卑劣な!異世界勇者を追放するなんて!   作:幸森

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王国法第2条 貴族権
3項 貴族を殺害、害した者は死刑、または大法院の指定するその害に応じた刑を受ける。
ただし第1条の示す王族、および第2条6項に該当する時、15項の定める執行官、20項を満たす当事者を除く。

6項 貴族は、相対する害に対し危機的状況にある場合。防衛のための行為による殺害、害する行為を罪に問わない。

15項 貴族は、大法院の決定する方法によって、また、大法院の指定する執行官によりのみ刑を受ける。

20項 貴族は、第2条の定める権利を個人、または組織に著しく侵害された場合。事前通告の下、本人、または代理人によりその個人(または組織を代表する代理人)に決闘を行うことが出来る。




卑劣な!異世界勇者を暗殺しようとするなんて!

 追放された勇者が王都アルトリアを出発してからニ日目。

 

 イサムは国境の関所を越え、北方へと続くスタンレー山脈の山道を歩いていた。季節は初秋。

 山々は赤や黄色に色づき始め、遠くに見える標高の高い場所ではすでに雪が降り始めている。通って行った農村では麦が黄金色に黄昏れていた。

 王国と北方連合王国を隔てるスタンレー山脈には、古くから交易商人たちが利用してきた街道があった。

 もっとも、街道といっても石畳が敷かれているわけではない。

 荷馬車が相互に通れる程度の道幅で、場所によっては断崖絶壁に沿って進む必要がある。

 

「いやあ、いい景色だね」

 

 イサムは上機嫌だった。

 

 ここ三年、魔王軍との戦争と異世界の勉強ばかりだった。

 

 こうして一人で旅をするのは、異世界に召喚されて以来、初めてのことだった。

 

「これなら観光業も発展しているかな。ああ、でもこの世界、旅行者向けの保護制度がないんだよなあ。何かあったら知り合いの貴族に駆け込むしかないのがねえ」

 

 そんなことを1人で呟きながら、山の景色を見つつ、峠を越えた先の森林地帯へと入ったときだった。

 

 ふと、イサムが足を止めた。

 

「...」

 

 前方の街道に、倒木が横たわっていた。

 

 大きな針葉樹だ。彼には召喚後に学んだこの世界の植物・薬学知識はあるが、その木の名称までは知らない。

 

 その幹は道を塞ぐように倒れており、馬車はもちろん、人が通り抜けることも難しいだろう。

 

 イサムは遠巻きに倒木を観察した。根元には斧だろうか?切られた痕が残っていた。それも、一度や二度ではない。倒れる方向まで計算して、丁寧に切り込みが入れられている。

 

「《風壁》」

 ボソリと呟きながら、担いでいたリュックを下ろす。その瞬間。

 

 風を切る音がした。

 

 二本の矢が、左右からイサムの頭部めがけて飛来していた。

 

「《土壁》」

 だが、矢は彼の顔に届く寸前、地面から突き出した土の壁に突き刺さった。それに続き、さらに二本、三本と矢が次々と土壁に刺さる。

 

「おっと」

 

 イサムは軽く後ろへ下がった。

 

 周囲の茂み、木の陰から、黒い布で顔を隠し、剣や槍、弓で武装した黒い外套をまとった影のような者達が現れた。

 

 前方に八人。

 

 後方に一人。

 

 そして左右の斜面にも分かるだけで二人ずつ、それ以外にも複数の気配がある。

 

 全員が武装していた。

 

「...誰だい?」

 

 イサムはじっと彼らを見た。

 

「ずいぶん装備がいいね」

 

 男たちは答えなかった。

 

 代わりに、前方の一人が剣をこちらへ向けた。その瞬間、黒い影達は一斉に動いた。

 

 イサムは困ったように眉を寄せた。

 

「《火よ翔べ》」

 

 正面の敵や左右の射手に向けて火の魔法が飛ぶ。

 その詠唱の隙をついて後ろにいた影が飛び掛かり長剣を振り下ろす。

 

 イサムは後ろを向き、腰に付けたショートソードを抜刀する。

 

 後ろの影と剣がぶつかり、火花が散る。イサムの背中ではすべての影達が炎を切り裂いた。

 

 その瞬間。

 

「《小破裂》」

 

 呪文の詠唱と共に峠に小さな破裂音が複数響いた。

 

 影達の耳のすぐそばで

 

「ぐあっ!?」

 

 影達は悲鳴を上げた。

 

 鼓膜を叩く衝撃と激しい耳鳴りに平衡感覚を失い、剣を取り落とすものや膝をつくものがいた。

 

 後ろにいた影が首から血を吹き流して倒れ伏す中、ショートソードを持つ勇者が正面の影達を見て立っていた。

 

 

「人の耳って、魔力による身体強化をしていても弱いんだよね。無力化に全身を吹き飛ばす必要なんてないんだ」

 

 後方の男がふらつきながら手を挙げたのが見えた。左右からは最後の詠唱を唱え魔法が飛んでくる。

 

