セレスちゃんねる ~TSして四百年、異世界の英雄が地球へ生配信を始めました~ 作:セレスちゃんねる
――終わった。
「……ふぅ。初めてにしては、上手くいった方でしょうか」
小さく息を吐くと、目の前に浮かんでいた半透明の光が、ゆっくりと消えていった。ほんの少し前まで、そこには地球の人々から送られてくるたくさんの言葉が映し出されていたのだ。最後まで途切れることなく流れ続けていた別れの挨拶を思い出しながら、私は自然と頬を緩める。
「ふふっ、皆さん、本当に楽しそうでしたね」
何度も試行錯誤を重ね、ようやく完成させた世界間通信魔法。最初に成功したのは、一方的に映像を送り届けることだけだった。
それでも十分に大きな進歩だったけれど、やはり相手の反応が分からないというのは少し寂しい。どうせなら向こうの人々とも直接お話ししてみたいと思い、研究を続けた結果、今回ようやく双方向の通信に成功したのである。
もちろん、配信を始めるまでは少し不安もあった。術式そのものは何度も検証していたけれど、異なる世界との接続となれば何が起こるか分からない。今回は映像と音声を送りながら、相手の言葉まで受け取るという、これまで以上に複雑なことを試していたのだから。
けれど、そんな心配は杞憂に終わったらしい。
初めて声を届けたとき、返ってきたのはたくさんの歓迎の言葉だった。私の名前を呼んでくれる人がいて、綺麗な景色に喜んでくれる人がいて、何気ないお話にも楽しそうに付き合ってくれる。
しかも、最後にはまた会いたいとまで言っていただけたのだから、これ以上に嬉しいことはない。
「……嬉しかったなぁ」
誰に聞かせるでもなく呟いた言葉は、庭を吹き抜ける風に紛れて消えていった。
辺りを見回せば、いつもと変わらない我が家の庭が広がっている。色とりどりの花が咲き、小さな噴水からは澄んだ水音が聞こえてくる。遠くの森から響く鳥のさえずりも、頬を撫でる風の匂いも、何百年と親しんできたエルセリアのものだった。
今日もここは変わらず穏やかで、つい先ほどまで大勢の人々と交流していたことが、何だか夢のようにさえ感じられる。
ただ一つ違うのは、この見慣れた景色を、初めて別の世界の人々と共有できたことだろう。
「……本当に、つながったんですね」
何度確認しても、まだ少し不思議な気分になる。
この世界に来たばかりの頃には、遠い故郷とこうして言葉を交わせる日が来るなんて、想像もしていなかった。
いや、いつか帰れるかもしれないと期待していた時期はあったのだけれど、それも今となっては随分と昔の話だ。
◇ ◇ ◇
庭から家の中へ戻ると、私はいつものように居間へ向かった。
白い石壁に木製の家具を組み合わせたこの家は、一人で暮らすには十分すぎる広さがある。壁際の棚には旅先で手に入れた小物や本が並び、窓辺にはお気に入りの花瓶が置かれていた。
奥の扉を開ければ書斎があるけれど、そちらには魔術書や研究資料が所狭しと積み上げられている。
……あちらについては、そろそろ整理した方がいいかもしれない。以前、必要な資料を探すのに随分と苦労したことを思い出し、少しだけ苦笑する。
「さて、まずはお茶でも淹れましょうか」
慣れた手つきで茶葉を用意し、温めたポットへお湯を注ぐ。ふわりと広がった香りを楽しみながら、私は窓際の椅子へ腰を下ろした。
今日は本当に色々なことがあった。初めてのLIVE配信に、たくさんの視聴者との交流。それから、まさかの古い友人の来訪である。
あの方には少し申し訳ないことをしてしまった。突然発生した大きな魔力反応を感じ取って様子を見に来てくださったというのに、事情を説明したあげく、最後には空中散歩にまで付き合っていただいたのだから。
「ふふっ。でも、皆さんも喜んでくださっていましたし、結果的にはよかったですよね?」
もちろん、ドラゴンさんご本人が目の前にいれば、そんな問題ではないと叱られてしまいそうだけれど。今度お会いするときには何かお礼を用意しておこうと考えながら、お茶を一口飲む。
そこでふと、今日の配信中に教えていただいた言葉を思い出した。
「それにしても……VTuber、でしたっけ?」
聞き慣れない言葉を口にして、首を傾げる。
どうやら地球では、自分とは異なる姿を映像に映し、その姿で動画を投稿したり配信したりする人々がいるらしい。専用の技術を使って、絵や立体的な人形のようなものを動かしているのだとか。
