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もう一度、外に出たい。
そんなことを考えながら、俺はベッドの上で天井を見つめていた。
カーテンは閉じたまま。部屋の中は薄暗い。
今日が何月何日なのか、正確には思い出せない。
朝なのか、昼なのか。それすら、どうでもよくなりかけていた。
身体が重い。
起き上がろうとしても、思うように力が入らない。
食事をするのも、風呂に入るのも、以前なら当たり前だったことが、今ではひどく遠いものに感じられた。
……また、か。
心の中で、ぽつりとつぶやく。
俺は以前、適応障害になったことがある。
いろいろあった。
苦しいこともあったし、どうして自分ばかり、と思ったこともあった。
それでも、休んで、治療を受けて、少しずつ前に進んだ。
大学院を修了して、就職もした。
ようやく、ここまで来られた。
これから新しい人生が始まるのだと、そう思っていた。
けれど、現実は思い描いていたようにはいかなかった。
少しずつ、歯車が狂っていった。
不安が増えた。
眠っても疲れが取れなくなった。
身体に不調が出るようになった。
頑張らなければ。
ちゃんとしなければ。
そう思うのに、思うように動けない。
やがて、再び適応障害と診断された。
そして、症状はさらに悪化していった。
うつ病。
その言葉を聞いたとき、俺は何を思ったのだろう。
悲しかったのか。
悔しかったのか。
それとも、もう何も考えられなかったのか。
今となっては、よく分からない。
ただ、ひとつだけ覚えている。
俺は、こんなところで終わりたくなかった。
やりたいことは、まだあった。
行きたい場所もあった。
好きなゲームも、漫画も、物語も、まだまだ楽しみたかった。
いつか、胸を張って自分の人生を歩けるようになりたかった。
誰かに認めてもらうためだけではなく、自分自身が納得できる生き方をしたかった。
それなのに。
身体は動かない。
食事も十分に取れない。
日に日に、力が失われていく。
生きたいと思っているのに、身体がついてこない。
こんなことがあるのか。
こんなにも、どうにもならないことがあるのか。
……いや。
あるのだろう。
世の中には、自分の努力だけではどうにもならないことが、確かにある。
それでも。
それでも、俺は。
「……まだ、生きていたいな」
声が出たのかどうかも分からなかった。
誰かに聞いてほしかったわけでもない。
ただ、自分の中に残っていた気持ちを、確かめるようにつぶやいた。
生きていたい。
もう一度、歩きたい。
自分の好きなものを、好きだと言いたい。
いつか、笑って過ごせる日が来てほしい。
そんな願いを抱いたまま、俺の意識は少しずつ遠のいていった。
眠るように。
何もかもが、遠くなっていく。
最後まで、生きたかった。
その気持ちだけは、消えなかった。
◇
…………。
………………ん?
なんだ?
意識が戻ってきた。
俺、寝ていたのか?
いや、待て。
何かがおかしい。
身体の感覚が、さっきまでとまるで違う。
というか、身体が動かない。
手足を動かそうとしても、まともに動かせない。
声を出そうとしても、うまくいかない。
そして、なんだか周囲が騒がしい。
知らない人間の声が、いくつも聞こえる。
「お生まれになりました!」
「王妃様、よく頑張られました!」
「陛下! お世継ぎでございます!」
…………は?
王妃?
陛下?
お世継ぎ?
なんだ、その単語の組み合わせは。
いや、それよりも。
俺、さっきから妙に身体が小さくないか?
視界もぼんやりしているし、手足の感覚もおかしい。
試しに声を出そうとしてみた。
「おぎゃああああああああっ!」
…………。
………………。
…………はああああああああ!?
今の、俺の声か!?
いやいやいやいや!
待て待て待て!
俺、今、赤ん坊の泣き声を出したぞ!?
どういうことだ!?
俺は確かに、ベッドの上で……。
…………。
……ああ。
そうか。
俺、死んだのか。
衰弱して、最後には意識もなくなって。
そして今、こうして目を覚ました。
普通に考えれば、死んだ人間が再び目を覚ますなんてあり得ない。
ましてや、赤ん坊になっているなんて。
だが、現実は目の前にある。
周囲の人々は、見慣れない服を着ている。
部屋の内装も、俺の知っているものとはまるで違う。
そして、さっきから聞こえてくる言葉。
意味は分からないはずなのに、なぜか理解できる。
……いや、理解できるのか?
頭の中で、情報が整理されていくような、不思議な感覚があった。
まるで、誰かが俺の知らない知識を教えてくれているかのように。
だが、誰かの声が聞こえるわけではない。
そこにいるのは、俺自身だけだった。
俺は、もう一度周囲を見回そうとした。
もちろん、赤ん坊の身体では大したことはできなかったが。
……まあ、いい。
まずは状況を整理しよう。
俺は死んだ。
そして、赤ん坊として生まれ変わった。
ここは、少なくとも前世の日本ではない。
さらに、どうやら俺は王族らしい。
…………。
………………。
いや、待て。
王族?
俺が?
前世では、自分の生活を維持するだけでも精いっぱいだった人間が?
人生、何が起こるか分からないにもほどがあるだろ!
……いや、そもそも。
死んだ人間が異世界に転生するなんて、何がどうなっているんだ。
神様に会った覚えもない。
説明を受けた覚えもない。
特別な使命を与えられた覚えもない。
なのに、こうして生きている。
…………。
まあ。
考えても仕方がないか。
今の俺にできることは、ほとんどない。
ならば、まずは生きることだ。
せっかく、もう一度人生をやり直せる機会を得たのだから。
今度こそ、自分の足で歩いてみたい。
自分の意思で選んでみたい。
そして、できることなら。
今度は、ただ生き延びるだけではなく。
自分の周りにいる人たちと、一緒に笑って生きていきたい。
……なんて。
赤ん坊のくせに、ずいぶんと大きなことを考えてしまった。
ともあれ、俺の第二の人生は、こうして始まった。
そして、このときの俺はまだ知らなかった。
自分が生まれた国が、さまざまな問題を抱えていることも。
自分の中に、二つの特別な力が眠っていることも。
そして、その力を使って国を変えようとする未来が待っていることも。
……いや、ほんと。
今度こそ、平穏に生きたいんですけど!?
人生二周目。
しかも、異世界の王子。
前途多難な第二の人生が、今、幕を開けた。
転生しました。
精神疾患ってほんとに辛くて、それでも生きるには金が必要で、どうして俺がこんな辛い目に合わなければならないのかと、ずっと考えてました。
物語の中なら転生できると思って書き始めました。
けど…やっぱり人生って面白く苦しいなと、だから今度は負けたくないと思う。
次回 第1話 大賢者と王子様