を測るもの?」
「両方だ」
「個性の使用によって記録が大きく変わる場合、評価はどうするの?」
「個性を使った結果が、お前の能力だ。使えるものを使わずに測る意味はない」
相澤は、チセを見た。
「ただし、個性を使った記録と、身体そのものの能力は別に見ている。個々の能力を把握するためのテストだからな」
「なるほど」
チセは頷いた。
理屈は分かる。
だが、彼女の中には、別の疑問が残っていた。
個性を使うことが前提なら、能力を持たない人間との比較はどうなるのか。
そして、能力の種類によっては、そもそも測定方法が適切ではない可能性もある。
魔法なら、なおさらだ。
「トオノ。お前の魔法については、事前に資料を受け取っている。個性と同じように扱えないことも把握している」
相澤は、彼女の考えを見透かしたように言った。
「今日は、お前自身の能力を確認する。無理に魔法を使う必要はない。身体に負担が出るなら、すぐに申告しろ」
「分かったわ」
「それから、記録が悪くても、今の時点で除籍を決めるわけじゃない」
相澤は生徒たちを見渡した。
「ただし、ここはヒーロー科だ。自分の能力を把握できない人間に、現場で命を預けることはできない」
その言葉に、教室の空気が引き締まった。
チセも、静かに頷いた。
自分の能力を把握する。
それは、魔導士にとっても基本だった。
ただし。
彼女がこれまで生きてきた世界では、能力の評価基準が少し違っていた。
*
最初の種目は、50メートル走だった。
生徒たちが順番にスタートラインへ立ち、個性を使って走る。
爆豪勝己は爆発を利用して加速し、飯田天哉はエンジンのような脚部の能力で一気に走り抜けた。
常人の身体能力を大きく超える記録が、次々と表示される。
「……すごいわね」
チセは、思わず呟いた。
速い。
単純な走力だけではない。個性によって、身体の構造や運動能力そのものが強化されている者もいる。
フィオーレ王国にも、身体能力に優れた魔導士はいた。
魔法によって肉体を強化する者も、特殊な体質を持つ者もいる。
だが、ここにいる生徒たちの多くは、個性を日常的に扱うことを前提として成長してきたのだろう。
能力の使い方が、身体の動きと一体化している。
それは、彼女の知っている魔導士とは少し違っていた。
「次、トオノ」
「ええ」
チセはスタートラインに立った。
まずは、魔法を使わずに走る。
身体の状態を確認するためだ。
以前の自分なら、もっと速く走れたはずだった。
踏み込みの強さも、足の運びも、身体の制御も違う。
今の身体では、頭の中にある動きを完全には再現できない。
「位置について」
スターターの合図。
チセは走り出した。
最初の数歩は悪くない。
しかし、加速するにつれて、以前の感覚とのずれが大きくなった。
歩幅を広げようとすると、重心が崩れる。
脚を速く動かそうとすると、身体の軸がぶれる。
チセは、途中で走り方を修正した。
結果は、上位の生徒たちには遠く及ばない。
だが、完全に失敗したわけでもなかった。
「……こんなものか」
チセは、記録を見て小さく息を吐いた。
相澤が記録を確認する。
「走り方に癖があるな」
「以前の身体の感覚が残っているのよ。今の身体では、同じ動きができない」
「それを自覚しているなら、修正は可能だ」
「そうだといいけど」
チセは肩を回した。
身体能力の測定は、予想していたよりも厄介だった。
魔法を使えば、ある程度は補えるかもしれない。
しかし、ここで魔法を多用すれば、後の種目に影響が出る。
それに、今の自分の身体能力を把握するという目的からも外れてしまう。
まずは、身体そのものの限界を確認する。
魔法は必要なときに使えばいい。
*
握力測定。
チセの記録は、平均的な女子生徒と大きく変わらない程度だった。
もちろん、爆豪や切島のような生徒とは比較にならない。