それだけでも驚きなのに、かなり一般的な文化として広まっているようだった。
「地球も随分と変わったんですねぇ……」
私が知っている頃には、そんなものはなかったはずなのだけれど。いや、似たような技術はあったのかもしれない。ただ、少なくとも当時の私は知らなかったし、あれほど多くの人が当たり前のように受け入れる文化ではなかったと思う。
何しろ、私が地球で暮らしていたのは、こちらの時間ではもう四百年以上も前のことだ。もっとも、エルセリアと地球では時間の流れが違うため、向こうでは十五年ほどしか経っていないようだけれど。それでも、新しい文化が生まれて広まるには、十分な年月なのだろう。
私はもう一度お茶を飲むと、窓の外へ目を向けた。
かつて私は、日本という国で暮らしていた。
どこにでもいる、ごく普通の男子高校生だった。学校へ通い、友人たちと他愛もない話をして、休日にはゲームや漫画を楽しむ。将来のことなんてまだ漠然としか考えていなかったし、剣と魔法の世界へ行けるものなら行ってみたい、などと夢想することもあった。
それがどういうわけか、元の人生を終えたあと、エルセリアという異世界に生まれ変わっていたのである。
しかも、女性として。
「……ふふっ。今考えても、不思議な人生ですよね」
窓ガラスに映る自分の姿を眺めながら、小さく笑う。
そこに映っているのは、白銀の長い髪と澄んだ青い瞳を持つ、一人の女性だった。整った顔立ちに、女性らしい身体つき。かつて日本で男子高校生として暮らしていた頃の面影など、今の私にはどこにも残っていない。
最初の頃は、それこそ鏡を見るたびに驚いたものだった。慣れない身体に戸惑い、何気ない仕草一つにも気を遣っていたことを、今でも覚えている。
けれど、そんな時期はとっくに過ぎ去っていた。
この身体で生きてきた時間は、既に四百年以上。女性として暮らし、旅をして、たくさんの人と出会い、数え切れないほどの経験を積んできた。今ではこの姿こそが自分自身であり、かつて男性だったという事実は、遠い昔の記憶の一つに過ぎない。
とはいえ、当時の趣味や好みまで消えてしまったわけではない。
例えば、今日も話題になったドラゴン。大きな翼を広げて空を飛ぶ姿が格好いいと思うのは、昔からまったく変わっていなかった。
「ふふっ。男の子の憧れ、というやつでしょうか」
……まあ、今となっては男の子でも何でもないのだけれど。
そういえば、今日の配信では私のことを女神様と呼んでくださる方もいた。ああいう反応はこちらの世界でも何度か経験しているけれど、エルセリアでは冗談では済まなくなることもあるので、あまり気軽に受け入れられる呼び名ではない。
もっとも、今日の皆さんは単純に見た目を褒めてくださっただけなのだろうし、それなら素直に喜んでおくことにしよう。
「……それにしても、私の姿が作り物だと思われるなんて」
少し可笑しくなって、くすりと笑った。
最初は何のことか分からなかったけれど、コメントを読んでいるうちに、皆さんがどう考えているのかは大体理解できた。
どうやら私は、非常に出来のよい立体映像のような存在だと思われているらしい。エルセリアという世界も、誰かが作り上げた架空の舞台として受け取られているようだった。
「まあ、無理もありませんよね」
私だって、日本で暮らしていた頃に突然こんな映像を見せられたら、ゲームの宣伝か何かだと思っただろう。まして、見たこともない美しい女性が異世界から配信していますと言い出したところで、簡単に信じられるはずもない。
地球の映像技術が随分と進歩しているというのなら、なおさらである。
「でも……今すぐ信じてもらう必要もありませんし」
もちろん、騙すつもりはない。エルセリアが本当に存在していることも、私がここで暮らしていることも、何一つ隠しているわけではないのだから。
ただ、皆さんがそれを信じるかどうかは別の話だし、無理に証明しようとするのも違う気がする。
せっかくこうして交流できるようになったのだから、まずは気軽に楽しんでいただければ、それでいい。私自身、今日の配信をとても楽しめたのだし。
「いつか本当だと分かっていただけたら、それはそれで嬉しいですけどね」
もっとも、そのときには色々と大変なことになりそうな気もする。
……うん。今はあまり考えないことにしよう。
