セレスちゃんねる ~TSして四百年、異世界の英雄が地球へ生配信を始めました~ 作:セレスちゃんねる
「……英雄殿。おぬし、本気で言っておるのか?」
巨大な竜は、目の前でにこにこと笑っている白銀の美女を見つめながら、重々しい声で問いかけた。
「もちろんですよ! 皆さんも空からの景色をご覧になりたいそうなので、少しだけお願いできませんか?」
「我はおぬしの乗り物ではないのだが……」
「あら、そんなつもりはありませんよ? でも、以前も乗せていただいたことがありますし、今日も少しだけならいいかなと思いまして」
「……まったく、おぬしという娘は」
何とも言えない表情を浮かべた竜は、しばらくセレスを見つめていたが、やがて諦めたように深々とため息をついた。
「……よかろう。ただし、少しだけだぞ」
「本当ですか! ありがとうございます!」
ぱっと顔を輝かせるセレスに、竜は今度こそ完全に呆れた様子だった。しかし、そんな二人のやり取りを見ていた地球側の視聴者たちは、それどころではなかった。
『きたああああ!!』
『本当に乗るの!?』
『ドラゴンライダーだ!』
『初配信でドラゴン飛行とか豪華すぎるw』
『ドラゴンさん優しい』
『完全に孫に甘いおじいちゃんで草』
セレスは嬉しそうに竜へ礼を告げると、その巨体に向かって歩き始めた。
しかし、目の前にいるドラゴンは、成人した人間など容易に丸呑みにできそうなほど巨大である。背中に乗るといっても、その肩の辺りまで登るだけで、普通の人間なら相当な苦労を強いられるだろう。
視聴者たちも、セレスがどのようにして乗り込むのか興味津々だった。
『どうやって乗るんだ?』
『梯子とか必要そう』
『魔法で飛ぶのかな』
『ジャンプで乗ったら笑う』
そんなコメントが流れる中、セレスは竜の傍らで足を止めた。
すると、彼女を見下ろしていた竜の金色の瞳がわずかに輝き、何もない空中に淡い光が生まれた。光は次々と形を成し、やがて彼女の足元から竜の背中へと続く、透明な階段のようなものが姿を現した。
「あら、ありがとうございます。では、お邪魔しますね」
「うむ。足元には気をつけるのだぞ」
セレスは慣れた様子で光の階段を上がると、竜の首の付け根に近い、広々とした背中へ足を踏み入れた。その足取りに迷いはなく、装飾剣を下げたまま優雅に歩く姿は、まるで日常的にドラゴンへ騎乗しているかのようだった。
『魔法の階段!』
『エフェクト綺麗!』
『ドラゴンの背中広すぎるw』
『このサイズなら家が建ちそう』
『セレスちゃん乗り慣れてる感じする』
そんな感想を眺めていたセレスは、ふと思い出したように顔を上げた。
「あ、そうでした! 皆さんからもドラゴンさんにお礼を言っていただけると嬉しいです。今日は突然お願いしてしまいましたから」
『ドラゴンさんありがとう!』
『空中散歩楽しみにしてます!』
『乗せてくれて感謝!』
『ドラゴンさんマジでいい人』
「ふふっ、皆さんもありがとうございます! ほら、たくさんお礼を言ってくださっていますよ」
「……その者たちの姿は、我には見えぬのだがな」
「そうでしたね。ちゃんとお伝えしておきますから!」
そんな会話を交わすうちに、映像の視点がセレスの正面からゆっくりと移動し、ドラゴンの背中越しに広がる山々を映し出した。
「それでは皆さん、準備はいいですか?」
『おっけー!』
『いつでも!』
『頼むぞドラゴンさん!』
「ふふっ。では、出発しましょう!」
「うむ。しっかり掴まっておれ」
その言葉を合図に、巨大な翼がゆっくりと持ち上がった。
次の瞬間、竜は大きく翼を羽ばたかせる。
高原の草花が激しく揺れ、周囲の砂塵が一斉に舞い上がった。巨体が地面を離れると、眼下の研究施設はみるみるうちに小さくなり、周囲を取り囲んでいた山々が、まるで足元へ沈んでいくかのように遠ざかっていく。
『うおおおおお!!』
『飛んだあああ!!』
『迫力すっげえ!』
『なんだこれ!』
『これVRで体験したい!』
遥か下方に見える草原。その向こうに広がる山脈と、視界いっぱいに続く青空。
