卑劣な!異世界勇者を追放するなんて!   作:幸森

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卑劣な!異世界勇者を追放するなんて!

「勇者イサム。貴様を、本日限りで勇者パーティーから追放する」

 

 王都アルトリア。

 

 白亜の王城、その最奥に位置する謁見の間に、国王エドワード三世の声が響き渡った。

 玉座の前には五人の男女が並んでいる。

 

 国王エドワード三世。

 

 勇者パーティーの副長にして、王国最強の聖騎士レオン。 

 

 聖女エリシア。

 

 宮廷魔導師マリア。

 

 そして斥候のリゼット。

 

 彼らが睨みつける先には、一人の青年が立っていた。

 黒髪に黒い瞳。

 異世界から召喚され、わずか三年で魔王軍の支配領域を半減させた男。

 

 勇者イサムである。

 

「...え?」

 

 イサムは、間の抜けた声を上げた。

 

「追放?」

 

「そうだ」

 

「どうして?」

 

「どうして、だと...?」

 

 聖騎士レオンが拳を握りしめた。

 

「貴様には、自分が何をしたのかという自覚がないのか!」

 

「ええと...魔王軍の都市を3つ、要塞を1つ、兵站拠点を7つ潰して、将軍を3人殺して、占領地域を2つ奪還したね。ああ、先月は魔王軍の兵站も半壊させたよ」

 

「そういう話ではない!」

 

「じゃあ何の話?」

 

 本当に分からない、という顔だった。

 

 その顔を見た聖女エリシアが、震える手で口元を覆う。

 

「……陛下。やはり、この方には何も伝わっておりません」

 

「そのようだな」

 

 国王は深く息を吐いた。

 

「イサム。これより貴様が行った行為について、我々は正式に糾弾する」

 

「糾弾?」

 

「全て、貴様自身が立案し、実行した作戦だ」

 

「ああ、作戦報告ってこと?翻訳魔法も失敗するんだね、分かった」

 

 勇者は微笑んだ。

「それなら資料もあるよ。必要なら説明する」

 

 その瞬間、誰もが悟った。

 この男は、自分がなぜ糾弾されているのか、本当に理解していない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「第一の罪状!」

 

 聖騎士レオンが声を張り上げた。

「二年前、王国北部のルーデン村で発生した事件だ!」

 

「...ああ、ゴブリンの討伐依頼だね」

 

「そうだ。村は長年ゴブリンの襲撃に悩まされていた。貴様は周辺のゴブリンを討伐した。そこまではいい!」

 

「ありがとう」

「褒めていない!」

 

 レオンが机を叩いた。

「問題はその後だ! 貴様は討伐したゴブリンの死体を切断し、村の周囲に立てた杭に吊るした!」

 

 謁見の間が静まり返った。

 

「首を吊るしたもの、手足を杭に結びつけたもの、村に続く街道には数十ものゴブリンの残骸が並んでいたという!」

 

「ああ、あれ」

 

 イサムは頷いた。

「効果があっただろう?」

 

「...何?」

 

「あれから二年間、ルーデン村は一度もゴブリンに襲撃されていない。こないだ、遊びに行ったじゃないか?」

 

「それは...!」

 

「これまでの記録からゴブリンにはある程度の知性があることが分かる。仲間の死体がどんな状態になったかを理解できるし、危険を学習する能力もある。だから、ここを襲ったら同じ目に遭うぞ、と伝えたんだ」

 

 イサムは指を一本立てた。

「実際、周囲のゴブリンは村を避けるようになった。討伐後に別の群れが現れることもない。おかげで村の警備費用も減った」

 

「だからといって、あのような...!」

 

「もちろん、衛生対策もしたよ」

 

 勇者は聖女を見た。

「エリシアに頼んで腐敗と病原菌の拡散を防ぐため、神聖魔法をかけてもらった。村に病気が広まるようなことはない」

 

「私は...!」

 

 聖女エリシアの顔が蒼白になった。

「あのとき、あなたは村に疫病が発生しないためだと...!」

 

「うん。そのとおりだよ?」

 

「私は、あんなものを何年も飾っておくために祝福したのではありません!」

 

「でも、おかげで腐ってないでしょ?」

 

 沈黙が部屋を支配した。

 

「ちなみに村長からは感謝状をもらったよ」

 

 勇者は懐から一枚の紙を取り出した。

 

『勇者様のおかげで村は平和になりました。子供たちも夜に眠れるようになりました』

 

「ほら」

 

