第1話「奇妙なスカウト」
――先生赴任の1年半前。地球、日本。
午後の喫茶店。
窓際の席に、二人の男が向かい合って座っていた。
一人は現職の刑事。
もう一人は、彼と長年の付き合いがある親友だった。
「それで、相談って何だ?」
刑事は運ばれてきたコーヒーに口をつけた。
「いや、ちょっと妙なメールが来てな」
男はスマートフォンを取り出した。
「お前、闇バイトとか詐欺の手口には詳しいだろ?」
「……何だ、いきなり」
「これを見てくれ」
男はスマートフォンを刑事に差し出した。
画面には、一通のメールが表示されていた。
件名は『特別職への招聘について』。
差出人は『キヴォトス連邦生徒会』。
その内容は、連邦捜査部シャーレの責任者として男を招聘したいというものだった。
そして、提示されている報酬は、一般的な求人とは比較にならないほど高額だった。
「……おいおい」
刑事は画面を覗き込んだ。
「何だ、この金額」
「俺も最初は桁を間違えたと思った」
「いや、金額以前の問題だろ。連邦生徒会って何だよ」
「さあ?」
「さあ、って……」
刑事は呆れたように男を見た。
「お前、これに返信したのか?」
「まだしていない」
「それは正解だ」
刑事はスマートフォンをテーブルに置いた。
「で、どうして俺に?」
「どう見ても怪しいだろ? だから専門家の意見を聞こうと思ってな」
「専門家って……まあ、刑事だから間違いじゃないが」
刑事は改めてメールを読み始めた。
「勤務地はキヴォトス……聞いたことがないな」
「俺も調べたが、そんな都市は見つからなかった」
「連邦捜査部シャーレ、ねえ……」
刑事は腕を組んだ。
「普通に考えれば詐欺だ。個人情報を抜き取るか、何か違法な仕事をさせるつもりかもしれん」
「やっぱりそう思うか」
「ああ。ただ……」
「ただ?」
「妙に文章がしっかりしているな。日本語も自然だし、振込先や身分証を要求しているわけでもない」
「そこが気になったんだ」
男は頷いた。
「普通の詐欺メールにしては、金を要求してこないし、個人情報を送れとも書いていない」
「だからといって信用できるわけじゃないぞ」
「分かっている」
刑事はスマートフォンを返した。
「それで、お前はどうしたい?」
「一度、相手の正体を確かめたい」
「……おい」
「まだ何もするとは言っていない。話を聞くだけだ」
「それが一番危ないんだよ」
刑事は深いため息をついた。
「昔からそうだよな、お前は。怪しいと思ったら、わざわざ確かめに行く」
「だから、お前に相談しているんだろう」
「まったく……」
刑事は少し考え込んだ。
「分かった。まずは俺の方でも調べてみる」
「助かる」
「ただし、相手から連絡が来ても勝手に会いに行くなよ」
「分かっている」
「本当だな?」
「信用ないな」
「長い付き合いだからな」
二人は顔を見合わせて笑った。
その時、男のスマートフォンが短く震えた。
新着メールだった。
差出人は、先ほどと同じ。
『キヴォトス連邦生徒会』
男は画面を見た。
「……おい」
「何だ?」
「向こうから、また連絡が来た」
刑事は身を乗り出した。
メールには、短い文章が記されていた。
『ご検討いただき、ありがとうございます。
詳細につきましては、直接ご説明する機会を設けさせていただきます。
ご都合がよろしければ、下記の列車にご乗車ください。』
その下には、駅名、日時、列車番号、そして車両番号が記されていた。
刑事は眉をひそめた。
「……お前、まだ返信していないんだよな?」
「ああ」
「なのに、ご検討ありがとうございます、か」
「……妙だな」
「妙どころじゃない」
刑事は画面をじっと見つめた。
「まるで、俺たちが今この話をしていることを知っているみたいじゃないか」
二人の間に、短い沈黙が流れた。
男はスマートフォンを伏せた。
「……どうする?」
刑事はコーヒーを飲み干した。
「仕方ない。俺も付き合ってやる」
「いいのか?」
「お前一人で行かせる方が心配だ」
「ありがたいね」
「勘違いするなよ。俺は刑事として、怪しい勧誘の実態を確かめたいだけだ」
「はいはい」
「……お前、本当に分かっているのか?」
男は笑った。
「分かっているさ」
しかし、この時の二人はまだ知らなかった。
指定された列車で待っているのが、詐欺師でも犯罪組織でもないことを。
そして、列車がトンネルに入った瞬間、常識では説明できない出来事が起きることを。