この海では、時折赤黒い肉片が浮かび上がってくるという。
きっと人喰いサメでも居るのだろう。
そこで俺は閃いた。これをウマ娘のトレーニングに活かせるのでは、と。人喰いサメならウマ娘は食べない。
───海底には、不思議な光を放つ龍が居た。
『ここは危ない、人の子よ、早く立ち去りなさい』
奴は気味の悪い思念を飛ばし、俺の脳へと直接語りかけてくる。あまりに気持ちが悪く、つい顔をしかめてしまう。
英語音声、日本語字幕派の俺には耐え難い苦痛だった。
『お前、生身で来たのか……? 勇敢なのか無謀なのか……。敬意を表し、これをあげよう』
俺はソレ───豪華な槍を貰った。それを軽く振ると、水流が竜巻のように槍にまとわりつく。
『うまく使えよ、勇猛なる人の子よ。その槍で、多くの苦難を乗り越えるのだ───』
龍はそのまま、スーッと消えていった。不気味なこと。
───翌日、事務室にて先輩の駿川さんにその話をしてみた。
「その槍はどうしたんですか?」
「家で物干し竿にしてます」
あんなもの持ち歩いて、職質されたらかなわんからな。
♢FILE 1『プール』
「今日は午後出勤だから洗濯日和だ」
衣服をハンガーに掛け、それをルンルンで槍に載せていく。
机の上の、山積みの資料から目を逸らしつつ。
PCに触れると煙を吹くので、事務作業は基本手作業である。そのおかげか、字がメキメキと上手くなっていることに充足感を覚えていた。
最後に褌を掛ける───その時、脳の奥に、地響きのような音が鳴り響く。
『───こえ、ますか……』
聞き間違いかと思い、もう一度耳を澄ます。
『え……すか……聞こ……オェッ! くっせ! おゲェッ!』
耳すましてる人の脳内で吐くな気持ち悪い。
顔を思いっきりしかめ、俺は槍を睨みつける。
「察するに話しかけてきおったのは貴様か。何いきなり話しかけてきてるわけ?」
『ェッ……他の人には敬語なのになぜ私だけ……』
「俺は物を敬うほど人ができてはおらんでな」
俺はソファにドカリと座る。
普段は敬語であるのだが、昔はよく尊大な話し口だと言われていた。
しかし、トレーナー養成校に通っていた頃、同期のトレーナーである古賀に窘められたので矯正した。『担当が怖がるでしょ』とのこと。
『……とにかく、この下着類を退けて欲しいのです。……断腸の思いで我慢してます!』
「貴様……腸があるのか」
『揚げ足とらないで!』
「足?」
五分後。
槍を揶揄うのも飽きた。
俺は残ったブランデーを飲み干し、やかましい槍を無視して眠りについた。その間も、ギャーギャーと文句を垂れる槍に、俺は疑念を抱く。
こんな物に、何ができる? 武器は常備してるし。
「それで、どうして欲しいんだ。物干し竿以外に用途があるとはとても思えんが」
『ありますよいっぱい! ほら……棒高跳びとか!』
翌朝、俺はトレセン学園の廊下を歩く。……スーツに、槍を隠し持ちながら。なんでも、名誉挽回したいらしいのだが……。ひとまず、誰にもバレないようにしなければならない。
「伊龍さん、なぜT字のポーズを……?」
「え?」
不意に名を呼ばれ、振り返る。そこには、見知ったウマ娘がいた。ショートカットの、小柄な子だ。
彼女も短距離走者であり、デュランダルと……黒髪の子の三人組で居るのを見かける。
……名前なんだっけ。
「また忘れていると思うので一応名乗りますが、ビリーヴです。……袖からはみ出ている刃物は一体?」
「……もちろん覚えていましたぞよ、えぇ。刃物? 何を言ってるかわからぬんですね。刃物なぞ持ち歩いていたら懲戒免職もんですぜハハハハ」
名演である。
名前を覚えていたフリ。
槍を隠し持っているはずのない言い分。
完璧だ。
「…………何か事情があるんでしょうけど、絶対僕たち以外にその言い訳しないでくださいね」
「……失礼しました。実はカクカクしかじかで」
まさかこの時代にこの説明をする事になるとは思わなんだ。
「その槍、上手く使えばトレーニングに活かせるんじゃないですか?」
「それだ」
天啓。
事務室に戻ってきた俺たちは、椅子に座って考え込む。
「……そういえば、水流を自在に操れるんでしたよね? 少し安直ですが───」
「……なるほど。さすがビリーヴさんです。とても俺では思いつかない」
「ちょっとバカにしてません?」
俺は目を見開く。心から賞賛したつもりである。
「……デュランダルさんが怒ったの、そういうとこじゃないですか?」
「うっ……」
何も言い返せなかった。
とかなんとか話していると、俺たちは目的地であるトレセン学園内のプールに着いた。短距離の子達とばかり交流を作っているせいか、何気に初めてきたかも知らん。
「何あの人……スーツでプール?」
「ビリーヴさんのSPかしら」
「…………一応、この小プールは貸切の許可を頂いています。早速性能を試してみましょう」
ビリーヴは何か言いたげだったが、触れない方針で行くらしい。山の如し。
「いくぞ槍。かき回せ」
『応ッ!』
相棒感出すな。
槍をプールに突っ込むと───プールの水が、槍を支点に回り始める。
「おお」
緩やかに、徐々に勢いを増していく回転。
そして───最終的に、流れるプールくらいのスピードへと至った。
「…………しょぼい」
『はぁ……はぁ……! 海水以外を動かすのってこんなにしんどいのか……!』
「使えねぇ……!」
龍から貰った槍もこの程度か。
落胆する俺たちを見てどう思ったか、とうとう周りにいたウマ娘たちが駆け寄ってくる。
「あ、あのっ。私達も手伝います!」
「きっと一人だけじゃ秘めた巨大なパワーが出ないんですよ! よくわかんないけど!」
「君たち……!」
「……試しに塩水も混ぜてやってみますか」
『皆さん! ……ウマ娘という生物は、深海も泳げない雑魚かと思っていましたが……。その分、地上の温かみに溢れる種族だったのですね!』
「いや普通は人間も無理だよ?」
こうして、総勢十人ほどの協力者が集まり、『超・流れるプール計画』実行に移ったのだった。
「うおおおお! 逆巻けえええええええええッ!」
「───それで結局、どうなったんですか?」
駿川さんとの、冒頭と似たようなやり取り。
しかし、彼女は結末を知っている。
知っていて、『詰めて』きている。
「プールの水が……海水になりました」
脳裏に蘇る、突如プールから跳ねる魚類───クマノミの姿。
そこは一部隔離され、海の幸が飼育されることになったらしい。
ちなみにあの槍は、然るべき機関へと回収されていった。
文字通り、俺には無用の長物だからだ。
さらばだ、槍。
俺は、無限にも思える始末書との格闘を再開した。
「…………」
───次の日、自室のドアにその槍が突き刺されていた。
その槍には、まるで矢文のように紙が括り付けられている。
恐る恐る、開く。
『やかましいので返します。───然るべき機関より』
続き物だったり単発だったりです。面白かった話などあればコメントお願いします(小声)