第一章
交戦者の資格
第1条:
戦争の法規、権利、義務は正規軍にのみ適用されるものではなく、下記条件を満たす民兵、義勇兵にも適用される。
1.部下の責任を負う指揮官が存在すること。
2.遠方から識別可能な固著の徽章を着用していること
3.公然と兵器を携帯していること。
4.その動作において、戦争法規を遵守していること。
第2条:
未だ占領されていない地方の人民でありながら、敵の接近にあたり第1条に従って編成する暇なく、侵入軍隊に抗敵するため自ら兵器を操る者が公然と兵器を携帯し、かつ戦争の法規慣例を遵守する場合はこれを交戦者と認める。
ハーグ陸戦条約より引用、改変
王国法 第8条 兵士と参陣義務について
第1項 王国の国民は王国を守るために兵士として、軍務につく義務を持つ。この義務を満たさぬものは各領貴族の判断で処分する。
第2項 各領貴族は王命に基づき兵士を集め、王命の定める戦争に参陣すること。王命に従わぬ貴族は事情に応じ大法院の指定する刑を受ける。
ベルン要塞を守備するカイラ将軍は王国でも有数の戦歴を持った将軍である。
現王の即位の前から、王国の近衛兵として仕えており、勇者のいなかった時代においてすら、魔王軍に一歩も引かぬ勇戦をしていた名将であった。
勇者召喚後は聖騎士レオンと共に部隊を率いて勇者の戦闘を補佐しており、その長年の戦歴を感じる堅実な指揮をとっていた。
異世界人たる勇者のそばに、王国人ではトップクラスに長く居たため、その柔軟な発想にさえなんとか対応しており、勇者からの信頼も厚かった。
「工作隊が壊滅した?」
ベルン要塞司令部に緊急連絡が届いたのは日も傾いてきた頃だった。数日前から、将軍の独断で行なっていた敵村落への攻撃命令を受けていた部隊が、2部隊を残して壊滅した。
襲工作隊は有力な魔人族の待ち伏せに遭い、村落へ奇襲をするはずが逆に奇襲を受けた。
魔王軍に対して、一般的な相手ですら人族は1対5で囲むのがセオリーであった。それほどの基礎スペックの差から奇襲を受けた部隊は、一部の部隊がなんとか逃せた連絡要員を残し文字通り全滅した。
生き残った部隊は、道に迷い奇襲予定の目標に到達できなかっただけである。
「作戦が漏れていた...」
「いや、工作部隊の存在は我々しか知らない。要塞から出撃したのを見られていた可能性が...」
「馬鹿もん!発見してから準備してもこちら全てを補足することなどできんわ!」
「以前の偵察では勇者様の兵站攻撃の影響がまだ響いていたはず...それでも敵の増援がついたのか」
「あの...確度が低いため報告していなかったのですが...」
「なんだ...」
「潜入部隊から、勇者が魔王の奴隷になったという怪情報が...他にも処刑された、軍門に下っただのよく分からない情報でして...確認のため工作部隊に情報収集の依頼もしていたのです...」
「なんだそれは、勇者は北方連合国に追放されたのではないのか」
「勇者が魔王につくはずがなかろう。あれだけのことをしたのだ」
副官たちが討議する中、カイラ将軍は目をつむって話を聞いていた。そして、口を開く。
「想定より魔王軍の統制回復が早いようだ、要塞への攻撃も早まる可能性がある...防衛態勢に移行しろ」
「城門を閉じ、周辺の偵察部隊を増やします」
「最悪の想定をしろ。偵察で魔王軍が想定の規模より早く、多い場合は万が一もある。周辺の村落を焼く準備を。各地の農村に油を備蓄しておいただろう」
「しかし...」
「責任は私が取る。やり給え」
「...分かりました。各村の屯田兵にはいつでも焼却できるよう準備させます」
「魔法兵を要塞各地に追加配置しておけ、魔法陣にも配備しておくのだ。王都からの予定の援軍を先遣隊だけでも前倒ししてもらう。命令書は用意しておいた、早馬を出せ」
「では、スノエ次席!説明に飛んでもらう」
「は!」
「魔王軍が勇者を奴隷にできるとは思わないが、勇者が魔王になることはありうる。そうでなくとも、奴らも勇者と戦ってきた連中だ。何をするか分からん。総員!準備せよ!」
「了解!」