「その村の子供たちは、街道に並んだ死体を見て泣き叫んでいたんだぞ!」

 

「ゴブリンに攫われて食われるよりはいいんじゃない?」

 

「貴様...!」

 

「実際、どちらの方が被害が少ない?」

 

 レオンは答えられなかった。

 

 村に死者は出なくなった。

 

 家畜も奪われなくなった。

 

 村人は畑を広げ、税収さえ増えた。

 

 結果だけを見れば、大成功だった。

 

「...勇者イサム」

 

 国王が口を開いた。

 

「貴様は、あれを残酷だとは思わなかったのか?」

 

「思ったよ」

 

「ならばなぜ!」

 

「残酷だからだよ」

 

 イサムは不思議そうに首を傾げる。

「残酷だと分かる相手に、残酷な目に遭うと知らせる。だから抑止力になるんだろう?」

 

 誰も返す言葉を持たなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「第二の罪状です」

 

 宮廷魔導師マリアが前に出た。

 いつもは冷静な彼女の声には、明らかな怒りが混じっていた。

「昨年、魔王軍の要塞都市ベルグラードで発生した爆発事件について説明してください」

 

「ああ、あれか」

 

 勇者が嬉しそうに手を打った。

「魔王軍第三軍団のガルド将軍を暗殺した作戦だね。あれはうまくいった」

 

「...どのように、ですか?」

 

「ベルグラードの冒険者組合に、偽の討伐依頼を流したんだ」

 

 イサムは何でもないことのように説明を始めた。

「魔王軍にも冒険者制度があるだろう? だから僕たちは近くの村のギルドへ魔人族に変身して、街の外への魔獣の討伐依頼を出した。討伐する魔獣の脅威度を低く偽ってね。そこに来た冒険者たちを偶然助けたふりをして、彼らに遅延型の爆裂魔法を仕掛けたんだ」

 

「...それで?」

 

「彼らは何も知らずに街へ帰った。何グループか同じように街に戻ってしばらくしたところで爆発させた」

 

 マリアの唇が震えた。

「その爆発で、冒険者組合の建物が吹き飛びました」

 

「うん」

 

「周辺の商店も焼け落ちました」

 

「そうだね」

 

「冒険者だけではありません。商人、宿屋の従業員、通行人まで巻き込まれたのですよ!」

 

「だろうね」

 

「だろうね、ですって!?」

 

 マリアが叫んだ。

「あなたは分かっていてやったのですか!」

 

「当然でしょ。混乱を起こすのが目的だったんだから」

 

 勇者は平然と続けた。

 

「都市で大規模な爆発が起きれば、守備隊は市街地の警備と救助に回される。その間に将軍の屋敷の警備が手薄になったから、僕が侵入して殺した。それで指揮系統は崩壊した」

 

「無関係の市民を巻き込んでまで……!」

 

「無関係?」

 

 イサムは首を傾げた。

「あそこは魔王軍の軍事都市だよ?」

 

「そこで暮らしている人々は、全員が兵士ではありません!」

 

「それはそうだね」

 

「なら!」

 

「でも、将軍を殺さなければ、あそこは翌月に王国南部へ侵攻していたよ?」

 

 勇者は国王へ顔を向けた。

「王国軍の予想損害は...魔王軍兵士って無駄に強いからランチェスターの法則に当てはめにくいけど、王国軍兵士だけで5000前後ってとこかな。民間人の被害はもっと酷い。実際、ガルド将軍の死後、魔王第三軍団は内紛と混乱で南部侵攻を中止している」

 

「...」

 

「つまり、あの作戦で王国側の数千人の命が救われたことになる」

 

 イサムは微笑んだ。

「ベルグラードで起きた爆発の被害者?は百人程度だったはずだ。費用対効果はかなり良かったと思うけど」

 

「命を...数字で計算するな!」

 

 レオンの怒声が響いた。

 

 勇者は目を丸くした。

「戦争って、そういうものじゃないの?」

 

 国王は答えなかった。

 なぜなら、その将軍の討伐報告が届いた日、王宮では祝宴が開かれていたからだ。

 勇者の胸に光る勲章は、国王自身がその功績で勇者に授けていたものだ。

 

 

 

   

 

 

 

 

 

 

「...第三の罪状です」

 

 聖女エリシアが前へ出た。

 その手には、古びた羊皮紙が握られていた。

「あなたは魔王軍支配地域各地で、ゴブリンや知性を持つ魔獣に捕らわれていた女性たちを救出しましたね」

 