これまで地上から眺めていたエルセリアの大自然が、まったく異なる表情を見せ始めていた。
そして、竜が再び力強く翼を羽ばたかせた瞬間――景色が、一気に流れ去った。
◇ ◇ ◇
『はっや!?』
『ちょっと待てwww』
『景色が流れるの速すぎる!』
『え、今何が起きた?』
『ジェットコースターかな?』
画面の向こうで、視聴者たちが一斉に悲鳴を上げた。
先ほどまで眼下に広がっていた山々は、瞬く間に後方へと遠ざかり、景色が次々と入れ替わっていく。遠くに見えていた山頂がみるみる近づいたかと思えば、次の瞬間にはもう背後へ消え、眼下を流れる川や森も、その形を確かめる間もなく視界の外へ流れ去ってしまう。
しかも、ドラゴン自身は少しも苦労している様子がない。悠然と翼を広げ、時折ゆっくり羽ばたいているだけなのに、その巨体は信じられないような速度で大空を進んでいた。
『速すぎて何も分からんw』
『背景が一瞬で変わったぞ』
『これ何キロ出てるんだ?』
『セレスちゃん平気なの!?』
『酔いそうw』
そんなコメントが次々と流れる中、セレスは相変わらず楽しそうな様子だった。
「皆さん、見えますか? あちらに大きな湖があるんですよ! とっても綺麗でしょう?」
『どこ!?』
『湖どこだよw』
『もう通り過ぎた!』
『ちょっと戻ってw』
「あら?」
不思議そうに首を傾げたセレスは、流れてくるコメントを確認すると、ようやく何かに気づいたらしい。
「あっ、もしかして少し速すぎましたか?」
『少しどころじゃないw』
『めっちゃ速い!』
『観光どころじゃねえw』
『もう少しゆっくりお願いします!』
「まあ、そうでしたか。ごめんなさい! 私には普通に見えていたので、気づきませんでした」
そう言って申し訳なさそうに微笑むと、セレスは足元へ視線を向けた。
「あの、すみません。もう少しゆっくり飛んでいただいてもいいですか?」
「む? これでも十分に速度を抑えておるつもりだが」
「はい、私もそう思っていたんですけど、皆さんには少し速すぎるみたいなんです。せっかくですから、景色をゆっくり楽しんでいただきたくて」
「……ふむ。人の子らの目には、これでも速すぎるというわけか」
「そうみたいですね。お願いできますか?」
「よかろう」
竜がそう答えた直後、画面の流れ方が変わった。
勢いよく後方へと流れ去っていた山々の動きが目に見えてゆっくりになり、やがて眼下の森や川の形を一つひとつ見分けられるほどになったのである。
『おお、見やすくなった!』
『ドラゴンさんありがとう!』
『ちゃんと速度変えてくれるの優しい』
『このくらいがちょうどいい』
『……ん?』
『待って、今コメントに反応して速度変えたよな?』
そこで、一部の視聴者が違和感に気づいた。
先ほどまで、とても目で追いきれない速度で飛んでいたドラゴンが、コメント欄の要望を受けたセレスの一言で、すぐに飛行速度を変えたのである。
もちろん、リアルタイムで操作できるゲームや3D空間ならば、速度を変えること自体は不可能ではない。しかし、映像には何の不自然さもなく、セレスも竜も、まるで実際に空を飛んでいるかのような自然な会話を続けている。
『これ本当に生配信なんだよな?』
『事前に作った動画を流してるんじゃないの?』
『でもコメント見て速度変えたぞ』
『操作できる3D空間なんじゃね?』
『だとしてもクオリティおかしくない?』
『技術のことは分からんけどすごいw』
映像制作関係者らしき視聴者たちが議論を始める一方、セレスは満足そうに周囲の景色を眺めていた。
「ふふっ、これなら大丈夫そうですね! では、改めてエルセリアの空をご案内します!」
その明るい声に合わせるように、映像の視点がゆっくりと前方へ向けられた。
そこには、どこまでも続く青空と、陽光を受けて輝く大地が広がっていた。
◇ ◇ ◇
「まずは、あちらをご覧ください!」
セレスが指し示した先には、山々の間を縫うように流れる大きな川があった。
銀色に輝く水面は緩やかな曲線を描きながら谷を抜け、その先に広がる平原へと続いている。川の周囲には深い緑の森が広がり、所々に小さな湖や草原が点在していた。