ベルン要塞はその日より要塞としての機能を十二分に発揮した。
深夜になろうと備蓄の薪や魔石で灯りをつけ、要塞は周辺まで照らした。周辺の砦から偵察部隊が巡回し、敵を早期に発見して奇襲を防ぐ。
城門は閉じられ、潜入した魔人族の炙り出しを行った。全兵を確認し、変身した魔人族が見つかり、幾人かの兵の犠牲のもと、その首が落ちた。
要塞内全ての防衛地点には常に魔法を使える兵士や、魔法兵が控え、魔石に魔力を込め、魔法陣を刻み、敵の攻撃に備えていた。
防衛命令を出した2日目の深夜、外郭を守る砦から魔法で合図があった。偵察に行った複数の部隊からの定期連絡が途絶えたようだ。
カイラ将軍は目を覚まし、司令塔へと登った。
「来たか...早すぎるな。農村部に早馬を出せ!破壊を急がせろ!」
「援軍要請も王都にはついたでしょうが、先遣隊が来るまではもう数日はかかりましょう」
「そうか...ギバノ三席は下の予備司令部へ行け、私に何かあれば即座に指揮を引き継げ。ベルカ、副官のお前は休んでいろ。長丁場になった場合は適度な交代が必要だ」
「分かりました」
魔人族との基礎スペックの差から下手に偵察隊を出すと返り討ちに遭うため、敵の詳細な位置情報は分からない。
しかしながら司令塔や要塞設備による高さの優位はこちらにあり、魔王軍の魔法攻撃や移動を即座に看破できる。偵察の優位は打ち消されているだろう。
要塞各地に着いた兵は敵の到来を今か今かと待っていた。
朝日が夜を晴らした。未だ敵の影は見えない。兵たちは肩透かしを食らった。
「さすがに奇襲を諦めたのでしょうか?」
「時間はこちらの味方だ。万全の準備ができているこちら側が圧倒的有利になる!気を抜くな!兵は交代で休息を取らせろ...」
将軍が指示をしていると、砦から爆裂魔法と炎魔法が打ち上がった。
「...合図です!敵!南西の丘です!」
一斉にカイラ将軍含めてそちらを見る。将軍は水晶を削り、作り上げた特注の望遠鏡を取り出した。
丘を超え、こちらへ横陣を組み魔人族の軍が出てくるのが見える。想定よりも隊列の取れた行軍をしてきているように思えた。
「数..一万...いや増えるな...最低でも...二万五千!」
「想定よりもやや多いですね。中央軍も投じてきたのでしょうか?」
「の...ようだな。勇者の言っていた全面特攻を選択したのかもしれん。練度も高いようだ。強制徴兵で数合わせという訳ではないだろう」
勇者は王都への召集前、カイラ将軍と今後の展開について話していた。
敵を見る限り、もはや時間はこちらの味方、それを認識している敵は特攻に出るだろう。
最低限の食料確保と口減らしを目的に西方方面軍のベルン要塞への特攻と穀倉地帯への浸透。または、全軍をまとめて一か八かのベルン要塞確保の博打に出る可能性が高い。
魔王なら前者を取り軍内の反乱の芽を絶ったうえで、山岳地帯でゲリラ戦を選択するだろう。その場合、敵は一万三千程度か。
後者なら、敵は二万三千程度の規模となる。後者の場合、負けの目が僅かにある。攻城戦だろうが万の死者がこちらに出るだろう。
負けの目を潰すなら、戦う必要はない。目標をなくせばいい。穀倉地帯の食糧と防衛拠点をなくしてしまえば魔王軍の戦略目標は永久に達成できない。西部方面軍が優秀ならこちらに来ず、魔王軍内に内乱の芽を残し、愚かなら、兵站の伸び切った敵を楽に潰せる。
農地に油を撒き魔法で燃やしてしまえ。
要塞は爆破してしまおう。
だめなら不満の多い西方軍を行動不能にしてみればいい。
そのような作戦だった。
神の目線から見ると、この作戦は王国軍から見た魔王軍の情報に基づいて勇者が立案していたが、事実とは異なっていた。
想定規模の兵力をあのままでは捻出できなかった。内乱の芽は西部だけでなくほぼ全ての地域にあり、魔王は最悪の場合。前人未到の奥地へ、全てを捨てて一族と共に逃亡すら計画していた。
勇者は過大に敵を見積もっていた。その上で戦略的に、戦術的に勝てる戦いをして、魔王軍を圧倒してきた。
中世の戦場の霧はこの誤解を正すことができていなかった。
正す必要もなかったとも言えるが。
