ToLOVEるIF リトが主人公にならなかった世界 作:ヒアデス
休み時間になり、黄色い制服を着た生徒で溢れる廊下。
その真ん中を歩いて、こっちにやって来る短い黒髪の可愛らしい少女。
「
――を覗きながらぶつぶつ呟くツンツン髪の男子生徒を見て、自分でも分かるほどジト目になる。廊下の隅に立つ女子二人は「キモっ」と言いながら遠ざかってるし。
あんなんでも“この作品の主人公”。しかも“メインヒロイン”からはモテまくるんだよなぁ。
「ようリトー! 今日も懲りずにストーカーかー?」
「バ、バカ、
一緒にきたサル顔の同級生が呼びかけた瞬間、
そんな“悪友”に、俺は溜息とともに言葉を吐いた。
「好きな子を眺めるのはいいが、物陰から覗くような真似はよせ。傍から見たらストーカーというか不審者にしか見えん。うちの風紀委員に見つかったらお説教食らっちまうぞ」
「だ、だから違うって
「チャンス?」
聞き返す俺にリトは「おう」と首を縦に振り、自分に言い聞かせるように告げる。
「俺、今日春菜ちゃんに告白する!」
またか。俺が“ここ”に来てからだけでも30回は聞いた。“今日こそ”の間違いだろう。
「そう言って、毎度怖じ気づいたり後延ばしにするだけだろう。一言挨拶してみて反応を見てからにしたらどうだ?」
両想いなんだから、早くコクってしまえば成功間違いなしだろう――と言うわけにもいかず、当たり障りもない助言を出してみる。向こうも悪い反応は返さんだろうし、リトも自信を付けて一歩踏み出すかもしれん。
一方、リトは腕を組み「それもそうか」と頷く。やはりと言うべきか、宣言とは裏腹にまだ告白までする勇気が持てないらしい。
「ちょっとあなたたち、そこでなにしてるの!?」
突然、真後ろから鋭い声が飛んできて、俺たちはびくりとそちらを振り返る。
そこには俺のクラスメイトにして、『鉄壁の風紀委員』のあだ名を持つ長い黒髪の女子の姿があった。
「こそこそ女子を覗いてる連中がいるって聞いて駆けつけてみたら――まさか月島君まで一緒になってハレンチなことを企んでるんじゃないでしょうね?」
「いや、俺は別に――」
「古手川、これはだな」
慌てふためく猿山とともに言い訳するように右手を振りつつ、左手で真後ろにいるリトを押し出す。
ハプニングに慣れた時期ならまだしも、言葉一つ交わしたこともない今の状況で、風紀委員に捕まるようなことになれば向こうの好意も冷めてしまうかもしれん。
しかし、俺が突き飛ばした衝撃でリトは足をもつれさせ、そのまま千鳥足で春菜の方へ躍り出る。
それを見て春菜は目を見張りながら、
「結城君!?」
と声を発した。俺たちとのやり取りや古手川の声は天然とギャグ補正で聞こえていなかったようだ。
その一方で――
「
リトはぎくしゃくしながら彼女の前で態勢を整え――
「中学校の時から西連寺さんのことが好きでした!! ――付き合ってください!!」
混乱したためかえって余計な考えが吹き飛んだのか、廊下のど真ん中で想い人に対し今まで秘めていた想いを吐き出す。
それを聞いて――
「……えっと、わ、わたしも……」
春菜も顔を赤くし視線を下げながら続ける。
「……実は結城君のことが中学の時から気になってて……付き合うと言っても何していいかわからないけど…………こんな私で良かったら……」
「えっ、マジ? 春菜、結城の告白うけんの?」
隣にいたギャル風の女子生徒は驚きに声を弾ませながら尋ねる。春菜は何も言わずこくんと頷いた。――ってこいつ
「神聖な校舎の、廊下の真ん中で告白……あの真面目な西連寺さんがそれを受け入れるなんて――は、ハレンチだわーーーっっ!!」
お堅い風紀委員が叫ぶ中、周りは(生)温かい拍手と言葉を送り、二人は赤い顔で見つめ合う。
そんな中、俺は『これでいいのか?』と小首をかしげていた。
――
リトは何も言い出せず、告白は空振りになるはずだ。あまりのグズグズぶりに思わず口を出したものの、どうせまた失敗するか何も言えずに終わるだろうと思っていた。
俺がリトを押し出したのが原因か? “原作”じゃどれだけイベントやハプニングが続いてもダークネス最終回まで進展しなかったのに?