◇ ◇ ◇
さて、いつまでも余韻に浸っているわけにもいかない。
初めてのLIVE配信が成功したのは喜ばしいことだけれど、実際に運用してみて分かった問題もいくつかある。特に大きいのは、やはり魔力消費だ。
「……うーん。思った以上に使いましたね」
私は自分の体内を巡る魔力へ意識を向け、現在の状態を確かめてみた。
魔力そのものにはまだ十分な余裕があるし、この程度の消耗で動けなくなるようでは、これまで何百年も生き延びることなどできなかっただろう。
ただ、それと今回の術式が効率的であるかどうかは、まったく別の話だ。
世界と世界をつなぐという性質上、大量の魔力が必要になることは分かっていた。映像や音声を送るだけでも相当な負荷があるのに、今回は向こうから送られてくるコメントまで受信しているのだから、消費が増えるのも当然だろう。
しかも、問題はそれだけではない。
エルセリアの時間は、地球と比較するとおよそ三十倍の速さで進んでいる。つまり、地球で一日が過ぎる間に、こちらでは約一ヶ月が経過するわけだ。
最初の風景動画を投稿してから、地球側では一週間ほどしか経っていないけれど、エルセリアでは既に半年以上の時間が過ぎていた。
おかげで研究を進める時間は十分にあったものの、この時間差は世界間通信における大きな問題でもある。
例えば、普通に会話しようとしても、こちらで何十秒か話している間に、向こうでは一秒程度しか経っていない。これでは、まともなやり取りにならない。
だからこそ、今回のLIVE配信では、通信している間だけ双方の時間の流れを揃える仕組みを組み込んでいた。その結果、地球で一分間配信している間は、こちらでも同じように一分間が経過する。視聴者の皆さんと自然に会話できたのも、そのおかげなのだ。
「……でも、やっぱり無理がありますよねぇ」
本来は大きく異なる二つの世界の時間を、通信のために無理やり合わせているのだから、必要な魔力量が膨れ上がるのも当然だった。
現状では気軽に配信するというわけにはいかないし、今日だって人里離れた研究施設で術式を起動したからよかったものの、普通の街で同じことをすれば、周囲の魔術師たちが大騒ぎしていただろう。
実際、あのドラゴンさんにまで気づかれてしまったのだし。
「……もう少し、魔力反応も抑えないといけませんね」
それに、世界との接続を確立するには、かなり大掛かりな術式を使用しなければならない。いったんつないでしまえば、あとは私自身で維持することもできるけれど、毎回あの高原まで足を運ぶのは少々面倒だった。
できれば自宅や旅先からでも、好きなときに配信できるようにしたいところである。
私は席を立つと、奥の書斎へ向かった。
机の上には複雑な魔法陣や術式が描かれた紙が何枚も並んでいる。その中から今回使用した世界間通信魔法の設計図を取り出し、改めて全体を眺めてみた。
「まずは、接続部分の効率化からでしょうか」
今回の接続は、安定性と安全性を最優先にして設計していた。その分だけ余裕を持たせている箇所も多く、実際に運用できた今なら、改善できそうな部分がいくつか見つかる。
もちろん、無理に効率を上げようとして安全性を犠牲にするつもりはない。世界をまたぐ魔法なのだから、万が一にも周囲へ悪影響を及ぼすようなことは避けなければならないだろう。
「……ここは維持した方がいいですね。代わりに、こっちを少し変更して……」
新しい紙を広げ、思いついた案を書き留めていく。
通信経路の固定化、余剰魔力の回収、時間同期に必要な負荷の分散。いくつか候補はあるけれど、どれも簡単に実現できるものではなさそうだ。
それでも、今回の配信によって得られた情報は大きい。実際に異世界との接続を維持できることも、映像や音声が問題なく届くことも確認できたのだから、あとはこの成果を少しずつ改良していけばいい。
「ふふっ。次は、もっと気軽に配信できるようにしたいですね」
そう呟いたところで、私はふとペンを止めた。
……そういえば、今も「ふふっ」と言いましたね。
誰もいない書斎だというのに、随分と楽しそうに笑ってしまった。いや、考えてみれば、私は普段からこういう笑い方をしている気がする。
実は、この口癖には少々恥ずかしい由来があったりする。
まだ私が若かった頃、色々な冒険をしているうちに、ありがたいことに女英雄だの聖女だのと呼ばれ、人々から随分と持て囃されていた時期があった。