カイラ将軍の見た勇者率いる西方方面軍第一陣は総数二万八千、元々魔王直属であった中央軍八千を含んでおり、この時期の魔王軍では練度は最も高い部隊であった。
ここまでは正確に把握できていたと言えるだろう。歴戦の将軍は間違いなく、霧の一部を晴らしていた。
ただし、迂回して浸透していた少数の別働隊の存在と。勇者の持ってきた荷物には気付いていなかった。
そして何より、魔王軍内の勇者の存在を認知できていなかった。
王国から連合国に向かい、勇者が関所を通らなかったことで消息があやふやになっていた。
本当のところ、勇者にもしもがあった場合、連合国は飼い殺すつもりでいた。
勇者が連合国へ入国する前日、日中から深夜まで謎の爆発音などが響き、国境警備隊は警戒態勢に入っていた。
勇者の可能性もあったが魔獣も闊歩する世界。最悪の可能性もあった。満を持して偵察隊を放ったところ、峠にて大量の墓が作られており、そこに王国の使者が来たことで勇者がスタンレー山脈内で消えたことが発覚。
その後、国内の町で勇者が旅をしていたという話が出てきた。町の住人達は事情を知らず、来る商人や冒険者に勇者が来た町だと喧伝していたのだ。
国内の各種ギルドにおいて、暗殺者殺しで万が一資産凍結されてはたまらないと生活費を下ろしていたこともあり、連合国内に侵入していたことが確定した。
早馬が各都市へ飛び、勇者と議長が取引ができるよう身柄の確保命令が出た。
この時、勇者と些細なすれ違いが起きていたのが致命的であった。
町の衛兵達は変身魔法を使っている可能性のあるイサムの確保と言われ、やや強引に疑わしい人々を確保していた。
金銭を各地で引き出していたことから議会から各ギルドへもイサム名義の取引があれば一度取引を止めて、使いと話ができるよう引き止める指示が入っていた。
勇者イサムはイサムとしか書類上明記されてない。姓はこの世界で告げることはなかった上、勇者であることを書く欄はないのだ。その上、ミーハーな冒険者や傭兵の中には自分の名前を英雄と同じ名前にする者がいた。
無国籍民である場合、名前を証明する書類はない。親から正式な名付けなど、されてもいない者が多い彼らは、初めて文書に記載する自称がそのまま本当の名前として扱われた。
各種書類固有の通し番号は、件の町の勇者来訪という宣伝を聞きつけた衛兵がギルドから聞き出すまでの手間分、ギルドへの通達が数日遅れていた。
結果、イサム名義の口座は数多くあり、区別できない状況では、強制的な取引の停止と衛兵呼び出しという対応になっていた。
1つ目の町を除き、オーウェンという偽名と偽りの姿であったイサムはこれを見て。暗殺ではなく、捕縛命令が出ていると勘違いした。
勇者の確保という単純な命令しか伝達されなかった。
にも関わらず、イサムは疑心暗鬼となり、漁港での金銭引き出し後はギルド員の見間違いという体で偽の名前でクエストの受注をした。
そこで、魔獣を連合国中に放ち、勇者が討伐するのを待つという勝つ気があるのか分からないリスキーすぎる賭けに勝ったデジクにより。秘密裏に魔王国へ雇用された。
連合国内で姿を隠しながら、各地のギルドで金をありたけ引き出したあと、消息不明になった勇者。
それを聞いて即座に魔王国に雇用されたと判断できるのは未来人か神の視点をもつ何かであろう。
それから十日もせず、王国軍前線に敵側として参戦すると思うのはさらに非合理的だろう。
カイラ将軍の不運は勇者率いる最精鋭の魔王軍相手に、勇者がいるという事前情報なく、圧倒的な数の優位を確保できないで、強襲されるという主導権を取られた事だった。
魔王軍に勇者がいたと分かれば、来ると分かれば。
カイラ将軍は躊躇いもなく二日前に要塞を破壊し、その守備兵力の数の暴力で近辺の穀倉地帯を即座に焼いて撤収し、勇者も妨害できない戦略的勝利をもぎ取っただろう。
だが、ベルン要塞攻防戦が開戦となった。
その戦闘の始まりは、要塞戦としては極めてオードソックスなものであった。
「《風と火の精霊よ、我らが大地に眠る祖霊よ!集束し、我らが敵を葬る...