空から眺めると、その景色はまるで大地に描かれた巨大な絵画のようだった。
「この辺りは、春になると色々な花が咲くんですよ。今も綺麗ですけど、もう少し早い季節だと、あちらの草原が一面お花畑になるんです」
『めっちゃ綺麗!』
『こういう景色大好き』
『ゲームのスクショにしたい』
『あの川沿いを歩いてみたい』
『オープンワールドゲームの理想形』
「ふふっ、ありがとうございます! いつか地上からもご案内したいですね」
セレスは楽しそうに景色を紹介しながら、時折コメント欄へ視線を向けていた。その姿は、まるで友人を自分のお気に入りの場所へ連れてきたかのように自然だった。目に留まった風景を紹介し、質問があれば答え、気になる場所があれば少し近づいてみる。
空を飛ぶドラゴンという非日常的な存在さえなければ、どこか穏やかな旅行番組のようでもあった。
やがて、大きな川に沿って進んでいた一行の前方に、鮮やかな青色が広がり始めた。
「あっ、皆さん! そろそろ海が見えてきますよ!」
『海!?』
『マジか!』
『もう海まで来たの?』
『さっき山にいたよねw』
視聴者たちが驚いている間にも、眼下の地形はゆっくりと変化していく。
緑の平原は次第に低くなり、曲がりくねった川の先に、広大な青い海が姿を現した。
太陽の光を受けた水面は、無数の宝石を散りばめたかのようにきらきらと輝いている。海岸線には白い砂浜が続き、その近くでは穏やかな波が幾重にも重なりながら打ち寄せていた。
さらに沖合へと視線を向けると、小さな帆船のようなものがいくつか見える。遠くの水平線は青空と溶け合い、どこまでが海で、どこからが空なのか分からなくなるほどだった。
『うわあああ!』
『綺麗すぎる……』
『これはすごい』
『海の色がめっちゃ綺麗』
『帆船いる!』
『ファンタジー世界の海って感じ』
「ふふっ、綺麗でしょう? 私もこの景色が大好きなんです!」
セレスはそう言って、海の方へ向かって大きく両手を広げた。
その白銀の髪が風を受けて優雅に揺れ、背後にはどこまでも広がる青い海が映し出されている。それは、何気なく切り取った一場面であるにもかかわらず、美しい一枚絵のような光景だった。
『セレスちゃん絵になりすぎる』
『スクショ撮った!』
『壁紙にするわ』
『ドラゴンの背中でそのポーズできるのすごいw』
そんなコメントを見つけたセレスは、少し照れたように微笑んだ。
「あら、ありがとうございます。でも、景色もちゃんと見てくださいね? 本当に素敵な場所なんですから」
『どっちも綺麗なんだよ!』
『セレスちゃんも景色の一部だからセーフ』
『それはそうw』
思わぬ返事に、セレスは口元へ手を添えてくすりと笑った。
「もう、皆さんったら。お上手なんですから」
そんな微笑ましいやり取りの後、竜は海岸線に沿って緩やかに進路を変えていった。
波打ち際には白い砂浜が続き、その奥には背の高い木々が生い茂る森が広がっている。遠くには小さな港町らしき建物の集まりも見えたが、一行はそちらへ近づくことなく、再び内陸へ向かって飛び始めた。
『あの街も見てみたい』
『街歩き配信してほしい!』
『船とか港とかも見たいな』
「そうですね! 今度は街の中をご案内するのも楽しそうです。市場やお店も色々ありますから、きっと皆さんにも喜んでいただけると思いますよ」
「……英雄殿。あまり予定を増やしすぎるでないぞ」
「あら、大丈夫ですよ。全部一度に回るつもりはありませんから」
「ならばよいが……」
『ドラゴンさん保護者みたいw』
『もう完全におじいちゃんだろ』
『セレスちゃん自由すぎるw』
どうやら視聴者たちの間では、この巨大なドラゴンがすっかり苦労人として認識され始めているらしい。
◇ ◇ ◇
海岸から内陸へと進路を変えてしばらくすると、眼下には再び広大な平原が広がり始めた。
先ほどまでの海岸沿いとは異なり、こちらはなだらかな丘陵と草原がどこまでも続いている。所々に林が点在し、遠くには小さな街道らしき道が一本、地平線へ向かって伸びていた。
