ToLOVEるIF リトが主人公にならなかった世界 作:ヒアデス
「はぁ、はぁ……んんっ……」
薄暗い体育倉庫の中。古手川は体操服の上から体中をケーブルで硬く縛られ、肌に食い込んでくる導線の圧迫感からくぐもった声を上げる。
その姿と声に思わず照れ――よりも怒りが沸いてきた。
「てめえ――古手川をどうする気だ?」
古手川から視線を外し問いをぶつける俺に対し、彼女の隣に立つ男教師は「くくく」と不愉快な笑声を上げながら言った。
「どうもしやしないさ。お前がララから離れてくれればな。もちろん、断れば話は別だがな」
そう言うや教師はスーツをビリビリと破りながら体を膨張させ、不気味な筋肉質のエイリアンと化した。
それを見てララが「あー!」と奴を指さしながら叫んだ。
「あんた、ギ・ブリー! なんであんたがここにいるの!?」
「決まってんだろララ。お前が変な地球人に連れ去られたって聞いて助けに来てやったんだ。ついでにこんな星から離れたらすぐに結婚しようぜ。マイハニー」
数時間前、体育が終わって次の時間の授業になっても古手川が戻ってこず、さらに次の時間も4時間目も彼女が欠席のまま授業が進んでいった。
古手川の友達も知らないどころか不思議がるばかり。そこで俺のスマホに風紀委員の顧問から連絡が来て、
原作では春菜が捕まるはずだったが、こっちの世界じゃララがうちに居候しているからか、俺のクラスメイトである古手川が代わりに捕まっちまったらしい。
そんなわけで指示通り体育倉庫に来たというわけだ。別ルートでララも倉庫に向かうよう告げてからな。
「べーっ。あんたなんかと結婚するより、ケンジと地球で暮らす方が100億倍いいもん! さっさと唯を放して地球から出て行きなさいよ!!」
ララは瞼を引き下げながら舌を出す。それを見てギ・ブリーは眉を引きつらせた。
「この状況が分かってねえのか? 俺に逆らえばこの女がただじゃ済まねえぞ。こいつがいなくても、てめえらなんかが俺様にかすり傷一つ入れられるわけ――」
「フタエノキワミ! アアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!!」
「ぶごおぉぉぉっ!?」
エイリアンもどきがべらべら喋っている
拳を喰らったエイリアンは鈍い呻き声を上げながら壁に激突して天井にバウンドし、そのまま床に叩きつけられた。
その衝撃でギ・ブリーは小動物ぐらいまで縮み、そのまま気を失った。
「おおっ! すごいねケンジ。フタエノキワミって動画に出てた技でしょ? あんな技使えたんだ!」
「掛け声上げながら思い切り殴っただけだよ。こいつが弱すぎただけだ」
最初の婚約者が変身だけしかできない奴だったのは覚えてたからな。古手川から気が逸れたところを攻撃してやればいい。掛け声は……まあ一度やってみたかった。
一応、犯人がギ・ブリーでなかったり原作と違って強かった場合に備えてララも連れてきたが、無用の心配だったらしい。
原作通りなら、婚約者の中で警戒すべきなのは最後に現れたドスケベな王子――が差し向けてくる
「じゃあ、こいつどっかにやって古手川を助けるぞ。ギ・ブリーは俺が何とかするから、ララは古手川を下ろして保健室まで運んでやってくれ」
「私でいいの? 友達なんだからケンジが助けてあげればいいのに」
「冗談。古手川に触れたり運んだりしている間に彼女が目覚めたら、今度は俺が『ハレンチな!』の罵声付きでぶっ飛ばされちまう」
「そんなことないと思うけどな」
小さく何やら呟きながらララは古手川を縛るケーブルをほどいていく。その間に俺はララが出した小さな便器みたいなものにギ・ブリーを流し込んだ。
◇
『聞いたぜツキジマケンジ! いきなり婚約者の一人をぶっ飛ばしたってな。ララを手懐けただけはあるじゃねえか!』
「まあ、その場の勢いで殴ったら、あっさりやられてくれたと言いますか」
水晶型の通信機から厳つい声が放たれる。それに俺は当たり障りのない返事を返すしかできなかった。
向こうにいるのはララの父親にして銀河を束ねるデビルーク星の王、ギド・ルシオン・デビルーク。声と裏腹に、幼稚園児か小学1年ほどの子供の姿をしていることも知っている。
その姿に反して、こいつこそ一番警戒すべき相手だってことも。
『俺の見立て通りだったってわけだ。よし、お前を正式にララの婚約者候補として認めてやる。その調子で他の候補を倒して見せろ』
「えっ!? マジ――本気ですか?」
“婚約者”という一言にたまらず声を上げる。俺がララの婚約者だと?