「《土壁》」

 

 その言葉に左右の斜面から土の壁が立ち上がり、影から放たれた魔法がそのまま当たり、爆炎を起こした。

 

 正面にいた影たちは即座に散開した。訓練された動きだった。正面から接近する者、側面へ回る者、さらに魔法を詠唱する者。

 

 それぞれが自分の役割を理解している。

 

「...へえ」

 

 イサムは少し感心した。

 

「やっぱり、ただの軍人じゃないね」

 

 右側から槍を構えた影が飛び込んできた。

 

 イサムは指を軽く動かした。

 

「《土塊》」

 

 影達の目の前に拳にも満たない土くれが出現し

 

「《小破裂》」

 

 今度は顔の正面で、小さな爆発が起きた。

 

 爆風に巻き込まれた土が、砂や石となり影達の目に叩きつけられる。

 

「がああっ! 目が!」

 

 彼らは一瞬目を閉じてしまった。土の出現の時点で顔を保護したものもいたが、連携も乱れた。

 

 イサムは槍の影の脇を通り抜け、無防備になった影の首筋を斬った。

 また一人、崩れ落ちる。その様子を見た襲撃者たちの表情が変わった。

 

「こいつ!」

 

「ひるむな! 相手は一人だ!」

 

 指揮官らしき男が叫んだ。

 

「近接戦へ移行!詠唱をさせるな!」

 

 だが、イサムはその声を聞いて別のことを考えていた。

 

「...統率も取れてるね」

 

 彼は男たちを観察した。鎧は外套に隠されているが、いずれも鋼製の胸甲だ。剣や槍の長さもほぼ同じ。ハンドジェスチャーや身振りも交えて命令を出しながらも、命令に対する反応も早く、正確だ。

 

 何より、全員が高度な魔法を使っている。この世界では高度に魔法を扱えるものは民間ですら貴族のお抱えだ。

 

「隠す気もなく、軍隊だね」

 

 イサムは微笑んだ。

 

「もしかして、近衛の...黒影ってやつ?」

 

 その瞬間。

 

 布に隠れた指揮官の顔が、わずかに強張ったような気がした。

 

「ああ、やっぱり。見たとおりで捻りがない」

 

「黙れ!」

 

 1人が叫んだ。

 

「総員忠誠を捧げよ!」

 

 指揮官の号令により、複数の詠唱が聞こえる。

 

 火の魔法が三つ。

 

 風の刃が二つ。

 

 土魔法が二つ。

 

 そして爆裂魔法が二つ。

 

 指揮官を先頭に動きのよい3人が勇者へ決死の形相で突っ込んできた。

 

 イサムはそれを見て、少しだけ笑った。

 

「見事」

 

 イサムは片手を地面へ向けた。

 

「《霧》」

 

 周囲の視界が、一気に白く染まった。死んだ暗殺者達の血が急速に蒸発し、細かな水滴、霧となって森林へ拡散していく。

 

「なっ!?」

 

「霧だ!」

 

「周囲が見えません!」

 

 濃密な白い霧が、林の中まで覆っていた。

 

 数歩先すら見えない。

 

「落ち着け!」

 

 指揮官が叫んだ。

 

「全員、攻撃するな!距離を置け!仲間を誤射するぞ!」

 

 その判断も正しかった。

 

 普通の相手ならば。

 

「《変身》」

 

 霧の中で、相手に聞こえないほど小声でつぶやく、霧の向こうで、複数の足音が動き始めるが、それに合わせ突っ込み、薄っすらとまだ見える黒影を見つめ。

 

「《変身》」

 

 ボソリとつぶやいた。

 

 斜面にいた5人の黒影達は早々に霧から離れ、弓や魔法を構えた。1人の黒影が叫ぶ

 

「《風の精霊よ大いなる地母神よ風を生み、すべてかき消せ》」

 

 台風を思わせるような強風が道や斜面を覆う霧に当たるが、風とは逆に霧は黒影達へさらに伸び、より濃くなる。

 

「風でかき消せてないぞ!」

 

「こっちだ!来い!」

 

 味方の撤退の援護と追撃に来るだろう勇者への牽制であった。味方に霧のない所を教え、勇者がのこのこと追撃してくるなら撃ち殺す腹積もりだ。そして真っ先に霧を越えて来たのは。

 

 勇者だった。

 

 即座に黒影達は矢を、魔法を放ち、その全てが勇者のアホ面に突き刺さる。

 やった、と5人が思った瞬間。

 

「何故..」

 

 魔法が解けた。

 

 そこには眉間に矢が刺さり、風の刃に腹を裂かれ、炎に身体を焼かれた。何が起こったか信じられない顔をした黒影の指揮官がいた。

 

「変身魔法だ!隊長が死んだぞ!」

 

 斜面の黒影の一人が即座に叫ぶ。その声に霧の中にいる黒影たちが反応し。

 

