トレセン学園、中庭。
俺が休憩中に落ち葉を圧縮して彫像を作っていると、横に何者かが腰を下ろした。
ひとまず完成まではこぎつけようと、葉脈を摘み、捻り、曲げる。ぐにり、ぐにりと続けていると、落ち葉だった物はアートへと変わり、赤、臙脂、橙、黄色のコントラストが拘りの傑作と相成った。
豊かな羽根を携えた、儚げな天使像の完成である。全長約15センチ。
地面に置くと、硬質な音を微かに立て、俺の作品は完成に至った。こう見ると、中々に存在感がある。
「皮膚の下が丸見えになってるみたいで怖いですね」
「なんてこと言うんですかあなた」
ぞんざいな言い様に、眉をひそめる。尤も、うら若き女子高生にこの芸術を理解しろというのは、些か酷ではあるのだが。ああ、クソ。言われてみたらそう見えてきたじゃないか。葉脈がちょうどそれっぽい。ちくしょう。
「ところで、こんなとこでサボりですか? 事務員に休みがあるとは知りませんでした」
「あるに決まってるでしょう……! まったく、事務員を奴隷だとでも思っているんですか……ライトオさん」
このやけに姿勢よく座る長髪のウマ娘は、短距離でも一、二を争うほどに速いと言われるカルストンライトオ。
結構な頻度で失礼なことを言ってくるのだが、正直者の彼女にそう言わせている俺自身にも問題があるような気さえしてきた。
「思ってはいません。しかし休みなく働いているイメージが強いです。まあ、聞く度に始末書を書いていると言うので自業自得なのだろうとは踏んでいますが」
「だからって直接踏みにくるこたぁないでしょう」
ため息をひとつ零し、俺は時計を確認する。まだ時間はある。
「それで、本題は何でしょうか。用があるのでしょう」
「今からそこの方と決闘する予定なので、審判をやってもらおうかと」
ビッと指差す方向には、顔が見えないほどに髪の長いウマ娘が居た。
脚がない。
「決闘……といいますと?」
「どうやら剣術を嗜んでいるっぽいんですよね。なので、真っ向から叩き潰せば成仏出来るのではないかと」
「……何を言っても無駄かとは存じますが、あまりああいう手合いと関わるのはやめた方がいいですよ」
「引き受けてくれるんですね。では参りましょう」
無駄にしても限度があるだろ。完全にスルーは話変わってくる。
しかし、ウマ娘のパワーにかなうはずもない俺は、ズルズルと裏庭へと引き摺られて行くのだった。
引き摺られる俺の正面には、三歩ほど離れて件のウマ娘が音もなく着いてきている。
その口元は、固く閉じられていた。
FILE5 『流星』
裏庭はいつになく閑散としていた。トレーニング中のウマ娘も、囀る鳥の声さえ無い、静かな空間。
「…………」
このまま、ライトオを送り出していいとは思えなかった。
後ろを歩くウマ娘。その歩法、立ち振る舞いは───明らかに、真剣を持つ者の動きだ。例え、今その手に持っていなかったとしても、霊的な力で呼び出してくるかも知れない。
「では始めますか。私は……これにします」
ライトオはいかにも真面目な顔つきで、その辺の小枝を拾い上げた。
「……なんですかそれ」
「剣です。おそらく、この場で最も真っ直ぐなものです」
目を輝かせるライトオを、俺はただ見つめることしか出来なかった。
件のウマ娘はというと、なにかぼんやりとした雰囲気でこちらを見ている。目元が見えないので、立ち姿で内心を想像するしかない。
「……ライトオさん、この方と立ち合うというのであれば……俺を倒してからにしてください」
「いえ、とても無理です」
諦めも最速である。
「確かに、強い人と戦いたいという願いを叶えるのであれば、私じゃなくてもいいですね」
「彼女がそう言っていたんですか?」
「いえわからないです」
ということは、ライトオが勝手に言っているだけか。俺はちらと、件のウマ娘に目を向ける。
───笑ってる。それはもう、嬉しそうに。
あっちも案外ノリノリらしい。しかし、この殺気……明らかに、現代で亡くなった方ではない。戦国時代とかその辺だろうか。
「あなた、強いのね。そっちの子も見るからに速そう……」