◇
俺は
つい何ヶ月かまでサラリーマンだった男だ。もちろん独身。
終電で帰宅して風呂と夜食を摂り、数時間後にまた出社するという事実に辟易しながら布団にもぐって眠りにつき、目が覚めたら――こっちの世界に転生していた。
トラックに轢かれた覚えも神様らしき人に会った覚えもない。起きたら見知らぬ部屋だった。
珍しく帰宅していたこっちの世界の母親からの呼び声がなかったら、そのまま外へ飛び出し学校にも行かず近所を駆けまわった挙句補導されてたと思う。
その両親も翌日には勤め先がある海外に戻り、俺は数年ぶりの学校生活を送りつつ家では前世と同じ一人暮らしをしている。
ちなみになんの偶然か、こっちでの名前も転生前と同じだ。
冒頭のやり取りでお分かりと思うが、この世界は『ToLOVEる』の世界らしい。当時のジャンプでは珍しいお色気ものだったからよく覚えている。
しかし隅々まで覚えているわけではないし、受験をきっかけにジャンプを卒業し、ToLOVEるも見なくなった。その後はネットで気になる話を拾って、電子書籍で要点を見ただけだ。
就職してからはさらに漫画やアニメから遠ざかり、仕事とストレス解消のSNSに明け暮れる日々だったが……まさか今になって突然あの漫画の世界に迷い込むことになろうとは……。
原作とは違っているところもあり、リトたちや俺は今“高校二年”(原作では最初は一年だった)、連載当時はガラケーが普及していたが、こちらでは俺も含めて皆スマホを持っており、AIを使って調べ物もできる。
本当に転生したのか、それとも仕事から逃れたいあまり夢の中にどっぷり浸かっちまってるのか、とにかく俺は今“ToLOVEるに近い世界”にいるらしい。
しかし別に
約十年ぶりの学校生活を少しでも長く、満喫できればそれでいい。宇宙の
しかし、初っ端からリトと春菜がくっつくのは予想外だ。まあそれぐらいで、あっちにララが来る展開は変わらないと思うが……。
なんて考えつつ煮立った鍋をかき混ぜ、小皿にすくった汁を飲む。
旨い。レトルトやコンビニ弁当では出せない味だ。
サラリーマン時代は終電前後が当たり前で、料理どころか他の家事も最低限にしかできなかったからな。
そろそろ風呂も沸く時間だが、今日は夕飯からにするか――。
「あっつーーーいっ!! なにこれ、熱すぎるんだけど!!」
突然、風呂場からつんざくような悲鳴が響く。ちょっと温度を上げ過ぎたか? 沸いたばかりの風呂にいきなり入れば熱いのも当たり前だが…………。
――っていやいや待て待て!
両親は外国にいるはずだし、兄弟姉妹もいない。しかもこの状況、原作で見た覚えがあるぞ。
まさかと思いつつ俺は駆け出し、洗面台の隣のガラス戸を引き開ける。
湯気に包まれた浴室の中、
「あっ、このおうちの人? ちょうどよかった。ここのお風呂熱すぎるよー! お水出してくれない? あなたも入っていいからさ。初めて見るのばっかだし、一緒に入りながら色々教えてよ」
長いピンク色の髪、ピンと上向いたつむじ型のアホ毛、足元から伸びた悪魔風の尻尾、初めて訪れた星と住民への好奇心に輝く緑色の両目、直視するのもはばかられる真っ白な素肌。
ララ・サタリン・デビルーク……なぜ、彼女が俺の家なんかに?