「この辺りは、比較的穏やかな場所なんですよ。魔物もいますけど、街道沿いには人の行き来もありますし、旅をするには悪くない地域ですね」
『魔物いるのか』
『やっぱりファンタジー世界だな』
『比較的穏やかってことは危険な場所もある?』
「はい、もちろんです。エルセリアには色々な場所がありますから、旅をするときはきちんと準備しないといけません。特に魔物の多い地域では、油断は禁物ですよ」
そんな説明をしていたセレスだったが、不意に何かを見つけたように眼下へ視線を向けた。
「あら? ちょうどいいところに……皆さん、あちらをご覧ください」
彼女が指し示すと、映像の視点がゆっくりと地上へ向けられた。
そこには、草原の一角で何かが激しく動いている様子が映っていた。最初はよく分からなかったが、視点が少し近づくにつれ、その正体が明らかになっていく。
複数の大きな狼のような生き物が、武器を手にした人間たちと向かい合っていたのだ。
『ん? 何か戦ってる?』
『狼!?』
『でっか!』
『あれ魔物か!』
『冒険者きたああ!』
草原にいたのは、五人ほどの武装した男女だった。
前衛には剣と盾を構えた人物がおり、その少し後方では槍を持った仲間が周囲を警戒している。さらに後方には弓を構える者や、杖のようなものを手にした人物の姿も見えた。
彼らを取り囲んでいるのは、普通の狼よりも一回り以上大きな、灰色の毛並みを持つ獣たちだった。長く鋭い牙が口元から覗き、獲物を狙うように低い姿勢を取っている。
「こちらは、冒険者の方々ですね。どうやら魔物の群れと戦っているみたいです」
『マジで戦闘してる!』
『剣士に弓使いに魔法使いまでいる!』
『あの狼めっちゃ怖い』
『ファンタジーRPGそのものだ』
セレスがそう説明している間にも、地上の戦闘は続いていた。
一匹の狼型魔物が勢いよく飛びかかると、前衛の剣士が盾を構えてその突進を受け止める。続いて、横合いから槍を持った仲間が鋭い一撃を繰り出し、魔物を後退させた。
さらに後方の人物が杖を掲げると、その先端に赤い光が集まり、小さな火球となって飛び出していく。火球は狼たちの手前で弾け、群れの動きを一瞬止めた。その隙を逃さず、弓を構えた人物が矢を放ち、別の魔物へと命中させる。
『魔法きたあああ!』
『火球撃った!』
『ちゃんと連携してる!』
『戦闘シーンすごいな』
『あれNPCのAIで動いてるの?』
「ふふっ、皆さん息が合っていますね。あの様子なら大丈夫そうです」
セレスは感心したように頷くと、地上の戦闘を少しだけ見守った。
『助けに行かなくて大丈夫?』
『結構囲まれてるけど……』
『セレスちゃん助けなくていいの?』
冒険者たちの身を案じるコメントも流れたが、当のセレスは落ち着いた様子だった。
「心配しなくても大丈夫ですよ。あの方々は、きちんと連携して戦えていますから。魔物の数もそれほど多くありませんし、今のところ危なそうな様子はありません」
『それほど多くない……?』
『結構いるように見えるけどw』
『セレスちゃんの基準が分からん』
『でも確かに優勢っぽい』
『剣士さん強いな』
その言葉どおり、冒険者たちは慌てることなく魔物の群れに対処していた。
前衛が攻撃を受け止め、後衛が援護し、隙を見つけて一匹ずつ数を減らしていく。その動きには無駄が少なく、少なくとも彼らが戦い慣れていることは、素人目にも分かった。
やがて残った魔物たちは形勢不利と判断したのか、仲間を引き連れて草原の向こうへ逃げていった。
『おお、勝った!』
『冒険者パーティーの勝利!』
『いいもの見れた』
『こういう戦闘もっと見たい!』
「ふふっ、無事に終わったようですね。よかったです」
セレスはほっとしたように微笑むと、映像を再び広い草原へと戻した。
「ただ、魔物との戦いは危険なものですから、皆さんも無理はしないでくださいね。冒険者になるには、それなりの準備と訓練が必要なんですよ」
『はーい!』
『現実には冒険者いないけどなw』
『こういう世界なら冒険者やってみたい』