「ああ、そうだね...全部で四十七名」

 

「よく覚えてるね」

 

「……その女性たちは、どうなりましたか?」

 

「全員処分したよ」

 

 あまりにも自然な返答だった。

 謁見の間にいた近衛騎士の一人が息を呑んだ。

 

「...処分?」

 

 レオンが低い声で繰り返した。

 

「貴様は今、彼女たちを、処分と言ったのか?」

 

「うん」

 

「なぜだ!」

 

「名誉のためだよ」

 

 イサムは真顔で答えた。

「彼女たちは魔獣に長期間囚われていた。孕まされたのもいたね、故郷へ帰したところで、世間からどんな目で見られるか分からない。家族だって困るだろう? だから彼女たちの名誉を守るため、苦しまないように処分した」

 

 エリシアの手から羊皮紙が落ちた。

「...あの方々は」

 

 震える声が漏れた。

 

「...あの方々の中には、帰りたいと言っていた人もいたんですよ」

 

「うん、覚えてる」

 

「両親に会いたいと! 子供に会いたいと! もう一度、故郷の麦畑を見たいと!」

 

「そう言ってたね」

 

「だったら、なぜ!」

 

「帰ってから不幸になる可能性が高かったから」

 

 勇者は至極当然のように答えた。

「魔獣に捕らわれていた女性を、故郷の人間が素直に受け入れるとは限らないだろう?少なくともギルドの報告や村々を巡ると大概、村を家族ごと追われスラムで苦しい生活をさせられたり、行方不明になっていることが大半だ。保護する王国法も規則もなかった。だったら、名誉ある死を与えた方が救いになる」

 

「誰が...!」

 

 エリシアは涙を流していた。

「誰が、あなたにそんなことを決める権利を与えたのですか!」

 

「権利?」

 

 イサムは困ったように眉を寄せた。

「僕は勇者だよ?」

 

「それが何だというのです!」

 

「王国法で召喚勇者は最低でも男爵兼兵士長。あの時の僕は将軍兼伯爵相当として扱われる。だから最善と思われる方法を取った。それだけだよ」

 

「あなたは救っていません!」

 

 エリシアが叫んだ。

「あの方々は生きていた! 生きて、帰りたかった! あなたがしたのは救済ではありません!ただの殺人です!」

 

「でも」

 

 勇者は国王を見た。

「王国法では、魔王領で手に入れた捕虜の処遇は、現地の討伐指揮官に委ねられるんじゃなかった?」

 

 国王の顔が強張った。

「...その通りだ」

 

「じゃあ、あの時最高階級であった僕が討伐指揮官で問題ないよね?」

 

「...そうだ」

 

 王国法は、貴族の権利と領地の境界、租税、軍役については細かく定めていた。

 しかし、魔王軍占領地域の住民の権利など、誰も考えたことがなかった。

 また、慣習として魔獣に連れされた者は死んだものとして1週間で村や街の名簿から削除されていた。

 ましてや異種族に囚われていた者の生命を、討伐指揮官から守る法律など存在しなかった。

 

「ほら」

 

 イサムは笑顔になった。

「何も違反してない」

 

 エリシアはその青く輝く瞳から大粒の涙を流し、その場に膝をついた。

 

 勇者はその様子を見て、ますます困惑した。

「...そこまで泣く?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「第四の罪状」

 

 斥候リゼットが口を開いた。

 彼女は勇者と共に、最も長く敵地で活動した人間だった。

「魔王軍西部防衛拠点、ベルン要塞の陥落について」

 

「ああ、あれはよかったね」

 

「よかった...?」

 

「うん。想定通りできたから」

 

 リゼットは唇を噛んだ。

「...説明して」

 

「ベルン要塞は難攻不落だった。兵士の士気も高いし、城壁も魔法防護があり、硬い。正面攻撃すれば王国軍は大損害を受ける。だから周辺の魔族の村々を襲ったんだ」

 

「...それから?」

 

「捕らえた村人たちに爆裂魔法を仕掛けて、要塞へ逃がした」

 

 勇者は楽しげに語った。

「要塞の守備隊は親切だったそうだよ。逃げてきた民間人を受け入れて、食料と水を分け与えた。傷ついた者には治療までしていたらしいね」

 

「...」

 

「そして避難民が要塞に集まった頃に、魔法を起動して爆発させた。要塞は大混乱。食料庫も医療施設も使えなくなった」

 

「それだけではないでしょう」

 