「何!?」

 

 一瞬足を止めた。止めてしまった

 

 その瞬間、霧から黒い外套を纏った男が声をかち上げながらこちらを指して飛び出てくる。

 

し尽くせ大爆裂》」

 

 「しまっ」

 

 峠に巨大な破裂音が響く。魔法防御の遅れた斜面の黒影達は全滅した。そしてさらに、霧が、混乱が、濃くなった。

 

「撤退!撤退しっ」

 

「ぐっ」

 

「固まるな、散開しろ!」 

 

「味方だ!戦うな!散開だ!散かっ」

 

「《爆裂》」

 

 

 勇者の活躍により隠れてはいるが、魔王軍との最前線国家である王国は大陸の中でも有数の精強な軍隊を保有する。

 

 彼ら黒影は、精鋭の近衛兵からさらに選抜され訓練を施された暗殺部隊であり、魔王軍との戦争で減っていた対人戦闘のプロでもある。

 

 彼らは決して弱くはない。寧ろその実力は他国の軍事規範において一般兵では1対5で戦うことが推奨される王国近衛兵のさらに上澄みだ。

 

 だが、それは、召喚の際に様々な恩恵を受け、魔力的に強化された存在である、勇者に勝てることを意味しない。

 

 勇者が召喚された当初に行われた模擬試合において、純粋な身体強化の魔法だけで1人の近衛兵と同等とされた。攻撃魔法を覚え、異世界の知識を吸収し、魔人族との戦争を経験した勇者はさらに強くなっているというのは自明であろう。

 

 故に、それは黒影の総動員であった。4人1組の暗殺部隊。その4部隊全てと3人の教官、その全てを勇者にぶつけた。

 

 

 

 

 

 結果

  

「はあぁぁぁ、疲れたぁぁ!特殊部隊って何でこんなに強いのかね。僕とは生物として違うはずなのに...人族の可能性感じちゃうね!死ぬかと思ったよ!」

 

 斜面に腰掛け、汗とほこりにまみれながらははと笑うイサムがそこにいた。

 

 峠の霧を晴らした。そこは地獄絵図といってよいものであった。

 山道には、血と焦げた肉の臭いが漂っていた。左右の斜面や林は爆裂魔法により抉れており、人だったものが散らばっている。

 指揮官は2つに裂かれ、それぞれがぶすぶすと焼け焦げたまま。道や林には一部の黒影達が血の花を咲かせ、または傷口から水分を奪われミイラのように事切れていた。

 

 イサムは指を折って数えた。

 

「18人か...」

 

イサムは死んだ指揮官達の装備を調べた。

 

「...やっぱり」

 

 彼らは金や食料といったものは持っていなかった。無論、身分を示すようなものはなく、装備に統一性はあるが、紋章などの個人や組織が分かるようなものはなかった。

 

 しかしながら、彼らの装備はミスリル鎧であった。ミスリル銀という、ファンタジー鉱石があるが、軽石のように軽く、魔力を吸収し一次的に硬化するという特徴がある。魔法攻撃に対して、その魔力すら吸収し鎧の硬化に使うため強い耐魔法性能を持つ面倒な鎧だ。

 よく見るとそれぞれ思い思いにカスタムされており、鎖帷子を付けた者もいた。生半可な弓矢や魔法では傷一つつけられなかっただろう。

 

 ミスリル鎧というものは、指揮官クラスなら敵味方双方つけていることが多い装備だが、高級品であり、少なくとも死んだ18人全員が着けているというのは相応の経済力がある国に限られる。

 第一候補は王国だ。次の候補は、向かう先の連合国だろうか。

 王国を敵と誤認させて復讐させるためのブラフとも考えるが、どの道このような人族部隊を送れるのは大陸5大国...王国、連合国、帝国、二重帝国、大公国に限られるだろう。

 

「王が僕を殺そうとしたのかな?」

 

 少し考える。

 

「いや、違うか」

 

 国王エドワード三世は、少なくとも封建的な王にしては法に対して誠実だった。イサムの行為を嫌悪していたようなのは確かだ。しかし、その嫌悪のために法を曲げることはしなかった。

 

 勇者の追放も、王国法第三十五条という正式な手続きに基づいている。

 

「だったら、暗殺なんてする必要がない」

 

 イサムは腕を組んだ。

 

「王国法で処罰できないから誓約破棄したのに、その直後に殺しに来るなんて、わざわざ自分の決定を否定するようなものだし、そこまで殺したいなら毒殺で病死とでもすればいい」

 

 そして、倒れた黒影達を見た。

 

「...誰か別の人かな」

 

 そこで、彼は思いついた。

 

 * * *

 

 林の中、草むらに隠れた窪地、黒影の生き残りが目が覚めたのは、日が沈みかけた時だった。霧から離れようと走っていた中、転んで気絶してしまったのだろうか。

 

 周囲を見ると生きているものは誰もいなかった。隊長も、同僚も...

