卑劣な!異世界勇者を追放するなんて!   作:幸森

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連合統一法 

第5条 誓約についての諸法
 わが国はあらゆる価値観を内包する国家内の問題を解決するため、誓約魔法を用いた契約を奨励するものである。

1項 誓約魔法の使用にあたり、連合各都市の審問院にて行われる資格調査において、認められた者が誓約師と扱われ、誓約師にのみ、国内の各種契約の際の誓約魔法の使用を認める。

2項 誓約魔法の罰により起きた損害について、いかなる場合でも誓約師の罪を免じる。ただし、誓約について疑義がある場合、審問院の資格調査を可及的速やかに受ける義務を有す。

誓約についての疑義とは、連合統一院にある諸法付属文書(原本)5-2-1にある様式に基づき、連合各都市(同文書5-1-1記載)の審問院に提起されたものを指す。

連合各都市と各種契約について、連合統一院にある諸法付属文書(原本)5-1-1、および5-1-2それぞれに記載されるものを指す。

第8条 契約についての諸法
7項 各種契約においてその文書の意図的な虚偽記載、改竄を禁止する。
発覚した場合、その契約の重さに応じて審問院の判断で切断刑となる。ただし、第5条に基づき行われた罰を受けた場合、審問院の判断で減刑を認める。


各種契約について、連合統一院にある諸法付属文書(原本)5-1-2に記載されるものを指す。




卑劣な!異世界勇者を契約で縛るなんて

 関所を迂回して、イサムはついに連合国の領内へ到達した。

 北方連合国。

 

 正式名称を、北方商業都市連合国という。

 

 複数の諸島内の都市国家と大陸にある商業領邦が統合されて成立した、大陸の中でも特殊な国家である。各都市の首長、領主からなる議会とそこから選出される議長により統治されるが、その権限は王国アルトリアほど強くはない。

 

 各都市にはある程度の自治権が認められ、商人ギルドや傭兵ギルドが大きな力を持っている国だ。何より、この国では契約が重視されていた。

 

 

「...いい国だね」

 

 イサムは感心したように呟いた。

 

 山脈を越えた先にあったのは、穏やかな農村地帯だった。

 

 丘陵地には牧草地が広がり、街道沿いには小麦畑が続いている。魔王軍との戦争もあり、休戦中であるためかアルトリア王国との国境からそれほど離れていないにもかかわらず、戦争の気配はなかった。

 

「ここなら、のんびりできそうだね」

 

 イサムは嬉しそうに笑った。

 

 もっとも、彼には一つ問題があった。

 

「...早めにお金を下ろさないと」

 

 勇者として戦っていた三年間。

 

 宰相から支払われた報酬や、魔王軍の拠点を攻略した際の戦利品は、討伐指揮官であった勇者のものとされた。部下の兵士たちにその都度配給と称してばら撒いてはいたが、それでも膨大であり、金銭に関しては王国の各種ギルドに預けていた。

 

 実際、イサムの預金はかなりの額に上っていた。

 

 ただし、王国を追放された際に持ち出した現金は、それほど多くない。黒影からそれなりにまとまった金を手に入れたが、当面の生活費を確保する必要があった。

 

「あの町でいいかな」

 

 イサムは山からほど近い町の中でも3番目程度に大きい町へ足を踏み入れた。

 

 

 

 * * *

 

「いらっしゃい」

 

 町の冒険者ギルドは、二階建ての木造建築だった。

 

 一階には受付と酒場が併設されており、商人や冒険者らしき人々が行き交っている。

 

 壁には依頼書が貼られ、奥では何人かの職員が帳簿を整理していた。

 

「お金を引き出したいんだけど」

 

 イサムは受付の女性に声をかけた。

 

「はい。タグと金銭管理票をお願いいたします。手数料も8000ウェルかかりますがよろしいですか?」

 

「いいよ、これでいい?」

 

 イサムは懐から金属製のタグと紙、王国金貨を取り出した。冒険者ギルドは各国の傘下にあるが、身分証明タグや金銭管理に関しては近隣諸国で書類を共用出来ていた。

 

 受付の女性はそれを受け取り、タグに刻まれた名前を確認した。

 

「少々お待ちを...ビオンさん!」

 

 彼女は奥から人を呼び出した。誓約師であるだろう少しオドオドとした女性は足早にやってきて、こちらに手をかざす。

 

「それでは...誓約魔法を使います。30分ほどでよろしいですね」

 

「いいですよ」

 

 イサムはその手に自分の手を重ねた。

 

「《誓約》」

 

 ビオンは呪文を唱え、こちらをチラリと見た

 

「私は金銭の引き出しに当たり、ギルド員からの質問に嘘偽りなく答えることを誓う!」

 

「誓いを破りし時は罰としてその腕、舌を失う!」

 