リトの役目を奪っちまってるじゃねえか!!
「ギ・ブリーってヤツが弱すぎただけで俺はろくに力もありませんし、デビルークの王様なんかできると思えませんよ。俺なんかより相応しい奴が地球にいるかもしれませんし、このままうちでララに婚約者を探してもらうってのは――」
『あんっ? お前まさかと思うが――俺の娘が気に入らねえって言うのか?』
一段低くなった声をぶつけられた瞬間、びくりと肩が跳ね上がる。
これ以上逆らったら消される。そんな確信から言葉が出なくなった。
『まあ心配すんな。デビルーク王に求められるのは力だけじゃねえ。むしろ俺は相手をビビらせる脅し役で、政治や外交は王妃に任せてんだよ。そいつも地球人と変わらねえほど非力だ。口先でザスティンを丸め込んだお前と変わらねえだろう?』
そういや、こいつの奥さんにしてララの母親はデビルーク人じゃなかったな。相手を惚れさせる声と容姿の持ち主だ。つか、父親たちの中じゃ俺って口が上手いと思われてんのか?
『そういうわけで、他の候補どもを倒すか従わせられたらツキジマケンジ、お前をララの夫、そしてデビルーク王にしてやる。――だが、もし他の奴にララを奪われたりララを渡すような真似をしやがったら』
そこで俺はごくりと唾を飲みこむ。それを察したように父親もわざとらしく間を空けて言い放った。
『その時はてめえを住んでる
やっぱそうなるのかよ! これじゃ迂闊にリトとララをくっつけることもできねえ。
「ケンジー!! やっと出来たよー。ケンジ、妹がほしいって言ってたでしょ!」
父親と話してることなどいざ知らず、下からララの能天気な声が聞こえてくる。妹って一体?
『妹だと? お前、そんなもん欲しがってんのか?』
父親は怪訝な声で訊ねてくる。同じ勘違いするあたり親子っぽいな。
「いや、きっと何かの勘違いでしょ。ララもここに呼びますか?」
尋ねると水晶から手を振るような音と返事が返ってきた。
『いいいい。俺に居場所が気付かれてると分かったら、また別の星に逃げかねねえ。言いたいことは伝えたから、お前はララのもとに行ってやれ。ザスティン、引き続きララのことは頼んだぞ』
「はっ、お任せを」
通信機越しにかかわらず、ザスティンは
俺は当たり障りのない挨拶を返してララがいる一階に下りた。
そこで待っていたのはララと……。
『オニイチャン、オカエリナサイマセ!』
黒髪のカツラを付けたピンク色の金属でできたロボットに挨拶され、俺と遅れてきたザスティンは唖然と立ち尽くす。そして隣に顔を移し……。
「ララ、“これ”は?」
ロボットを指さしながら尋ねる俺に、ララは誇らしげに告げた。
「ケンジの妹ロボ、名付けて『イモウロボちゃん』! これからはこの子がケンジの妹として家事を手伝ったり、いっしょに遊ぶことができるよ。どう、気に入った?」
ロボットを妹代わりにするなんて余計
家事オンチのララが発明したロボットにやはり家事などできず、時々動かすだけで十分と言い、イモウロボはスイッチを切って亜空間の収納スペースに保管させておくことになった。
◇
「ナナ様、まだお勉強は終わってませんぞ! いい加減戻ってきてくだされ!」
「そうよナナ! これ以上駄々こねてまたボーナムの腰を悪くする気?」
教育係の老人とともに、手足が出た平服用のドレスを着た短いピンク髪の少女が声を上げる。
それに対し、王女らしからぬ活動的な服を着、ピンク髪を二つに分けた少女は二人から逃げるように庭に出て恐竜型のペットの背に乗りながら声を返した。
「第二王女のあたしが宇宙の歴史なんて覚えたって意味ないだろ。王は姉上の旦那が継ぐんだし、あたしは宇宙中の動物集めて動物園でも建てて生活するよ」