 

「...一度も、まともに剣を交えられなかった」

 

 彼女はぽつり呟いた。

 

「姿さえ、ほとんど見えなかった...」

 

 彼らが相手にしたのは、魔王軍の支配領域を三年間で半壊させた男だった。

 

 魔王軍が勇者イサムを恐れていた理由。

 それは彼が強大な魔力を持ち白兵戦能力が高いからでも、軍の統率力が高いからでもない。味方が想定する戦い方を、決してしてくれないからだった。

 

「...とにかく、戻らねば」

 

 峠が薄暗くなりつつある中、生き残りの黒影は駆けていく

 

「任務失敗を報告しなければ」

 

 そのときだった。

 

 声が聞こえた。

 

 即座に武器を構えた。

 

「誰だ!」

 

「...待て貴様、王国軍の兵か!」

 

 現れたのは、汚れ一つない銀色の鎧をまとった長身の男だった。

 

 美しい金髪。

 

 透き通るような碧眼。

 

 整った顔立ち。

 

 腰には王国聖騎士団の紋章が刻まれた長剣。

 

 誰もが知る英雄。

 

 王国最強の聖騎士。

 

「...レオン様!?」

 

 彼女は目を見開いた。

 

「なぜ、こちらに!?」

 

 現れた聖騎士レオンは、苦々しい表情を浮かべていた。

 

「勇者イサムの討伐のためだ」

 

「...はっ!」

 

「やつはどこだ」

 

「そ、それが...!」

 

 副隊長は顔を伏せた。

 

「申し訳ございません。討伐には失敗しました」

 

「何?」

 

「我が隊は壊滅。生存者は、私だけです」

 

 レオンはしばらく沈黙した。

 

 やがて、静かに口を開いた。

 

「...やはりな」

 

「は?」

 

「あの男を普通の兵士で殺せると思う方が間違っている」

 

 レオンは拳を握りしめた。

 

「イサムは私が殺す」

 

「...レオン様が?」

 

「当然だ。あの男を三年間、最も近くで見てきたのは私だ」

 

 聖騎士レオンと勇者イサムの関係については聞いていた。最後には、王城の謁見の間で激しく対立したとも。

 

「...しかし、レオン様」

 

 女が恐る恐る尋ねた。

 

「陛下は、勇者の処刑をお命じになっていないはずでは?」

 

「...そうだ」

 

 レオンは低い声で答えた。

 

「陛下は甘すぎる」

 

「はっ...」

 

「あの男を国外へ出せばどうなる?魔王軍に雇われる可能性さえあるのだぞ」

 

「...!」

 

「だから私は、やつを討つべきだと考えている」

 

 確かに、それはもっともな話だった。そして、目の前にいるのは王国最強の聖騎士だ。彼が本気になれば、勇者を討てるかもしれない。

 

「...ところで」

 

 レオンが尋ねた。

 

「貴様らには、誰が討伐を命じた?」

 

「...それは」

 

 女は言い淀む

 

「陛下ではないのだろう?」

 

「は、はい」

 

「ならば誰だ。私はこの件を陛下に報告するつもりはない」

 

 レオンは静かに続けた。

 

「ただ、勇者を討伐した後、その功績を誰に報告すべきか知っておきたい」

 

 女はしばし黙る...やがて口を開いた。

「お耳を...」

 

「ああ...」

 

 

 レオンが彼女の口元へ顔を近づけた瞬間。

 

 女は短剣を取り出し切りつけた。

 

 レオンは飛び跳ね回避すると目を細めた。

 

「やっぱり駄目だったか...性格違った?」

 

 姿がかわり、勇者の姿に戻った。

 

「...やはり勇者か」

 

「急に違うと分かったようだし、王国や貴族特有のプロトコルに反したのかな?馬もないのに鎧が不自然に綺麗なのも駄目だったかな...変身魔法も万能ではないからね」

 

「答える義理はない」

 

 女はこちらをギラリと睨見つけた、

 

「まあ、王国ってことは分かったよ、ありがとう」

 

 女は唇を噛む。

 

「...分かったなら、なぜ私を殺さない」

 

「ん?」

 

 イサムは不思議そうに首を傾げた。

 

「もう戦闘は終わったよ?」

 

「私は、貴様を殺そうとしたのだぞ!」

 

「うん」

 

「ならば...!」

 

「今、君を殺して何か得する?」

 

 女は言葉を失った。

 

「僕は君たちに個人的な恨みはないし、君たちは宰相の命令に従って仕事をしただけだろう?」

 

 イサムは続けた。

 

「だから、まだ続けるつもりじゃないなら、わざわざ殺す必要はないかな」

 

「...貴様は」

 

 女が呟いた。

 

「私を許すというのか?」

 

「許す?」

 

 イサムは少し考えた。

 

「いや、そういう話じゃないんだけど」

 

 彼は笑った。

 

「単に、殺す必要がないってだけだよ」

 

 そして、少しだけ声を低くした。

 