「そう。その次が重要なんだ」

 

 勇者は指を二本立てた。

「また周囲の村を襲った。今度は逃げる村人には何も仕掛けず、そのまま要塞へ向かわせたんだ」

 

「...」

 

「要塞の守備隊はどうしたと思う?」

 

 リゼットは答えなかった。

 知っていたからだ。

 

「避難民を追い返したんだよ」

 

 勇者は満足そうに笑った。

「当然だよね。前回、受け入れた避難民が爆発したんだから。次も同じことが起きるかもしれない。そう考えるのは合理的だ」

 

「...」

 

「追い返された避難民たちは、周辺の街へ逃げた。そして言いふらしたんだ。魔王軍は自分たちを見捨てた、と」

 

 イサムは楽しそうに続けた。

「それで魔王軍の評判は一気に悪化した。兵士たちも、自分たちが守るべき民間人を追い返したことで動揺した。兵士の親や子供もいたんだろうね、士気は低下、住民との関係も悪化、補給線も不安定になった」

 

「あなたは...!」

 

 リゼットが震える声で言った。

「あなたは魔王軍の善意を、兵器にしたのよ」

 

「うん」

 

「傷ついた民間人を助ける、その当たり前の行為を!」

 

「そうだよ」

 

「そして次からは誰も助けられないようにした!」

 

「それが狙いだもの」

 

 勇者は不思議そうに彼女を見た。

「敵が良心を持っているなら、それを利用しない手はないだろう?」

 

 リゼットは俯いた。

 

 あの要塞の指揮官と兵士は、最後まで国を守ろうとしていた。

 補給路が断たれ、自分たちが飢えても、配給量を減らして残った避難民たちに食料を与えていた。

 そして最後には、自分たちが助けるべき民間人を疑わざるを得なくなった。

 

「...あの要塞の指揮官は」

 

 リゼットが呟いた。

「最後に自決したそうよ」

 

「知ってるよ」

 

「自分が避難民を見捨てた責任を取って」

 

「真面目な人だったんだろうね」

 

 イサムは感心したように頷いた。

「敵ながら立派だよ。丁重に弔わせてもらった」

 

「...あなたがそうさせたのよ」

 

「うん。そのための作戦だし」

 

 リゼットは何も言えなくなった。

 

 

 

 

 

   

 

 

 

 

「第五の罪状だ」

 

 国王が直接口を開いた。

「魔王領全域における、道路及び橋梁の破壊について」

 

「ああ、補給線の遮断だね」

 

「貴様は土魔法と爆裂魔法を用いて、各地の街道、橋、水路を破壊した」

 

「そうだね」

 

「その結果、魔王軍の補給は著しく悪化した」

 

「成功だったでしょ?」

 

「...同時に、魔王領の各地で飢饉が発生した」

 

「そうなるだろうね」

 

 イサムは何でもないことのように答えた。

「兵站というのは、軍隊だけの問題じゃない。食料の流通、商業、輸送、全部を含めた仕組みだから。橋と街道を破壊すれば、軍も民間もまとめて弱体化する」

 

「餓死者が出たのだぞ」

 

「敵兵の?」

 

「民間人だ!」

 

「ああ」

 

 勇者は頷いた。

「でも、民間の輸送網を利用して軍事物資を運んでいたんだから、避けられないことだよ」

 

「...貴様」

 

「むしろ、そこが重要なんだ」

 

 イサムは説明を続けた。

「軍隊だけを飢えさせるのは難しい。でも民間人まで含めて飢えれば、魔王軍は食料を徴発しなければならなくなる。すると住民は軍を恨む。逆に軍が住民へ食料を分ければ、前線の兵士が飢える」

 

 勇者は微笑んだ。

「どっちに転んでも魔王軍は弱くなる」

 

「つまり貴様は……」

 

「うん」

 

 イサムは胸を張った。

「魔王軍の軍事力だけじゃなくて、魔王領全体の継戦能力を破壊したんだ」

 

 国王は目を閉じた。

 王国軍は、この作戦のおかげで南部戦線を突破した。敵の補給が途絶え、戦わずして降伏した砦も多かった。兵士の犠牲は、当初予測の十分の一に減っていた。

 そして、その報告を受けた国王はこう命じた。

 

『勇者イサムの作戦を全面的に支援せよ』

 

 命令文書の最後には、国王自身の署名が残っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「最後の罪状です」

 