当時はそんな期待に応えようと、私なりに理想の女英雄らしい振る舞いを意識していたのである。
優しく、上品で、いつでも余裕を忘れない。困っている人には慈愛に満ちた微笑みを向け、どんなときでも落ち着いて振る舞う。
……まあ、要するに、当時の私が考えた『理想の女英雄様』を、少しばかり演じていたわけですね。
そして、その一環として始めたのが、この「ふふっ」という笑い方だった。
これが意外にも好評で、周囲の人々からは随分と喜ばれたものだ。聖女様の微笑みがどうとか、英雄様の慈愛がどうとか、そんなふうに褒められるものだから、ついつい調子に乗って続けてしまったのである。
……うん。
今になって思い返すと、なかなか恥ずかしい。当時は本気で格好いいと思っていたのだから、なおさらだ。
「……ああ、もう。思い出すと、ちょっと恥ずかしくなってきましたね」
私は誰もいない書斎で、思わず頬に手を当てた。
もっとも、そんな振る舞いを何十年、何百年と続けていれば、嫌でも身体に染みついてしまう。
今では誰かに見せるためでもなく、一人で魔法の研究をしているときでさえ、自然と口から出てしまうのだった。
「……まあ、皆さん喜んでくださっていましたし、別に悪いことではありませんよね。ふふっ」
そこまで言って、私は再び口を閉じた。
「…………また言いましたね、私」
どうやら、今さら直そうとしても難しそうだ。
……まあ、もうこのままでいいでしょう。
少々微妙な黒歴史ではあるけれど、今となってはこれも私らしさの一つなのだから。
私は気を取り直すと、再び目の前の設計図へと向き直った。
できることなら、旅の途中で見つけた綺麗な景色を、その場で皆さんにお見せしたい。市場で珍しい料理を見つけたときや、面白い出来事があったときにも、気軽にお話しできたら楽しそうだ。
そう考えると、研究にも自然とやる気が湧いてくる。
「……あとは、物を送れるようにもなりたいですね」
思いついたように呟いてから、私は机の上に置かれた別の研究資料へ目を向けた。
現在の世界間通信魔法では、映像と音声、それから文字情報しかやり取りできない。こちらの景色を見てもらうことはできても、実際に触れてもらうことはできないし、エルセリアの食べ物を味わっていただくこともできない。
けれど、もし物質の転送まで実現できれば、できることは一気に増えるはずだ。
こちらの珍しい品物を地球へ送り、代わりに向こうのものを分けていただく。そんな交換ができるようになったら、きっと面白い。
例えば、地球で使われている調味料。
こちらにも塩や香辛料はあるけれど、私が日本で暮らしていた頃に親しんでいた味とは、また少し違っている。以前からもう一度食べてみたいと思っていたものはいくつもあったし、それらを手に入れられるようになれば、日々の食事もさらに楽しくなるだろう。
「……お醤油とか、お味噌とか。ふふっ、考えただけで楽しみになってきました」
もっとも、物質の転送となれば、通信以上に慎重な検証が必要になる。
こちらの世界では何の問題もない素材が、地球でも安全とは限らない。反対に、地球の品物がエルセリアの環境へどのような影響を与えるのかも、十分に調べる必要があるだろう。
それに、地球には輸入や輸出に関する法律もあったはずだ。
細かな内容までは覚えていないけれど、勝手に品物を持ち込んではいけない場合があることくらいは知っている。何しろ、地球の社会制度については十五年ほど前の知識しかないのだから、今は新しい決まりができている可能性もある。
「その辺りも、いずれ調べないといけませんねぇ……」
もっとも、今の私が接続できるのは、地球の動画投稿サイトだけである。自由に情報を調べられるわけではないし、細かな制度を確認するだけでも一苦労しそうだった。
視聴者の皆さんに教えていただくという方法もあるけれど、さすがに法律のような重要なことを、コメントだけで判断するわけにはいかないだろう。
「……まあ、まだ先のお話ですね」
私は物質転送に関する資料を脇へ寄せた。
まずは通信魔法の改良を進め、そのうえで物質転送の安全な方法を考えていけばいい。焦って物事を進めても、よい結果にはならないのだから。
◇ ◇ ◇
それからしばらく、私は机に向かって術式の見直しを続けていた。
