今回遂にお小遣い貰い、何を成すのか、ご覧下さい。
異世界に転生してから、三年が経った。
……いや、正確には三年と少し。
前世の記憶を持ったまま生まれ変わった俺は、この世界について少しずつ学んできた。
言葉、文字、歴史、文化、政治、経済。
赤ん坊の頃から大賢者に質問を繰り返し、周囲の大人たちの会話にも耳を傾けた。
おかげで、今ではこの国について、かなりの知識が身についている。
もちろん、三歳児の身体である以上、できることには限界がある。
歩くことも、走ることもできるようになった。
簡単な会話もできる。
しかし、複雑なことを話そうとすると、どうしても子供らしい言い回しになってしまう。
……まあ、仕方がない。
中身が大人でも、身体は子供なのだから。
ちなみに、俺の名前はまだ紹介していなかったな。
この国での俺の名前は、アルベルト。
アルベルト・フォン・ヴァルディア。
ヴァルディア王国の第一王子である。
……うん。
改めて考えても、すごい肩書きだ。
前世では、ごく普通の人間だった。
大学院を修了し、社会に出て、働いて、悩んで、病気になった。
そして、最後まで生きたいと願いながら、人生を終えた。
それが今では、王族の一員。
しかも、将来は国王になる可能性がある。
人生というものは、本当に何が起こるか分からない。
ただし、ひとつだけ言えることがある。
王子だからといって、悩みがなくなるわけではない。
むしろ、増えている気さえする。
例えば。
「アルベルト殿下! お食事のお時間ですよ!」
「はーい!」
……三歳児として生活するのは、なかなか大変だ。
◇
食事を終えた俺は、自室の椅子に座っていた。
王宮の食事は豪華だ。
パンに肉料理、野菜のスープ、果物。
食材の質もよく、料理人の腕も確か。
栄養面だけで考えれば、前世よりも恵まれているかもしれない。
ただ、ここでひとつ疑問が生じる。
――この食事を、国民全員が食べられるのだろうか?
『現時点で、その可能性は低いと考えられます』
大賢者が即答した。
――やっぱりか。
『王都周辺には比較的豊かな商人や職人も存在しますが、地方農村部では食料の供給が不安定な地域も確認されています』
――食料が足りないのか?
『必ずしも、国全体の生産量が不足しているわけではありません。生産された食料の分配、輸送、保管、税制など、複数の要因が関係しています』
なるほど。
つまり、食料を作る能力だけの問題ではない。
作ったものを運ぶ仕組み。
保管する仕組み。
税として徴収される量。
そして、そもそも農民がどれだけ自分たちの生活に使える分を残せるのか。
そういったものが複雑に絡み合っているわけだ。
……三歳児が考える内容じゃないな。
いや、中身は前世の記憶を持った大人なのだから、考えること自体は問題ないはずだ。
問題は、それを口に出したときである。
「アルベルト殿下、難しいお顔をされていますね」
侍女が微笑ましそうにこちらを見ていた。
「ううん。ごはん、おいしかったなーって!」
「まあ! それは料理長も喜びますね」
よし。
誤魔化せた。
……王子という立場も、なかなか面倒である。
◇
俺には、ふたつのスキルがある。
ひとつは、大賢者。
もうひとつは、仕入れる者。
大賢者については、すでに説明したとおりだ。
知識を与え、情報を整理し、分析し、俺の判断を助けてくれる。
一方、仕入れる者は、地球に存在する物品を購入し、この世界へ転送する能力である。
この能力について、俺は何度も大賢者に確認していた。
――本当に、地球の商品を買えるんだよな?
『はい』
――工具も?
『はい』
――農具も?
『はい』
――本も?
『はい』
――食べ物も?
『はい』
――じゃあ、家とか自動車とかも?
『購入可能な商品であり、転送条件を満たすものであれば、対象となります』
……すごい。
すごいのだが。
――大賢者。ひとつ問題がある。
『何でしょうか』
――俺、お金持ってないんだけど。
『その点については、マスターの成長に伴う環境の変化を待つ必要があります』
……ですよねー。
赤ん坊の俺に、買い物をする手段などない。
そもそも、王子とはいえ、自由に使えるお金があるかどうかは別問題だ。
いくら能力がすごくても、対価を払えなければ意味がない。
宝の持ち腐れ。
その言葉が、これほど似合う状況もないだろう。
ところが。
転機は、意外な形で訪れた。
◇
その日の午後。
俺は父親に呼ばれた。
「アルベルト、少しこちらへ来なさい」
父の名は、レオナルト・フォン・ヴァルディア。
ヴァルディア王国の国王であり、俺の父親である。
堂々とした体格に、威厳のある顔立ち。
王としての責任を背負う人物らしく、普段から隙のない雰囲気をまとっている。
……三歳児の俺からすると、ちょっと怖い。
もちろん、怖いだけの人ではない。
俺に対しては、父親として接してくれることも多かった。
「お父様、なあに?」
「お前も三歳になった。そろそろ、自分で考えて行動することを覚えていかなければならない」
……三歳児に?