『でもあの狼に襲われるのは怖い』
「そうですね。格好いいところばかりではありませんから、憧れだけで飛び込むのはおすすめしませんよ?」
どこか年上のお姉さんが注意するような柔らかな口調に、視聴者たちは楽しそうに返事を送っていた。
一方で、先ほどの戦闘を見たことで、セレスちゃんねるに対する期待はさらに大きくなっていた。
美しい街並みや大自然だけではない。魔物が存在し、冒険者が武器を手に戦っている世界。これほどまでに作り込まれたファンタジー世界で、今後どのようなものを見せてもらえるのだろうか。
そんな期待を抱く者は、決して少なくなかった。
◇ ◇ ◇
平原を離れた一行は、その後も幾つかの森や丘陵を越え、再び山々が連なる地域へと入っていった。
先ほどまでの穏やかな草原とは異なり、こちらは岩肌が剥き出しになった険しい山々が続いている。山の斜面には深い森が広がり、その間を縫うように細い谷が入り組んでいた。
「あっ、皆さん。あちらにちょっと珍しいものがいますよ!」
セレスが楽しそうに声を上げた。
『珍しいもの?』
『また魔物?』
『今度は何だろ』
「ええ、魔物なんですけど……今は眠っているみたいですね」
そう言うと、映像の視点が山の中腹へ向けられた。
最初、視聴者たちには何が映っているのか分からなかった。そこには灰色の岩肌と、所々に苔の生えた巨大な岩の塊があるだけだったからだ。
ところが、セレスがその岩のようなものを指し示すと、不意に表面がゆっくりと上下した。
『……ん?』
『岩が動いた?』
『えっ』
『ちょっと待てw』
よく見ると、その岩の塊には巨大な四肢があり、表面を覆っているのも単なる岩ではなく、分厚い甲殻のようなものだった。
山肌と見間違えるほど大きな身体を丸め、頭部を前脚の近くへ伏せたまま眠っている。時折、呼吸に合わせて全身がゆっくりと上下し、そのたびに周囲の小石がころころと斜面を転がっていた。
『でっっっか!!』
『山かと思ったら魔物だったw』
『サイズ感おかしくない!?』
『これ起きたらヤバそう』
『ボスモンスターじゃん!』
「ふふっ、立派でしょう? ああして眠っていると、普通の岩と見間違えることもあるんですよ。もっとも、近づけばさすがに気づくと思いますけど」
『いや気づく前に踏まれそうw』
『あれに近づきたくない』
『セレスちゃんは平気そうなの草』
「でも、今は気持ちよさそうに眠っていますから、あまり騒がせないようにしましょうね」
「うむ。あの手の魔物は、目覚めるとしばらく機嫌が悪いものだからな」
「あら、そうなんですか? では、なおさら起こさないようにしないといけませんね」
『ドラゴンさんも知ってる魔物なのか』
『あのサイズで寝起き悪いの怖すぎる』
『起こさない方がいいのは分かるw』
結局、セレスは眠る魔物を少し離れた場所から紹介するだけに留め、それ以上近づこうとはしなかった。画面が再び空へ向けられると、視聴者たちはようやく安心したようにコメントを送り始めた。
『いやー、すごかった』
『あんな魔物が普通にいる世界なのか』
『やっぱり異世界は危険だな』
『セレスちゃんが強そうなのも納得』
そんな書き込みが続く中、一つの質問が目に留まった。
『そういえば、ドラゴンが飛んでたら地上の人たち大騒ぎにならない?』
『確かに』
『冒険者が見上げたら腰抜かしそう』
『街の上とか飛んだらパニックだろw』
その疑問は、ほかの視聴者たちも気になっていたことらしい。
これほど巨大なドラゴンが空を飛んでいるというのに、先ほどの冒険者たちは上空へ視線を向ける様子もなく、その後も地上で騒ぎが起きている気配はなかったからだ。
セレスはコメントを確認すると、納得したように頷いた。
「ああ、そのことですか。大丈夫ですよ。今は地上の方々に気づかれないように、姿や気配を薄くしていただいていますから」
『えっ、そうなの?』
『隠密飛行!?』
『そんなことできるのか』
『さすがドラゴン』
「はい。この方がそのまま人の住む場所の近くを飛んだら、皆さん驚いてしまいますからね。地域によっては、災厄の前触れだと思われてしまうかもしれませんし」