 イサムの宣言に声を張りビオンは答える

 

「誓う!」

 

「誓います!」

 

 手の魔法陣は強く光り。誓約が完了した。ビオンは一礼の後、奥へ戻っていった

 

「書類に虚偽はないですか?」

 

「ないよ」

 

「登録国はアルトリア王国冒険ギルドで...」

 

 女性の手が止まった。

 

「イサム...様?」

 

「うん」

 

「...え?」

 

「どうしたの?」

 

「あ、あの...」

 

 彼女はもう一度、登録証を見た。

 

 そして、目の前の青年を見上げた。

 

 黒髪。

 

 黒い瞳。

 

 まだ二十代と思われる顔立ち。

 

 王国から伝えられている特徴と一致する。

 

「...もしかして」

 

「うん?」

 

「あなたは、あの勇者イサム様ですか?」

 

「ああ」

 

 イサムは笑顔で答えた。

 

「そうだったよ」

 

「...えっ」

 

 女性はしばらく固まっていた。

 

 そして。

 

「ゆ、勇者様!?」

 

 思わず大声を上げた。

 

 その声は、ギルドの酒場まで響き渡った。

 

「...ん?」

 

 イサムは首を傾げた。視線を感じ、振り向くと...

 

 周囲にいた人々が、一斉にこちらを見ていた。

 

「勇者?」

 

「勇者って、あの魔王軍と戦ってる?」

 

「アルトリアの勇者か!?」

 

 ざわめきが広がった。

 

 受付の女性は慌てて立ち上がった。

 

「ギ、ギルド長! 大変です!」

 

「何事だ!」

 

 奥の部屋から、腹の出た中年の男が飛び出してきた。

 

「勇者様です!」

 

「...何?」

 

「王国の勇者イサム様が、いらっしゃいました!」

 

 ギルド長はイサムを見た。

 

 そして、目を見開いた。

 

「...本物か?」

 

「うん」

 

 イサムは頷いた。

 

「本物だよ。元だけどね」

 

「誓約がまだ働いてます...本当に、本当です」

 

 奥から来たビオンもそれを肯定した。

 

「おお...!」

 

 ギルド長は感激したように両手を広げた。

 

「まさか、このような田舎町に勇者様がお越しになるとは!」

 

「いやあ、ちょっと旅行してるだけなんだけど」

 

「皆の者!」

 

 ギルド長が叫んだ。

 

「アルトリア王国の勇者様だ!」

 

 その瞬間。

 

 酒場から歓声が上がった。

 

「おおおおっ!」

 

「本物の勇者様か!」

 

「魔王軍の将軍を何人も倒したっていう!」

 

「たった三年であの魔王領を半分にした人だろ!?」

 

「ベルンの一騎打ちの!」

 

 人々が次々と集まってきた。

 

「勇者様! 握手してください!」

 

「俺の息子に勇者様と話をさせてやりたい!呼んでこないと!」

 

「魔王軍の将軍って、どれくらい強かったんですか!?」

 

 イサムは少し驚いた。

 

「...へえ」

 

 王国では、最後には誰もが自分を嫌悪していた。

 

 聖騎士レオンも。

 

 聖女エリシアも。

 

 宮廷魔導師マリアも。

 

 斥候リゼットも。

 

 そして、国王でさえ。

 

 だが、目の前の人々は違った。

 

 皆、笑顔だった。

 

「...結構、人気あるんだね」

 

 イサムは感心した。

 

「そりゃそうでしょう!」

 

 ギルド長が胸を張った。

 

「勇者様のおかげで、魔王軍はずいぶん弱くなったと聞いております!」

 

「まあ、そうだね」

 

「戦争が終わるかもしれないと、地元の商人たちも喜んでおります!」

 

「そうなんだ」

 

「戦争が終われば、船の交易も活発になります!」

 

 イサムは頷いた。

 

「確かに、戦争が終われば商売もしやすくなるね」

 

「ええ!」

 

 ギルド長は嬉しそうに笑った。

 

「勇者様は、まさしく平和の立役者です!」

 

「...平和の立役者かあ」

 

 イサムは少し考えた。

 

「まあ、戦争を終わらせるために頑張ったのは確かだね」

 

 ギルド長は何度も頷いた。

 

 この町の人々は、勇者イサムの戦果を知っていた。

 

 魔王軍の要塞を陥落させたこと。

 

 将軍を討伐したこと。

 

 領土を半減させたこと。

 

 しかし、その具体的な方法までは、ほとんど知らなかった。

 

 魔王軍の都市で、民間人を巻き込んだ爆発事件を起こしたことも。

 

 避難民を利用して要塞を破壊したことも。

 

 敵国の輸送網を破壊し、広大な地域を飢饉に陥れたことも。

 