 マリアが静かに言った。

「あなたは変身魔法で魔王軍の兵士に成りすまし、魔族の村々を襲撃しましたね」

 

「うん」

 

「なぜですか」

 

「魔王軍への不満を高めるためだよ」

 

「...」

 

「魔王軍の兵士に村を襲わせたように見せかければ、村人たちは魔王軍を恨むだろう? そうなれば徴兵に応じる者は減るし、税の徴収も難しくなる。反乱が起きればなお良い」

 

「実際に、三つの村が魔王軍に対して蜂起しました」

 

「成功だね」

 

「...その村々は、魔王軍に鎮圧されました」

 

「残念だったね」

 

「住民は大勢殺されました!」

 

「戦争だからね」

 

 マリアはとうとう杖を握りしめた。

「あなたにとって、敵国の住民は何なのですか!」

 

「敵国の住民だよ」

 

「そういうことを聞いているのではありません!」

 

「じゃあ何?」

 

「命ある同じ存在として、見ていないのですか!」

 

 イサムはしばらく考えた。

「もちろん、命があるのは分かってるよ」

 

 そして、答えた。

「でも、僕は魔王軍を倒すために召喚されたんだ」

 

 それは、あまりにも単純な答えだった。

「魔王軍を倒せと言われた。だから魔王軍が弱くなることをした。それだけだよ」

 

「...」

 

「そもそも、君たちだって魔王軍の兵士を殺してきたじゃないか」

 

「戦っている兵士と、何も知らない村人は違います!」

 

「うん。違うね」

 

「なら!」

 

「でも、村人を殺した方が魔王軍を弱体化できることもある」

 

 勇者は微笑んだ。

「戦争に勝つという目的から見れば、それは有効な手段だ。君の変身魔法には助けられたよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 六つの糾弾が終わった。

 謁見の間は重苦しい沈黙に包まれていた。

 やがて、国王が口を開いた。

「勇者イサム。貴様は、これまでの行為について何か申し開きはあるか」

 

「ええと...」

 

 イサムは首を傾げた。

「それで、僕は何の王国法に違反したの?」

 

「...何?」

 

「いや、さっきから聞いてる限りなんだけど」

 

 イサムは指を折って数え始めた。

「ゴブリンの死体の処理方法に関する法律はない。敵国に対する謀略や暗殺も禁じられていない。魔王領の無籍民の処遇は討伐指揮官に一任されている。軍事拠点への攻撃方法にも制限はない。敵地の道路や橋を破壊するのも合法。身体を変身して戦うことだって禁止されていない」

 

 一つ数えるごとに、王国の重臣たちの顔が暗くなった。

「どれも王国法には抵触しないでしょ?」

 

「...そうだ」

 

 国王は絞り出すように答えた。

「いずれの行為も、現行の王国法においては処罰の対象とならぬ」

 

「良かった。王国法勉強したつもりだけど、間違ってたのかと思った。召喚された時、言葉は分かるけど文字が読めなかったからね。みんなに聞いて回ってよかったよ」

 

「ところで、何が問題なの?」

 

 イサムは本当に不思議そうだった。

「僕は魔王軍を倒すために呼ばれたんだろう?」

 

「...」

 

「だから魔王軍を倒してる。戦果も出してる。王国軍の損害も減らしてる。税金も節約できてる。民間人の犠牲だって、王国側だけを見れば減ってるよ」

 

 それは事実だった。

 勇者イサムが指揮を執るようになってから、王国軍の損害は激減していた。正面戦闘を避け、補給線を破壊し、敵将を暗殺し、内部対立を誘発する。

 敵に勝てる戦いしか仕掛けず、味方の損害を最小限に抑えた。

 その結果、王国の国庫には余裕が生まれ、戦死する兵士も減り、魔王領は急速に縮小していた。

 

「しかも」

 

 勇者は続けた。

「僕は君たちに、人道的?に戦争しろなんて命令された覚えはないんだけど」

 

 国王は沈黙した。

「王国を守れ。魔王軍を倒せ。なるべく早く平和を取り戻せ」

 

 イサムは三本の指を立てた。

「僕が受けた命令は、この三つだよ」

 

「...その通りだ」

 

「じゃあ全部守ってるよね?」

 

「...ああ」

 

「なら、何が不満なの?」

 

 誰も答えなかった。

 やがて、聖騎士レオンが静かに口を開いた。

 

「イサム。貴様に聞きたい」

 

「何?」

 

「目の前に、ゴブリンに襲われている村があるとする」

 

「うん」

 

