死んでも生活は続く   作:紫 和春

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第1話

 彼は目を覚ました。最悪な精神状態で。

 

「ここは……」

 

 真っ白な天井が目の前にある。視線を壁に移すと、そこも白い。さらにベッドも、服も。

 彼は体を起こす。精神状態に反して体は軽かった。

 

「俺、死んだはずじゃ……」

 

 何か、強い衝撃を与えられたような、そんな感覚を覚えているが、それ以上のことは何も分からない。彼は少々混乱した。

 その時、扉がノックされる。

 

「ナムレミシャ、帰ってきた?」

 

 扉が開くと、そこには女性がいた。彼と同じように真っ白な服を着ている。

 そして彼のことを見て、少しの間唖然とした。

 

「ナムレミシャ……、その姿……」

「へ……?」

 

 彼は困惑していたが、女性は何かを思い出したように彼に近づいた。

 

「あなた……、誰?」

「俺……? 俺は……、快《かい》……」

「カイ……?」

 

 女性は少し考え、快の手首を掴む。

 

「もしかして、肉体世界の?」

「は?」

「ちょっとついてきて」

 

 すると、一瞬で周辺の景色が変わる。同じような白い部屋だったが、間取りが異なっているようだ。それに家具のようなものもある。全て真っ白であったが。

 そこには老齢の男性がいた。

 

「おや、ミリシアル。どうしたんだ?」

「彼の様子がおかしいの。少し診てもらえないかしら」

 

 女性の言う通りに、男性は快のことを診る。しかし、診たのはほんの数秒だった。

 

「確かにおかしい。こんな身体なのは初めてだ。おそらく、肉体世界の精神がこちらに侵食しているのだろう。その証拠に、君の体は肉体世界のものに変化している上に、体の輪郭が肉体世界で言うアニメ崩壊のようになっている。こうも輪郭がブレブレなのは見たことがない」

 

 そういって男性は手を快に向ける。その手の表面が鏡のようになった。

 そこに映っていたのは、体の輪郭がブヨブヨと震えている小太りの男性の姿である。

 

「これ……、俺だ……」

「先生、彼は……」

「先ほども言ったように、肉体世界の精神がこちらに浸食しているようだ。それが元あったナムレミシャ君の精神を乗っ取り、今こうして顕現しているのだろう」

「元に……戻るのですか?」

「可能性はある。が、ここまで精神を乗っ取られているのは初めて見た。元に戻る確率は、おそらく10億か、100億に一つといった所か……」

「そんな……」

 

 女性は少し悲しそうな顔をしていたが、そんなに深刻そうではないようだ。

 そんな中で、快だけが状況を飲み込めていなかった。

 

「あの、この状況は……? 俺はなんで生きているんですか……?」

「あぁ、肉体世界の君は初めてのことか。なら説明せねばならないだろう」

 

 そういって男性は、快の目を真っ直ぐ見る。

 

「ここは君のいた世界よりも精神的に上位の世界。いわゆる精神世界だ」

「精神、世界……?」

「君の記憶にあるであろう肉体世界は、この精神世界にいる人々が降臨して遊ぶ、いわば箱庭ゲームみたいな場所だ」

「は……?」

 

 あまりにも受け入れがたい話で、快の思考は考えるのを止めた。

 

「ま、肉体世界で言うところの、異世界や神々の世界みたいなものだ」

「それって、天国ってこと、ですか……?」

「そうとも言うが、厳密には異なるな。ま、それはそのうち理解することになるだろう。ちょっと失礼……」

 

 男性はそのまま人差し指を快の額に当てる。肌と肌が接触した瞬間、二人の間に微弱な電撃が走る。

 

「いたっ」

「おっと、精神世界の人間でも干渉は不可能か……。これは相当なものだな」

「え、え?」

「では口頭で聞くとしよう。肉体世界での君の名前は?」

「快、です」

「カイ、君は肉体世界ではどういう人間だった?」

「……陰キャで、弱者男性で、精神疾患持ちの生きる肉の塊だった……」

「自認がずいぶんとひどいな。こりゃ精神世界に侵食するのも頷ける」

 

 そういって男性は空中で指先を動かす。何か書いているようだった。

 

「生きるのは辛かったか?」

「それは、もちろんです。なんで生きているんだろう、って毎日のように考えていました」

「ふむ」

「実際、毎日どうやって死のうか考えてましたし、『死は救済』という思想だけを生きがいとしていました」

「なるほど……」

 

 男性は書き留める手を止め、快を見る。

 

「死んだら全てが無に帰す。肉体世界でそういう考えになる者も多い。そういう意味では、この世界では少々生きづらいかもしれないな」

「はぁ……」

 

 男性は視線を女性の方に向ける。

 

「彼をしばらく休養させなさい。そのあとで、この精神世界の話をしたほうが良いだろう」

「分かりました」

 

 そういって女性は快の肩に手を置く。するとまた風景が変わり、最初の部屋へと戻ってきた。

 

「な、なんだこれ……」

「カイ、私はどんなあなたであっても、あなたの味方よ」

「は、はぁ」

「私の名前はミリシアル。あなたと運命を共にすると誓った人よ」

「はぁ……」

 

 快は深く考えないようにした。

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