「ただし、もう一度襲ってきたら殺すよ。今度は見逃す利点がなくなるからね」

 

「だから」

 

「誓約しよう黒影?さん」

 

「...は?」

 

 

 

 

 

 

 

 

誓約魔法。

 

 それは誓約の当事者が互いの意思によって条件を定め、魔力を媒介としてその履行を保証させる魔法である。

誓約が成立すれば、当事者は定められた誓約を故意に破った場合、魔法による反動が生じるため、王侯貴族から商人まで重要な取引に古くから各国で用いられていた。

 

 ただし、魔法が保証するのは誓約不履行時に罰を与えることだけであり、それも永続的なものでもない。王国宮廷魔道士の最上位に位置するマリアや大陸教会の聖職者トップの聖女エリシア、召喚勇者イサムですら3ヶ月程度が期間の限界、一般的な誓約を生業とする魔法使いでも1月が最長だ。

 

 ここにいる全員が互いに嘘をつかないと誓約して商談、交渉、裁判に及ぶ場合や、秘匿の必要な手紙などの物資配送に使用されたりしている。

 

 とはいえ、使用中は永続的に使用した魔力が減るため、高給取りな魔法使いの魔力を長期に、大量に占有する誓約魔法は一般人には使用ハードルも高く、日常使用まではされていない。

 

 

 勇者召喚においても誓約魔法は組み込まれており、勇者は王国法に従い、国を守るよう誓約されている。

 

 

 

 

 イサムは指を一本立てた。

 

「まず、僕は今回の下手人の下へ帰ることを認め、それを妨害もしない、追跡もしないよ」

 

「...」

 

 続けて二本目の指を立てた。

 

「その代わり、君には僕からの伝言を、決闘の布告文を下手人に届けてもらいたい」

 

「...決闘?」

 

「うん」

 

 イサムは笑顔で答えた。

 

「そう。王国法第2条20項に基づく正式な決闘だよ」

 

「...貴様、何を考えている?」

 

「何って、これで手打ちにしたいのさ。僕としても延々と暗殺者を何人も送り込まれるのは面倒なんだよね、夜も眠れない」

 

 女性はしばらく黙っていた。

 

 やがて、低い声で尋ねた。

 

「...貴様は、自分が何を言っているのか理解しているのか?」

 

「もちろん」

 

「我々の主に、決闘を申し込むだと?」

 

「うん」

 

「...相手が誰なのかも知らずに?」

 

「ああ、そういえば」

 

 イサムは手を打った。

 

「まだ聞いてなかったね。誰?」

 

 女は絶句した。

 

 しばらくして、乾いた笑い声を漏らした。

 

「...狂っている」

 

「そうかな?」

 

「相手も知らずに決闘を申し込むなど、正気とは思えん」

 

「でも、主を知ってるんでしょ?」

 

「...当然だ」

 

「じゃあ、別に問題ないよ」

 

 イサムは微笑んだ。

 

「...それに貴様は権利を停止させられてる。貴族でない貴様では決闘の権利はない」

 

「どういうこと?」

 

「貴様の国外退去により勇者特権は正式に無くなり、貴族権限も剥奪された」

 

「それは誤解だよ。麓の山の国境の関所は国境とはいうけど、王国法上はこのスタンレー山脈までが王国。ここは王国であり、連合国である30年続く係争地だ。まあ、こんな所に軍を派遣して領土をはっきりさせるなんて馬鹿馬鹿しいからね。当然だよ」

 

 女は返答しなかった。

 

「つまり僕はまだ伯爵相当爵ではあるんだ。国外退去したら無国籍民だけどね、最後に物申すことはできる」

 

 女は黙り込んだ。

 

 任務に失敗したとはいえ、生きて勇者のことを伝える必要がある。また、こいつからの正式な決闘布告書を持ち帰ればまだ勝ちの芽はあるのだ。

 

 こいつは知らないらしい、宰相が立てた代理人に勝つことでこの一件を手打ちにしようとでも思っているのだろう。

 

 代理人は一人とは限らない、軍規模であろうと決闘の代理人になる。代理人の人数を規定はしてないのだ。決闘を申し出た時に周囲に軍がいればそれはそのまま代理人と言い張ることはできる。決闘の場をこちらが指定して、宰相の力で軍を動員し、村や町ごと勇者を包囲できれば圧殺は可能だ。

 

 国の強さは軍の強さによるものだ。断じて個人の強さに依らない。王国の恐ろしさを思い知らせてやる。教官の、同僚の敵討ちだ。

 

「どうだい?」

 

「その誓約、受けよう」

 

「本当?」

 

「...では、誓約を」

 

「ああ、そうだ」

 

 イサムは思い出したように言った。

 

「まだ名前を聞いてなかったね」

 

「...名前?」

 

「うん。誓約魔法には当事者の名前が必要だから」

 

 女は一瞬、ためらった。

 

 だが、やがて答えた。

 

「...アリナ」

 

「アリナだけ?」

 