「その村を救うためには、どうする?」

 

「状況によるかな」

 

「例えば、30人しかいない村であり、守ろうとすれば100人の兵士が死ぬとする」

 

「それなら村を見捨てるよ。避難もしないならね」

 

「...そうか」

 

「ただし村の住民を避難させられるなら、そうする。人手が足りなければ...ああ、村を囮にしてゴブリンを誘い出す方がいいかもしれない」

 

 レオンは目を閉じた。

「もういい」

 

「え? まだ説明あるけど」

 

「もういいと言った!」

 

 聖騎士は叫んだ。

「貴様は、目の前にいる人間を救おうとはしないのか!」

 

「するよ」

 

 勇者は即答した。

「救う意味があるならね」

 

 その一言で、聖女エリシアは再び泣き始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「...イサム」

 

 国王が玉座から立ち上がった。

「私は、貴様を処罰することはできない」

 

「そうだろうね」

 

「王国法の不備もある。貴様の作戦を認可した私自身の責任もある」

 

「うん」

 

「そして、貴様の功績がなければ、この国はとうに滅びていただろう」

 

「その可能性は高かったと思うよ」

 

「...だが」

 

 国王は、勇者の目を真っ直ぐ見据えた。

「それでも私は、貴様を勇者として認め続けることはできぬ」

 

「...どうして?」

 

「貴様は、魔王軍を倒すためなら何でもする」

 

「うん」

 

「ならば、いつか我が国の民も殺すだろう」

 

 イサムは一瞬だけ考えた。

 

「...必要なら、そうするかもしれないね」

 

 その言葉に、謁見の間の全員が硬直した。

 

「例えば王都を犠牲にすることで魔王と魔王軍を確実に殲滅できるなら、その方法も選択肢には入ると思う。もちろん、他に良い方法があるならそっちを選ぶけど」

 

「...そうか」

 

 国王はゆっくりと頷いた。

「やはり、貴様をこの国に置いておくわけにはいかぬ」

 

「でも、王国法違反はしていないよ?」

 

「承知している」

 

「王命にも違反していないよ?」

 

「それも承知している」

 

「なのに追放?」

 

「そうだ」

 

 国王は静かに告げた。

「貴様を罪人として裁くのではない。王国との誓約を破棄し、勇者としての公的権限を停止する。国外への退去を命ずる」

 

 イサムはしばらく考え込んだ。

「...王国法35条?」

 

「そうだ」

 

「それなら仕方ないね」

 

 あまりにもあっさりした返答だった。

 

 国王も、勇者パーティーの面々も、思わず顔を上げた。

「...異議はないのか?」

 

「ないよ。あの条項は勇者がだめなときに誓約を切るためのものなんだから、一方的とはいえ合法ではあるだろう?」

 

 勇者は笑った。

 

「...貴様は」

 

 レオンが呟いた。

「本当に、何とも思わないのか...?」

 

「何について?」

 

「自分がしてきたことについてだ!」

 

「結果には満足してるよ」

 

 勇者は穏やかに答えた。

「三年間で王国の戦死者を大幅に減らした。魔王軍の領土を半分以下にした。国内の治安も回復させた。僕ってこんなにできるんだなって。自己肯定感上がるよ。僕としては、かなり頑張ったつもりなんだけどね」

 

「...」

 

「まあ、評価基準が違ったんだろうね」

 

 イサムは肩をすくめた。

「最初に説明してくれれば良かったし、なんなら途中から王命を変えてくれればいいのに。これほどうまくは行かなくても頑張れたよ?」

 

 国王は何も言えなかった。

 なぜなら勇者を召喚した日、確かに自分はこう言ったからだ。

 

『いかなる手段を用いても構わぬ。魔王を討ち、この国を救ってくれ』

 

 あのときは、ただの決まり文句だった。

 

 しかし、異世界勇者にとっては違った。

 

 本当に、何をしてもよいという言質だったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それじゃ、今までお世話になりました」

 

 勇者イサム、改めただのイサムは、荷物をまとめて城門へと向かった。

 

 見送りに来た者は一人もいなかった。

 

 もっとも、本人は気にしていなかった。

 

「さて、次はどこへ行こうかな」

 

 王国を出れば、勇者としての誓約は終了する。もう魔王軍と戦う義務はない。ならば、別の国へ行って仕事を探せばいい。

 

「...ああ、そうだ」

 

