異世界に転生した。
……らしい。
いや、らしいというか、状況を考えればそうとしか思えない。
俺は今、見知らぬ部屋の中にいる。
周囲には、見たこともない服装をした人々。部屋の内装も、前世で見慣れていたものとはまるで違う。
そして何より、俺の身体は赤ん坊だった。
どう考えても、前世の日本ではない。
そもそも、俺は一度死んだはずだ。
適応障害が再発し、うつ病にまで進行した。寝たきりになり、食事も十分に取れなくなって、少しずつ衰弱していった。
最後まで生きたいと思っていた。
それなのに、気がつけば赤ん坊として生まれ変わっていた。
……人生、何が起こるか分からないにもほどがあるだろ。
いや、待て。
今はそんな感想を抱いている場合ではない。
まずは状況を整理しよう。
俺は前世の記憶を持っている。
思考能力も、少なくとも自分では正常だと思う。
ただし、身体は赤ん坊。自分の意思で動くことすらままならない。
言葉も話せない。
周囲の人間が何を話しているのかは、なぜか意味が分かる。だが、どうして理解できるのかは分からない。
そして、ここが異世界だと仮定するなら、魔法やスキルのようなものが存在する可能性もある。
……いや、さすがに気が早いか?
でも、死んだはずの人間が赤ん坊になっている時点で、常識なんて当てにならない。
とにかく、情報が足りない。
この世界はどんな世界なのか。
ここはどこなのか。
俺は誰なのか。
そして、これからどうすればいいのか。
考えれば考えるほど、分からないことばかりだった。
そのとき。
『ご質問を受け付けました』
…………。
………………ん?
今、何か聞こえなかったか?
周囲を見回そうとする。
しかし、赤ん坊の身体では首を動かすことすら難しい。
そもそも、声は耳から聞こえたわけではなかった。
頭の中に、直接響いてきたような感覚。
まさか。
『初めまして、マスター』
……は?
『私は、マスターの保有する固有スキルのひとつ、大賢者です』
…………。
………………。
…………はああああああああ!?
いやいやいやいや!
ちょっと待て!
今、スキルって言ったか!?
しかも、大賢者!?
転◯ラか!?
頭の中に声が聞こえるだけでも十分に理解不能なのに、スキルだと!?
『はい。私はマスターの思考を補助し、情報の収集、分析、整理、記録などを行う能力を有しています』
……ええと。
つまり、頭の中に高性能なアシスタントがいる、と。
『概ね、その認識で問題ありません』
マジかよ。
前世では、分からないことがあれば検索サイトを開いて、いくつものページを読み比べていた。
それが今では、頭の中で直接質問できるらしい。
便利すぎないか?
『マスターの期待に応えられるよう、最大限の支援を行います』
おお……。
なんだか、すごいことになってきたぞ。
だが、浮かれている場合ではない。
大事なのは、こいつが何を知っているのか、そして何ができるのかだ。
「……」
声に出そうとして、諦めた。
赤ん坊の身体では、まともな言葉を話せない。
代わりに、頭の中で質問する。
――大賢者。この世界について教えてくれ。
『承知しました』
次の瞬間、膨大な情報が頭の中に流れ込んでくるような感覚があった。
国の名前。
大陸の地理。
歴史。
言語。
文化。
魔法の有無。
人間以外の種族。
そして、この世界におけるスキルの仕組み。
あまりにも多くの情報に、思わず頭がくらくらする。
……いや、待て待て待て。
情報量が多い!
もう少し段階を踏んでくれ!
『失礼しました。情報の提示量を調整します』
よし。そういう機能はあるんだな。
俺はひとまず、最低限必要な情報から教えてもらうことにした。
まず、この世界は剣と魔法が存在する、いわゆるファンタジー世界らしい。
人間以外にも複数の種族が暮らしており、国同士の交流や交易も行われている。
そして、俺が今いるのは、その中のひとつの王国。
名前は、まだ覚えきれなかったので後回しにする。
重要なのは、俺自身の立場だった。
――俺は、何者なんだ?
『マスターは、この王国の王族です。国王陛下と王妃殿下の第一子。王位継承権を持つ王子に該当します』
…………。
………………。
王子?
俺が?
いや、ちょっと待て。
前世では、普通に生きるだけでも苦労していた人間だぞ。
それがいきなり王子様?