「アリナ・ヴァイス」

 

「へえ。姓もあるんだ。いい名前だね」

 

 

 * * *

 

 布告文と誓約の内容を確認し合った。

 

「それじゃ、始めようか」

 

 イサムは右手を差し出した。

 

 アリナは警戒しながら、その手を握った。

 

「《誓約》」

 

 淡い青色の魔法陣が、二人の手元に現れた。

 

 円環の内側には、古代文字で記された契約の文言が浮かび上がる。

 

 誓約魔法は、双方が合意した条件を魔法的に魔法陣を介して身体の中に固定する。意図的に誓約を破れば、誓約者には誓約に応じた強烈な魔法の反動が生じる。

 

「まず、僕から」

 

 イサムは静かに宣言した。

 

「我、イサムは、アリナ・ヴァイスの彼女の王国への帰還を妨げず、追うこともなく、無事に帰還させることを誓う」

 

 イサムの手にある魔法陣の一部が輝いた。

 

 続いて、アリナが口を開いた。

 

「我、アリナ・ヴァイスは、イサムより託された決闘布告書を改変、破棄、隠匿することなく、暗殺命令を下した主犯本人へ可及的すぐに届け、その中身を正確に伝えることを誓う」

 

 彼女は一度、息を整えた。

 

「また、帰還に必要な物資を除き、我らが所持する食料及び金銭をイサムへ譲渡すること、託される決闘布告書に主犯の名前を記載することを誓う」

 

「そして、これらを破りし時、その者に死を賜う」

 

 予定とは違うアリナの放った罰則の重さに一瞬イサムは戸惑う、が

 

「...誓約する」

 

 はっきりと口にする。

 

「誓約する!」

 

 アリナの声に反応するよう互いの魔法陣が強く輝いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「宰相か...」

 

 イサムは布告書に書かれた名前を見た。

 

 宰相メルヴァン。

 

 国政の実務を取り仕切る重臣。

 

 王国軍の兵站管理にも関与し、対魔王軍戦争においては国内統括のほか勇者への物資供給を担当していた人物だった。

 

「僕と同類だと思ったんだけど」

 

 イサムは思い出した。魔王軍の輸送網を壊滅させた際には、宰相自ら祝辞を述べていた。敵将を暗殺した際には、追加の軍資金を手配してくれた。

 魔王領の村々で反乱を起こさせたときも、作戦の有効性を高く評価していた。

 

「...ああ、そうか」

 

 イサムは納得した。

 

「だからこそ、僕が他国へ行くと困るんだね」

 

 彼は指を一本立てた。

 

「王国の軍事機密を知っている」

 

 二本目。

 

「宰相が僕の作戦を支援・支持していた事実」

 

 三本目。

 

「そして、他国で雇われれば、王国に対して同じような作戦をすることがある」

 

 イサムは微笑んだ。

 

「なるほど。暗殺する理由としては十分だね、誓約魔法でも永遠に言わなくするなどの契約は現実的じゃない」

 

 アリナは何も答えなかった。

 

「それじゃ」

 

 イサムは立ち上がった。

 

「宰相閣下に一字一句間違いなくお願いね、イサム伯爵相当爵から決闘の申し出だと」

 

 羊皮紙をアリナに渡した。

 

「...本気なのか?」

 

「うん。そうでもないと安心して国外退去もできないからね」

 

「何のために...?」

 

「今後は暗殺より交渉の方が安く済むって、王国に理解してもらうためかな。僕は君たちとの約束事は守るよと」

 

「...」

 

「じゃあね、急がず安全に帰るんだよ。僕の誓約魔法は一月は持つだろうけど、万能じゃない」

 

 そう言って、彼は隠していた黒影の装備から食料と金銭を受け取り、山道を戻っていった。

 

 残された女、アリナはしばらく動けなかった。

 

 やがて、呟いた。

 

「...あれが、勇者か」

 

 

 彼女は今、改めて理解していた。

 

 王国が追放した男の恐ろしさを。

 

 あの男は、決して怒りに任せて人を殺さない。

 

 慈悲によって人を見逃すこともない。

 

 ただ、目的のために必要かどうか。

 

 それだけで、生死を決めるのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そのようなことがあったのか」

 

「はい、おめおめと生きて帰り、申し開きもございません」

 

「よい」

 

 黒影の生き残り、アリナは残された馬を駆り、関所で都度馬を変えながら早々に王都へ帰り、黒影の敗北を伝えた。爆裂魔法の魔法陣などがないか身体を裸にされてまで確認され、服を変えた上で宰相に報告することとなった。

 

 王都の郊外、宰相の持ついくつかある屋敷の一つ。深夜にも関わらず多数の貴族が屋敷に集まっていた。

 

 宰相メルヴァンは手で黒影の生き残りであったアリナの謝罪を制する。

 

「むしろ全滅していたら、勇者のやり口が分からなかった。彼の戦闘能力の一端を知れただけでもよしとしよう。よく生きて帰ってきた。死ぬのは容易い。だが、この情報はそなたの死では手にはいらなかった」