けれど、こうして作業をしていると、どうしても先ほどの配信を思い出してしまう。
皆さんは今頃、何をしているのだろう。配信が終わったあとも何かお話ししているのだろうか。それとも、もう眠ってしまった方もいるのかもしれない。
地球側の時間では、配信が終わったのは夜遅い時間のはずだ。もっとも、日本にいた頃の私なら、あの時間はまだまだ元気にゲームをしていた気もするけれど。
「……懐かしいですね」
ペンを置いて、椅子の背もたれへ軽く身体を預ける。
地球。そして、日本。
その言葉を思い浮かべると、今でも懐かしい風景が脳裏によみがえる。学校へ向かう道、見慣れた街並み、家族と囲んだ食卓。細かなところは少しずつ曖昧になってしまったけれど、確かに自分がそこで暮らしていたという実感だけは残っている。
かつては、何としても帰りたいと思っていた。もう一度あの場所へ戻り、懐かしい人々と再会したい。そんな願いを抱いて、世界を渡るための魔法を調べていた時期もあった。
けれど、四百年以上という時間は、あまりにも長い。
その間に私はエルセリアの人々と出会い、友人を作り、共に旅をして、たくさんの思い出を重ねてきた。嬉しいこともあったし、悲しいこともあった。もう会えなくなってしまった人も、決して少なくない。
それでも、私はこの世界が好きだ。
今ではエルセリアこそが、自分の帰る場所なのだと思っている。
「……だから、でしょうか」
窓の外へ目を向けながら、私は小さく呟いた。
昔のように、何が何でも地球へ帰りたいという気持ちはない。けれど、地球の人々ともう一度お話しできるようになったことは、想像していた以上に嬉しかった。
遠い故郷と、今の故郷。
どちらか一つを選ばなければならないわけではないし、こうしてつながることができるのなら、それで十分なのかもしれない。
「……さて!」
少し感傷的になってしまったことに気づき、私は軽く両手を合わせた。
せっかく初配信が成功したのだから、今はこれから何ができるようになるのかを楽しみにしたい。
地球とエルセリアでは時間の流れが違うので、こちらで一ヶ月ほど研究していても、向こうではたった一日しか経っていない。次の配信を楽しみにしてくださっている方々を、それほど長く待たせずに済むのはありがたいことだった。
「それでは、次の配信に向けて頑張りましょうか!」
私は改めて机に向き直り、広げた術式へ手を伸ばした。
何百年もの人生を過ごしてきた今でも、新しいことに挑戦するのは楽しいものだ。まだ知らないものを見つけたり、できなかったことができるようになったりする瞬間は、いつだって胸が躍る。
そして今の私には、その楽しさを分かち合える相手がいる。
世界の向こう側にいる、たくさんの人々。今日初めて出会ったばかりだけれど、またお話ししたいと思える人たちだ。
「次は、どんな景色をお見せしましょうかねぇ……」
思い浮かぶのは、旅の途中で見つけた美しい街並みや、青い海に浮かぶ島々、それから、まだ誰にも紹介していないお気に入りの場所。考え始めると次々に候補が浮かんできて、どこから案内するべきか迷ってしまう。
……ああ、そうだ。せっかくだから、今度は魔法そのものをお見せするのもいいかもしれない。皆さん、随分と興味を持ってくださっていたようだし。
「ふふっ。きっと喜んでくださいますよね!」
そんなことを考えながら、私は新しい紙へ術式を書き始めた。
まずは安全性を確保し、そのうえでできるだけ効率よく運用できるようにする。そして何よりも、皆さんに楽しんでいただけるように工夫していきたい。
「……あ、でも、次はあの方が心配して飛んでこないくらいにしないといけませんね」
先ほどの古竜の呆れたような表情を思い出し、思わず笑ってしまった。次にお会いしたときには、きっとまた色々と言われるのだろうけれど、それも少し楽しみではある。
窓の外では、穏やかな風が庭の花々を揺らしている。
その静かな書斎で、私は一人、次の配信へ向けた研究を始めた。
まだ誰も知らない、エルセリアと地球をつなぐ小さな窓。そこから見える景色は、きっとこれからもっと広がっていくのだろう。
そう考えるだけで、自然と笑みがこぼれるのだった。
ここまで連日更新してきましたが、次回以降は数日おきの更新を予定しています。
引き続き、セレスとエルセリアの物語を楽しんでいただければ幸いです!