人生の振れ幅、どうなってるんだ。
しかも第一子ということは、将来的には王位を継ぐ可能性が高い。
王位。
王様。
国のトップ。
…………。
いやいやいやいや。
無理だろ!
俺、前世では自分の生活を立て直すだけでも大変だったんだぞ!?
それが今度は国を治めろと!?
難易度設定、間違えてませんかね!?
『現時点で、マスターが国王に就任することは確定していません』
いや、そういう問題じゃないんだよ!
……いや、待て。
落ち着け、俺。
まだ赤ん坊だ。
今すぐ王様になるわけじゃない。
まずは、この世界について知ること。
自分の立場を理解すること。
それから、これからのことを考えればいい。
前世だって、最初から何もかもうまくできたわけじゃなかった。
失敗もしたし、悩みもした。
それでも、一歩ずつ進んできた。
ならば、今回も同じだ。
焦る必要はない。
幸い、今の俺には大賢者がいる。
分からないことは質問できる。
情報を整理して、考えるための手助けをしてもらえる。
それだけでも、十分に心強い。
……よし。
まずは、ひとつずつ確認していこう。
――大賢者。俺には、ほかにもスキルがあるのか?
『はい。マスターは、現在確認できる範囲で、私を含めて二つの固有スキルを保有しています』
二つ。
大賢者以外にも、もうひとつあるらしい。
――もうひとつのスキルは何だ?
『固有スキル、仕入れる者です』
……仕入れる者?
なんだ、その商人みたいな名前は。
『詳細について説明しますか?』
もちろんだ。
――頼む。
『仕入れる者は、地球に存在する物品を購入し、マスターのいる世界へ転送する能力です』
…………。
………………。
地球に存在する物品を?
購入して?
こっちの世界に転送する?
…………え?
それって、つまり。
前世の世界で売られているものを、この世界に持ち込めるってことか?
『その認識で問題ありません。ただし、物品そのものが持つ性質や動作原理は変化しません』
……なるほど。
例えば、前世の世界で売られている工具や農具を購入すれば、この世界でも使える可能性がある。
医療器具や書籍だって、手に入るかもしれない。
だが、電気が必要な機械なら、電気がなければ動かない。
燃料が必要なら、燃料を用意しなければならない。
持ち込むだけで、何もかもが解決するわけではないということだ。
それでも。
これは、ものすごい能力なのではないだろうか。
前世の知識と、地球の物品。
そして、それらを理解するための大賢者。
使い方次第では、この世界でできることが大きく広がるはずだ。
……ただし。
ひとつ、重大な問題がある。
――大賢者。仕入れる者を使うには、何が必要なんだ?
『物品を購入するための対価が必要です』
…………。
ですよねー。
そりゃ、そうだ。
無料で何でも手に入るなんて、そんな都合のいい話があるわけがない。
……いや、待て。
今の俺は赤ん坊だ。
財布どころか、自分の手で物をつかむことすら難しい。
そもそも、自分のお金なんて一円も持っていない。
つまり。
すごい能力を持って生まれたのに、使うためのお金がない。
…………。
………………。
宝の持ち腐れじゃねえか!!
『現状では、そのように評価できます』
そこはもう少し、言い方を考えてくれませんかね!?
……まあ、いい。
幸い、俺は王子だ。
王族なら、生活に必要なお金くらいはあるだろう。
……あるよな?
頼むぞ、王族。
前世では、お金の心配だってしたんだからな。
今度くらい、少しは恵まれた環境で生きさせてくれ。
そんなことを考えていると、部屋の扉が開いた。
「殿下。お目覚めですか?」
侍女らしき女性が、こちらをのぞき込んでいる。
俺は返事をしようとした。
しかし、口から出たのは。
「ばぶぅ」
…………。
……そうだった。
俺、赤ん坊だったわ。
前世の記憶と、高性能なスキル。
それらを持っていても、身体はまだ生まれたばかり。
できることには限界がある。
焦らず、少しずつ。
今は知識を蓄え、この世界を理解することから始めよう。
そうして俺は、異世界の王子としての第一歩を踏み出した。
……もっとも。
その第一歩は、まだ自分の足では歩けないのだが。
俺の第二の人生は、前途多難なようである。
ざっくりとこの世界観をお伝え出来たと思います。
この後どうなるんでしょうかね…
どうしようかね…
第2話 王子様のお小遣いと、初めての仕入れ