次の立ち幅跳びも、目立つ結果にはならなかった。
チセは、記録を確認しながら考えていた。
この世界では、個性によって身体能力の差が極端に大きくなる。
単純な筋力や走力だけでは、ヒーローとしての能力を測れない。
逆に言えば、身体能力が高くなくても、個性を活かすことで大きな成果を出せる。
それ自体は合理的だ。
ただ、フィオーレ王国の基準で考えると、違和感があった。
魔導士は、魔法を使えることだけで一流とは呼ばれない。
魔法の出力。
魔力の制御。
状況判断。
戦術。
仲間との連携。
そして、戦いが終わった後に、どれだけ無事でいられるか。
そうした要素が複雑に絡み合って、初めて実力が決まる。
だから、単純な身体測定の順位だけで、誰が優れた魔導士かを判断することはできなかった。
もっとも、今の自分は魔導士としての戦闘能力を完全に発揮できる状態ではない。
身体は若返り、魔力は乏しい。
以前の経験をそのまま使えるわけではなかった。
「……次はボール投げか」
チセは、手元のボールを見た。
これは少し、考える必要がありそうだった。
*
ボール投げの順番が回ってきた。
生徒たちは、それぞれの個性を使ってボールを投げる。
爆豪は爆発の勢いを利用し、緑谷は身体の一部に力を集中させて投げた。
記録は、通常の人間の能力を大きく超えていた。
チセは、その様子を見ていた。
魔法を使うなら、方法はいくつかある。
空中羽ペンで術式を構築し、ボールに力を与える。
投擲の瞬間に魔法を重ね、軌道を補正する。
あるいは、ボールの周囲に作用する力そのものを変える。
ただし、今の環境では、魔力を大量に消費する方法は避けたい。
それに、魔法を使えば、記録そのものは伸びても、自分の身体能力を正確に測れなくなる。
チセは、手の中でボールを回した。
「トオノ。準備はいいか」
「ええ」
彼女は投球位置に立った。
まずは、普通に投げる。
身体の動きを確認し、どの程度の力を出せるかを知るためだ。
チセは足を開き、重心を落とした。
肩、肘、手首。
身体の連動を意識する。
そして、ボールを投げた。
結果は、平凡だった。
チセは記録を確認し、頷いた。
「……やっぱり、身体能力は落ちているわね」
「それで終わりか?」
相澤が尋ねた。
「いいえ」
チセは、もう一度ボールを受け取った。
「今度は、魔法を使うわ。ただし、出力は最小限にする」
相澤は頷いた。
「負担が出たら、すぐに止めろ」
「分かっている」
チセは空中羽ペンを取り出した。
ボールの表面に、小さな光の印を描く。
複雑な術式ではない。
投げる方向と、力の伝わり方を補助するための簡単な構造だ。
魔力を流す。
ほんのわずかに、ボールの周囲の空気が揺れた。
チセは、投げた。
ボールは、先ほどよりも遠くへ飛んだ。
記録が表示される。
周囲の生徒たちが、少しだけざわめいた。
「えっ、魔法ってあんなこともできるの!?」
上鳴が声を上げた。
「個性とは違うんだよね……?」
緑谷は、すでに何かを考え始めている。
チセは、記録を見ていた。
思ったほどではない。
魔法の補助を使っても、以前の自分が出せた結果には届かなかった。
魔力が足りない。
身体の制御も、以前のようにはいかない。
術式を構成すること自体はできても、それを効率よく実行するための条件が揃っていないのだ。
「……なるほどね」
チセは空中羽ペンをしまった。
「魔法を使えば何でも解決するわけじゃない、ということか」
「今のは、出力を抑えたのか?」
相澤が尋ねた。
「ええ。魔力の少ない環境で無理をすると、後で動けなくなる可能性があるもの」
「自分の能力の制約は理解しているようだな」
「理解しているつもりよ。問題は、実際にどこまでできるかを、まだ測りきれていないことね」
相澤は、記録を見てからチセに視線を戻した。
「なら、今後の訓練で確認していけばいい」