「それほどでもあります」
ライトオの返答。それが届いたかも怪しいタイミングで、その女は上段からの斬撃を振るっていた。
先程までは握っていなかった、鋭く、光を放つ刀が、空を斬る。
ライトオはそれを難なく躱し───小枝を振り抜く、が。
「───事務員さん、大変です。枝が折れてしまいました」
「……当たり前でしょう」
俺は冷めた目でライトオに苦言を呈する。
ウマ娘の腕力で振るえば、か弱い枝が折れることなど自明の理である。
一方、自身の不意打ちにも動じず、あっけらかんとするライトオを見て、長い前髪から光が覗いた。
驚愕、そして───歓喜。
「面白い。……江戸末期には、あなたほどの使い手は居なかった」
「今ほどフィジカル鍛える環境無さそうですもんね」
江戸末期というと……ちょうど侍や武士が廃れ始めていた頃か。この腕前では、互角に戦える相手が居なかったのも仕方ない話だろう。……これで『手加減』していたのなら、尚更だ。
俺はふむ、と顎に手を当て、懐からケースを取り出す。どうやら、俺はライトオを侮っていたらしい。
「少しお待ちを」
「……なんですかそれ。……栞?」
正方形の栞。俺はPCの使用を禁じられているので、必然的にこういう文房具が必須アイテムとなる。
栞を折り、畳み、繋ぎ合わせる。
二人はそれを、まじまじと見ていた。
繊維を揃え、『刃先』を指先で薄く、細く、潰す。
最後にセロハンテープで『持ち手』を作り、ソレを軽く振るった。
「───っ」
剣圧で舞い上がった落ち葉が、全て真っ二つになっているのを確認し、俺は満足気に頷く。即席『紙製脇差』の完成である。
紙も、頑張って折れば落ち葉くらいは斬れるものだ。
誰かの、息を呑む音がした。
「これなら上等でしょう。所詮紙なので、受けでは使い物になりませんのでご注意を」
「なんと美しい直角……! シェフを呼んでください」
俺だよ。
「……最近は、紙で刀を作るのね。面白い人」
「……そういえば、名を聞いていませんでしたね。私はカルストンライトオ。流派は通信教育ですが、虎眼流」
なんちゅうもんを通信教育で教えてんだ。俺は後で、そこにクレームを出すことを決意した。
大昔……それこそ江戸末期に滅亡したやばい剣術だが、ライトオはきっとそんなことは知ったことではないだろう。
「名はお竜。流派は無いわ。我流よ」
「ツッコミどころが多いですが……危険だと判断したら止めに入ります。位置についてください」
そろそろ休憩時間も終わってしまう。俺は二人が距離を取るのを、静かに見守った。
「確認です。殺すのは無し。一本、あるいは戦意喪失で勝敗を決める。よろしいですね」
「はい!」
「はい」
ライトオの返事だけ食い気味だったのが気になるが、黙認した。
───両雄、睨み合う。
俺が手を鳴らす。開始の合図だ。
ライトオが瞬時に反応し、独特の持ち手で、横薙ぎに刀を振るった。その持ち手は、まるで猫の鉤爪のようだ。
お竜は動じず、地に伏して躱す。人同士の立ち合いをよく知る者からすれば、イカれた身体能力をしている。
そのまま打ち込まれる逆袈裟斬り。ライトオも、紙一重で身体を逸らす。彼女の脇差を握る手、腕、肩から、軋むような音が鳴る。
「……ほう」
───回避と攻撃の一体化。
達人同士でも中々に出来ないことを平然とやってのける、うら若きウマ娘。これを見ると、戦国の世でウマ娘の名が上がっていないのが不思議なくらいだ。思わず、感嘆の息を漏らす。
ライトオが振るう脇差が、恐るべき『伸び』を見せた。お竜は虚をつかれたように、仰け反り、刀で受ける。軌跡に残ったお竜の前髪が、パラと散る。
柔軟さだけでないその一撃は、虎眼流の『流れ』という技術だ。
柄を深く持ち、振るう時に先端に手を滑らせ、リーチを誤認させる。『三寸切り込めば人は死ぬ』という教えは、当時の苛烈さを思い起こさせた。
ライトオの表情は険しい。
本命の一打だったのだろう。更に言えば、紙製の脇差であることが挙げられる。
その一度の衝突で、薄く切れ込みが入ってしまっていた。