魔王軍側の横隊の一部から一斉に詠唱が聞こえ出した。
「敵! 爆裂魔法! 防護詠唱! 風!」
「《風の精霊よ大いなる地母神よ風を生み、我らが身を守る壁と...
要塞を守備する兵には風魔法による音拾いや目視によって攻撃魔法を判別し、味方の使う魔法を指示する統制指揮官たちがいる。
相手の攻撃に応じて、魔法兵や手隙の魔法が使える兵士に適した魔法を唱えさせ、魔法陣を起動させることでその攻撃を防護する。
この世界の魔法は"精霊、神に願うことで起きる奇跡の一種"と一般には解釈されている。
その一般的な特徴として同程度の魔法詠唱であるならばより声を大きく、神々に伝えることでその威力、射程、持続力などの効力が上がる。
そして神々へ魔力を捧げれば捧げるほど、同程度の魔法詠唱であるならば効力が上がることが知られていた。
魔法はその一般的な効力の強さなどから超低級、低級、中級、上級、最上級、特級などと魔法の程度が区分されて、それぞれ詠唱が異なる。
その詠唱の異なりとは、大まかに詠唱の長さによるものだった。
"霊や神への賛美をすればするほど彼らはその気持ちに応えて効力のある奇跡を授けてくれる"とは大陸教会の教えである。
各国の支援のもとに存在する魔導連盟が伝える限りでは「《水》」が最短詠唱の魔法、最長は大陸教会の有する両手で抱え込むほどの本に記載されているものであり、推定26時間の朗読を要する魔法である。
詠唱に関しては多少の融通は利く、途中で音の強さが変わろうと、アクセントが異なろうと、一度詠唱が止まっても、詠唱として全く関係のない文言が入らない限り、
ちくわ大明神
...関係のない文言が入らない限りは継続して詠唱したものとできる。
無言でトイレや水を飲み、休むことで最短26時間かかる詠唱を行いきった者がいたことも大陸史の中で記録されている。
事前に刻んでおく、詠唱のさなかに出現する補助魔法陣の大きさによっても効力の増減はあり、要塞には防御設備として魔法陣を刻んでおく場合や、戦闘の補助で特定の魔法陣を刻んだ物を手元に用意しておくこともある。
なお、魔法陣の文字は未だに一部を除き解読が進まず、図形や記号の一種として一般に扱われている。
このような魔法の特徴から、要塞攻略の攻撃魔法となると、効力を可能な限り強めるため、その詠唱は自然と大声で叫ぶものになり、補助としての魔法陣も必然、巨大なものとなる。
ベルン要塞の統制指揮官達はそれらを見分け、魔王軍側の攻撃魔法のおおよそを看破していた。
初撃の爆裂魔法に風の壁を展開し、その爆発は要塞の手前で起きるものとなった。
「次! 炎魔法! 防護詠唱! 水!」
「次! 風魔法! 物理投射! 盾用意! 防護詠唱! 土!」
「《水の精霊よ大いなる空の神よ! 水を巻き上げ、我らが身を守る壁...