 国の発表や吟遊詩人からの物語、商人たちの噂で伝わってくるのは、主に戦争の結果だった。

 

 そして結果だけ、結果だけを見れば、勇者イサムは紛れもない英雄だ、大英雄だった。

 

「勇者様!」

 

 一人の少年が駆け寄ってきた。

 

「僕も大きくなったら、勇者様みたいになりたいです!」

 

「そうか」

 

「はい!」

 

 少年は目を輝かせていた。

 

「悪い魔物を倒して、みんなを守れる人になりたいです!」

 

 イサムは微笑んだ。

 

「いい目標だね」

 

「ありがとうございます! 勇者様のソードでいつも素振りしてます!」

 

 そう言って少年は少し粗い作りのショートソードを見せた。

 

「でも、ちゃんと勉強した方がいいよ」

 

「勉強ですか?」

 

「うん。剣が強いだけじゃ、勝てないからね。魔法も法も薬や経済...色んなものを知ればそれだけやれることも増える」

 

 少年は真剣な表情で頷いた。

 

「分かりました!」

 

 イサムは満足そうに笑った。

 

「頑張ってね!」

 

 少年は嬉しそうに駆け出していった。

 

 その背中を見送りながら、イサムは呟いた。

 

「...なんか、いい町だね」

 

 * * *

 

 その日の夕方。

 

「勇者様の来訪を祝って!乾杯!」

 

「乾杯!」

 

 ギルドでは、勇者を歓迎するための宴会が開かれた。

 

 大きなテーブルには肉料理や野菜、出来たてのパンまでが並び、酒樽まで運び込まれていた。

 

「勇者様! こちらをどうぞ!」

 

「ありがとう」

 

「この町の名物料理です!」

 

「へえ、香草のチャーシュー?かな、おいしそう」

 

 イサムは嬉しそうに食事を始めた。

 

 周囲の人々は、次々と勇者の冒険談を聞きたがった。

 

「魔王軍の将軍は、やっぱり恐ろしい相手だったんですか?」

 

「うん。強かったよ」

 

「どうやって倒したんです?」

 

「一人は屋敷に侵入してね」

 

「おお! 敵地に潜入したんですか!」

 

「そうそう。その前に街で騒ぎを起こして、警備兵をそっちに向かわせたんだ」

 

「...騒ぎ?」

 

「うん、ああいう軍事都市は火災が起きると警備兵がかなり動くからね」

 

 イサムは肉を口に運んだ。

 

「その隙に屋敷に入ったんだ。結構うまくいった」

 

「...ははあ」

 

 町の男たちは感心したように頷いた。

 

 彼らの頭に浮かんでいたのは、敵の軍事施設を攻撃して、敵をちぎっては投げ、ちぎっては投げ、混乱させたところで将軍と雌雄を決する勇者の姿だった。

 

 冒険者を爆弾に仕立て上げ、無関係の商人や通行人を巻き込んだ爆発事件など、誰も想像していなかった。

 

「やっぱり、勇者様は頭もいいんですね!」

 

「ありがとう」

 

 イサムは笑った。

 

「もっと聞きたい?」

 

「ぜひ!」

 

「じゃあ、次はベルン要塞の話でもしようかな」

 

 そして、イサムは要塞を攻略した際の戦いを説明し始めた。

 

「カゾルって名前の要塞指揮官がいてね。優秀で隙のない、とても強い、犬の魔人だった。 部下も忠義に篤い志士達で、要塞を打って出て僕の所まで彼を無傷で連れてきたんだ」

 

「吟遊詩人で聞いたベルンの無血開城ですね!いまやベルン要塞は王国を守る要だとか」

 

「んー、まあそう」

 

 彼との一騎打ちについても語った。途中でカゾルからの降伏の願いをされ、要塞をできるだけ綺麗に確保したかった思惑もあり、了承したこと、その後すべての責任を取り、彼は自決したことなども語った。

 意外にも町の人々も知っているそうで、魔人族ながら勇者も讃える忠義の士として吟遊詩人の間で歌われているそうだ。

 

 

 打って出る原因になった周辺の町を襲ったことや村人達を爆弾にしたことは言わなかった。最後は降伏し残存守備兵と住民立ち退きによる開城ではあったが、無血ではない。間違いなく血の滴る取り合いであったことも。

 彼らが聞きたいのは英雄譚であり、聞かれることもなければ、言う必要がなかったからだ。

 

 結果として、町の人々は最後まで勇者の行為の全貌を知ることはなかった。

 

 夜は勇者の仮初めの英雄譚で過ぎていった。

 

 

 

 * * *

 

 翌日の深夜。

 

 イサムは宿の部屋で、一人考えていた。

 

「...うーん」

 

 ここ2日はとても、とても楽しかった。

 