「そうね」
*
すべての種目が終わる頃には、チセの頭には鈍い疲労が広がっていた。
魔法の使用量は抑えた。
それでも、身体を動かし続けたことで、疲労は蓄積している。
チセは水を飲み、深く息を吐いた。
「……脳みそが干からびるほどではないけど、少し危ないわね」
彼女は、持ってきた小さな菓子を口に入れた。
甘さが広がる。
少しずつ、頭の重さが和らいでいく。
その様子を、相澤が見ていた。
「魔法を使うと、糖分の消費が大きいのか」
「正確には、脳と身体のエネルギー消費が大きくなる。魔力が少ない環境では、その負担がさらに増えるみたい」
「医療担当にも情報を共有しておけ。無理をして倒れられても困る」
「分かったわ」
チセは頷いた。
それから、グラウンドに並ぶ生徒たちを見た。
爆豪は、相変わらず不機嫌そうに立っている。
飯田は姿勢を正し、緑谷は自分の記録を見ながら何かを考えていた。
ほかの生徒たちも、それぞれの結果を受け止めている。
チセは、少しだけ考えた。
自分は、魔導士の中でも前線で戦い続けるタイプではない。
もちろん、必要なら戦う。
しかし、得意なのは戦場全体を見て、状況を整理し、仲間が動きやすい形を作ることだった。
戦闘員の中では、どちらかといえば非戦闘員寄り。
少なくとも、力と速度だけで上位に食い込むようなタイプではない。
それなのに、この世界では、個性の使い方ひとつで記録が大きく変わる。
そして、自分の魔法もまた、こちらの基準では単純に測れない。
「……本当に、違う世界なのね」
チセは小さく呟いた。
*
全員の測定が終わると、相澤は記録を確認した。
生徒たちは、彼の言葉を待っている。
「今回の結果は、個々の能力を把握するためのものだ。記録が良かったからといって、すべての面で優れているわけではない。逆に、記録が悪かったからといって、ヒーローとしての可能性がないわけでもない」
相澤は淡々と続けた。
「ただし、自分の能力を把握することは重要だ。何ができて、何ができないのか。どこに強みがあり、どこに弱点があるのか。それを知らなければ、現場で適切な判断はできない」
チセは、その言葉を聞いて頷いた。
それは、彼女がフィオーレ王国で学んできたことと、よく似ていた。
だが、相澤はそこで話を終えなかった。
「トオノ」
「何?」
「お前の結果については、個性を持つ生徒と同じ基準だけで判断するつもりはない。ただし、それは特別扱いをするという意味ではない。魔法の制約も、身体能力も、すべて含めて評価する」
チセは、相澤を見返した。
「……分かったわ」
「今後、魔法を使う訓練も行う。必要な情報は、こちらから確認する」
「そのときは、私からも条件を説明する。魔法の仕組みを知らないまま、使えと言われても困るもの」
「当然だ」
相澤は、短く答えた。
「お互いに、分からないことは確認する。それだけだ」
チセは、少しだけ口元を緩めた。
「話が早くて助かるわ」
「余計なやり取りを減らしたいだけだ」
「それも合理的ね」
相澤は、返事をしなかった。
その日の個性把握テストは、こうして終わった。
チセにとっては、自分の身体と能力を測るための時間だった。
同時に、ヒーローの世界が、彼女の知っている魔導士の世界とは異なる基準で動いていることを知る機会でもあった。
この世界では、個性を使うことが当たり前だ。
だが、魔法は違う。
魔力が乏しい環境で、以前と同じ力を発揮することはできない。
身体も、記憶に残る以前の動きには追いつかない。
それでも、チセには知識がある。
戦術を考える力がある。
そして、自分の弱点を理解し、そこから戦い方を組み直す意思がある。
それが、この世界でどこまで通用するのか。
まだ、答えは出ていない。
チセは空を見上げた。
「……さて。次は何を覚えればいいのかしら」
新しい世界での学びは、まだ始まったばかりだった。