「《土の精霊よ大いなる地母神よ土を生み、我らが身を守る壁...
爆裂魔法はまだ、世界的には普及してないことから、炎魔法での攻撃も主流ではあった。炎魔法には水の壁を、炎の玉を撃つならば水の玉で迎撃することもあった。
風や水の壁を、物理的な投石などは通り抜けうる。風魔法や投石機による石の投射自体は、人同士の攻城戦でもよく見られたものであった。
投石には土の壁で弾き、土の壁で防御することを予期して爆裂魔法で砕き、攻撃する。その被害を減らすため風魔法の壁を張り、周囲の兵が盾で土の破片から魔法兵を守る。
その場、その場で高速に、イタチごっこのような魔法の攻防が繰り広げられる。防戦一方にならないよう、適度に攻撃魔法を飛ばし、敵に防御を強要させあう。
そして、防御の隙をつき、後方で詠唱していた最上級魔法などを叩き込む。それが、この世界の一般的な要塞戦の戦いである。
また、要塞の上空では、魔人族の中でも鳥系統の魔獣の特徴が色濃く出た飛行種達が攻撃の有効圏内ギリギリをじわりじわりと近づいてくるのが見えた。
「飛行種が近づいて来るぞ! 弓兵! 牽制しろ! 伝令! 後段の魔法兵にも合図! 対空戦闘用意!」
飛行種もその翼だけでなく風魔法の補助や身体強化に基づいて飛んでいるとはいえ、不安定なものであり、弓や魔法の一撃が墜落に繋がる可能性が高い。魔人族の中でも極めて多いというわけではない彼らでは、一か八かで要塞への降下をしても、準備の整った守備隊相手では多勢に無勢で囲まれ、数人の兵を道連れにして殺されるだけだろう。
「ひとまずは大丈夫そうか...」
「この牽制の裏で何をしてくるか分からん! 最上級魔法の兆候は逃すな! 対空、対地中の警戒は疎かにするな! 備蓄も1月分はある! 矢を惜しむなよ!」
「それにしても、奴らも爆裂魔法がうまくなりましたね...」
「爆裂魔法が"古の勇者が使った伝説の魔法"と言われたのもはるか昔、元勇者も我々も使いすぎだ。3年も経てば学習もされる。他国の遠征軍すら使ってるしな...特に帝国の連中は上手いもんだぞ」
「あそこはマスケーの火もありますからね、あれも爆裂と言えますし...」
「この魔法のせいで死傷者が多くて敵わんよ」
「全くです」
司令塔からの戦況では、特に問題といったものはなかった。外郭の砦に敵も取り付きだしてはいるが、充分抵抗できており、要塞の一区画の占拠や城門を確保された。ということもなければ、城の防護壁もほぼ万全な状態を維持している。
今の状態なら例え、元勇者パーティのマリア筆頭宮廷魔導士による最大火力ですら、的確な魔法防護と要塞の設備によって対応は可能だろう。
お互いの消耗が大きくなりだしてから奴らも仕掛けて来るだろう。それまでは適宜兵を休ませながら牽制しあう消耗戦。
そのように司令部は判断していた。
「敵! 風魔法! 物理投射! 盾用意! 防護詠唱! 土!」
その攻撃は、これまでの風魔法による投射との違いはわずかなものであった。気づかなかった統制指揮官は責められない。
なにせ、詠唱した魔法は同じだったのだ。
投射物は放物線を描き、要塞側が発動した風の壁や土の壁に当たり、止まった。
爆裂魔法との併用で土壁を破壊するようなテクニカルなものでもなく、現場の統制指揮官としては、いささか拍子抜けした攻撃の一つとして思われてただろう。
宙に浮く土や風の壁の魔法が解け、ぼとぼととナニカが落ちてきた。
「石じゃないぞ、なんだこれは? 魚?」
「触れるな! 危険物かもしれない!」
「次、爆裂がくるぞ! 魔法兵! 防護詠唱! 風!」
何事かと手隙の兵が要塞各地に落ちたナニカを見る。その内の一人が呟いた。
「カルベだ...俺は南方の漁港にいたからよ、何度も見たことがある」
「でも何で魚が...なんだ?腹に変な紋が...」
要塞各地に落ちたそれらはほぼ同時に、カルベの身に刻まれた壊れかけの魔法陣に仕込まれていた魔法が起動した。
「《我らが風の精れ..ゲホ! ゲホゲホ!