「そんなわけにいかないでしょ! お姉様の婚約者探しも上手くいってないみたいだし、いざという時に備えて私とナナも勉強しておかないと」
「そうです! ペットと遊ぶのはそれぐらいにして早く戻ってきなされ!」
「じゃあモモがたっぷり勉強すればいいじゃん。あたしにこいつを躾けておかなきゃいけないから! 行けドラスケ!!」
ボーナムとモモの呼びかけにかまわず、ナナは外を指さしながら指示を下す。
ドラスケというペットはけたたましい鳴き声を上げて応え、図太い足を踏み出す。ボーナムとモモでもさすがに恐竜を止めるのは難しく、二人は諦めのため息をつきかける。
が――
「おーっと待ったドラスケ! いい子だからこっちへ来な」
あらぬ方から声が響いた瞬間、ドラスケはびくりと震え、そちらの方を向きながら身をかがめる。
土下座しているような、あるいはナナを差し出しているかのような。
当然ドラスケに乗るナナ、ボーナムとモモも気付き、そちらに顔を向ける。その先には――
「げっ、父上!」
眼下に立つ黒髪の少年を見て、ナナは声を上げる。
それを聞いて少年――否、ギド・ルシオン・デビルークはぴくりと眉を引きつらせた。
「父親を見てげっとはご挨拶だな。ナナらしいからと容認してやっていたが、そろそろ俺直々に口の利き方を教育してやった方がよさそうか?」
ギドの問いにナナはぶんぶん首を振る。ギドはそんな娘と娘を乗せた恐竜に近付きながら――
「とにかくそっから降りてこい。いつまで俺を見下ろしてる気だ?」
それを聞いてナナはドラスケの背中――地球でいうビル5階分の高さから――地面に下り、父親のもとに駆け寄る。
ドラスケから下りてもギドはナナとモモより頭二つ分小さい。が、彼の恐ろしさは未開発惑星の住民でもない限り誰もがよーく知っていた。
「相変わらず勉強嫌いだな。そういうところは俺に似やがって」
「だって、昔起こった事なんて覚えてもしょうがねえし、王族のしきたりも姉上と旦那が王位を継いだら意味なくなるし、他の勉強だってモモの方が成績いいし、あたしは王宮出る時に備えて他の経験積んだ方がいいかなって」
「ナナったら」
言い訳を漏らす姉にモモは溜息を零す。双子とはいえどっちが姉なんだか。
「わあった。じゃあナナに王宮を出る機会をやろう」
「「えっ?」」
父の言葉に、ナナそしてモモの口からも戸惑いの声が出る。ボーナムも目を見張り――
「陛下、本気ですか? ナナ様を王宮の外に出すなど」
「本気も本気だ。またナナの蹴りを喰らって、お前に腰を痛められでもした方が困る。お前の嫁さんに恨まれたくもねえしな」
ボーナムの妻、メリッサは戦闘に優れているわけではない。しかし彼女は王妃セフィと親しく、ある一件でモモからも深く尊敬されている。あと、性格的にギドが苦手なタイプでもある。
「モモ。お前にも外に出る機会をやろう。ナナの見張りが必要だし、お前もララがいなくて退屈してただろう」
「お父様、それは……」
モモは言い返そうとするも、ララの不在を喜べず押し黙る。ララがいなくなってから、ナナもモモも胸がぽっかり空いた気分になっていたのだ。先ほどの騒ぎもそれを紛らわすための空元気からくるものもあった。
「そう言ってくれるのは嬉しいけど、どこに行かせる気? デビルークの中? それともデビルークと仲がいい別の星?」
いや、一つだけ例外がある。
「お父様、まさかと思いますが……」
察しのいい
「お前らに行ってもらうのは『地球』……ララと婚約者最有力候補が住んでいる場所だ。そいつはどうやら妹を欲しがっているみたいでな。“未来の義妹”としてそいつを確かめてこい」