 人々は親切だったし、料理もとてもおいしかった。

 

 何より、久しぶりに勇者としてだが、自分を好意的に見てもらえたような気がする。王国では、畏怖か恐怖だった。

 

「でも、ちょっと困るね」

 

 町を歩けば、誰かが声をかけてくる。

 

 子供たちもついて回り、英雄譚を強請ってくる。

 

 店に入れば、店主が挨拶に来る。

 

 宿に戻れば、冒険者や傭兵が酒を持って待っている。

 

 それ自体は悪いことではなかった。

 

 しかし

 

「町の人を巻き込みたくはないな...」

 

 イサムは腕を組んだ。

 

 王国宰相メルヴァン。

 

 彼は、イサムを殺害するために近衛の暗殺部隊を送り込んでいた。その部隊は全滅した。生き残ったアリナという女性を宰相のもとに送り込んだ。

 

 しかし、宰相が確実に死んだという保証はない。王国上層部なら自分の意図も伝わっている筈だが、万が一もある。それに他国や魔王軍からも刺客が来る可能性があった。

 

「町で戦闘になったら誰も死なないなんてあり得ない。町を離れても今後も似たようなことがあってはならない」

 

 彼は少し考えた。

 

「...うん!」

 

 

 

* * *

 

 早朝

 

「残念です。もっと居ていただいても...」

 

「いえ、先も急いでいるので...そうだ、お金、ありがとうございます。本来の限度額ならもっと引き出せる額少なかったでしょう」

 

 ギルド長へ礼を述べた。各ギルドでは資金のやり取りをできるが、限度額がある。すべて引き出そうとするとギルドの金庫が空になることがあり、業務停滞が発生するためだ。

 

「いやいや、勇者あっての今の平穏です。緊急条項を使えば問題ありませんよ」

 

「助かります。したっけ、またいつか。この町のことは忘れません!」

 

 そう言って町の人々に別れを告げてイサムは町を後に、駆けていく。

 

 

 

 

「さすが、勇者様!馬よりも速い、身体強化であれほどまで強くなれるんだなあ」

 

「俺、学校に行きたい!勉強して勇者様みたいになるんだ!」

 

「学校はなあ...うちに金はない、町長やギルドから借りるから本にしてくれ」

 

「お前んとこの子供も勉強したがるのか...」

 

「勇者様の影響だねえ」

 

「剣の素振りとどっちがマシだかね」

 

「気がついたら魔法使いになってるかもしれんぞ」

 

「そりゃあ助かる! そうなりゃ貴族様のお抱えだ」

 

 はははと彼らは笑いながら勇者を見送った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 次の街へ駆けて行く中、背後の町も見えなくなった。周囲に人もいなくなったのを確認したイサムは胸に手を当て声を張り上げた。

 

「《変身》」

 

 淡い光がイサムの全身を包んだ。

 

 黒髪が茶色に変わる。

 

 目も黒から深紅のような赤へ...

 

 顔立ちも少し変化し、目元が柔らかくなった。

 

「...うん」

 

 イサムはそばの用水路を見た。水に自分の姿が見えた。

 

「これなら分からないかな」

 

 そこにいたのは、どこにでもいそうな若い旅人だった。勇者イサムの面影は、ほとんど残っていなかった。

「これからは、この姿で行動しよう」

 

 彼は満足そうに頷いた。

 

「名前は...」

 

 少し考える。

 

「オーウェンとするか」

 

 イサムは次の街へ向け駆けていった。 

 

 

 * * *

 

 それから五日。

 

 イサムはとある港湾都市の冒険者ギルドで、依頼を引き受けていた。

 

 前日、領都の商業ギルドでお金を引き落とそうとした際、ストップがかかった。国からの指示だそうだ。王国での一件が問題になったか、王国からの圧力か...即座にその場を離れた。

 都の衛兵たちもイサムという黒髪黒目の男を探しているようで、あちこちで冒険者や無戸籍民が声をかけられ、拘束されていた。

 隣町のギルドでは金を引き落とせたので、可能な限りお金を引き落とし、また移動した。

 伝令の関係ですぐには情報が反映されないだろうという推測が上手く行った。

 さらに離れたこの港湾都市でまた、お金を引き落とし、今後資金調達が厳しくなるだろうと節約のため偽名で冒険者ギルドで依頼を受けることにした。

 

 

 

 イサムは掲示板を眺めた。

 

 薬草の採集。

 

 街道周辺の狼の討伐。

 

 近隣を荒らす魔獣の討伐。

 

 近隣の洞窟の調査。

 

 どれも、王国勇者としての仕事と比べれば小規模なものだった。

 

「...これにしよう」

 

 イサムが選んだのは、山林に出没する魔獣の討伐依頼だった。

 対象は、土魔人と呼ばれる魔獣。

 