 

 アリナは頭を上げた。

 

「わしとて勇者には残ってもらいたかった」

 

 宰相はそうつぶやいた。

 

「勇者イサムを国外追放すれば、あの悪辣な頭脳だけでない。多数保持している王国の軍事機密。将来の敵国へ流出すれば王国の安全保障上、重大な脅威となる、と」

 

 周囲の傘下貴族も声を上げる。

 

「特に、王国軍の配置、王都の防衛計画についても把握しております」

 

「陛下は正式な国外退去を命じられた。わしは、そのご決定に従いながらも、万一に備える必要があると考えた」

 

「早すぎたのでは。魔王軍を討伐してからでも殺すのは遅くは...」

 

「いや諸外国から多数の抗議があった。王国は勇者があのようなことができるような誓約を、法律をしているのか?と王国は我々に同じことをできるのか?と」

 

 傘下の貴族達も思い思いに声を上げる。宰相派閥はこのような自由な討議をすることが多かった。貴族達が上下関係なく話し、宰相がまとめていた。

 

「諸外国の支援と勝っているから良いものの、この長期の戦争で王国経済は疲弊しています。終戦後も復興支援がある前提となります」

 

「魔王軍に勝っても、我々が次の魔王軍となれば物流、経済、金融の面から、わが国は確実に破産します。魔王軍が機能してないとはいえ、勇者も確実に魔王を倒すのに、少なくとも半年はかかるとの試算でした」

 

「もう、これ以上は関係が保たないと外務大臣、辺境伯からの嘆願もありました」

 

「大陸教会、他の大陸4大国、各国の魔導連盟、ギルドからの抗議だ。外交筋の泣き言も理解できる」

 

「魔王軍は強かったが、アレは強いのではない、恐ろしいのだ」

 

「魔王軍も底は見えた。アレのおかげではあるが、もはや次の攻勢を止めれれば軍としては終わる。こちらは防御準備も始めている。もし、攻勢がなくとも長期戦に耐えられないだろう」

 

「アレは底が見えない。なぜ、王国の法や勇者の制約の中で問題なくしている?王の間であのような発言をしておいて何故、制約は働かなかった」

 

「恐ろしい」

 

「イカれている」

 

「アレこそが魔王だ」

 

 もはや恐怖と混乱が場を支配しようとする中、パンパンと拍手が鳴る。宰相だ。全員の目が宰相に集まった。

 

「そこまで、もはや討議にならん、我々は次の対策を取らねばならぬ」

 

 宰相の目は未だ直立不動で羊皮紙を携えた黒影の生き残りへと向かう。

 

「それが、先の話にあった決闘の布告書か...」

 

「はい、魔法的安全性と内容は確認済みです...」

 

 隣りにいた付き人が答えた。

 

「私が勇者の代理として閣下へ布告せよと...よろしいでしょうか」

 

「よい、それも規則だ。聞いてやる。明日には軍務大臣と聖騎士レオンに重い腰を上げてもらう。合法的に堂々と元勇者を殺せるぞと」

 

 アリナは羊皮紙を広げ、宰相へ告げた。

 

「宰相メルヴァン、およびその一党へ、伯爵相当爵である私、勇者イサムに対して王国法第2条が定める権利を無視し、我が生命を不法に奪おうとした暴挙許し難い。我が名誉と安全を守るため王国法第2条、20項に基づき、この場にて命を懸けた決闘を申し込む...」

 

 

 

 深夜未明、王都郊外の屋敷にて爆発事故があり、宰相メルヴァン、他その場にいた傘下貴族他多数が死亡、もしくは重傷を負った。

 

 生存者からの証言では元勇者イサムから来た決闘の申し出を聞いた直後のことであったそうだ。

 

 当初、上層部は王国へのテロ行為だと元勇者へ追撃部隊を送ろうとした。

 しかしながら、法務貴族の一人からこれは決闘における代理人からの攻撃による死亡であり、王国法では犯罪に当たらない可能性が指摘された。

 最終的に大法院に召集された法務貴族、法務学校の教授達の見解は第2条3項の適用除外に当たりうるとした。

 特に王国法の大家クラウス教授はテロ行為のために決闘をする必要はなく、これは法的な意図を持ってやったものであろうとの見解を出した。

 本人の意思を無視することになるが、事前布告の代理人だと思われたアリナ・ヴァイスは勇者の代理人として事前布告の上、決闘を宣言して自爆攻撃をしたと解釈できるからだ。

 

 王国上層部は戦慄し、追撃命令を中止。和解のため、使者を連合国にいるだろう勇者の下へ派遣することを決定した。

 

 

 

 * * *

 

 イサムは殺した黒影の遺体を埋葬し、装備を置いて簡易的な墓にした後、焚き火にあたりながら食事を摂っていた。

 