一方、お竜の首筋に冷や汗が伝う。二人ともポーカーフェイスだが、見た目ほどの余裕はない。
お竜が奇妙な構えを取った。
腕を上げ、剣先を相手に向け、左手を添える。
恐らく、攻撃特化の構えだろう。上段か、袈裟か、真一文字か、突きか……。刃筋は予測出来ない。完璧なまでに脱力された一閃は、果たして───
「……そうですか」
ライトオが言う。
その背後には、巨大な虎が居た。
背筋が粟立つ。
ライトオは脇差を、鉤爪のような手で握る。
そして、刃を斜め後ろに持っていき、引いた左手で刃の先端を摘む。まるで、弓を引き絞る狩人。
───みしり、と嫌な音が響いた。およそ紙から鳴る音ではない。
「……ッ」
「虎眼流、星流れ」
切り揃えられた長髪、その上に鎮座するアホ毛───流星すらが、ざわりとうねる。奇しくも同じ名前だ。
その瞳はネコ科動物のように拡大され、対手の一挙手一頭足を捉えていた。
通信教育で学んだだけとは思えない殺気だ。引き絞られた脇差に、刃に、その『反動』が溜まっていくのが見える気がした。
五メートルは離れた俺でさえ、首筋に死の予感を覚える。その恐怖の一閃は、『こちらにまでも届く』という確信があった。
それは、対峙しているお竜にもあったようだ。
脱力が、完全では無くなっていた。
「……面白いッ!」
その揺れを隠すように、お竜は全身に力を込め、斬撃を放つ。
その予備動作は刹那にも満たない、見事なものだった。
「───遅い」
黒の流星が、細い肢体を穿った。
美しい一直線。
見えた時には、時既に遅し。
「───参ったわね。……天稟者め」
お竜は呟くと、口角を上げた。
どさりと落ちたお竜の半身が、靄のように消えていく。
「……それまで」
思わず固まっていた俺は、ようやく『試合』の終わりを告げる。
彼女は、切り込まれながらも、ライトオに一太刀加えることは可能だった。
しかし、俺が止めるまでもなく、彼女は当てる直前に刀を消し去っていたのだ。
「……いい経験になりました。こんな緊張感を、レース以外で味わえるとは思いませんでしたよ」
「……レース、ね。今は命を奪い合わなくとも、そんな風に高め合うことが出来る」
満足気に、だがどこか寂しげに、お竜は零す。
その身体は半透明になっていた。
もしや、彼女は───誰かに、『自分』を遺したかったのかもしれない。
あくまで予想でしか無いのだが。……今言うのは、野暮というものだ。
ライトオが声を上げた。
「還るのですか、お竜さん」
「ええ。……今の時代には、私は必要ないから」
「……野暮は言いません。ただ───ありがとう」
ライトオは、ぐっと脇差を握る。
剣術とは、心の鍛錬だ。かつて高校の顧問が言っていた丸パクリな名言を思い返し、俺は無言で頭を下げた。
「……フフ。こちらのセリフよ。じゃあね」
大昔の剣豪『お竜』は、風と共に消えていった。
ライトオは、少し切れ込みの入った『紙製脇差』をまじまじと見つめていた。俺が訝しく思い眺めていると、ライトオがこちらを見やる。
「すみません、これ部屋に飾りたいので鞘も作ってくれませんか?」
「……締まりませんね」
中庭に置かれた天使像が、少し微笑んだ。
ちなみにこの後、普通に遅刻したし先輩にはめっちゃ怒られた。
おまけ
本編より三ヶ月前のこと。カルストンライトオが自身のトレーナーにスマホを見せびらかしていた。
そこに映るは、いかにも胡散臭い広告───
『───虎眼流。それは漢のロマン剣術。
手首を内に折り、背面の固い部位をぶつける、何ともまどろっこしい打撃『虎拳』
担ぐように構え、振りと同時に柄の根元から先端へ滑らせ、恐るべきリーチを発揮する『流れ』
デコピンの要領で対手を一直線に切り裂く必殺『流れ星』
あと猫ちゃんみたいに瞳孔をかっぴらいて夜目が効くようになったりします☆
虎眼流、今なら通信教育実施中。@虎眼流ch』
「トレーナー! これ参加したいです!」
「ダメに決まってんだろ」
「直線直線! 私もにゃんこになりたい!」
「ダメ!」
───ライトオは強行した。
後方腕組み事務員