 魔石をコアとして周囲の強靭な皮膚とその巨体から来る攻撃が強力であり、通常の剣では傷つけることすら難しい。この辺では出るのは極めて珍しいそうだ。

 すでに商人とその護衛隊襲われ、数人が死傷しており、周辺村から討伐依頼が出されたが、冒険者も一組が返り討ちにあったそうだ。

 

「報酬は連合統一金貨6枚とコアの魔石か」

 

 イサムは頷いた。

 

「悪くないね」

 

 受付の女性は心配そうに尋ねた。

 

「お一人で行かれるんですか?」

 

「うん」

 

「土魔人はこの辺じゃ普通いない危険な魔獣ですよ? 普通は軍でも5人以上で討伐するんですが...」

 

「大丈夫だよ」

 

 イサムは笑った。

 

「こういうの、得意だから」

 

「...ですが」

 

「いいから、いいから、一人の方が楽だしね」

 

 受付の女性は困惑しながらも、渡されたタグと依頼書を受け取った。

 

「死んでも知りませんよ?...オーウェンさんですね、受理します」

 

 魔法がかけられた冒険者タグを見ながら彼女はそう答えた。

 

 書類偽装は重罪だが、タグに魔法をかけてはならない法もなく、名前の誤認は罪にならない。

 

 

 

 * * *

 

 土魔人を発見したのは、町から30分ほど駆けた先の森の中だった。

 

 体長は三メートルほど。

 

 黒い岩が筋肉のように張り付き、人のような形を成している魔獣だ。

 とはいえ本来は魔石をコアとして動く機械のようなものと言った方が正しいはずだ。だが、一般人は魔石を持つ獣を総称して魔獣と呼ぶ。

 

「...ああ、いたいた」

 

 イサムは木の陰から顔を出した。土魔人は地面を掘り返し、黒い鉱石を取り込んでいた。

 

「結構大きいね」

 

 イサムは少し考えた。

 

「他のとこのより皮膚が硬そうだし、普通に攻撃するのは面倒かな」

 

 土魔人が象のような顔を上げ。

 

「ブオオオ!オオ!」

 

 イサムの姿を見つけたようで、雄叫びをあげ、突進してきた。

 

「《穴》」 「《水渦》」

 

 イサムが叫ぶ

 

 土魔人の足元に、大きな穴が現れる。

 

 突進してきた土魔人は転び、穴の中に落ちた。

 

 そして、魔人は這い上がることが...出来なかった。

 

「ブオッ!オッ!ォ゙!...」

 

 空いた穴の中で水の渦が生まれ、周囲の土が泥となり土魔人はその重さから埋まり...さらに削れた。

 

 周囲の土の鉱石と魔人は急速に混ざり合い、鉱石が混じった水に研磨され、泥となっていく。硬い鉱石できていた巨体が急速に小さくなっていき...魔石と鉱石の交じる泥だけとなった。

 

「...うん」

 

 イサムは一呼吸置き、周囲を見た。

 

「...討伐完了」

 

 イサムは頷いた。

 

「さて、持って帰ろうかな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 * * *

 

 その日の夕方。

 

「...えっ!?」

 

 冒険者ギルドの受付係は、目を丸くした。

 

「もう討伐されたんですか!?」

 

「うん」

 

 イサムは頷いた。

 

「これ、討伐証明」

 

 彼は袋から魔石を取り出した。

 

 大きな魔石だった。

 

「...本物ですか?」

 

「そうだよ」

 

 受付係は困惑していた。

 

 土魔人はその土の質により硬さが変化する。出現位置は鉄鉱石などが産出される地域であり、通常種とは違うと報告されていた。

 通常のただの土で出来たものですら複数のベテラン冒険者が協力して削り、ようやく討伐する。

 

 しかし、この冒険者は1人で、しかも服を見る限りほぼ無傷で討伐してきた。

 

「どうやって討伐したんですか?」

 

「水魔法で削ったんだよ」

 

「...魔法使いの方でしたか...それだけですか?」

 

「うん」

 

 イサムは不思議そうに首を傾げた。

 

「他に何かする必要ある?」

 

「...お待ちいただければ」

 

 受付係は誓約師を呼びよせ、依頼完了の事実確認をした。事実であることが確定し、何も言えなかった。

 

 やがて、報酬の金貨を差し出した。

 

「...こちら、統一金貨6枚です、コアの魔石も換金されますか?」

 

「お願い、ありがとう。ご飯食べてるからお願いね」

 

 イサムは金貨を受け取り、ギルドに併設された酒場へ向かった。

 

 * * *

 

 このギルドはやや古いようで床がよく軋む。ギーッギーッと音を立てながら、大柄なおばちゃんが大量の料理を運んできた。

 

「すごいね、お兄ちゃん!こんだけ頼むなんて小金持ち?」

 