いや、王子だからだろうか。
この世界では、王族の教育が早いのかもしれない。
父は続けた。
「そこで、毎月のお小遣いを与えることにした」
…………。
………………。
お小遣い?
今、お小遣いって言った?
「お小遣い?」
「そうだ。毎月、自由に使ってよい金を与える。金の使い方を学ぶことも、王族として必要なことだからな」
ほう。
なるほど。
王族の金銭教育というわけか。
それは確かに重要だろう。
だが、俺にとって重要なのは、そこではない。
――大賢者。
『はい、マスター』
――仕入れる者は、お金さえあれば使えるんだよな?
『その認識で問題ありません』
――つまり……。
『はい』
――ついに、使えるのか!?
『資金が付与されれば、使用可能となります』
よっしゃああああああああ!
心の中でガッツポーズを決める。
いや、待て。
まだ金額を聞いていない。
落ち着け。
冷静になれ。
王子のお小遣いだ。
それなりの額がもらえる可能性はある。
だが、さすがに無制限ではないだろう。
「お父様! いくらもらえるの?」
「そうだな……。三歳のお前には、毎月これくらいで十分だろう」
父が告げた金額を聞いた瞬間、俺は固まった。
……え?
今、なんて?
もう一度確認する。
――大賢者。今の金額を、前世の日本円に換算してくれ。
『現在の為替相当額および物価水準を考慮した概算では、約百万円に相当します』
…………。
………………。
百万円!?
毎月!?
いやいやいやいや!
三歳児のお小遣いが!?
俺、前世で働いていたときですら、そんな金額を自由に使えたわけじゃないんだけど!?
王族、すごすぎない!?
……いや、落ち着け。
これは王族としての教育の一環。
そう。
金の使い方を学ぶための資金だ。
決して、浪費していい金ではない。
よし。
ここは慎重に使おう。
何を買うべきか。
何を優先するべきか。
自分の欲しいものを買うのも悪くないが、せっかくの能力を使えるようになったのだ。
どうせなら、この世界で役立つものを探したい。
「ありがとうございます、お父様!」
「うむ。何に使うかは、お前自身で考えなさい。ただし、無駄遣いはするなよ」
「はーい!」
……任せてください、お父様。
無駄遣いはしません。
たぶん。
◇
自室に戻った俺は、さっそく大賢者に問いかけた。
――大賢者。仕入れる者を使いたい。
『承知しました。購入対象の検索を開始しますか?』
――その前に、確認したいことがある。
『何でしょうか』
――購入できる商品は、どうやって探すんだ?
『マスターの前世における商品情報を参照し、条件に合致する物品を検索できます。商品名、用途、性能、価格帯などを指定することも可能です』
……なるほど。
つまり、前世の通販サイトを検索するような感覚で使えるわけか。
――じゃあ、まずは農業に役立つ道具を探してくれ。
『承知しました。対象地域の農業環境、既存の農具、作物の種類、土地条件などを考慮し、候補を提示します』
頭の中に、さまざまな情報が浮かび上がった。
鍬。
鎌。
鋤。
収穫用の道具。
土壌を整えるための器具。
保存や運搬に使う道具。
前世では当たり前のように見かけていたものでも、この世界では十分に普及していないものがあるらしい。
ただし、現代の農業機械をそのまま持ち込めばいいというわけではない。
大型の機械を動かすには燃料が必要だ。
修理するには部品や技術が必要だ。
そもそも、扱える人がいなければ宝の持ち腐れになる。
――大賢者。まずは、この世界の人たちが扱える道具から始めたい。
『合理的な判断です。既存の技術水準に適合する道具を導入し、使用方法と保守技術を習得することで、長期的な生産性の向上が期待できます』
よし。
方向性は決まった。
いきなり世界を変えようとする必要はない。
まずは、できることから始める。
そして、使い方を覚えてもらう。
修理できるようになってもらう。
最終的には、自分たちで道具を作り、改良できるようになってもらう。
それができれば、この世界の人々は、俺がいなくなった後も自分たちの力で発展していけるはずだ。
……三歳児が考えることではない気もするが。
まあ、そこは気にしないでおこう。
中身は大人なのだから。
――大賢者。農村部で、特に道具が不足している地域はあるか?
『あります。王都から離れた複数の農村では、農具の老朽化や不足が確認されています。また、税負担によって農具の更新に必要な資金を確保できない世帯も存在します』
……税負担。
その言葉が、妙に引っかかった。
――農民たちは、どれくらい税を納めている?
『地域および収穫量によって異なりますが、生活に必要な食料や翌年の種籾を確保することが困難になる事例も確認されています』
…………。
それは、まずいだろ。
翌年に作物を育てるための種まで足りなくなる。
農具を買い替える余裕もない。
そんな状態では、生産性を上げようにも限界がある。
努力だけで解決できる問題ではない。
道具を与えれば、それで終わりというわけでもない。
この国には、俺がまだ知らない問題が、たくさんあるのだろう。
だからこそ、まずは自分の目で見てみたい。
実際に暮らしている人たちが、どんな生活を送っているのか。
何に困っているのか。
何があれば、少しでも暮らしが楽になるのか。
――大賢者。農村を訪問することは可能か?
