ミリシアルは快の肩を掴み、そのままベッドへ押していく。
「ちょ……」
「あなたには休みが必要。この精神世界では休めばなんとかなるわ」
そのまま快はベッドに横にされる。快が横になると、ミリシアルが両手で空中を一撫でする。すると薄いタオルケットが出現し、ふわりと快にかけられる。
「おやすみ、カイ」
「あ、はい……」
快は深く考えるのを止めたので、もうどうにでもなれと考えた。
「おやすみなさい……」
そういって快は目を閉じる。それを見て、ミリシアルは静かに部屋を出ていった。
(寝るか……)
快はそのように思い、深呼吸を一つ入れた。
すると、直後に部屋の扉が開く音がする。
「カイ、ちゃんと休めた?」
「は? 今寝ようとしてたんですけど……?」
「え? あー、精神世界では時間の流れもちょっと違うの。私がこの部屋から出てから30時間くらいは経過しているわ」
「30……!?」
カイは思わず驚いて腰を抜かしそうになった。
「それで、休めた感じはする?」
「休めた感じ全然しない……」
「やっぱり……。あなたが寝たあとにもう一度先生に話を聞きに行ったの。この精神世界は肉体から解放された世界。だから肉体由来の欲は拡散されやすいらしいわ。その他の欲も希薄になりやすいから、肉体世界の精神体を持っているあなたには耐えがたいかもしれないわ」
「なんぞそれ……」
快は、寝たような寝てないような頭で考える。
「つまり……、この精神世界? では、あらゆる欲求が小さくまとまっているから、欲求を満たすのも僅かで問題ないってこと?」
「多分そうね」
「ここ天国じゃないのかよ」
「天国ではないわ」
「そういやそうだった……」
この時点で、快は精神世界に関して何も分かっていないことを理解する。となれば、やることは一つ。
「その、ミリシアルさん……? 自分に、この精神世界のことを教えてください」
「そうね……。この後の生活も考えれば、いつまでも世界のことを知らないのは不味いわね……。分かったわ、教えましょう」
そういってミリシアルはベッドに座り、知っていることを話し始める。
「この精神世界は肉体世界よりも上位にある世界よ。あなたに分かりやすく言うなら、スピリチュアルな世界って感じね」
「スピリチュアル……」
「先生も言っていたけど、この精神世界にいる人々は、生物としての人間の欲を理解するためにゲームのように肉体世界に入り込んでいるわ。これを、私たちは『肉体世界に没入する』『降臨する』と言っているの。肉体世界にいる人間は、全員精神世界の人間の精神体を持って生きているのよ」
「神か何かですか?」
「ある意味合っているわ。私たちの目的は、人間を知り、マクナ、あなたの世界で徳と呼ばれるような物を積み上げて神になることよ」
「それになって、何になるんですか?」
「新しい世界を生み出すことができるわ。この精神世界と肉体世界も、何者かの神によって生み出された箱庭なの」
「なんか、壮大なんですね……」
快は入れ子状態になっているシャボン玉を想像する。どこまで外側に行っても、シャボン玉の中にいるような感じだ。
「精神世界は肉体世界より自由な場所よ。瞬間移動できたり、食料や水を無から生み出したり、記憶や感情をデータとして授受したりできるの。そうやって色んな人と交流して、人間の欲や情報を渡したり受け取ったりして、神になろうとしているわ」
「欲を受け渡しできるって……。自分かなり俗物的なんですけど……」
「そのあたりを含めて、先生は疑問だっておっしゃってたわ」
「……どういうこと?」
「そうねぇ……」
ミリシアルは指を空中で振る。すると、立体モデルらしき物が空中に出現する。それは器であった。
「このボウルを肉欲世界での欲の大きさとするわね。この中に欲を満たすたびに水が入っていく。こうして水で満たされた状態が、欲が満たされたって状態よ」
「はい」
「それに比べて、この精神世界ではこのボウル自体が小さいの」
すると、隣に新しい器の立体モデルが出現する。その大きさは、肉体世界の欲とした器の1パーセント以下のようにも見える。
「欲の大きさであるボウルそのものが小さいから、ほんの少しの水で欲が満たされるの。でもあなたの精神体は肉体世界のまま。つまり欲の大きさも肉体世界に準じているわけね。そんな状態では、いくら精神世界で欲まみれの生活をしても、欲のボウルを満たすことは出来ないわ」
精神世界の器では満杯の水も、肉体世界の器では水滴程度でしかない。肉体世界の器にポタポタと水という欲が入っていくが、満たされる様子は全くない。
「この大きなボウルの状態が、今のあなたよ。先生の予想では、欲が全く満たされずすでに発狂している状態らしいの」
「えぇ……?」
「でもあなたは発狂していない。先生はそれがおかしいと言っていたわ」
ミリシアルは快のことを見る。
「ねぇ、カイのことを教えて?」