 賑やかにおばさんが声をかける。

 

「まあ、仕事が上手く行ったからね。身体が資本だし」

 

「上手いこと言うね!今後もいっぱい稼いで、いっぱい食べてね!これサービスのポテト!それじゃ!」

 

 嵐のように過ぎ去っていった。

 

「...おいしいね、これ」

 

 イサムは見慣れない魚料理に舌鼓を打つ。後で聞いたが、この魚は大陸中で簡単に捕れ、味もよいが揮発する麻痺毒を持つ魚であった。この辺でよく取れる薬草と共に熟成させることで食用になるという。この都市の名物だそうだ。

 

 美味い、今日は討伐で報酬を得た。この額なら宿代や食費に充てても余裕でお釣りが来る。

 

「冒険者って結構割のいい仕事かもしれないね」

 

 彼はパンをかじった。

 

「魔王軍の要塞を落とすより、ずっと簡単だし」

 

 周囲の冒険者たちは、特に気にしていなかった。

 

 大物を討伐した魔法使いの地味な茶髪の青年。

 

 腕は確かなようだ。それだけで冒険者ギルドでは十分だった。

 

 そんな認識だった。

 

 ただし、酒場の隅に一人だけ、違う反応を示した男がいた。

 

 灰色の髪を後ろへ撫でつけた、中年の男だった。

 

 上質な黒い外套をまとい、旅商人のような格好をしている。男は、しばらくイサムを観察していた。そして、静かに立ち上がり、彼の下へ進む。

 

ミシッミシッと床を軋ませて。

 

「...失礼」

 

 イサムの前に立った。

 

「こちら、よろしいでしょうか」

 

 男は向かいの椅子を指さした。

 

「いいよ」

 

 イサムは答えた。

 

 男は静かに腰を下ろした。

 

「...お食事中に申し訳ありません」

 

「別にいいよ」

 

 イサムは魚を口に運んだ。

 

「君も何か食べる?」

 

「...いえ、結構です」

 

「そう?」

 

 イサムは頷いた。

 

 そして、男の姿を再度見た。

 

 男は穏やかに微笑んでいる。

 

 服装も普通の旅商人だ。

 

「...」

 

 イサムは食事を止めた

 

「...宿で話すかい?向かいの宿の209号だよ。食べて、お金貰ったら行くよ」

 

 イサムは何でもないことのように答えた。

 

「ありがとうございます」

 

 男は鍵を受け取ると足早に去っていった。

 

 

 

 

 

 

 

* * *

 

「魔人族かな?」

 

 イサムは部屋に戻るなり、そう言い放った。

 

 宿の椅子に座る男はしばらくイサムを見つめていた。

 

 そして、小さく息を吐いた。

 

「...恐れ入りました」

 

「やっぱり?」

 

「はい」

 

 男は静かに頷いた。

 

「おっしゃるとおりです」

 

「要件は?」

 

 男は一瞬だけ顔を引きつらせた。

 

 だが、すぐに表情を戻した。

 

「まず、自己紹介をさせていただきます」

 

「うん」

 

「私は、デジクと申します」

 

 男は静かに頭を下げた。

 

「よろしく、僕は...わかってて声かけただろうけど。言っておく。イサムだ」

 

 そして変身を解き、元の黒髪黒目の姿に戻った。

 

「君も元の姿になりなよ。堅苦しいでしょ」

 

「...」

 

 男は変身を解いた。見る見る間に旅商人の姿が変貌し、黒い翼を持つ魔人へと変化した。

 

「私は、魔王様直属のデジクと申します。 魔王様の信書を渡すために参上しました」

 

「へえ」

 

 イサムは感心した。

 

「魔王軍から信書ってあるんだね」

 

「...もちろん、ございます」

 

「そうなんだ」

 

 イサムは頷いた。

 

「戦争中は外交官の人と会う機会なかったから、知らなかったよ」

 

 デジクは苦笑した。

 

「...あなたが我が国に対して行ったことを考えれば、無理もありません」

 

「そうか...」

 

「...ええ」

 

 デジクは懐から一枚の信書を取り出した。

 

「本日は、あなたにあるご提案をするために参りました」

 

「提案?」

 

「雇用に関するお話です」

 

 イサムの動きが止まった。

 

「...雇用?」

 

「はい」

 

「僕を?」

 

「ええ」

 

 デジクは静かに頷いた。

 

「あなたを、我が国で雇用したいと考えております」

 

「...本当?」

 

 デジクは目を輝かせた。

 

「はい」

 

「魔王軍で働けるの!?」

 

「そのつもりで参りました」

 

「へえ!」

 

 イサムは嬉しそうに身を乗り出した。

 

「面白いね!」

 

 デジクは少し驚いたようだった。

 