『王族としての安全確保および同行者の手配が必要ですが、訪問自体は可能と考えられます』
よし。
ならば、父に相談してみよう。
もちろん、三歳児がいきなり政治の話を持ち出せば怪しまれる。
だから、まずは純粋な好奇心という形で。
実際、俺自身も知りたいのだ。
この国が、どんな国なのか。
王宮の外では、どんな暮らしが営まれているのか。
そして、自分に何ができるのか。
◇
数日後。
俺は父に、王都の外へ行ってみたいとお願いした。
「農村を見てみたい、だと?」
「うん! 畑とか、お野菜とか、見てみたい!」
父は少し驚いたようだった。
「……なぜ、農村なのだ?」
「お野菜が、どこから来るのか知りたいの!」
もちろん、それだけが理由ではない。
だが、嘘をついているわけでもない。
俺は、この国のことを知りたいのだ。
王宮で食べている食事が、どこから来るのか。
誰が作っているのか。
どんな苦労をしているのか。
それを知ることは、将来この国を治めるかもしれない人間にとって、決して無駄ではないはずだ。
父はしばらく考えた後、口を開いた。
「……よかろう。ただし、護衛をつける。勝手に離れることは許さんぞ」
「うん!」
こうして俺は、生まれて初めて王宮の外へ出ることになった。
◇
王都の外に広がっていたのは、俺が想像していたよりも厳しい光景だった。
もちろん、すべての農村が貧しいわけではない。
豊かな土地もあれば、比較的恵まれた環境で暮らしている人々もいる。
しかし、訪れた村では、古びた農具を使って畑を耕す農民たちの姿があった。
柄の傷んだ鍬。
何度も修理した跡のある道具。
十分とは言えない設備。
それでも、人々は畑を耕し、作物を育てていた。
俺は、護衛に付き添われながら村の中を歩いた。
「殿下、こちらは農具を保管している小屋でございます」
案内してくれた村長が、少し緊張した様子で説明する。
「……これ、ずっと使っているの?」
俺が古びた鍬を指さすと、村長は苦笑した。
「はい。新しいものを買う余裕がなかなかなくて。壊れた部分は、できるだけ修理して使っております」
「新しいの、買えないの?」
「税を納め、家族の食料を確保し、来年の種を残すとなると……なかなか難しいのです」
その言葉を聞いて、俺は黙り込んだ。
農民たちは怠けているわけではない。
働いていないわけでもない。
むしろ、限られた道具で、できる限りの努力をしている。
それでも、生活を改善するための余裕がない。
道具を新しくできない。
生産性を上げるための投資もできない。
そして、次の年も同じ苦労を繰り返す。
……これでは、豊かになろうにも難しい。
俺は前世で、知識や技術を学ぶことの大切さを知っている。
けれど、知識があっても、それを実践するための道具や時間がなければ、できることは限られる。
この人たちに必要なのは、ただ「もっと頑張れ」と言うことではない。
頑張れる環境を整えること。
新しい方法を試せる余裕を作ること。
そして、失敗しても生活が破綻しないようにすること。
そんな仕組みなのではないだろうか。
……まあ、今の俺にできることは限られている。
それでも。
せっかく、こんな能力を持って生まれたのだ。
少しくらい、役に立てるかもしれない。
――大賢者。先ほどの農具に近いものを、仕入れる者で購入できるか?
『可能です。対象となる農具の候補を提示します』
――まずは、この村で使いやすそうなものを選んでくれ。扱い方や修理方法も、分かる範囲で整理してほしい。
『承知しました』
俺は村の人々を見つめた。
まだ、何も始まっていない。
この国の仕組みを変えることも、税制を見直すことも、今の俺にはできない。
だが、目の前の人々が困っていることは分かった。
そして、自分には何かを届けられる力がある。
ならば、まずはそこから始めよう。
小さな一歩でも、何もしないよりはいいはずだ。
……それに。
せっかく毎月百万円相当のお小遣いをもらっているのだ。
使わずに眠らせておくのも、もったいない。
いや、待て。
これ、よく考えたら前世の俺が聞いたら卒倒する金額だぞ。
毎月百万円を自由に使える三歳児。
…………。
前世の俺よ。
どうやら人生二周目は、少しばかり恵まれすぎているらしい。
ただし。
この力を何に使うのか。
それを決めるのは、俺自身だ。
こうして俺は、初めての仕入れに向けて動き始めた。
まだ小さな王子の、ほんの小さな一歩。
けれど、その一歩が、やがて国の未来を変えていくことになる。
書いていて全てを上手くやれるのってほんとに難しいと思いました。自分の力の及ぶ範囲でできることをやっていこうと思う次第です。
次回 第3話 道具と知識、そして小さな種