 城門を出たところで、イサムはふと思い出した。

「魔王軍の西方方面軍、来月あたりに王国の穀倉地帯へ侵攻する可能性があったな」

 

 勇者は少し考えた。

 

「まあ、今の王国なら何とかできるだろう」

 

 それから、楽しそうに歩き出した。

「次は、ちゃんと条件を確認してから仕事を受けよう」

 

 その背中に、後悔の色は微塵もなかった。

 

 * * *

 

 一方、王城の謁見の間。

 

 イサムが去ってから、国王と四人の仲間たちは長い間沈黙していた。

 

「...陛下」

 

 やがて、レオンが口を開いた。

「これで、良かったのでしょうか」

 

「分からぬ」

 

 国王は正直に答えた。

「だが、あの男を勇者と呼び続けることは、もはやできなかった」

 

「はい...」

 

「我々が求めていたのは、人々を救う勇者だ」

 

 国王は静かに続けた。

「決して、敵国の民を飢えさせ、女子供を殺し、善意を踏みにじる存在ではなかった」

 

 誰もが頷いた。

 そして何より、あんな化け物の隣にいたくはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 魔王領の玉座の間には、一枚の報告が届けられていた。

 

「...勇者が追放された?」

 

 魔王は信じられないという顔をした。

「本当か?」

 

「はっ。王国より国外退去を命じられたとのことです」

 

「理由は?」

 

「非人道的な行為の数々を糾弾された結果と聞き及んでおります」

 

 魔王はしばらく沈黙した。そして、深く息を吐いた。

 

「...そうか」

 

 魔王は玉座に深く腰掛けた。

 

「我が軍の兵糧を断ち、街道を破壊し、将軍達を暗殺し、国民を爆弾に仕立て上げた、あの男が...」

 

「はい」

 

「...倫理の問題で、追放されたのか」

 

「そのようです」

 

 魔王は天井を見上げた。しばらくして、ぽつりと呟いた。

 

「人間という種族は、理解し難いな」

 

 側近が尋ねた。

 

「陛下。これを機に王国への攻撃を?」

 

「無論だ」

 

 魔王は頷いた。

「だが、その前に一つ確認したいことがある」

 

「はっ」

 

「...あの男は今、どこにいる?」

 

「それが、北方の商業連合国へ向かったとの情報がございます」

 

「何をしに?」

 

「傭兵として雇用先を探しているとか」

 

 魔王の表情が凍りついた。

「...あの男が、か?」

 

「はい、殺しますか」

 

「...待て、やつに暗殺は危険だ」

 

 魔王はゆっくりと立ち上がった。

「我が国と国境を接しているな?」

 

「はっ」

 

「そして、我が国とは長年にわたり交易路の対立を抱えているな?」

 

「はい」

 

「...傭兵契約を結ぶ可能性は?」

 

「高いかと」

 

 魔王は頭を抱えた。

 

「...すぐに使者を送れ」

 

「王国へですか?」

 

「違う! 連合国だ!」

 

 魔王は叫んだ。

 

「何としてでも、あの男を雇わせるな!」

 

「し、しかし、敵国にそのような要求をしても....」

 

「こちらが雇え!」

 

「は?」

 

 側近は耳を疑った。

 

「勇者を...我が国が、ですか?」

 

「そうだ!」

 

 魔王は拳を握りしめた。

 

「あの男は法と契約にしか興味がないのだろう!?」

 

「おそらくは...」

 

「ならば高い報酬を出せ! そして契約書に、敵味方を問わず民間人を意図的に殺してはならぬ、捕虜を殺してはならぬ、食料庫を爆破してはならぬ、難民を兵器として使ってはならぬと、思いつく限りの禁止事項を書き込め!」

 

 側近が恐る恐る尋ねた。

 

「...そこまでして雇用する価値があるのですか?」

 

「ある!」

 

 魔王は即答した。

 

「少なくとも、我々の側にいれば敵には回らん!」

 

 そして、魔王は疲れ果てた顔で呟いた。

 

「...そもそも、あやつと戦っておると、こちらが人道を説く側になってしまうのだ」

 

 その頃。

 

 北へ向かう街道を、一人の青年が歩いていた。

 

「新しい仕事、あるといいなあ」

 

 イサムは、晴れ渡る空を見上げた。

「今度は、きちんと仕事の範囲を確認しよう」

 

 そして、少しだけ考えた。

 

「そういえば、この世界って戦時国際法みたいなものがないんだよね」

 

 彼は首を傾げた。

 

「...法ってのは守ることで守られることを理解してないのかな」

 