「……まったく。人の子らは、我らが少し姿を見せただけで大騒ぎするからのう」
竜はどこか不満そうな声を漏らした。
「ふふっ、仕方ありませんよ。普通の方々にとって、これほど大きなドラゴンと出会う機会なんて、滅多にないんですから」
「我とて、好き好んで人の子らを脅かしたいわけではないのだがな」
「ええ、分かっていますよ。だからこそ、こうして気を遣ってくださっているんですよね。ありがとうございます」
「……ふん」
そんな二人のやり取りに、コメント欄では再び笑いが起こっていた。
『ドラゴンさんめっちゃ常識人w』
『見た目怖いのに優しい』
『人間に配慮してくれる古竜』
『むしろセレスちゃんの方が自由人なのでは』
『それは最初からそうw』
そして、別の疑問も浮かんできた。
『あれ? じゃあなんで配信では見えるの?』
「ふふっ、皆さんにはちゃんと見えるようにしていますからね。せっかくご案内しているのに、何も映らなかったら困ってしまいますでしょう?」
『なるほど、そういう魔法設定なのか』
『そこまで作り込んでるのすごい』
『地上のNPCからは見えない仕様ってことね』
『細かいところまで考えてるなあ』
セレスはそんなコメントにもにこやかに頷き、再び前方へ視線を向けた。
「それでは、そろそろ帰りましょうか。思っていたより色々な場所をご案内できましたし、今日は本当に楽しかったです!」
『えー、もう帰るの?』
『もっと見たい!』
『楽しい時間はあっという間だ』
『また空中散歩配信してほしい』
「ふふっ、ありがとうございます。また機会があれば、ぜひご一緒しましょうね」
名残惜しそうなコメントが流れる中、竜はゆっくりと進路を変え、山脈の向こうへ向かって飛び始めた。
◇ ◇ ◇
それからしばらくして、ドラゴンの背中から見える景色は、再び穏やかな緑へと変わっていった。
険しい山々を越えた先には、広い森に囲まれた静かな谷があった。谷の中央には澄んだ水を湛えた小さな湖があり、その周囲には色とりどりの花が咲いている。
森の奥へと目を向けると、木々の間から白い石造りの建物が顔を覗かせていた。
派手な宮殿というわけではない。白い石壁と木材を組み合わせた、落ち着いた雰囲気の美しい住居だった。建物の周囲には手入れの行き届いた庭が広がり、花壇や小さな東屋のようなものも見える。
「あっ、見えてきましたね! 皆さん、あちらが今の私のお家なんですよ」
『えっ、お家!?』
『めっちゃ綺麗!』
『こういう家に住みたい』
『ファンタジー世界の隠れ家って感じ』
『庭も素敵!』
「ふふっ、ありがとうございます! 私もとっても気に入っているんです。周りは静かですし、景色も綺麗で、のんびり過ごすにはいい場所なんですよ」
セレスが嬉しそうにそう説明している間にも、竜はゆっくりと高度を下げていった。
先ほどまで上空から見下ろしていた森の木々が次第に大きくなり、やがて住居の前に広がる草地へと近づいていく。
巨体が地面へ降り立つと、周囲に柔らかな風が吹き抜け、庭先の花々が一斉に揺れた。
「ありがとうございました! おかげで皆さんに、エルセリアの色々な景色をお見せできました」
セレスは再び現れた光の階段を軽やかな足取りで下りると、竜へ向き直って改めて深々と頭を下げた。
「うむ。おぬしが満足したのなら、それでよい」
「ふふっ、もちろんです! 皆さんもとても楽しんでくださったみたいですよ」
『ドラゴンさんありがとう!』
『最高の空中散歩だった!』
『また登場してほしい』
『ドラゴンさんファンになったw』
「まあ、こんなにたくさん! よかったですね!」
「……だから、その者たちの姿は我には見えぬと言っておろうに」
「あっ、そうでしたね。では、改めてお伝えします。皆さんが『ありがとうございました!』って、たくさんお礼を言ってくださっていますよ!」
「……うむ。そうか」
巨大な竜はゆっくりと頷くと、少し照れくさそうにも見える仕草で、そっぽを向いた。
『ドラゴンさん照れてる?』