「目がぁぁ! なんだぁぁ! ゲホゲホ!」
闇魔法で急速に腐敗したカルベ、勇者が漁港で食べていた毒魚、は適切に処理しなければ揮発性のある麻痺毒となる腐敗ガスを出す。
そして、それは詠唱途中であった魔法兵達の喉を、焼いた。
防御のために魔法を唱えられない彼らは魔王軍からの第2射となる魔法を防げず、七面鳥撃ちとでも言うかのように一方的な魔法攻撃を受け始めた。
「何が起こった!」
司令塔にいたカイラ将軍は要塞前面にいた兵たちの異常をすぐに認識した。
「分かりません! 投射攻撃の後から、魔法兵が防御をしてないようです!」
「伝令!状況を確認させろ! 魔法兵!敵の新型魔法かもしれん! 受けるな! 撃ち落とせ!」
司令塔にまで飛んで来る飛翔体を塔に詰めていた魔法兵たちは撃ち落とした。その瞬間にナニカは破裂する。
しかしながら、あまりに数の多い飛翔体のいくつかは撃ち落としきれずナニカが司令塔にも飛び込み、今度は一瞬にして破裂する。
司令塔にも腐敗したカルベの麻痺毒ガスが舞った。
カイラ将軍含む司令部要員や兵士達もゲホゲホと咳き込み、涙を流し、魔法の行使が不可能となる。
「この見たことがない戦い方...我々の想定を超えた、容赦の無い攻撃...私は何度も見てきた...」
毒ガスが彼らの目や喉を焼く中、魔法防御のない要塞各地に次々と攻撃魔法が着弾し、兵士達が火に焼かれ、宙を舞っていた。上空からは対空戦闘ができなくなったため飛行種の魔人族達が降下してきているようだった。
「ああ...」
さらに流れる涙でよく見えなくなりながら、一発の爆裂魔法がまっすぐこちらに飛んで来るのがその視界の端に見えた。
「勇者が魔王軍についたか!」
カイラ将軍含む司令部を早々に失い、ギバノ三席率いる予備司令部もその毒ガス攻撃により機能不全となっていた。大陸史上初の毒ガス攻撃を受けた要塞守備隊は結局、その大混乱から回復することはなかった。
降下した飛行種により城門が開けられ、地上種の魔人族が要塞内へ侵入した。阻止するはずの城壁の魔法兵や弓兵達は、魔法陣を起動し、攻撃魔法の防御に成功した極小数の部隊もいた。
しかしながら、大半の部隊は僅か数分の内にガス攻撃と直後の攻撃魔法により瓦解した。勇者の指示で少数の部隊に対して魔法攻撃とガス攻撃の集中投射により、その抵抗の芽も潰れ、壊滅的打撃を受けた。
要塞は組織的な対空、対地上阻止能力を完全に喪失した。
事態に気づいた副官が、どうにかガスの届かない要塞内部の一部部隊を統制するも、すでに、要塞各地では圧倒的スペック差を持つ魔人族との近接戦闘となっていた。
数十分の抵抗の後、要塞各地では投降が相次いだ。降伏すれば命を助けるとの布告が魔王軍側からあったのだ。
最後にして最大の抵抗戦力であった、ベルカ副官率いる要塞守備隊は降伏の申し出を受諾した。
ベルン要塞はこの日、ほんの数時間の戦闘の後、その主を再び魔王ヘクトールに変えた。
要塞守備隊 三万六千
死者 一万八千六百
負傷者 一万五千
王国随一の名将、カイラ将軍、ギバノ三席以下司令部要員の八割が戦死または、負傷。ベルカ副官含む残存司令部の大半も捕虜となった。
魔王軍 勇者第一陣 二万八千
死者 八百六十二
負傷者 四千六百
参陣した領主に負傷者あるも、貴族相当の戦死なし
魔王軍、実に二年五ヶ月ぶりの完勝であった
* * *