「若い身体と魔法がないと埋葬できなかったなあ...召喚魔法の有難み感じるなあ....おっ、魔力が回復してきた気がする。あの娘、ちゃんと帰ったし、お願いも果たしたんだな。思ったより早いね」

 

「起爆の条件付けは魔法がいくら自由度高いとはいえ面倒過ぎるね。維持にも陣作成にも手間で魔力もごっそり減る」

 

「とはいえ、メルヴァン殿を殺すには決闘でないと、よくてお尋ね者、悪いと死刑になっちゃうしな...決闘で殺せて良かった」

 

「残ったのが女性だったのも運が良かった...さすがに僕にも男のケツの中に魔法陣を仕込む趣味はないからね...」

 

 

 

 異世界の夜空は流星が多い。明かりの少ないこの時代、綺麗に見える。また、一つ星が流れていった。

「殺すのなら、殺される前提でないと...ね。偉大なる宰相メルヴァン殿へ献杯」

 

 水筒を宙へ上げ、飲み干した。秋の夜空の中にあったそれはとても冷たかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌朝。

 

 イサムは再び北へ向かっていた。

 

「いやあ、参ったね」

 

 彼は頭を掻いた。

 

「まさか、再就職する前に前の職場から殺されそうになるとは思わなかったよ」

 

 もっとも、本人はそれほど気にしていなかった

 王国にはもう戻るつもりがなかったからだ。というより戻れないが正しいが。

 

「近衛の精鋭部隊一つを失い、宰相も手傷を負っただろうから、しばらくは送ってこないんじゃないかな」

 

 彼はそう判断した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 前方に、関所が見えた。山道を塞ぐように建てられた石造りの砦。連合国の国境警備隊が駐屯する関所だった。

 

 イサムは立ち止まった。

 

 関所には、連合国の旗が掲げられ、門の前には武装した兵士たちが並んでいた。

 さらに、日中は閉じられていないはずの扉が閉ざされている。

 

「...ふうん」

 

 イサムは望遠魔法で遠目に観察した。兵士の数がやけに多い。弩兵まで配置されている。

 

 どうやら、通常の国境警備ではなさそうだった。

 

「もしかして、僕を待ってるのかな?」

 

 彼は少し考えた。

 

「でも、僕は国外退去を命じられているんだけどね...」

 

 首を傾げる。

 

「国外に出ようとする人間を、2カ国間の国境で殺そうとするのってどうなんだろう。宰相もセンスないね」

 

 本人としては、実に不思議だった。もっとも、関所に近づいて確認するつもりはなかった。

 

「まあ、いいか」

 

 イサムは街道から外れた。

そして、関所の側面にそびえる急峻な山々を見上げた。

 

「こっちから行こう」

 

 彼は山肌へ手をかざした。

 

「《土壁》」

 

 低い地鳴りが響いた。岩肌の一部が、ゆっくりと形を変え始めた。切り立った斜面に、小さな足場が現れる。その上にも、もう一つ。さらに、その上にも。

 

 数十の石段が、山肌に沿って形成されていった。

 

「うん、これなら登れるね」

 

 イサムは軽い足取りで石段を上り始めた。途中、崖の一部が崩れかけると、再び土魔法で補強する。急斜面には手すり代わりの石柱を作る。深い裂け目には、細い石橋を渡す。

 

「こういう魔法って、もっと土木工事に使った方がいいと思うんだよね。まあ、戦争中じゃ厳しいか」

 

 彼は楽しそうに呟いた。

 

「戦争だと壊すことばっかりで作るのはマリアにやってもらってばっかだったけど、作る方も結構面白いなあ」

 

 一時間ほどで、関所を見下ろす尾根に到達した。眼下では、連合王国兵たちが街道を警戒している。しかし、遠く離れたこの山まで監視する者はいなかった。

 

 イサムは小さく手を振った。

 

「まあ、君たちも仕事だしね。頑張れ!」

 

 尾根を越え、連合国へ元勇者は向かった。

 




異世界の法制度の一端

 各国には基本的に無国籍民の権利もないが、無断で入国することを禁止する法もない。村や街で認められて各地域の戸籍帳に記載されると税などを払うことになるが王侯貴族以外の権利は殆どない国が多い。
 ただし、国境や街の検問で身元不明の不審者を拘束、処刑することは合法であり、記載されている。


第2条20項の一般的運用
貴族を処するには大法院を開催するが、恋愛トラブルや軽度の名誉毀損の度に開催はしない。

大法院にかけられない程度に2条の内容を棄損するようなことをする貴族がいた際に大物貴族が難癖をつけ、決闘を仕掛けて私設軍や騎士などに殺させることがある。

貴族たるもの互いに最低限のモラルを守りなさいという予防的な意味合いのある条項である。

無論、恋愛絡みの20項の乱用も歴史の中で多々あった。

なお、勇者はこの条項って貴族を挑発すると殺しに来るなと理解していたので貴族に対して挑発を含めたグレー行為もしなかった。
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