『かわいいw』
『もう完全に好きになった』
『ドラゴンさんのグッズ欲しい』
そんなコメントに、セレスも楽しそうに笑っていた。
やがて、ひとしきり感謝の言葉を交わしたあと、竜はゆっくりと翼を広げた。
「では、我はそろそろ戻るとしよう。英雄殿、くれぐれも無茶はせぬようにな」
「はい! 今日は本当にありがとうございました。また今度、お茶でもご一緒しましょうね」
「うむ。楽しみにしておるぞ」
そう言い残すと、巨大なドラゴンは再び大空へと舞い上がった。
その雄大な姿は、やがて山々の向こうへと消えていく。
『ドラゴンさんまたねー!』
『お疲れ様!』
『最後までいいキャラだった』
『お茶飲むんだドラゴンさんw』
視聴者たちが別れを惜しむ中、セレスはしばらく空を見上げていたが、やがてこちらへ向き直った。
「さて、それでは皆さん。そろそろ今日の配信は終わりにしましょうか」
『えー!』
『もう終わり!?』
『まだ見てたい!』
『楽しかった!』
そんなコメントに、セレスは申し訳なさそうに微笑んだ。
「ふふっ、ありがとうございます。でも、今日は初めての配信ですし、このくらいにしておこうかなと思います」
そう言って、彼女は改めて姿勢を正した。
「今日は本当にありがとうございました! 最初はちゃんとお話しできるか心配だったんですけど、皆さんがとても親切にしてくださったおかげで、すごく楽しい時間を過ごせました!」
『こっちこそありがとう!』
『最高の初配信だった!』
『景色も綺麗だったしドラゴンもすごかった』
『セレスちゃん好きになった!』
「まあ、そんなふうに言っていただけるなんて……ふふっ、本当に嬉しいです!」
セレスは少し照れたように微笑むと、胸元に片手を添えて小さく一礼した。
「これからもエルセリアの色々な場所や、珍しいものをご紹介していけたらと思っています。もちろん、こうして皆さんとお話しする時間も大切にしたいですね」
『次回も絶対見る!』
『チャンネル登録した!』
『次は街歩き配信希望!』
『魔法も見せてほしい!』
『次の配信はいつ?』
「あ、次回の予定ですか?」
その質問に、セレスは少し考えるように首を傾げた。
「そうですねぇ……まだちょっと未定なんです。色々と準備したいこともありますから、決まったらまたお知らせしますね!」
『了解!』
『楽しみに待ってる!』
『無理せず頑張ってね』
『いつでも待ってるぞ!』
「ありがとうございます! ふふっ、皆さん本当に優しいですね」
穏やかに微笑んだセレスは、最後にもう一度、画面へ向かって手を振った。
「それでは今日はこのあたりで! 次回は何をご紹介できるか、私も楽しみにしています!」
白銀の髪が柔らかく揺れ、青い瞳が嬉しそうに細められる。
「エルセリアの大地から、セレスティアがお届けしました! またお会いしましょう!」
『セレスちゃんまたねー!』
『お疲れ様でした!』
『次回も楽しみ!』
『めっちゃ楽しかった!』
『最高の初配信だった!』
セレスは流れ続けるコメントに目を細め、嬉しそうに微笑んだ。
初めての配信を終える彼女へ向けて、コメント欄にはなおも感謝と別れの言葉が流れ続けている。次回の予定は未定のままで、結局、あの驚異的な映像の正体についても何一つ明らかにはならなかった。
それでも、視聴者たちの多くは満足していた。
女神のような美貌だけでなく、気さくで親しみやすい人柄まで備えたセレスティアという女性が、どれほど魅力的な人物なのか。そして、彼女が紹介するエルセリアという世界が、どれほど美しく、驚きに満ちた場所なのか。
今日の配信は、それを知るには十分すぎるほどの内容だったのだから。
やがて、画面の中央でセレスがもう一度小さく手を振ると、その姿がゆっくりと暗闇へ溶け込んでいった。
そして、最後まで彼女を見送っていた視聴者たちの画面に、一つのメッセージが表示された。
【初配信】エルセリアの大地から、こんにちは!
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