 その疑問を口にする男こそが、世界で最も恐れられている存在であることを、彼自身は最後まで理解していなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 謁見の間の扉が勢いよく開いた。

 

「陛下! 緊急報告でございます!」

 

 伝令の兵士が駆け込んできた。

 

「魔王軍西方方面軍が動き始めました!」

 

「何!?」

 

「兵力、およそ四万! 王国東部の穀倉地帯に向かって進軍中!」

 

 国王の顔色が変わった。

 

 勇者の部屋に残されていた紙の束。

 

 その一枚には、こう記されていたことを思い出した。

 

『西方方面軍からの防衛計画』

 

『第一案。国境ベルン要塞を破壊し破棄、進軍路上の十五村を焼却し、住民を強制移住。敵軍の現地調達能力を喪失させる。全て井戸水、農業用水を汚染し、敵軍の利用を阻止。侵攻が止まり次第反攻する。損害は約五千を見込む。東部国境沿いの穀倉地帯復興には10年程度を要する』

 

『第二案。魔王領西部に浸透し各種村を焼き討ち、西方方面軍の3将軍一家を誘拐の上、全軍撤退を要求。応じなければ2つの家族を公開処刑する。敵国に将軍の1人が内通していると欺瞞情報を流す。魔人族は人情に厚いため自国防衛を優先するのと、将軍同士で揉める確率は高い。不確実性はあるが最少なら千に満たない犠牲に終わるだろう』

 

 最後に、追記があった。

 

『両案とも採用しない場合、下策ながらベルン要塞で迎撃か。王国軍の予想損害は約一万二千』

 

『上記以外の方法も検討したが、三案より確実性に欠けるため記載せず』

 

 国王は、その文書を思い出した。

 

 元勇者パーティーの面々であるレオンやエリシアも、マリアも、リゼットも。

 

 誰一人、言葉を発しなかった。

 

 ようやく、レオンが口を開いた。

 

「...我々なら、正々堂々と戦えます」

 

「そうだな」

 

「民間人を犠牲にせず、将軍の家族を人質に取ることもなく、戦えます」

 

「ああ」

 

「...勇者がいなくとも、必ず守ってみせます」

 

 国王は、ゆっくりと頷いた。

 

「頼んだぞ、レオン」

 

「はっ!」

 

 聖騎士は胸に手を当てた。その姿は、まさに人々が思い描く英雄そのものだった。正義を信じ、弱者を守り、卑劣な手段を憎む。

 

 王国が本当に求めていた勇者とは、こういう男だったのだろう。

 

 だが、国王は、手元の報告書に目を落とした。

 

 一万二千。

 

 その数字が、どうしても頭から離れなかった。

 

 * * *

 

 そして2週間。

 

 王国東部で、魔王軍と王国軍の大規模な野戦が行われた。

 

 ベルン要塞は謎の爆発と魔王軍の奇襲により援軍の到着前に陥落、穀倉地帯を確保された王国軍はより内陸の大平原で戦うこととなった。

 

 聖騎士レオンは勇敢に戦った。

 

 聖女エリシアは敵味方を問わず負傷者を癒やした。

 

 魔導師マリアは敵軍の攻撃から村々を守り抜いた。

 

 斥候リゼットは避難民を安全な土地へ導いた。

 

 彼らは決して、敵の民間人を狙わなかった。

 

 決して、卑劣な謀略を仕掛けなかった。

 

 決して、無抵抗の者を殺さなかった。

 

 そして、王国軍は敗北した。勇者パーティーはエリシア、リゼットを残し行方不明。

 

 戦死者、三万千四百二十一。

 

 行方不明者、推定二十万強。

 

 東部の二つの都市が陥落。

 

 三十以上の村が焼かれた。

 

 もっとも、それは勇者の追放が間違いだったことを意味しない。あの男が行った数々の行為は、明らかにおぞましいものだった。

 

 しかし。

 

 勇者を追放することと、勇者なしで勝てることは、全く別の話だった。

 

 その当たり前の事実を、王国はようやく理解した。

 

 

 

 

 

 

「あー、やっぱり魔王軍って強いね、速攻で穀倉地帯確保できたなら中央軍も投じてもよかったでしょ?魔王軍の被害減らせたよ?もっと僕を信用しなって」

 

「そうだ。帰りにベルン要塞に寄ってもいいかい」

 

「何故だ?勇者よ」

 

「彼の墓に花を手向けたいんだ」

 

 

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