「...驚かれないのですか?」

 

「何が?」

 

「我々が、あなたを雇用しようとしていることです」

 

「...ああ」

 

 イサムは少し考えた。

 

「確かに、ちょっと意外だね」

 

「...」

 

「でも、戦争が終われば敵だった人を雇うことだってあるでしょ?」

 

「...戦争は、まだ終わっておりませんが」

 

「そうだったね」

 

 イサムは笑った。

 

「まあ、僕はもう王国とは関係ないけど」

 

 デジクは沈黙した。

 

 イサムは続けた。

 

「それで、どんな仕事?」

 

「軍事顧問です」

 

「軍事顧問か...」

 

「魔王様の補佐として軍制改革、戦略・戦術立案、研究などに携わっていただきたいと考えております」

 

「それ、結構得意だ」

 

「...存じております」

 

 デジクは静かに答えた。

 

「我が国は、あなたの能力を誰よりもよく理解しているつもりです」

 

「やっぱり、実績があると評価してもらえるんだね」

 

 デジクは、何とも言えない表情になった。

 

「...ええ」

 

 そして、書類を開いた。

 

「報酬についてですが」

 

「うん」

 

「魔王領での身分の保証、身体の安全の保証とアルトリア王国で受け取っていた報酬の、三倍を予定しております」

 

「あ....そう」

 

 デジクは小さく咳払いした。

 

「...ただし、条件がございます」

 

「条件?」

 

「はい」

 

 彼は別の書類を取り出した。

 

「我々は、あなたの能力を高く評価しております。しかし、その運用については明確な制限を設けたいと考えております」

 

「へえ」

 

「こちらの書類を」

 

「見せて」

 

 分厚い紙の束を渡され一枚一枚めくっていった。

 

「魔王国の軍事顧問として上級貴族相当の身分を保障する」

 

「魔王、および魔王軍に忠誠を誓うこと」

 

「魔王、および魔王軍を裏切らないこと」

 

「魔王、および魔王軍からの要請に可及的速やかに、明確に、嘘偽りなく最大限の対応すること」

 

「魔王、および魔王軍からの各種相談に可及的速やかに明確に嘘偽りなく回答すること」

 

「軍事行動の作戦実施にあたり、必ず魔王の許可を得ること」

 

「民間人を意図的に殺害、害することを禁じる」

 

「捕虜の無断処刑を禁じる」

 

「魔王国民を許可なく殺害、害することを禁じる」

 

「難民や非戦闘員を、爆発魔法その他の攻撃手段として利用することを禁じる」

 

「敵国の民間の利用する輸送網の無差別破壊についても、原則として禁止」

 

「変身した状態での攻撃を禁じる」

 

「水源への悪意ある、軍事行動としての汚染を禁じる」

 

 ......ペラペラと書類をめくる音が続く。

 

「...へえ」

 

 イサムは書類を眺めた。

 

「ずいぶん細かいね」

 

「あなたのために、特別に用意した条件です」

 

「そうなんだ」

 

 イサムは感心した。

 

「誓約師は大変だろうね、これだけの条件付けだ」

 

 デジクは少しだけ目を閉じた。

 

「....ええ」

 

 実際、魔王は相当に考えていた。

 

 勇者イサムを雇用する。

 

 その決定を下した直後、魔王は部下に命じて、特別な契約書を作成させていた。

 

 その条項は、通常の誓約の数倍に及んでいた。

 

 しかも、その大半が禁止事項だった。禁止事項を制約するということは誓約師による定期的な誓約をすることとなる。これだけの条件付けもするとなると負担はかなりのものだ。

 

 何しろ、相手は勇者イサムである。

 

 通常の誓約なら、わざわざ書く必要のないことまで明記しなければならなかった。

 

「...ところで」

 

 イサムが口を開いた。

 

「はい」

 

「これ、結構軍事行動が制限されない?」

 

「そのとおりです」

 

「戦争に勝ちにくくなるよ?」

 

「承知しております」

 

「敵国がその制限を利用してくる可能性もあるよ?」

 

「それも承知しております」

 

 デジクは真剣な表情で答えた。

 

「それでも、我が主はこの条件を求めております」

 

「んー」

 

 イサムはしばらく考えた。

 

 そして、頷いた。

 

「まあ、雇用条件なら仕方ないね」

 

 デジクは顔を上げた。

 

「...よろしいのですか?」

 

「うん」

 

「本当に?」

 

「もちろん」

 

 イサムは不思議そうに首を傾げた。

 

「だって、最初からそういう条件だって分かってるんでしょ?」

 

「...はい」

 

「だったら、その中で頑張るだけだよ」

 

 イサムは微笑んだ。

 

「制限があるなら、制限の中で最善の方法を考えるのが仕事でしょ?」

 