「ところで顧問、このような民間人を巻き込む戦闘をしながら、誓約違反とならないのはどうしてだ?」
第一陣の本当の意味での指揮官である補佐官マルフーシャは、味方が内部に突入したのを確認し...イサムへ質問を投げかけた。
「民間人? 王国の人間は、いやこの世界の人間、生物は多かれ少なかれ魔力を持ち、魔法を使える。簡単に人を殺せる攻撃手段を持ち、領主の貴族や国に命じられて、魔王軍から占領したあの要塞に入っている者を民間人と呼ぶのは無理がある。よくて、非戦闘員や軍属というものだ」
「それに、王国法の拡大解釈かもしれないが国民は軍への奉仕義務がある。むしろ、関係ないと証明し事前に布告でもしてないと民間人と言える人の方が少ないだろう」
「穀倉地帯にも屯田兵という、農民であり軍人である形態の人がいる。かれらもまた民間人ではないよ」
「??? 言ってる意味が分からん」
「済まない、明確であっても分かりやすくではなかったな。占領した要塞にいる以上、彼らは全て命をかけている軍人だ」
「...なるほど」
「大勢は決した。とはいえ、窮鼠猫を噛むとも言う。降伏勧告を出してやってほしい。降伏すれば殺さないと約束すれば、逃げ道があれば、抵抗も弱まる」
「それに、魔人族に人は必要だしな」
「...なるほどな、伝令! 今のを前線へ送れ!」
伝令達が走るのを見送りながら、イサムは次のことを考えていた。
「別働隊がいるとはいえ、穀倉地帯が無事だといいんだけどね、早いとこ次へ行こう... 神聖魔法が解けた魚も悪くなってきて匂いも酷い。処分しないとな」
ふと気がついた。
「スネジンカ? 鼻は...大丈夫じゃなさそうだね...」
隣には犬の魔人族のため、その匂いに対して苦悶の表情のスネジンカが立っていた。
ヘクトール統一法
第三条 序列と身分
貴族地域を支配する各領主はその大きさ、中央軍での地位に基づき上級・中級、下級貴族として指定する。
貴族はその支配する領地の兵をまとめ、指揮官、将軍として動くことを認める。
軍の指揮権は上・中・下の順で優先権を持つ。この区分は軍の序列のみを指し、貴族は互いにその身分を尊重しその生命を保証をする。
第五条 軍
指定する地域の兵は方面軍を形成し将軍の指揮のもと魔人族の生存圏の確保、拡大に努める。
連合統一法
第91条 都市衛生についての諸法
第19項 国の指定する不衛生生物の連合各都市内での無許可の投棄を禁止する。
国の指定する不衛生生物について、連合統一院にある諸法付属文書(原本)91-19-1に記載されるものを指す。
連合各都市について、連合統一院にある諸法付属文書(原本)5-1-1に記載されるものを指す。
91-19-1 国の指定する不衛生生物
....
カラノート 理由:死骸をもとにした大量発生と他害獣の誘因を引き起こしうる。
カルベ 理由:腐敗ガスによる中毒事件を引き起こしうる。
カルマン 理由:幼児への噛みつき事故を引き起こしうる。
....
【本編に一切関わらない報告】
ちょっと仕事の関係でこれまで以上に次回投稿に時間かかるかなと思います。
正直言って、主人公の末路は? (アンケート通りになるかは知らない)
-
ご都合主義的な幸福でよい
-
幸せとは言えるエンド
-
どちらでもない(全権委任法)
-
不幸とも言える末路
-
殺人をしたものには悲惨な末路