 デジクは沈黙した。

 

 そして、深く息を吐いた。

 

「...なるほど」

 

 まるで、何かを納得したような表情だった。

 

「最後に、一つ確認させてください」

 

「何?」

 

「我が国は、現在もアルトリア王国と交戦状態にあります」

 

「うん」

 

「あなたが以前所属していた王国の軍隊と、戦うことになる可能性もございます」

 

「そうだね」

 

「...それでも、問題ありませんか?」

 

「なんも?」

 

「...」

 

「王国との契約は終わったしね」

 

 彼は続けた。

 

「ただ、レオンやエリシアたちと戦うのは、ちょっと嫌かな」

 

「...情があるのですか?」

 

「いや、強いから」

 

 即答だった。

 

「レオンは正面戦闘だと僕より強いし、エリシアは神聖魔法が厄介なんだよね、マリアは魔法の制圧力なら僕も手が出せない。リゼットの調整力も油断ならないね」

 

「...なるほど」

 

「でも、戦争なら負けないかな」

 

 デジクはしばらく、イサムを見つめていた。

 

 そして、静かに尋ねた。

 

「...あなたは、我々を憎んではいないのですか?」

 

「ん?」

 

「魔王軍を」

 

 イサムは首を傾げた。

 

「別に?」

 

「...」

 

「僕、魔人族が嫌いで戦争してたわけじゃないし」

 

「...ほう」

 

「魔王軍を倒せって言われたから、倒してただけだよ」

 

 デジクは黙っていた。

 

 イサムは続けた。

 

「それに、魔人族にも結構いい人はいたよ」

 

「...そうなのですか?」

 

「うん」

 

 彼は懐かしそうに微笑んだ。

 

「...イサム殿」

 

「何?」

 

「あなたは、本当に不思議な方ですね」

 

「そう?」

 

「...ええ」

 

 デジクは小さく笑った。

 

「我が主が、あなたを恐れる理由がさらに分かった気がいたします」

 

「え?」

 

 イサムは首を傾げた。

 

「なんで?」

 

 デジクは答えなかった。

 

 ただ、静かに思った。

 

 この男には、善悪を説いても意味がない。

 

 情に訴えても意味がない。

 

 敵国の英雄であろうと、善良な民間人であろうと、必要なら殺す。

 

 しかし、契約書に禁止と書いてあれば、殺さない。

 

 命令で守れと言われれば、守る。

 

 そういう男なのだ。

 

 だからこそ、魔王は、この男を敵に回したくなかった。

 

 たとえ、自国の将軍たちを殺した張本人であっても。

 

 自国の民を飢えさせた張本人であっても。

 

 その能力を、敵国のために使われるよりは自分たちの側に置いた方が、はるかに安全なのだから。

 

「ところで、この金貨は前払いってこと?」

 

 懐から取り出し、数枚の金貨を見せた。

 

「そういう訳ではありません、あなたに会うための必要経費のつもりです」

 

「そういうことにしておくよ。あの雄たけびは監視役を呼び出すためか...なんか倒してから見られてた気がしたよ」

 

「この国の各地に魔力の籠もった魔石を棄ててはいけない法はありませんからね」

 

「まあ、確かに」

 

 2人はニヤリと笑う。

 

「...それでは」

 

 デジクは立ち上がった。

 

「まずはこれらの仮の誓約を致しましょう!2日ほどしか保ちませんが、その後、我が魔王陛下のもとへご案内いたします。首を長くして待っていることでしょう!」

 

「いいよ」

 

 イサムは嬉しそうに頷いた。

 

「今度は、長く働ける職場だといいな」

 

「《誓約》」

 

「我!イサムは....

 

 

 

 

 

 

 

 

 こうして、かつて王国を救った勇者は自分が最も多くの犠牲者を出した国へ、雇用されることになった。

 

 

 

 

 

 勇者は魔王の手先となった!




誓約魔法について
誓約内容の制限は殆どない。王侯貴族では特定の形式にすることが多いが、民間やギルドレベルだと形式との微妙なズレは概ね許容される。

私、我、我輩だろうと問題はない、フルネームを言う必要もない(イサムにも本来、姓はある)。ただし偽名を言うと誓約が働かない。

この誓約書に書かれていることを遵守する!でもフルで内容を話してもよい。王侯貴族などではこの誓約書に虚偽や改竄なく!などを追加で言わせるし、誓約書をフルで言わせる。

誓約魔法の罰は持続する一定期間の間に誓約内容を破った場合に発動する。なので永続的な誓約は両者の合意と定期的な誓約がないと基本できない。

罰則もある程度好きに出来る。ただし、目のないものに目を失うなどの罰は出来ない、自分の首を切るなどの強制的に動かす罰も与えられない。あくまで魔法が内部から身体にダメージを与える。
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